特務捜査官レディー(二十二)ピンチはチャンス!
2021.07.26

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十二)ピンチはチャンス!

「まさか女性警官がこんなところまで出張ってくるとは思わなかったわ」
 銃口をこちらに向けたまま、話しかける仲買人。
「ハンドバックを床に置いて、滑らすようにこちらに放りなさい」
 こんな危険な現場に来る以上、ハンドバックに拳銃が入っていると考え、取り上げようとするのは当然だろう。
 跪いてそっとハンドバックを床に置き、相手に放り出す。
 真樹から目を逸らさないように、銃を構えたまま、ゆっくりと腰を降ろしながらハンドバックを拾う仲買人。
 あ! ショーツが見えた。
 下着もちゃんと女性の物してるんだ。
 しかしショーツが見えるような仕草してるようじゃ、女装歴もたいしたことないわね。腰を降ろすときもしっかり膝を揃えて、優雅に落ちている物を拾うのよ。さっきわたしがやって見せたようにね。
 ……なんて考えてる余裕はないか。
 ハンドバックを開けて、中身を確認する仲買人。
「へえ、M84FSか……」
 と拳銃が入っているのを確認し、さらには麻薬取締官の身分証を取り出して開いてみる。
「あなた、麻薬取締官だったの? へえ、女性もいたんだ。どうりで、こんな危険な現場に女性警察官が? とは思ったけど。これからは気をつけなくちゃいけないわね」
「どうも」
「しかし顔を見られてしまったからには、ここで死んで貰うしかないわね」
 わたしに向けられた拳銃のトリガーにかかった指に力を込めている。
 その時だった。
「やめてえ!」
 それまで震えて動かなかった売人が飛び出して、仲買い人の腕を押さえたのである。
「は、離しなさい」
「人殺しはやめて!」
「うるさいわね。ならあなたから死んで」
 銃口の矛先が売人の方に向いた。

 チャンス!
 わたしはタイトスカートを捲し上げて(ちょっと恥ずかしいけど……)、ガーターベルトに挟んでいたダブルデリンジャーを取り出して、すかさず仲買人の手を狙って撃ち放った。
 M84FSは見せ球である。それを取り上げれば安心して、隙を見せるだろうという心理を付いたつもりだ。ハンドバックの中に銃などを隠し持つというのは、誰しも考える。
 実は隠し玉として、スカートの下にデリンジャーを用意していたのである。

 ズキューン!

 耳をつんざくような銃声が、化粧室内に反響する。
「きゃあ!」
 悲鳴を上げたのは売人である。自分が撃たれたと思ったようだ。
 デリンジャーから撃たれた銃弾は、見事に仲買人の持っていたM1919を弾き飛ばした。
 わたしのハンドバックも投げ出されて、中身の化粧品とかがそこら中に散らばる。
 間一髪の差でわたしの射撃の方が早かった。
「ちきしょう!」
 銃を弾き飛ばされ形勢逆転となった仲買人は、わたしに体当たりして突き飛ばすと、廊下へ飛び出して行った。不意を突かれてわたしは尻餅をついていた。
「油断した」
 起き上がりハンドバックを拾い上げて、売人に渡しながら、
「散らばったもの拾っておいてね」
 と依頼する。
 呆然としたまま、バックを握り締めて固まっている売人。
 仲買人の手から弾き飛ばしたM84FSを拾い上げて、後を追いかけて廊下へ駆け出す。
 途中、目に入った火災報知を拳銃の銃底でカバーを割って非常ボタンを押す。
 ホテル中を火災報知器のけたたましい非常ベルが鳴り渡る。
 これでホテルの外で待機している同僚達も踏み込むことができるだろう。
 通常は男性が入れないレディースホテルも、火災という非常事態となれば警察官として堂々と入れるわけだ。
 ちなみに麻薬取締官も司法警察官ということを忘れてはいけない。
 仲買人は上へ上へと逃げていく。
 なぜ上に逃げるのか?
 非常の脱出路があるのかも知れない。
 となれば早いとこ捕まえなければならない。
「待ちなさい!」
 と言われて待つ悪人はいない。
 しかし、タイトスカートにハイヒールという姿のせいか走りにくそうである。
 慣れないことはしないことね。
 もちろんわたしは普段から着慣れているから、足捌きもスムーズである。
「もう少しで追いつくわ」
 あ!
 転んだ。
 あはは、慣れないハイヒールなんか履いてるからよ。
 なんて笑ってる場合じゃない。
 すかさず飛び込んで、日頃の逮捕術を見せ付けるいい機会となった。
 立ち上がり殴りかかってくるその腕を絡め取って逆手に捻りあげながら投げ飛ばす。
 もんどりうって倒れた相手に、固め技から後ろ手両手錠を掛ける。
「はい! 一丁挙がり」
 というわけで、ついに仲買人を確保できたのである。
 どかどかと駆け上ってくる、明らかに男性用と思われる靴音が響いている。
 やがて同僚達が息せき切って現れる。
「真樹ちゃん!」
 わたしの姿を見て一目散に駆け寄ってくる。
「大丈夫だったかい?」
「怪我してない? ホテルの従業員が銃声のような音を聞いたらしいから」
 仲買い人のことよりも、わたしのことを心配してるよ。
「はい。しっかりと大丈夫です」
 そしておもむろに仲買い人を見て、
「こいつが、仲買い人か?」
「はい。そうです」
「よし、良くやったぞ。えらい」
 と頭をなでなでされた。


 レディースホテルの覚醒剤取引事件の仲買人の取調べがはじまった。
 留置所において仲買い人と対面するのであるが、逮捕された当時の女装したままで、なおかつ女性言葉を使うので、取締官もやりにくそうだった。そこでわたしが駆り出された。
 他の男性取締官に席を外してもらって二人きりで相対することにした。
 まともに付き合っていても喋ることはないだろうと思う。
 わたしは搦め手から攻めていこうと思った。
「ねえ、女装って楽しい?」
「何よ、急に」
「わたしにもね、女装が好きな人がいてね。よくお喋りするんだけど、女装する人にも何種類かあるそうね。気分転換に単に女装を楽しむ人と、女性の心を持っていて女性になりたいと思っている人、MTFっていうそうね。あなたはどっちかしら?」
「それがどうしたっていうのよ。どっちでもいいでしょ」
「そういう風に女性言葉で話し続けているところみると、あなたは後者ね」
「勝手に思っていればいいわ」
 と、あさっての方を向いてしまう彼女だった。
 うん。
 なかなか難しいわね。
 どんな話題を持ってくれば、乗ってくるかしら。
 とにかく話にならなければどうにもならない。
 その横顔を見ながら、その化粧の仕方の下手くそさを思う。
 女装している人にとって、何が一番難しいかというとやはり化粧であろう。
 できれば綺麗になりたいと思っているだろうし、かと言ってなかなか上手くできないものである。このわたしだって化粧をはじめたた頃は、母につきっきりで、実際に化粧品を使って教えてもらったものだが、そうそう思うとおりにならなかった。
 初心の頃に有りがちなのは、クリームとかを塗りすぎて、ついつい厚塗りしてしまって、仮面のようになってしまうことである。厚化粧になって何かするとひび割れを起こしたりする。
 この彼女も、そんな初心者のようであった。
「ところで化粧って難しいでしょう?」
「下手くそっていいたいのでしょう」
「そうね。女性のわたしからみると、確かに下手ね。はっきり言うわ」
「ふん。どうでもいいでしょ」
「ねえ。教えてあげましょうか?」
「な……」
「お化粧ってね。雑誌とか読んでの自分勝手流じゃ、なかなか上手にならないのよね。プロなり美容師さんにちゃっと、化粧道具を使って習わないとね。まあ、わたしだってプロじゃないけど、それなりに勉強しているから教えてあげられるわよ」
「そんなことして、どうなるってんのよ」
「綺麗になりたくないの?」
 彼女が一番気にしているところから、じわじわと攻め立てるわたし。
 化粧が下手だと言われそうとうの劣等感に陥っているはずだ。そこへ化粧の仕方を教えてあげると言われれば、多少なりとも心を動かされるはずだ。
「そんな化粧じゃ、注目されて女装者だとばれちゃうわよ。上手に化粧すると、誰がみても女性としか見えない自然なお顔になれるものよ」
「そうは言っても……」
 彼女の気持ちがだいぶぐらついてきたようだ。
 もう一押しよ。
「ね、ね。教えてあげるわ。ちょっと待ってね。今、化粧道具を持ってくるから」
 彼女を残して、一旦取調室を退室する。
 そとで待機していた同僚が話しかけてくる。
「真樹ちゃん。どう? 上手く言ってる?」
「うーん。今はじまったばかりという感じです。ちょっと化粧道具を取ってきます」
「化粧道具? 化粧直しするの?」
「まあ、まかせてください。中へは入らないでくださいね。せっかくの手筈が狂って
しまいますから」
「あ、ああ。真樹ちゃんがそういうなら……」
 それから女性用留置室へ行って、女性被留置者のために用意してある化粧道具を借りてくる。化粧道具を意外と持っていない被留置者も多く、接見室での接見・差入の際に化粧できるように用意してある。
 留置場における社会復帰のための矯正の一環であり、出入り業者から化粧水程度の化粧品は購入できる。

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特務捜査官レディー(二十一)行動開始
2021.07.25

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十一)行動開始


「さて仕事だ! そいつの機能説明しよう。と言っても、俺も聞きかじりだから詳しく説明できないがね。真樹ちゃんのことだから、試行錯誤ですぐに覚えてしまうだろうね」
「そうそう。課内にあるパソコンの接続設定とかインストールとかできちゃうんだから」
 確かに言われるとおりにパソコンとかPDAとかの扱い方には強い真樹だった。
 初心者にありがちなのは、ソフトを動かしてパソコンを壊したりはしないか? とか、下手にファイルを削除して動かなくなったとか、余計な心配したり懲りて触るのが怖くなってしまうことである。パソコンは落としてハードディスクなどの機械部分を壊すとかでなければ、ソフトを操作したぐらいでは壊れるものではない。ファイルの削除でも、ゴミ箱の中身を元に戻したり、WINDOWSならシステム復元を実行すればある程度元に戻るものだ。
「たいしたことありませんよ。毎日のようにパソコンに触れている、今時の女の子なら誰でもできますよ」
「まあ、そうだけど。時代の隔世を感じるね」
 ともかくも一応、機能説明を受けて一通りのことは理解できた。
「それで肝心の奴の顔を知っているのは、我々の中にはいないので……」
「いないんですか!? それじゃあ、どうやって」
「まあ、最期まで聞け。以前に覚醒剤の売人を捕らえていて、刑を軽減するから仲買人を教えろということで、協力してくれる奴がいる。その端末にそいつの写真画像がインプットしてあるから、顔を覚えておくんだ」
 端末を操作して売人の写真を表示する真樹。
「ああ、これね。女の人」
「前から言っているように、奴に近づけるのは女性だけだ」
「そうだったわね。この女性に接触すればいいの?」
「いや、逆に知らぬ振りをして、そいつが奴と接触するまで待つんだ。いわゆる泳がせ捜査で、覚醒剤を買い付けることで奴と接触するように手筈が整っているはずだ。そいつが奴と接触し、覚醒剤を受け渡したその瞬間を、麻薬取引の現行犯で押さえるのだ」
「捜査に協力する振りをして、その人が逃げたり逆に相手と結託したりしたら?」
「それはない。彼女が覚醒剤の売人になったのは、奴の属する組織に子供を人質に捕られていて仕方なくやっていたのだ。現在子供はこちらで保護している。今回の件が成功したら、執行猶予処分が付くことになっていて、収監されることもなく子供と一緒に暮らせる」
「司法取引というやつですね。でも日本ではまだ法整備が整ってないですが」
「まあな、いわゆる裏取引というやつだよ」
「なるほどね……結局、当局も彼女を利用しているというわけね。それじゃ、組織と同じじゃない」
「ち、違うぞ! これは……」
 と反論しようとした時だ。
「あ、待って! 挙動不審な女性がいるわ。きょろきょろあたりを窺っている。あ、この写真の人だ!」
「来たか!」
「じゃあ。あたし、行きます」
「おお、気をつけてな。何かあればすぐに連絡するんだ」
「判りました!」
 車を降りて、ホテルに向かって歩き出す真樹。
 胸元には、麻薬取締官を示す目印のブローチを付けている。
 相手もそれに気づいて、おどおどしながらも中へ入っていく。
「さあ、これからが勝負よ」
 と、振り向きざまに指を二本立てて、後方のバンの中にいる同僚にピースサインを送るのであった。
「あの、馬鹿が……遊びじゃないんだぞ」
 頭を抱えて、これからのことを不安に感じる主任取締官なのであった。

囮捜査や泳がせ捜査は、一般の日本警察官には認められていないが、麻薬取締官には例外として認められている。
日本の司法取引については、2014年9月18日に法制審議会で審議されて、2016年5月に改正刑事訴訟法で成立、2018年6月1日より施行。


 売人の後を追うようにしてレディースホテルに入る真樹。
 泳がせ捜査の始まりだった。
 売人を追跡しつつ、近寄る不審人物をチェックする。
「さあて、どんな奴だろうね」
 仲買人の顔を知っているのは、売人だけである。
 まだ時間があるのか、ロビーの応接セットに腰掛けていた。
 彼女が観察できる位置の応接セットに腰掛け、ホテルを出入りする人物をチェックすることにする。
「あたしの知っている人物は来るかな」
 女性警察官時代に担当した麻薬課の犯罪者リストの顔写真が思い起こされる。もちろん自分自身で逮捕した容疑者もいるが、そういう人物に顔を覚えられているとやっかいだ。
「ばれたりしないよね」
 顔を整形しているとはいえ、どことなく面影が残っているかも知れないし……。
 この泳がせ捜査に関わらず、今後の麻薬取締においても、警察官なり麻薬取締官なりの顔を覚えられると、逃げられる確立が高くなって問題なのだ。
 もっとも女性警察官時代においても、実は男性だったことを知る容疑者たちはいないはずだが。
 彼女はまだ動かない。
 その間も、ネット手帳を使って、同僚達と連絡を取り合う。
 まあ、他人目にはインターネットで調べものしている風に見えるだろう。
「あ、動いた!」
 席を立ち、階段を昇りはじめる売人
 エレベーターがあるのに階段を使うのは、精神を落ち着かせるためであろう。エレベーター内は閉鎖空間であり、息が詰まるものである。犯罪に関わるものは、すぐに逃げられるような行動を無意識にとるものだ。
『今、移動をはじめました』
 電子手帳に入力して、同僚たちに知らせる。
『仲買人がどこかで監視しているかも知れないから、慎重に行動してくれ。何かあったらすぐに連絡してくれ』
 すぐに返信メールが返ってくる。
『了解しました』
 電子手帳を閉じて、ショルダーバックに納めて、売人の後を追いかける。
 警察時代にも囮捜査に何度も借り出された経験もある。尾行の方法とか注意点とかを叩き込まれた経緯があるから、その経験をここでも発揮すればいいのである。
 まず一番大切なことは、それぞれの階の見取り図をしっかりと把握しておくこと。
 取引の行われる化粧室を中心として、エレベーターや階段(非常階段含む)の位置関係。通路がどのように繋がっているかなど。犯人の逃走ルートは確実に押さえておく。

 化粧室は、その名の通りに化粧をする所である。
 一般的にはトイレも併設してあるが、化粧室だけというホテルもあるので、要注意である。
 敬とニューヨーク観光してた時に、急に用がしたくなってホテルに駆け込んで化粧室に入って驚いたことがあった。
 化粧とトイレは、はっきり区別しておいた方が良い。上品ぶって化粧室はどこですかと聞いたりなんかすると、ほんとにトイレのない化粧室に案内される。トイレに行きたければトイレとはっきりと尋ねるべきである。
 おっと横道にそれた。
 何にせよ。トイレではなく化粧室でよかった。
 化粧直しに念入りに時間を掛けられるから、売人や接触してくるはずの仲買人の観察もそれだけじっくりと行えるからである。三十分くらい化粧直しに専念する女性なんかざらにいる。
 もちろん直接眺めたり、化粧室内の大鏡で見ることはしない。あくまで観察は化粧用のコンパクトの鏡を使って、こっそりとばれないように気をつける。
 鏡の中の売人はおどおどとし続けであった。
(あーあ……。あれじゃあ、仲買人に何かあると察知されちゃうじゃない)
 こりゃあ、それと判明しだい即座に行動に出ないと逃げられちゃうかも。
 と思った時だった。
 売人の表情が変わった。
 来たみたいね……。
 コンパクトの鏡の角度を変えて、入ってきた人物の顔を捉える。
(へえ、彼女が仲買人か……)
 ちょっと背が高めの冷たい感じのする女性。
(化粧が濃いわね……)
 一目そう思った。それだけでなく、着ている服にもどこかアンバランスで、今時の女性はこんな着方はしない。ファッションに敏感な女性の目には異様な雰囲気だった。
 まさか……女装してる?
 緊張している売人は気づかないのかも知れないが、明らかに男性が女装しているようだ。

 間違いない! 仲買人は女装した男性だ。

 女性の服を着て化粧し、かつらを被っていれば、人は中身も女性だと思い込む。
 よほどの男性的な顔や姿をしていなければ、堂々と正面を向いて歩いていると、意外と気づかれないものだ。これが女装に自信がなくおどおどとしていると、注目の視線を浴びてしまって気づかれてしまう。
 この仲買人も、気をつけて見ていなかったら、見落としてしまうところだった。

 取締りの現場に駆り出される麻薬課の警察官や麻薬取締官は男性ばかりである。危険な仕事に女性を従事させることはできない。真樹のように志願でもしない限りは。
 女装して、レディースホテルの化粧室を利用することで、安心して麻薬取引ができる。

(考えたわね)

 ゆっくりと注意深く売人に近づいていく仲買人。
「ひさしぶりね」
「は、はい」
「金は持ってきたわね」
「もちろんです」
 バックを開けて中身を見せる売人。
「いいわ」
 二人は小さな声で商談をしている。
 仲買人は、声のトーンを高くし女性らしく振舞っているが、やはり男性の声だ。
 売人は気づいていない。
「どうしたの? 震えているじゃない」
「そ、それは……」
「まさか! サツを呼んだわね」
 気づかれてしまった。
 仲買人は、バックを開けて中から拳銃を取り出した。その際に紙包みがこぼれ落ちる。
 覚醒剤だ!
 これで証拠は挙がった。
「さては、あなたね」
 その銃口がわたしを捉える。
 この化粧室には、その二人を除けばわたししかいなかった。
「言いなさい! あなたは誰?」
 ばれてはしようがない。

 彼女の持っている拳銃は、ベレッタのM1919(25口径)のようだ。小型ながらも装弾数は8発の自動拳銃。対してこちらの持っているのはレミントン・ダブルデリンジャー(41口径)の二発だけ。
 破壊力はデリンジャーだが、弾数と命中精度はM1919の勝ちである。

 絶体絶命のピンチ!

 ……かしら?

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11
特務捜査官レディー(二十)初出動
2021.07.24

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十)初出動

 相手は産婦人科医である。どんな診察がなされたかは、各自の想像にまかせるとしよう。

「……で、最後に血液を採取して終わりだ」
「ほ、ほんとに終わりですかあ……」
 疲れ切っていた。
 まさか、ここへ連れてきた敬も、わたしがこんなことされるために呼び出されたとは、想像すらしなかったであろう。
 応接室で、欠伸を連発しながら、
「ずいぶん長い診察だな」
 と思ってはいるだろうが。
 やっと解放されて衣服を着なおす。
 もちろん敬に気取られないように、しっかり服の乱れを直すことを忘れてはいけない。
 わたしの気持ちを知ってか知らずか、
「診断の結果が判るのは、二週間後だ。その頃にまた来てくれないか」
 と平然と再来訪を求めた。
「まさか、また同じような診察するんじゃないでしょうねえ」
「するわけないだろう! 何か変に勘ぐってはいないだろうな?」
「いえ、確認しただけです。先生のことは信じてますから」

 診察を出て、敬の待つ応接室に戻る。
「やあ、長かったね」
 こっちの気も知らないで……。
 と、思ったが事情を全く知らない敬に苛立ちを覚えてもしようがない。
 うん。
 妊娠したら、絶対に分娩に立ち会ってもらうからね。
 覚悟してよね。

 いつものようにオフィスレディーしていた真樹だったが、その日は慌しく飛び込んできた職員の一声で、事態は急展開することになる。
「課長!」
「どうした?」
「例の女が動き出しました!}
「そうか、動き出したか」
「はい! 間違いありません」
 例の女?
 配属されたばかりの真樹には、何のことやら判らない。
 首を捻っていると、課長が真樹に向かって言った。
「真樹君。君の出番だ」
「え?」
「この件は女性がいないとだめなんだ」
「どういうことですか?」
「相手が女だからだ」
「つまり女性しか入れない場所……」
 女子更衣室や女子トイレ・化粧室などが浮かんだ。
「その通り。覚醒剤の受け渡しにレディスホテル、しかも念入りに化粧室が使われているんだ。男性である俺達が入れない場所だ。踏み込むには、確実に覚醒剤を所持しているところを押さえなければならない」

 話を要約するとこうであった。
 覚醒剤中毒者から売人を探し出して逮捕し、流通経路を吐かせたところ、とある仲買人の存在が浮かび上がった。しかも女性だというのだ。
 その女性は、覚醒剤を自ら携行することは決してせずに、ホテルの化粧室を受け渡しの場所として利用していた。当然その相手も女性に限ることになる。
 レディスホテルのとある階の化粧室で運び人から覚醒剤を受け取り、今度はその足で階を移動して、別の化粧室で末端の密売人に売り渡すのである。
 男性ばかりの麻薬取締官にとって、レディスホテルのしかも化粧室という女性だけに許された密室で行われる覚醒剤取引を摘発することは不可能であった。取り押さえられるとすれば、運び人か密売人ということになるのであるが、確実に覚醒剤を持っているという保証はない。万が一所持していなければ、とんでもないことになるのだ。ただでさえ相手は女性である。その身体に触ることさえ困難である。
 女性麻薬取締官の真樹に白羽の矢が立つのは当然といえた。
「とにかく今回動けるのは、この課内で唯一の女性である君だけしかいない。相手も抵抗してくるだろうし、拳銃を持っているかも知れない。自分の身を守るのも君自身しかいない。そこでこれを君に預ける」
 と言って、机の引き出しから出したものは、小さな拳銃だった。

 レミントンダブルデリンジャー。

「君が以前に、制式拳銃の換わりを申請していた奴だ。やっと手に入れることができたのだよ。手に入れるのも、当局に所持携帯の許可を取るのにも相当苦労したんだぞ。君専用の護身銃だ。大切に扱えよ」
「はい! ありがとうございます」
 早速デリンジャーを手にとって見る。
 女性的な真樹の小さな手にもしっくりと馴染む大きさと形状をしていた。
 これならハンドバックに忍ばせて携行することができる。
「銃弾は二発きりだが、今回の任務ならこれで十分だろう。もっと装弾数が多い銃が必要な任務の時はまた考える」
「装弾数が多い?」
「ああ、今回は個人が相手だから、それで十分だが。組織を巻き込んだ大掛かりな麻薬取引摘発の時には装弾数の多い自動拳銃が必要になるだろう」
「これ以外にも銃を与えてくれるのですか?」
「そのデリンジャーは、君が女性と言うことで特別に支給する護身銃だ。任務遂行中以外でも常に携行してもらっても構わない。組織に顔を覚えられて付け狙われる可能性があるからだ。美人だからな……」
「ありがとうございます」
「課長、いいですか?」
 先ほど飛び込んできた職員が間に入ってきた。
「ああ、頼む」
「それじゃあ、真樹ちゃん。行こうか」
「はい!」
 さあ!
 ついに取締の現場への出動だ!
 頑張りましょう。


 某レディスホテルの表玄関を見渡すことのできる、道路を隔てた側にあるビルの谷間の路地にバンが停車している。その運転席と助手席には双眼鏡を構えてホテルのほうを監視している怪しい人物がいる。
 その一人が振り向いて、後ろの座席に待機している真樹に語りかける。
「大丈夫か? 真樹ちゃんにとっては、今日が初仕事だからね。震えていない?」
「大丈夫です。ご心配なく」
 平然として答える真樹だった。
「銃はちゃんと持ってきてるよね。弾は入ってる?」
 こと細やかに真樹の心配をする同僚達であった。
 確かに麻薬取締官としては初仕事ではあるが、警察官としての経験なら豊富にある。
 銃の取り扱いにも慣れている。もっともその時のはザウエルのP220だったが。
「ちゃんと持ってますし、弾も入ってます」
「それなら、大丈夫だね」
「相手が銃を持っていて、撃ってくるようだったら、迷わずに撃つんだよ」
「判りました」
「それから、これを君に渡しておく」
 と、SONY製のPalm OS-5 200MHz ネットワーク手帳「PEG-NX80V」を手渡された。
 無線LANと130万画素のカメラ及び手書き認識ソフトなどを搭載した通信機器である。
「こちらとの連絡は、このネットワーク手帳を使用する。無線LANで、メールで逐次情報をやりとりできる。レディスホテルを利用する女性には、いわゆるキャリアガールと呼ばれるビジネスライクな人間が多い。このようなデジタル手帳を持っていても不思議ではないから、怪しまれる危険性は低いと思う。常にオンラインにしておいて、何かあれば書き込んで送信してくれればいんだ。カメラも搭載してあるから、これで奴の写真が撮れれば万全だ」
「連絡なら携帯電話のメールでも十分なんじゃないですか? 写真だって撮れますよ」
「いやね。携帯電話だと、やたら迷惑メールがくるだろう?」
「それは仕方がないですよね。ドメイン指定とかして防いでますけど」
「業務用で使用するとなると困ることが多いそうだ。それで、今度からこいつで連絡を取り合うことになったらしい。というか……これを扱ってる業者のテストモニターで無料で手に入れたらしい。業者としてもこのモニターから、気に入ってもらえれば、ゆくゆくは官庁への指定業者となれるかも知れないだろう?」
「へえ……無料のモニターですか。モニター期間が終わったら、ただで貰えるんでしょ?」
「ああ、まあ……そういうことになっているらしい」
「じゃあじゃあ、あの……これ、貰えるんですか? あたしに……」
 非常に多機能の最新機器である。
 個人として、是非とも欲しくなったのである。
「いや……。一応、この件の連絡用にと備品として手に入れたんだ。あげるわけには……」
「ねえ、そう言わないで。何とかできませんか?」
 精一杯の甘えた声を出してねだる真樹だった。
 可愛い女の子にせがまれたら、男の意思もぐらつく。
「そう言われてもなあ……」
 と主任取締官は、同僚達と顔を見合わせている。
「今回の件で奴を見事逮捕して、無事解決したらご褒美にあげてもいいんじゃないですか?」
「そうそう。課長に上申してはいかがでしょうか?」
「おまえら、気楽に言うが……」
「大丈夫だ。主任も課長もやさしいから」
「そうそう! あげるというのではなくても、拳銃みたく支給貸与という名目にすればいいんですから。それなら問題ないでしょう?」
「そりゃそうだが……」
 というわけで、どうやら自分のものになりそうな雰囲気になって喜ぶ真樹だった。
 ここは一押ししておく方がいい。
「ありがとうございます」
 精一杯の笑顔を作り、出来る限り可愛い声で感謝の意を表す。
「まったく……しようがない奴らだ。みんな真樹ちゃんに甘いんだからな」
「そういう主任こそ甘いですよ」
「言うな!」


ネットワーク手帳などの機器は執筆当時のものです。
今では、スマートフォンのアプリがあって、さらに高性能となってますね。


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特務捜査官レディー(十九)黒沢産婦人科病院
2021.07.23

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十九)黒沢産婦人科病院

 ある日のこと。
 課長に呼ばれて、
「今日より正式に拳銃の所持を許す」
 と、麻薬取締官の制式拳銃であるベレッタM84FS(M85))自動拳銃を渡された。
「いいんですか?」
「今まで、よく我慢して職務についてくれたからね。今日からは、捜査の現場にも出てもらうことにした」
「ほんとうですか?」
 真樹の瞳が爛々と輝いた。
「嘘など言ってどうする。捜査にはベテラン取締官と一緒に行動することになるが、
一応護身のためにも拳銃は必要だ。女性の君に拳銃を所持させるのは、心配ではあるのだがね」
「ありがとうございます」
 早速銃を受け取り、上着を脱いで専用のホルスターを装着して、銃を挿してみる。
 しかしながら、真樹は身体が細い上に、薄い生地でできた女性衣料の下に、ホルスターを提げてみると、はっきりとその装着状態が服の上から視認できて具合が悪かった。
「これじゃあ、銃を持っているとはっきり判っちゃいますよ」
「そうみたいだな」
 ホルスターの位置をいろいろ変えてみたが無駄に終わった。
「もっと小型で、女性が持つハンドバックに入るような拳銃はありませんか?」
「と、言われてもねえ。これが麻薬取締官の制式拳銃なんだよ」
「これでは携行できません」
「やっぱり、現場じゃなくて、鑑定の方じゃだめかね?」
「課長!」
「判っているよ。何とかしよう」
 と言うわけで、携帯用の拳銃は後日と言うことになった。

 仕事を終えて庁舎の玄関に出ると、敬が車で迎えに来ていた。
「よお、お疲れさん」
「迎えにくるなんて珍しいわね。どこか、行くの?」
「ああ、君に会いたいと言う人の所へ行く」
「わたしに会いたい?」
「君にとって、人生を百八十度転換させた人物にね。いや、恩人と言うべきだな」
 頭の回転の速い真樹のことである。
 人生を百八十度転換させたとなれば……。
 あのニューヨークで命を救ってくれ、斉藤真樹としての人生を与えてくれた恩人。
「黒沢先生が、日本に戻って来ているの?」
「ぴんぽーん!」
「ねえねえ。どこにいるの? 大学病院かなんか?」
 あれだけの移植技術を身に着けているのだ。ただの町医者ではないと思っていた。
「行けば判るよ」
 意味深な受け答えをする敬。
「もういじわるね」
 敬は口笛を吹きながら、しばらく街中を走らせていたが、やがて目前に大きな建物が現れた。
 白亜の清楚な感じを漂わせているが、大学病院ではなさそうだし、個人病院にしてはかなりの大きさを誇っていた。
 入り口に大きな看板があった。
「黒沢産婦人科・内科病院」
 確かにあの黒沢先生の病院のようである。
「ここなの?」
「ああ、そうだよ」
 敬は、正面玄関には入らずに脇の側道へと車を走らせた。
「玄関から入らないの?」
「そっちは表の世界の人間が出入りする玄関なんだ。闇の世界の人間が出入りする別の玄関があるんだ」
「闇の世界?」
「ニューヨークで真樹が性転換手術を受けた病院は闇の病院で、そこの常駐医者の一人が黒沢先生だ。真樹も知っていると思うが、闇の世界に入ったが最期、二度と表の世界には戻れない。表側の病院は、先生の父親が経営していて、その地下に黒沢先生が闇の病院を運営しているというわけさ。黒沢先生にとって表側はカモフラージュ」
「あれだけの腕前を持っているのにどうして闇の世界に入ったのかしら」
「それは聞かないほうがいい! 聞いたが最後、真樹も闇の世界の仲間入りだ。まあ、先生が話してくれるのを待つんだな」
「ふうん……」
 車は裏手の藪地のような所を突きぬけ、やがて地下へ降りるスロープを降りていった。


 いわゆる裏口から入った玄関は、監視カメラに四方から見張られており、異様な雰囲気があった。
「ここから先はこれが必要なんだ」
 と敬が胸ポケットから取り出したのは、IDカードのようだった。
 端末にカードを挿しいれると、ドアが自動的に開いた。
「なんか物々しいのね」
「闇の世界だからね」
「大丈夫なの? 闇の世界に踏み込んだら二度と抜け出せないんでしょ?」
「普通ならね。俺達は特別に先生の預かりとなっているらしい」
「預かり? 変なの」
「一応先生は、闇の世界の日本支部では顔ということらしいね」
「日本支部?」
「これ以上は俺も知らないし教えてくれない。知ってもいけない」
「ふうん……」
 語らいながら長い廊下を歩いていた。
 いくつかの扉があったが、
「勝手に入ってはだめだぞ。とんでもない事になる」
 と釘を刺された。
 行き止まりになった。
 一番奥のドア、ここでも例のIDカードを使って開ける。
「さあ、ここだよ」
 と、敬の後について入ったところは、どこにでも見られるごく普通の診察室だった。
 締め切られた薄暗い部屋を想像していたが、カーテンの開けられた窓からは十分な採光があり、壁も床も汚れ一つなく清潔感に溢れていた。
「やあ、待っていたよ。元気みたいだね」
 そこには、あの黒沢先生が椅子に腰掛けて微笑んでいた。
 ニューヨークにおいて死に掛けていた佐伯薫を、斉藤真樹として生まれ変わらせてくれたあの医者である。
「先生こそ、お元気でなによりでした」
「早速だが、君を診察させてくれ」
「え? いきなりですか?」
「当然だ。そのために君を呼んだんだからね」
「判りました……」
 と答えて敬の方を見やる真樹。
 診察となれば、当然衣服を脱ぐことになるだろう。敬の視線が気になったからだ。
「ああ、敬君は外に出ていてくれ。そっちのドアから出て待合室でな」
「ええ? こっちは表の世界の病院ですよ。しかも産婦人科なんですから」
「何を言ってるんだ。君たちは結婚するんだろう? 真樹君が妊娠したら、夫として分娩に立ち会ってもらうからな」
「分娩に立ち会うんですか!?」
「当然だろ。子供は夫婦で共同して生み育てるものだ。分娩に苦しんでいる妻を放って置いて、父親だけ楽しようなんて考えるなよ」
「そんなつもりはありませんよ。立ち会えと言えば、立ち会います」
「ならいい! 実際に真紀君が妊娠したら分娩立会い以外にも、君にも来てもらっていろいろとしてもらうことがあるからな。待合室を使うことも頻繁に多くなる。今から慣れておいたほうがいいぞ」
「判りましたよ。待合室ですね」
 とあきらめた様に入って来た方とは反対側のドアから出て行った。
 ドアを開いた隙間から大きなお腹を抱えた妊婦がかいま見えた。
「表の病院と繋がっているんですね」
 思ったことを口にする真樹」
「表も何も、この診察室は表側だよ。君の入ってきたドアの先が闇の病院だ」
「すると、そのドアが表と闇を区切っている?」
「そういうことだ」
「じゃあ、最初から表から入ってきても良かったんじゃないですか?」
「敬君が恥ずかしがるだろうし、闇の入り口のことを君に知っておいてもらいたかったからだ。何せ、麻薬と銃器を取り扱う君たちのことだ。全然無関係とは言えないだろう?」
「そうかも知れませんね」
 確かに、知っていても損はないだろう。
「一応念を押しておくが、闇の世界のことは、君たちからは決して口を挟んではいけないよ。私が必要と判断して話す意外にはね。そうしないと、君たちを闇の世界に引き入れなければならない事態にもなる。二度と抜け出すことの出来ない世界にね」
「判りました。私たちの方から質問や詮索をしなければいいんですね」
「そうそう……」


「と、納得したところで診察に入ろうか……」
 表情もきりりと医者の顔になる先生だった。
「はい」
 先生は引き出しから、書類を取り出して言った。
「これから君の生殖器に関する問診をするけど、恥ずかしがらずに正直に答えて欲しい。移植した臓器が完全に機能しているとかを調べるためだ。」
「はい……」
 生殖器に関する質問……。
 あまりにも唐突な質問に驚くが、産婦人科の医師としては当然のことなのかも知れない。
「じゃあ、まず最初だ。月経はちゃんとあるかな?」
「あります」
「規則的かね? 何日周期?」
「だいたい二十八日周期で規則的です」
「そうか、まずは一安心だな。排卵が規則的にあるということで、卵巣と子宮は正常に機能しているようだ」
「妊娠も可能ということですね」
「可能性は高いが、君の血液と移植した卵巣の中の卵子とは、元来他人同士だ。それが原因で不妊となる可能性も残っている。だからそういったこをも詳しく調査するために、今日来てもらったのだ。他の一般の病院では、こんなこと調べられないだろ?」
「確かにそうですね」
「月経の前後数日間とかに、身体の不調を覚えることはある?」
「身体がだるいと感じる時はあります」
「だるいだけかね? 苦痛に感じることは?」
「特にありません」
 というように、女性なら誰しも質問されるような内容に受け答えしていく。
 さらに問診は続く。
「女性としての性行為は?」
「あります」
「敬君とだね」
「はい」
「週に何回くらい?」
「せいぜい一回です」
「避妊はしてる?」
「初めての時だけしてません。後はしてます」
「今は痛みとかある?」
「ありません」
「絶頂感とかを感じたことは?」
 とか性行為に関する諸症状を質問され答えていく。
 前半は婦人科としての問診、後半は産科に関わる問診らしかった。
 私生活の性交渉とかを聞かれるので正直恥ずかしい限りなのだが、相手は産婦人科。当然のことを聞いているだけである。下心はないだろう。
 そんなこんなで短いようで長い問診が終わった。
「うん。だいたいのことは判ったよ」
 これで終わりかと思っていたら……。
「上着を脱いでくれないか。今度は触診してみる」
 上半身ブラジャー一枚になって、乳房や腹部を念入りに調べられた。
 そして……。
 その上……。
 しかも……。
 さらには……。
 これ以上は言葉に尽くせない診察が続くのであった。

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特務捜査官レディー(十八)磯部京子のこと
2021.07.22

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十八)磯部響子のこと

 とは言っても、そうそう犯罪者の家宅捜査や逮捕といった最前線には出してはくれなかった。まずは新人らしく、麻薬などを取り扱う病院や製造業者の立ち入り検査、大麻の栽培業者の指導や監督、野に自生しているケシや大麻の抜去、麻薬没滅キャンペーンの広報的な活動を割り与えられていた。
 まあ、当然といえば当然のことである。職場の環境や仕事内容を把握し、先輩達の活躍ぶりを見届けることも仕事のうちということ。
 どんなに優秀な野球選手でも、最初は球拾いからである。

 関東信越厚生局中目黒庁舎麻薬取締部捜査課へ、土日を除く曜日に出勤し、九時から五時までの勤務時間を終えると退社する。
 まるでオフィスレディーよろしく平穏無事な日々が続いていた。
 出勤して最初の仕事は、お茶を各自のデスクを回って配ることだった。
 命令されてやっているのではなく、真樹の配属された捜査課には女性がおらず、やさしい性格から率先して引き受けていたのである。
 女子大卒業したての唯一の女性ということで、課内ではアイドル的存在になっていた。呼び方も「真樹ちゃん」であった。
 麻薬取締りの最前線で、犯人逮捕で活躍するという当初の希望からかけ離れた内容に、何のために麻薬取締官になったのか、と自問自答する時もあった。
「気にするな。いずれ君にも活躍してもらう時がくる。物事には順序というものがあるのだ」
 判ってはいるが……一刻も早く現場に出たかった。

 磯部ひろしの件があった。(参照=響子そして/サイドストーリー)
 麻薬銃器取締課の警察官として、すでに現場に出て活躍している敬から、ひろしに関する情報が寄せられていた。
 警察官に復帰した敬は、磯辺健児を挙げるべく証拠集めを行っていた。そんな中から少年刑務所に収監されたひろしの情報も入ってきていたらしい。
 仮釈放された磯部ひろしが、とある暴力団の組長の情婦となり、響子と名乗っているという情報だった。
「情婦?」
 それを聞いて驚く真樹だった。少年だったひろしが情婦とは……。
「俺も聞いてびっくりしたぜ。なんと! 性転換して女になってるんだ」
「女ですって? 何で性転換するような事になったのよ」
「まあ、少年刑務所だからなあ……。女のいないムショ暮らしで、欲求のたまった男達の間にあって、新人で少年だったひろし君が、そのはけ口とされるのは自然の成り行きだったのかもな」
「つまり、女役として扱われたのね」
「よくあることらしいんだ」
「そんな事……」
「そういう生活の中で、女に目覚めたのかも知れない。いや、そうならざるを得なかったのかもな」
「でも、性転換までする?」
「それが、宿房の中に暴力団の組長の息子がいたらしくてね。そいつが女に目覚めたひろしに惚れたらしくて、女性ホルモンを差し入れさせて、それをひろしに飲ませてより女らしい身体にさせていったらしいぜ。女性ホルモンのことなら真樹は良く知っているだろう」
「それで、身も心も女になっちゃたんだ。まだ少年だったから、女性ホルモンの効果は絶大だものね。身体の変化はもちろんのこと、精神構造も女らしくなっていく」
「そういうことだな」
「そうか……ひろし君。女の子になったんだ……」
「ひろしじゃないよ。今は響子だよ。彼女に惚れた相手が、その親である暴力団の組長が抗争事件で死亡して二代目を継ぎ、情婦としてそばに置きながら、性転換手術を勧めたということさ。手術費用なら全然心配ないから、最高の技術を受けることができる。そしてひろし君は、女に生まれ変わって響子になった」
「しかし……抗争事件を引き起こしている暴力団組長の情婦となると、先行き不安だわね」
「ああ、俺達。麻薬銃器対策課のごやっかいになるかも知れない。最悪、組長情婦として対抗組織から命を狙われるかもな」
「冗談じゃないわ。これ以上、ひろし君を巻き込みたくないわ」
「だが組織は手加減してくれない」
「ひろし……響子さんには、これ以上酷い目には合わせたくないの。女の子になってしまった事情はともかくも、幸せな人生を送って欲しいもの。彼女がこんなことになったのも、わたし達が手をこまねいていたせいだよ。あの時、もっと積極的に強引に動いていれば、麻薬密売人を近づかせることもなく、結果として母親殺しにも至らなかったのよ」
「そうだな。すべては俺達の至らなかったせいでもあるからな」
「とにかく、響子さんの身辺をもっと探ってくれない?」
「判っているさ」
 今は、捜査の最前線にいる敬に頼るしかなかった。

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