特務捜査官レディー(二)ニューヨーク市警
2021.07.06

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二)ニューヨーク市警

 そして旅立ちの日。
 薫の母が空港ロビーまで見送りに来ていた。
「そうやって二人で一緒にいるところを見ると、まるで新婚旅行に出かけるカップルみたいね」
「あはは、やっぱりそう見えます? 実は俺もそう思ってたんですよ」
「何言ってんのよ。もう……」
 思わず赤くなる薫だった。
「おまえが本当の女の子だったら、敬くんとそういうことになっていたと思ってるんだけどね」
「お母さん。それは言わない約束でしょ」
「研修で行くのが目的じゃなくて、本当は性転換手術目的だったりしてね」
「え? 薫、そうなのか? 日本じゃほとんど絶望的だから」
「そんなはずないじゃないの。馬鹿」
「でも一応言っておくわ。わたしは、性転換することには反対しないから、もしその気になったら遠慮しないでね」
「うん。わかった……」
 やがて搭乗手続き開始のアナウンスが聞こえた。
「じゃあ、敬くん。薫をお願いね。あなただけが頼りなんだから」
「まかしておいてください」
 薫の母に見送られながら搭乗ゲートを向かう二人だった。

 およそ九時間の長丁場の末に、ニューヨークのケネディー空港に到着。
 こちらのことは、すべてニューヨーク市警が手筈を整えているはずである。
 とにかく市警本部へと向かうことにする。

 ニューヨーク市警本部。
 本部長オフィスに、研修の挨拶をする二人。
 恰幅の良い中年の本部長と面会する。
『よく来てくれたね。長旅で疲れただろうし時差もある。今日明日はゆっくり休んで、時差を克服し体調を整えてくれたまえ』
 満面の笑顔だった。
『ありがとうございます』
『捜査にはかなりの腕前と聞いているよ。その手腕を発揮してニューヨーク市警においても、犯罪撲滅に協力してくれたまえ』
『恐れ入ります』
『それじゃあ、勤務は明後日ということで頼むよ』
『はい、判りました』
『君達の生活の場となる宿は、警察官舎の夫婦寮を宛がっておいた』
『夫婦寮ですか?』
 思わず見合わせる二人。
『君達は恋仲と言うじゃないか、別に不都合はないだろう。独身寮の空きが少なくてね、丁度夫婦寮が開いていたので、そうさせてもらったよ』
『ですが、私たちは……』
『いや、皆まで言わなくても判っている。佐伯君は男性だけど、性同一性障害者なんだってね。それで女性の姿でいると……。あ、いや。恐縮しなくてもいいよ。日本じゃどうだか知らないが、アメリカではそういった人々に対する理解度は高いからね。ある州では同性でも結婚を認めているくらいだから。当警察署では君を女性として扱うことにしているから』
『本当ですか?ありがとうございます。感謝します』
 薫が目を爛々として輝かせている。
 日本では、性同一性障害ということはある程度認められつつあるが、実際にはまだはじまったばかりというところだ。


 それから数時間後、署内の挨拶まわりを済ませて外へ出てくる二人。
「さて、日も高いし、ニューヨーク観光といきましょうか」
「俺は宿舎で眠りたいね」
「何よお、新妻を放っておくつもりなの?」
「おいおい。新婚旅行に来たんじゃないんだぞ」
「いいじゃない。二人きりの時くらい、新婚気分でいたって。警察官舎だって夫婦の部屋だって言ってたじゃない」
 といいつつ敬に擦り寄ってくる薫。
「ちぇっ。好きに考えてろ」
「うん。好きに考える」
 というわけで、仲良く腕を組んで新婚気分でニューヨーク観光に出歩く二人だった。
 意外にもニューヨーク市警のミニパトは、一人乗りがやっとの小型のオート三輪車だった。NYPD POLICEの文字と市警マークとがブルーカラーの車体にペイントされている。
「あ! 信号無視したわ」
「おいおい。嘘だろ」
 何と警察官の乗るミニパトが、目の前で信号無視して走り去ってしまったのである。通行人もそれが日常茶飯事な行為みたいに平然としている。
 ニューヨークのトイレ事情も最悪である。どの観光ガイドにも書いてあるが、探して見つかるものでないことが、現地に行った人の異口同音である。
 また公衆トイレは安全対策上使わない方が無難だ。悪餓鬼に入り口を塞がれて他の人間が入れないようにして、中で何があっても助けにきてくれない状態となる。金を奪われるくらいならまだいいが、女性だったらやりたい方だい輪姦されてしまう。白昼堂々とそれが行われる。だからガードマン付きのトイレがあったりして、申し出れば鍵を開けてくれるところもある。だがそのガードマンが襲ってきたらどうしようもない。鍵はガードマンが持っているから完全な密室状態となる。
 地下鉄は、どこまで乗っても1.5$だ。日本のように区間運賃というものがない。以前は恐い汚いというイメージがつきまとっていたが、最近は治安改善の努力がなされてかなり健全になってきている。たまに空き缶を振って「Give me help」とか言って寄ってくる奴もいるが無視するに越した事はない。
 バスも1.5$でどこまでも行ける。ただしマンハッタンは一方通行が多いので、行きと帰りではバスストップの場所が違うので要注意。
 タクシーに乗るなら、ニューヨーク市公認の車体を黄色に塗ったイエロー・キャブに乗る事。チップは料金の10から15%、これが1$に満たない時は1$支払う。ただし、出稼ぎの運転手も多く、ホテルなどの名前だけでは通じない事も多いから住所は把握しておくことが肝心だ。

 日が暮れはじめた。
「そろそろ宿舎に戻るとするか」
「そうね。本当はマンハッタンの夜景も見たい気もするけど……」
「んなもん。いつだって見られるだろう。俺はもう眠たいの! どうしても見たいというのなら一人で見るんだな」
「あのね、ニューヨークの夜の一人歩きがどれだけ危険か知ってるくせに……。判ったわよ。戻るわよ。一人で見たってちっとも面白くないだろうし」
「どうせマンハッタンの夜景見るなら、どこかホテルの展望レストランかなんかで、ドレスアップしてディナーしながら優雅に眺めたいよ」
「あ! それいい。いつにする?」
「こっちでの最初の給料が出たら」
「判った。約束だよ。ホテルでディナー」


*注 文中の料金などは執筆当時です。

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特務捜査官レディー(一)序章
2021.07.05

特務捜査官レディー(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(響子そして/サイドストーリー)


(一) 序章


 厚生省麻薬取締部と警察庁生活安全局、そして財務省税関とが合同して、警察庁の内部に特別に設立された特務捜査課の二人。麻薬と銃器密売や売春組織を取り締まるエージェント。
 それが沢渡敬と斎藤真樹だ。

 つい先日磯部健児の件をやっとこさ決着させて一安心の敬と真樹。
 二人が捜査に手をこまねいている間に、その人生を狂わせてしまった磯部響子のことも無事に解決した。
 気を落ち着ける時間がやっと巡ってきて、安らかなひととき。
「ねえ……。しようよ」
 真樹が甘えた声で、ブラとショーツ姿で敬の身体を揺する。
 事件を解決した後はいつもそうだ。緊張から解き放されて興奮した心身を静めるためには一番いい方法……なんだそうだ。
「なんだ。またかよ」
「いいじゃない」
「俺は疲れてる」
 くるりと背を向けて不貞寝を決め込もうとする。
「お願いだよ。このままじゃ、眠れないよ」
 といいつつ敬の身体の上にのしかかっていく。
「一人で慰めてろよ」
「そんな冷たいこと言わないでよ。ねえ……」
「もう……しようがないやつだなあ」
「今日は安全日だから……」
 真樹が言わんとすることを理解する敬。
 しかしできたらできたで、それはそれで構わないと思う敬だった。
 結婚し子供を産み育てる平和な生活。
 真樹にはその方がいいのかも知れない。
 磯部響子の事件に関わるうちに、女の幸せとは何かを考えるようになった。
 斎藤真樹……。
 その身分は本当のものではない。とある事件にて脳死状態となったその女性のすべてを彼女に移植されて生まれ変わった……。かつて佐伯薫と名乗っていた性同一性障害者で女性の心を持っていた男性。
 それが今日の斎藤真樹だ。
 せっかく命を宿し産み出す能力を授かったのだ。
 命を与えてくれた、その女性のためにも、どうあるべきか……。考える余地もないだろう。
 斎藤真樹と佐伯薫。
 名前や戸籍は違うものの正真正銘の同一人物だ。だがすでに佐伯薫という人物は死んだことになっている。
 あのニューヨークにおいて……。


 数日後、敬と二人、局長に呼ばれて出頭した時のことだった。
「健児のことは、今対策課が捜査を続けている。君達はもう何も考える事はしなくていいぞ」
 どうかしらね。それだったらとっくに逮捕に踏み切っているはずだ。
 所詮、言葉だけだと思った。他局に手柄を立てさせることなどするわけがない。局長のところですべてが握り潰されていることは判っているのだ。
 なぜなら、この局長が麻薬類を横流ししているからだ。それが健児に渡って現金化されて戻ってくるという仕組みなのだ。だから局長が今の地位にある限り、健児が逮捕されることはありえない。だがその関係に関しては、確たる証拠がまだ集まっていなかった。
 実は健児を逮捕請求した背景には、この局長がどう出るかを確かめる意味合いもあったのだ。
「それで、一体何の用ですか?」
「ああ、実は二人一緒に、ニューヨーク市警へ研修で行ってもらうことになった」
「ニューヨーク市警?」
「麻薬と銃器といえば向こうの方が本場だ。研修の間にぜひ本場の捜査方法について勉強してきてくれたまえ」
 
「あたし達を厄介払いするつもりね」
「そういうことだな。これ以上、足元を探られないようにしたんだ」
「どうする?」
「所詮、階級と組織の壁は乗り越えられないんだ。俺達がいくら足掻いても局長には手が届かないさ。磯部親子を助けられなかったのは心残りだが、もはや急いで解決しなくちゃならない要件はなくなった。健児や局長を逮捕するには、じっくりと腰を据えてやるしかない。取り敢えず冷却期間として、頭を冷やす意味でもニューヨークで心機一転というのもいんじゃないか」
「そのようね……。まあ、敬と一緒ならそれもいいか。経費でアメリカに行けるんだから」
「そうそう。ニューヨーク観光のつもりで行けばいい」
「調子いいのね、敬は。第一向こうへ行けば英語よ、まともに喋れるの?」
「何とかなるんじゃない? いや、何とかしてみせるさ」
「なんだかなあ……」
「あはは、俺は楽観的だからな」
「もう……」
 ニューヨークへ旅立つ間に、敬は英会話の猛特訓を続け、挨拶程度くらいには話せるようになった。後は実地研修あるのみだ。
 しかし、ニューヨーク研修が悲劇的な結末を用意していたなどとは、二人とも知る術がなかった。

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性転換倶楽部/特務捜査官レディー メイド修行(R15+指定)
2019.04.25


特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)


(五十三)メイド修行

 遺言状公開は夕刻からである。
 それまでの間は女性警察官に対して、メイドとしての最後の躾けが行われることに
なっていた。
 本当のメイドに付いて手取り足取り実地研修である。
 当日の今日は、当屋敷の正式なメイド服を着てである。
 フリルが施されたペチコートがわずかに覗くふわりと大きく広がったスカートスタ
イル。肩口はたっぷりと余裕を持たせたパフスリーブとなっており、両腕の動きも滑
らかにできて仕事に支障のないように仕立てられている。そして大きなリボン結びの
エプロンドレス姿は、これぞまさしくメイドといった風情がある。
 メイド服としての実用性以上に、豪華なドレスと呼ぶに相応しいものがあった。も
ちろんそれは、磯部邸の屋敷で働くメイドとしての格式でもあったのである。
 このような服を着るのははじめてという女性警察官がほとんどで、メイド服の仕立
ての時はキャピ☆ルン♪状態であった。
 たかが二三日の研修と捜査だけのことだというのに、磯部氏は一人一人全員のメイ
ド服をオーダーで新調してくれたのである。
「あなた達が警察官の制服に誇りを抱いているように、メイド達にも自分達の制服に
誇りと気概を持って働いて頂きたいのです。ですからメイド達全員にオーダーメード
し、心身共々しっかりと働いてもらいたい。それはまた、今回の女性警察官にもその
心情を理解してもらうために新調させて頂きました。健児が訪れたとき、少しでも疑
惑を持たせないようにしてもらいたいからです」
 ということだそうだ。

「俺は周辺地域の確認をしてくる」
 といって、敬は屋敷の外へ出て行った。
 今回の任務において、男性捜査員は屋敷内では活動できない。
 メイド以外には男性職員はほとんどいないからである。
 そこで、屋敷に隣接する住居に立てこもって屋敷の外回りの警備に当たることにな
っていた。
 事あれば、緊急配備や道路封鎖を行う手筈になっていた。
 また特殊傭兵部隊にいた敬にとっては、ビルの屋上から狙撃されるということも念
頭にいれていた。実際にも自分自身がニューヨーク市警本部長を狙撃したようなこと
が、あり得ないとはいえないからである。なにせ磯部氏の莫大なる遺産がからんでい
るのだから、あの健児ならやりかねないだろう。
 屋敷内の事はわたしが取り仕切ることになっていた。
「磯部氏にお会いします。どちらにおいでですか?」
「書斎ですよ」
 何気なく答える女性警察官だったが、
「だめ! メイドならメイドらしく、丁寧な言葉使いをしなさい。もうすでに始まっ
ているのですよ」
 とわたしは強い口調で叱責する。
「あ……。申し訳ございません。……、ご主人様は書斎においでになられます」
 かしこまって改めて言い直す女性警察官。
「そうそう、それでいいのよ。その調子で、今日一日しっかりと頑張ってください」
「かしこまりました」
 と深々とメイド式のお辞儀をするのだった。

「少し心配になってきたわね」
 たかがメイドと思うなかれ。
 作法や躾けはもちろんのこと、言葉使いから歩き方にはじまって、身の振り方一挙
一動に全精神を注がなければならない。
 相手はご主人様であり、大切なお客様なのであるから。

 広い屋敷内を歩き回って……といってもいいくらいの時間を掛けて、やっと書斎に
たどり着いた。
 大きな扉の前に立って、ノックして名前を伝える。
「斉藤真樹です」
 本来なら部屋付きのメイドがいるのだろうが、女性警察官への研修に回っているの
である。
 磯部氏とも了承済みのことである。
「入りたまえ」
 返答があって、扉を開けて中に入っていく。
「遅くなって申し訳ありません」
「構わないよ。君の任務が始まるのは、響子を迎えにいってからだ」
 磯部響子の専属メイド。
 それが今回のわたしに与えられた任務である。
 付きっ切りで身辺警護を担当する。

「響子さんをお迎えに行かれるのは何時からですか?」
「これからです。たぶん午後三時頃には戻ってこられると思います」
「それまでにはこちらの準備を終わらせておきます」
「たのみます」

「ひろしは……いや、響子だったな……。響子は、私を許してくれるだろうか?」
 京一郎氏は、母親殺しに至った孫のひろしに対して、祖父として何もしてやれなか
ったことを後悔していた。実の娘である弘子を殺されたことと、手に掛けたのが孫の
ひろしということで、人間不信に陥ってしまっていたのである。
「磯部さんの気持ちは判ります。響子さんだって、自分のしたこととして反省をすれ、
祖父であるあなたを恨む気持ちなどないでしょう。双方共に許しあい手を取り合えば
気持ちは通じるはずです。血の繋がった肉親ですからね」
「あなたにそういってもらえると少しは気持ちも治まります。ありがとう」
「どういたしまして」
「それでは、響子を迎えに行くことにしましょう」
 ということで、磯部氏は出かけていった。


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性転換倶楽部/特務捜査官レディー 遺言状公開(R15+指定)
2019.04.23


特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(五十四)遺言状公開

「ひろしは……いや、響子だったな……。響子は、私を許してくれるだろうか?」
 京一郎氏は、母親殺しに至った孫のひろしに対して、祖父として何もしてやれなか
ったことを後悔していた。実の娘である弘子を殺されたことと、手に掛けたのが孫の
ひろしということで、人間不信に陥ってしまっていたのである。
「磯部さんの気持ちは判ります。響子さんだって、自分のしたこととして反省をすれ、
祖父であるあなたを恨む気持ちなどないでしょう。双方共に許しあい手を取り合えば
気持ちは通じるはずです。血の繋がった肉親ですからね」
「あなたにそういってもらえると少しは気持ちも治まります。ありがとう」
「どういたしまして」
「それでは、響子を迎えに行くことにしましょう」
 ということで、磯部氏は出かけていった。

 屋敷内に残されたわたし。
「さて、わたしも屋敷内を見回ってみるか……」
 健児を迎えて、想定されるすべての懸案に対して、どう対処すべきか?
 逃走ルートはもちろんのことだが、健児のことだ拳銃を隠し持っている可能性は大
である。
 銃撃戦になった場合のこと、メイドに扮した女性警察官を人質にすることもありう
る。
 あらゆる面で、屋敷内での行動指針を考え直してみる。
「それにしても広いわね……」
 つまり隠れる場所がいくらでもあるということになる。
 遺言状の公開は大広間で行う予定である。
 問題はすべて大広間で決着させるのが得策である。
 事が起きて、大広間から逃げ出されては、屋敷内に不案内な捜査員や女性警察官に
は不利益となる。
 何とかして大広間の中で、健児をあばいて検挙するしかないだろう。
「うまくいくといいけど……」
 計画は綿密に立てられた。
 必ず健児はぼろを出すはずである。

 やがて磯部氏が響子さんを連れて戻ってきた。
 車寄せに降り立った磯部氏と響子さんの前にメイド達が全員勢ぞろいしてお出迎え
する。
「お帰りなさいませ!!」
 一斉に挨拶をするメイド達。
 響子さんの後ろで、もう一人の女性がびっくりしていた。
 誰だろうか?
 予定にはない客人のようだった。
 計画に支障が出なければいいがと思い悩む。
 執事が一歩前に出る。
「お嬢さま、お帰りなさいませ」
 全員女性警察官にすり替わっているのだから、メイド達のことを響子さんが知って
いるわけがないが、この執事だけは顔馴染みのはずだ。
「お嬢さまだって……」
 女性が響子さんに囁いている。
「そちらの方は?」
 執事が尋ねると響子さんが答えた。
「わたしの親友の里美よ。同じ部屋で一緒のベッドに寝るから」
 そうか、例の性転換三人組の一人なのね。
 名前だけは聞いていた。
「かしこまりました」
「わたしのお部屋は?」
「はい。弘子様がお使いになられていたお部屋でございます」
 引き続き執事が受け答えしている。
 メイドには話しかける権利はなかった。
 相手から話しかけられない限り無駄口は厳禁である。
「紹介しておこう。響子専属のメイドの斎藤真樹くんだ」
 磯部氏がわたしを紹介する。
「斎藤真樹です。よろしくお願いします。ご用がございましたら、何なりとお気軽に
お申しつけくださいませ」
 とメイドよろしくうやうやしく頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく」
「響子、公開遺言状の発表は午後十時だ。ちょっとそれまでやる事があるのでな、済
まぬが夕食は里美さんと二人で食べてくれ。それまで自由にしていてくれ」
「わかったわ」
 そういうと執事と一緒に奥の方に消えていった。
 他のメイド達もそれぞれの持ち場へと戻っていく。
 残されたのは響子と里美、そしてわたしの三人だけである。
「里美に、屋敷の案内するから、しばらく下がっていていいわ」
 響子がわたしに命じた。
「かしこまりました、ではごゆっくりどうぞ」
 下がっていろと言われて、それを鵜呑みにしてしまってはメイド失格である。
 わたしは響子さんの専属メイドである。
 主人の身の回りの世話をするのが仕事であり、万が一に備えていなければならない。
 目の前からは下がるが、少し離れた所から見守っていなければならなかった。
 響子さんが、里美さんを案内している間にも遠めに監視を続けることにする。

 やがて夕食も過ぎ、午後九時が近づいてとうとう遺言公開の時間となった。
 次々と到着する親類縁者たち。
 響子さんの専属であるわたしを除いた他のメイド達が出迎えに出ている。
 自分の部屋でくつろぐ響子さんと里美さん。
「ぞろぞろ集まってきたみたい」
 窓から少しカーテンを開けて覗いている響子さんと里美さんだった。
 遺言公開の場に出ない里美さんはネグリジェに着替えていた。
「お嬢さま、旦那様がお呼びでございます」
 そうこうするうちに、別のメイドが知らせにきた。
「いよいよね」
「頑張ってね。お姉さん」
 何を頑張るのかは判らないが……。
 里美さんを残して部屋を出て、響子さんを大広間へと案内する。
 わたしと別のメイドの後について、長い廊下を歩いていく。
 大広間の大きな扉の前で一旦立ち止まって、
「少々、お待ち下さいませ」
 軽く会釈してから、その扉を少しだけ開けて入って行く。
「お嬢さまを、ご案内して参りました」
「よし、通してくれ」
「かしこまりました」
 指示に従って、大きな扉をもう一人のメイドと共に両開きにしていく。


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性転換倶楽部/特務捜査官レディー 作戦会議(R15+指定)
2019.04.19



特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)


(五十二)作戦会議

 というわけで、敬を交えて早速打ち合わせに入ることにする。
1、生前公開遺言状の発表の日に磯部健児ほか関係親族を呼び寄せること。
2、同じく磯部響子も同席させること。
3、響子の護衛として、専属メイドとして真樹があたる。
4、敬は遺言状公開の立会人の一人として列席する。
5、当日において屋敷内で勤務するメイド達を全員女性警察官にすりかえる。
6、その他必要事項……。
 響子さんにも事情を説明して、計画に加担してもらえれば完璧なのだろうが、素人
さんに役回りを押し付けるわけにはいかない。それに精神的負担から挙動不審となっ
て、健児に勘ぐられる可能性も出る。

 警察庁特務捜査課にも動いてもらうために、担当課長に報告する。
「ほう……。健児を罠に陥れようというわけか?」
 警視庁生活安全部麻薬銃器取締課から、警察庁のこの新しい課の長に異動で収まっ
た課長が頷く。
 そうだね。
 やはり馴染みの上司がいた方が上手くいくというものだ。
「健児のことですから、財産が全部響子さんに渡ると知らされれば、必ず動くはずで
す。以前に響子さんの母親を陥れたように、今回も卑劣な手段を講じて、何とかして
でもその財産をすべて奪い取ろうとするでしょう。そこに付け入る隙が生まれます」
「なるほどな……。しかし、上手くいくだろうか?」
「やってみなければ判らないでしょうが、何らかの行動に出るはずです。やってみる
価値はあります」
「響子さんに身の危険を与えるかもしれないぞ」
「もちろん、その手筈はちゃんと打っておきます」
「その一貫として、磯部氏宅のメイドを全員女性警官にすり替えることか?」
「はい。一般市民を巻き添えにする可能性を少しでも排除しておきます」
「だが、女性警官を危険を伴う現場に派遣することは出来ないんだが……。麻薬取締
官の真樹君は知らないかも知れないが、女性警察官は、駐禁取締や交通整理といった
交通課勤務と決まっているのだよ。つまり交通課の協力を取り付けなければいけない
ということになるわけだ」
 確かに、我が国においての警察は明治の昔から断固として男社会であり、元々男女
差が無かった教職とは大きく対照的にある。女性だから昇進できない、役職につけな
いという人事がいまだに存在し、確固として女性警察官は男性警察官のサポート役に
過ぎないという考えが根強い。全国警察官中20%を占める女性警察官のうち刑事部門
の職務にあるものは極めて少なく男性刑事99%に対し1%程度である。しかし、女性
独自の特性を生かした職務も一部導入され、性犯罪・幼児虐待事件などへの刑事事件
への捜査に積極的に女性捜査員を就かせて捜査に当たらせようとの動きも出ており今
後の活躍が期待されている。警視庁としては捜査一課の内部に女性捜査員のみで構成
される女性捜査班なるものが存在し、強姦事件専従班として活躍している。
 ……のだが、やはり何と言っても女性警察官といえば、交通課に尽きる。
「しかし、健児に不審を抱かせることなく磯部邸に張り込ませるには屋敷内勤務のメ
イドに扮装するしかありません。男性職員といえば料理人や庭師がいますが、これは
厨房や庭園が職場で、屋敷内を動き回れません」
「そうだな。メイドなら部屋から部屋へと自由に行き来できるが……全員女性という
ことになる」
「決断してください。必ず健児は動きます。公開遺言状の発表の日に、交通課女性警
察官を30名、屋敷にメイドとして配置させてください。さらにはもう一日、メイド
としての作法を覚えてもらうために、訓練日を儲けさせて頂きます」
「判った。交通課には私から協力を願い出よう」
「ありがとうございます」

 さすがに理解のある上司だった。
 例の生活安全局長とは、雲泥の差だ。
 まったく違う。

 磯部氏に遺言状の公開を健児に伝えてもらい、屋敷内に潜入させる女性警察官の手
配も済んだ。
 後は決行日を待つだけとなった。

 決行日の朝。
 目覚めたわたしは、身に引き締まる思いで、敬の運転する車で磯部邸へと向かった。
「ついに来るべき時がやってきたというわけね」

 わたしと敬の身の回りに起こったすべての元凶。

 麻薬取締りで磯部健児を追っていたあの頃から、一日として忘れたことはない。
 磯部親子がその毒牙にかかって、母親は死亡し響子さんは殺人で少年刑務所へ。
 それを追求しようとしたわたしと敬は、局長の策謀でニューヨークへ飛ばされて、
危うく命を奪われるところだった。
 そして、組織によって瀕死の重傷を負った命を救うために黒沢医師によって、移植
手術が行われ女性へと性転換された。
 日本に帰ってからは、生活安全局長の逮捕劇である。
 
「着いたぞ」
 運転席の敬が言った。
 磯部邸の車寄せに停車する。
 玄関から幾人かのメイド服を着た女性達が出てきた。
「巡査部長、遅いじゃないですか」
 と苦情を言いつけてきたのは、交通課の女性警察官だった。
 当初の計画通りに当屋敷のメイド達に成り代わって、今日の捜査に加わっていた。
「ごめんなさい。敬がなかなか起きなくてね」
「まさか、毎日起こしてあげてるのですか?」
「まあね……」
 敬は警察の独身寮住まいだった。
 基本的に独身警察官は独身寮に入寮するのが通例であった。
 それは女性も同様であるが、真樹のように家族と同居の場合は入寮することはない。
 敬の寮は、丁度真樹の実家から警視庁への途中にあるから、ついでに寄っていくの
であるが、公私共々夜更かしが多くていつも寝坊していることが多い。
「それで研修ははじめているの?」
「もちろんです」


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