銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十三章 新提督誕生 Ⅱ
2021.05.04

第二十三章 新提督誕生




 オーギュスト・チェスター先任上級大佐(艦隊副司令)
 ゴードン・オニール上級大佐(第一分艦隊司令)
 ガデラ・カインズ大佐(第二分艦隊司令)
 ルーミス・コール大佐(艦政本部長)
 パトリシア・ウィンザー大佐(艦隊参謀長)
 レイチェル・ウィング大佐(情報参謀長)
 ディープス・ロイド中佐(旗艦艦隊司令)

 以上が、第十七艦隊を支える大佐達である。
 なお上級大佐及び先任上級大佐は階級ではなく職能級である。あくまで階級は大佐であるが、職能給が追加支給されているし、艦隊内においては一般大佐級に対して事実上の上官待遇にある。功績点において准将への昇進点に達し、かつ査問委員会において次期将軍に推挙・承認されていることが任官の条件になっている。これは将軍クラスに定員制度があり、どんなに功績を挙げても定員による頭ハネ、昇進できないための士気の低下を防ぐために設けられた制度である。通称的に副将として呼び習わされている。
 またディープスは、新生第十七艦隊の再編成と同時に大佐に昇進することが内定している。

 アレックスはパトリシアに参考意見を求めてみた。
「後任の艦隊司令官だが、君なら誰を推薦する?」
「新任で作戦参謀の私やウィング大佐は論外として、艦隊再編成時に単身移籍してきたコール大佐も外れるでしょうね」
「ま、彼は長年政務担当を専門でやっているからな。艦隊を指揮させるには不適当だ」
「やはり、実戦部隊を配下に持っているチェスター・オニール・カインズからですね。順番からいきますとチェスター大佐ですが定年間近ということから勧奨退職が慣例となっております。となるとオニール大佐が一番適当ということになります」
「慣例でいけばな」
「はい。一番妥当な線ではあります」
「カインズだって、私が特別推薦すれば准将になれる場合もあるしな……」
「オニール大佐を差し置いてですか?」
「ゴードンには、独立遊撃艦隊を与えることも考えている。以前の私みたいね。奴は人の下に置かれるよりも、自由気ままに行動させた方が、その能力を存分に働かせられるタイプだ。これまでは気のおける親友ということで、私の下でも存分に動いてくれたが、これからはそうもいかないだろう」
「それはいい考えですね」


 パトリシアの意見通りにゴードンを推挙すれば、統帥本部もすんなり認めることであろう。しかし……順番通りにチェスターでは、なぜいけないのか。と、アレックスはふんぎりがつけないでいた。
 チェスター大佐は、現在五十九歳で定年まで僅か一年しかない。将軍となれば定年は六十五歳まで延長されるとはいえ、それでも六年の在位でしかないことになる。艦隊司令官が交代した時、将兵の末端まで新司令官の考えや人となりが理解され、意志疎通ができるまでには数年はかかるだろうし、いざこれからというときにはもう定年間近で次の後継者を考えねばならないというのでは……。
 仮に年齢や現在の功績点などを一切考えずに、二人を天秤に掛けた時どちらが艦隊司令官にふさわしいだろうか。いや、この結論はいうまでもない、絶対的にチェスター大佐が選ばれるのが当然である。戦いを勝利に導く戦術能力はゴードンの方が勝っていることは確かであるが、反面作戦を強引に推し進めて反感を買うことも多い。その正反対をいくのがチェスターである。
 有り体にいえば、ゴードンは戦艦を動かすことを考えて乗組員を従わせるが、チェスターは乗組員を動員してから戦艦を動かすことを考える、という考え方の違いであろう。
 作戦能力には猛るが作戦を強引に推し進めて退くことを省みないこともある若いゴードンと、老練で隙のない布陣を敷いて慎重に戦いつつ将兵達には温情をもって人望熱いチェスター。
 第十七艦隊を構成する部隊は、連邦軍より搾取した艦船と敗残兵や士官学校を繰り上げ卒業した将兵など、はっきりいって寄せ集めの混成艦隊というのが、その実情であった。そんな将兵達がなんとかこれまでついてきたのは、アレックス・ランドール提督という英雄の存在と、数々の功績を上げて部下共々昇進してきたという餌が目の前にぶら下がっていたからである。
 将兵達が、これまでのように作戦指令に従って行動するかは、新司令官の裁量にかかっているといえる。ゴードンではどうか……少なくとも彼が育て上げたウィンディーネ艦隊は問題ないだろうが、ライバル関係にあるカインズ配下のドリアード艦隊やチェスターが連れてきた旧第五艦隊の面々が反目することは目にみえている。
 ゴードンとカインズというライバル関係にある二人の競争心を煽ることによって、結果として多大なる戦功を重ねてきたのであるが、二人が率いる分艦隊全体までが一種の派閥と化して相容れない関係に近くなってきていることも事実であった。これまではそれぞれに分艦隊を任せることで、人間関係の軋轢を回避できたのであるが、どちらかが艦隊司令官に選ばれるとなると、いっきに問題がこじれてくるであろう。
 その点チェスターならば、移籍組みであり中立的位置にあったことと、温厚派で人望もある。
「結局の問題は、年齢だけなんだよな」


 自宅においてアレックスから呼び出しを受けたチェスター大佐は、長年連れ添ってきた妻の前でふと言葉をもらした。
「これまで随分おまえに心配かけさせてきたが、それも今日で終わりだろう」
「やはり肩叩きですか?」
「わしより若くて優秀な人材がどんどん出てきているからな。一年で退役となる老骨がいつまでもでしゃばっていては士気にも影響するし、後進に道をゆずれってところだ。若くて勇壮な若者を推挙するのが本筋というものだ。誰が考えてもオニール大佐が次期艦隊司令官となるのが妥当というものだ」
「退役までどこに配属されるのですか」
「慣例では艦隊司令本部の後方作戦本部長、もしくは艦隊士官教育局長というところかな」
「それにしても後一年なのですね」
「よくぞここまで生き延びてこれたと感謝すべきなのだろうな。同期のものは、戦死したり傷病で中途退役したりして、ほとんど数えるほどしか残っていないというのに」
「無事定年を迎えられるだけでも幸せといえるのでしょうか」
「ああ……しかし、将軍になれなかったのは、やはり心残りだ。そうすれば老後の生活ももっと楽になるのだがな」
「あなた……」
「おっと、今更愚痴をいってもしかたないな。それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」

 シャイニング基地司令官室。
「チェスター大佐がお見えになりました」
 アレックスが司令官のオフィスに戻ってすぐに、インターフォンが鳴り秘書官が来訪を告げた。
「通してくれ」
「はい」
 ドアが開いてチェスターが神妙な表情で入室してきた。
「オーギュスト・チェスター大佐、命により出頭いたしました」
 チェスターは敬礼してアレックスの前に立った。
「椅子に腰掛けませんか」
 アレックスは老体を気遣って椅子をすすめた。ここは地上である、重力の小さい艦隊勤務の長い彼にはただ立っているだけでも重労働に値するからだ。
「いえ。ご懸念には及びません。老いたりとはいえまだ健在です」
「そうですか、結構ですね。では、早速本題に入りましょう」
「はっ」
「ご存じのように、私が第八師団総司令となり第十七艦隊司令が空席となりました。現在貴官にお願いして代行を務めていただいておりますが、一刻も早く人事を決定しなければなりません。敵の動向もさることながら、艦隊内での士官達の統制をまとめることも、最重要項目です。艦内では次の艦隊司令官が誰かということで、指揮系統に混乱が生じているふしも見られます。司令官代行として、あなたの耳にも入っているはずですね」
「はい、確かに」
「ウィンディーネ艦隊内では、ゴードン・オニール大佐に決定したという、まことしやかな流言もまかり通っているらしいですが、私は冗談としても一度だってそんなことを口に出した覚えはありません」
「申し訳ありません。私の指揮が至らないせいです」
 チェスターは、代行として任にあたっているにも関わらず、流言を押さえることのできない自分の、艦隊司令としての能力を問われているのだと感じた。
 やはり自分は更迭されるのだ。
 誰が考えても、ゴードン・オニール大佐が艦隊司令の席に座るのが自然であり、これまでの実績が物語っている。仮に自分が就任することになれば、ウィンディーネ艦隊の士官達が、こぞって反目するだろうことは目にみえている。
 チェスターは覚悟した。
 とはいえアレックスの表情は、これから更迭を言い渡そうとするには、笑みを浮かべて無気味に思えた。
「いや、誰が艦隊司令を務めても同じでしょう。ゴードンだったらば、ドリアード艦隊の士官が不平を並べていたでしょうね」
「そうでしょうが……結局は、納得すると自分は思います」
「まあ、ともかく結論を出しましょう。軍令部の決定を通達します」
「はっ!」
 チェスターは姿勢を正した。
「オーギュスト・チェスター大佐。本日付けをもって、貴官を第十七艦隊司令官に任じます。階級は准将」
「え……!?」

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2021.05.04 09:54 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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