性転換倶楽部/響子そして 特務捜査官ケイ&マキ
2019.04.29

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十八)特務捜査官ケイ&マキ

「馬鹿な! なんで俺だけが五百万円なんだよ」
「おまえは、弘子の遺産を譲り受けているじゃないか。それを相殺したんだ」
「弘子の遺産だと? そんなもん知らん」
「ならば、もう一つの調書を見てもらおうか」
 弁護士が再び書類を配りはじめる。
「儂が弘子に分け与えた土地と家屋に関する譲渡金の流れだ。あの土地と家屋は暴力
団が運営する不動産会社が、弘子から買い上げたことになっている。覚醒剤によって
精神虚脱状態になった弘子から実印と印鑑登録証を取り上げ、架空の売買契約を成立
させたことは明白な事実だ。その売買代金はべつの不動産会社、これも同じ暴力団経
営のその口座に振り込まれた。まあ、暴力団の資金源となったわけだ。さて、その土
地と家屋は、ある人物の経営する会社に譲渡され、短期譲渡に関する法律に触れない
ようにして一定期間後に転売された。その購入代金は、暴力団の不動産会社の取得し
た金額の60%だった。これを通常価格て転売している」
 ここで一息ついてから、
「響子、今話した金の流れの意味が判るか?」
 と尋ねてきた。
「えーと……。つまり早い話し、お母さんの資産を、暴力団とある人物とで、六四で
分け合ったということになるのかしら……」
「響子はかしこいな。その通りだよ」
「他にも宝石・貴金属類、銀行預金・有価証券なども巧妙に分配されている。すべて
は、ある人物によって仕掛けられた巧妙な計画だったんだ。離婚訴訟の最中にあって、
覚醒剤の売人がどうして弘子に近づけたのか? 離婚がほぼ決定的になって、その後
の後釜になろうといろんな男達が近づいて来たし、人間不信から懐疑的になっていた
弘子は、ほとんど人に会う事を避けていた。弘子に近づけるのは数が限られていた。
なのになぜ赤の他人である売人が容易に近づけたか、不審に思った儂は、密かに調査
していた。売人はある人物が紹介したことが判ったよ。弘子を覚醒剤漬けにして財産
を横取りしようと企んだんだ」
「ひどいわ!」
「しかもうまい具合に、息子が弘子を殺して少年刑務所入り、相続欠格者となって、
法定相続人から脱落した」
「響子、弘子の遺産は本来誰が相続するかな?」
「おじいちゃんだよ。元に戻るわけだね」
「じゃあ、儂の死後に儂の遺産はどこへ行くかな?」
「えーと。おじいちゃんの直系はわたしだけだったから、おじいちゃんの兄弟姉妹と、
その子供達ね」
「そうだ。ある人物の最初の計画では、弘子の次にはおまえをも籠絡する計画だった
んだよ」
「う、うそお!」
「おまえはまだ子供だったからね。やろうと思えばいくらでもできるよ。何せ暴力団
とつるんでいるのだから。しかし相続欠格となったことで計画は中止された。財産を
独り占めしようと相続人全員を処分するのはまず無理だし、黙っていても儂の財産の
五分の一が転がり込んでくるしようになったからな。それだけあれば十分だと思った
のだろう。ともかく弘子の遺産があったわけだが、暴力団と手を組んで、不動産譲渡
を繰り返して巧妙に分け合ったわけだよ」
「おじいちゃんは、そのある人物が誰か知っているのね」
「ああ、今この部屋の中にいるよ。そいつの相続額は弘子の財産分を差し引いておい
た」
「ええ? じゃあ」
 一体、誰?
 親族達が顔を見合わせている。
 ただ一人、身体を震わせている人物がいる。
 四弟の健児だ。
 遺産分与で健児だけが差別されている。
 つまり……。だれもが気づいたようだ。

「どうした健児、寒いのか? それとも脅えているのか」
「くそっ!」
 健児が鞄を開いて何かを取り出した。それが何かすぐに判った。
 拳銃だ。銃口は祖父を狙っている。
「おじいちゃん、危ない!」
 わたしはとっさに祖父の前に立ちふさがった。
「響子! どけ!」
 祖父がわたしを押しのけようとするが、わたしは動かなかった。
 パン、パン、ズキューン。
 数発の銃声が鳴り響いた。

 バーンと扉が開け放たれて制服警官がなだれ込んできた。どこかに隠れ潜んでいた
ようだ。
 腕に激しい痛みがあった。どうやら弾があたったらしい。いや、運良くかすっただ
けだった。
 床に倒れたのは健児だった。
 腕を射ち抜かれてもがいていた。すぐそばに弾を発射した拳銃が転がっている。
 ふと見ると弁護士の隣の立会人が拳銃を構えていた。その銃口から硝煙が昇ってい
る。
 さらにはわたし付きの真樹さんも拳銃を構えていた。あれは欧米の女性が護身用に
よく携帯しているレミントンダブルデリンジャー41口径。ガーターストッキングに
でも挟んで隠してたのかな。立会人の方は、ダーティーハリーで有名なS&WM29
44口径ね。ついでに言うと健児のは、イスラエルIMI製造のデザートイーグル
50AE(通称ハンドキャノン)。50AE.弾を装填できるオート拳銃。女子供が撃てば
反動で肩の骨が外れちゃうという驚異的な威力を持っている。そんなもんどこから手
に入れたんだよ。あれがまともに当たってたら即死だよ。こんなこと知っているのは、
暴力団組長の明人の情婦だったおかげ。銃器カタログが置いてあって、暇な時に読ん
でたらみんな覚えちゃった。もちろん現物を触る機会もあった。護身用にってデリン
ジャー渡されたけど、持ち歩かなった。
「医者だ! 医者を呼べ!」
 祖父が叫んでいる。
 拳銃を構えていた立会人が、用心しながら健児に近づいて行く。
 健児が身動きできないように確保して、拳銃を納め、代わりに手帳を取り出して、
「警察だ! 覚醒剤取締法違反容疑、ならびに銃砲刀剣類所持等取締法違反と傷害及
び殺人未遂の現行犯で逮捕する」
 と手錠を掛けた。
 健児を引っ立てて行く立会人を務めていた警察官。
 通りすがりに真樹さんに話し掛けている。
「俺は、こいつを連れて行く。マキは後処理を頼む」
「わかったわ、ケイ。しかし、こいつ馬鹿じゃないの。日本人の体格で50口径の拳
銃が扱えると思ったのかしら。その銃の重さや反動でまともに標的に当てられないの
に」
「ああ、しかもデザートイーグルは頻繁にジャミング起こすんだよな。50AEは判
らんが俺の所にある44Magは、リコイル・スプリングリングやらファイヤリングピ
ン、エキストラクターやらがすぐ破損する。とにかくコレクションマニアは、何考え
ているかわからん。とにかく破壊力のあるガンが欲しかったんだろ。こいつの家にガ
サ入れに向かっている班が、今頃大量の武器弾薬を押収している頃だろう」
 ふうん……。立会人がケイで、メイドがマキか。二人とも刑事か。名前にしては変
だし、コードネームかなんかかな……。

「響子、大丈夫か?」
「射たれちゃったけど、かすり傷みたい」
「すまなかった。こんな目にあわせたくなかったのだが、健児の化けの皮を剥ぐ良い
機会だった。奴を放っておけば、またおまえに手出しすると思ったのだ。だから、警
察と連絡を取合って、罠をかけたのだ。健児は無類の拳銃好きでね。それが高じて暴
力団とも関係するようになった」

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性転換倶楽部/響子そして 遺言状公開(R15+指定)
2019.04.26


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十七)遺言状公開

「さて、この娘が儂の孫であることは、書類の通りに事実のことだ。その顔を見れば、
弘子の娘であると証明してくれる。儂が言いたいのは、相続人として直系卑属はただ
一人、この響子だけということだ」」
「それがどうしたというのだ」
「儂は、今この場で生前公開遺言として、この響子に財産のすべてを相続させる」
 椅子を跳ね飛ばして、四弟の健児が興奮して立ち上がった。
「馬鹿な!」
「でも健児、遺留分があるから、すべてを相続させることできないんじゃない?」
「姉さん、知らないのかい? 直系卑属の響子に遺言で全額相続させたら、俺達の遺
留分はまったく無くなるんだよ。被相続人の兄弟姉妹には遺留分は認められていない
んだ」
「ほんとなの?」
「そうだよ」
 さっきから、何かにつけて意義を唱え続けている、四弟の健児。
 なんか変だ……。
 明らかにわたしを拒絶する態度を示している。わたしが響子として紹介された時か
らずっとだ。
「まあ、落ち着け健児。先をつづけるぞ。では、儂の生前公開遺言状を発表する。弁
護士、よろしく」
「わかりました……」
 三人並んだ中央にいた弁護士が鞄から書類入れを取り出した。
「それでは、公開遺言状を読み上げますが、これは正式には公正証書遺言となるもの
で、遺言者の口述を公証人が筆記し、証人二人が立ち会って署名押印したものです。
 なお、証書は縦書きになっておりますので、そのように理解してお聞きください。
(右は上、左は下ということです)
 読み上げます。

 平成十六年第一三五号。
 遺言公正証書。
 本職(公証人 以下同じ)は、後記遺言者の属託により、後記証人の立会いをもっ
て、左の遺言の趣旨の口授を筆記し、これを証書に作成する。
一、遺言者は、その所有に関わる左記の不動産及び有価証券を、孫娘磯部響子に相続
させる。
 (一)東京都○○○市上寺山一丁目一番二号。
    宅地、十一万二千二百三十平方メートル。
 (二)同敷地内
    家屋番号 十二番。
    鉄骨鉄筋コンクリート三階建居宅一棟。
    床面積 七万千八百七十五平方メートル。
 (三)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (四)長野県佐久郡軽井沢町軽井沢○○○番一七二一号。
    宅地 四千五十七平方メートル。
 (五)同敷地内
    家屋番号 七番。
    鉄骨鉄筋コンクリート二階建別荘一棟。
    床面積 三千二百十三平方メートル。
 (六)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (七)千葉県鴨川市上○○○番三号
    宅地 二千五百七平方メートル。
 (八)同敷地内
    家屋番号 二番
    鉄筋コンクリート二階建別荘一棟。
    床面積 二千三百七十平方メートル。
 (九)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (十)その他、全国に所有するすべてのビル・建築物などの所有権一切。
 (十一)株式会社○○○商事、所有の全株式
    株式会社△△△海運、所有の全株式
    ………………(中略)………………
    株式会社×××製紙、所有の全株式
二、遺言者は、長兄の故一郎の子孫、長姉の依子、次兄の故太郎の子孫、次妹の正子、
それぞれに金十億円を相続させ、四弟の健児には金五百万円を相続させる。その資金
は銀行預金及び有価証券等を売却してこれに当てること。
三、遺言者は、以上を除く残余の財産はすべて、孫娘磯部響子に相続させる。
四、この遺言の遺言執行者として、
  東京都○○区大和田町三丁目二番地六号。
  行政書士、竹中光太郎を指定する。


  東京都○○市上寺山一丁目一番一号
   無職  遺言者  磯部京一郎
    明治四十一年三月十二日生

 右の者は、本職氏名を知らず面識がないので、法定の印鑑証明書によりその人違い
でないことを証明させた。
  東京都品川区西五反田三丁目二番七号
   会社員  証人  渡部登志男
  東京都港区赤坂一丁目二番二号
   銀行員  証人  草薙 道夫

 右遺言者及び証人に読み聞かせたところ、各自筆記の正確なことを承認し、左にそ
れぞれ署名押印する。
  遺言者  磯部 京一郎 (押印)
  証 人  渡部 登志男 (押印)
  証 人  草薙  道夫 (押印)

 この証書は民法第九六九条第一号ないし第四号の方式により作成し、同条第五号に
基づき本職左に証明押印する。
 平成十六年四月一日。東京都○○市上寺山一丁目一番一号所在遺言者居宅居間にて。
  東京都港区赤坂五丁目六番七号
   東京法務局所属
    公証人  歌川 信太郎 (押印)

 以上です」

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性転換倶楽部/響子そして 親族会合(R15+指定)
2019.04.24


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十六)親族会合

 午後九時を過ぎたあたりから、車寄せにベンツやらBMWなどの高級外車が次々と
出たり入ったりしながら来客を降ろしていた。
「ぞろぞろ集まってきたみたい」
 窓から少しカーテンを開けて覗いているわたしと里美。
 里美はネグリジェに着替えていた。
 タンスの中には母親の衣類がそのまま残されていた。
 それを着せてあげたのである。
 わたしは親族会議があるから、それにふさわしい服装に着替えている。
「みんな外車だね」
「そりゃそうよ。この屋敷に入るのに軽自動車なんかで来たら笑われちゃうわ。持っ
ていない人は、どこからか借りてくるそうよ」
「見栄だね。ナンバーで判るからレンタカーじゃないわよね」
 やがて別のメイドが入ってきた。
「お嬢さま、旦那様がお呼びでございます」
 わたしと里美は、見つめ合った。
「いよいよね」
「頑張ってね。お姉さん」
 何を頑張るのかは判らないが……。
 里美を残して、部屋を出た。ふと振り返ると里美が手を振っている。
 二人のメイドの後について、長い廊下を歩いていく。
 大きな扉の前で歩みが止まった。
「少々、お待ち下さいませ」
 軽く会釈すると、その扉を少しだけ開けて入って行く。
「お嬢さまを、ご案内して参りました」
 その開いた扉から、メイドの声が聞こえてきた。
「よし、通してくれ」
 祖父の声だ。いつもと違った威厳のある口調。
「かしこまりました」
 そういう声と同時に、扉がゆっくりと全開された。
 メイドが二人、それぞれ両側の扉を開いていく。

 広い部屋の真ん中に、矩形にテーブルが並べられている。
 一番奥のテーブルには祖父が座り、両側サイドのテーブルには親族が座っている。
そして一番手前には、きっちりとしたスーツを着込んだ弁護士らしき人物が座ってい
る。

 わたしの姿を見るなり、親族のほぼ全員が声をあげた。
「弘子!」
 全員の視線がわたしに集中している。
「そんなはずはない! 弘子は死んだ。それに年齢が違う」
「そうだ、そうだ」
 そんな声には構わず祖父が手招きをしている。
「良く来たな。響子、儂のそばにきなさい」
 テーブルを回りこむようにして、彼らのそばを通り過ぎて祖父のところまで歩いて
行く。真樹さんも後ろに付いてくる。

 一体誰よ、この女。
 何者だ。こいつ。

 というような、明さまに敵意を持った目つきで睨んでいる。
 親族にとっては、女性ホルモンと性転換のおかげで、すっかり容姿が変わってしま
っているわたしが、ひろしだとわかるはずもないだろう。
 第一このわたしだって着席している全員を見知っていないのだから。おじいちゃん
の姉弟くらいは覚えがあるが、亡き長兄と次兄の子供らしき人物達は覚えていない。
 祖父の脇にしずしずと立ち並ぶ。後ろには真樹さんが控えている。
「揃ったようだな。まず、そちらにいるのは、顧問弁護士と立会人。そして見届け人
として、篠崎重工ご令嬢の絵利香さんにお越しいただいた」
 名指しされた少女、篠崎絵利香がにっこりと微笑んだ。
 磯崎家と篠崎家は、江戸時代から取引のある旧知の仲である。


「紹介しよう。この娘は、弘子の長女の響子だ」
「馬鹿な!」
 いきなり一人が立ち上がって怒鳴った。あれは祖父の四弟の健児だ。
「弘子に娘はいないはずよ!」
「そうだ、一人息子のひろしだけだぞ」
 口々に叫んでいる。
 祖父がそれをかき消すように言った。
「証拠を見せよう」
 と合図すると弁護士の一人が書類を、それぞれに配りはじめた。
「何よこれ? 戸籍謄本じゃない」
「そうだ、そこにこの娘が弘子の子である証拠が記されている」
 神妙な面持ちで戸籍謄本を確認する一同。
「何だよこれ、長男が消されて長女になってるし、名前もひろしが響子に訂正されて
るじゃないか?」
「じゃあ、その娘がひろし? 確かに弘子には瓜二つだけど」」
「冗談もやすみやすみ言え」
 それに静かに諭すように答える祖父。
「冗談ではない。どうしても信じられないなら、この娘のDNA鑑定をしてやっても
いいぞ。間違いなく、儂の娘の弘子が産んだ娘だ。書類は、もう一種類ある。目を通
してくれ」
 全員が書類をめくる乾いた音が室内に響く。
「何これ、裁判所の決定通知?」
「磯部ひろしの申請に対し、性別と名前の変更を許可する……まさか」
「医師の診断書も添付してあるわ。それによると……。患者は、真正半陰陽であり、
かつ性同一性障害者と診断する。よって男性として生活するには甚だ困難であり、平
時から女性として暮らしており、戸籍の性別と氏名の変更を認めざるを得ない……。
 署名、○○大学付属病院心療内科医、如月和人。
 署名、△△精神内科クリニック精神科医、駒内聡、
 署名、黒沢産婦人科・内科病院、性別再判定手術執刀医、黒沢英一郎」
「真正半陰陽って、男と女の両方の性を持っているってことだろ?」
「子供の時は男の子だったけど、思春期を過ぎてから実は女の子だったという話しは
良く聞くけど、ひろしがそうだったというわけね。弘子にそっくりな今の姿を見れば、
納得できない話しでもないけど……」
 あらまあ……。いつから真正半陰陽なんて話しが出てくるのよ。わたしが戸籍変更
した時の申請書類では正真正銘の男性だったわよ。そうか……戸籍変更の正当性を親
族に納得させるために、黒沢社長が仕組んで偽造したのね。戸籍変更が認められたの
は事実だから、たいした問題ではないとは思うけど……。
「つまり男から女になったというのね」
「そ、そんなことしたって、ひろしの相続欠格の事実は変わらないぞ。今更、出てき
てもどうしようもないぞ」
「そうよ。健児の言う通りよ」

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性転換倶楽部/響子そして 散策(R15+指定)
2019.04.22


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十四)散策

 わたしと里美、そしてわたし付きのメイドが残っている。
「里美に、屋敷の案内するから、しばらく下がっていていいわ」
「かしこまりました、ではごゆっくりどうぞ」
 メイドが下がって、二人だけになる。
「ふう……。息がつまったわ」
 とたんに表情を崩す里美。
 広い屋敷にあって、大勢のメイドに囲まれたりするような経験がないから当然だろ
う。
「せっかく来たんだから、屋敷内を案内するわ」
「サンキュー」
 屋敷内の調度品に多少の変更はあったが、ほとんど昔暮らしていたままだった。
「まるで美術館ね」
 壁という壁には、洋館にふさわしく大きな油彩の洋画が飾られている。
「昔、洋画家を目指していた祖父の趣味よ」
「これ全部、本物の画家が描いたものなんでしょねえ」
「まあ、それなりにプライドがあるから、贋作は飾ってないと思うよ」
 中には美術誌で見たような見ていないような作品もあるが、本物か贋作かは判らな
い。
 鑑賞会よろしく壁に沿って絵画を鑑賞しながら、中庭へとでてきた。
 ニンフが水辺で戯れている風情を表現した彫刻のある、円形噴水のそばの大理石の
ベンチに腰掛ける。
「ねえ。お母さまは、なぜこの屋敷を出たのかしら。何不自由なく暮らせるのに」
「それは親子水入らずの生活をしたかったからよ。わたしを自分の手で育てたかった
みたい。ここにいればメイド達が何でもやってくれるけど、ぎゃくに言えばメイドを
遊ばせないために、自分でやりたいこともやらせなければならないということもある。
たぶんわたしは乳母に育てられていたかもね。自由でいてちっとも自由じゃないの。
まあ、ものぐさな人は楽でいいと思うでしょうけど」
「そうか、自分の子を自分で育てられないというのも問題ね。でも愛人を作るような
父親だったら、こういう生活の方がいいんじゃない? メイドに手をつけることだっ
て可能だから。ああ、だからお母さま、あえて出ていったのかもよ。父親の性格に気
づいてたんじゃない?」
「でも結局そのことが仇になって、覚醒剤の売人を近づけさせることになったわ」
「そうね、この屋敷なら売人も簡単には入ってこれないもんね」
 そういいながら中庭からの屋敷の景観を眺める里美。
「あら、メイドさんが立ってる」
「ああ、真樹さんね」
 中庭に出てくる扉のところに真樹さんが待機して、こちらをうかがっている。
「下がれと、命令されたんじゃない?」
「だから目立たないところまで下がってるわよ。いくら言われたってそれを鵜呑みに
するものではないわ。わたしに万が一があったら、責任を問われるのは真樹さんなの
よ。雇い主であるおじいちゃんから直接言われない限りは、メイドとしての職務は引
き続いているのよ。いろいろ気を遣わなければならないから大変な仕事なんだから」
「ふーん。そうなんだ……」
 別のメイドが食事の用意ができたと伝えに来た。
 自分の部屋で食べると言って返す。
「里美、お食事にするわよ」
「お姉さんの部屋ね」
「お母さんの部屋だったところよ」
「息子だった時の部屋は?」
「ないよ。お母さんの部屋は決められていたけど、わたしの部屋は来訪する都度に用
意されたの。正当な相続人はお母さんだから。それに子供の時は、お母さんと一緒に
寝ることが多かったし」
 部屋への道すがら里美が尋ねる。
「ねえ、響子さんのおじいさんの資産って、どれくらいあるの?」
「そうねえ。千億は下らないんじゃないかな……」
「この屋敷だけでも数百億かかってるんじゃない?」
「そうね。土地の広さだけでも、確か三万坪くらいはあるかな。さっき里美が迎賓館
みたいと言ってたけど、丁度それくらい」
「三万坪……。次元が違うわ。超資産家令嬢じゃない」
「そっかなあ……。考えた事ないから」
「これだもんね。付き合いきれないわ」
「何言ってるの、あなただって縁談がうまくまとまれば、行く末は社長夫人じゃない」
「でも、倒産するかも知れないじゃない」
「社長さんが言ってたじゃない。将来まで幸せであるよう尽力するってね。その時は
きっと援助してくれるわよ。わたしだって妹を見捨てるつもりはないし」
「お姉さん、ありがとう。だから大好きよ」
「これこれ、抱きつくんじゃない」

 部屋に戻ってしばらくすると、料理が運ばれて来た。
 一流ホテルで良く見掛けるテーブルワゴンに乗せて次々と料理が運ばれてくる。
 フルーツトマトのカッペリーニ、白アスパラガスのカルボナーラ仕立て、白ポレン
タのミネストラ、ノレソレと葉わさびのスパゲッティーニ、平目のソルベ・キャビア
とじゃがいものスープ、和牛のタリアータ・香草のサラダ添え、グレープフルーツと
レモングラスのジュレ・ヨーグルトのソルベ添え、カッフェ。
 ワイン係りがそばにいて、それぞれに最適なワインを出してきてくれる。
 それらの料理に目を丸くしながらも平らげていく里美。
「ふう……。おいしかったわ。一皿残さず食べちゃった」
「ほんとに良く食べたわね。シェフも料理のしがいがあったでしょうね」
「わたしはお姉さんや由香里ほど、女性ホルモン飲んでる期間が長くなかったから、
胃腸がまだ女性並みになってないみたいなのよね」
「だからといって、油断してると太るわよ」
「はーい」
 最後のコーヒーをいただきながら、そんな会話している。
 ドア寄りに待機している真樹さんに聞かれているとは思うのだが、躾が行き届いて
いるらしく、表情を変えたりはしない。


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性転換倶楽部/響子そして 帰宅(R15+指定)
2019.04.18


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十三)帰宅

 祖父の迎えのリムジンで屋敷に向かうわたし。
 が……。なぜか里美が付いて来ている。
 わたしを迎えに来たリムジンを見て、乗り込んでしまったのである。
 どうしても資産家の祖父の屋敷を見たいとか言ってね。
 せっかく両親が迎えに来て水入らずの時間を楽しみにしていたろうに……。
 ともかく今夜一晩うちに泊めて、明日自宅にお送りするということにした。月曜代
休を含めて三連休なので、一日くらいならいいでしょう。
 里美は車内装備の冷蔵庫やらTVなどいじり回している。座椅子のクッションの具
合を確かめようとぴゅんぴょん跳ねたり、かと思ったら窓から首を出したりしている。
「里美、少し落ち着いたら?」
「だって、リムジンだよ。リムジン。一生に一度乗れるかどうかって車だよ」
 そんな里美の様子を、祖父はにこにこと微笑んで眺めている。
 二人が姉妹のように生活していることを聞いて、どうぞご一緒にと誘ってくれたの
である。
「ところでおじいちゃん、お父さんはあれからどうなったの?」
「ああ、愛人のところへ行ったのはいいが。所詮、金の切れ目が縁の切れ目。お母さ
んの財産援助がなくなって、愛人は別の金持ちの男へ鞍替えしたそうだ。酒に溺れた
あげくに急性アルコール中毒で死んだよ。馬鹿な男だ。血液違いで離婚訴訟に勝って
慰謝料を踏んだくるつもりだったんだろうが、お母さんの貞操が証明されて敗訴して
一文も手に入らなかったんだからな」
「以前から愛人を作っていたというのは、本当なの?」
「ああ、そうだ。裁判に勝つために、興信所で調べさせた。間違いない」
「そっか……」
「どうした、あんな奴に同情か?」
「ううん、ちっとも。お母さんの言う事を信じなかったのは、わたしも怒ってるから」
「おまえはお母さんっ子だったからな」
「そ、身も心もお母さん似だからね」
「そうだな……あんな奴に似ているところが一つもなくて良かったよ」
「一つだけあるよ」
「なんだ」
「血液型」
「ああ……仕方がないな……」
「でもわたしの子供はちゃんとしたのが産まれるよ。わたしの卵巣は、Bo型なんだ」
「そうか、奴の血が繋がっていないと考えれば、他人の卵巣というのもいいかも知れ
ないな」
 ゆるゆるとした坂道を登って行った丘の上。
 やがて屋敷が見えてきた。
「ねえ、ねえ。あれがそうなの?」
 里美が車窓から身を乗り出して尋ねた。
「そうよ」
「すごーい」
 花崗岩造りの荘厳な正門を通って広大な前庭から噴水ロータリーのある車寄せへ。
 里美は瞳を爛々と輝かせて雄大な屋敷を見上げている。
「迎賓館みたい!」
「お帰りなさいませ!」
 ずらりと並んだメイド達にびっくり顔の里美。
「すごいね」
 メイド達の中に見知った者はいなかった。
 執事だけが見知っている唯一の人物だった。
「お嬢さま、お帰りなさいませ」
 うやうやしく執事の礼をする。
 もちろん母親の顔を知っているので、母親似のわたしと来賓の里美を間違えるわけ
がない。
 どうやらわたしが性転換したことを知らされて、女性として扱う事を命令されてい
るようだ。そのためにもわたしが男だったことを知っている古参は暇をだされたよう
だ。
「お嬢さまだって……」
 里美が、わたしの小脇を突つきながら、囁いていた。
 そういえば、子供の頃はお坊ちゃまとか呼ばれていたような気がするが……。どち
らかというと、お嬢さまの方が響きが良いね。お坊ちゃまというのは成り金主義とわ
がまま坊主というイメージがあるけど、お嬢さまならどこか清楚でおしとやかな雰囲
気がある。
「そちらのお方は?」
「わたしの親友の里美よ。同じ部屋で一緒のベッドに寝るから」
 いつも一緒のベッドで寝ているし、別の部屋にすると戸惑うだろうとの配慮だ。
「かしこまりました」
「わたしのお部屋は?」
「はい。弘子様がお使いになられていたお部屋でございます」
 弘子とはわたしの母親だ。その部屋ということは、祖父に次ぐ最上位の部屋になる。
つまり正当なる後継者たる地位にあることを意味していることになる。
 一人のメイドが前に出てきた。
「紹介しておこう。響子専属のメイドの斎藤真樹くんだ」
「斎藤真樹です。よろしくお願いします。ご用がございましたら、何なりとお気軽に
お申しつけくださいませ」
 とそのメイドはうやうやしく頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく」
「響子、公開遺言状の発表は午後十時だ。ちょっとそれまでやる事があるのでな、済
まぬが夕食は里美さんと二人で食べてくれ。それまで自由にしていてくれ」
「わかったわ」
 そういうと執事と一緒に奥の方に消えていった。


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