響子そして(二十八)調書
2021.08.01

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十八)調書

 朝食を終えて名残惜しむ里美を、リムジンに乗せて見送った後、丁度入れ代わりに真樹さんがやってきた。今日は私服で来ている。
 一晩わたしの部屋の控え室に泊まった女性警察官が、敬礼して出迎えた。
「おはようございます」
「悪かったね。今日は帰って休み給え」
「はい。では、そうさせていただきます。あ、それから……」
 と何事か耳打ちしている。
「わかった、極力手短にするよ」
 それからわたしの前に歩み進んで、
「おはようございます、響子さん。ご気分はいかがですか?」
「ええ。ちょっと頭痛がしますが、大丈夫です」
「では、どちらのお部屋で調書を取りましょうか?」
「わたしの部屋がいいです」
「わかりました」
 わたしの居室に案内して調書を受ける事にした。
「朝早くから申し訳ありませんね。改めてわたしはこういう者です」
 真樹さんは、ショルダーバックからから手帳を出して開いて見せた。

 厚生労働省、司法警察員麻薬取締官、斎藤真樹。(写真添付)

 という記述があった。でも随分ときれいな手帳。任官されたばかりだから当然か。
{注・平成十五年十月一日より身分証が新しく変わっています}
「こっちが、あたしの正式な身分です。警察には出向で来ています」
 国家公務員が地方組織に出向ねえ、不思議だ。警察官は地方公務員であり、警視正以上になって国家公務員扱いとなるのだが、彼女は国家公務員ながらも巡査部長待遇しかないとは、やはり出向だからかな……。手帳をしまう時にバックの中に、あのダブルデリンジャーが覗いて見えた。常時携帯しているようだ。火薬の匂いが着かないように、使用後毎回丁寧に清掃しているんでしょうね。支給品じゃないだろうから、好みに合わせて個人で買い求めたものだろう。確か、麻薬取締官の制式拳銃は、ベレッタM84FSだったと思ったけど……。
 改めて、きれいな女性だと思った。しかも二十三歳の若さで麻薬取締官だなんて、よほどの才能がないと務まらないと思う。採用資格には薬剤師か国家公務員採用試験II種(行政)合格。採用されてからでも、麻薬取締官研修から拳銃の取り扱い、逮捕術の修練、WHO主催語学研修。さらには法務省の検察事務官中等科・高等科研修を受けなければならない。だからこそ司法警察員なのだが、通常ではとても二十三歳でそれらをすべてこなすことなどできない。

 それから小一時間ほど、型通りの調書を取られた。
「響子さんについては、母親の覚醒剤容疑で死んだ密売人の背後にある、密売組織をずっと追っていたんです。その過程で磯部健児やあなた自身のことを、ずっと調査していました。健児はいずれ再びあなたに対して、何らかの手段を取ってくるに違いない。遠藤明人を襲った組織は……」
 そこまで言いかけた時に思わず大声をあげてしまった。
「明人をご存じだったんですか!」
「ええ、このあたりの暴力団はすべて知っています。そして磯部ひろしという人物が遠藤明人の情婦になったという情報もね。つまりあなたです」
「そうでしたか……」
 真樹さんは続ける。
「明人を襲った組織は、健児が関係している暴力団です。そしてあなたがそこに捕われたことも判明しました」
「まさか、健児が……?」
「そは有り得ると思います。実は、響子さんが少年刑務所に収監されてしばらくして、磯部京一郎氏が娘の弘子の覚醒剤中毒と息子が殺害に至った経緯についての事情を知って、響子さんの権利復活に動きだしました。つまり先程の公正証書遺言による相続人に響子さんを指定したのです。それを知った健児が、再び動きだしました。しかも殺してしまうよりは、当初の予定だった計画を実行に移そうとしたのです。健児はあなたが性転換して明人の情婦になっている情報を得て、明人を殺し響子さんを捉えて覚醒剤漬けにして、何でも言う事を聞く人形に仕立て上げようとした。それと合わせて京一郎氏を殺害してしまえば、その財産はすべて自分のものになるとね。まあ、あくまで推測ですが……」
「結局わたしの人生は、健児によって二度も狂わせられたということね。しかも、母と二人であるいは明人と二人で、苦境から立ち直って幸せな生活を築いていきましょうとした矢先に、再びどん底に引き落とされたから、よけいにショックが大きかったわ」
「お察し致します。その件に関しましては、わたし達捜査陣が一歩も二歩も行動が遅れてしまったからに他なりません。もっと効率的に動いていれば、あなたの母親もあなた自身も救う事ができたかも知れないのです」
「もう気にしていないわ。過ぎてしまったことは仕方ありませんから。楽しい思い出だけを胸に、前向きに生きていきたいと思っています。それに秀治は生きて戻ってくるし、子供を産める女になって結婚できるようになった。そしておじいちゃんとも再会できて遺産相続も元通り。すべて最終的には結果オーライになっちゃってる。何て言うか、運命の女神は見放していなかったってとこかな」
「そうおっしゃっていただけるとありがたいです。まあ、何にしても健児とその背後の組織については、もう二度と関わることはないでしょう。ご安心ください。しかし財産を狙うものはいつの世いつの時代でも存在します。常に油断することなく交際相手は良く考えることですね。いつ何時健児や麻薬密売人のような奴が近づいてくるかもしれませんからね」
「ご忠告ありがとう」
 あ、ちょっと待てよ。
 彼女は二十三歳じゃない!
 どうして、わたしの中学生時代の事件を知っているの?
 お母さんと売人の事をどうしてそんなに詳しいの?
 それにやはり、若干二十三歳で麻薬捜査の現場に出ているなんておかしいよ。
「真樹さん、あなたの本当の年齢はいくつなんですか? わたしとそう年齢が違わないのに、中学時代の麻薬事件を捜査していたなんてありえません」
「あら、やっぱり気がついたのね」
「それくらい気がつきますよ」
「そうね……。あなたなら話してあげてもいいわね。あたしは、敬と幼馴染みの三十二歳というのが、本当の年齢なんです」
「敬というと弁護士に扮していた警察官ね」
「そうです。とにかく順を追って手短に説明します。かつて最初の事件であるあなたの母親の覚醒事件としてあの売人を捜査していました。その捜査線上に磯部健児が上がり、綿密な調査の結果、逮捕状・強制捜査ができるまでになり、上司の生活安全局長に申請しようとしました。
 ところが、健児が暴力団に関係しており、この件は暴力団対策課の所轄だとされたのです。あたし達が調べ上げた捜査資料などは握り潰され、捜査実権は刑事局暴力団対策課に移されました。実はこの局長が、警察が押収した麻薬・覚醒剤を極秘理に、健児に横流ししていた張本人だったことが後々に判明しました。健児が逮捕されれば、横流しする相手を失い、いずれ自分に捜査の手が入ると思ったのでしょう。
 あたしと敬は、研修という名目でニューヨーク市警に飛ばされ、やっかい払いされたのです。しかしこれはあたし達を日本の外で抹殺する計画でもあったのです。市警本部長も計画に加担していました。あたし達は、組織に命を狙われ逃げ回らなければなりませんでした。あたしはその銃弾に倒れて動けなくなり、命を失い掛けました。
 そんなあたしを助けてくれた人がいました。アメリカに医学の研修に来ていた産婦人科医で、臓器移植をも手掛けている名医だったのです。あたしはマシンガンで射ち抜かれてずたずたに内臓を破壊されていたのですが、たまたま医師のところに日本人の脳死患者がいて、その内臓をすべて移植して、九死に一生を得ました。その患者は、二十歳の記念にたまたまアメリカ一周旅行に来ていて、事件に巻き込まれて脳死になったということでした。

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