銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 デュプロス星系会戦 Ⅱ
2021.05.31

第二章 デュプロス星系会戦




 重力アシストに突入して十二分、巨大惑星の背後から赤く輝く小さな星が現れた。
 カリスの衛星ミストである。
 デュプロス星系において人類生存可能な星にして、カリスとカナン双方の中に存在する唯一の衛星である。
 二つの巨大惑星は周囲の星間物質を飲み込んで、三つ目の惑星どころか衛星さえも存在しえないはずだった。
 ミストは、恒星系が完成したその後に、どこからか迷い込んできた小惑星を取り込んで衛星としたと推測されている。
 実際に、巨大惑星の重力の及ばない最外縁には、いわゆるカイバーベルトと呼ばれる小惑星群がある。そこから軌道を外れた小惑星が第二惑星カナンに引かれはじめた。
 そのままでは、カナンに衝突するはずだったが、たまたま内合を終えたばかりの第一惑星カリスによって軌道を変えられて、その衛星軌道に入った。
 それがミストが衛星として成り立った要因ではないかとされている。

 ミストはカリスの強大な重力によって、潮汐ロックを受けて常に同じ表面を向けている。一公転一自転というわけである。
 その地表はカリスの重力の影響を受けて至る所で火山が噴出して地表を赤く染め上げている。地熱を利用した豊富な発電量によって人類の生活を潤していた。

「せっかくここまで来たのに。立ち寄りもせずに素通りとはね」
「仕方ありませんよ。それより、ほら。お出迎えです」
 ミストから発進したと思われる艦隊が目前に迫っていた。
「ミスト及びデュプロス星系を警護する警備艦隊です」
「警備艦隊より入電です」
「スクリーンに流して」

 スクリーンの人物が警告する。
「我々は、デュプロス星系方面ミスト艦隊である。貴艦らは、我々の聖域を侵害している。所属と指揮官の名前を述べよ」
 相手は旧共和国同盟の正規の軍隊ではないとはいえ、節度ある軍規にのっとった警備艦隊である。
 いきなり戦闘を仕掛けてくるようなことはしない。
 まずは自分が名乗り、そして相手に問いただす。
 それに対して襟を正してスザンナが静かに答える。
「こちらはアル・サフリエニ方面軍所属、アレックス・ランドール提督率いるサラマンダー艦隊です。」
「サ、サラマンダー艦隊!」
 さすがにその名前を聞かされては、驚愕の表情を隠せないようだった。
 スザンナが共和国同盟解放戦線としてではなく、旧共和国同盟軍の称号を名乗ったのは、敵対する意思のないことを伝えたいからだった。
「我々は、デュプロスに危害を加えるつもりはありません。ただ、通過を認めてもらいたいだけです」

「これまでにも貴艦らと同じように、周辺国家の艦隊が銀河帝国へ亡命するためにここを通過しようとしたが、ことごとく追い返したのだ。一度でも通過を許したことが伝われば、同様のことが立て続けに発生するだろうからだ」
「でしょうね……」
 スザンナが納得したように頷く。
 バーナード星系連邦に組みして総督軍に編入されるか、共和国同盟解放戦線に加担するか、そのどちらにも賛同し得ない国家や軍隊にとって第三の選択肢が、銀河帝国への亡命であった。
 しかし帝国へ亡命するには、最寄の星系であるこのデュプロスからもかなりの道のりを要するために、補給のために立ち寄る必要があった。


「貴艦らがサラマンダー艦隊という証拠を見せてくれ。ランドール提督を出してくれないか」
 彼らが確認のためにランドール提督を出してくれと言うのは無理からぬことだろう。
 ニュースにたびたび登場する共和国同盟の英雄であるアレックスを知らない人間はいないだろうが、旗艦艦隊司令のスザンナやパトリシアを含めたその他の参謀達はほとんど知られていなかった。
「提督はただ今会議に出席しておりまして、すぐには……。お待ちいただけますか」
 まさか昼寝をしているらしいとは言えなかった。
「いいでしょう、三時間……。三時間待ちましょう。それを過ぎたら攻撃を開始します」
 サラマンダー艦隊相手に勝てる見込みなどないはずだった。
 さりとてこのまま通過を許すわけにもいかない。
 万が一、戦闘を避けるために迂回してくれるかもしれない。
 そういう思考が働いたのかもしれない。
「そ、それは……」
 と、スザンナが言いかけたときだった。
 通信に割り込みが入ってアレックスが答えていた。
「了解した。私がアレックス・ランドールです。これより貴艦に挨拶に向かうので乗艦を許可されたい」
 サラマンダー艦橋にいる一同が耳を疑った。
「提督の艀のドルフィン号のパイロットから出港許可願いが出ています」
 オペレーターが報告すると同時にアレックスよりスザンナに連絡が届く。
「スザンナ。わたしが相手の艦に赴いて直接交渉をする。艀を出してくれ」
「まさか提督お一人で、ミスト艦隊に出向かわれるおつもりですか?」
「相手の所領内に侵入しているのだ。こちらから赴くのが礼儀というものだろう」
「判りました。一緒にSPを同行させます」
「それなら大丈夫だ。ここにコレットを連れてきている」
「コレット・サブリナ大尉ですか? しかし彼女は特務捜査官ではないですか……」
「射撃の腕前ならサラマンダーでは誰にも負けないぴか一だぞ」
「判りました。艀を出します」
 出港管制オペレーターに合図を送るスザンナ。
「ドルフィン号へ、出港を許可する。三番ゲートより出港せよ」
 一連のアレックスの行動について、驚きの感ある一同だった。
 普段は昼寝するといって艦橋を離れたり、艦隊運用をスザンナに任せて自室に籠ったりと、一見傍若無人とも思える行動をとるアレックス。
 しかし、ここぞというときには霊能力者のように、先取りする行動を見せる。
「ミスト艦隊へ、ランドール提督自ら艀に乗って、そちらへ伺うとのことです」
「分かった。ゲートを開けてお待ちする」

 発着ゲート。
 係留されている格納庫から三番ゲートに移動を開始するドルフィン号。
 その機体には小柄ながらもサラマンダーの図柄が施されていて、一目でランドール専用機であることが判るようになっている。
 やがて発進ゲートがゆっくりと開いていく。
『ドルフィン号、発進OKです。どうぞ』
『了解。ドルフィン号、発進します』
 エンジンを吹かせて静かに宇宙空間に出るドルフィン号。
 戦闘機ではないので、武装はないし高速も出せない、あくまでも艦と艦の間を移動するための手段としての機体である。
 静かにミスト艦隊の旗艦に近づいていく。
 やがてミスト艦隊の着艦口が開いて誘導ビーコンが発射された。
『誘導ビーコンに乗ってください。こちらで誘導します』
『了解。誘導ビーコンを捕らえました。誘導をお願いします』
 双方とも旧共和国同盟のシステムを持っているので、着艦には何のトラブルを起こすこともなく、着艦ゲートへと進入に成功した。

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2021.05.31 10:57 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 デュプロス星系会戦 Ⅰ
2021.05.31

第二章 デュプロス星系会戦




 デュプロス星系内を航行するサラマンダー艦隊。
 宇宙空間に第一惑星「カリス」が浮かんでいる。
 太陽系木星に比して、実に二十倍もの質量を持っている惑星で、第二惑星の「カナン」と共に巨大惑星として威容を放っていた。
 すぐ近くを航行しているように見えるが、実際の距離は14光秒、地球と月の平均距離の12倍で太陽の3直径分ほど離れている。カリスがあまりにも巨大なので近くを航行しているように見えるのである。
「惑星カリスの近地点を通過するのは、およそ十八時間後です」
 航海長のミルダが確認報告する。

 ここサラマンダーの艦橋には、艦隊司令のスザンナと参謀のパトリシア、航海長のミルダ、そして客員参謀を許されたジェシカがいた。
 アレックスは、艦隊の転進における作戦の練り直しのために、自室にこもっていた。
 が、例のごとくに昼寝をしているのかも知れない。
 とは艦橋にいる者たちの推測であった。

「ねえ、パトリシア。先ほどのこと教えてくれないかしら」
 ジェシカが囁くように質問を促した。
 会議においての、三つ目の惑星が存在できない理由について気になっていたのである。
「いいですよ」
 今は会議中でもなければ戦闘中でもないので、解説する時間はあった。
「ラグランジュ点というものがあるのはご存知ですよね」
「知っているわ。惑星と衛星の間にあって、重力作用が安定して場所で、かつては宇宙コロニーなどが建設されていたわ。今はジャンプゲートが設置されている」
「その通りです。基本的に惑星が安定していられる要因として、三者の間に重力的な三角関係が存在することです」
「三角関係?」

 三角形の定義として、同一直線上にない 3 点と、それらを結ぶ 3 つの線分からなる多角形。その 3 点を三角形の頂点、3 つの線分を三角形の辺という。三つの線分が与えられたとき、必ず一定の三角形となることが証明されている。
 それでは四角形の場合はどうであろう。四つの任意の線分で安定した四角形の図形が描けるかと言えば否である。
 四つの線分だけでは、図形は定まらない。角度とかいった別の要素が与えられないと図形は確定しない。四角形どころか、辺が交差するような歪な図形にもなる。
 参考図形
 同じことが恒星系でも言えるのである。
 その頂点を恒星と惑星に、辺の長さをそれぞれの重力値として考えると、恒星1惑星2であれば、この三角形となって重力的に安定した軌道を回ることができる。これは、建築学においても地震や暴風雨に耐えられるように、平行な柱の間に三角形となる筋交いを入れるのは常識である。
 四つの線分、恒星1惑星3或いはそれ以上の場合は、一定した図形が描けない、それはすなわち惑星間は不安定な状態にあるということができる。その場合におけるシュミレーション実験では、最初のうちは三つの惑星は一定の軌道を回っているが、時間経過と共に真ん中にある二番惑星に変異が生じ、外側にある惑星の重力によって軌道がかき乱され、やがて突然に恒星系の軌道から外れていずこかへと消え去ったしまうことが報告されてる。
 蛇足として付け加えるならば、惑星が大きければ大きいほど、周囲の星間物質をその強大な重力でかき集めてしまって、他の惑星ができるほどの十分な素材がなくなってしまうことにも起因する。
 太陽系の場合であれば、木星と土星がかなりの質量を持っていて二大惑星として考えられ、安定した軌道を確保しているが、重力はそれほどでもなく他の惑星の形成を阻害するほどには至らなかった。

「なるほどね。昔ならった図形で考えるとよく判るわ」
「このデュプロス星系は、二大超巨大惑星が恒星系を成している特殊な事例です」
「人類の発祥地である太陽系がここと同じでなかったことを感謝しなくちゃね」
「同感です」
 二人とも同じように頷いていた。
 宇宙。
 物質には質量があり、物質同士は互いに引き合うのはなぜか?
 どこにでもあるような物質が、絶対零度に近い状態に置かれたとき、突如として特異な性質を持つに至る現象。
 無限とも言える広大な空間と時間の狭間にあっては、よちよち歩きをはじめたばかりの人類にとっては計り知れない未知の世界が広がっている。


「惑星カリスによる重力加速は順調に推移しています」
 質量のあるものが存在すれば、互いの重力に引かれて接近することは、万有引力の法則で周知の通りである。
 その際における重力加速を利用して、艦隊は速度を増しつつあった。
「まもなく、重力アシスト{grabity assist}に入る。これより艦隊リモコンコードを発信する、全艦これを受信し、旗艦サラマンダーに同調せよ」
 指揮官席からスザンナが指令を出している。
 重力アシストによるコース変更と重力加速は、スハルト星系遭遇会戦でスザンナが提唱し遂行した作戦である。当の本人が指揮をとっているのだから 間違いは起こさないだろうという将兵達の評判であった。
 すでにデュプロスに進入していた艦隊にとっては、エンジンを吹かして軌道変更するよりも、巨大惑星の重力を利用した重力アシストを行った方が、移動距離は長くはなるがほとんど燃料を使用することなくコース変更と加速ができる。
「カリスの平均軌道速度は36.37km/sです。重力アシスト加速の期待値は、相対質量比は無視できますのでおよそ90%程度と推定され、最大32.741km/sの加速度が得られます」
 スザンナの副官のキャロライン・シュナイダー少尉が報告する。
 彼女は、スザンナが旗艦艦隊司令となると同時に副官としての辞令を受けていた。
 名だたる高速戦艦サラマンダーを擁する旗艦艦隊司令の副官に選ばれたことで、親類縁者からも一族の誇りとして期待され、本人も大いに張り切っていた。
「ちなみに過去に地球から打ち上げられた【ボイジャー2号】では、平均軌道速度13.0697km/sの木星に対して11km/sの重力加速を得られました」
「ありがとう」
「今回は、スハルトの時と違って燃え盛る恒星じゃないし、巨大惑星のカリスによる一回の重力ターンで済むから楽ですね」
「でも重力が桁違いだから、少しでもコースを間違えればコースに乗り切れなくなるわ」
「そうですけどね……」
「全艦、艦隊リモコンモードに入りました。重力アシスト遂行の準備完了です。全艦、異常なし。航行に支障ありません。いつでも行けます」
 ミルダの報告を受けて、全艦体勢での重力アシストに突入する。
「カリスとの相対距離は?」
「3.2光秒です」
「重力アシストを決行しましょう」
 言いながらちらと後方を確認するスザンナ。
 アレックスは姿を見せていない。
 スザンナを信用して、重力アシストを任せきりにするようだ。
「コース設定を再確認せよ」
 相手は超巨大惑星である。
 桁外れの重力によって、ちょっと進路がずれただけも大きく進路から外れてしまう。
 念のための再確認をするのは当然であろう。、
「コース設定を再確認します」


 スザンナが着々と重力アシストの手順を遂行している間、後方の参謀席で退屈そうにしているジェシカだった。
「うーん……、何と言ったらいいのかしら……」
 言葉が出掛かっているのだが、うまく表現できないという表情。
「どうしたのですか?」
 パトリシアが怪訝そうにたずねる。
「あなた、何とも思わないの?」
「何がですか?」
「作戦参謀が主任務とはいえ、あなたも艦隊指揮を許された戦術士官でしょうが」
「そうですけど……」
「大佐で上官であるあなたが、少佐で下位のスザンナに指揮を任せていることよ。作戦遂行中における艦隊指揮は、より上位の者が指揮を執るのが普通じゃなくて?」
「スザンナは旗艦艦隊司令官ですよ。例え階級が下位でも、職能級が上位の者が指揮を執る。それがこの艦隊の慣例です」
「それなのよね……。普通は大佐を当てる旗艦艦隊司令に、いくら適材適所だからといって、少佐に新任したばかりのスザンナを当てるなんて、常軌を逸脱しているとしか言えないわね」
「そこがまた提督の人となりじゃないですか。常に将来を見越して行動しているお方ですからね。士官学校の模擬戦闘の時からずっと……」
「ああ、敵司令官を官報公表前のはるか以前から、予想的中させてその性格からすべてを調べ上げて、模擬戦闘に勝利したというあれね。タルシエン要塞攻略の秘策もこの頃から練り上げていたというじゃない」
「そういうことです……」
 常識的には納得できなくても、将来を見越した計算の上に判断されたのであろうアレックスの決定には、誰にも口を挟むべきだとは考えない。

 後方で、そんな会話が行われている間も、スザンナの操艦は続いている。
「コース設定に変更ありません」
「よろしい。これより重力アシストに突入する。全艦、重力アシスト態勢に入れ! 秒読み開始」
「重力アシスト、突入四十五秒前。進路オールグリーン、航行に支障なし」
 最終カウントダウンがはじまった。
「三十秒前……5,4,3,2,1」
「全艦、重力アシスト開始!」
 号令と同時に一斉に加速をはじめる艦隊。
 これまでは、カリスの衛星のミストの孫衛星軌道に入るためのコースを取っていたから、カリスの重力圏から離脱するには加速が足りなかった」
「重力アシストへの投入成功。カリス重力圏離脱コースに乗りました」
「よろしい。現在のコースを維持せよ」
「了解!」
 カリス重力圏離脱コースに乗り切ったということで、オペレーター達の表情から緊迫感が消えていた。
「まずは一安心というところかしら」
 ジェシカが呟くように言った。
 その言葉には、次なる課題に対する思いが含まれていた。
「そうですね。あの星が、わたし達の通過を素直に認めるかです」
「ええ……」

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2021.05.31 07:49 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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