銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十六章 帝国遠征 Ⅵ
2021.05.25

第二十六章 帝国遠征




 それから数日後。
 タルシエンに集う全将兵に対してのみにあらず、旧共和国同盟全域に対して、今後のアル・サフリエニ方面軍の方針を、全周波帯による軍事放送を伝えるアレックスだった。
『共和国同盟に暮らす全将兵及び軍属諸氏、そして地域住民のみなさんに伝えます。私、アレックス・ランドールは、タルシエン要塞を拠点とする解放軍を組織して、連邦軍に対して徹底抗戦することを意志表明します。解放の志しあるものは、タルシエン要塞に結集して下さい。猶予期間として四十八時間待ちます。以上です』
 艦内のあちらこちらでは、解放軍結成表明を放送するアレックスをモニターで見つめている隊員達がいる。
「解放軍か……」
「どうなるんだろうねえ。俺達は」
 全宇宙放送から要塞及び解放軍に対しての放送が続く。
『それでは引き続き、現在タルシエン及びアル・サフリエニに集う全将兵に告げる。今表明した通りに、我々は総督軍に対して徹底抗戦する。祖国に弓引くことになり、家族や親類同士で戦うことになる可能性もある。そこで諸君らに選択の機会を与えることにする。我々と共に祖国の解放のために戦うか、それともここを去り祖国に帰るか。君たちの自由意志に任せることにする。四十八時間の猶予を与えるから、じっくりと考えて結論を出してくれたまえ』
 艦内のあちらこちらでは、自身の身の振り方についての会話がはじまった。
 第十七艦隊旗艦、戦艦フェニックスの艦橋でも全艦放送を聞いて困惑の表情を見せるオペレーター達がいた。自分達の指揮官であるチェスターがどういう結論を下すのか? それに従うかどうか、それぞれに頭を悩ましていた。
「閣下は、いかがなされるのですか?」
 少佐になったばかりのリップルは聞くまでもないと思いつつ、チェスターに尋ねてみた。
「ランドール提督は、定年間近な私を艦隊司令官として迎え入れてくれた。オニールやカインズという新進気鋭の後進が育ってきて、慣例ならば勇退という形で勧奨退職が一般的だ。後進に道を譲るよう諭されるところだったのだが」
「将軍への最高齢昇進記録を塗り替えました」
「将軍となることは、武人としての栄誉である。それをかなえてくれたランドール提督には、恩を返さねばならないだろう」
「しかしトランターに残してきたご家族のことは?」
「それは私にも心痛むところだが、軍人の妻として一緒になったときから、常に心構えはできている。子供達も理解はしてくれていると思う」
「閣下、艦内放送が整いました」
「判った」
 第十七艦隊としての行動判断を示す必要があった。
 チェスターは、ランドール提督に付き従うことを決めてはいたが、それを部下にまで強制することはできなかったからである。
『第十七艦隊の諸君。私は、ランドール提督と共に戦うつもりだ。しかし君たちを軍規によって縛り付けることはできない。ここに残るも、祖国に戻るも個人の自由だ。それぞれによく考えて、身の振り方を決定したまえ。以上だ』

 同様な艦内放送は、独立遊撃艦隊のゴードンやカインズ、そして旗艦艦隊のスザンナのところでも行われていた。
 ハイドライド型高速戦艦改造II式「ノーム」を乗艦とするスザンナは、艦内放送を終えて感慨に耽っていた。旗艦艦隊司令官という光栄を預かっただけでなく、これまで実験艦という位置づけだったこのノームを再び準旗艦に格上げさせて与えてくれた。
「ベンソン司令は提督について行かれるのですよね」
 スザンナの副官となった二コレット・クーパー少尉が確認する。
「もちろんです」
「ですよねえ。提督の士官学校時代からずっと共に戦ってこられたのですものね」
「その通りです。何があろうとも付いていくわ」
「ご一緒します」
「ありがとう」
 二コレットは尊敬に値する感情を、この上官に抱いていた。
 提督の厚い信頼を受けて、一般士官である艦長という身分ながらも艦隊運用を任されるようになった。運にも恵まれていたかも知れないが、誰しもがその才能を認めていたし、それ以上に努力家であることも知っていた。
 勤務が終えた後に、資料室で一人静かに戦術理論の研究をしているを良く見かける。提督の期待に応えるために、一所懸命に勉強を続けていた。
 自分もそうありたいと二コレットは思った。


「提督は、銀河帝国に支援を求めるとおっしゃってましたが、いいんですかねえ」
「何がいいたいの?」
「ほら、提督って銀河帝国からの流れ者で、スパイではないかとの噂もありますし」
「あなた、それを信じてるの?」
「だって、深緑の瞳をしてますし……帝国皇室と血筋が通っているんでしょう?」
「確かに血が繋がっているのは間違いないと思います。同盟ではその出生率は十万分の一以下の確立らしいですからね」
「だから……こんな折に帝国に支援を求めると言い出して、スパイとして送り込んできたというのも信憑性があると思いませんか」
「あのねえ。提督が孤児として拾われたのは、まだ乳飲み子の頃なのよ。スパイ活動ができると思えて?」
「だから大きくなるにつれて連絡を取り合って」
「そんな面倒なことをするわけ? 最初からスパイ訓練を受けた専門家を送り込んだほうが手っ取り早いんじゃない? それに同盟で育てられれば立派な同盟国人よ。第一に、義務教育も幼年兵学校からはじまって、民間人が出入りできない軍の教育機関にずっといたのに、連絡員が接触する機会なんかないわよ」
「はあ……そう言われれば確かにそうなんですけど。でもどうしてそんな噂が立つのでしょうねえ。火のないところに煙は立たないものだし」
「噂は士官学校時代からあったけど、提督の才能をやっかむ人々が流しているのではないかということになってるわ」
「どっちにしても確証はないんですよね」
「これまで多大な恩恵を同盟に与えてくれた提督を信じてついていけば未来は開かれるという確証はあると思いますけど、どうかしら?」
「ですよね……」
 実際、今後のことなど誰にも判るはずなどない。

 連邦が勢いに乗じて帝国をも降伏させて、銀河の覇者となるのか。
 提督がそれを阻止して連邦を追い返して、あらたなる同盟を再興するのか。
 はたまた周辺地域で細々とゲリラを繰り返し、やがて自滅していく運命にあるのか。
 アル・サフリエニ方面軍にとって、ランドール提督がその運命を握っているということだけは確かなことであった。
 それを信じて祖国に弓引くことになっても付いていくか、はたまた祖国に戻って総督軍に加わりランドール提督とも交えることをも是とするか。
 祖国を取るか、信奉する提督を取るか。
 二者択一を迫られて、それぞれの思いを胸に決断する時はやってくる。

「猶予期間の四十八時間が過ぎました」
 静かな口調で、パトリシアが報告に来た。
「退艦して祖国に戻る意思を表明した者は、七百万八千人ほどになります」
「そうか……帰りたいと思う者を引き止めるわけにはいかないからな。我々は祖国のために戦ってきた。その祖国を敵に回すことをためらうのも当然のことだ」
「気持ちは判ります」
「輸送船団を手配して、祖国に気持ちよく送り返してやろう」
 二時間後、祖国に戻る将兵を乗せた輸送艦隊がトランターへ向けて出発した。
 それを見送る最後の放送を行うアレックス。
『祖国へ戻る将兵及び軍属のみなさん。これまで私の元で戦ってくれたことに感謝いたします。祖国に戻られては、戦争で疲弊した国力を回復し、新たなる国家の再建に努力して頂きたい。これまでほんとうにありがとう。航海の無事を祈ります』
 そして万感の思いを込めて敬礼するアレックスだった。
 輸送艦においても、その放送を聴いているほとんどの者が、スクリーンに映るかつての司令官に対しそして涙していた。
 これまで共に戦ってきた仲間との別れ、場合によっては戦火を交えるかもしれない境遇。
 自ら決断したこととはいえ、翻弄させられる運命のいたずらを呪っていた。
「ランドール提督に敬礼!」
 誰かが叫んだ。
 一斉に直立不動の姿勢を取り、最敬礼を施す隊員達だった。
 スクリーンはランドールの姿から、タルシエン要塞の全景に切り替わっていた。
 しかし誰も敬礼を崩す者はいなかった。
 タルシエン要塞の姿を頭に刻み込もうといつまでも見つめていた。

 ランドール提督に栄光あれ!

 すべての将兵達の本心からの熱い思いだった。

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2021.05.25 08:55 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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