思いはるかな甲子園~アクシデント~
2021.07.02

思いはるかな甲子園


■ アクシデント ■

『さあ、ワンアウト、一・三塁。絶好の先取点のチャンスです。さて栄進高校どういう作戦にでるでしょうか』
『通常ならスクイズバントというところでしょうが、三塁ランナーはかなり疲れています。これ以上、ピッチャーの真条寺君を疲れさせるわけにはいかないでしょう。やはりここはヒッティングが無難でしょうね』
『城東学園、一応スクイズにも警戒して、通常の守備に戻りました』
『疲れ切っている足の遅い真条寺君を。本塁でタッチアウトする体制ですね。たぶん内野安打程度ではアウトになるでしょう』
『さて次の打順は、ショートの城之内君です。長打はありませんが、守備の甘いところを狙って確実にヒットしてきます』
『選球眼とバットコントロールがずば抜けているんです。甘い球は絶対見逃しません。ただ、沢渡君や山中君ほど長打力はありませんからねえ。この場面ではつらいかも知れません』


 素振りをしながらバッターボックスに向かう城之内。梓の方をちらりと見て、
「梓ちゃんをホームに迎えたいが、内野安打や外野飛球程度ではアウトになるな……一発長打を狙うしかないか。たとえ梓ちゃんがアウトになっても木田が三塁に行けば次の打者で何とかなるかもしれないし。よし、梓ちゃんからのサインはないし、自由にやれということだから、思いっきり振りぬいてやる」
 ゆっくりとバッターボックスに入る城之内。

 堀米、梓の方をちらりと見てから投球モーションに入る。

『ピッチャー投げました!』

「絶対に梓ちゃんを返すんだ!」
 全力で振りぬく城之内。
 カキーン!
 見事バットの真芯でボールを捕らえて、ボールは低空を一直線にフェンスへ直撃する。

『打ったあ! ライナーでフェンス直撃です。これでは、守備でも抜群の沢渡君とて、補球は不可能です』
『さすがですね、城之内君の打撃センスは抜群です、今のような長打力が身に付けば、沢渡君にも匹敵するスラッガーになれるでしょう』
『真条寺君、楽々ホームインです。おおっと! 一塁の木田君、二塁を蹴って三塁に走ります。これは無謀だ! 沢渡君から返球されて……アウト! アウトです』


 三塁ベース上、砂塵を巻き上げながら頭から突入し、憤死した木田が倒れている。
 やがてゆっくりと立ち上がって、ユニフォームについた泥を叩き落としながら
「うーん。やっぱり無茶だったか……」
 とつぶやいてベンチに戻る。
 梓が出迎える。
「惜しかったですね」
 にっこり微笑んで健闘を湛えている。
「すまん。梓ちゃん」
「いいんですよ。それより、ナイスバントでした。あれが成功したから点が取れたんですから」
「ありがとう」
「あ、キャプテンが打ちますよ」
 バッターボックスに入る山中主将に手を振る梓。
 前の三人に続けとばかりに意気込む山中であったが、惜しくもサードゴロに倒れてしまう。

「さあ、梓ちゃん。最終回だ、頑張ろう!」
「打たせていいからね。ばっちり守ってみせるから」
 次々に梓の肩を叩いてグランドに駆け出す部員達。
 後を追ってゆっくりとマウンドに向かう梓。

『さあ、最終回です。栄進高校、八回の貴重な1点を守りきる事ができますか。最後の守りに就きます』
『真条寺君、グランド一周してかなり疲れていますからねえ。延長戦になっては持ちません。この回をどう切り抜くか、見物です』
『それにしても、強打揃いの城東打線を相手に、七回以降フォアボールと内野のエラーで一塁に出した意外は、これまで誰一人二塁を踏ませていません。実に素晴らしい投手です。このままいけば、ノーヒットノーランが成立するかも知れません』
『まるで去年のエース投手長居浩二君を思わせますね。これまでの試合運びをみていますと、長居選手とよく似た感じが伝わってきます。もしかしたら、甲子園を目前として逝った長居選手の思いが、彼に乗り移っているのかも知れませんね。八回裏の攻撃で見せた彼の執念は、鬼神迫るものがありましたからね。尋常な精神力ではとうてい成し得ないでしょう』
『さあ、城東は二番からの打順となります。佐々木君がバッターボックスに入りました。先頭打者として出塁し、逆転の足掛かりとなれるでしょうか』


 梓、ゆっくりと投球モーションに入る。

『さあ、第一球目、投げました』

 梓の手元から放たれたボールが打者の胸元に食い込むように進入する。
「ノーヒットノーランになんかされてたまるか!」
 意地を見せた佐々木の打ったボールが梓を襲った。

『ピッチャー直撃だ! あ、マウンドの端で、イレギュラーバウンドした。ボールは真条寺君の帽子のつばにあたって、弾き飛ばした。ボールはセカンドがカバーしてファーストへ。アウトです』

 梓の髪が、帽子が飛ばされたはずみで、留めていたヘアピンが外れて、ふわりと垂れ下がった。

『おおっと、これは! 真条寺君、帽子が飛ばされ、髪がほどけてしまいました。ずいぶん長いですねえ、腰のあたりまでありそうです』
『いや、あれは女の子ですよ』
『え? そういえば、小柄な身体つきといい、まさかとは思いますが、よくよく見れば確かに女子生徒のようです』
『試合が中断されます。ただ今、審判達が真条寺君の所に集まっております。どうやら真偽のほどを確かめているようです』
『栄進高校の部員達もマウンドに集まり、主将の山中君が事情説明しているようです』
『城東高校の監督が呼ばれます』
『真条寺君が女子生徒ならば、これは没収試合ですね。ノーヒットノーランを目前にして非常に残念です。電光掲示板に八回表まで続いている”0”という数字ももはや記録として残らなくなります』
『高校野球連盟の規定では女子生徒は出場することが出来ないことになっております。ここまでの好投もすべて水の泡となってしまうのでしょうか。私個人の希望としてはこのまま投げさせてやりたいという気持ちで一杯です。しかしルールは厳粛です。野球がルールにのっとって行われる以上、ルールを無視することは出来ません』『それにしても栄進高校、去年の夏の試合といいこの大会といい決勝戦まできながらまたもやエース投手不在のまま敗退していくのでしょうか』


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