性転換倶楽部/性転換薬 XX (五)
2019.05.14


性転換倶楽部/性転換薬 XX(ダブルエックス)


(五)性転換の説明(長いぞ~)

 研究員は補足説明をはじめた。
「男性の場合のミュラー管は、退化はしたものの完全に消滅したわけではありません。
性転換薬は、その退化したミュラー管に直接働き掛けて、活性化を促して子宮と膣な
どを発生させます。そして反対にウォルフ管から分化した前立腺などを、強制退縮さ
せます。やがて男性内性器から女性内性器に一新されてしまうわけです」
 なるほど、ミュラー管に目をつけるとはさすがだな。女性に生まれ変わりたいと願
って、日頃から勉強と研究を重ねていたのだろう。
「もちろん内性器の再分化だけでは、それこそ半陰陽でしかありません。外性器も同
時に進行しなければいけません。内性器さえ出来上がっていれば、形成外科的に構築
する方法もありますし、生殖には何ら問題はないですけれどもね。しかしこの薬は、
それさえもやってのける万能薬です。まあ、その過程は実際に経験してご自分の目で
確認してください」
「なんだ、教えてくれないのか?」
「ええ。一切合財知ってしまったら、感動が薄れてしまうじゃないですか。本当に素
晴らしいというか、劇的な身体の変化を観察してください」
「観察ねえ……」
 内性器は、いくら変化しても外見からでは判断できない。だから研究員は説明して
くれたのだろう。それに比べて外性器は、一目瞭然としてその変化を逐一見る事がで
きるから、自分の目で直接観察してくれというのだろう。
 論より証拠というわけだ。
「チンパンジーの話しに戻りますね。観察では、三日目には外陰部が女性器に変わっ
てしまい、七日目には完全に性転換が完了しました」
「うーむ。チンパンジーで一週間なら、人間なら一ヶ月くらいはかかるかな……」
「性転換薬だけでも十分女性化しますが、念のために女性ホルモンを投与してくださ
い。効果がさらに発揮されるはずです」
「わかった。産婦人科医だから、それは問題ない」
「それと成長ホルモンが十分に分泌されるためにも、睡眠はたっぷり取ってください。
脳下垂体は、眠っている間に成長ホルモンを産生分泌しますから」
「そうだな。寝る子は育つというわけか」
「ここにその後に注意していただきたい事柄を、詳しく説明してあります。良く読ん
で、治療が必要な時は迷わず実行してください」
 と、厚めの冊子を手渡してくれた。
 ぺらぺらとめくって拾い読みしてみる。
 三食しっかり食べる事、喫煙・飲酒を絶つ事、十分な睡眠。日頃の生活上での注意
事項が綴られている。
 さらには、血中ホルモン濃度、血液凝固反応、骨密度、体脂肪率などなどの計測の
実施。産婦人科で日常的に行われることが記されている。
 その中でも特に注意を引いたのは骨盤計測の項目である。
 骨盤外計測(棘間経、大転子間経、外結合線……)
 骨盤腔(産科真結合線、骨盤峡……)
 その他項目。
 妊娠・出産が正常に行われるかどうかを確認する為に、産婦人科医は必ず妊婦の骨
盤の諸経を計測しなければならないが、そのなかでも胎児が通過する産道にある、骨
盤腔産科真結合線の計測は絶対必要な項目である。この計測結果によって自然分娩に
するか帝王切開にするかを判断する。なお骨盤腔は、開腹してみなければ実測は出せ
ないので、X線撮影法か、触診及び外経から推測するしかない。
「しかし、産婦人科医しか知らないこんな専門的なところまでも調べ上げているとは。
驚異としか言えないな」
 薬剤師にはほとんど必要のない事柄までを詳細に勉強している。
 まあ性転換薬を作り上げるには、女性の骨格から生理、外面・内面すべてのプロセ
スに渡って詳細に知り尽くしていなければ、完成させることはできないというわけか。
「他に何か注意事項はあるかね」
「いえ、以上です」
「そうか、ご苦労だった」
「それでは、失礼します」
 一礼して退室する研究員。
 彼女の役目はここまでだ。
 研究員の任務は薬を開発する事。完成された薬を、実際の患者に使用するのは医者
の役目であり、その後の患者の容体を見届けるのも医者だ。薬剤の使用によって患者
に何か起こった場合、責任を取らなければならないのは医者であり、研究員は免罪さ
れるのが常だ。薬剤を開発したことが問われるのではなくて、その薬剤の効能を十二
分に理解して投与した医者にこそ責任がある。
 つまり今回の性転換薬投与は、すべて私自身の責任であり、研究員には何の咎めも
受けない。
「お父さん、気分はどうですか?」
 由香里が心配そうに私の表情を伺っている。
「ああ、今のところ大丈夫だ。まあ、おそらく今夜辺りから何らかの症状が現われる
と思うがたいしたことはないだろう」
 そう答えた背景には、スーパー薬を投薬された里美の実体験のことが頭にあった。
「あたし、心配ですから。毎朝様子を見に行きます」
「そうか……。じゃあ、よろしく頼むよ」
 果たして今後どうなるものかと尋ねられても、誰も答えられる者はいない。何せ世
界初というべき人体実験なんだから。誰かがそばにいてくれれば心が安らぐ。由香里
は毎日来訪して夕食を作ってくれているので、都合朝夕の二回顔を会わせる事になる。

 それから私の身に起きた劇的な変化は、言葉だけではとても言い尽くせないもので
あった。自分では確認できない兆候もあるので、由香里の証言を含めて記述していこ
うと思う。


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