梓の非日常/第四章・スケ番再び(三)チェーンのお蘭
2021.03.03
梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)
(三)チェーンのお蘭
一方ビル内に突入した梓は、通路にひしめくスケ番グループ達を、苦もなくなぎ払いながら、竜子の捕らえられている最深部へと進行していた。
「この部屋ね」
通路の一番奥まった部屋。派手にカラーリングされた扉の向こうに竜子は捕らえられているのか。
「罠かもしれない……でも、行くっきゃないのね。郁さんは、ここで待ってて」
「はい」
梓は、ドアノブに手を掛け、ひと呼吸おいてから、扉を勢いよく開けた。すかさず前方転回でくるりと床を転がりながら部屋に突入する。三回ほど回転したところで、片膝ついた状態で停止し臨戦体制をとった。背後を振り返ると、鉄パイプを構えたスケ番が唖然としている。あのまま何の策もなく入って来ていれば、鉄パイプでめった撃ちにされていたと思うと、ひやりとする場面である。
「間一髪セーフね。汚れちゃったけど、しかたないか」
といいつつ、制服についた汚れを、手ではたき落としながら立ち上がる。
正面の壁際にロープで縛られ、床に転がされている竜子。
そのそばにパイプ椅子に腰掛けているスケ番を見届けて、梓が尋ねる。
「黒沢蘭子さんって、あなたね」
「そういうおまえこそ、何者だ?」
「あたし? 城東初雁高校一年、空手部所属真条寺梓よ」
姿勢を正しながら名乗りを挙げる梓。
「空手? そうか、わかったぞ。新入生ながらお竜を撃ち負かして、青竜会のリーダーになったというのは、おまえだな」
「ん……あのねえ。別にリーダーを引き受けた覚えはないわよ。お竜さん達が勝手に持ち上げているだけ。空手部の仲間を助けるために来たのよ」
「部下を助けるために単身敵地に乗り込んでくるとは、その度胸っぷり見上げたものだ、さすがリーダーになるだけの素質はあるようだ」
「だからあ……リーダーじゃないって、言ってるじゃない」
「それが本物かどうか、見届けてやるよ」
といいつつ合図を送ると、周囲のスケ番達がじりじりと間合いを詰めてくる。
「もう……聞いてくれないのね」
背後から鉄パイプを持った二人が襲ってくるが、一人目を軽くかわし、二人目に肘鉄を食らわして倒す。
それを契機として、一斉に襲いかかってくるスケ番達。
しかし、やみくもに腕を振り回し、蹴りを入れるだけの喧嘩しか知らないスケ番達、唐手を極めた梓にとっては赤子を捻るようなもの。
「ええと、砕破{サイファ}ってどうだったかな……相手の攻撃を受け止めて……」
殴りかかって来た相手の腕を極め技に取って動きを封じる梓。
どうやら相手にして全然物足りないらしく、空手部の先輩達から教わった型を、反復練習しているようだった。技の一つ一つを解説するように言葉に出しながら攻撃を加えていた。
「膝蹴りを加えて……そして前蹴り!」
見事に技が決まって相手は吹き飛んでいく。
「やりぃ! 砕破おぼえちゃった」
嬉しそうにぴょんぴょん飛び回る梓。
「ようし、次ぎは久留頓破(クルルンファ)、いってみよう!」
人差し指を立て、高々と掲げる梓。
そんな梓をまぶしそうに見つめる竜子。
「さすがは、あたいが選んだリーダーだ。これだけの人数に囲まれながらも、少しも臆することなく、勝負を楽しんでいる」
次々と仲間を倒され、苦虫を潰したような表情の蘭子だったが、とうとう奥の手を出す。
「おい! 梓とやら、こいつが見えないのか」
竜子の髪を引っ掴んで、ナイフを顔に突きつけている蘭子。
「こっちには切り札があるんだよ。いい加減にしろよな」
それを見届けて動きを止める梓。
「卑怯だわ」
「ふん。ここは武道大会の試合会場じゃないんだ。喧嘩に卑怯も何もあるもんか。策もなく飛び込んで来たおまえが馬鹿なんだよ」
「策か……」
梓は、姿を見せないある人物を思い浮かべていた。
「慎二……何してるの?」
慎二のことだ、とっくに外の連中をなぎ倒しているはず。もうそろそろ姿を見せてもいいころなのに。
「さあて、どう料理してやろうかしらね」
スケ番達がじりじりと迫ってくる。
「万事休す、ここまでか……」
と思った時だった。
地鳴りとともにビルが大きく揺れだした。
「な、なに。地震?」
次の瞬間、蘭子の背後の壁が轟音とともに崩れ落ち、大型ブルドーザーが姿を現した。そして人影が飛び出して来て、蘭子の腕から竜子を奪い、抱きかかえてかっさらっていったのだ。
「じゃあーん。お助けマン参上!」
「慎二!」
慎二の登場で、梓の表情に明るさが戻った。
「お竜が捕らえられて、人質にされているだろうと思ってね」
「ふ、また助けられたな」
以前、梓が竜子達に襲われ絵利香が人質になった時に、慎二に助けられた事を言っているのである。
「しかし、よくブルドーザーを動かせたね」
「建設現場でアルバイトしててね、遊び半分で現場にあった重機を動かしていたんだ」
「鍵はどうしたの?」
「重機ってやつは鍵を共通で使用しているんだ。メーカーが同じならどれでも動かせるんだよ。最近はATM破壊強盗に使われるので、一台に一鍵のものが増えてきているけど。こいつは旧式。俺の持ってるやつを差し込んでみたら、見事動いてくれたんだ」
「なんてことを……他に方法はなかったの? 何も壁を破壊する事はないんじゃない」
「なあに、このビルはどうせ壊す予定だからよ。お手伝いしてやっただけだ」
呆れた表情の梓。
「あはは。ついでに、青竜会の面々もやってきたぜ」
開いた穴や、梓が入って来た扉からスケ番達が突入してきていた。
「リーダー! 助っ人に参りました。ビルは包囲し、黒姫会の奴等は全員取り押さえてあります。残っているのはこの部屋だけです」
形勢は完全に逆転していた。部屋の中の蘭子のメンバーはすでに戦意喪失して立ちすくしているだけだ。
「お竜さん。大丈夫ですか?」
いつのまにか郁がそばに寄って来て介抱している。
「そうか、おまえがリーダーや仲間を呼んで来てくれたんだ」
「はい。今ロープをほどきますね」
ロープを解かれた竜子が梓の元に歩いて傅く。
「リーダー。あたいを助けにきていただいてありがとうございます」
「だからあ……空手部の仲間として来たんだってば」
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