銀河戦記/鳴動編 第一部 第四章・情報参謀レイチェル Ⅶ
2020.12.12
第四章 情報参謀レイチェル
Ⅶ
翌日、アレックスが起きて満員でごったがえすような食堂にいくと、レイチェル
は同室のジェシカや同僚の女性士官達とグループで集まって楽しそうに談笑していた。
「あ、司令。ここが空いてますよ」
と士官学校同窓のジェシカが、手を振ってアレックスを呼び寄せて、レイチェル
の隣を指し示した。
「今、パトリシアのこと話していたんですよ」
「パトリシア?」
といいながら席に腰を降ろした。レイチェルを横目でちらりと見ると、彼女は微
笑みながらこちらを見つめている。
「はい。彼女、士官学校を首席で卒業したそうです」
パトリシアはジェシカと寄宿舎を同一にした後輩である。だから直接パトリシア
から連絡が届いても不思議ではない。
「ふーん。首席か……、やはりというところだね」
卒業のことは知っているが、首席ということは聞かされていなかった。遠慮して
のことだろうが、普段から首席を通していたので納得する。
「よかったですね」
「何が、よいんだ」
「だって、首席ということは、部隊配属希望が一番乗りで選ばれるわけですよね」
「そりゃ、そうだが」
「パトリシアは、もちろんここへの配属を希望したそうです。当然、首席だから希
望通りここへ来れるはずです。また一緒に生活できるじゃないですか」
「なにいってるんだ」
「だめ、だめ。あなたとパトリシアのことはばれているんですから。模擬戦の後、
二人で旅行に出たこともみんな知っていますよ。夫婦として一緒に生活してるくせに」
「ちぇっ。ジェシカにかかったら、形無しだな」
彼女達はアレックスを魚にするように笑った。レイチェルも屈託なく彼女達と一
緒に笑っている。
その時艦内放送が鳴った。
『遅番の食事交替まで後十分です』
「あら、もうそんな時間なの。じゃあ、レイチェル、また後でね」
といって彼女達は、遅番と食事交替するためにそれぞれの部署へと戻っていった。
レイチェルは、アレックスの副官なので早番・遅番の交替勤務というものはなく、
規定の時間内に済ませればよいので、そのまま残って食事を続けることができた。
「ところでいい情報を、つかみましたわ」
レイチェルが口を開いた。昨夜のことはまるで意識にないといった表情であった。
こういうことは意外と女性の方が、覚めているのかもしれないし、アレックスにし
てもそうであってくれたほうがありがたい。いつまでも糸を引くような関係では
後々に問題を残すだろう。アレックスにはパトリシアがいるし、レイチェルもその
ことをよく理解してくれているのであろう。
「いい情報?」
レイチェルは特務科情報処理課に勤務する情報将校である。
「ええ、試作のハイドライド型高速戦艦改造II式が廃艦になるそうです」
「例のあの高速戦艦が?」
「はい。ここに改造II式の仕様書をお持ちしました」
「どれ、拝見させてくれ……」
「どうぞ」
手渡された仕様書を読み終えて、アレックスは腕組みしながらしばらく考えてい
たが、やがて目を輝かせて言った。
「レイチェル、この高速戦艦を何とか僕の部隊に持ってくることは出来ないだろう
か」
「出来ないことはないでしょうけど……難しいと思いますよ。廃艦が決定している
のですから」
「何としてでも欲しい。申請書を出してくれないか」
「わかりました。なんとか、努力してみます」
「よろしく、たのむ」
技術部開発設計課を訪れたアレックスは、親友であるフリード・ケイスンに面接
した。
「よお、久しぶりだな。司令官になったそうだね、おめでとう」
「ありがとう」
「で、司令官殿が開発設計課に何用かな」
「君に特殊ミサイルの設計をやってもらいたくてね」
「特殊ミサイル?」
「ここに概要の資料を持ってきている」
といって、手書きの簡単な設計図と仕様説明書、そして特殊ミサイルを使用する
作戦企画書を手渡した。フリードは企画書に目を通して驚いたように尋ねた。
「おいおい。本気でこの作戦を実行するつもりか?」
「もちろん」
「だが、この作戦目標だが……その強大なる防衛力から、攻略には少なくとも三個
艦隊以上の兵力が必要だと言われている。今までにも、准将や少将クラスの提督が
何度か攻略を試みて、散々の体で逃げかえっているのだぞ。君は諸提督から煙たが
れて独立艦隊に追いやられている身じゃないか。この目標に対する任務を与えられ
るには、君自信が提督のクラスに昇進しない限り無理だろう。少佐になったばかり
の君が作戦を立てるのは時期相応ではないのか」
「確かにそうかも知れない。しかし、今から作戦の準備をしておいてもいいんじゃ
ないかな。たとえそれを実行するのが十年先の話しであったとしてもね」
「まったく君は気が速すぎるな」
「用意周到と言ってほしいね」
「まあいい、要件は飲んだ。で、見返りは頂けるのかな」
「パトリシアをくれ、という要求以外なら考慮しよう」
「誰が人妻なんかいるもんか」
「あ、それから……君は、第十七艦隊独立遊撃部隊の技術要員として転属が決定し
たから……そこんとこ、よろしくな」
「なんだとお! ちょっと、待て」
「辞令は、たぶん明日あたり届くと思う」
「何てことしてくれたんだよ。俺が無重力アレルギーなのを知ってんだろが。だか
ら艦隊勤務にならない技術部開発設計課を選んだんだ」
「おまえのは、ただの宇宙船酔いだろ。大丈夫だ、旗艦サラマンダーには重力居住
ブロックがあるから、船酔い程度なら軽減できるさ」
「しかし、なんで俺がおまえと同行しなければならないんだ。ミサイルの開発設計
なら地上でできるじゃないか」
「そうもいかない。特殊ミサイルを実際に使用する前に、数度の演習が必要だしそ
の度に改良を重ねて万全を期したい。つまり改良設計のために君が必要というわけさ」
「こうなりゃ、見返りをたっぷりもらわんといかんな」
「それにだ……君の持っている次元誘導ミサイルの開発援助をしてもいい」
「次元誘導ミサイル?」
「確か、ミサイル一発の開発生産に戦艦三十隻相当分の予算がかかるんだったよな」
「あ、ああ……極超短距離のワープ誘導システムがね……」
「そうだろうな。一飛び一光年飛べる戦艦で、目の前一メートル先にワープするに
等しいことをするんだからな」
「まあね。ミサイル一発作るより、実物戦艦三十隻のほうが実益があるとかで、ど
こからも製作依頼がこない」
「そりゃそうだろう。戦艦なら撃沈されない限り何度でも戦闘に参加できる。たっ
た一発限りの消耗品に戦艦三十隻分の予算をつぎ込むことなど、具の骨頂というも
のだ」
「だが、作戦次第では、絶対に三十隻以上の働きをできるはずなのだ」
「たとえば?」
「あの強大堅固なタルシエン要塞を内部から簡単に破壊できる。反物質転換炉ない
しは貯蔵システムにぶち込んでやれば、一発で木っ端微塵にできる。でなくても動
力炉、メイン中枢コンピューター、中央管制センターなどの主要部分を攻撃すれば、
数発のミサイルで機能停止して簡単に落ちる」
「それは無理だな。同盟軍中枢部は要塞を破壊するのではなくて、攻略して手に入
れることを考えているから、主要部分への攻撃は許されていない」
翌日。
「ベンソン課長……」
「おお、ケイスン。転属の挨拶か」
「はい。しかし……ベンソン課長。私の転属をよくお認めになられましたね。今開
発中の機動戦艦の設計中で一人でも多くの人手が欲しいはずなのに」
「ああ……その機動戦艦なんだが……。実は、ランドール少佐の部隊に配属が決ま
っているのだ」
「ちょっと待ってください。機動戦艦は宇宙戦艦じゃありませんよ。大気圏内防衛
専用の空中戦艦です。アレックス、いえランドール少佐には必要ないと思いますけ
ど。何せ彼は最前線ですから」
「わしにもわからんが、わしの機動戦艦の仕様を読んだランドールがぜひ自分の部
隊に配属させたいと上層部に申請して受理されたんだ。何せ、開発は始まってはい
たが、配属先が決まらず宙に浮いたままだったからな。すんなり決まってしまった」
「しかし、なんで空中戦艦なんか……」
「輸送艦に積んで占領地の掃討作戦にでも使用するつもりかもな」
「無理ですよ。こんな巨大な機動戦艦を積んで大気圏突破できる輸送艦なんてあり
ません」
「そういわれればそうだな。ともかく。わしとしては、配属先が決定して喜んでい
る。だから君の転属依頼があった時でも、断り切れなくてね。ま、君の担当のメイ
ンエンジン部門はほぼ完了しているから」
壁に貼られた機動戦艦の設計概要図を見つめているベンソン。
「それから君には、少佐が旗艦として乗艦するハイドライド型高速戦艦改造II式の
エンジンの改良を手掛けてもらうそうだ」
「ハイドライド型高速戦艦改造II式……? それって廃艦に決定したんじゃ……」
「いや、こいつも少佐の部隊に配属されたそうだ」
「一体何を考えているんだ。アレックスは……」
「ああ、それから。旗艦サラマンダーに乗艦したら、娘のスザンナに渡してもらい
たいものがあるのだが、頼んでもいいかな」
「サラマンダー?」
「知らなかったのか。ハイドライド型高速戦艦改造II式のうちの一隻がサラマン
ダーと命名されて、ランドール君の旗艦に決まったのだよ。その旗艦の艦長になっ
たのが、スザンナというわけさ」
「そうでしたか。しかし、旗艦の艦長とは素晴らしいじゃないですか」
「まあな。娘はミッドウェイ宙域会戦はもちろんのこと、士官学校での模擬戦闘大
会当時から、ずっとランドール君の乗艦の艦長やってるんじゃよ。絶大なる信頼関
係というところかな」
第四章 了
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第四章・情報参謀レイチェル Ⅵ
2020.12.11
第四章 情報参謀レイチェル
VI
数日後。
アレックスは本格的に部隊の再編成に大車輪で取り組みはじめた。情報処理が専
門のレイチェルという優秀な副官を得て、仕事は順調かつスピーディーにはかどっ
ていた。
そんな女性士官の軍服を着込んでアレックスの副官としてかいがいしく働くレイ
チェルの姿を横目でちらちらと眺めながらも、その美しい容姿に思わず変な気分に
ならざるを得ない自分自身を異常かなと思ったりもした。タイトスカートの裾から
のぞく白くて細い足に思わずどきりとすることが、何度あることか。
「紅茶はいかがですか?」
「ああ、頼む」
レイチェルはアレックスから依頼される仕事をてきぱきとこなしながらも、個人
的なアレックスの身の回りのせわもしてくれていた。司令官として与えられたアレ
ックスの個室の掃除や、衣類の洗濯といったこまごまなことも率先してやってくれ
ていた。女性特有のこまやかな心配りを忘れない、副官として有能な人物であった。
アレックスは彼女をその他の女性士官達と区別することなく扱った。女子更衣室
や浴室、トイレの使用まですべてに渡ってである。無論女性士官達は彼女が性転換
者であることも知らずに、仕事を共にしていることになるのだが。実際彼女と同室
になったジェシカ・フランドル少尉などは、時々衣類などの取り替えっこをするく
らいの大の仲良しになるほどで、それほど完璧に女性になりきっていたのである。
いや、なりきっていたという表現は彼女にたいして失礼であろう。アレックスとレ
イチェル本人にとっては、女性そのものに相違なかったのである。第一、軍籍上は
女性として登録されている以上、そうするよりになかったのではあるが。
ある日、アレックスはレイチェルが副官としてよく尽くしてくれるので、その労
をねぎらう意味で、二人とも非番となる明日にデートへ誘うことにした。ジュビロ
との面談の後にデートらしきものはしたが、正式なデートはまだであった。
「え? あたしとですか」
「うん。どうかな」
実は誘いの言葉をかけたものの、冷や汗ものであったのだ。形成手術を施して身
体は女性として生まれ変わり、言葉使いや態度は完全に成りきっているものの、心
の中までは覗くことはできない。精神的にも男性を受け入れることのできる真の女
性であるかどうかがわからなかったからだ。一部の性転換者の中には、男でいるの
がいやだからとか、女性の素敵なドレスを自由に着てみたいからとか、そういった
理由で手術を受ける者もいると聞く。当然異性としての男性には全く興味を持たな
い、自分本意だけの完全な女性になりきっていない者もいるわけだ。
しかし、レイチェルは、身も心も完璧な女性であった。それはアレックスも幼少
の頃から気付いていたことだ。レイチェルは昔から女っぽい性格をしていた通り、
異性のアレックスから誘いを受けて、その心情を包み隠さず表情にさらけ出すよう
にして喜んだ。
「うれしいわ。あなたが誘ってくださるなんて」
「いつもよくやってくれるから、感謝をこめてね」
「じゃあ。ホテルのプールに泳ぎにいきません?」
「プール?」
「ええ。その後はホテルで一緒にディナーをいただくの」
アレックスは、いいのかな……と当惑した。プールに行くとなればもちろん水着
になることになる。わざわざ水着になることを希望したということは、自分の身体
に自身を持っているということになるわけだ。そんな彼女の水着姿を見たい気もする。
レイチェルが勤務を終えて、女子更衣室で着替えをしていると、ジェシカが話し
掛けてきた。
「ねえ、レイチェル。明日非番でしょ。一緒にどこか遊びにいかない?」
「ごめんね。先約があるの」
「え。誰なの、相手は」
「内緒」
「わかったあ。少佐とね、彼も非番だもの」
「想像におまかせするわ」
といってレイチェルは微笑んだ。
「やっぱり、そうなのね。いいなあ……『ただの幼馴染みよ』とか言っておきなが
ら、結局仲良くやってるのね」
「言っときますけど、あたし達は健全な関係ですから。第一少佐には、れっきとし
た婚約者がいるんですからね」
「それくらいは、あたしも知っているわ。パトリシアよ。あたしの後輩なんだから」
翌日、レイチェルは下着姿で鏡台に座って簡単に化粧を済ませると、白い木綿の
ドレスを着込んだ。デートだというのに化粧を簡単にしたのはどうせプールにつけ
ば化粧を落とさねばならないし、念入りな化粧はディナーの前に施すつもりだった。
そのディナーの時に着るためのドレスもすでに別に用意してある。
今回のデートの場所にあえてホテルのプールを選んだのにはわけがあった。奇麗
な身体になった自分自身をアレックスに見て欲しかったのである。ごく自然な場所
でとなると、水着になれるプールしかない。
待ち合わせの場所にそろそろ行かなければならない時間になっていた。鏡に自分
の身体をもう一度映して、衣類の乱れなどの最後のチェックをしてから、レイチェ
ルは部屋を出た。
女子寮から歩いて五分ほどの所に、小さな公園があった。その入り口近くの噴水
のそばのベンチが待ち合わせ場所であった。
約束の時刻丁度にアレックスは、エアカーで迎えに来た。
「さすがにアレックスね。時間厳守だわ」
「その荷物は?」
プールに行くにしては、大きな荷物に疑問を抱いたアレックスが尋ねた。
「水着と、ディナー用のドレスよ」
男性と違って女性は衣装には気を遣うものだ。ホテルで食事となれば、それなり
の衣装が必要だ。
「ああ、そうか……じゃあ、行こうか。女子寮の連中に見つからないうちに」
「そうね」
レイチェル自身にしてみれば、別に見つかっても構わないと思っていたが、アレ
ックスには部隊運営にかかわる重大問題事であった。上官と副官との情事なんて取
りだたされれば、士気にかかわるし、世間の週刊誌が放っておかないだろう。なに
よりパトリシアに言い訳がつかない。
アレックスはレイチェルの荷物を抱えると、エアカーの後部座席にしまった。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
レイチェルが助手席に乗り込み、アレックスはエアカーを走らせた。
プールサイドに置かれたビーチベッドに横たわっているアレックス。女性の着替
えは時間がかかるものであり、先にプールサイドに来てレイチェルのおでましを待
つことにした。果たして彼女はどんな水着を来てくるかというのが、アレックスの
感心事であった。ワンピースかビキニか。目を閉じレイチェルの水着姿を想像して
いた。
「お待たせ」
そこへ黒い生地に縁に金ラインの入ったビキニの水着姿でレイチェルは現れた。
はじめて見るレイチェルの水着姿。身体のラインがくっきりと手に取るように見
えている。
まさしく完全な女性の肢体が目の前にあった。
何せ自分からプールに行こうと言い出した彼女である。身体のラインには相当の
自信があったのだろう。
「きれいだよ」
開口一番、誉め言葉を述べるアレックス。
「どっちが?」
レイチェルが尋ねたのは、きれいなのは水着か、自身の身体のことか、と確認し
たのである。
「もちろん両方さ」
「ありがとう」
といって隣のビーチベッドに横たわるレイチェル。
数時間後、ホテルのレストランに二人はいた。
ピンク系のドレスを身に纏い、しとやかに料理を口に運ぶ仕草は、まさしく女性
のそれであった。
身体的・精神的なものに加えて、立居振舞に関しても完璧な女性であった。
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第四章・情報参謀レイチェル Ⅴ
2020.12.10
第四章 情報参謀レイチェル
V
数日後。
ダウンタウンの界隈を散策するアレックスとレイチェルの姿があった。
レイチェルはワンピースに身を包んでアレックスの腕に自分の腕をからませて、
まるで恋人風気分といった感じであった。
「彼はこの建物の地下にいるはずです」
「地下への入り口は?」
「裏手から入れるようになっています」
二人はビル脇の狭い通路から裏手に回った。
「しかし汚いなあ」
足元には空き缶などのごみが散乱し、壁には雑多なペイントの落書きで埋め尽く
されていた。
「ダウンタウンですからね」
「君はこういうところに頻繁に出入りしているのか?」
「まさかあ……特別な時だけですよ」
「だろうね」
中へ入った途端、背後の扉が閉められて、逃げられないよう扉の前に塞がるよう
に男達が立ちはだかった。
見た目にも柄の悪い、危ない雰囲気の連中が、二人を取り囲んだ。
その群れをかき分けるようにして、見知った顔の男が現れた。軍のシステムにハ
ッカーしてきたあの男、ジュビロ・カービンである。
「よく来たな英雄さん。ところで俺からの贈り物は届いたかね」
「ああ。さすがだな、あのカウンタープログラムを看破してくるとはな」
「俺の腕前を試したようだが、あれくらいのカウンターで神出鬼没のこの俺を排除
しようと考えるのは甘いな」
ジュビロに案内されて奥まった場所にあるテーブルに着席する一同。
「君の腕前には感服した」
「だてにハッカーを何年もやってはいないさ。さて……要件を聞こうか」
「レイチェルから大まかな事情は聞いていると思うが、君のそのハッカーの技量を
貸してほしい」
「で、目標は?」
「これが企画書だ。目標はそこに記されている通りだ」
アレックスは企画書を差し出した。
ジュビロは企画書を受け取り、内容を確認して驚いて言った。
「こ、これは……!」
なおも企画書を熟読を続けるジュビロ。
やがてポトリと企画書をテーブルの上に放り出して尋ねた。
「内容は了解した。しかし、本気でやるつもりか」
「もちろんだ。どうだ。ハッカーとしてのその腕前を存分に発揮してみたいと思わ
ないか?」
「確かに。この目標にアクセスできるならば、やってみる価値はある」
「まだ誰一人として侵入した者がいないそうですわね」
「そりゃそうさ。完全に外部から遮断された独立コンピューター系が支配している
からな」
「そうでしたの?」
「あたしにも読ませてよ」
仲間の女性の一人が企画書を読もうとしたが、
「だめだ!」
と叫んでジュビロが企画書を取り上げた。
「なにすんのよ」
いきまいて怒りだす女性。
「決まっているじゃないか。この計画は、極秘理に進行させなければ意味が無い。
なにせ何十年かかるかわからない計画だ。直接の当事者以外知られてはいけないの
さ。どこから計画が洩れるか判らないからな。おまえもハッカーの一人ならわかる
だろう」
「そりゃそうだけど……」
しぶしぶながらも納得して同意する女性。
「彼が危険を冒してまで、直接この俺にアクセスしてきたのもそのせいだ。な、そ
うだろう、アレックス君」
「まあね……」
アレックスは、さすがに切れる男だと察知した。企画書に一度目を通しただけで、
遠大な計画の全容を把握している。
「だが、どうやって目標に接触するつもりだ。この計画を実行するには、目標に直
接アクセスする必要がある。いくらこの俺でもそれは不可能だ。現状ではどうにも
ならんぞ」
「今はまだ、不可能だが、いずれそれを可能にしてみせる」
「どうやって? どう考えても今のおまえには実現できないだろう」
「今はまだ何とも言えない。今後の情勢によって臨機応変というか、多分に未知数
が多過ぎる。ともかく、この計画は同盟の将来を左右する重大な作戦となることは
確かだ」
「ジュビロ、受けてたってやってやろうじゃない。何だかんだ言ってこの人はあた
し達に挑戦しているのよ」
「そうだ。俺達のハッカーの腕を試そうとしている」
「同盟の将来がどうなろうと、俺達の知ったこっちゃない。だが、不可能といわれ
る巨大なシステムに対してチャレンジするのは、ハッカーの夢だ。いいだろう、依
頼を受けようじゃないか」
ジュビロは立ち上がって、承諾の意志を表すように握手を求めて来た。それに応
じて同じく立ち上がって手を差し出すアレックス。やさぐれに囲まれているこうい
った状況の中で、手を塞がれる握手に応じることは、相手を完全に信用するという
意志表示でもある。
「ともかく目標の情報が極端に不足している。皆目といっていい。情報はそっちの
方で手当してくれるのだろうな」
「それは軍の情報部に働きかけてみよう。そういった方面は軍のほうが専門だから
な。軍が収集した情報を、君達に直接流せないが、好きなだけハックして取り出す
がいい」
「ハックして取り出せだと? 言ってくれるぜ」
「君達なら、雑作ないことだろう」
「それはそうだが……。司令官殿がこんなことして、事態が表面化すればスパイ容
疑で軍法会議にかけられるのではないか」
「それは間違いないだろう。だが、同盟が存続してこその軍隊であり、司令官の地
位があるのだからな」
「まあいい。ともかく協力すると約束しよう」
「ジュビロ、ありがとうございます」
「とはいっても、目標のシステムのOSすら判明していない。その概要を把握しカ
ウンタープログラムをかいくぐって侵入する手だてを確立するのには、それなりの
周到なる準備が必要だ。軍の情報部の活躍次第というところだが、解明には軍部の
総力をあげても数年掛かるかもしれないがな」
数時間して、地下室から出てくる二人。
「さて、まだ時間があるな」
「せっかく二人で出てきたのですから。これからデートってのはいかがでしょう」
といって微笑みながらアレックスの腕に、そのか細い腕をからませた。
「そうか……、それもいいかもしれないな」
「うふふ……」
ダウンタウンのビル街の谷間を、寄り添って歩きだす二人であった。
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11
2020.12.12 08:25
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