銀河戦記/鳴動編 第一部 第五章 独立遊撃艦隊 Ⅳ
2020.12.17

第五章 独立遊撃艦隊




 サラマンダー艦橋の指揮官席に陣取るアレックスと、そのすぐ側に立つパトリシア。
「全艦。出航準備完了しました」
「よし、行くとするか」
「行きましょう」
 目の前の指揮パネルに手を伸ばすアレックスだが、その動きを止めしばし考え込んでいた。そして、意を決したように、背後に待機しているパトリシアを呼んだ。
「ウィンザー少尉」
「はい」
「君が、出航の指揮をとりたまえ」
「え……? は、はい。わかりました」
 一瞬躊躇するパトリシアであるが、上官の命令は絶対である。
 立ち上がったアレックスの代わりに指揮官席に腰を降ろし、深呼吸してから指揮パネルを操作した。するとスピーカーから戦術コンピューターからの音声が返って来た。
『戦術コンピューター。貴官の姓名・階級・所属・認識番号をどうぞ』
「パトリシア・ウィンザー少尉。独立遊撃艦隊副官。認識番号 A2B3-47201」
『パトリシア・ウィンザー少尉を確認。指揮官コードを入力してください』
 アレックスから伝えられた副官に与えられる指揮官コードを入力するパトリシア。
『指揮官コードを確認。パトリシア・ウィンザー少尉を指揮官として認めます。ご命令をどうぞ』
 艦艇を動かすには、オペレーターに指示して発動する場合と、自動運転で各艦の制御コンピューターにまかせる場合とがあるが、どちらにしても実際に艦を動かすのは、制御コンピューターである。そして各艦の制御コンピューターを統制運用するのが、旗艦にある戦術コンピューターなのである。指揮官コードを入力しなければ各艦の制御コンピューターは作動しないようになっている。つまり指揮官不在では艦は動かないということである。
「パトリシア・ウィンザー少尉である。少佐の命令により、部隊の指揮をとる。これより全艦に対し、本作戦に使用する艦隊リモコン・コードを発信する。確認せよ」
 発言と同時に指揮パネルを操作するパトリシア。
 艦隊リモコン・コードは、艦隊を組んで整然と航行する際に艦と艦の異常接近を回避したり、往来撃戦で敵味方入り乱れて戦う時に同士討ちを避けるためや、誘導ミサイルの敵味方識別信号としても入力されるものだ。特に、全艦一斉にワープするには、ワープタイミングを旗艦に同調させなければ、ワープアウト時に艦同士の衝突が避けられない。いくらドッグファイトを公言していても、まったく使用しないというわけにはいかないのだ。
 正面のパネルスクリーンには各艦の位置を示す赤い光点が点滅している。それが次々と青い点灯に変わって、各艦が艦隊リモコン・コードを確認したことを現していた。
「指揮官。全艦、艦隊リモコン・コードを確認。発進準備完了しました」
「よろしい……」
 パトリシアは背後の副指揮官席に着席したアレックスに視線を送り、静かに頷いたのを確認して、改めて部隊に指令を発令した。
「では、これより、訓練航海に出発します。全艦、手動モードで微速前進」
 すぐさまパトリシアの指令を全艦に伝達するオペレーター。
「全艦、手動モードにおいて微速前進せよ」
 その指令は各艦において反復伝達されていた。
「手動モード!」
「微速前進」

 一方ゴードンも、副司令官として自分に与えられた全部隊の三分の一相当の配下の艦隊に対して、準旗艦「ウィンディーネ」上から指令を伝達していた。
「サラマンダー艦隊の初陣だな……君がまとめあげた艦隊のね」
 と傍らのレイチェルに話し掛けるゴードン。
「さっきから緊張しっぱなしです」
「まあ、子供を送り出す。母親の気分というところかな」
「はい」
「よし。全艦手動モードにて微速前進」
 くしくも彼が口にしたサラマンダー艦隊という呼称は、やがて連邦を恐れさす代名詞として使われることになるとは、この時点で誰が予知できただろうか。

 もう一人の副司令官ガデラ・カインズ大尉は、準旗艦「ドリアード」上にいた。
 彼は、再編成前の旧第六部隊からの引き継ぎであった。本来自分が司令になるはずだった部隊に、新参者の十歳年下の司令官がやってきたことで、アレックスに対する心象はあまりよくなかった。全艦ワープを実行する時以外、艦隊リモコンコードを使わない作戦に一番最初に反対したのも彼である。しかし、軍規には逆らうことのできない根っからの軍人気質で、たとえ年下であれ上官であるアレックスがひとたび命令を下せば素直に従っていた。

 高速軽空母「セイレーン」に坐乗するジェシカ・フランドルは、アレックスの部隊の航空参謀兼空母攻撃部隊長として艦載機運用の全責任を任されていた。
 艦載機発進デッキの映像がモニターに映しだされる。モニターを背に戦闘員達に指示を出しているジミーの姿があった。
「班長、航空参謀がお呼びです」
 オペレーターの声に気付いて振り替えるジミー。
「ああ、これはこれは航空参謀殿。艦載機の発進準備は万端整っております」
「どうです、戦闘員の士気は」
「上々です。皆張り切っております」
「そうですか。戦闘員には新兵も多くいます。十分訓練を重ねて、安心して実戦に臨めるようにお願いします」
「まかせておいてください」
「よろしくたのみますよ」
「はっ」
 ジミーが敬礼したところで、モニターは切り替わり、パトリシアの映像に変わった。
「丁度よかった。こっちの準備は整ったわ。いつでも出られますと司令に伝えて」
「わかりました」
「ああ、パトリシア」
「はい」
「士官学校と違って実弾による戦闘訓練よ。あなたには初めての経験になるわね。頑張りなさい」
「はい。先輩」
 ジェシカは軽くウィンクを送ると通信を切った。
 一方のパトリシアは、通信が終了しても、しばし映像の消えたパネルを見つめていた。感慨深げといった表情だ。
 そんなパトリシアを見つめるアレックスも、はじめての戦闘訓練に参加する心境を察知して、やさしい表情をしていた。

「戦闘訓練座標に到着しました」
 航海長のアイリーン・アッカーソンが進言する。
「ようし。いってみるか、パトリシア交代だ」
「はい」
 モニターから目を離し、アレックスの方に向き直って明るい表情で答えた。
 通常航行ならともかく、訓練とはいえ戦闘指令となると、パトリシアにはまだ無理である。
 席を外してアレックスに譲るパトリシア。
「ごくろうだった。上出来だったよ」
 ねぎらいの言葉を交わして指揮官席に座るアレックス。
「アレックス・ランドールである。全艦に発令。これより戦闘訓練を開始する。第一級戦闘配備だ。艦載機全機発進準備せよ!」
 艦内の照明が一斉に警告灯に替わり、けたたましくベルが鳴り響いた。
 艦内を右往左往しながら戦闘配備の指令にたいして行動を開始する隊員。居住区からも待機要員の隊員が飛び出し受け持ちの戦闘装備に向かって駆け出している。

 空母セイレーンでもジェシカからの指令直下、全戦闘員がそれぞれの戦闘機に搭乗して発進準備に入っていた。
「艦載機全機発進」
 艦載機発進デッキでは、戦闘機がつぎつぎと発進を開始し、艦隊の周辺に展開をはじめる。
 旗艦サラマンダーの艦長スザンナ中尉の元には戦闘配備状況の報告が次々に伝えられてくる。
「第一砲塔、戦闘準備完了しました」
「高射機関砲。戦闘準備よし」
「艦首ミサイル発射管準備よし」
「機関部、総員の配置を完了しました。戦闘速度三十七宇宙ノットまで可能。原子レーザービーム砲の出力ゲインは八十五パーセントで、発射タイミングは零・七秒間隔。連続掃射限界は三分、再充填所要時間は七分です」
 スザンナ艦長が立ち上がって報告した。
「司令。旗艦サラマンダー、戦闘準備完了しました」
「よし! そのまま待機せよ」
「はっ」
 なおも続々と各艦より戦闘準備完了の報告が続いている。
「さすがに、スザンナだな。戦闘準備完了までたった二分四十五秒だ。規律の行き届いた良い艦だ。旗艦にふさわしい」
「こちら、ジェシカ・フランドル。艦載機の展開を完了しました。いつでも出撃可能です」
 すべての艦艇からの戦闘配備の報告を受けて、
「全艦、戦闘準備完了しました!」
 スザンナ・ベンソンが声高らかに進言する。

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2020.12.17 16:44 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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