銀河戦記/鳴動編 第一部 第三章・模擬戦闘 Ⅴ
2020.11.30
第三章 模擬戦闘
V
ジャストール校に与えられた第八番基地は、演習場の中程に位置し、アレックス
達の基地より距離にして二百七十天文単位のところに浮かんでいた。
背後には濃密なガスが集まって雄大な輝きを見せる「ベネット散光星雲」があっ
た。
青白く燦然と輝く非常に若い高温の恒星からの紫外線の放射によって、水素が電
子を剥ぎとられて電離し、特有の赤い輝線スペクトル光を放って、一帯が薄紅の
ベール状となって美しく輝いている。付近一帯は一万度Kほどの高温になっており、
その内側にはさらに高温の酸素が放つ鮮やかな緑色の領域が広がっている。さらに
安定なはずのヘリウム原子までもが電離して青く発光することもあるが、青い部分
の実体は反射星雲と呼ばれる星間塵などの雲が近くの星々の光を反射している姿で
ある。なぜなら青い光ほど効率的に散乱されるからである。
参照「ロブスター星雲ngc6357」
その散光星雲に入り組むようにして暗黒星雲が隣接しており、より濃密なガスや
塵が背後の光を遮って真っ黒に見えている。暗黒星雲の温度は二百十度Kと低温だ
が、さまざまな原子と分子が激しくぶつかり合いながら、重力収縮によって中心に
向かって落ち込みつつ新たなる恒星を形成しようとしている四つの原始太陽星雲が
あった。
星間ガスが中心に落ち込む際に解放される位置エネルギーが熱となって中心付近
の温度を上げていく。現在の最中心温度は三千七百度K、この段階ではまだ核融合
は起こらず発光にも至らないが、電波や赤外線を使って観測すれば激しい活動の息
吹を知ることが出来るだろう。やがて星が誕生すれば付近の暗黒星雲もいずれ散光
星雲として輝きはじめることになる。
十六番目に発見されたということからベネット十六と名付けられた領域の、その
ただ中を進行する百隻ほどの艦隊があった。
強烈な稲光が炸裂するたびに、濃密なガスを伝って、耳をつんざくような大音響
が艦内を揺るがす。
「だ、大丈夫でしょうか」
艦橋にあって、指揮官席に陣取るアレックスのそばに控える副官のパトリシアが、
心配そうな声で尋ねた。生まれてこの方経験したことのない、荒々しい天候に動転
して、アレックスのそばから離れないようにして、その右腕を両手でしっかりと握
り締めていた。万が一の時には、夫と共にあるということが、せめてもの慰みとい
うところである。
「心配するな。これくらいの嵐では、艦はびくともしないさ」
安心させるように自分の右腕をつかむパトリシアの両手にそっと左手を添えてな
だめるアレックス。
実際にはアレックスとて、逃げ出したい心境は同じであったのだ。しかし指揮官
が震えていては全体の士気に影響する。自分自信を奮い立たせ、やせ我慢している
のを気付かれないように、冷静を装っていた。
艦橋では、オペレーター達は比較的冷静に振る舞っているが、艦内のあちらこち
らでは、詳しい事情を知らされていない乗員達の怒号や悲鳴が繰り返されていた。
「誰だよ。極めて安全性は高いとか言った奴は! これのどこが、流れがゆるやか
だと言うんだ」
「こんな作戦を考えたのは、誰なんだ?」
「指揮官殿か、作戦参謀のウィンザー女史だろうな」
「ったく。何考えてんだか」
「といったところで、ここまで来ちまった以上。後戻りはできめえ」
「行くっきゃないってかあ」
「そん通りだ」
とにもかくにも、行けと命令されれば行くしかない軍人の定め。指揮官アレック
スの戦術能力は誰しもが知っていること、大船に乗ったつもりで命運を彼に託すし
かなかった。
「スザンナ。現在の艦の状況はどうか」
「はい。艦に損傷は見られません。システムは正常に作動中。現在の艦内温度は二
十五度で、ほぼ三十分に一度の上昇が見られます」
一方突撃強襲艦上のゴードン・オニールも冷や汗流しながら、自分の艦をアレッ
クスの艦に平行して進行させていた。
突然激しく艦が大きく揺れて軋んだ。
「どうした」
「はい。並進する艦が接触してきました」
というが早いか、再度の衝撃が襲ってきた。
「副隊長」
ゴードンの艦に同乗する参謀が話し掛けてきた。
「なんだ」
「せめて艦隊リモコンコードを作動させませんか。このままでは、敵基地に到着す
る以前に、このベネット領域内で接触事故を起こして自沈する艦も出るかもしれま
せん」
「だめだ。この領域には強力な電磁界ノイズがあって、艦隊リモコンコードは正常
に作動しない」
「わかってはいるのですが……」
「ならば聞くな! いいか。俺達は装甲の厚い強襲艦だからまだいいが、駆逐艦に
乗ってる奴等は、もっとひどい状態になってるはずなんだぞ」
再三の衝撃に号を煮やしたゴードンは、操艦手のところへ走り寄った。
「俺にやらせろ」
操縦手を押しのけるように操縦席につく、ゴードン。
「操艦の経験はあるのですか?」
「シミュレーションは五回やった」
「実戦の経験はないんですね」
「いいかい。こういう状況の時、物を言うのは経験ではなく度胸なんだぜ。ジャス
トールの点取り虫のミリオン坊っちゃんにはわからんだろうがな」
「ベネット十六の最深部に入りました」
ゴードンは操縦桿を握り締めながら、艦内放送のマイクを取った。
「これより自動操舵装置を解除する。総員、船の震動に注意しろ。立っているもの
は、投げ出されない工夫をするように」
「自動装置を解除するですって!」
「自動装置を作動させていてもこの程度だ。どうせなら、解除したほうがましかも
知れんだろう」
艦内のあちこちではそれぞれが震動への対策を取っていた。機器にしがみつく者、
紐で機器のでっぱりに身体を縛り付ける者。
「いくぞ。自動操舵装置解除」
ゴードンが装置のスイッチを解除する。
ガクンと揺れる機体。
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11
銀河戦記/鳴動編 第一部 第三章・模擬戦闘 Ⅳ
2020.11.30
第三章 模擬戦闘
IV
首都星トランターから四・七光年ほどのところにサバンドール星域、クアジャリ
ン星区共和国同盟軍演習場がある。一帯は希薄なガス状物質が取り囲み、索敵レー
ダーの能力を著しく減少させる。同盟軍の艦搭載の索敵レーダーは、演習場全域を
見通してしまう能力を持っていたが、ガスのためにその性能は五十分の一ほどに落
ちていた。それがかえって演習には丁度よい索敵距離と判断されたのである。
演習場内にはいくつかの施設が点在する。最大の施設であるゴルディッツ要塞基
地を含めて十八の基地と二十七の各種施設がある。ゴルディッツには、演習場すべ
ての施設を統括運営する本部が置かれており、物流センター・病院・レクレーショ
ン施設など演習場を円滑に機能させるための施設が充実していた。また、それ自体
も要塞攻略戦用として模擬戦闘に参加、有事にはそのまま防衛基地として機能する。
演習場の中でも最も外れに位置したところにある基地が、今回アレックス達に与
えられた第十二番基地である。基地は小惑星上に施設されており、基地全体を覆う
エネルギーシールドが、呼吸するための大気を閉じこめ、かつ有害宇宙線の侵入も
阻止しているために、気密服なしに生活することが可能である。とはいえ小惑星の
質量が小さいので重力は皆無に近く、長期の滞在は不向きであったので、演習時以
外は使用されていない。
一足先に到着した技術将校のレイティ達によって、凍結されていた基地のシステ
ムが起動されて、現在第十二番基地は活動を再開していた。
管制塔内でコンピューターシステムをいじりまわしているレイティ達。窓からは、
空全体を覆うエネルギーシールドが虹色に美しく輝いている様が眺望できる。
そのエネルギーシールドの一角が、火花を散らしたかと思うと、黒い艦隊が突如
出現した。エネルギーシールドを突破することのできる突撃強襲艦である。その数は二
十隻で、煙幕弾を投下しながら基地の滑走路へ強行着陸を敢行する。着陸した艦から
は、迫撃砲と麻酔銃を携えた白兵部隊が飛び降りてきて、管制塔へ突撃を開始した。
その部隊を指揮していたのが、ゴードン・オニールであった。
「第一小隊は管制塔へ突入、第二・第三小隊は基地格納庫、第四小隊はこの場で艦
の防衛にあたる。全員作戦にかかれ!」
ゴードンの号令以下、白兵部隊はそれぞれの目標へ向かって突撃を開始した。
ゴードン自らも、第一小隊に参加して管制塔に突入する。ゴードンを先頭に、麻
酔銃を携えた兵士が階段を昇り詰めていく。
管制塔指令室。
「これでいい。信号を送ってみろ」
レイティが、助手に向かって合図した。
助手は、携帯端末を操作している。
「どうだ、うまくいったかな」
といいながら端末のディスプレイを覗いてみるレイティ。
やがてディスプレイに基地周辺の勢力分析図が現れた。
「成功です」
「よくやったぞ。これで俺達の任務は終わった」
その時、ドアが開いてゴードンが入ってくる。
「手を上げろ!」
麻酔銃を構えるゴードン。
「おい。よせよ、俺達は敵じゃない」
「わかっているが、一応訓練の一環でね。おとなしく床に手を付いて腹這いになっ
てくれないか」
「わかったよ……やればいいんだろ」
レイティは、指示された通りに従った。
「隊長。あれを」
隊員の一人が窓の外を指差した。
そこにはエネルギーシールドの一部が開いて、戦闘機の護衛に守られるようにア
レックス達の艦船が進入してくるところだった。
空を仰いで、着陸体制に入った艦隊を見つめるゴードン。
「ついに来たか」
会議室に集まった参謀達。
「レイティ。進行状況はどうか」
会議開始早々、アレックスがレイティに確認をとった。本作戦中、作戦の成否の
鍵を握るもっとも重要な部門を担当しているからである。
「はい。システムの改造は完了、お望みの通りに」
「ご苦労だった。戦闘開始時間までゆっくりと休んでくれ」
「それではお言葉に甘えさせていただきましょう」
「ゴードンの方は?」
「万事怠りなしだよ」
「結構。では、最後の打ち合わせに入ることにしよう」
「おい、俺には休憩はなしかよ」
「鉄の心臓を持っているおまえには必要ないだろう」
「よく言ってくれるぜ」
「まず最初に、作戦に参加する艦艇の確認から始めよう」
「はい」
パトリシアが立ち上がって、作戦に参加する艦艇の全容、艤装やミサイル弾薬類
の搭載状況、そして搭乗する乗員達の配置状況を報告する。
第十二番基地内に鳴り響くサイレン。
「まもなく、当基地を放棄して、敵基地攻略作戦に出発する。全艦発進準備」
基地に待機する全艦隊の艦橋に、司令を発動するアレックスの声が届く。
「総員、退去完了しました。基地には誰も残っていません」
パトリシアが報告した。
「よろしい。では、行くとするか」
「はい」
「全艦。発進せよ」
基地をゆっくりと上昇をはじめる艦隊。
艦隊とはいっても模擬戦闘用に特別に作られた練習艦がほとんどであり、無重力
の宇宙環境における戦闘状況をよりリアルに再現できるようになっている。反重力
慣性推進装置により、大気中でも一度加速度を与えると摩擦によって停止すること
もなしに永久に加速方向へ進んでいく。空中を浮遊するように滑らかに移動するこ
とができる。
艦橋の指令席に陣取りスクリーンを見つめているアレックス・ランドール。
そのそばに寄り添うように立っている副官、パトリシア・ウィンザー。
「いよいよ、はじまりましたね」
「ああ、これまでの半年間練ってきた作戦が日の目を見ることになるわけだ。鬼と
出るか蛇と出るか」
「大丈夫です。きっと成功しますよ」
「そうだといいんだがな。敵艦隊の予想進撃ルートを避けつつ、全艦全速力で敵基
地へ向かえ」
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11
銀河戦記/鳴動編 第一部 第三章・模擬戦闘 Ⅲ
2020.11.30
第三章 模擬戦闘
Ⅲ
「では、解散する」
一同は、立ち上がり一人ずつ退室していく。
「なあ、アレックス」
ゴードンが話しかけてきた。
「なんだい」
「敵に気付かれたら全滅だ、とか言っていたが。おまえのことだ、いかなる状況に
おかれても、勝つための算段くらいは考えているんだろう」
「まあな」
「それを聞いて安心した」
「背水の陣であることを全員に意識づけておけば、より真剣に作戦に集中できる。
ってことですね」
パトリシアが資料をまとめながら、間に入ってきた。
「で、君は聞いてるのかな」
「いいえ。わたしも、尋ねたことがありますが、臨機応変だよ、とかいって……」
「ま、いいか。その場その場でどうなるか、わからないことを、議論してみたとこ
ろでせんないこと」
「そうですわね」
アレックスの顔を覗きこむように見つめ会う二人。
「それじゃ、俺はこれから、出発の準備をしなきゃならんので、先に失礼する」
「そうか。くれぐれも、万端整えて出発してくれ」
「ああ……。先に行って待ってるぜ」
くるりと背を向けて、二人の側を離れるゴードン。
「しかし、有能な奥さんのいる奴は、楽でいいねえ。必要な準備は全部黙ってても
やってくれるんだから」
廊下を歩きながら、聞こえよがしに呟くゴードンであった。
クスッと、微笑みながら、
「それじゃ、行きましょうか。あ・な・た」
パトリシアは、ゴードンの言葉を受けるように、アレックスを促した。
「……」
返す言葉を失って、呆然とするアレックスは、パトリシアに背を押されるように
して、やっと歩きだすのであった。
その翌日。
サバンドールへ先着するゴードン達を乗せた輸送船が宇宙港より出発した。
次々と輸送船が発着する宇宙港の片隅。見送りのデッキにたたずむパトリシアと
ジェシカ。
「私達が乗る艦艇の手配は?」
「はい。すべて完了しました。すでに第十二番基地に停泊して、乗組員の搭乗を待
つだけになってます」
「さすがね。で、アレックスは、今何してるの? 見送りにも来ないなんて」
「一人籠って最後の作戦確認をなされていると思われます」
ゴードンを見送った足で、アレックスの元を訪れたパトリシアが報告する。
「ゴードン以下の第一陣が基地へ出発しました。明後日早朝には到着して、午後二
時より第一回目の戦闘訓練に入る予定です」
「すべて、順調に進んでいるようだな。君のおかげだ、感謝する」
「感謝だなんて、副官として当然のことをしたまでです」
アレックスが出した作戦案に基づいて、綿密な行動・タイムスケジュールを作成
したのがパトリシアであった。
翌日、アレックスとパトリシアは、サバンドール星域へ向かう輸送船団の中にいた。
「サバンドールまで三時間です」
「そうか……いよいよだな」
「それにしても、アレックスと一緒に参加できてよかったわ」
「ああ……。例の検査のことか」
「そうよ。妊娠検査」
パトリシアは、無重力の宇宙に出る前に、念のために妊娠していないかとかいっ
た、健康診断を受けてきたのである。もし妊娠していた場合、無重力の環境や戦闘
への緊張によって、胎児に障害を与える危険があるからだ。ゆえに既婚女性は、必
ず検査をうけなければ艦船に乗艦できない決まりになっている。
検査の精度は、授精後一週間というきわめて短い期間でも、ほぼ百パーセントの
確率で判定できるようになっている。
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2020.11.30 12:40
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