銀河戦記/鳴動編 第一部 第五章 独立遊撃艦隊 Ⅱ
2020.12.15

第五章 独立遊撃艦隊




 その翌日。
 宇宙空港より、独立遊撃部隊の将兵達を乗せた舟艇が一斉に発進し、大気圏上空へ向かっていた。
 大気圏を離脱した舟艇の前に、軌道上に待機する二百隻の艦艇が現れた。巡航艦と駆逐艦を主力にして、軽ミサイル艦、高速軽空母などが従っている。
「あれが、我々の乗り込む旗艦サラマンダーだ」
 アレックスは舟艇の窓に映る艦影を指差した。
 そこには、艦船の中に伝説上の火の精霊であるサラマンダーの絵を配した艦が一隻、部隊の中心ほどの位置に浮かんでいた。ハイドライド型高速戦艦改造II式、独立遊撃艦隊旗艦「サラマンダー」である。それを取り囲むように「ウィンディーネ」「ドリアード」「シルフィー」「ノーム」と、水木風土を象徴する精霊の名を与えられた同型艦四隻が追従していた。それぞれにゴードン・オニール大尉、ガデラ・カインズ大尉、レナード・エステル中尉、カール・マルセド中尉が指揮官として乗艦することになっている。カインズ大尉を除いて、ミッドウェイ宙域会戦でアレックスの部下だった有能なる指揮官達である。
 長期の宇宙航行には重力と宇宙線の問題が避けて通れない。共和国同盟軍は女性士官が全体の三割に達するので、彼女達の健康を損なわないように居住ブロックを設置して、宇宙線を通さない特殊隔壁と重力場の確保がなされている。女性士官はこの居住ブロック内にある、第一艦橋・通信管制指令室・病院などの施設勤務が原則で、無重力の機関部や戦闘ブロックへの立ち入り禁止。すべてにおいて子供を産み育てる女性が優先となっており、男性には冷遇されている。無重力の影響でどんなに骨格からカルシウムが溶出し筋肉が削げ落ちても、おちんちんさえ立てば男としての本分はまっとうできるが、妊娠・出産という命がけの仕事がある女性はそうはいかないからである。
 重力を発生させるには、船体の一部に回転モーメントを与えればよい。回転軸と進行方向を一致させれば船体は安定はするのだが、見た目が悪いのと戦闘艦には不利益となるので、亀の甲羅状の円盤型とし、高速性能を発揮できるようにする。
(亀の甲羅とはいったが、本来は空中を滑空する翼竜がデザインのもとである)
 ただこの場合問題になるのは、円盤部分のトルクに引きずられて船体自体も回ってしまうという障害がおきる。まさかヘリコプターのようなローターを取り付けるわけにいかないので、どうするか。そこで、円盤部分の内周・外周を逆回転させることによって、トルクを正逆打ち消し合わせるデザインにした。円盤部は二層構造になっており、外層は宇宙線の遮断と隔壁の役目を果たし、超流体ヘリウムに浮かぶように内層の居住ブロックがゆっくりと回転している。
 なおこの円盤部は、本体から切り離して補助エンジンにより独力航行が可能。

 そんなサラマンダーの雄姿を目にして、パトリシアが確認した。
「あれは、ハイドライド型高速戦艦改造II式ですね」
 博識なパトリシアだけあって一目で艦種をあててみせた。
「そうだ」
「改造II式は五隻試作されましたが、エンジン制御コンピューターの設計ミスが判明して、すべて廃艦になる予定ではなかったのですか?」
「あえてその五隻をこっちに回してもらったのだよ。改造II式のエンジンは、性能的にはずば抜けている反面、その制御がかなりシビアで、コンピューターの設計をやり直すよりも、新型艦を設計したほうが資金と時間の節約になるということで、廃艦にされることになったものだが」
「よく手当てできましたね」
「まあな、レイチェルのおかげさ。補給編成部局に友達がいるらしくて、手を回してもらった」
「ふーん。レイチェルさんがね……にしても大丈夫でしょうかねえ」
「制御コンピューターの設計ミスといっても、主に艦隊リモコンコードに関する部分であって、艦を単体で動かす分には支障は起きない。何といってもエンジンの性能はずば抜けて素晴らしいんだ。戦艦クラスでは連邦・同盟の中でも最高速だといわれる。もったいないじゃないか。それより何よりも、搭載している原子レーザービーム砲だ」
 同盟の各艦に搭載される主力兵器は、光子ビーム砲・イオンプラズマ砲・プロトン砲などがあるが、粒子をビーム状にして放出することから総称して粒子ビーム砲と呼ばれている。それぞれに特徴があり、駆逐艦などの小型艦に搭載される低出力ながらも長射程の光子ビーム砲、戦艦搭載の高出力だが短射程の陽子砲、その中間に位置するイオンプラズマ砲である。
 原子レーザービーム砲は、ハイドライド型高速戦艦改造II式の五隻の同型艦のみに搭載された最新型のビーム砲である。ある種の原子を絶対零度に近い極超低温状態にさらした時、原子の固有振動の波長と位相が均一にそろって、いわゆるレーザー状態を呈してくる現象を利用している。レーザーとしての性質を持つに至った原子をビーム状に増幅収束して射出する兵器である。
 通常のレーザーがフォトン(光子)であるのにたいし、重粒子である原子を利用するためにエネルギー効果値は桁違いに大きく、その破壊力はすさまじい。なおかつレーザー特有のエネルギー減衰ロスが小さく拡散しないので、光子ビーム砲並みの長射程を誇っている。通常の光子ビームを跳ね返すビームシールドを貫いて敵艦を破壊するために開発されたものである。
 原子レーザーを可能にする、極超低温状態にある原子がとる特異現象は、地球歴二十世紀前半において、インドの物理学者ボーズの理論をもとにアインシュタインが予言したもので、両者の名をとってBEC(ボーズ・アインシュタイン凝縮)と呼ばれており、1997年1月27日、MIT(マサチューセッツ工科大学)において最初のレーザー発振実験に成功している。

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2020.12.15 10:36 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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