銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十五章 トランター陥落 Ⅵ
2021.05.18

第二十五章 トランター陥落




 ベラケルス恒星系。
 ニールセン中将率いる同盟軍絶対防衛艦隊三百万隻と、スティール・メイスン少将率いる連邦軍侵攻艦隊八十万隻。
 両軍が恒星ベラケルスを挟むような位置関係で対峙するように接近しつつあった。
 連邦軍旗艦「シルバーウィンド」の艦橋。
「同盟軍との接触推定時刻、1705時です」
 スティールは指揮官席に腰掛けたまま、副官の持ってきたお茶をのんびりと飲んでいた。
 まもなく戦闘だというのに余裕綽々の表情である。今回の作戦に対する自信のほどが窺える一面だった。
 そんな指揮官の姿を見るに着け、配下の将兵達もすっかり信用し安心している。
「よし! そろそろいいだろう。輸送艦ハイドリパークに打電。当初予定通りに自動プログラムに任せてワープをセットし、乗員は速やかに退艦せよ」
 正面スクリーンには輸送艦ハイドリパークが映し出されている。その艦内には小ブラックホールが納められている。
 やがて退艦する乗員達の舟艇が繰り出して、近くの同僚艦に拾われていく。
「ハイドリパークの乗員、退艦終了しました」
「自動ワープ開始まで三分です」
「うん……」
 飲んでいたカップを副官に返しながら、
「全艦に戦闘配備命令を出せ。それと全艦放送の手配だ」
 と戦闘指示を下す。
「全艦、戦闘配備」
 すぐさまに指示命令が伝達されて、臨戦態勢が整っていく。
「自動ワープまで二分」
「戦闘配備完了しました」
「全艦放送OKです」
「判った」
 というと、スティールはこれから繰り広げられる戦闘に際しての訓示をはじめた。
「全将兵の諸君。これより開始される戦闘は、経験したことのない前代未聞のものとなるであろう。何が起きても慌てず騒がず、与えられた作戦通りに任務を遂行してくれたまえ。
 戦闘がはじまれば一切の通信も連絡もできない状態になるはずだ。もはや指揮官の采配は届くことはない。君たちひとりひとりが指揮官となり、自分の判断で的確に行動してくれ。勝つも負けるも君たちの腕次第だ。生きて再び故郷の大地を踏みしめたかったら、持てるすべての力を振り絞って戦ってくれたまえ。迫り来る敵艦を各個撃破し、この戦いを勝利へと導くのだ。
 そして敵艦隊を壊滅し、勇躍敵の母星トランターに迫ってこれを占領、共和国同盟をこの手に入れるのだ。以上だ、諸君達の奮戦を期待する」
 身を震わせるような熱い熱弁だった。
 放送を聴いた全将兵が、目前の敵艦隊に対するだけでなく、共和国同盟そのものにも言及する指揮官の言葉に喚起した。
「自動ワープ開始。三十秒前です」
「よし、光電子システムをすべて停止し、補助の運営システムに切り替えだ」
 光電子システムは、光通信を軸とした光ファイバー網が巡らされ、中央処理システムを十六進光コンピューターが担っていた。一方の補助の運営システムは電流による通信と、電気信号の強弱やオンとオフとで計算を行う二進法の制御コンピュータによっていた。
 光は真空中ではいわゆる光速で移動するが、物質中ではその屈折率によって速度が制限される。これを利用して、複数の誘電体を光の波長程度の周期で交互に積層させた構造体を持つ結晶として、フォトニック結晶というものが開発された。その構造次第によって光の伝播速度を極端に遅くしたり、光が同じ軌道を周回し続ける無限回路も可能である。光の伝播速度を変え自由自在に曲げ、光の回折や干渉といった現象をも利用して開発された光量子コンピューターを、そのシステムの中心に置いたものが光電子システムである。
 つまり一度に膨大なデータを送り超高速で処理できる光を主体としたシステムに対して、電流によるシステムはデータ量も処理速度も一万分の一にも満たないお粗末な代物だった。ゆえに戦闘に際しては自動システムは一切使えず、ミサイルや魚雷発射はすべて人間の目で計測してデータを入力して発射する。実際にはそんな暇はないから、すべて感に頼る当てずっぽうとなる。スティールが艦内放送で言った通りのことが再現されるということだ。
「補助システムに切り替え完了しました」
「自動ワープ開始、十秒前。……5・4・3・2・1。ワープします」
 スクリーンに映っていた輸送艦ハイドリパークがワープし、艦影が消え去った。
「ちゃんとワープアウトしたかどうかを確認できないのが残念だな」
「いずれ判りますよ」
「よし、全艦進路そのままで敵艦に向かえ。これが最後の通信だ」
「了解。全艦、進路そのままで敵艦に向かえ」


 それは突然に始まった。
 スクリーンがすっと消え、照明も落ちてしまった。
「補助の電源に切り替えろ。緊急発電装置始動」
「補助電源に切り替えます」
「緊急発電装置始動」
 そして奇妙な現象が起こった。
 すべての物体が光り輝きはじめたのだ。
 機器や艦の壁面、ありとあらゆるもの、もちろん人間の身体も例外ではなかった。
「ニュートリノバーストがはじまったな」
 恒星ベラケルスの中心核で爆縮がはじまったのだ。
 発生したニュートリノが光速で中心核から恒星表面へと駆け抜け、宇宙空間へと飛び散っていく。そして進路にあるすべての物体を貫いていく。付近にある両軍の艦艇や内部の機器、そして生きている人体も例外にはならない。
 その数は一インチ当たり数百億個を超える途方もない数である。しかしニュートリノが物体に衝突することは、極めてまれのことである。
 元来物質を構成する原子は中心にある原子核と外側を回っている電子とで構成されているが、原子の大きさとなる最外郭電子の軌道半径にくらべれば、原子核の大きさは点ほどの極微小でしかない。いわば原子というものはすかすかであるということである。通常、荷電素粒子は、この電子が持つマイナスの電荷や、原子核のプラスの電荷によって弾き飛ばされて、容易に近づけない。
 しかし電荷を持たず質量もほとんどないニュートリノはこのすかすかの空間を平気で通り過ぎていく。
 副官が神妙な面持ちで尋ねる。
「大丈夫ですかね。放射線病のような身体に異常は起きないでしょうかね」
「判らないさ。誰も経験したことがないのだから。それに我々の住む母星にしても、バーナード星からのニュートリノが一平方センチ当たり毎秒六十六億個も通過しているのだからな」
「毎秒六十六億個? それで平気でいるんですかあ。信じられませんね」
「敵戦艦、推定射程距離に入りました」
 計器類が正常に作動していないから、速度と時間の経過で推測して判断しているのであった。
「よし、攻撃開始!」
 旗艦シルバーウィンドが砲撃を開始し、それを合図にしていたかのように味方艦が次々と攻撃開始した。

 一方の同盟軍艦隊は、突然の異常事態にパニックになっていた。
「な、なんだこれは?」
「身体が光っているぞ!」
「いったい何が起きてるんだ」
 口々に悲鳴を上げ、恐れおののき、完全に自我の崩壊を起こしていた。
 持ち場を離れ、まるで夢遊病患者のように艦内を右往左往していた。
 指揮官たるニールセンも同様であった。
「こ、これは、敵の新兵器か?」
 正常な精神にある者は一人もいなかった。
 そんな状態にある時に、スティール率いる連邦軍艦隊の攻撃が開始されたのである。
 次々と撃破されていく同盟軍艦隊。

 まるで戦いにならなかった。

 やがてニュートリノバーストが終了して元に戻り始めた。
「よし、システムを復旧させる。光電子システムに戻し、直ちに現宙域を離脱する。全艦ワープ準備にかかれ!」
 急がねばならなかった。
 ニュートリノバーストの次に来るのは、超新星爆発である。
 おそらく一時間以内に、それは起きるはずであった。
「システム復旧完了しました」
「ワープ準備完了!」
 直ちにワープ体制に入るスティール艦隊。
「ワープ!」
 一斉に戦闘宙域から姿を消すスティール艦隊。
 同盟軍艦隊はなおも指揮系統を乱したまま当てどもなく浮遊していた。
 そして直後に超新星爆発が起こり、同盟軍絶対防衛艦隊三百万隻を飲み込んだのである。

 ニールセン中将率いる絶対防衛艦隊壊滅。
 その報が伝えられたのは、それから二時間後であった。
 スティール率いる艦隊は、トランター本星に進撃を開始していた。

 そしてさらに五時間後、ついにトランター本星は陥落し、共和国同盟は滅んだ。

第二十五章 了

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2021.05.18 08:28 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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