銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十四章 新生第十七艦隊 Ⅱ
2021.05.07

第二十四章 新生第十七艦隊




 パトリシアも生れ故郷の地に帰国していた。
「お帰りパトリシア」
「ただいま帰りました」
「しかし、おまえの旦那さまは一緒じゃないのかい。会えるのを楽しみしていたのに。残念だよ」
「忙しいお方ですから」
「それはそうと、いつ正式に結婚するのかい。お前達は」
 パトリシアの両親は、娘がアレックスと婚約し同居生活していることを告げられている。相手が英雄と称される人物だけに、世間に公表して誇りとしたいと考えるのは親の心情であろう。二十代ですでに少将、軍の最高位である大将も確実視されて、絶大なる国民的人気を背景に政界に転出すれば国家元首も夢ではないと、世間の評判であったからだ。
「結婚式は挙げていないけど、正式な夫婦と何ら変わらないわ。別にいいんじゃない」
「そうはいってもねえ……」
「お父さんはね、あなたのウェディングドレス姿を見たいのよ」
「なんだ、そういうことなのか」
「しかしタルシエン要塞を陥落させて、今が一番重要な時期なんだろう? そんな時に帰郷とは、何かあるのかね?」
「それが……」
 果たして話していいものかどうか、しばし悩み考えたが、
「提督のお考えでは、タルシエン要塞から当分の間動けなくなる事態になるんじゃないかと思ってらっしゃるみたい」
 正直に話すことにしたのである。もし本当にそうなってしまって、両親に会えなくなってからでは遅いからである。
「どうしてだい? タルシエンの橋の片側を押さえてしまえば、連邦軍だって侵略はもはや不可能だと言われてるんじゃないのかい?」
「その不可能だと思われていることが問題なのよ。ランドール提督だって不可能と思われてることを、可能にしてみせていらっしゃるでしょ。橋を押さえたからといって、油断はできないのよ」
「それはランドール提督だからこそじゃないのかね。星系連邦側に提督に勝るほどの智将がいるとは思わないが」
「いるわよ。ミッドウェイ宙域会戦や、ハンニバル艦隊による侵略。さらには第五艦隊、第十一艦隊を壊滅に追いやった張本人。スティール・メイスンという人物がね」
「聞かない名前だね」
「艦隊司令じゃなくて、参謀役として活躍しているみたいなの」
「ランドール提督の参謀長のパトリシア、お前みたいにか」
「そうよ。表には出てこないだけよ」
「出てこないのにどうして知っているんだ?」
「そういう情報を集めるのが専門のすごい方がいるの」
「いわゆる情報参謀だな」
「とっても素敵な女性で、女性士官の憧れの的よ」
「女性なのか?」
「そうよ。知識も豊富で、わたしもいろいろと教えてもらってるの」

 宇宙軍港の送迎タラップで向い会うアレックスとジュビロがいた。
「やはり帰るのか?」
「ああ、要塞の方のシステム構築はほぼ完了したし、軍人でもない部外者の俺がいつまでも留まっているわけにもいかないだろう。統帥本部の知るところとなれば、君の立場も危うくなるんじゃないのか?」
「それは別に構わないさ。慣れているからな。どうだ、この際。軍に入隊しないか? レイティーと同じ中佐待遇で迎え入れる用意があるぞ」
「よせよ。俺は、自由勝手気ままな生活が似合っているんだ。軍の規律に縛られることなんて願い下げだ。今回の作戦に参加したのは、あの巨大な要塞のシステムに挑戦したかっただけだ。共和国同盟の将来とかを思ってのことじゃない」
「そうか……残念だな」
 本気で打診したのではないが、やはりというべきかあっさりと断られてしまう。
「もしまた協力してもらいたいことがあればどうすればいい?」
「レイチェルに頼むんだな」
「彼女のことは信頼しているんだな」
「そうだな。軍の情報を得るには内部にスパイを潜り込ませるのが一番の早道だからな」
「ほう……」
「と、言ったらどうする?」
「確かに早道かも知れないが、逆にそこから足が付く事もあるってことだ。君ほどの腕前なら、その必要もないと思うがね」
「ふふん。君こそレイチェルを信頼しているようだな」
「一応幼馴染みだしな」
「それだけか? おまえのために性転換して女になったんだぜ。告白しなかったか?」
「出会うのが後五年早ければ、一緒になっていたかも知れないがな」
「婚約者のパトリシア嬢か。ああ……そういえば、その前はジェシカだったな?」
「私は、何人もの女性を同時に愛するなんて器用なことはできないからね」
「まあ、何にせよ。振られたからといって、おまえを裏切るような女性ではないことだけは、覚えておくことだな」
「知っているさ」

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2021.05.07 08:52 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十四章 新生第十七艦隊 Ⅰ
2021.05.06

第二十四章 新生第十七艦隊




 新生第十七艦隊司令官就任式当日となった。
 就任式に先立って、第一会議室に佐官達が集められて、新司令官の顔合わせ及び昇進佐官の任官状授与が行われた。
 要塞攻略に関わる功績により昇進の対象となった佐官の名が呼ばれ、パトリシアから任官状と新しい階級章を手渡されていた。
「つづいて新任の佐官を紹介します。ジュリー・アンダーソン少佐、ドール・マイティ少佐、リップル・ワイズマー少佐、クリシュナ・モンデール少佐、ソフィー・サリバン少佐」
 五名中四名が女性という異色の昇進であった。
 ジュリーは第三高速重爆撃飛行連隊司令。チェスター配下のドールは第三十六揚陸支援空母部隊司令となり、リップルは艦隊参謀となった。クリシュナとソフイーは艦隊を離れて要塞において事務総監と医局事務長のそれぞれを担当する。
 中佐にはジェシカ・フランドルが首席航空参謀兼第十一攻撃空母部隊司令。作戦遂行中でこの席にいないレイチェルも、独立艦隊作戦参謀兼第八占領機甲部隊メビウス司令のままで大佐に昇進となった。
 大佐にはチェスターの後任としてディープス・ロイドが昇進し、繰り上がりでロイド配下の首席少佐のアイザック・フォーサイトが中佐になった。また第一・第二飛行連隊のジミーとハリソンの両撃墜王もそれぞれ中佐に昇進した。アレックスの直属である技術将校レイティ・コズミックはタルシエン要塞兼第十七艦隊技術部システム管理課長となり、フリード・ケースンも同技術部開発設計課長となって、共に中佐に昇進した。アレックス達の影にあって印象は薄いが、技術将校で二十代の中佐というのも異例の昇進である。平均でいえば少佐(主任職)には三十歳、中佐(課長職)には四十歳、大佐(部長職)には五十歳代というのが相場である。
 総勢十三名の佐官が第十七艦隊において昇進を果たしたことになるが、一時にこれだけ大量の数というのも異例である。
 これまでに天文学的な損害をこうむってもなお攻略することのできなかったタルシエン要塞を陥落させたのだ。それに報いるだけの地位を与えても罰当たりではないだろう。

「諸君!」
 アレックスが壇上に立って訓示を述べはじめた。
「先の作戦で要塞の攻略に成功したのは、諸君達の働きのおかげである。今後もそれぞれの新しい部隊を率いつつ、第十七艦隊のために尽力を尽くしていただきたい。 タルシエン要塞の陥落により、同盟・連邦の軍事バランスが大きく変わろうとしている。要塞を手に入れたのはいいが、逆にそれが第十七艦隊の足かせになろうとしている。
 第五・第十一艦隊も第八師団として再編成され、おっつけ要塞に集結してくるが、要塞を奪還されないためにも、防衛のために釘付けされたも同然なのだ。その結果として他の地域の防衛が手薄になるだけなのだが……」
「つまり敵艦隊が、要塞を捨てて本星に直接侵略をかけてくれば、防備が手薄なだけ攻略もたやすいというわけですね」
「その通りだ。だが、本国は敵艦隊が必ず要塞奪還にくると信じて疑わず、その防衛に戦力を集結させたのだ」
「タルシエン攻略には、これまでにも多大な戦力を投入してきたし、艦隊と将兵の損害は天文学的数字になっていますからね。そう簡単に手放せないというところですか」
「まあな……とにかくだ」
 アレックスは息をついで言葉を続けた。
「本国からの命令には逆らえない。要塞防衛の任務を遂行するまでだ。諸君らの健闘を期待したい。以上だ。解散する」
 全員起立して、敬礼をもってアレックスの退室を見送った。

 新生第十七艦隊司令官就任式は定刻通り始められた。
 中央壇上の右手に艦隊幕僚達が腰を降ろして新司令官の入場を待っていた。
 副司令官カインズ大佐。艦隊参謀長にチェスターの後任として昇進したディープス・ロイド大佐。艦政本部長には引き続きルーミス・コール大佐である。その他の幕僚達。
 反対側の席には、第八師団を代表してアレックスとパトリシアが並んでいた。
 壇上に、第八師団作戦本部長に就任したパトリシアが出て、進行役として式を進めていく。
「それでは、新生第十七艦隊司令官となられたオーギュスト・チェスター准将を紹介します。チェスター准将、どうぞ」
 やがて指名を受けてチェスター准将が進み出て、壇上にたった。
 その雄姿を、会場の最前列に陣取って、誇らしげに見つめている家族がいた。
 共和国同盟において数々の素晴らしい戦功を挙げて、七万隻という全艦隊中最大の艦艇を所有する第十七艦隊の司令官である。

 就任式を終えたチェスターを出迎えるアレックス。
「お疲れ様でした、准将」
「いえ。どういたしまして」
「早速で悪いのですが、移動命令です」
「移動ですか?」
「百四十四時間後に第十七艦隊を、タルシエンへ向けて出航させてください」
「百四十四時間後ですか? ずいぶんとゆっくりとしてはいませんか。早ければ二十四時間後にでも出発できますが」
「わけありでしてね。この出航を最後に当分の間、もうトランターへは戻れないかもしれませんから」
「どういうことですか」
「不確定要素が多すぎて、まだ明かすことはできません。アル・サフリエニ宙域を震撼する大事件が起こり、タルシエン要塞から離れなくなる可能性があるということです。隊員達にトランター本星への帰郷、最後の休暇を与えます。二交代で各六十時間づつ全員にです」
「六十時間ごとの交代ですね」

 シャイニング基地最大の軍港ターラント宇宙港。
 ノースカロライナやサザンクロスなどの、トランターへ帰郷する将兵達を乗せた輸送艦が次々と発進している。
 基地中央作戦司令部からその光景を眺めるアレックス。
 パトリシアが近寄ってくる。
「帰郷する将兵達の第一陣の出発が完了しました。チェスター准将、ゴードン、ジェシカ、そしてフランソワが含まれています」
「そうか、手配ご苦労だった」
「提督は、降りられないのですか?」
「ああ……」
「あの、私の両親が逢いたがってましたけど……」
「済まない。やらなければならないことが、山積みなんだ」
「私も残っていたほうがいいのでは」
「いや。この先どうなるかも判らない情勢だ。両親には精一杯親孝行をしてきたほうがいい。第二便で帰りたまえ。これは命令だよ」
「アレックス……」

 自宅に戻ったチェスターは妻の前で告白した。
「こんな時期に全員に休暇なんて変ですね。再編成とか、今が一番忙しいのでしょう?」
「どうやら、連邦軍の総攻撃が近いうちにあるらしい。それで決戦の前に全隊員に休暇を与えておこうというお考えだ」
「でも、タルシエン要塞にランドール提督ある限り、連邦とて一歩足りとも同盟に侵攻できないだろう、と言われてますよね」
「それは連邦がタルシエン要塞を橋頭堡として重要視している限りにおいてだよ。要塞を見限って、他の方面からの攻撃を考えていたらどうなるか。提督はそれを危惧しているのだよ。おそらく提督は、このトランターには当分帰れないと判断して、最後の休暇を与えたのだろう」
「最後の休暇ですか?」
「そうだ。場合によってはこれが最後の帰郷ということになるかも知れない」
「そうでしたか……」
「おまえには済まないと思うが、私は提督に恩を返さなければならない。何があろうとも提督についていくつもりだ。たとえこれが今生の別れとなろうともな……」
「あなた……。気になさらないでください。軍人の妻となった時から、とっくの昔に覚悟はできております。ランドール提督のおかげで、夢にまでみた将軍に抜擢されて、親族一同の誇りと湛えられるようになりました。提督のためにその身を捧げて、さらなるご活躍をお祈りしております」
「ともかくせっかく頂いた休暇だ。有意義に使わせてもらおうか」
「故郷に戻りますか?」
「そうだな……おまえとはじめて会った思い出の場所にでも行ってみるか?」
「あなたったら……」

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2021.05.06 07:45 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十三章 新提督誕生 Ⅲ
2021.05.05

第二十三章 新提督誕生




 チェスターは一瞬自分の耳を疑った。
 パトリシアが任官状と階級章をアレックスの机の上に置いた。
「しかし私は……」
「定年でしたら、准将となったことで、軍の規定により貴官の退役は後五年延長されます。貴官には引き続き司令官として、艦隊をまとめ運営していただきたい」
「オニール大佐は、このことを承知なのですか?」
「いや。まだ伝えていないが、納得してくれるだろう。ただ、第一分艦隊の連中が納得しないだろう、これだけは私も手におえないと思う。第一分艦隊のこれまでの活躍は、私が種をまいたとはいえ、手塩にかけて育ててきたゴードンの功績によるところが大きい。そこで、第一分艦隊を三万隻の独立艦隊として私の直下に置くことにした。彼には副将としてその司令官を務めてもらう。つまり、残る七万隻が第十七艦隊として、貴官に与えられることになります。パトリシア、艦隊編成表を渡してやってくれ」
「はい」
 パトリシアが艦隊編成表をチェスターに手渡した。
 チェスターは編成表にさっと目を通した。
「それが新生第十七艦隊の編成表です」
 そこには戦艦ペガサスを旗艦とする七万隻からなる艦艇がずらりと並んでいた。
「主戦力である第一分艦隊を欠いたとはいえ、それでも一個艦隊としては同盟軍最大であることには違いありません。それを生かすも殺すも貴官の腕しだいです」
 チェスターの腕は震えていた。
「いかがです、受け取っていただけますね」
 アレックスは先の任官状と階級章を、静かにチェスターの目前に差し出した。
 チェスターは、踵を合わせ鳴らして敬礼して答えた。
「はっ! 謹んで、お受けいたします」
「ありがとう。オーギュスト・チェスター准将。それでは明後日までに、新生第十七艦隊の新しい幕僚の選出と名簿を作成して提出してください。それとあなたの後任の推挙状と、副官リップル・ワイズマー大尉の進級申請書も忘れずに」
「承知しました」
「それと、艦隊司令官就任式を五日後の午後二時より、本部講堂にて執り行いますので出席してください。ご家族をお呼びになっても結構ですよ。私からの報告は以上、下がって結構です」
「はっ。ありがとうございました」
 チェスターは、任官状と階級章とを受け取ると、最敬礼をし踵を返して退室した。
 控えの秘書室に、丁度入れ代わるようにゴードンが入ってきたところであった。
「あ、チェスター大佐……」
 ゴードンが声をかけるが、唇をきゅっと噛みしめるように無言で出ていった。

「あなた、いかがでしたか?」
 軍服を脱ぐ手伝いをしながら、夫人は尋ねた。
「ああ……」
 とりとめのない返事をする夫に、夫人はそれ以上声を掛けるのをためらった。
 黙々と着替えを進めて普段着になり、食卓に座ったチェスターに、夫人はそっと酒を出した。
「どうぞ、お飲みください」
「ん……? ああ、すまないな」
「いえ」
「実はな……、第十七艦隊の司令官に任じられたよ」
「え?」
 夫人は、聞き返した。
「更迭の話しじゃなかったのですか?」
「それがだ。俺自身も覚悟して行ったのだが、意外だった。とうとう俺も将軍になったんだ。退役も五年先に繰り延べされた。これが任官状と階級章だ」
 といって夫人に、もらったばかりのそれを見せた。
「ほ、本当ですのね」
 夫人は、実際に目の前に任官状などを見せ付けられても、急には信じられないという風であった。
「本当だ。五日後に就任式が行われる。家族も呼んでいいそうだ」
「あなた……」
 夫人はことの真実をやっと飲み込めてきて、涙声になりながら夫の昇進を労った。
「おめでとうございます。あなた……今日まで、本当にご苦労さまで……」
「退役して、夫婦仲むつまじくというのは、先延べになったな」
「そんなこと……いつだって」
「そうだな」


 その夜、チェスターは艦隊の幕僚名簿を作るために夜遅くまで起きていた。
 心配して夫人が起きだしてきた。
「あなた、お休みになられないのですか」
「ああ、すまない。起きてきたのか」
「ええ……」
「幕僚名簿を作って明後日いやもう明日になったか、それまでに提督に提出しなければならないんだ。早急にリップルと相談して決定しようと思ってな、その概要だけでも作成しておいた方がいいだろう」
「でも、お身体にさわりますよ」
「どっちにしても、興奮して眠れそうにないよ、今夜は。おまえは、気にせずに寝ていなさい」
「無理をなさらないでくださいね」
「わかっている。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
 夫人が寝室に消えるのを見届けて、チェスターは再び名簿作成にとりかかった。
 その最中にも彼の脳裏には、最有力候補であった提督の片腕であるゴードン・オニールではなく、この自分を艦隊司令官に推したのか……という思いがよぎっていた。
 功績点においては、自分の方が上位にあったのは確かであるが僅差でしかなく、年齢制限と彼の将来性を考えれば、誰もがオニールが選出されるのが自然であると判断していただろう。慣習に従うならば、勧奨退職を持ち出されてしかるべきところだったのだ。
 それを曲げて定年間近の自分を推挙して統帥本部の承認を得るために、提督は相当の労力を払ったに違いない。
 とにもかくにも、提督は自分を後任として任命した。提督の性格からしても、その決定が温情からくるものでなく、先々を見越し計算されつくしているはずである。少なくとも五年先までは……。老骨とはいえ、自分が提督のために、まだまだ十分働けるということである。
「とにかく今は、この艦隊幕僚名簿を作成することが最初の任務というわけだ……」
 つぶやき、チェスターは再び名簿作成に専念することにした。


 夜が明けて朝となった。
 いつのまにか居眠りしていたらしく、チェスターの肩には妻の手によるのだろうガウンが掛けられていた。
「寝てしまったか」
 食堂に降りると、朝食の準備は整っていた。
「あ、おはようございます。丁度朝食の支度が済んだところです。お食事になさいますか」
「ん……そうだな」
「じゃあ、お座りになってくださいませ」
 その時、インターフォンが鳴った。
「こんなに早く、一体どなたかしら」
 夫人は立ち上がって、玄関に回った。
「たぶん、リップルじゃないかな。来るように言っておいたから」
「そうですか。じゃあ、応接室にお通ししますね」
「いや、ちょっとこっちに頼む」
「はい」
 やがて夫人に案内されてリップルが入ってきた。
「やあ、これは朝食中でしたか。一刻も早いほうがいいかなと思いまして、失礼を承知で伺いました」
「気にするな。取り敢えず食事を済ませるから、その間この艦隊幕僚名簿の試案に目を通しておいてくれないか」
 リップルはチェスターが差し出した名簿を受け取って、
「わかりました。どうぞ、ごゆっくり」
 と答えて応接室に入った。

「待たせたな」
 チェスターが応接室に入ってきた。
 リップルは立ち上がって敬礼する。
「改めて昇進おめでとうございます。閣下」
 チェスターは閣下と呼ばれて耳がこぞばゆく感じた。
「閣下か……」
「准将になられたのですから、閣下とお呼びして当然です」
「そうだな」
「それで、あの……私の処遇は……」
「心配するな。ちゃんと少佐になれるように進級申請を出しておいた」
「あ、ありがとうございます」
「ただし、佐官への昇進には司令官としての適正審査と面接試験がある。十分な経歴があるから、かのウィンザー少佐のような実戦試験はないとはいえ、時間がかかるし申請通りいくとは限らないから、そのつもりでな」
「わかっております」
「君のことだ。審査も試験も合格は間違いないだろう」
「はい」
「と安心したところで、話しを進めようか」
「はい」
「どうかな……」
 と名簿を指し示した。

 艦隊司令官 =オーギュスト・チェスター准将
 艦隊副司令官=ガデラ・カインズ大佐{第二分艦隊司令}
 艦隊参謀長 =ディープス・ロイド中佐
 艦政本部長 =ルーミス・コール大佐
 首席参謀  =マーシャル・クリンプトン中佐
 第一作戦課長=ジャック・モーリス中佐

「艦隊参謀長にディープス・ロイド中佐を選ばれたのですね。第十七艦隊の結成式の当日をもって大佐に昇進されるのが内定していますから問題はありませんし」
「まあ、順当というところだろう。私は、ランドール提督と違って用兵術に優れているでもなければ、作戦会議をまとめる器量もなし。本来の様式通り艦隊参謀長を選任して作戦面の強化をしなければな」
「その点でしたらロイド中佐は適任ですね。本当なら、閣下直属のマーシャル中佐を選びたいところなんでしょうけど」
「そうもいかんだろう。提督が常勝と呼ばれるに至った背景には、私情を一切排除して適材を適所に配して、かつまたその者達を信頼してすべてを任せておられたからだ。だからこそ、任せられた者達は能力を十二分に発揮してこれに答えることもできたのだ。私も肖りたいし、何よりロイド中佐が最適任者であることは明白な事実だ」
「そうですね……。では、次に進みましょうか。艦政本部長にルーミス・コール大佐はいいとして。問題は、副司令官のガデラ・カインズ大佐ですか……今回の人事で、一番の貧乏くじを引いた方ですね」
「オニール大佐は別格として、私が選ばれるくらいなら彼が選ばれた方が道理にあっているのだが……彼は提督が少佐の時からの部下だからな」
「とはいっても、人事は提督がお決めになられたことです。彼も軍人ですから、その辺の事情は察してくれるでしょう。私としてはですね、高速戦艦ドリアードに坐乗しているというだけでも、羨望の的なんですから」
「ハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式か……」
「そうです。同盟軍にたった五隻しかない最高速の戦艦で、サラマンダー艦隊の主力旗艦。連邦軍はその艦影を見ただけで恐れをなして逃げ出すという、今では名艦中の名艦として知られていますからね。サラマンダーを筆頭に、ウィンディーネ、シルフ、ノーム、そしてドリアード」
「自然界に存在するという精霊から名付けられたらしいな」
「提督が連戦連勝しているのは、その名の通りに精霊の加護を受けているのではないかとのもっぱらの噂です」
「どうかな……、それって地球上の精霊だろ、宇宙にまでいるかどうか怪しいものだ。おっと、話しがそれた」
「すみません。ともかく三役の人事はこれでいいのではないでしょうか」

第二十三章 了

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2021.05.05 15:19 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十三章 新提督誕生 Ⅱ
2021.05.04

第二十三章 新提督誕生




 オーギュスト・チェスター先任上級大佐(艦隊副司令)
 ゴードン・オニール上級大佐(第一分艦隊司令)
 ガデラ・カインズ大佐(第二分艦隊司令)
 ルーミス・コール大佐(艦政本部長)
 パトリシア・ウィンザー大佐(艦隊参謀長)
 レイチェル・ウィング大佐(情報参謀長)
 ディープス・ロイド中佐(旗艦艦隊司令)

 以上が、第十七艦隊を支える大佐達である。
 なお上級大佐及び先任上級大佐は階級ではなく職能級である。あくまで階級は大佐であるが、職能給が追加支給されているし、艦隊内においては一般大佐級に対して事実上の上官待遇にある。功績点において准将への昇進点に達し、かつ査問委員会において次期将軍に推挙・承認されていることが任官の条件になっている。これは将軍クラスに定員制度があり、どんなに功績を挙げても定員による頭ハネ、昇進できないための士気の低下を防ぐために設けられた制度である。通称的に副将として呼び習わされている。
 またディープスは、新生第十七艦隊の再編成と同時に大佐に昇進することが内定している。

 アレックスはパトリシアに参考意見を求めてみた。
「後任の艦隊司令官だが、君なら誰を推薦する?」
「新任で作戦参謀の私やウィング大佐は論外として、艦隊再編成時に単身移籍してきたコール大佐も外れるでしょうね」
「ま、彼は長年政務担当を専門でやっているからな。艦隊を指揮させるには不適当だ」
「やはり、実戦部隊を配下に持っているチェスター・オニール・カインズからですね。順番からいきますとチェスター大佐ですが定年間近ということから勧奨退職が慣例となっております。となるとオニール大佐が一番適当ということになります」
「慣例でいけばな」
「はい。一番妥当な線ではあります」
「カインズだって、私が特別推薦すれば准将になれる場合もあるしな……」
「オニール大佐を差し置いてですか?」
「ゴードンには、独立遊撃艦隊を与えることも考えている。以前の私みたいね。奴は人の下に置かれるよりも、自由気ままに行動させた方が、その能力を存分に働かせられるタイプだ。これまでは気のおける親友ということで、私の下でも存分に動いてくれたが、これからはそうもいかないだろう」
「それはいい考えですね」


 パトリシアの意見通りにゴードンを推挙すれば、統帥本部もすんなり認めることであろう。しかし……順番通りにチェスターでは、なぜいけないのか。と、アレックスはふんぎりがつけないでいた。
 チェスター大佐は、現在五十九歳で定年まで僅か一年しかない。将軍となれば定年は六十五歳まで延長されるとはいえ、それでも六年の在位でしかないことになる。艦隊司令官が交代した時、将兵の末端まで新司令官の考えや人となりが理解され、意志疎通ができるまでには数年はかかるだろうし、いざこれからというときにはもう定年間近で次の後継者を考えねばならないというのでは……。
 仮に年齢や現在の功績点などを一切考えずに、二人を天秤に掛けた時どちらが艦隊司令官にふさわしいだろうか。いや、この結論はいうまでもない、絶対的にチェスター大佐が選ばれるのが当然である。戦いを勝利に導く戦術能力はゴードンの方が勝っていることは確かであるが、反面作戦を強引に推し進めて反感を買うことも多い。その正反対をいくのがチェスターである。
 有り体にいえば、ゴードンは戦艦を動かすことを考えて乗組員を従わせるが、チェスターは乗組員を動員してから戦艦を動かすことを考える、という考え方の違いであろう。
 作戦能力には猛るが作戦を強引に推し進めて退くことを省みないこともある若いゴードンと、老練で隙のない布陣を敷いて慎重に戦いつつ将兵達には温情をもって人望熱いチェスター。
 第十七艦隊を構成する部隊は、連邦軍より搾取した艦船と敗残兵や士官学校を繰り上げ卒業した将兵など、はっきりいって寄せ集めの混成艦隊というのが、その実情であった。そんな将兵達がなんとかこれまでついてきたのは、アレックス・ランドール提督という英雄の存在と、数々の功績を上げて部下共々昇進してきたという餌が目の前にぶら下がっていたからである。
 将兵達が、これまでのように作戦指令に従って行動するかは、新司令官の裁量にかかっているといえる。ゴードンではどうか……少なくとも彼が育て上げたウィンディーネ艦隊は問題ないだろうが、ライバル関係にあるカインズ配下のドリアード艦隊やチェスターが連れてきた旧第五艦隊の面々が反目することは目にみえている。
 ゴードンとカインズというライバル関係にある二人の競争心を煽ることによって、結果として多大なる戦功を重ねてきたのであるが、二人が率いる分艦隊全体までが一種の派閥と化して相容れない関係に近くなってきていることも事実であった。これまではそれぞれに分艦隊を任せることで、人間関係の軋轢を回避できたのであるが、どちらかが艦隊司令官に選ばれるとなると、いっきに問題がこじれてくるであろう。
 その点チェスターならば、移籍組みであり中立的位置にあったことと、温厚派で人望もある。
「結局の問題は、年齢だけなんだよな」


 自宅においてアレックスから呼び出しを受けたチェスター大佐は、長年連れ添ってきた妻の前でふと言葉をもらした。
「これまで随分おまえに心配かけさせてきたが、それも今日で終わりだろう」
「やはり肩叩きですか?」
「わしより若くて優秀な人材がどんどん出てきているからな。一年で退役となる老骨がいつまでもでしゃばっていては士気にも影響するし、後進に道をゆずれってところだ。若くて勇壮な若者を推挙するのが本筋というものだ。誰が考えてもオニール大佐が次期艦隊司令官となるのが妥当というものだ」
「退役までどこに配属されるのですか」
「慣例では艦隊司令本部の後方作戦本部長、もしくは艦隊士官教育局長というところかな」
「それにしても後一年なのですね」
「よくぞここまで生き延びてこれたと感謝すべきなのだろうな。同期のものは、戦死したり傷病で中途退役したりして、ほとんど数えるほどしか残っていないというのに」
「無事定年を迎えられるだけでも幸せといえるのでしょうか」
「ああ……しかし、将軍になれなかったのは、やはり心残りだ。そうすれば老後の生活ももっと楽になるのだがな」
「あなた……」
「おっと、今更愚痴をいってもしかたないな。それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」

 シャイニング基地司令官室。
「チェスター大佐がお見えになりました」
 アレックスが司令官のオフィスに戻ってすぐに、インターフォンが鳴り秘書官が来訪を告げた。
「通してくれ」
「はい」
 ドアが開いてチェスターが神妙な表情で入室してきた。
「オーギュスト・チェスター大佐、命により出頭いたしました」
 チェスターは敬礼してアレックスの前に立った。
「椅子に腰掛けませんか」
 アレックスは老体を気遣って椅子をすすめた。ここは地上である、重力の小さい艦隊勤務の長い彼にはただ立っているだけでも重労働に値するからだ。
「いえ。ご懸念には及びません。老いたりとはいえまだ健在です」
「そうですか、結構ですね。では、早速本題に入りましょう」
「はっ」
「ご存じのように、私が第八師団総司令となり第十七艦隊司令が空席となりました。現在貴官にお願いして代行を務めていただいておりますが、一刻も早く人事を決定しなければなりません。敵の動向もさることながら、艦隊内での士官達の統制をまとめることも、最重要項目です。艦内では次の艦隊司令官が誰かということで、指揮系統に混乱が生じているふしも見られます。司令官代行として、あなたの耳にも入っているはずですね」
「はい、確かに」
「ウィンディーネ艦隊内では、ゴードン・オニール大佐に決定したという、まことしやかな流言もまかり通っているらしいですが、私は冗談としても一度だってそんなことを口に出した覚えはありません」
「申し訳ありません。私の指揮が至らないせいです」
 チェスターは、代行として任にあたっているにも関わらず、流言を押さえることのできない自分の、艦隊司令としての能力を問われているのだと感じた。
 やはり自分は更迭されるのだ。
 誰が考えても、ゴードン・オニール大佐が艦隊司令の席に座るのが自然であり、これまでの実績が物語っている。仮に自分が就任することになれば、ウィンディーネ艦隊の士官達が、こぞって反目するだろうことは目にみえている。
 チェスターは覚悟した。
 とはいえアレックスの表情は、これから更迭を言い渡そうとするには、笑みを浮かべて無気味に思えた。
「いや、誰が艦隊司令を務めても同じでしょう。ゴードンだったらば、ドリアード艦隊の士官が不平を並べていたでしょうね」
「そうでしょうが……結局は、納得すると自分は思います」
「まあ、ともかく結論を出しましょう。軍令部の決定を通達します」
「はっ!」
 チェスターは姿勢を正した。
「オーギュスト・チェスター大佐。本日付けをもって、貴官を第十七艦隊司令官に任じます。階級は准将」
「え……!?」

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2021.05.04 09:54 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十三章 新提督誕生 Ⅰ
2021.05.03

第二十三章 新提督誕生




 シャイニング基地通信室。
 暗がりの中、壁面に並ぶパネルスクリーンに一人一人の審議官が映し出されている。
 部屋の中央に一人、直立不動でいるのはアレックスであった。
「……それでは、先の軍法会議にて裁定された通りに、貴官に少将の官位を与え、第八師団タルシエン要塞司令官、並びにシャイニング基地、カラカス基地、クリーグ基地を統括するアル・サフリエニ方面軍司令官に任ずる」
「はっ! ありがとうございます。謹んでお受けいたします」
「なお、タルシエン要塞においてはフランク・ガードナー少将率いる第五師団の司令部を併設することとする」
「了解しました」
「また貴官の昇進に際し、第十七艦隊の後任として貴下の武将の准将への昇進と艦隊司令官の任官を承認するものとする」
「ありがとうございます」
「なおいっそうの精進を期待したい。以上である。ご苦労であった」
 パネルスクリーンが一斉に閉じて真っ暗になった。
「提督、おめでとうございます」
 部屋の照明が灯されて、パトリシアとジェシカが歩み寄ってくる。
「ありがとう」
 部屋を出る三人。
 通路を歩きながら質問するアレックス。
「これでやっと自由の身ですね」
「ああ、そうだな」
 これまでのアレックスは、軍法会議の審議預かりの身だった。
 第十七艦隊司令官という地位はすでに解任されており、タルシエン要塞攻略のために仮に与えられていたのである。
「タルシエン要塞はどうなっているか」
「ケースン中佐、コズミック少佐、そしてジュビロ・カービン……さんでしたっけ? その三人でシステムのチェックを行っています。あれだけ巨大な要塞ですから、コンピューターシステムを総取替えするわけにもいかず、そのまま利用させてもらうしかありません。現在、コンピューターなどの使用マニュアル作成や、ウィルスが潜んでいないかとか日夜不眠不休で取り組んでおります」
「またレイティーのぼやきを聞かされそうだな」
「でもちゃんとやってますよ。ぶつくさ言ってますけど」
「しかし、ジュビロさんのことですが……。民間人に軍のコンピューターをいじらせても大丈夫なのでしょうか?」
「最高軍事機密ということか?」
「はい……」
「確かにそうかも知れないがね。仮にジュビロを引き離したところで……いや、何でもない。協力してもらえるのならそれでいいじゃないか。責任は私が取る」
 そう……。
 闇の帝王とさえ言われる天才ハッカーに掛かれば、要塞のシステムに介入することなど容易いだろう。いずれ要塞のコンピューターは本星の軍事コンピューターネットに接続されることになる。つまりジュビロを隔離しても無駄なことだ。
「提督がそうおっしゃられるのなら構いませんが」
「何にしても、あれだけ巨大なシステムだ。一人でも多くのシステムエンジニアが必要だ」
「それはそうですけどね」


 基地の食堂。
 昼休み時間、多くの将兵が食事を取っている。
 話題は、もちろんタルシエン要塞陥落についてである。
「とうとう要塞を落として、連邦にも逆侵攻できるようになったというわけだな」
「そう簡単にいかないさ。タルシエンの橋の片側を押さえただけじゃないか。もう片側の出口も押さえないと侵攻は無理だよ」
「それにしても、うちの提督はすごいよな。誰も成しえなかったあの要塞の攻略を、ほんの数日で成し遂げちゃうんだもんな」
「だってよお、士官学校の時からずっと作戦を練っていたっていうじゃないか。当然じゃないのか?」
「作戦立案者のレイチェル・ウィング少佐とパトリシア・ウィンザー少佐は、二階級特進らしいぜ」
「つうことは大佐か?」
「一体、大佐は何人になるんだ? ディープス・ロイド中佐も大佐昇進が内定してるんだぜ」
「多すぎることはないだろう。何せタルシエン要塞というものがあるんだ。要塞司令官とか、駐留艦隊司令官とか、いくらでもポストはあるだろう」
「なあ、第十七艦隊だけどさあ。次期司令官は誰だと思う?」
「ううん、どうなんだろうね」
「現在、司令官は空位なんだろ?」
「ああ、軍法会議でランドール提督は司令官の地位を剥奪されたらしいからな」
「やっぱり、艦隊司令官となれば俺達のオニール大佐だな」
「当然だな」
 頷く隊員達。
「おい、おまえら!」
 食事をしていた隊員たちを取り囲むようにして、別の一団が立っていた。
 仁王立ちと言ったほうがいいだろう。
「今言ったことを、もう一度言ってみろ」
「はん? 何だおまえら」
「こいつら、チェスター大佐配下の連中だぜ」
「ああ、副司令官のか」
「聞こえなかったのか。先ほど言ったこともう一度言え!」
「何をすごんでるんだよ。ああ、言ってやるぜ。次ぎの艦隊司令官はゴードン・オニール大佐だよ」
「その、根拠はなんだ?」
「知らないのか、退役間近な大佐はいかに功績を上げて昇進点に達していても、将軍にはなれないんだよ。勇退して後進に道を譲ることになってんだよ。慣例だよ」
「そうそう。たとえ司令官になっても、すぐまた退役じゃしようがないだろ」
「つまり、俺達のオニール大佐が司令官になるに決まってるってこと」
「ふざけるな!」
「まだ発表もされていないのに、勝手に決めるんじゃねえ」
「だから、決まってるも同然だと、言ってるんだよ。馬鹿か」
「なんだと!」
 ついに口喧嘩から殴り合いにまで進展してしまう。
「やれやれ!」
 野次馬達が囃し立て、喧嘩がやりやすいようにテーブルを片付けていく。
「どっちも負けるなよ」


 食堂に入ってくるアレックス達。
「何だ、これは?」
 食堂内で起こっている騒動に目を丸くしている。
「喧嘩ですね」
 中央部で幾人かの隊員がくんずほずれつの喧嘩を続け、周りの者がはやし立てていた。
「みんな元気だな」
「何言ってんですか、提督! 喧嘩を止めないのですか?」
「いいじゃないか、やらせておけよ。途中で止めたほうが後々しこりが残るものさ。さあ、こっちは食事をしようじゃないか」
 と言いながら、喧嘩には見向きもせずに、背を向けて配膳台の方へと歩いていく。
「今日も料理長お勧め料理ですか?」
「ああ、時間がないのでね」
 いつもはメニューを見ながらゆったりと食事をするのだが、タルシエン要塞のことで目が回るほどの忙しさだったのである。造り置きされてあるお勧め料理なら、待たされることなくすぐに食べられる。
 騒動の中にあってアレックスに気が付いた者がいた。
 会議に遅刻して便所掃除を言いつけられた、あのアンドリュー・レイモンド曹長だった。
「全員、気をつけ!」
 食堂の隅々に届くような、大声を張り上げる曹長。
 喧嘩していた者達も、思わず静止して声のした方に振り向いている。
「て、提督?」
 全員がアレックスの姿に気が付いて動きを止め、一斉に敬礼を施した。
「何だ……。止めたのか」
 しようがない……といった表情で、膳をテーブルに置き、席に着くアレックス。
 レイモンド曹長が、アレックスの前にやってくる。
「提督」
「喧嘩していた者を、前に並ばせろ」
「はっ!」
 敬礼して、喧嘩していた者達のそばに駆け寄る曹長。
 その間に別の隊員が、アレックスの前にあるテーブルをどかせていた。
「おまえら、提督の前に整列しろ」
 立ち上がってアレックスの前に整列する隊員。
 怪我して立てない者には肩を貸して立たせている。
「悪いな、忙しい身でね。食事を取りながらにさせてもらうよ」
「お食事を取りながらでも結構です。どうぞ、ご質問を」
 誰しもがアレックスの超常的な忙しさを理解していた。
 じきに戦闘だという時に、「昼寝する」と言って部屋に戻ったこともある。食べられる時に食べ、眠れるときに眠る。そんなアレックスを、誰も責めることも邪魔をすることもしなかった。
「うん……おお、これ旨いな」
「提督!」
 皆が緊張して、アレックスの言葉に耳を傾けている。この場を和ませる、冗談ともとれる発言は通じないようだった。
「外したか……。ジェシカ、頼む」
「なんで、わたしが?」
「君が一番の適任者だからな。こういうのは得意だろ」
「もう……」
 ぶつぶつ言いながらも整列している乗員の前に歩み出るジェシカ。
「それで、喧嘩の原因は何ですか?」
「はっ! 第十七艦隊の次期司令官は誰かと言うことでした」
「なるほど……。つまり、チェスター大佐かオニール大佐かということですね」
「その通りです」
「で、殴り合いの喧嘩になったってわけですか」
「はい」
「次期司令官を決めるのは提督です。将兵達の全員に公平に昇進の機会を与え、士気の低下とならないように心砕いています。それをないがしろにして勝手な判断をし、士気の混乱を招く喧嘩をするというのは、提督に対する冒涜以外の何ものでもないと思いますが、違いますか?」
 言葉に詰まる将兵達。
 一言一言がその胸をえぐった。
「喧嘩をするほど力が有り余っているのなら、その情熱をもっと前向きな力となるように努力し、艦隊の糧となるようにしないのですか?」
 そして周囲を見回しながら、
「喧嘩を眺めていた他の人たちも同罪です。なぜ止めなかったのですか? あまつさえ喧嘩をあおるような言動をするなどは、同じ艦隊に所属する者として情けない限りです。提督を慕い、提督の下に集った仲間じゃなかったのですか? 何度も死にそうになった局面を共に戦い、切り抜けてきた同じ第十七艦隊の同士じゃなかったのですか? 一人一人が提督の言葉を信じ、共に生きるために心を一つに結束しなければ、素晴らしい明日はやってこないのです」
 静まり返っていた。
 誰しもが、その言葉に意味する熱い思いを理解していた。
「その辺でいいだろう。ありがとう、ジェシカ」
 食事を終えて立ち上がるアレックス。
「レイモンド曹長」
「はいっ!」
「後のことは、君に任せる」
「私がですか?」
「そうだ。騒動を起こした者には罰を与えねばならない。君の思うとおりに処罰したまえ。便所掃除でも何でもいいぞ」
 くすくすという笑い声が聞こえた。
「提督……」
 赤くなるレイモンド。
「その前に、医務室で治療を受けさせたまえ。以上だ、全員解散しろ」
 そう言うなり、膳を持ち上げて回収台の方へ歩いていく。
「総員、提督に対し敬礼!」
 一斉の敬礼を受けながら、食堂を退室していくアレックス。
「おらおら、聞いたとおりだ。さっさと医務室へ行きやがれ」
 喧嘩をしていた者の尻を引っ叩くようにして、移動を促すレイモンド。

 食堂を出て通路を歩くアレックス達。
「君達、食事はいいのかね?」
「血を流していた者もいましたからね。食欲が湧きませんし、あの状態で食事はできませんよ」
「そうか……自分だけ食事して、済まなかったね」
「いえ」
「何にしても早急に、次期艦隊司令官を選定しないと、他の艦でも同様の事態が起きるのは、避けられないだろうな」
「そうかも知れませんね」
「難しい問題だよ。これは……」
「提督……」
 アレックスが今なお、次期艦隊司令官の選出に苦慮していることを知っているパトリシアとジェシカだった。
 アレックスが抱えている最大の問題。隊員同士が喧嘩をするほどの次期艦隊司令官選出は、早急に解決しなければならなかった。

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2021.05.03 13:13 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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