銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十五章 トランター陥落 Ⅳ
2021.05.16

第二十五章 トランター陥落




 要塞中央コントロール。
「陽子反陽子対消滅エネルギー砲は、正常に作動、発射されました」
「よし、マニュアルに沿って、各種のチェック項目を実施せよ」
 マニュアルには、発射直後から確認すべき要塞損傷状態の確認チェックや素粒子被爆線量測定などの手順が各項目ごとに詳細に書き綴られていた。そのチェック項目は多岐に渡るために、いちいち口頭で指示などしていられないのである。
「ふう……」
 とため息をつくフリード。
 その肩に手を置いてアレックスが労った。
「ご苦労様。後は任せて休憩したまえ。報告は後で君のところへ送るよ」
「了解しました」
 席を立ち上がり、退室するフリード。
 その後姿を見ながらパトリシアが感心する。
「無事に発射成功しましたね。それもこれもフリードさんのおかげですね。発射マニュアルのない状態から、独自に調べ上げて複雑な行程を網羅した詳細マニュアルを作成しちゃうんですから」
「そこが天才たる所以だな」
「これで一安心ですね。要塞砲をタルシエンの橋に照準を合わせておけば……」
 フランソワも間に入ってくる。
「いや。もう二度と要塞砲は発射することはないだろう。今回が最初で最後の試射だ」
「え? どういうことですか」
「今後はその必要性がなくなるからだ」
「詳しく説明していただけませんか?」
 フランソワが興味津々の表情で尋ねてくる。
「内緒だ!」
 といって、笑って答えないアレックス。
「ていとくう~。それはないですよお」
 食い下がって、ぜひとも聞き出そうとするフランソワ。
「フランソワ。やめなさいね」
「でもお……」
「さあさあ、休憩時間よ。行くわよ」
 とフランソワの背中を押して出て行くパトリシア。
「あん!」

 それから二週間が過ぎ去った。
 タルシエンを奪取され、通常航行での共和国同盟への進撃ルートを絶たれたバーナード星系連邦は、不気味なほどに静かだった。
 これまではタルシエンと敵母星の間に頻繁に行われていた通信が途絶えたことで、傍受による敵軍の情勢も知りうることができなくなっていた。もっともレイチェルがトランターに極秘任務で居残ってしまって、ここにいないことも原因の一つでもあるが。
「ほんとに静かですね……静か過ぎて、余計に不気味に感じます」
 つい先ほど哨戒の任務を終えて戻ってきたゴードンがこぼしている。戦いの場を失って暇を持て余している雰囲気が滲み出ていた。
 その時、警報が鳴り渡った。
「なんだ!」
 オペレーター達に緊張が走る。
「統帥本部から入電!」
「報告しろ」
「ソロモン海域に、敵艦隊を発見との報です」
「ソロモン海域? 絶対防衛圏内じゃないか。詳細は?」
「ソロモン海域にある無人監視衛星の重力探知機が、ワープアウトした敵艦隊を探知。戦艦が四隻ずつ並んで進撃しているところをカメラがキャッチしました」
「四隻ずつ並んで?」
「そうです」
「そうか……。やはり、その作戦できたか」
「え? どういうことですか」
「タルシエンからの侵略を諦めて、ハイパーワープドライブエンジンによる長距離ワープを使って、絶対防衛圏内への直接攻撃に踏み切ったというわけだよ」
「しかし、大河を渡ることのできるハイパーワープは燃料を大量消費して、ぎりぎり往復するだけの航続距離しかありません。絶対防衛圏内に踏み込んでの継続的な戦闘は不可能とされています。だからこそ連邦はタルシエンの橋の出口に要塞を築いて橋頭堡となし、そこから侵略を続けていたんじゃないですか」
「では聞くが、敵戦艦が仲良く四隻ずつ並んでいたことの理由が判るか?」
「判りません。どういうことですか?」
「多段式の打ち上げロケットを考えてみたまえ。ペイロードを宇宙へ運ぶのに、一段目・二段目・三段目という具合に各段のロケットを順番に使って燃焼加速を行い、燃焼が終了すれば切り離されるだろう? 打ち上げロケットで何が一番重量を増やしているかといえば燃料そのものの重量だ。下の段が切り離されれば当然全体の重量は軽くなるし、上の段にいくほど燃料消費量は少なくて済む。本体ロケットに取り付けられたブースターエンジンでもいい。要は最終段のロケットは、出番がくるまではずっと押し上げて貰うだけで、燃料を温存しているということさ」
「ブースター? そうか、判りましたよ。四隻のうち、たぶん三隻がブースター役で、残りの一隻を運ぶだけなのでしょう。おそらくこの後、引き返すのではないですか?」
「理解できたようだな」
「しかしそれでは、戦闘に参加できる艦艇数が限られてしまいます。百万隻を下るのではないでしょうか。対して絶対防衛艦隊は総勢五百万隻です。いくら戦闘未経験の素人の艦隊とて数が数ですから……」
「当然、二の矢を放ってくるに違いないさ。想像を絶する作戦でね」
「しかし、さすがにこれだけ離れていると、いくらニールセンでもここから迎撃に出ろとは言えないでしょうね」
「仮に迎撃命令が出たとしても、間に合うわけがないしな」
「ニールセンの奴、絶対防衛圏内に踏み込まれて、今頃慌てふためいているでしょうね」


 そのニールセン中将は怒り狂っていた。
「一体これはどうしたことだ! 絶対防衛圏内だぞ。ランドールは何をしていたのだ」
「閣下。敵艦隊はタルシエンからやってきたのではありません。大河をハイパーワープしてきたのです」
「ハイパーワープだと! そんな馬鹿なことがあるか。燃料はどうしたんだ? ハイパーワープは燃料を馬鹿食いする。撤退のことを考えれば余分の燃料などあるはずがないじゃないか。あり得ん!」
「ハンニバルの時のように、現地調達するつもりでは?」
「一個艦隊程度ならともかく、あれだけの数を補給できるほどの補給基地は、あちら方面にはないぞ。そのまえに絶対防衛艦隊が到着して交戦となる。燃料不足でどうやって戦うというのだ」
「はあ……。まったく理解できません」
「それより出撃準備はまだ完了しないのか?」
「はあ、なにぶん突然のこととて連絡の取れない司令官が多く。かつまた乗組員すらも集合がおぼつかない有様で」
「何のための絶対防衛艦隊なのだ。絶対防衛圏内に敵艦隊を踏み入れさせないための軍隊じゃないのか?」
「はあ……。これまでは侵略となれば、タルシエンからと決まっていました。ゆえに、まず第二軍団が迎撃し、万が一突破された際には周辺守備艦隊の第五軍団が動き、その時点ではじめて絶対防衛艦隊に待機命令が出されるという三段構えの防衛構想でした。それがいきなり第二・第五軍団の守備範囲を超えて絶対防衛権内に侵入してきたのです」
「つまり……第二軍団が突破されない限り、防衛艦隊の将兵達は後方でのほほんと遊びまわっているというわけだな」
「言い方を変えればそうなりますかね」
「こうなったら致し方ない。TV報道でも何でも良い。敵艦隊が侵略していることを報道して、全将兵にすみやかに艦隊に復帰するように伝えろ」
「そ、そんなことしたら一般市民がパニックに陥ります」
「敵艦隊は目前にまで迫っているのだぞ。侵略されてしまったら、何もかも終わりだ。遊びまわっている艦隊勤務の将兵達を集めるにはそれしかないじゃないか」


 スティール率いる艦隊。
 ブースター役の後方戦艦との切り離し作業が続いている。
「作業は、ほぼ八割がた終了したというところです」
「慌てることはない。どうせ同盟軍側も大混乱していてすぐには迎撃に出てこれないだろうさ。絶対防衛艦隊の陣営が整うまでゆっくり待つとしよう。ハイパーワープの影響で緊張したり眠れなかった者もいるはずだ。今のうちに休ませておくことだ」
「相手の陣営が整うまで待ってやるなんて聞いたことがないですね」
「有象無象の奴らとはいえ数が数だからな、いちいち相手にしていたら燃料弾薬がいくらあっても足りなくなる」
「すべては決戦場で一気に形を付けるというわけですね」
「そう……。すべては決戦場。ベラケルス恒星系がやつらの墓場だ」

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2021.05.16 12:01 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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