あっと!ヴィーナス!!第一章 part-2
2019.09.30


あっと! ヴィーナス!!


第一章 part-2

「弘美、隠れてないで顔を見せなさい」
「……」
 見せられるはずがなかった。しかし完全に逃げ場はなかった。
 かといって出られない。
 ううーん。どうしたらいいんだよ。
「俺が布団を引っぱがしてやる」
 次兄の慎二兄さんの声だ。
 だ、だめー!
 剥がされないように裏側からしっかりと布団を抱き寄せる弘美。
「待って!」
「なんだよ」
「あなた達は、ちょっと外へ出ていなさい」
「ええ? 何でだよう」
「もし武司の言ってることが本当なら、弘美は恥じらい多き年頃の女の子ということ
じゃない。兄弟とはいえ、異性の前に姿を見せられて?」
 おお、さすが母親だけあるよ。女の子の心理を知り尽くしている。
 って、そうじゃないだろう。
「おい。おまえら、母さんの言う通りだ。出るぞ」
 言い出したのは長兄の信一郎兄さんだ。
「ちぇっ、しょうがねえな」
 三兄の雄三兄さん。
 と、ぞろぞろ部屋を出ていく足音。
 やがて扉を閉める音。
 そして静かになった。
「さあ弘美、顔をお見せなさい。お兄さん達はもういないわ」
 やさしく諭す母。
「もし武司の言うとおり、弘美が女の子になったとして、お母さんにだけは、姿を見
せられるわね」
 それでもじっと布団の中で固まっている弘美。強制的に掛け布団を剥がされる気配
はなかった。あくまで本人の意思で姿を見せるのを待つつもりのようだ。
 いつまでも姿を出さないので、静かに語りはじめる母。
「ねえ、弘美。以前からお母さんが、女の子が欲しがっていたのは知っているわよね。
産まれてくる子はみな男の子。これが最後と割り切って産んだ五人目のあなたも結局
男の子だった。悔しくて、あなたに弘美って女の子みたいな名前をつけちゃった。覚
えていないだろうけど、ちっちゃい頃はあなたに女の子の服を着せて慰んでいたわ。
ほら、そんな写真があったのを覚えているでしょ」
 そう確かに、弘美の記憶には家族のアルバムに、可愛いちっちゃな女の子の写真が
あったのを思い出した。そのアルバムを見て自分自身の幼少の写真がなくて、知らな
い女の子の写真があるのを不思議に思ったものだった。母は、その頃の弘美が写真嫌
いでカメラを向けても逃げ回っていて、その女の子は弘美の幼馴染みの一人たとか言
っていたけど、そうかあの女の子が……。今更にして納得する弘美だった。ちなみに
幼馴染みには双葉愛という女の子がいる。
「だから、ねえ弘美。もしあなたが本当に女の子になったというのなら、お母さんは
こんなに嬉しいことはないわ。だってこれからは女同士の話しができるんですものね。
今流行のファッションの話しをしたり、ショッピングにも一緒に行けるのよね。今ま
では自分以外は、みんな男性でしょ。お父さんと五人の息子達、合わせて六人の男性
の中でたった一人自分だけが女性。こんな寂しいことはないわよ。でも今日からは違
うわよね? 弘美が女の子だったらね」
 弘美を産み育てた心境やアルバムの事を持ち出して、とくとくと説得を続ける母。
 このまま隠れているわけにもいかなかった。
 自分を産んでくれた母、弘美が女の子になったことを心底喜んでいることが、その
口調からはっきりと感じ取られていた。
 もっそりと布団から顔を現わす弘美。
「あら、髪が伸びたのね。いいわよ、今の弘美には似合っているわよ。さあ、全身を
見せてくれるわよね」
 あくまで弘美の自意識に委ねる母。
 布団を捲くって、その全身をあらわにする弘美。
 一糸纏わぬ女の子の裸体がそこにあった。
「まあ……素敵!」
 瞳を爛々と輝かせて、歓喜しながら、
「弘美なのよね……?」
 一応念押しの確認している母。
「そ、そうだよ。俺、弘美だよ」
「そう……ほんとに、女の子になったんだね」
 言うが早いか、力強く抱きしめられた。
「うれしい……弘美、ありがとう」
 うれしいと感謝感激されても困るんだけど……と、思っていても口に出せる心境で
はなかった。
 母は涙を流し、身体を震わせながら弘美を抱きしめ続けていた。
「お母さん、苦しいよ。そんなに強く……」
「我慢してらっしゃい。母娘のスキンシップは大切なの!」


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