梓の非日常/第七章・正しい預金の降ろしかた(二)篠崎邸にて
2021.03.24

梓の非日常/第七章・正しい預金の降ろしかた


(二)篠崎邸にて

 延々と続くかと思われるほど長い土塀と銀杏並木に囲まれた中、広大な日本庭園を伴った篠崎邸が建っている。三百年程前に川越随一とも言われた豪商、絵利香のご先祖さまが金にあかせて建てた総檜真壁造りの豪邸である。基本的に桃山時代以降に発展した武家屋敷に取り入れられた書院造りに準じた屋敷となっている。書院造りとは、桃山時代の工匠が記した【匠明】に詳しい。
 東側の御成門をくぐると主殿(客座敷・母屋と呼んでいる)から御成御殿(主客間)、中書院(居間・良三夫妻の部屋)と続く。
 家族が出入りする北東の平棟門からは客殿(居間)、大台所(食堂・厨房)、北書院(絵利香の部屋)と続いている。
 南東門からは、茶会を開く数奇屋と路地、南書院(客間)、主殿に相対する位置に能舞台と楽屋など催事関連の寝殿が建っている。
 そしてそれらの本殿を取り囲むように、中庭を挟んで使用人が暮らす長屋が連なっている。それ以外にも随所に土蔵や小部屋が散らばっている。
 邸宅だけでも現在の価値にして、総工費三十二億円は下らないだろうと噂されている。主殿の二尺角の大黒柱だけで八千万円相当の価値があるそうだ。
 大黒柱に連なる尺五寸のはり受け、それに台持継ぎされた屋根を支える尺寸の小屋ばり、そして軒げた・敷げた・もや等々、天井裏をのぞけば三百年の風雪に耐えたその頑丈さを証明してくれるだろう。その頑丈な骨組に本瓦の屋根が乗っている。現代に良くみられる桟瓦は、江戸時代以降に発明されたものであるから当然であろう。
 これらの屋敷や調度品には、国宝や国指定重要文化財としての価値があるものがあり、文化庁からの申し出があるのだが、篠崎家は文化財指定を頑なに断り続けている。

 日本庭園には、四季折々の木々や草花が咲き誇り、一般市民に随時解放されて憩いの場ともなっている。事前の承認が必要だが、句会や茶会なども頻繁に開催されている。但し第一・第三・第五水曜日は休園なので注意。
 春の桜とすみれやアイリス、梅雨時のノイバラと菖蒲や紫陽花、夏のクチナシと露草や向日葵、秋の金木犀と菊や秋桜、そして冬には椿と水仙やシクラメンなどなど。もちろんこれらはほんの一部の紹介でしかない。一年中入れ代わりで、それぞれの季節に花を咲かせる樹木と、和洋取り混ぜた草花が咲き乱れる。日本庭園というくらいだから、当初は花鳥風月枯れ山水というような、純日本風のたたずまいだったのだが、庭園を市民に解放してからというもの、現代風の花壇造りが三分の一を占めるまでになっていた。ボランティアで草花の手入れをしてくれている、「花を愛する市民グループ」の意向があったからだが、花の種や球根を持ちより毎日入れ代わりでかいがいしく世話をしている。
 もちろん花期とは別に、秋の紅葉を楽しむこともできるし、銀杏並木での地面に落ちたギンナン採集は近隣家庭の楽しみとなっている。そのかわりに並木の落ち葉などの清掃が暗黙の約束ごととなっているが。

 もうひとつの人気のスポットは、日本庭園入り口から並木を隔てた反対側、旧倉庫跡に隣接されて建っている『誕生日の花と花言葉の展示館』である。入館は無料で、一年三百六十六日の誕生花が植えられており、その花の植性と花言葉の解説がパネル展示されている。当然花期からずれているものは、青葉のみとかパネル展示だけという寂しいものもあるのだが、自然が相手なので仕方ないだろう。
 こちらは絵利香の草案で三年前に建設されたものだが、現在は「誕生日に花を送る会」というボランティアグループが主催・運営しており、その主旨から年中無休である。その日が誕生日になっている来館者には、花の種のプレゼントがある。またグループが丹精込めて栽培した切り花・種・球根の廉価販売も行われており、誕生日や花言葉に関わる贈り物として買っていく来館者も多い。梓が美智子の病気見舞で花を買ったのもこの展示館だった。
 ついでに付け加えると、市民に無料で常時解放され、ボランティアグループが主催しているということで、日本庭園と展示館にかかる固定資産税は、市の条例による公園管理特例法が適用されて納税を免除されている。また、団体客はご遠慮下さい、ということで観光ルートには入っていない。

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