銀河戦記/鳴動編 第二部 第八章 トランター解放 Ⅵ
2021.07.17

第八章 トランター解放




 惑星トカレフに近づく艦隊があった。
 ジュリエッタ皇女が坐乗するインヴィンシブル率いる第三皇女艦隊である。
 自国領エセックス侯国の伯爵が、先走って共和国同盟への簒奪に走ったとの報を受けて、自ら説得のために足を運んだのである。
 今後とも同じような轍を踏まないように、きっちりとした態度を見せねばならない。
 カーペンター伯爵艦隊を取り囲むようにして、第三皇女艦隊の配備が完了した。
 インヴィンシブル艦橋に玉座するジュリエッタが発令する。
「トカレフを包囲する艦隊に威嚇射撃を行います」
 ホレーショ・ネルソン提督は、その意を察して下令する。
「威嚇射撃用意!艦に当てない至近に設定」

 伯爵艦隊では、突然の攻撃に右往左往していた。
「今の攻撃はなんだ?」
 軌道待機の艦隊を預かっている指揮官が尋ねる。
「味方艦、帝国艦隊です」
「味方だと?何故、攻撃する」
「巡洋戦艦インヴィンシブルを確認。ジュリエッタ様の艦隊です」
 皇女艦隊だと知って狼狽える指揮官。
 まさか皇女相手に反撃するわけにもいかず、そもそも艦船数で敵うはずもなかった。
「今の攻撃は威嚇だけのようです」
「入電しました。インヴィンシブルからです」
「伯爵様に繋げ」
 それが精一杯の指令だった。

 通信は伯爵の元へと中継される。
「ジュリエッタ皇女様から通信が入っています」
「皇女様から?繋いでくれ」
 副官が通信端末を開いて受信操作をする。
 壁際のパネルスクリーンにジュリエッタ皇女の姿が映し出される。
「これはこれは皇女様。こんな辺鄙なところに何用でございましょう」
 川の流れを受け流す柳のように、平然至極のように尋ねる伯爵。
「それはこちらが聞きたい」
「何をでしょうか?」
「では聞くが、殿下がこの共和国同盟領に進撃した趣旨は理解しておろうな」
「はい。バーナード星系連邦から解放するためです」
「ならば問う。連邦を追い出したまでは良い。代わりに占領政策を行うとは、殿下の意志に反するとは思わなかったのか?」
「そ、それは……」
 さすがに言葉に詰まる伯爵だった。
 一惑星の城主という身分では飽き足らないと感じていた。
 もっと大きな権限や領地が欲しかったのである。
 その気持ちが先走りして、大胆にも同盟領の占領という行為になったのだ。
 窓の外には、ジュリエッタが派遣したと思われる部隊が次々と降下していた。
 やがて、伯爵の居室に銃を構えた兵士がなだれ込んできた。
 そこへ悠然と姿を現す一人の文官。
 ジュリエッタ艦隊の中でも、戦闘に関わらずもっぱら政務に従事することを任としていた。
「政務次官補のレイノア・ロビンソン中佐です」
 と名乗った。
「この惑星トカレフの解放政策のために派遣されました」
「解放政策?」
「はい。アレクサンダー殿下のご意思のままに、このトカレフを元の共和国体制に復帰させるためにです」
「帝国の領土にするのではなく、共和国制度に戻す……それが殿下のご意思なのか?」
「御意!伯爵、あなたを拘禁させて頂きます」
 配下の兵士に指令する政務次官補。
 兵士に両腕を掴まれ、うなだれる伯爵。

 ほどなくして伯爵配下の艦隊はサセックス侯国へと帰還することとなった。


 惑星トカレフの顛末を、アレックスに報告するジュリエッタ。
「以上のごとく、殿下のご意思に反して、混乱に乗じ自身の領地を広げようと策謀した貴族は自国に帰還させました。引き続き、同様の行為者に対し厳罰に対処します。殿下におかれましては、心置きなくトランター解放に専念してください」
 通信が途切れて、パネルスクリーンの映像が切れた。
「さてと……」
 参謀達の方に向き直って、
「そろそろ始めるとするか」
 と声を掛けると、
「やりましょう!」
「祖国を取り返しましょう」
 参謀達はもちろんのこと、オペレーター達からも声が上がった。
「メビウスのレイチェル・ウィング大佐に繋いでくれ」
 電波妨害されていたが、守備艦隊を蹴散らしたうえに、トランター軌道上までくれば、もはや妨害は不可能だろう。
「ウィング大佐が出ました」
 パネルスクリーンにレイチェルが映し出された。
「提督、お久しぶりです」
「そちらも元気なようだな」
「作戦発動ですね」
「その通りだ。準備状況は?」
「万端整っております。号令一過いつでも突撃できます」
「わかった。待機して指令を待て」
「かしこまりました」
 通信が終了し、映像は途切れた。
 アンディー・レイン少将に向かって、
「作戦通りに降下作戦に入ってください」
「了解しました」
 アレックスの指令を受けて、レイン少将の指揮による降下作戦が始まった。
 これまでトランターの防衛としての任務に当たっていた艦隊である。
 惑星における連邦軍の配備状況など、すべての情報を知り尽くしているのだ。
 適材適所に部隊を派遣して、次々と攻略していった。


 その頃、地上ではメビウス部隊による反抗作戦が繰り広げられていた。
 かつての統合総参謀本部である総督府を取り囲む艦船の群れ。
 地上では戦車や装甲車が、敵地上部隊との壮絶な戦いを続けている。
 その間を縫うように、モビルスーツが進軍する。
 それらの戦いざまを、後方のミネルバ艦橋から指揮統制するフランソワ・クレール大尉の元には、続々と報告が届いている。
「地上部隊、総統府を取り囲みました」
 適時的確に指令を下すフランソワ。
「白兵部隊を突入させて下さい」
 ミネルバには強靭な白兵部隊が編制されている。
 かつての士官学校模擬戦闘において、ミリオン・アーティス率いるジャストール校が守る第八番基地を攻略した白兵部隊。その時に従軍した士官たちが、昇進しながらもより強い部隊へと鍛え上げてきたのである。
 *参照/模擬戦闘
 戦車の砲撃一発、正面玄関が吹き飛ぶ。
 戦車や装甲車の後ろに隠れて進んでいた歩兵が、一斉に総統府へとなだれ込んでゆく。

 空中では敵空戦部隊を壊滅して、制空権を確保したミネルバの空挺部隊から、降下兵が舞い降りてゆく。
 その一部は、総統府の屋上へと降下して、階下へと突き進む。
 上からと下からと挟撃を受けた総統府は、数時間後には白旗を上げた。
 ちなみに、地球日本国で白旗を上げるという正式な降伏(戦時国際法による)が認められたのは、江戸末期ペリー艦隊が幕府に、『開国しないなら攻撃するから、降参するなら掲げよ』と白旗を送り付けたのが最初と言われている。
 古代地球史1899年、第1回万国平和会議で採択されたハーグ陸戦条約第三章第32条には、白旗を掲げて来た者を軍使とする規定があり、これを攻撃してはならないこととなっている。

第八章 了

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2021.07.17 07:41 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
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