特務捜査官レディー(二十七)投身自殺
2021.07.31

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十七)投身自殺

 それから数日後。
 わたしは黒沢先生の元を訪れていた。
 囮捜査のこととかをすべて話してみた。
「何か便利な薬とかありませんか? 妊娠阻害剤とかもありましたよね」
 先生が、某製薬会社の社長ということで、そういった性に関わる薬剤を手に入れられるのではないかと思ったからだ。
「おいおい。言ってることの意味を、良く理解して依頼してるんだろうな?」
「もちろんです。売春組織と関わるのですからね。万が一に備えたいのです」
「妊娠阻害剤はあるが、それを必要とするときは組織に囚われた結果としての性行為もあるだろう。その状態で犯された後から薬を飲むことは不可能だと思うぞ。ピルを毎日飲んでいれば妊娠はしないが、これも囚われた状態では飲用は無理だ。ピルの飲用をやめれば即座に妊娠可能となる」
「事前妊娠阻害剤はないのですか? 飲んだら一週間くらいは妊娠しないというの」
「捕らえられて一週間以内で脱出できるか、救出されるかということか?」
「やはり一週間でしょう。証拠を掴むも掴まないにしてもね」
「ふむ……」
 じっとわたしの顔を見つめる先生だった。
 どれくらい意思が固いとかを推し量っているように思えた。
「まあ、いいだろう。捜査に協力しようじゃないか。産婦人科医として、女性の苦しみを放っておくわけにはいかないからな。売春が原因で望まぬ妊娠をした女性の中絶手術をすることだけは願い下げだからな。覚醒剤にも効果がある催眠阻害剤と即効性麻酔針仕込み髪飾りを進呈しよう」
「ありがとうございます。髪飾りは何となく判りますが、催眠阻害剤とは?」
「麻酔剤がどうして効くか知っているか? 薬剤師の君なら当然知っているはずだが」

 もちろん知らないでどうする。
 生物には体内エンドルフィンという麻酔作用を及ぼす物質を分泌する能力を持っている。指などを切るとしばらくは痛みを感じるが、やがて傷が治っていないにも関わらず痛みが無くなるかやわらぐはずだ。これは痛みの刺激に対してそれをやわらげようとして、身体の防衛システムがこのエンドルフィンを分泌するからである。痛みを感じる組織にはこのエンドルフィンに感応する受容体(レセプター)があって、受容体がエンドルフィンを受け入れると痛みを感じなくなるというわけである。また中国古来の針麻酔という術法も、針の刺激によって体内エンドルフィンを分泌させて麻酔作用を引き起こしているわけである。
 受容体とは、細胞膜上あるいは細胞内に存在し、ホルモンや抗原・光など外から細胞に作用する因子と反応して、細胞機能に変化を生じさせる物質。ホルモン受容体・抗原受容体・光受容体などをいう。アレルギー反応も同様のシステムで起きるものである。
 これはもちろん女性ホルモンを呑んだ男性の乳房が発達することを考えればよく判ることだ。男性にも女性ホルモン受容体があるからこそ、女性ホルモンで乳房が発達するのである。
 さて本題の人工的な麻酔剤だ。
 麻酔作用を期待するには、何も体内エンドルフィンと同じ成分そのものでなくても良い。要は、この痛みを感じる組織中にある受容体が感応し、期待する作用を及ぼす成分であればいいのだ。科学的に論ずるならば、化学成分式に表されるところの、ある特定の塩基配列を持つということになるのだが……。
 細胞に作用する因子と、これに感応する受容体という関係から、本来体内に存在しない体外から入ってきた物質に対しても、一様に効果を発することを利用するもの。
 それが麻酔などの薬剤なのである。
 麻薬や覚醒剤が人体に及ぼす作用も、同様にして説明できる。
 では、阻害剤とは?
 麻酔や覚醒剤が効果を発するのは、それに感応する受容体があるからである。ならばその受容体を別の無害で長時間作用するもので先に埋めてしまえば、麻酔も覚醒剤も効果を発揮することなく、そのうちに体外に排泄されてしまう。アル中の人に麻酔が聞かないのも一種これのせいである。

 簡単に説明すると、受容体を別の無害な物質で、先に埋めてしまえ!である。

「……ということです」
 ぱちぱちぱち。
 と拍手しながら答える先生。
「正解だよ。さすがは薬剤師」
「からかわないでください。つまり、事前に阻害剤を投与していれば、覚醒剤を射たれても効果を発揮しないということですよね」
「そうだ。しかし、覚醒剤が効いているという演技が必要になってくるかも知れないがね。しかも任務を考えれば、身体を汚されることも容認しなければならないのは、君が妊娠阻害剤を求めるとおりに避けて通れないことだ。それでも君は、渦中に飛び込もうというのだね」
「はい。敬も理解してくれました」
「そうか……。彼も納得の上でというなら、これ以上何もいうこともないだろう」
「ご無理を言って申し訳ありません」
「任務決行の日がきたら事前にここに寄りたまえ、最善の薬を用意しておこう」
「ありがとうございます」


 朗報が持ち込まれた。
「響子の居場所が判ったぞ」
「ほんとう?」
「ああ。新庄町の富士マンションに閉じ込められている」
「早速、助けにいきましょう」
「当然だ、すぐに行くぞ。暴力団対策課と麻薬課の連中を張り込ませている」
「まだ、踏み込んでいないの?」
「捜査令状がまだ届いていないんだ。届き次第踏み込む」
「ああ、そんなことしているうちに……」
「しかし、法は法だ。警察官が法を破ったりはできん」
 とにもかくにも、麻薬取締部の同僚と共にそのマンションへ急行することにする。
「課長! いいですよね?」
「無論だ!」

 すでに日付が変わっていた。
 富士マンションの響子さんが囚われていると思われる部屋が見える隠れた場所で、車の中に潜むようにして張り込んでいるわたし達だった。
 その部屋のカーテンは締め切られていて、明かりは点いてはいない。
 今回の強制捜査に携わるのは、警察から麻薬銃器課の三人と暴力団対策課の四人、麻薬取締部からわたしを含めて四人、そして一般の制服警官が三十二人(主に交通課)である。
 そして取り仕切るのは麻薬銃器課巡査部長の敬である。
 三つの課を取りまとめ、合同捜査チームを結成させた彼である。
 生活安全局の副局長を説き伏せてしまう、その素早い行動力と説得力はさすがだ。
 さすがにわたしが惚れるだけのことはある。
 だが、肝心の捜査令状がまだ届いていなかった。
 令状がなければ、たとえ囚われていると判っていても踏み込むことはできない。
 しかも響子さんが人質状態では踏み込みのも簡単ではない。
 相手は暴力団だ。拳銃くらい所持しているはずである。
 決行は慎重かつ迅速に行われなければならない。
 やがて一人の捜査員が令状を持って現れた。
「令状が届きました!」
「よし! 踏み込むぞ。ただし監禁されている女性がいる。行動は迅速に、発言は慎重にだ」
「了解!」
 敬がてきぱきと強制捜査の手筈を組み立てていた。
 家宅捜査令状を持って部屋に入る班(麻薬取締官が担当)、逃走路を封鎖する班、交通規制を行う班、銃撃戦になった時の住民の避難誘導班などである。
「真樹は、響子さんを保護する担当だ」
 響子さんは一応女性である。(少なくとも外見上は……)
 女性であるわたしに保護担当が回ってくるのは当然である。
「巡査部長、あれを!」
 捜査員の一人がマンションの部屋を指差して叫んだ。
 あ!
 誰かが窓から身を乗り出している!
 しかも裸の女性だ。
「響子さんの部屋だ!」
 まさか!
 次の瞬間だった。
 ふわりと身を投げ出したその身体が宙に舞った。
 まっさかさまに落下してゆく。

 きゃあー!

 わたしは思わず悲鳴を上げてしまった。
 捜査員が駆け出してゆく。

 ドシン!

 鈍い大きな音があたり一面に響き渡った。
 バンの天井にめり込むように身体が沈み込んでいた。
 そうなのだ。
 丁度真下の路上にバンが違法駐車していたのだ。
「救急車を呼べ!」
 誰かが叫ぶ。
 責任者である敬が動く。
「ここはまかせて、麻薬取締官は部屋の方に急行してください。身投げを知って逃げ出されます」
「判った!」
 麻薬取締官達はマンションへと突入していく。
 捜査員はたくさんいるのだ。
 全員がその女性に関わってはいられない。
「交通課はただちに交通規制だ。一帯を通行止めにしろ!」
「了解!」
 交通課の警察官が無線連絡によって、道路封鎖のために配置に付いていた要員に指示を出す。
 付近一帯を通行止めにして現場に車両を進入させないためである。


 捜査員がバンの天井によじ登っている。
「生きているぞ! まだ息がある」
 すぐさま報告が帰ってくる。
「担架を持って来い! 脊髄を損傷しているかも知れない。担架に乗せて、ゆっくり慎重に車から降ろすんだ」
 担架が運び出されてバンの天井に上げられ、その場で脊髄に負担を掛けないように慎重に担架に移された。
「ようし、担架を水平に保ったまま、ゆっくり降ろせ!」
 わたしは呆然と見つめていた。
 身投げという事態に足がすくんでいたのである。
「真樹! こっちへ来い」
 敬が、わたしを呼ぶが動けない。
「真樹。聞こえないのか! おまえが見なくてどうする?」
 車から降ろされた裸の女性。
 ここには女性はわたししかいない。銃撃戦が想定される捜査に女性警察官は使えない。
 当然、彼女の介抱などはわたしの役回りとなる。
 敬の声に我を取り戻して、その女性のところに駆け寄る。
「ごめんなさい!」
 すぐさま身体に毛布を掛けて体温の維持を図る。もちろん裸を他人に見られないためでもある。
「響子さん?」
 その姿を見たことのないわたしは、敬に確認する。
「間違いない、響子だ……」
 この娘が響子さん……。
 血の気の引いた青ざめた顔。
 哀しい運命の性に振り回され続けている……。
「敬、これを見て」
 白い腕に残された痛々しいほどの注射跡。
「覚醒剤を射たれているな……」
「ええ……」
 最悪の状態に陥っていた。
 覚醒剤の魔性に操られ、それから解き放そうと自ら命を絶とうとしたのだろう。
「可哀想な娘……」
 涙が頬を伝わって流れてくる。
 どうしようもなく哀しくて仕方がなかった。

 銃撃戦に備えて付近で待機していた救急車がやってきた。
「真樹は、彼女についていけ! 後のことは俺に任せろ」
「判ったわ!」
 担架に乗せられた彼女と共に救急車に乗り込む。
 サイレンを鳴らして、救急車が発進する。
「センターどうぞ。飛び降り自殺の女性を収容。……脊椎損傷の可能性有り。行き先を指示願います」
 運転席の方から、東京消防庁災害救急情報センター(119番)に連絡を取っている声が聞こえてくる。
「待ってください。わたしの知り合いの病院があります。そちらへ搬送してください」
「救急指定病院ですか?」
「いいえ。違いますが、腕は確かです」
 彼女は、性転換している女性だ。
 一般の救急病院に搬送するのは後々問題が起きるに決まっている。
 生死の渕を彷徨っていたわたしを、奇跡的に助けてくれたあの先生のところしかない。
「黒沢産婦人科病院です」
「産婦人科? 場違いではありませんか?」
「彼女は特別な女性なんです。そこしか治療はできないんです。責任はわたしが取ります」
「判りました。では、場所を教えてください」
 住所を教える。
「センターどうぞ……。患者の収容先は、同乗した人物の指定先に決定しました。はい、ですから……」
 センターに行き先決定の連絡を入れている声。
 救急車は、一路黒沢産婦人科病院へと進路変更した。
 わたしは早速黒沢先生に連絡する。
 救急車内での携帯電話は禁物であるが、そうも言っていられない。
「斉藤真樹です。急患お願いします。飛び降り自殺で、脊椎損傷の可能性があります。さらに覚醒剤中毒の症状も見受けられます……」
 彼女の容態を詳しく説明していく。
『判った。至急に用意する。連れて来たまえ。裏の場所だ、判っているな?』
 連絡は取れた。
 後は一刻も早く病院へ到着するのを祈るだけである。

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特務捜査官レディー(二十六)響子とひろし
2021.07.30

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十六)響子とひろし

 ある日のこと。
 敬が血相を変えて、わたしのところに飛び込んできた。もちろん麻薬取締部にである。
 警察署内では、生活安全局の局長が覚醒剤密売と押収物横領の容疑で逮捕されて以来混乱していた。そこで何かと言うと麻薬取締部の方にちょくちょく顔を出すようになっていたのである。本来地方公務員の警察官が、厚生労働省麻薬取締部にそうそう出入りできるものではなかったのだが、先の両組織連携による生活安全局長逮捕の功労者として、特別に許されていたのであった。
「大変だ! 響子が組織に捕まったぞ」
 わたしは思わず、持っていた花瓶を落としそうになった。
「なんですって! 響子さんが?」
 響子といえば、性転換した磯部ひろし君の女性名である。
 とある暴力団の情婦として暮らしていると聞いていたが、組織に捕まったということは対抗組織と言うことか。おそらく警察の暴力団対策課からの情報を入手したのであろう。
「ああ……。暴力団組長が狙撃されて、情婦として傍にいたから連れて行かれてしまったそうだ」
 なんてことよ。
 情婦とはいえ、それなりに幸せに暮らしていると聞いていたのに……。
 また不幸のどん底に突き落とされた……。
「それで相手の組織は?」
「最近、麻薬や覚醒剤密売で勢力を広げつつあった組織でね。響子のとこの組織と日頃から抗争事件が絶えないそうだ。実は、あの磯部健児も関わっているらしい」
「なんですって?」
 その名前を聞けば驚きもしようというものである。ずっと追い続けている張本人だからである。
「沢渡君、私にも聞かせてくれないか?」
 課長の耳にも届いたらしく聞き返してきた。
 麻薬となれば当然この麻薬取締部の管轄の範囲に入るからである。
 麻薬取締部としても、その二つの組織に関しては独自に捜査を進めていたからである。
 もっとも女性のわたしは、捜査から外されていた。
「済まないね。真樹ちゃんみたいな若い美人が、捜査陣の中にいると目立っちゃうんだよ。令状取った後の強制捜査とかには参加させるから、我慢してくれたまえ」
 尾行しててもすぐに気づかれるし、張り込んでいても通りがかりの若者から「お茶しようよ」とちょくちょく声を掛けられてしまう。
 捜査にならないというわけである。
「ああ、課長。実はですね……」
 磯部ひろしこと、情婦の響子について事情を話す敬だった。
 この件に関しては、斉藤真樹としては一切関わっていないわたしからは、詳しい内容を言えるはずがなかった。一応、覚醒剤密売の捜査協力として小耳に入れたということにしてある。
「……なるほど、そういうことか。その事件のことなら私も知っている。磯部健児は我々も追っているが、証拠が集まらないで困っているよ。暴力団を隠れ蓑にしているのでね」
「その磯部健児が絡んでいる暴力団の一派が、響子の旦那である暴力団組長を狙撃したということです。その際に、響子が連れ去られてしまいました」
「となるとその響子さんが危ないな。その組織は、誘拐した女性に覚醒剤を打って中毒患者にし、否応なく売春させているという噂も聞いている」
「そうなんですよ。響子は、俺達が手をこまねいている間に、覚醒剤の虜になってしまった母親を殺してしまったんです。彼女がこのような境遇に陥ったそもそもには、俺達の責任でもあるんです。これ以上、不幸にさせたくはありません」
「私たちも協力しよう。覚醒剤が関わっている以上、黙っているわけにはいかないからな。前回と同様によろしく頼む。そちらの麻薬課や暴力団対策課の情報が欲しい」
「判りました。一致協力して、磯部健児を逮捕し暴力団を壊滅させましょう」
「わたしも協力します」
「真樹ちゃんも?」
「だって、覚醒剤を使って売春させているとしたら、女性がいなくちゃねえ」
「おいおい、ちょっと待って。何を言っているのか判るのか? まかり間違えば」
「判ってます。しかし囮捜査でもしなければ、売春組織を完全に壊滅することは不可能ではありませんか?内部深くに潜入して確たる証拠を掴み、黒幕共々一網打尽にしなくてはだめなんです」
「だが、ミイラ取りがミイラ取りになりやしないかね。私はそれを心配しているのだよ。そんなことになっては君のご両親に合わせる顔がなくなる。売春行為に関しては、この際目をつぶってだな……」
「売春は、麻薬捜査と直接は関係ないからとおっしゃるのですか? それじゃあ、官僚腐敗制度の汚点ではありませんか。課長がそんなことおっしゃられるとは」
「い、いやそうじゃなくて……。君の事を心配してだな……」
「課長!」
「わ、わかった。ただ私の一存では決定できないから、上司に相談してみるよ」
「お願いしますよ」


 勤務時間を終えて、敬の車で帰宅するわたし。
 助手席に座り運転席の敬を見ると、何か考えている風に黙々と車を走らせていた。
 課長に対してはあんなことを言ってはみたものの、敬と二人きりになって冷静になってみると、やはり済まないという気持ちになるわたしだった。
 いくら職務に責任感ある行為とはいえ、将来を誓い合った恋人としては、やるせない気持ちになっていることだろう。敬も正義感の強い性格をしているから、同じ警察官としてそれを拒むことが出来ないでいるのだ。
「ごめんなさい……」
「何を謝っているのだ」
「だって……」
「身体を張って囮捜査に出ようと言う君の考え方は賛成できないな。もちろん恋人としてそんなことはさせたくないというのは正直な気持ちだ。万が一失敗して組織に捕らえられれば、麻薬覚醒剤を打たれ売春婦に仕立て上げられるのは間違いない。最悪には我々に対する見せしめとして、陵辱された挙句にどこかの路上で裸状態の死体となって発見されることもありうる。そうなって欲しくない」
 わたしには反論する言葉がない。
 敬が強く反対したら、それに従うつもりだった。
「しかしこのまま放っておけば、泣いて苦しむ女性達が今後も増え続けるのも事実だ。同じ警察官として、君の正義感溢れる行動態度は理解できる。磯部健児を挙げるには、その組織を壊滅しなければならないし、多方面からアプローチした方が、より確実に包囲網を狭めることができるということも判っている。……君が後悔しないと確信できるなら、思ったとおりにやればいいよ。俺は、君の意思を尊重したいし、たとえどんなことになろうとも、将来を誓い合った同士として見守ってあげたい」
 考え抜いた末のことであろうと思う。
 警察官としての正義と、恋人としての優しさ思いやり。
 両天秤に掛けてもなお、自分達の事でなく、より多くの被害者を出さないために最善を尽くすことの重大さを踏まえての意見だろう。
「あ、ありがとう……」
 敬の言葉で、わたしの意志が固まった。
「とにかくじっくりと考えてから実行すべきことだよ」
「そうね」

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特務捜査官レディー(二十五)取り調べ
2021.07.29

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十五)取調べ

 お盆に乗せて注文の品を運ぶ役の女性警察官。
「巡査部長。ほんとうに構わないのですね?」
 と確認する相手は沢渡敬。
「ああ、責任は俺が取るから、言うとおりにやってくれればいいんだ」
「わかりました。ちゃんと責任取ってくださいよ」
 取調室に入っていく。

「あ、きたきた。待ってたわよ」
 入ってきた女性警察官は、注文の品をわたしの前に置きながら、予定通りに盗聴器をテーブルの端の下側に貼り付けたようだった。
 もちろん局長に見つからないようにしているが、わたしも局長の視線が自分に向けられるようにオーバーなジェスチャーを入れながら話しかける。
「ここのクレープって本当においしいのよね。女子学生の頃、通学の途中にあるから良く買い食いしたものだったわ」
「通学の途中? というと薬科大学か?」
「あったり!」
「そうか……」
 考えている風の局長だった。
 そりゃそうだろう。
 薬科大学と麻薬課は切っても切れない関係にあるからだ。
 薬科大学卒業者の一部は警察署の鑑識課に就職している。
 局長と大学教授、そして鑑識課職員の間には黒い噂が立っている。大学教授が言いなりになる自分の弟子を鑑識課に推薦して、局長がそれを採用している。
 横流しの秘密ルートがそこに介在していても不思議ではないだろう。いずれも多種多様の薬剤が出入りするそこに、麻薬覚醒剤が不正取引されても発覚する確率は極端に低くなる。
 わたしはここぞとばかりに追及に入る。
「ところで押収した薬物はどうやって横流ししていますの?」
「何を言っているか」
「あらあ、わたしの組織では知れ渡っているのよ。押収し鑑識が済んだ薬物は封印されて一時保管された後に、厚生労働大臣の承認を受けて焼却処分され下水に流される。もちろんその際には県や都職員の麻薬司法警察員や麻薬取締官が立会う。でもすでにその時点ではすり替えられているという。本物は巧妙に持ち出されて運び屋に渡されるという仕組み」
「貴様……。なんでそんなことまで知っている? 何ものだ?」
「事実だと認めるわけね」
「そんなこと……。貴様の想像だろう」
「あら、残念。認めたくないと……。でも、素直に認めたほうがいいわよ」
「勝手にしろ」
「まあ、いいわ。さて……わたしが持っていた覚醒剤は、今頃どうなっているかしらね。本来なら鑑識が鑑定・封印して保管庫に入っているはずだけど。もうすり替えはすんだのかしら」
「何が言いたいのだ?」
「この警察内部における押収麻薬の取り扱いに関しては、すべてあなたが手なずけた直属の麻薬課の職員が担当していて、密かに横流しを行っていたから外部に漏れることはなかった。でもねそんな不正は、いつかは発覚するものよ。今日がその日なの」
「きさま! 何か企んだな」
「そうね。局長さんはいつも、すり替えたことが発覚しないように、証拠隠滅のために急いで焼却処分にかけていたものね。たぶん今日当たりがその日だと思う。今頃別の警察官が取り押さえに向かっているはずよ」
「馬鹿な。そんなこと……できるはずがない。私の命令なしに動くことなどできない」
「あら、わたしは『別の警察官』と言ったのよ。警察官は何もあなたのところだけじゃない」
「どういう意味だ」
「そう。別の……司法警察官よ」
「ま、まさか……麻薬取締官か?」
「あたりよ。今頃、取り押さえられているでしょうね。麻薬覚醒剤の密売に関する刑罰は、ものすごく重い。麻薬覚醒剤取引に関かれば、非営利でも十年以下の懲役。営利目的で一年以上の有期懲役と情状酌量で500万円以下の罰金。あなたの部下も刑を軽減することを条件に出せば、すべて告白してくれると思うわ」
「企んだな! そ、そうか……。沢渡だな。おまえ、沢渡の仲間か?」
 その時だ。
「その通りだ!」
 バン!
 と、勢いよく扉が開け放たれて敬と、同僚の麻薬取締官達が入ってくる。
「沢渡! それにそいつらは?」
「麻薬取締官さ。局長、年貢の納め時だよ。貴様がすり替えを命じていた警察官は、俺がとっ捕まえて吐かせてやったよ。ほらこのテープレコーダーにその時の証言が記録してあるぜ」
 と、マイクロテープレコーダーを見せた。無論、確実な証拠記録とするために、ICメモリーレコーダーは使わない。
「それから……」
 と、敬はテーブルに近づいてきて、盗聴器を取り出して見せた。
「盗聴器だよ。真樹との会話もすべて記録してある。いろいろと喋ってくれたから、証拠としても十分に役立つことだろう」
 
 同僚が近づいてきて、
「ほら、手帳だ。ここは、君が仕切るべきだろう」
 と、麻薬司法警察手帳(麻薬取締官証)を手渡してくれた。
「ありがとう」
 それを開いて局長に見せ付ける。
「司法警察員麻薬取締官です。局長、あなたを覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕します」
「こ、こんなことになるなんて……」
 がっくりとうなだれる局長。
 将来を約束されたキャリア組から、重犯罪者のレッテルを貼られる身分への転落。
 さぞかし無念だろうね。
 しかしそれも自らが招いたこと。
 わたしは、手錠を掛けて連行する。
「それじゃあ、敬。こっちの方はお願いね」
「ああ、まかせとけ」

 こうして、わたしと敬をニューヨークへ飛ばして抹殺しようと企んだ、生活安全局局長は逮捕された。
 わたしと敬は、次なる検挙すべき相手に、磯部健児を一番に据えたのだった。
 そう、甥である磯部ひろし、こと磯部響子を覚醒剤の罠に嵌めた張本人である。

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特務捜査官レディー(二十四)取り引き
2021.07.28

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十四)取り引き

 わたしは局長室に直通のダイヤル番号に電話を掛ける。
「生活安全局局長室です」
 懐かしい声だった。
 まさか本人が直接出るとは思わなかった。普通は秘書が出て取り次ぐものだが、おそらく所用で部屋を出ているのであろう。
「局長さんですか?」
「その通りです」
 早速本題に入ることにする。
「実は覚醒剤を手に入れたんですけど、局長さんが仲買い人を紹介してくれるという噂を耳にしまして」
「どういうことだ?」
 局長の声色が変わった。
「隠してもだめですよ。警察が押収した麻薬を横流ししてること知ってるんですよ」
「それをどこで聞いた?」
「以前あなたのお友達に女装趣味の人がいたでしょう? その人から聞いたのよ」
「まさか……」
「うふふ。逆探知してもだめですよ。あなたの地位が危なくなるだけです。で、どうしますか?」
「どうするとは?」
「覚醒剤ですよ。とぼけないでくださいね。取り引きしませんか?」
 しばらく無言状態が続いた。
 対策を考えているのだろう。
「い、いいだろう。取り引きしよう。どれくらいの量を持っているのだ」
「そうですねえ……5700グラム。末端価格で4億円くらいになるでしょうか」
 覚醒剤の相場は、密売グループが大量検挙されたなどの市場情勢によって変動するが、平成24年以降1グラム7万円前後を推移している。ちなみに密売元の暴力団の仕入れ価格は1グラム8~9千円程度だというから、上手く捌ければぼろ儲けということだ。
「ほう……たいした量だな」
「もちろん、混じりけなしの本物ですよ」
「どうすればいいのだ。取り引きの場所は?」
「そうですねえ……。お台場にある船の科学館「羊蹄丸」のマジカルビジョンシア
ターにしましょう」
「船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアターだな。日時と目印は?」
「日時は……」
 取り引きに関する諸用件を伝える。
「わかった。必ず行く」

 というわけで、局長を丸め込むことに成功して、電話を切る。
「やったな。後は奴が本当に乗ってくるかどうかだな」
 そばで聞き耳を立てていた敬が、ガッツポーズで言った。
「乗ってくるわよ。何せ覚醒剤横流しの件を知っている人物を放っておけるわけないじゃない」
「そうだな」
「というわけで、課長」
「判っている。覚醒剤のほうは手配しよう。しかし5700グラムとは、ちょっと多すぎやしないか?」
「だめですよ。撒き餌はたっぷり撒かなくちゃ釣りはできませんよ。それくらいじゃないと、局長本人が出てこない可能性がありますからね」
「判った。何とかしよう」
「お願いします」


 というわけでおとり捜査の決行日となった。
 船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアター。
 目印のピンクのツーピーススーツ姿にて、前列から7列目の一番右側の席に腰掛けて、合言葉を掛けてくる相手を待つ。
 運び屋が来るか、本人が直接来る。
 それとも……。
 ふと周囲に異様な雰囲気を感じた。
 息をひそめこちらを伺っている気配。
 それも一人や二人ではない。
 逃げられないように出入り口を確保しているようだ。

 やはり、そういう手でくるのね……。

 一人の男が近づいてきた。
 本人は気配を隠しているつもりだろうが、明らかに刑事の持つ独特の雰囲気を身体に現していた。
「お嬢さん、お船はお好きですか?」
 合言葉であった。
「ええ、世界中の海を回りたいですね」
 合言葉で答える。
 すると右手を高々と挙げて、周りの者に合図を送った。
 ざわざわと集まってきたのは刑事であろう。
「そこを動くな!」
 拳銃を構えた男達に囲まれていた。
 明らかに刑事だった。
 制服警官の姿もあった。
 まわりを取り囲まれていた。
「やはりね……」
 端から取引をするつもりはないのだろう。
 麻薬密売取り引きの現行犯で逮捕しようというのだ。
 わたしを逮捕し、取り調べながら入手ルートを聞き出して、直接相手と交渉するつもりだったのだ。
 それでなくても、奴には警察が押収する薬物を横流しする手段もあるから、
「持ち物を調べさせてもらう」
 一人がわたしの脇においてあった鞄を開けて、中を調べ始めていた。
 いくつかの透明の袋に入れられた白い粉末。
 もちろん本物の覚醒剤である。
 警察官はその一つを開けて、検査薬キット(シモン試薬及びマルキス試薬と試験管のセット)で調べ始めた。
 それは、試薬と覚醒剤を混ぜると反応して変色するというものである。学校の化学の授業で、アンモニアとフェノールフタレイン溶液を混ぜて、アルカリ性を確認したことがあるだろうが、それと同じ論理である。
 以前はシモン試薬のみで行われていたが、抗うつ剤や脱法ドラッグにも反応するということで、現在は複数の試薬で行って確実性を高めるようになっている。
 試薬を入れた試験管の色が陽性を示していた。
 それを声を掛けてきた男に見せていた。
「君を覚醒剤密売の容疑で逮捕する」

 パトカーで警察署に運ばれるわたし。
 女性警察官が終始そばについていた。
 男性警察官の場合、「肩を触ったわ。セクハラよ」と訴えられる可能性があるからである。容疑者にも当然人権がある。
 警察署裏口についた。
 職員や容疑者などはそこから署に入ることになっている。
 手錠を掛けられたまま取調室へ向かう。
 女性の場合は手錠を掛けない場合もあるが、覚醒剤密売という重罪を犯しているこ
とから、手錠は掛けられたままであった。
 途中で、敬とすれ違う。
 言葉は交わさなかったが、
「うまくやれよ」
 とその瞳が語っていた。
 取調室に到着する。
「局長が取調べを行うそうよ。しばらく待っているように」
 女性警察官はそう言った。
 部屋の中央にある対面式の尋問机? の片側の椅子に腰を降ろす。
 部屋の中には、今のところ女性警察官が二人。逃げられないように戸口を塞いでいた。
 やがて局長が姿を現した。
「君達は外で待機していてくれたまえ」
 扉のところに立っていた女性警官に命令する局長。
「ですが……」
 容疑者といえども女性となれば、必ず女性警官が立ち会うことになっていた。
 意義を唱えてみても、
「出て行きたまえ、聞こえなかったのか」
 と、強い口調で言われればすごすごと出て行くよりなかった。
 二人の女性警官が退室するのを見届けてから、口を開く局長だった。
「さて、まずは名前・生年月日から聞こうか」
「そんなことよりも、覚醒剤の入手先をお知りになりたいんじゃなくて?」
「それもそうだが、一応決まりだからな」
「決まりと言いながら、女性警察官を追い出したのはどうしてですの? まさか、わたしを女装趣味の男性とでもお思いになれたのですか」
 例の女装仲買人のことをほのめかす。
 局長の顔が一瞬引き攣ったようだが、
「いや、君を見れば本物の女性だと判るよ。女装者にはない、気品が漂っているからね。正真正銘のね」
 まあ……生まれたときからずっと、女性として育てられたものね。
 言葉使いから仕草から、徹底的に母から教えられた。
「ただ他に聞かれたくない内容になりそうなのでね」
「そうでしたの……いいわ。名前は、斉藤真樹。誕生日は……」
 素直に自分の身分を明かしていく。
 どうせ持っていた運転免許証を見られているんだ。
 隠してもしようがない。
「さてと、決まり文句が済んだところで本題に入ろうか」
 局長の目つきが変わった。
 警察官と言うよりも、検察官に近いそれは、「言わなければどうなるか判っているな」と語っている。
「入手先だよ」
 やっぱりね。
「その前に昼食にしませんか? まだお昼食べていませんの」
「ふふん。さすがに、麻薬取り引きしようというだけあって、性根が座っているな。いいだろう、食べさせてやろう」
「ありがとうございます。それじゃあ……」
 というわけで、この当たりで一番手軽でお待ち帰りできるファーストフードを注文する。


刑事ドラマやアニメなどで、白い粉をペロリと舐めて「麻薬だ!」というシーンが登場しますが、あれはフェイクです。万が一「青酸カリ」だったりしたらあの世行きですから、麻薬取締官や司法警察官はやりません。
シティーハンター「冴子の妹は女探偵(野上麗香)」の回などが有名ですね。

なお、本文の内容は執筆当時のものです。羊蹄丸は、2011年の閉館後に解体されました。

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特務捜査官レディー(二十三)新情報
2021.07.27

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十三)化粧指南

 彼女の元に戻る。
 化粧道具をちゃぶ台の上に広げ鏡を置いて、彼女に化粧の仕方を教える。
「産毛を剃りましょうね」
 女性用剃刀で丁寧に産毛を剃り落としてゆく。これをやらないと化粧品のノリが悪くなる。
「まずは下地クリームからね。化粧の乗りを左右する大切なことだから手を抜いちゃだめなの」
 というようにして、基礎からしっかりと教えながら化粧を施していく。
 他人に化粧して貰うことなどはじめてなのであろう。
 目を見開いてしっかりと、わたしの手の動きを追っている。
「初心者のよくやる失敗はね。クリームを塗りすぎることなのよ。ほんの少しだけつけてね、よーく延ばしていくの」
 ファンデーションやチークやら、ひとつひとつ懇切丁寧に指導してゆく。
 彼女のほうも真剣に聞いていた。
「そしてここからが一番難しいアイメークよ。目は女性の命だし、一番視線が集中するから、手を抜かずにきっちりと、ポイントを押さえていくの」
 アイブロー、アイシャドーやアイラインなど、まばたきをするからせっかくの化粧が落ちたり汚れたりしないように丁寧に行う。なんといってもぼかしのテクニックが出来を左右するといってもいいかもね。
 止めは口紅。リップライナーでしっかりと輪郭をとってから、中身を塗つぶしていく。
 まだまだやらなきゃならない事もあるけど、初めてなんだから取りあえずはこんなものでしょう。
「はい。出来上がりよ」
 と、鏡を彼女の前に差し出す。
 どこから見ても本物の女性と見違えるくらいの完璧な化粧だった。
「これが、あたし?」
 本人もあまりの変身振りに驚いて唖然としていた。
「ね? 素敵な女性になったでしょ。どこから見ても、まさか女装している人には見えないわよ」
「あ、ありがとう……」
 素直にお礼を言われた。
 まあ、これで少しはガードが下がるでしょう。
 取りあえず今日のところはこれくらいにしておきましょう。
 何事も順序が肝心なのよね。
 それなりの取調べ? を終えて、彼女を女性用の留置室に特別に入れてもらうようにしてもらった。何せ化粧をしタイトスカートな女性用スーツを着ているのだ。通路から丸見えの男性用留置室に入れるのは酷である。

 翌日も取り調べ室に彼女と二人で差し向かうわたし。
「女性用の留置場に入れるようにしてくれのはあなたね?」
「だって、男性用の留置場って酷いじゃない」
 最近の留置場における女性に対する扱いはかなり柔軟になってきているようだ。例えば警察庁の留置場で説明すると、男性用の留置場は看守席から良く見えるような位置にあって、室内が通路から鉄格子ごしに丸見えになっており完全にプライバシーがなかった。よく映画で見られるようなずらりと檻が一列に並んでいる監房とほとんど同じである。それに引き換え女性用は通路からまず前室のような部屋があって個室のような雰囲気のある造りになっている。
 また男性が所持品をきびしく制限されているのに対し、女性の方は身だしなみに必要な化粧品やくし・ヘアブラシなどを前室にある洗面所で使うことができる。
 もちろん彼女のために化粧道具を留置所に用意してあげたのもわたしだ。
 替えの新しいランジェリーも差し入れしてあげた。
「それじゃあ、今日もお化粧の練習しましょう。眉の手入れとマスカラをメニューに入れたからね」
 

 さらに数日間。
 彼女を女性として扱い、まずは化粧の勉強から始まる一日の繰り返しだった。
 そんなわたしの献身的な? 扱い方によって頑なだった彼女の心が少しずつ和らいできていた。
 女装をはじめたきっかけや、衣装をどこで買ってるなどといった会話。
 気楽に化粧やファッションなどの女性的な話題で盛り上がっていた。
 そして……。
「いいわ。あなたには随分良くしてもらったから、一番知りたがっている情報を教えてあげる」
 ある日突然、彼女がこう言い出した。
「覚醒剤の入手先は、某警察署の生活安全局の局長よ」
 と、ついに白状したのである。
「麻薬課が押収した覚醒剤を、こっそり横流ししているの。それを運び人が受け取ってわたしが仲買い人となり売人達に売り渡していたのよ」
「ありがとう」
「わたしを女性として扱ってくれたお礼よ。ここを出たらまた男性監房に逆戻りだろうけど、ここにいる間だけでも自分が女性になれた気分を与えてくれたことに感謝するわ」
 彼女の言うとおり、留置場での捜査が終われば、検察官の起訴・不起訴の審議となり、起訴となれば拘置所へ送られる。犯罪容疑者を前提とする拘置所は留置場ほど環境はよくなっていない。
「起訴されても、せめて執行猶予がつくことを祈ってるわ」
「だといいんだけどね」

 こうしてわたしの彼女に対する取調べは終わった。


 その過程で手に入れた飛び切りの情報。
 某警察署生活安全局局長が麻薬課が押収して保管している覚醒剤を横流ししている。

「それは、ほんとうかね?」
 彼女から得た最新情報を課長に伝える。
「警察のキャリア組が麻薬の横流しとは……世も末だな」
「課長……。あまり驚かれていませんね」
「ああ……。実は別のルートからその局長が麻薬の横流しをしている情報を掴んでいたんだ」
「なぜ、逮捕しないんですか?」
「何せ、警察という組織の中で行われていることだろう? その局長が横流しをしているという情報はあっても、確証がまだ得られていないんだ」
「証拠不十分ですか?」
「そういうことだ。手は尽くしているんだが、なかなかねえ。縦割り行政の壁という奴だ」
「そうでしたか……」
 この麻薬取締部でも、あの局長には手をこまねいているということだ。
 今回の覚醒剤取引のことをみてもわかるように二重・三重に防御策を施している。
「では、警察内部に密かに協力者を募るというのはどうでしょうか? 特に麻薬課に所属する警察官をです」
「協力者? かね……」
「はい。実は、心当たりがあるんです」
「大丈夫なんだろうね。問題が起きたりはしないか?」
「問題が起きるのを心配して、行動に移さなければ、その間にも多くの麻薬患者が苦しみ続け、新しい患者を増やしているのですよ」
「それはそうなんだが……」
「課長!」
 私はいつになく高揚していた。
 このまま放って置いては、ひろし君のような第二の事件が置きかねないのである。
「わ、わかった。その警察官? かね。一度内密に合わせてくれないか?」

 ということで、課長に敬を紹介することにした。
「生活安全部麻薬銃器課の沢渡敬です」
 敬礼して課長に挨拶する敬だった。
「君かね。協力者となってくれるというのは」
「はい、そうです」
「協力するということは、君のところの局長が何をしているかを知っているということだね?」
「もちろんです。そのために命をも狙われました」
「ほんとうかね?」
「ええ、ニューヨークへ飛ばされた挙句にです」
 敬は、ニューヨークで起きた事件を説明しだした。もちろんニューヨーク市警署長のことは伏せている。
「……なるほど、日本では、事故にしても殺人にしても、警察官が死ねば必ずニュースになる。それが地球の裏側で殺人が横行するニューヨークなら、単なる殉職として済まされてしまうことが多いし、犯人捜査も全部向こう任せだ。もし、局長が手引きしていたとしても手掛かりは闇に葬りさられるだろうしな」
「まあ、そんなわけで命からがら舞い戻ってきました」
「そこまでされたのに、よく警察官に復職でたものだ」
「局長を引き摺り下ろしたい一身ですよ。もう一度私を手に掛けようとすれば、逆にその首根っこを掴まえてやりますよ。局長も、それが判っているから、すぐには手を出せないでいるわけです。でも水面下では何らかの手を打っていると思います」
「うーむ……。難しいな」
「そこで、ちょいと罠をしかけてやれば引っかかるかも知れません」
「まかり間違えば命を落とすことになりはしないかね?」
「ありうるでしょう。しかし、組織の上層部にいる局長を、その座から引き摺り下ろすには、こちらもそれなりの覚悟が必要でしょう」
「で、具体的にどうするのだ?」
「局長を動かすには、やはり薬でしょう。だよな、真樹」
 と言ってわたしに微笑みかける敬だった。
「ええ」
「おとり捜査か! しかも真樹君を使うのか?」
「そうです。わたしと局長は、たぶん……面識がありませんから」
 黒沢先生の整形手術は完璧なまでに、他人に仕上げてくれた。気づかれることはないだろう。
「しかし、いくらなんでも、それは……」
「課長! 何度も言わせないで下さいよ。局長を放っておいたら」
「わかっている! 君がそこまで言うのなら、まかせるよ。で、どうしたらいいんだ。地方警察官と麻薬取締官との連携捜査となる方法だ」
「それはですね……」
 乗り出すようにして、敬が説明をはじめた。

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