梢ちゃんの非日常 page.11
2021.07.30

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


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 篠崎邸花岡家に入るフリートウッド。
 屋敷の所有は篠崎家のままであるが、現在は篠崎重工アメリカのCEOとして、渡米してきた花岡一郎氏とその家族が住んでいる。妻の文子、長男の賢治・美紀子夫妻とその娘三歳の真理亜である。美紀子は、篠崎良三氏が篠崎グループの会長に就任して、その後を引き継いで篠崎重工社長となった実弟の健四郎氏の娘で、絵利香とは従姉妹同士である。
 かつてこの屋敷には良三氏の兄である伸一氏一家が住んでいたが、航空機事故で一家全員死亡して、一時主がいなくなっていた。やがてアメリカ出張となった良三氏夫妻が移り住み、絵利香が生まれた。その後先代社長が引退を表明、良三氏が絵利香を残して日本に戻って社長を引き継ぎ、代わりに健四郎氏一家がやってきた。
 一人絵利香が残されたのは、親交厚い真条寺家にも梓が生まれて、幼馴染みとして仲良く育ていこうという、両家の意向があったからである。その子守りには六歳年上の美紀子があたることになった。かれこれ二十年余ほど前の話しである。
 その後も屋敷に留まった美紀子は、アメリカ出張で篠崎邸に居候することになった花岡賢治氏と恋愛結婚し、真理亜が生まれた。絵利香も、梓とともにコロンビア大学に入学するために戻ってきて、以前に使っていた部屋にそのまま住んでいる。

『ねえ、ここは?』
 見知らぬ屋敷に入るのを見て、梢が尋ねた。
『ここはね。絵利香のお家よ』
『絵利香の?』
『そうよ。ここに住んでいるの』
 『梢のお家より小さいね』
 素直に感想を述べている。
『あのね。梢ちゃんのお家は特別なの。これでも大きい方なのよ』
「ブロンクスのベルサイユ宮殿」との別名のある真条寺家の屋敷は論外として、篠崎邸はブロンクスでも五本の指に入る豪邸と呼ぶにふさわしい屋敷なのだ。
『ふうん……そうなんだ』
 絵利香が住むという篠崎邸を、改めて窓から眺める梢。
 やがて車寄せに到着する。
『お帰りなさいませ。絵利香お嬢さま』
 真条寺家とは比べものにはならないが、こちらにもそれなりのメイドがいる。しかも篠崎家時代からそのまま引き継いでいるので、絵利香とは懇意の関係である。
『絵利香ちゃん、お帰り』
『ただいま、お姉さん』
 美紀子が出迎えている。六歳年上の彼女とは、幼少の頃にこの屋敷で姉妹のように育っているので、仲がすこぶる良い。
『その娘が梢ちゃんね』
『そうよ。梓の娘』
『いらっしゃい、梢ちゃん』
 絵利香が手を引いている梢にも、かがみこんで挨拶をする美紀子。幼児と会話するには、視線の高さを合わせた方が、より親近感がでる。
『こんにちは』
 と、あしかのぬいぐるみを抱えたまま、にっこりと微笑みかえす梢。
『あらあ、ちゃんとご挨拶ができるのね。お利口なのね』
 梢の頭をなでる美紀子。
『うん。梢は、三歳だよ』
『うふふ。先に言われちゃったわね』
 梢は、やさしそうな女性から話し掛けられたら、名前と年齢を言うことにしているようだ。どうせ必ず聞かれる事柄なので、先に言ってしまおうということか。
『三歳というと、うちの真理亜と一緒ね』
『まりあ?』
 その時、ぱたぱたと小走りに駆けてくる足音が近づいてくる。
 現れたのは真理亜。一人遊びしていたところに、絵利香の声が聞こえたので、あわてて廊下を駆けてきたのである。そして絵利香の姿を見るなり、飛び付いてきた。
『お帰りなさい!』
『ただいま、真理亜ちゃん』
 かがみこんで真理亜の抱擁を受ける絵利香。
『真理亜ちゃん。紹介するわ。梢ちゃんよ』
 といって、真理亜に梢を引き合わせた。
 対面する梢と真理亜。年齢も背格好も同じなので、共感を覚えるのか、梢が真理亜に接近して話し掛けはじめる。
『梢だよ。仲良くしようよ』
 にっこり微笑みながら、真理亜にその小さな手を差し出す梢。
『うん。真理亜よ』
 おずおずと手を差し出して、梢の手を握る真理亜。真理亜は人見知りするタイプであるが、さすがに同い年の女の子には気を許すようである。
『真理亜、お部屋に行って二人で遊んでおいで。夕ご飯になったら呼びに行くからね』
 絵利香がそっと二人を押し出す。絵利香の言うことには素直に従う真理亜。
『わかった。梢ちゃん、こっちよ』
『うん。絵利香、これ持っててね』
 といって大切なあしかのぬいぐるみを絵利香に預ける梢。
 そして、仲良く手をつないだまま部屋に向かう二人。
 梓の娘と、絵利香の姪。真条寺家と篠崎家の血の絆というべきか、やはり引き合うものがあるようだ。
 真理亜も梢同様まだ個室を与えられていないので、絵利香の部屋が子供部屋を兼ねている。ドアノブに、背伸びして手を掛けて、ドアを開ける真理亜。
『ここよ』
『うん』

 居間のソファーに深々と腰を降ろしている絵利香。
『しかし、今日は一日、梢ちゃんを動物園に連れ添って、疲れちゃったわ。動物が良く見えるように抱っこしてあげたりしたせいね』
『それは梢ちゃんも、同じでしょう。ちっちゃな足で広い園内を歩き回るのは疲れるでしょう』
『梢ちゃんは、お昼寝してるから、疲れはあまりないみたい。子供って一眠りするだけで、疲れも取れちゃうんだよね。この年過ぎると、夜ぐっすり寝ても、朝に疲れが残っていることがあるんだけど』
『新陳代謝が活発だから、疲れ物質もすぐに除去されるのよ』
『そうでしょうね。ところで、お願いしてた夕食は、大丈夫だった?』
『うん。梢ちゃんの好物は一通り揃ったわ。でも朝になって急に言い出すものだから、材料が間に合うか心配だったわ。日本料理店の前田マネージャーに至急取りそろえてもらったんだから』
『ありがとう。恩に着るわよ、お姉さん』
『どういたしまして』
『ところで今夜も、旦那様はご不在ですか』
『仕方ないわ。賢治もお義父様も、お仕事が忙しいのよ』
『わたしのお父さんもそうだったけど、真条寺家と取り引きするようになって、会える日が数えるほどになってしまったのよね』
『真条寺家との取り引きは、まず研究開発から始まるので、通常の商取引と違って、部下に任せきりというわけにはいかない、とぼやいているわ。良三伯父さまだって、ロケット開発で奔走していたじゃない。特に梓ちゃんが宇宙産業に手を広げてからは、家に帰る暇もなくなったわね』
『まあ、仕事だから仕方がないと言ってしまえばそれまでだけど。娘としては、寂しい限りよ』
『でもね。真理亜ちゃんの場合は、父親の代わりに絵利香がいるから、ちっとも寂しがっていないわよ』
『というよりも、まだ父親というものがわかってないからよ。真理亜ちゃんが起きている時に、帰って来たためしがないんだものね』

 夕食の支度が整ったことをうけて、二人が絵利香の部屋にいる子供達の元に迎えにいくと、梢も真理亜も床に画用紙を広げ、腹這いになって、くれよんで絵を一所懸命に描いているところであった。楽しそうに二人で語らいながら、自由になっている足を交互にぱたつかせて描いている。
『あ、絵利香。ほら、ママの絵だよ。絵利香も一緒』
 といって立ち上がり、梢が描いた絵を見せてくれた。
 画用紙いっぱいに描かれた、長い髪で目鼻立ちのしっかりした大きな顔の梓と、ほぼ同じくらいの大きさの絵利香の絵である。二人の周りにある物体? はどうやら今日の動物園の動物達のようだ。子供は印象度の高いものをより大きく描く傾向にある。母親と住んでいる家を描かせたら、母親を大きく、背景に家を小さく描くのが普通である。梢の描いた絵を見る限り、梓と絵利香の印象度はかなり接近していると言えるのではないか。
『そうか、ママと絵利香の絵を描いてくれたんだ。お上手よ』
 といって頭をなでてやる絵利香。
 元々が芸術性には優れた梓の娘である。何のためらいもなく自由自在に描いており、三歳にしてはなかなかの出来映えである。
『真理亜も、ママと絵利香の絵を描いたよ』
 といって美紀子に画用紙を大きく広げて見せている。
『ありがとう、真理亜。うれしいわ』
 二人の子供は、頭を撫でられ誉められて、嬉しそうにしている。にしてもどちらも絵利香を一緒に描いていることは特筆すべきことである。二人とも父親不在のまま成長しているようだが、しっかりと第二の母親としての絵利香を認めているのは確かだ。

『子供の相手をするには、やはり同じ年頃の子供にさせるに限るわね。親が面倒みなくても、好き勝手に二人で遊んでくれるから』
『これなら、動物園に連れていかなくても済んだかもね』
『それはないわよ。いくら仲良しになっても、朝から夕方まで一緒にいたら、さすがに飽きがきちゃう』
『そんなものかしら』
『絵利香は、まだ子供の事が良く判っていないわね』
『あたりまえじゃない。子供を生んだことがないから。真似事はできても、真の母親にはなりきれない』

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