思いはるかな甲子園~思いはるか~
2021.07.04

思いはるかな甲子園


■ 思いはるか ■

『栄進高校のナイン、ダグアウト前に円陣を組みました』

 山中主将が激を飛ばす。
「いいか。泣いても笑ってもこの回までだ。参考試合になったからと言って気を抜くなよ」
「はい!」
「見ろよ。浩二も観客席から観戦している」
 と観客席で浩二の母親が抱いている遺影を指し示す。
 梓もその姿を見て胸に熱い感情が沸き起こる。
「決勝戦を前に逝ったあいつのためにも、恥ずかしい試合はするな。全精力を掛けて守れ、走れ。自分の所に飛んできたボールは死んでも取れ!」
 山中が円陣の中心に手を差し出す。
 全員がその手に自分の手を重ねる。
「いくぞ、ファイト!」
「おお!」
 気合を入れる一同。
 そして守備へと駆け足で散っていくナイン。

『さあ!栄進高校のナインが守備に付きます。九回の攻防戦が始まりました』
『真条寺君、マウンドに登りました。そして山中捕手に対して準備投球』


 プレートを踏みしめてゆっくりと山中めがけて投げ込む梓。
 スピードはないが確かなコントロールで山中のミットに収まる。
「よし!」
 山中が手ごたえを感じながら、返球する。

『既定の3球を投げて、さあ!いよいよプレイボールです』

 捕手の山中主将がマウンドに歩み寄り、捕球したボールを手渡しながら、
「すべて君に任せる。好きな時に好きなように投げろ!すべて俺が受け止める」
「わかりました」
 にっこりと笑顔を見せる梓。
「いい顔だ」
 梓の肩を叩いて、キャッチャボックスに向かう。
 ミットをポンポンと叩いて構える山中。
 梓は野手に向かって、人差し指を高く捧げて大声で叫ぶ。
「ワンアウト!」
「おおお!」
 野手からも大きな返答が返ってくる。

 前に向き直り、ロジンバックを手に取る。
 城東の打者はすでにバッターボックスに入っている。
「プレイ!」
 アンパイアの試合再開の合図が響く。

『さあ、真条寺君気を取り直して、セットポジションにつきました。ランナーはいませんが制球という点でこちらの方が良いのでしょう』
『城東相手では、スピードは関係ありませんからね』
『果して試合の中断がどれだけ影響しているかはわかりませんが、ノーヒットノーランを目指して投球動作に入りました』
『いえ、参考試合ですから、ノーヒットノーランというのはおかしいでしょう。記録に残りませんし』
『そうです、失礼いたしました。参考試合ですので、ノーヒットノーランは成立しません』


「ストライク!」
 審判の手が高々と上がる。

『第一球、ストライクです。コントロールは相変わらず抜群です。スピードはありませんが、ボールが地面すれすれから這いあがるようにしてストライクコースを通る独特の下手投げと、微妙なコースを巧みについて打者を翻弄。フォアボールと内野手エラーが四つありましたが、これまで、セカンドベースを踏んだ選手は一人もいません』
『三振! ツーアウトです。二人目の打者も見事討ち取りました。さあ、残すはあと一人です。ネクストバッターサークルの沢渡選手、ゆっくりと立ち上がってバッターボックスへ歩きます』


 沢渡、帽子を取り主審に一礼してからバッターボックスに入る。
 マウンド上では、梓が足先で地面をならしている。
 梓に視線を送りながら、
「とうとう、ここまできたな梓さん。いや、浩二君というべきかな……梓さんの野球センスは浩二君そのままだ。城東に対し、これだけ苦戦させられるのは、浩二君しかいない。やはり君の魂が、甲子園を目前にして逝った君の思いが、梓さんに乗り移っているのだろう?」
 その背後に浩二の姿を感じている沢渡であった。
「しかし、僕は手加減しないよ。それが浩二君、君への手向けになると信じるからだ」

『さあ、今季高校球界随一と称されるスラッガー沢渡君に対して、どのようなピッチングを見せてくれるのでしょうか。第1球投げました』

「ストライク!」
 主審の手が上がる。

『ストライクです。沢渡君ピクリとも動きません。ボールが返球されます』
『見ているだけなのに、こちらの方が緊張しますね』
『まったくですね。真条寺君、第二球を投げます。ストライク! 沢渡君、二球目も見送りました』
『おそらく球筋をみているのでしょう。彼にはカウントなど関係ないですから』
『真条寺君、流れる汗をユニフォームの袖で拭いました。ロジンバッグを拾って、滑り止めします』


 空を仰いでいる梓。
「入院している時からずっとやさしく看病してくれたお母さん。いやな顔もせずにキャッチボールに付き合ってくれ、相談に乗ってくれたお父さん。これが終わったら精一杯親孝行するからね。そして野球部のみんな、ありがとう。甲子園に行くのをあきらめてまで、このボクにすべてを預けてくれたみんなの思いを、野球にたいする情熱を無駄にしてはいけない」
 つと観客席の母親に視線を移す。
(母さん……。親孝行できなかったけど、この試合ぜひとも勝って、せめて安堵させてあげたい」
「浩二がやり残した思いを、この一球に」
 梓、ボールをぎゅっと握りしめて、プレートに足をかけてゆっくりと両手を振り被る。

「この一球に、すべてをかける」


背番号のないエース 作詞:売野雅勇/作曲・編曲:芹澤廣明

「浩二君、こい!」
 沢渡もバットを握り締めて、打撃の体勢にとる。

『さあ真条寺君、最後の投球になりますか、足をあげて、投げました!』

 一球入魂。全精神を注ぎこんだボールが梓の手から放たれ、地を這うように捕手のミットへ、打者の沢渡の胸元へと走る。

 カキーン!

 するどい球音とともに梓の顔をかすめるようにライナーで飛んでいく。

『打ったあ! 球はセンター方向に一直線だ。これは大きい! ホームランか?』

 センターの郷田が全速力で追っている。
「ちきしょう! 絶対に取ってみせるぜ」
 フェンスをかけ登る郷田。

『なんと! センターの郷田君、フェンスによじ登りました。すごい執念です。しかし、届かないか? あ、ジャンプしました。取った、取りました。しかし勢いついたまま地面に激突だ!』

 ホームランボールを補球した体勢のままグランドに落下する郷田。地面に激突し砂塵を舞い上げたその身体はぴくりとも動かない。
 観客席の人々が、フェンス越しに身体を乗り出して見つめている。
 時折センターに目を移しながらベースを回る沢渡。

『郷田君、グランドに倒れたまま動きません。大丈夫でしょうか。そしてボールは?』

 梓、倒れたまま身動きしない郷田を心配そうに見つめている。
「郷田君……」
 郷田のもとに集まってゆく外野手とショートそして塁審。

『センター動きません。脳震頭でもおこしたか……あ、起き上がりました』

 郷田、右腕支持横臥の状態からグラブを高々と挙げる。グラブの中に白い球が入っている。
 塁審、手を挙げてアウトを宣告する。

『取った! 取りました、アウトです。ゲームセット、試合終了!』

 県大会会場。
 球場がわれんばかりの大歓声につつまれている。
 飛び散る紙吹雪。

『ご覧ください、お聞きください! 観客席の人達が総立ちで、マウンド上の真条寺梓さんに対して、惜しみない拍手喝采を送っております』
『女性ながらも、九回を守って参考試合ながらもノーヒットノーランを成し遂げました。男である私も脱帽です』


 浩二としてやり残したことを成し遂げた梓。
「ありがとう、みんな。これで思い残す事はもうない……」
 空を仰ぐその瞳からは涙が流れ落ちる。
 そして足元から崩れるようにマウンド場に倒れる梓。
 薄れる意識の中で、浩二だった頃の記憶が次々と蘇り、そして消えていった。

 部員達が全員、梓のもとに駆け寄っていく。

 梓よ、今日の日をありがとう。
 そして……。
 さようなら、甲子園。

 【思いはるかな甲子園】 了

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