銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十五章 トランター陥落 V
2021.05.17
第二十五章 トランター陥落
V
タルシエン要塞。
士官用の喫茶室にアレックスと参謀達が集っていた。
いわゆるお茶を飲みながらの作戦会議といったところである。
連邦が現れたのは絶対防衛圏内だから、自分らにはお呼びは掛からないし、ここからではどうしようもないからである。
「絶対防衛艦隊および連邦軍艦隊が動き出しました」
パトリシアが新たなニュースを持って入ってきた。
「やっと動いたか」
「同盟軍の艦隊は総勢三百万隻。対する連邦軍は八十万隻です」
「しかし同盟軍はともかく連邦軍が一時進軍を停止していたのは何故でしょうか? まるで同盟軍が動き出すまで待っていたふしが見られます」
ジェシカが質問の声を挙げた。
「待っていたんだよ。同盟軍が集結し一団となって迎撃に向かって来るのをね。どうやら連邦は、スティール・メイスンというべきかな……、同盟軍を一気に壊滅させるつもりのようだ」
「両艦隊の遭遇推定位置、ベラケルス恒星系と思われます」
「ベラケルスか……。赤色超巨星だな。この戦い、ベラケルスに先に着いたほうが勝つ」
「どういうことですか。敵は八十万隻にたいして我が方は四倍近い三百万隻ですよ」
「艦船の数は関係ない。我が軍が一億、一兆隻の艦隊で向かったとしても、先にベラケルスに到着したたった一隻の敵艦によって壊滅させられることだって可能だよ」
「馬鹿な」
「提督……まさか、あの作戦を」
パトリシアが気づいたようだ。
何かにつけてアレックスと共に、机上の戦術プランを練り上げてきたので、該当する作戦プランがあるのを思い出したのだ。
「その、まさかさ。どうやら、敵将も考え付いたようだ。進撃コースをわざわざ遠回りとなる、ベラケルスを経由しているところをみるとな」
「はい。同盟が全速で向かっているのにたいし、連邦は丁度恒星ベラケルスに十分差で先に到着できるように艦隊速度を加減している節がみられます」
「どういうことですか。私にもわけを話してください」
ジェシカが再び質問する。
疑問が生じればすぐに解決しようとする性格だからだ。
「恒星ベラケルスは、いつ超新星爆発を起こすかどうかという赤色超巨星だ。中心部では重力を支えきれなくなって、すでに重力崩壊がはじまっている。そこへブラックホール爆弾をぶち込んでやればどうなると思う?」
「あ……」
一同が息を呑んだ。
ゴードンが一番に答える。
「そうか! 超巨星は急速な爆縮と同時に超新星爆発を起こして、近くにいた艦隊は全滅するってことですね」
「でも条件は両軍とも同じではないですか」
「いや、違うな。超爆といっても巨大な恒星だ。中心部で重力崩壊が起こって衝撃波が発生する。その衝撃波が外縁部に伝わり超新星爆発となるまでには時間がかかる。超新星爆発という現象は、中心核で起こった重力崩壊の衝撃波が恒星表面に達してはじめて大爆発を引き起こすのだ。通常の超新星爆発は、重力崩壊が始まって数千年から数万年かかると言われている。だがブラックホール爆弾を使って爆縮を起こせばすぐに始まる」
「へえ、そうなんですか? 知りませんでした。さすが宇宙って、人間の尺度で測りきれない物差しを持っているんですね」
「それじゃあ、意味がないじゃないですか。中心核で爆縮が起こっていても、見た目何も起こっていないということでしょう?」
フランソワが尋ねる。
「違うな。確かに見た目は変わらないように見える。だが、ニュートリノだけは恒星中心から光速に近い速度で伝わってゆくので、数秒後にニュートリノバーストが艦隊を襲うことになる。ニュートリノに襲われた艦隊がどうなるかわかるか?」
「ニュートリノってのは、ものすごい透過力を持っていて、どんな物質でも突き抜けてしまうんですよね。それでも非常にごくまれに、原子核と衝突して光を発生するってのは知ってます」
「正確には原子核をニュートリノが叩いた時に発生する光速の陽電子が水中を通過するときにチェレンフ光として輝くのだよ。艦には光コンピューターをはじめとして、光電子管やら光ファイバー網があって、チェレンコフ光によってそれらがすべて一時使用不能になるってこと」
「でも水中ではありませんよ。人体なら輝くでしょうけど」
「だがチェレンコフ光として観測されているのは実験室内だけだ。これが恒星のすぐそばで桁違いの数のニュートリノが通過すればどうなるか判らないだろう。それにどんな物質にも水分が含まれているしな」
「まあ、ともかく艦の制御が出来ない空白の時間が発生するということですよね……」
「制御が出来なくても、艦は慣性で進行方向にそのまま進んでいく。その時、ベラケルスから遠ざかる位置にある艦隊と、近づきつつある艦隊では?」
「ああ!」
「ニュートリノバーストが止んだ時には、すでに艦隊はすれ違っていて、相対位置が逆転している。やがて超爆が起こった時に、連邦は当然ワープ体制に入っているだろうから、即座にワープして逃げることが出来るのにたいして、同盟はターンして恒星を待避しつつワープ準備をしてからでないとワープに入れない。おそらく超爆には間に合わないだろう」
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十五章 トランター陥落 Ⅳ
2021.05.16
第二十五章 トランター陥落
Ⅳ
要塞中央コントロール。
「陽子反陽子対消滅エネルギー砲は、正常に作動、発射されました」
「よし、マニュアルに沿って、各種のチェック項目を実施せよ」
マニュアルには、発射直後から確認すべき要塞損傷状態の確認チェックや素粒子被爆線量測定などの手順が各項目ごとに詳細に書き綴られていた。そのチェック項目は多岐に渡るために、いちいち口頭で指示などしていられないのである。
「ふう……」
とため息をつくフリード。
その肩に手を置いてアレックスが労った。
「ご苦労様。後は任せて休憩したまえ。報告は後で君のところへ送るよ」
「了解しました」
席を立ち上がり、退室するフリード。
その後姿を見ながらパトリシアが感心する。
「無事に発射成功しましたね。それもこれもフリードさんのおかげですね。発射マニュアルのない状態から、独自に調べ上げて複雑な行程を網羅した詳細マニュアルを作成しちゃうんですから」
「そこが天才たる所以だな」
「これで一安心ですね。要塞砲をタルシエンの橋に照準を合わせておけば……」
フランソワも間に入ってくる。
「いや。もう二度と要塞砲は発射することはないだろう。今回が最初で最後の試射だ」
「え? どういうことですか」
「今後はその必要性がなくなるからだ」
「詳しく説明していただけませんか?」
フランソワが興味津々の表情で尋ねてくる。
「内緒だ!」
といって、笑って答えないアレックス。
「ていとくう~。それはないですよお」
食い下がって、ぜひとも聞き出そうとするフランソワ。
「フランソワ。やめなさいね」
「でもお……」
「さあさあ、休憩時間よ。行くわよ」
とフランソワの背中を押して出て行くパトリシア。
「あん!」
それから二週間が過ぎ去った。
タルシエンを奪取され、通常航行での共和国同盟への進撃ルートを絶たれたバーナード星系連邦は、不気味なほどに静かだった。
これまではタルシエンと敵母星の間に頻繁に行われていた通信が途絶えたことで、傍受による敵軍の情勢も知りうることができなくなっていた。もっともレイチェルがトランターに極秘任務で居残ってしまって、ここにいないことも原因の一つでもあるが。
「ほんとに静かですね……静か過ぎて、余計に不気味に感じます」
つい先ほど哨戒の任務を終えて戻ってきたゴードンがこぼしている。戦いの場を失って暇を持て余している雰囲気が滲み出ていた。
その時、警報が鳴り渡った。
「なんだ!」
オペレーター達に緊張が走る。
「統帥本部から入電!」
「報告しろ」
「ソロモン海域に、敵艦隊を発見との報です」
「ソロモン海域? 絶対防衛圏内じゃないか。詳細は?」
「ソロモン海域にある無人監視衛星の重力探知機が、ワープアウトした敵艦隊を探知。戦艦が四隻ずつ並んで進撃しているところをカメラがキャッチしました」
「四隻ずつ並んで?」
「そうです」
「そうか……。やはり、その作戦できたか」
「え? どういうことですか」
「タルシエンからの侵略を諦めて、ハイパーワープドライブエンジンによる長距離ワープを使って、絶対防衛圏内への直接攻撃に踏み切ったというわけだよ」
「しかし、大河を渡ることのできるハイパーワープは燃料を大量消費して、ぎりぎり往復するだけの航続距離しかありません。絶対防衛圏内に踏み込んでの継続的な戦闘は不可能とされています。だからこそ連邦はタルシエンの橋の出口に要塞を築いて橋頭堡となし、そこから侵略を続けていたんじゃないですか」
「では聞くが、敵戦艦が仲良く四隻ずつ並んでいたことの理由が判るか?」
「判りません。どういうことですか?」
「多段式の打ち上げロケットを考えてみたまえ。ペイロードを宇宙へ運ぶのに、一段目・二段目・三段目という具合に各段のロケットを順番に使って燃焼加速を行い、燃焼が終了すれば切り離されるだろう? 打ち上げロケットで何が一番重量を増やしているかといえば燃料そのものの重量だ。下の段が切り離されれば当然全体の重量は軽くなるし、上の段にいくほど燃料消費量は少なくて済む。本体ロケットに取り付けられたブースターエンジンでもいい。要は最終段のロケットは、出番がくるまではずっと押し上げて貰うだけで、燃料を温存しているということさ」
「ブースター? そうか、判りましたよ。四隻のうち、たぶん三隻がブースター役で、残りの一隻を運ぶだけなのでしょう。おそらくこの後、引き返すのではないですか?」
「理解できたようだな」
「しかしそれでは、戦闘に参加できる艦艇数が限られてしまいます。百万隻を下るのではないでしょうか。対して絶対防衛艦隊は総勢五百万隻です。いくら戦闘未経験の素人の艦隊とて数が数ですから……」
「当然、二の矢を放ってくるに違いないさ。想像を絶する作戦でね」
「しかし、さすがにこれだけ離れていると、いくらニールセンでもここから迎撃に出ろとは言えないでしょうね」
「仮に迎撃命令が出たとしても、間に合うわけがないしな」
「ニールセンの奴、絶対防衛圏内に踏み込まれて、今頃慌てふためいているでしょうね」
そのニールセン中将は怒り狂っていた。
「一体これはどうしたことだ! 絶対防衛圏内だぞ。ランドールは何をしていたのだ」
「閣下。敵艦隊はタルシエンからやってきたのではありません。大河をハイパーワープしてきたのです」
「ハイパーワープだと! そんな馬鹿なことがあるか。燃料はどうしたんだ? ハイパーワープは燃料を馬鹿食いする。撤退のことを考えれば余分の燃料などあるはずがないじゃないか。あり得ん!」
「ハンニバルの時のように、現地調達するつもりでは?」
「一個艦隊程度ならともかく、あれだけの数を補給できるほどの補給基地は、あちら方面にはないぞ。そのまえに絶対防衛艦隊が到着して交戦となる。燃料不足でどうやって戦うというのだ」
「はあ……。まったく理解できません」
「それより出撃準備はまだ完了しないのか?」
「はあ、なにぶん突然のこととて連絡の取れない司令官が多く。かつまた乗組員すらも集合がおぼつかない有様で」
「何のための絶対防衛艦隊なのだ。絶対防衛圏内に敵艦隊を踏み入れさせないための軍隊じゃないのか?」
「はあ……。これまでは侵略となれば、タルシエンからと決まっていました。ゆえに、まず第二軍団が迎撃し、万が一突破された際には周辺守備艦隊の第五軍団が動き、その時点ではじめて絶対防衛艦隊に待機命令が出されるという三段構えの防衛構想でした。それがいきなり第二・第五軍団の守備範囲を超えて絶対防衛権内に侵入してきたのです」
「つまり……第二軍団が突破されない限り、防衛艦隊の将兵達は後方でのほほんと遊びまわっているというわけだな」
「言い方を変えればそうなりますかね」
「こうなったら致し方ない。TV報道でも何でも良い。敵艦隊が侵略していることを報道して、全将兵にすみやかに艦隊に復帰するように伝えろ」
「そ、そんなことしたら一般市民がパニックに陥ります」
「敵艦隊は目前にまで迫っているのだぞ。侵略されてしまったら、何もかも終わりだ。遊びまわっている艦隊勤務の将兵達を集めるにはそれしかないじゃないか」
スティール率いる艦隊。
ブースター役の後方戦艦との切り離し作業が続いている。
「作業は、ほぼ八割がた終了したというところです」
「慌てることはない。どうせ同盟軍側も大混乱していてすぐには迎撃に出てこれないだろうさ。絶対防衛艦隊の陣営が整うまでゆっくり待つとしよう。ハイパーワープの影響で緊張したり眠れなかった者もいるはずだ。今のうちに休ませておくことだ」
「相手の陣営が整うまで待ってやるなんて聞いたことがないですね」
「有象無象の奴らとはいえ数が数だからな、いちいち相手にしていたら燃料弾薬がいくらあっても足りなくなる」
「すべては決戦場で一気に形を付けるというわけですね」
「そう……。すべては決戦場。ベラケルス恒星系がやつらの墓場だ」
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第十二章 海賊討伐 Ⅳ
2021.05.15
第十二章 海賊討伐
Ⅳ
海賊基地近くまでたどり着いたウィンディーネ艦隊。
海賊を一隻でも取り逃がさないように、ぐるりと基地を包囲しようとしていた。
第六強襲艦の突入用待機室に集合した兵士。
装甲服を着こみ、それぞれにお気に入りの白兵用の武器を携えている。
「第六突撃強襲部隊の準備完了! 白兵戦、いつでも行けます!」
隊長らしき人物が、艦橋に連絡を入れている。
『了解! そのまま待機せよ』
シェリー・バウマン大尉がゴードンに、そのまま伝える。
そして全艦隊も包囲陣を完成させた。
「閣下! 総員突撃準備完了しました!」
「よし、速攻で行くぞ! 候女が人質として担ぎ出される前に救出する。
「全艦突撃開始!」
「強襲艦は直ちに基地に強行突入せよ! 他の艦は基地から出てくる艦を片っ端から撃沈させよ!」
迎撃に出した艦隊が次々と撃ち落されるのを見つめながら消沈する海賊達。
「完全に包囲されました」
「普通ならば、投降を呼びかけるのだがな」
「こっちは海賊ですからね。国際条約とか通用しませんから……」
「全員皆殺しにしても、どこからも批判はこないってことだ」
「敵艦が突っ込んできます!」
「近づけるな! 弾幕を張れ!」
だが、戦闘機の大編隊が襲い掛かり次々と砲台を叩いていた。
「多勢に無勢か……」
やがて次々と強襲艦が取りつき始めた。
戦闘機が砲塔を破壊し続けてゆく。
「よおし、砲台は全部撃ち壊したぞ!」
「アンカーを打ち込め!」
基地に艦を固定させて、突入の足掛かりを作る。
外壁を溶断機で切り崩して突入口を作る。
「突入せよ!」
隊長の一声で、一斉になだれ込む。
基地内に突入した白兵部隊。
「どっちへ行けばいいんだ?」
「情報部の奴らも、ここの見取り図は入手できなかったみたいだ」
「当たってくだけろだ!」
密かに建設された海賊基地だけに、規模はそれほど大きくなく、行き当たりばったりでも探し当てられそうである。
分岐路に当たれば、とにかく人の気配のする方へと向かう。
海賊の掃討でもあるが、人質を人気のない所に監禁するはずがないからである。
やがて歩哨の立っているところに出くわした。
こちらに気が付いて武器を構えるが、こちらの動作の方が早かった。
その場に崩れる歩哨。
慎重に近づいて、のぞき窓を見ると、一人の少女が消沈した様子で、ベッドの縁に腰かけていた。
「候女だ!」
歩哨の腰ベルトに下げられていた鍵を取って、ドアを開ける。
怯えたような表示を浮かべる少女。
「セシル候女さまですか?」
できるだけ優しい声で尋ねる兵士。
少女が静かに頷くのを見て、
「エルバート侯爵さまの命を受けて、お助けに参りました」
と傅いて、救出にきたことを告げる。
「父上の?」
「さようにございます」
侯爵の命というのは嘘であるが、誘拐されて怯え切っている候女を慰め落ち着かせるためだった。
「さあ、参りましょう」
候女の手を取って促す兵士。
「わかりました」
立ち上がって兵士に着いていく候女。
候女を前後に挟むようにして、立ちはだかる海賊を薙ぎ払いながら、元来た道を戻る兵士たち。
その間にも、味方の砲撃による破壊は進み、至る所で火を噴いていた。
「急いでください」
足の遅い候女を急かしながらも、何とか強襲艦に舞い戻ることができた。
「こちら第一班、候女を救出しました!」
『よし! 直ちに帰還せよ』
「了解!」
『第二班は、引き続き海賊の頭領を探して捕らえよ!』
「こちら第二班、頭領を探して捕らえます」
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十五章 トランター陥落 Ⅲ
2021.05.14
第二十五章 トランター陥落
Ⅲ
タルシエン要塞中央コントロールルーム。
オペレータ達は一様に計器を操作しているが緊迫感は見られない。
正面スクリーンにはタルシエンの橋の方角を映し出していた。
連邦が通常航行で攻めてくるとすれば、橋を渡ってくるしかなく、こちら側を押さえた現状では、連邦もそうそうは攻めてこれないという安堵感である。
総指揮官席に陣取っているのは、要塞技術部開発設計課長のフリード・ケースンだった。
「これより要塞主砲の陽子反陽子対消滅エネルギー砲の試射を行う。要塞よりタルシエンの橋に至るコースにある艦艇はすみやかに退避」
後方では、アレックスとパトリシアが立ち並んで、それらの作業を眺めていた。
「要塞砲がどれだけの威力をもち、発射に際して要塞にどれだけの障害を与えるかを、前もって把握しておかなければならないからな」
「それでフリードさんに指揮を?」
「要塞砲のことなどまるで判らないからな。いや、要塞そのものすらほとんど把握していない。要塞を機能させるシステムコンピューターなどのソフトウェア関連はレイティーに、ハードウェアはフリードとそれぞれ仕様マニュアルを作成してもらっているが、兵器などは実際に試射してみなければ判らないことも多い」
要塞の内部は、さまざまな粒子加速器が取り巻くように建設されていて、要塞のエネルギー源となったり、粒子ビーム砲などの武器となったりしている。
まるで素粒子物理学の巨大な実験施設といっても良いぐらいである。
その集大成ともいうべき兵器が、陽子反陽子対消滅エネルギー砲である。
陽子と反陽子を、粒子加速器によって加速衝突させると、その質量のかなりの部分がエネルギーに替わる。核融合反応における質量欠損によるものとは桁違いの変換率である。質量がどれほどのエネルギーを持っているかというと、1グラムの質量を熱エネルギーに変えることができれば、なんと20万トンもの水を沸騰させることができるということである。
さて陽子はどこにでもある水素原子核のことであるから入手に困ることはないが、電荷が反対の反物質である反陽子はどうするか。反陽子は、反物質であるがゆえに近くの物質とすぐに反応して消滅してしまい、自然界にはほとんど存在しない。それを作り出すのが、キグナスシンクロトロンである。
1GeVエネルギー以上に加速された陽子ビームを、重い原子核に照射すると核破砕反応(Spallation)が起こる。 原子核の構成要素の一つである中性子が叩き出されたり、標的原子核の一部である短寿命原子核が放出されたりする。さらに、50GeVといった高エネルギーに加速された陽子を用いると、元来原子核内部には存在しなかったK中間子、反陽子といった粒子が生成される。また高エネルギーのπ中間子が生成され、その崩壊により高エネルギーのニュートリノやミュオンが生成される。これらの生成粒子は二次粒子と呼ばれる。
キグナスシンクロトロンはこのようにして反陽子を生成させて、そこから取り出した反陽子を、反物質貯蔵庫へと導いて貯蔵していつでも使えるようにしているのだ。
「要塞内、素粒子計測器の作動状況は?」
「正常に稼動しています」
「エネルギー変換率計測器はどうか?」
「正常に作動しています」
「それじゃあ、いってみるか」
と、後方を振り向き、アレックスの頷くのを確認して、
「陽子加速器始動、前段加速器へ陽子注入!」
「陽子加速始動します」
「前段加速器へ陽子注入」
「続いて反陽子加速器始動、前段加速器へ反陽子注入!」
「反陽子加速器始動します」
「前段加速器へ反陽子注入」
その頃、要塞周辺にて哨戒作戦に当たっているウィンディーネ艦隊。
ウィンディーネの艦橋、スクリーンに要塞主砲の様子が映し出されている。
「まもなく要塞主砲が発射されます」
パティーが報告する。
「要塞主砲の威力をこの目で見られるとはな」
「こんなに間近で大丈夫でしょうか?」
「フリードが算定した避難距離以上に離れているんだ。大丈夫だよ」
「ケイスン中佐のこと信頼されているんですね」
「天才科学者だからな。設計図を見ただけでその機能や能力をずばりと当ててしまう。この要塞砲のことを一番熟知しているのは彼だろうな。というか、あれを設計した科学者すら気づかない設計上の欠陥とかもな」
「要塞砲、発射三十秒前です」
「閃光防御スクリーンを降ろせ。可動観測機器はすべて収納せよ」」
「了解。閃光防御」
「可動観測機器を収納します」
「発射十秒前。9・8……3・2・1」
要塞砲が発射される。
凄まじい閃光が辺り一面に広がり、付近に待機している艦艇をまばゆく輝かせる。
「終わったか」
「……のようですね」
「閃光防御スクリーン及び収納した観測機器を戻せ。艦体のどこかに異常が起きていないかチェックしろ」
「それと、艦内における人体への素粒子被爆量の測定を全員に実施する」
高エネルギーを持った素粒子同士の衝突実験においては、副産物としての大量の二次生成粒子が生じ、場合によっては人体に多大な害を及ぼすことがある。それを確認することも、今回の要塞砲発射実験の調査項目の一つだった。
もちろん同様のことは、要塞内でも行われている。
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十五章 トランター陥落 Ⅱ
2021.05.13
第二十五章 トランター陥落
Ⅱ
そんな会話を耳にしながら、副官が言い出した。
「提督は、奥様のところへ行くんですよね?」
「まあな。それが軍人の役目でもあるからな」
「奥様のいる提督や佐官以上のクラスの人たちがうらやましいですよ。私たち下っ端は、誰に当たるか判らない授産施設なんですから」
「君も早く出世することだな。大尉じゃないか、あと一歩じゃないか」
「そうなんですけどね……じゃあ、私は授産施設に行って参ります」
副官はそう言うと、先ほどの兵士達の向かった方へ歩いていった。
一人残ったスティール。
「授産施設か……」
一言呟いて、自分の妻の待つ既婚者用の官舎へと向かった。
授産施設。
先ほどの兵士達が順番待ちをして並んでいる。
きょろきょろと落ち着かない雰囲気の兵士。
「落ち着けよ」
「そうは言っても……」
「ほら、まずは受付だ」
順番待ちの列が流れて、目の前に受付があった。
認識番号と姓名、所属部隊などを申告する兵士。
「アレフ・ジャンセン二等兵。今回がはじめてですね」
「は、はい」
受け付け係りは、端末を操作して相手を選出した。女性との経験がない男性には、妊娠の経験がある場馴れした女性があてがわれることになっている。
「結構です。では、入ってすぐ右手の部屋で裸になって、まずシャワーを浴びてください。出た所に替えの下着が置いてありますので、それを着て先に進んでください。部屋番号B132号室に、あなたのお相手をします女性が待機しております」
といって部屋の鍵を手渡された。
「そちらの方は、隣のB133号室です」
受付を通り過ぎ、授産施設の入り口から中へ。
「おい」
扉のところで、伍長が呼び止めた。
「はい」
「いいか。女にはな、男にはない穴がここにあるんだ。ちんちんの替わりにな。うんこをする穴じゃないぞ」
といって股間を指差す。
「あな……ですか」
「そうだ。その穴に自分の固くなったちんちんを入れればいいんだ」
「あなに固い……」
「ま、後はなるようになるもんさ。頑張りな」
といって、兵士の肩を叩いて隣の部屋に消えた。
扉を開けると自動的にシャワーが噴き出してきた。
身体の汚れを落として先に進むと、受付の言った通りに棚の上に、タオルと替えの下着が置いてあった。タオルで身体を拭い、さらにその先にあるドアを開ける。
途端に甘い香りが鼻をくすぐる。
部屋に入るときれいな女性が、ベッドの上で下着姿で待機していた。
「よろしくお願いいたします」
入ってきた兵士に向かって丁寧におじぎをすると、笑顔で迎え入れた。
兵士は、おそらく女性の下着姿など見たことなどないのであろう。恥ずかしがってもじもじとしていた。
「どうぞ、こちらへ」
女性がやさしく手招きする。
「実は、お、俺、はじめてなんです」
「あら……ほんとうですの?」
「はい」
「大丈夫ですよ。ほらこんなに元気ですもの」
といって兵士の股間を差し示した。
すでにパンツを押し上げて、ぎんぎんにいきり立っていた。
「それじゃあ、はじめましょうか」
「は、はい。よ、よろしくお願いします」
「うふふ」
それからしばらくして授産所から出てくる兵士。
「どうだ、すっきりしたか」
出口のところで伍長が待っていた。
「女の人の肌が、あんなにも滑らかというか、柔らかいものだったなんて、はじめて知りました」
「女性というものは、身体の作りが俺達男性とはまるで違うからな。まず子供を産むことができる」
「え、まあ。しかし、これで俺の子供をあの女性が産むんだと思うと、なんかへんな気分です」
「あほ、一回や二回くらいで妊娠するとは限らないさ。おまえの前にも幾人かの男の相手しているだろうしな」
「そうなんですか?」
「おまえって、本当に無知なんだな。簡単に説明してやろう」
といって、女性の生理について講義をはじめる伍長であった。
バーナード星系連邦では、男性は6歳になれば親から離されて幼年学校へと進み、兵士となるための教育を受ける。そして女性は人口殖産計画に沿って子供を産むことを義務付けられており、妊娠可能期には授産施設へ通うことになる。
それが当然のこととして受け入れられている。
イスラム教に曰く。
「男は髭を蓄えターバンを巻き、女はプルカで全身を覆って顔を出さない。何故と問うなかれ、それがイスラムなのである」
その頃、スティールも妻との営みに励んでいた。
「あ、あなた!」
久しぶりのこととて、妻は激しいほどに燃えてスティールの愛撫に悶えた。
そしてスティールのすべてを受け止める。
妻として、夫の子供を宿すために。
もちろん確実に妊娠するために、スティールの帰還に合わせてピルを飲む加減を調整し、帰宅のその日に排卵が起こるようにしているはずだった。
寄り添うようにスティールの脇で眠っている妻。
実に幸せそうな寝顔だ。
女性として軍人の妻となり、彼の子供を産むことは一番の幸せである。
連邦に生きる女性のすべてが、幼少の頃からそう教えられて育ってきた。
男性は軍人として働き、女性は子供を産み育む。
それが当然のごとくとして、連邦の人々の人生観となっている。
誰も疑問を抱かない。抱く思想の種すらも存在しないのである。
すべての民に対して幼少の頃から教育されれば、そのような思想や概念が植え付けられるということである。
かくして、スティールの妻も、軍人の妻になるという幼少の頃からの夢が適って幸せ一杯の笑顔を見せる。そして子供を産み育てることを生きがいとしているのだ。
スティールと結婚する前には、他の女性と同じように授産施設に通っていた。結婚して夫婦となってからは、士官用官舎に入居してただ一人の男性と夜を共にする。
官舎暮らしに入れる士官との結婚を、すべての女性が夢見ているのであった。
妻の寝顔を見ながら物思うスティール。
共和国同盟との戦争が膠着状態となり、すでに百年近く続く戦争。
この戦いに勝つために必要なことは、味方が一万人殺されたら、敵を二万人殺せばいい。そして死んだ一万人に代わる新たなる生命を生み出すこと。
そうすればやがて敵は人口減少からやがて自然消滅する。
長期的となった戦争を勝ち抜くには、いかにして人口を減らさないかに掛かっているのだ。
こういった思想から、現在の連邦の教育制度が出来上がった。
特に女性に対しての徹底的な思想改革が行われ、人口殖産制度が出来上がった。女性のすべては軍人の妻となるか、授産施設に入るのを義務付けられ、妊娠可能期がくれば男性の相手をして妊娠しそして子供を産む。そして子供を産んだ場合は、その子が一人立ちするまで、十分な養育費が支給される。女性自身が働かなければならないことは一切ないから、安心して子育てに専念できるというわけである。
「授産施設か……」
そういった制度が、果たして女性にとって本当に幸せなのか?
スティールには判断を下すことができない。
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