特務捜査官レディー(二十五)取り調べ
2021.07.29

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十五)取調べ

 お盆に乗せて注文の品を運ぶ役の女性警察官。
「巡査部長。ほんとうに構わないのですね?」
 と確認する相手は沢渡敬。
「ああ、責任は俺が取るから、言うとおりにやってくれればいいんだ」
「わかりました。ちゃんと責任取ってくださいよ」
 取調室に入っていく。

「あ、きたきた。待ってたわよ」
 入ってきた女性警察官は、注文の品をわたしの前に置きながら、予定通りに盗聴器をテーブルの端の下側に貼り付けたようだった。
 もちろん局長に見つからないようにしているが、わたしも局長の視線が自分に向けられるようにオーバーなジェスチャーを入れながら話しかける。
「ここのクレープって本当においしいのよね。女子学生の頃、通学の途中にあるから良く買い食いしたものだったわ」
「通学の途中? というと薬科大学か?」
「あったり!」
「そうか……」
 考えている風の局長だった。
 そりゃそうだろう。
 薬科大学と麻薬課は切っても切れない関係にあるからだ。
 薬科大学卒業者の一部は警察署の鑑識課に就職している。
 局長と大学教授、そして鑑識課職員の間には黒い噂が立っている。大学教授が言いなりになる自分の弟子を鑑識課に推薦して、局長がそれを採用している。
 横流しの秘密ルートがそこに介在していても不思議ではないだろう。いずれも多種多様の薬剤が出入りするそこに、麻薬覚醒剤が不正取引されても発覚する確率は極端に低くなる。
 わたしはここぞとばかりに追及に入る。
「ところで押収した薬物はどうやって横流ししていますの?」
「何を言っているか」
「あらあ、わたしの組織では知れ渡っているのよ。押収し鑑識が済んだ薬物は封印されて一時保管された後に、厚生労働大臣の承認を受けて焼却処分され下水に流される。もちろんその際には県や都職員の麻薬司法警察員や麻薬取締官が立会う。でもすでにその時点ではすり替えられているという。本物は巧妙に持ち出されて運び屋に渡されるという仕組み」
「貴様……。なんでそんなことまで知っている? 何ものだ?」
「事実だと認めるわけね」
「そんなこと……。貴様の想像だろう」
「あら、残念。認めたくないと……。でも、素直に認めたほうがいいわよ」
「勝手にしろ」
「まあ、いいわ。さて……わたしが持っていた覚醒剤は、今頃どうなっているかしらね。本来なら鑑識が鑑定・封印して保管庫に入っているはずだけど。もうすり替えはすんだのかしら」
「何が言いたいのだ?」
「この警察内部における押収麻薬の取り扱いに関しては、すべてあなたが手なずけた直属の麻薬課の職員が担当していて、密かに横流しを行っていたから外部に漏れることはなかった。でもねそんな不正は、いつかは発覚するものよ。今日がその日なの」
「きさま! 何か企んだな」
「そうね。局長さんはいつも、すり替えたことが発覚しないように、証拠隠滅のために急いで焼却処分にかけていたものね。たぶん今日当たりがその日だと思う。今頃別の警察官が取り押さえに向かっているはずよ」
「馬鹿な。そんなこと……できるはずがない。私の命令なしに動くことなどできない」
「あら、わたしは『別の警察官』と言ったのよ。警察官は何もあなたのところだけじゃない」
「どういう意味だ」
「そう。別の……司法警察官よ」
「ま、まさか……麻薬取締官か?」
「あたりよ。今頃、取り押さえられているでしょうね。麻薬覚醒剤の密売に関する刑罰は、ものすごく重い。麻薬覚醒剤取引に関かれば、非営利でも十年以下の懲役。営利目的で一年以上の有期懲役と情状酌量で500万円以下の罰金。あなたの部下も刑を軽減することを条件に出せば、すべて告白してくれると思うわ」
「企んだな! そ、そうか……。沢渡だな。おまえ、沢渡の仲間か?」
 その時だ。
「その通りだ!」
 バン!
 と、勢いよく扉が開け放たれて敬と、同僚の麻薬取締官達が入ってくる。
「沢渡! それにそいつらは?」
「麻薬取締官さ。局長、年貢の納め時だよ。貴様がすり替えを命じていた警察官は、俺がとっ捕まえて吐かせてやったよ。ほらこのテープレコーダーにその時の証言が記録してあるぜ」
 と、マイクロテープレコーダーを見せた。無論、確実な証拠記録とするために、ICメモリーレコーダーは使わない。
「それから……」
 と、敬はテーブルに近づいてきて、盗聴器を取り出して見せた。
「盗聴器だよ。真樹との会話もすべて記録してある。いろいろと喋ってくれたから、証拠としても十分に役立つことだろう」
 
 同僚が近づいてきて、
「ほら、手帳だ。ここは、君が仕切るべきだろう」
 と、麻薬司法警察手帳(麻薬取締官証)を手渡してくれた。
「ありがとう」
 それを開いて局長に見せ付ける。
「司法警察員麻薬取締官です。局長、あなたを覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕します」
「こ、こんなことになるなんて……」
 がっくりとうなだれる局長。
 将来を約束されたキャリア組から、重犯罪者のレッテルを貼られる身分への転落。
 さぞかし無念だろうね。
 しかしそれも自らが招いたこと。
 わたしは、手錠を掛けて連行する。
「それじゃあ、敬。こっちの方はお願いね」
「ああ、まかせとけ」

 こうして、わたしと敬をニューヨークへ飛ばして抹殺しようと企んだ、生活安全局局長は逮捕された。
 わたしと敬は、次なる検挙すべき相手に、磯部健児を一番に据えたのだった。
 そう、甥である磯部ひろし、こと磯部響子を覚醒剤の罠に嵌めた張本人である。

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11
特務捜査官レディー(二十四)取り引き
2021.07.28

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十四)取り引き

 わたしは局長室に直通のダイヤル番号に電話を掛ける。
「生活安全局局長室です」
 懐かしい声だった。
 まさか本人が直接出るとは思わなかった。普通は秘書が出て取り次ぐものだが、おそらく所用で部屋を出ているのであろう。
「局長さんですか?」
「その通りです」
 早速本題に入ることにする。
「実は覚醒剤を手に入れたんですけど、局長さんが仲買い人を紹介してくれるという噂を耳にしまして」
「どういうことだ?」
 局長の声色が変わった。
「隠してもだめですよ。警察が押収した麻薬を横流ししてること知ってるんですよ」
「それをどこで聞いた?」
「以前あなたのお友達に女装趣味の人がいたでしょう? その人から聞いたのよ」
「まさか……」
「うふふ。逆探知してもだめですよ。あなたの地位が危なくなるだけです。で、どうしますか?」
「どうするとは?」
「覚醒剤ですよ。とぼけないでくださいね。取り引きしませんか?」
 しばらく無言状態が続いた。
 対策を考えているのだろう。
「い、いいだろう。取り引きしよう。どれくらいの量を持っているのだ」
「そうですねえ……5700グラム。末端価格で4億円くらいになるでしょうか」
 覚醒剤の相場は、密売グループが大量検挙されたなどの市場情勢によって変動するが、平成24年以降1グラム7万円前後を推移している。ちなみに密売元の暴力団の仕入れ価格は1グラム8~9千円程度だというから、上手く捌ければぼろ儲けということだ。
「ほう……たいした量だな」
「もちろん、混じりけなしの本物ですよ」
「どうすればいいのだ。取り引きの場所は?」
「そうですねえ……。お台場にある船の科学館「羊蹄丸」のマジカルビジョンシア
ターにしましょう」
「船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアターだな。日時と目印は?」
「日時は……」
 取り引きに関する諸用件を伝える。
「わかった。必ず行く」

 というわけで、局長を丸め込むことに成功して、電話を切る。
「やったな。後は奴が本当に乗ってくるかどうかだな」
 そばで聞き耳を立てていた敬が、ガッツポーズで言った。
「乗ってくるわよ。何せ覚醒剤横流しの件を知っている人物を放っておけるわけないじゃない」
「そうだな」
「というわけで、課長」
「判っている。覚醒剤のほうは手配しよう。しかし5700グラムとは、ちょっと多すぎやしないか?」
「だめですよ。撒き餌はたっぷり撒かなくちゃ釣りはできませんよ。それくらいじゃないと、局長本人が出てこない可能性がありますからね」
「判った。何とかしよう」
「お願いします」


 というわけでおとり捜査の決行日となった。
 船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアター。
 目印のピンクのツーピーススーツ姿にて、前列から7列目の一番右側の席に腰掛けて、合言葉を掛けてくる相手を待つ。
 運び屋が来るか、本人が直接来る。
 それとも……。
 ふと周囲に異様な雰囲気を感じた。
 息をひそめこちらを伺っている気配。
 それも一人や二人ではない。
 逃げられないように出入り口を確保しているようだ。

 やはり、そういう手でくるのね……。

 一人の男が近づいてきた。
 本人は気配を隠しているつもりだろうが、明らかに刑事の持つ独特の雰囲気を身体に現していた。
「お嬢さん、お船はお好きですか?」
 合言葉であった。
「ええ、世界中の海を回りたいですね」
 合言葉で答える。
 すると右手を高々と挙げて、周りの者に合図を送った。
 ざわざわと集まってきたのは刑事であろう。
「そこを動くな!」
 拳銃を構えた男達に囲まれていた。
 明らかに刑事だった。
 制服警官の姿もあった。
 まわりを取り囲まれていた。
「やはりね……」
 端から取引をするつもりはないのだろう。
 麻薬密売取り引きの現行犯で逮捕しようというのだ。
 わたしを逮捕し、取り調べながら入手ルートを聞き出して、直接相手と交渉するつもりだったのだ。
 それでなくても、奴には警察が押収する薬物を横流しする手段もあるから、
「持ち物を調べさせてもらう」
 一人がわたしの脇においてあった鞄を開けて、中を調べ始めていた。
 いくつかの透明の袋に入れられた白い粉末。
 もちろん本物の覚醒剤である。
 警察官はその一つを開けて、検査薬キット(シモン試薬及びマルキス試薬と試験管のセット)で調べ始めた。
 それは、試薬と覚醒剤を混ぜると反応して変色するというものである。学校の化学の授業で、アンモニアとフェノールフタレイン溶液を混ぜて、アルカリ性を確認したことがあるだろうが、それと同じ論理である。
 以前はシモン試薬のみで行われていたが、抗うつ剤や脱法ドラッグにも反応するということで、現在は複数の試薬で行って確実性を高めるようになっている。
 試薬を入れた試験管の色が陽性を示していた。
 それを声を掛けてきた男に見せていた。
「君を覚醒剤密売の容疑で逮捕する」

 パトカーで警察署に運ばれるわたし。
 女性警察官が終始そばについていた。
 男性警察官の場合、「肩を触ったわ。セクハラよ」と訴えられる可能性があるからである。容疑者にも当然人権がある。
 警察署裏口についた。
 職員や容疑者などはそこから署に入ることになっている。
 手錠を掛けられたまま取調室へ向かう。
 女性の場合は手錠を掛けない場合もあるが、覚醒剤密売という重罪を犯しているこ
とから、手錠は掛けられたままであった。
 途中で、敬とすれ違う。
 言葉は交わさなかったが、
「うまくやれよ」
 とその瞳が語っていた。
 取調室に到着する。
「局長が取調べを行うそうよ。しばらく待っているように」
 女性警察官はそう言った。
 部屋の中央にある対面式の尋問机? の片側の椅子に腰を降ろす。
 部屋の中には、今のところ女性警察官が二人。逃げられないように戸口を塞いでいた。
 やがて局長が姿を現した。
「君達は外で待機していてくれたまえ」
 扉のところに立っていた女性警官に命令する局長。
「ですが……」
 容疑者といえども女性となれば、必ず女性警官が立ち会うことになっていた。
 意義を唱えてみても、
「出て行きたまえ、聞こえなかったのか」
 と、強い口調で言われればすごすごと出て行くよりなかった。
 二人の女性警官が退室するのを見届けてから、口を開く局長だった。
「さて、まずは名前・生年月日から聞こうか」
「そんなことよりも、覚醒剤の入手先をお知りになりたいんじゃなくて?」
「それもそうだが、一応決まりだからな」
「決まりと言いながら、女性警察官を追い出したのはどうしてですの? まさか、わたしを女装趣味の男性とでもお思いになれたのですか」
 例の女装仲買人のことをほのめかす。
 局長の顔が一瞬引き攣ったようだが、
「いや、君を見れば本物の女性だと判るよ。女装者にはない、気品が漂っているからね。正真正銘のね」
 まあ……生まれたときからずっと、女性として育てられたものね。
 言葉使いから仕草から、徹底的に母から教えられた。
「ただ他に聞かれたくない内容になりそうなのでね」
「そうでしたの……いいわ。名前は、斉藤真樹。誕生日は……」
 素直に自分の身分を明かしていく。
 どうせ持っていた運転免許証を見られているんだ。
 隠してもしようがない。
「さてと、決まり文句が済んだところで本題に入ろうか」
 局長の目つきが変わった。
 警察官と言うよりも、検察官に近いそれは、「言わなければどうなるか判っているな」と語っている。
「入手先だよ」
 やっぱりね。
「その前に昼食にしませんか? まだお昼食べていませんの」
「ふふん。さすがに、麻薬取り引きしようというだけあって、性根が座っているな。いいだろう、食べさせてやろう」
「ありがとうございます。それじゃあ……」
 というわけで、この当たりで一番手軽でお待ち帰りできるファーストフードを注文する。


刑事ドラマやアニメなどで、白い粉をペロリと舐めて「麻薬だ!」というシーンが登場しますが、あれはフェイクです。万が一「青酸カリ」だったりしたらあの世行きですから、麻薬取締官や司法警察官はやりません。
シティーハンター「冴子の妹は女探偵(野上麗香)」の回などが有名ですね。

なお、本文の内容は執筆当時のものです。羊蹄丸は、2011年の閉館後に解体されました。

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11
特務捜査官レディー(二十三)新情報
2021.07.27

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十三)化粧指南

 彼女の元に戻る。
 化粧道具をちゃぶ台の上に広げ鏡を置いて、彼女に化粧の仕方を教える。
「産毛を剃りましょうね」
 女性用剃刀で丁寧に産毛を剃り落としてゆく。これをやらないと化粧品のノリが悪くなる。
「まずは下地クリームからね。化粧の乗りを左右する大切なことだから手を抜いちゃだめなの」
 というようにして、基礎からしっかりと教えながら化粧を施していく。
 他人に化粧して貰うことなどはじめてなのであろう。
 目を見開いてしっかりと、わたしの手の動きを追っている。
「初心者のよくやる失敗はね。クリームを塗りすぎることなのよ。ほんの少しだけつけてね、よーく延ばしていくの」
 ファンデーションやチークやら、ひとつひとつ懇切丁寧に指導してゆく。
 彼女のほうも真剣に聞いていた。
「そしてここからが一番難しいアイメークよ。目は女性の命だし、一番視線が集中するから、手を抜かずにきっちりと、ポイントを押さえていくの」
 アイブロー、アイシャドーやアイラインなど、まばたきをするからせっかくの化粧が落ちたり汚れたりしないように丁寧に行う。なんといってもぼかしのテクニックが出来を左右するといってもいいかもね。
 止めは口紅。リップライナーでしっかりと輪郭をとってから、中身を塗つぶしていく。
 まだまだやらなきゃならない事もあるけど、初めてなんだから取りあえずはこんなものでしょう。
「はい。出来上がりよ」
 と、鏡を彼女の前に差し出す。
 どこから見ても本物の女性と見違えるくらいの完璧な化粧だった。
「これが、あたし?」
 本人もあまりの変身振りに驚いて唖然としていた。
「ね? 素敵な女性になったでしょ。どこから見ても、まさか女装している人には見えないわよ」
「あ、ありがとう……」
 素直にお礼を言われた。
 まあ、これで少しはガードが下がるでしょう。
 取りあえず今日のところはこれくらいにしておきましょう。
 何事も順序が肝心なのよね。
 それなりの取調べ? を終えて、彼女を女性用の留置室に特別に入れてもらうようにしてもらった。何せ化粧をしタイトスカートな女性用スーツを着ているのだ。通路から丸見えの男性用留置室に入れるのは酷である。

 翌日も取り調べ室に彼女と二人で差し向かうわたし。
「女性用の留置場に入れるようにしてくれのはあなたね?」
「だって、男性用の留置場って酷いじゃない」
 最近の留置場における女性に対する扱いはかなり柔軟になってきているようだ。例えば警察庁の留置場で説明すると、男性用の留置場は看守席から良く見えるような位置にあって、室内が通路から鉄格子ごしに丸見えになっており完全にプライバシーがなかった。よく映画で見られるようなずらりと檻が一列に並んでいる監房とほとんど同じである。それに引き換え女性用は通路からまず前室のような部屋があって個室のような雰囲気のある造りになっている。
 また男性が所持品をきびしく制限されているのに対し、女性の方は身だしなみに必要な化粧品やくし・ヘアブラシなどを前室にある洗面所で使うことができる。
 もちろん彼女のために化粧道具を留置所に用意してあげたのもわたしだ。
 替えの新しいランジェリーも差し入れしてあげた。
「それじゃあ、今日もお化粧の練習しましょう。眉の手入れとマスカラをメニューに入れたからね」
 

 さらに数日間。
 彼女を女性として扱い、まずは化粧の勉強から始まる一日の繰り返しだった。
 そんなわたしの献身的な? 扱い方によって頑なだった彼女の心が少しずつ和らいできていた。
 女装をはじめたきっかけや、衣装をどこで買ってるなどといった会話。
 気楽に化粧やファッションなどの女性的な話題で盛り上がっていた。
 そして……。
「いいわ。あなたには随分良くしてもらったから、一番知りたがっている情報を教えてあげる」
 ある日突然、彼女がこう言い出した。
「覚醒剤の入手先は、某警察署の生活安全局の局長よ」
 と、ついに白状したのである。
「麻薬課が押収した覚醒剤を、こっそり横流ししているの。それを運び人が受け取ってわたしが仲買い人となり売人達に売り渡していたのよ」
「ありがとう」
「わたしを女性として扱ってくれたお礼よ。ここを出たらまた男性監房に逆戻りだろうけど、ここにいる間だけでも自分が女性になれた気分を与えてくれたことに感謝するわ」
 彼女の言うとおり、留置場での捜査が終われば、検察官の起訴・不起訴の審議となり、起訴となれば拘置所へ送られる。犯罪容疑者を前提とする拘置所は留置場ほど環境はよくなっていない。
「起訴されても、せめて執行猶予がつくことを祈ってるわ」
「だといいんだけどね」

 こうしてわたしの彼女に対する取調べは終わった。


 その過程で手に入れた飛び切りの情報。
 某警察署生活安全局局長が麻薬課が押収して保管している覚醒剤を横流ししている。

「それは、ほんとうかね?」
 彼女から得た最新情報を課長に伝える。
「警察のキャリア組が麻薬の横流しとは……世も末だな」
「課長……。あまり驚かれていませんね」
「ああ……。実は別のルートからその局長が麻薬の横流しをしている情報を掴んでいたんだ」
「なぜ、逮捕しないんですか?」
「何せ、警察という組織の中で行われていることだろう? その局長が横流しをしているという情報はあっても、確証がまだ得られていないんだ」
「証拠不十分ですか?」
「そういうことだ。手は尽くしているんだが、なかなかねえ。縦割り行政の壁という奴だ」
「そうでしたか……」
 この麻薬取締部でも、あの局長には手をこまねいているということだ。
 今回の覚醒剤取引のことをみてもわかるように二重・三重に防御策を施している。
「では、警察内部に密かに協力者を募るというのはどうでしょうか? 特に麻薬課に所属する警察官をです」
「協力者? かね……」
「はい。実は、心当たりがあるんです」
「大丈夫なんだろうね。問題が起きたりはしないか?」
「問題が起きるのを心配して、行動に移さなければ、その間にも多くの麻薬患者が苦しみ続け、新しい患者を増やしているのですよ」
「それはそうなんだが……」
「課長!」
 私はいつになく高揚していた。
 このまま放って置いては、ひろし君のような第二の事件が置きかねないのである。
「わ、わかった。その警察官? かね。一度内密に合わせてくれないか?」

 ということで、課長に敬を紹介することにした。
「生活安全部麻薬銃器課の沢渡敬です」
 敬礼して課長に挨拶する敬だった。
「君かね。協力者となってくれるというのは」
「はい、そうです」
「協力するということは、君のところの局長が何をしているかを知っているということだね?」
「もちろんです。そのために命をも狙われました」
「ほんとうかね?」
「ええ、ニューヨークへ飛ばされた挙句にです」
 敬は、ニューヨークで起きた事件を説明しだした。もちろんニューヨーク市警署長のことは伏せている。
「……なるほど、日本では、事故にしても殺人にしても、警察官が死ねば必ずニュースになる。それが地球の裏側で殺人が横行するニューヨークなら、単なる殉職として済まされてしまうことが多いし、犯人捜査も全部向こう任せだ。もし、局長が手引きしていたとしても手掛かりは闇に葬りさられるだろうしな」
「まあ、そんなわけで命からがら舞い戻ってきました」
「そこまでされたのに、よく警察官に復職でたものだ」
「局長を引き摺り下ろしたい一身ですよ。もう一度私を手に掛けようとすれば、逆にその首根っこを掴まえてやりますよ。局長も、それが判っているから、すぐには手を出せないでいるわけです。でも水面下では何らかの手を打っていると思います」
「うーむ……。難しいな」
「そこで、ちょいと罠をしかけてやれば引っかかるかも知れません」
「まかり間違えば命を落とすことになりはしないかね?」
「ありうるでしょう。しかし、組織の上層部にいる局長を、その座から引き摺り下ろすには、こちらもそれなりの覚悟が必要でしょう」
「で、具体的にどうするのだ?」
「局長を動かすには、やはり薬でしょう。だよな、真樹」
 と言ってわたしに微笑みかける敬だった。
「ええ」
「おとり捜査か! しかも真樹君を使うのか?」
「そうです。わたしと局長は、たぶん……面識がありませんから」
 黒沢先生の整形手術は完璧なまでに、他人に仕上げてくれた。気づかれることはないだろう。
「しかし、いくらなんでも、それは……」
「課長! 何度も言わせないで下さいよ。局長を放っておいたら」
「わかっている! 君がそこまで言うのなら、まかせるよ。で、どうしたらいいんだ。地方警察官と麻薬取締官との連携捜査となる方法だ」
「それはですね……」
 乗り出すようにして、敬が説明をはじめた。

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特務捜査官レディー(二十二)ピンチはチャンス!
2021.07.26

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十二)ピンチはチャンス!

「まさか女性警官がこんなところまで出張ってくるとは思わなかったわ」
 銃口をこちらに向けたまま、話しかける仲買人。
「ハンドバックを床に置いて、滑らすようにこちらに放りなさい」
 こんな危険な現場に来る以上、ハンドバックに拳銃が入っていると考え、取り上げようとするのは当然だろう。
 跪いてそっとハンドバックを床に置き、相手に放り出す。
 真樹から目を逸らさないように、銃を構えたまま、ゆっくりと腰を降ろしながらハンドバックを拾う仲買人。
 あ! ショーツが見えた。
 下着もちゃんと女性の物してるんだ。
 しかしショーツが見えるような仕草してるようじゃ、女装歴もたいしたことないわね。腰を降ろすときもしっかり膝を揃えて、優雅に落ちている物を拾うのよ。さっきわたしがやって見せたようにね。
 ……なんて考えてる余裕はないか。
 ハンドバックを開けて、中身を確認する仲買人。
「へえ、M84FSか……」
 と拳銃が入っているのを確認し、さらには麻薬取締官の身分証を取り出して開いてみる。
「あなた、麻薬取締官だったの? へえ、女性もいたんだ。どうりで、こんな危険な現場に女性警察官が? とは思ったけど。これからは気をつけなくちゃいけないわね」
「どうも」
「しかし顔を見られてしまったからには、ここで死んで貰うしかないわね」
 わたしに向けられた拳銃のトリガーにかかった指に力を込めている。
 その時だった。
「やめてえ!」
 それまで震えて動かなかった売人が飛び出して、仲買い人の腕を押さえたのである。
「は、離しなさい」
「人殺しはやめて!」
「うるさいわね。ならあなたから死んで」
 銃口の矛先が売人の方に向いた。

 チャンス!
 わたしはタイトスカートを捲し上げて(ちょっと恥ずかしいけど……)、ガーターベルトに挟んでいたダブルデリンジャーを取り出して、すかさず仲買人の手を狙って撃ち放った。
 M84FSは見せ球である。それを取り上げれば安心して、隙を見せるだろうという心理を付いたつもりだ。ハンドバックの中に銃などを隠し持つというのは、誰しも考える。
 実は隠し玉として、スカートの下にデリンジャーを用意していたのである。

 ズキューン!

 耳をつんざくような銃声が、化粧室内に反響する。
「きゃあ!」
 悲鳴を上げたのは売人である。自分が撃たれたと思ったようだ。
 デリンジャーから撃たれた銃弾は、見事に仲買人の持っていたM1919を弾き飛ばした。
 わたしのハンドバックも投げ出されて、中身の化粧品とかがそこら中に散らばる。
 間一髪の差でわたしの射撃の方が早かった。
「ちきしょう!」
 銃を弾き飛ばされ形勢逆転となった仲買人は、わたしに体当たりして突き飛ばすと、廊下へ飛び出して行った。不意を突かれてわたしは尻餅をついていた。
「油断した」
 起き上がりハンドバックを拾い上げて、売人に渡しながら、
「散らばったもの拾っておいてね」
 と依頼する。
 呆然としたまま、バックを握り締めて固まっている売人。
 仲買人の手から弾き飛ばしたM84FSを拾い上げて、後を追いかけて廊下へ駆け出す。
 途中、目に入った火災報知を拳銃の銃底でカバーを割って非常ボタンを押す。
 ホテル中を火災報知器のけたたましい非常ベルが鳴り渡る。
 これでホテルの外で待機している同僚達も踏み込むことができるだろう。
 通常は男性が入れないレディースホテルも、火災という非常事態となれば警察官として堂々と入れるわけだ。
 ちなみに麻薬取締官も司法警察官ということを忘れてはいけない。
 仲買人は上へ上へと逃げていく。
 なぜ上に逃げるのか?
 非常の脱出路があるのかも知れない。
 となれば早いとこ捕まえなければならない。
「待ちなさい!」
 と言われて待つ悪人はいない。
 しかし、タイトスカートにハイヒールという姿のせいか走りにくそうである。
 慣れないことはしないことね。
 もちろんわたしは普段から着慣れているから、足捌きもスムーズである。
「もう少しで追いつくわ」
 あ!
 転んだ。
 あはは、慣れないハイヒールなんか履いてるからよ。
 なんて笑ってる場合じゃない。
 すかさず飛び込んで、日頃の逮捕術を見せ付けるいい機会となった。
 立ち上がり殴りかかってくるその腕を絡め取って逆手に捻りあげながら投げ飛ばす。
 もんどりうって倒れた相手に、固め技から後ろ手両手錠を掛ける。
「はい! 一丁挙がり」
 というわけで、ついに仲買人を確保できたのである。
 どかどかと駆け上ってくる、明らかに男性用と思われる靴音が響いている。
 やがて同僚達が息せき切って現れる。
「真樹ちゃん!」
 わたしの姿を見て一目散に駆け寄ってくる。
「大丈夫だったかい?」
「怪我してない? ホテルの従業員が銃声のような音を聞いたらしいから」
 仲買い人のことよりも、わたしのことを心配してるよ。
「はい。しっかりと大丈夫です」
 そしておもむろに仲買い人を見て、
「こいつが、仲買い人か?」
「はい。そうです」
「よし、良くやったぞ。えらい」
 と頭をなでなでされた。


 レディースホテルの覚醒剤取引事件の仲買人の取調べがはじまった。
 留置所において仲買い人と対面するのであるが、逮捕された当時の女装したままで、なおかつ女性言葉を使うので、取締官もやりにくそうだった。そこでわたしが駆り出された。
 他の男性取締官に席を外してもらって二人きりで相対することにした。
 まともに付き合っていても喋ることはないだろうと思う。
 わたしは搦め手から攻めていこうと思った。
「ねえ、女装って楽しい?」
「何よ、急に」
「わたしにもね、女装が好きな人がいてね。よくお喋りするんだけど、女装する人にも何種類かあるそうね。気分転換に単に女装を楽しむ人と、女性の心を持っていて女性になりたいと思っている人、MTFっていうそうね。あなたはどっちかしら?」
「それがどうしたっていうのよ。どっちでもいいでしょ」
「そういう風に女性言葉で話し続けているところみると、あなたは後者ね」
「勝手に思っていればいいわ」
 と、あさっての方を向いてしまう彼女だった。
 うん。
 なかなか難しいわね。
 どんな話題を持ってくれば、乗ってくるかしら。
 とにかく話にならなければどうにもならない。
 その横顔を見ながら、その化粧の仕方の下手くそさを思う。
 女装している人にとって、何が一番難しいかというとやはり化粧であろう。
 できれば綺麗になりたいと思っているだろうし、かと言ってなかなか上手くできないものである。このわたしだって化粧をはじめたた頃は、母につきっきりで、実際に化粧品を使って教えてもらったものだが、そうそう思うとおりにならなかった。
 初心の頃に有りがちなのは、クリームとかを塗りすぎて、ついつい厚塗りしてしまって、仮面のようになってしまうことである。厚化粧になって何かするとひび割れを起こしたりする。
 この彼女も、そんな初心者のようであった。
「ところで化粧って難しいでしょう?」
「下手くそっていいたいのでしょう」
「そうね。女性のわたしからみると、確かに下手ね。はっきり言うわ」
「ふん。どうでもいいでしょ」
「ねえ。教えてあげましょうか?」
「な……」
「お化粧ってね。雑誌とか読んでの自分勝手流じゃ、なかなか上手にならないのよね。プロなり美容師さんにちゃっと、化粧道具を使って習わないとね。まあ、わたしだってプロじゃないけど、それなりに勉強しているから教えてあげられるわよ」
「そんなことして、どうなるってんのよ」
「綺麗になりたくないの?」
 彼女が一番気にしているところから、じわじわと攻め立てるわたし。
 化粧が下手だと言われそうとうの劣等感に陥っているはずだ。そこへ化粧の仕方を教えてあげると言われれば、多少なりとも心を動かされるはずだ。
「そんな化粧じゃ、注目されて女装者だとばれちゃうわよ。上手に化粧すると、誰がみても女性としか見えない自然なお顔になれるものよ」
「そうは言っても……」
 彼女の気持ちがだいぶぐらついてきたようだ。
 もう一押しよ。
「ね、ね。教えてあげるわ。ちょっと待ってね。今、化粧道具を持ってくるから」
 彼女を残して、一旦取調室を退室する。
 そとで待機していた同僚が話しかけてくる。
「真樹ちゃん。どう? 上手く言ってる?」
「うーん。今はじまったばかりという感じです。ちょっと化粧道具を取ってきます」
「化粧道具? 化粧直しするの?」
「まあ、まかせてください。中へは入らないでくださいね。せっかくの手筈が狂って
しまいますから」
「あ、ああ。真樹ちゃんがそういうなら……」
 それから女性用留置室へ行って、女性被留置者のために用意してある化粧道具を借りてくる。化粧道具を意外と持っていない被留置者も多く、接見室での接見・差入の際に化粧できるように用意してある。
 留置場における社会復帰のための矯正の一環であり、出入り業者から化粧水程度の化粧品は購入できる。

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特務捜査官レディー(二十一)行動開始
2021.07.25

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十一)行動開始


「さて仕事だ! そいつの機能説明しよう。と言っても、俺も聞きかじりだから詳しく説明できないがね。真樹ちゃんのことだから、試行錯誤ですぐに覚えてしまうだろうね」
「そうそう。課内にあるパソコンの接続設定とかインストールとかできちゃうんだから」
 確かに言われるとおりにパソコンとかPDAとかの扱い方には強い真樹だった。
 初心者にありがちなのは、ソフトを動かしてパソコンを壊したりはしないか? とか、下手にファイルを削除して動かなくなったとか、余計な心配したり懲りて触るのが怖くなってしまうことである。パソコンは落としてハードディスクなどの機械部分を壊すとかでなければ、ソフトを操作したぐらいでは壊れるものではない。ファイルの削除でも、ゴミ箱の中身を元に戻したり、WINDOWSならシステム復元を実行すればある程度元に戻るものだ。
「たいしたことありませんよ。毎日のようにパソコンに触れている、今時の女の子なら誰でもできますよ」
「まあ、そうだけど。時代の隔世を感じるね」
 ともかくも一応、機能説明を受けて一通りのことは理解できた。
「それで肝心の奴の顔を知っているのは、我々の中にはいないので……」
「いないんですか!? それじゃあ、どうやって」
「まあ、最期まで聞け。以前に覚醒剤の売人を捕らえていて、刑を軽減するから仲買人を教えろということで、協力してくれる奴がいる。その端末にそいつの写真画像がインプットしてあるから、顔を覚えておくんだ」
 端末を操作して売人の写真を表示する真樹。
「ああ、これね。女の人」
「前から言っているように、奴に近づけるのは女性だけだ」
「そうだったわね。この女性に接触すればいいの?」
「いや、逆に知らぬ振りをして、そいつが奴と接触するまで待つんだ。いわゆる泳がせ捜査で、覚醒剤を買い付けることで奴と接触するように手筈が整っているはずだ。そいつが奴と接触し、覚醒剤を受け渡したその瞬間を、麻薬取引の現行犯で押さえるのだ」
「捜査に協力する振りをして、その人が逃げたり逆に相手と結託したりしたら?」
「それはない。彼女が覚醒剤の売人になったのは、奴の属する組織に子供を人質に捕られていて仕方なくやっていたのだ。現在子供はこちらで保護している。今回の件が成功したら、執行猶予処分が付くことになっていて、収監されることもなく子供と一緒に暮らせる」
「司法取引というやつですね。でも日本ではまだ法整備が整ってないですが」
「まあな、いわゆる裏取引というやつだよ」
「なるほどね……結局、当局も彼女を利用しているというわけね。それじゃ、組織と同じじゃない」
「ち、違うぞ! これは……」
 と反論しようとした時だ。
「あ、待って! 挙動不審な女性がいるわ。きょろきょろあたりを窺っている。あ、この写真の人だ!」
「来たか!」
「じゃあ。あたし、行きます」
「おお、気をつけてな。何かあればすぐに連絡するんだ」
「判りました!」
 車を降りて、ホテルに向かって歩き出す真樹。
 胸元には、麻薬取締官を示す目印のブローチを付けている。
 相手もそれに気づいて、おどおどしながらも中へ入っていく。
「さあ、これからが勝負よ」
 と、振り向きざまに指を二本立てて、後方のバンの中にいる同僚にピースサインを送るのであった。
「あの、馬鹿が……遊びじゃないんだぞ」
 頭を抱えて、これからのことを不安に感じる主任取締官なのであった。

囮捜査や泳がせ捜査は、一般の日本警察官には認められていないが、麻薬取締官には例外として認められている。
日本の司法取引については、2014年9月18日に法制審議会で審議されて、2016年5月に改正刑事訴訟法で成立、2018年6月1日より施行。


 売人の後を追うようにしてレディースホテルに入る真樹。
 泳がせ捜査の始まりだった。
 売人を追跡しつつ、近寄る不審人物をチェックする。
「さあて、どんな奴だろうね」
 仲買人の顔を知っているのは、売人だけである。
 まだ時間があるのか、ロビーの応接セットに腰掛けていた。
 彼女が観察できる位置の応接セットに腰掛け、ホテルを出入りする人物をチェックすることにする。
「あたしの知っている人物は来るかな」
 女性警察官時代に担当した麻薬課の犯罪者リストの顔写真が思い起こされる。もちろん自分自身で逮捕した容疑者もいるが、そういう人物に顔を覚えられているとやっかいだ。
「ばれたりしないよね」
 顔を整形しているとはいえ、どことなく面影が残っているかも知れないし……。
 この泳がせ捜査に関わらず、今後の麻薬取締においても、警察官なり麻薬取締官なりの顔を覚えられると、逃げられる確立が高くなって問題なのだ。
 もっとも女性警察官時代においても、実は男性だったことを知る容疑者たちはいないはずだが。
 彼女はまだ動かない。
 その間も、ネット手帳を使って、同僚達と連絡を取り合う。
 まあ、他人目にはインターネットで調べものしている風に見えるだろう。
「あ、動いた!」
 席を立ち、階段を昇りはじめる売人
 エレベーターがあるのに階段を使うのは、精神を落ち着かせるためであろう。エレベーター内は閉鎖空間であり、息が詰まるものである。犯罪に関わるものは、すぐに逃げられるような行動を無意識にとるものだ。
『今、移動をはじめました』
 電子手帳に入力して、同僚たちに知らせる。
『仲買人がどこかで監視しているかも知れないから、慎重に行動してくれ。何かあったらすぐに連絡してくれ』
 すぐに返信メールが返ってくる。
『了解しました』
 電子手帳を閉じて、ショルダーバックに納めて、売人の後を追いかける。
 警察時代にも囮捜査に何度も借り出された経験もある。尾行の方法とか注意点とかを叩き込まれた経緯があるから、その経験をここでも発揮すればいいのである。
 まず一番大切なことは、それぞれの階の見取り図をしっかりと把握しておくこと。
 取引の行われる化粧室を中心として、エレベーターや階段(非常階段含む)の位置関係。通路がどのように繋がっているかなど。犯人の逃走ルートは確実に押さえておく。

 化粧室は、その名の通りに化粧をする所である。
 一般的にはトイレも併設してあるが、化粧室だけというホテルもあるので、要注意である。
 敬とニューヨーク観光してた時に、急に用がしたくなってホテルに駆け込んで化粧室に入って驚いたことがあった。
 化粧とトイレは、はっきり区別しておいた方が良い。上品ぶって化粧室はどこですかと聞いたりなんかすると、ほんとにトイレのない化粧室に案内される。トイレに行きたければトイレとはっきりと尋ねるべきである。
 おっと横道にそれた。
 何にせよ。トイレではなく化粧室でよかった。
 化粧直しに念入りに時間を掛けられるから、売人や接触してくるはずの仲買人の観察もそれだけじっくりと行えるからである。三十分くらい化粧直しに専念する女性なんかざらにいる。
 もちろん直接眺めたり、化粧室内の大鏡で見ることはしない。あくまで観察は化粧用のコンパクトの鏡を使って、こっそりとばれないように気をつける。
 鏡の中の売人はおどおどとし続けであった。
(あーあ……。あれじゃあ、仲買人に何かあると察知されちゃうじゃない)
 こりゃあ、それと判明しだい即座に行動に出ないと逃げられちゃうかも。
 と思った時だった。
 売人の表情が変わった。
 来たみたいね……。
 コンパクトの鏡の角度を変えて、入ってきた人物の顔を捉える。
(へえ、彼女が仲買人か……)
 ちょっと背が高めの冷たい感じのする女性。
(化粧が濃いわね……)
 一目そう思った。それだけでなく、着ている服にもどこかアンバランスで、今時の女性はこんな着方はしない。ファッションに敏感な女性の目には異様な雰囲気だった。
 まさか……女装してる?
 緊張している売人は気づかないのかも知れないが、明らかに男性が女装しているようだ。

 間違いない! 仲買人は女装した男性だ。

 女性の服を着て化粧し、かつらを被っていれば、人は中身も女性だと思い込む。
 よほどの男性的な顔や姿をしていなければ、堂々と正面を向いて歩いていると、意外と気づかれないものだ。これが女装に自信がなくおどおどとしていると、注目の視線を浴びてしまって気づかれてしまう。
 この仲買人も、気をつけて見ていなかったら、見落としてしまうところだった。

 取締りの現場に駆り出される麻薬課の警察官や麻薬取締官は男性ばかりである。危険な仕事に女性を従事させることはできない。真樹のように志願でもしない限りは。
 女装して、レディースホテルの化粧室を利用することで、安心して麻薬取引ができる。

(考えたわね)

 ゆっくりと注意深く売人に近づいていく仲買人。
「ひさしぶりね」
「は、はい」
「金は持ってきたわね」
「もちろんです」
 バックを開けて中身を見せる売人。
「いいわ」
 二人は小さな声で商談をしている。
 仲買人は、声のトーンを高くし女性らしく振舞っているが、やはり男性の声だ。
 売人は気づいていない。
「どうしたの? 震えているじゃない」
「そ、それは……」
「まさか! サツを呼んだわね」
 気づかれてしまった。
 仲買人は、バックを開けて中から拳銃を取り出した。その際に紙包みがこぼれ落ちる。
 覚醒剤だ!
 これで証拠は挙がった。
「さては、あなたね」
 その銃口がわたしを捉える。
 この化粧室には、その二人を除けばわたししかいなかった。
「言いなさい! あなたは誰?」
 ばれてはしようがない。

 彼女の持っている拳銃は、ベレッタのM1919(25口径)のようだ。小型ながらも装弾数は8発の自動拳銃。対してこちらの持っているのはレミントン・ダブルデリンジャー(41口径)の二発だけ。
 破壊力はデリンジャーだが、弾数と命中精度はM1919の勝ちである。

 絶体絶命のピンチ!

 ……かしら?

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