梓の非日常/序章 新入部員は女の子 (四)
2021.01.23

梓の非日常/序章 新入部員は女の子


(四)その男、沢渡

 昼休みになった。
 午前最後の鐘が鳴り響いて、教室から一斉に生徒達が出て来る。弁当を持って来ていない者が食堂へ向かって移動しているようだ。
 教科書を鞄に収めている梓。かわりに可愛い弁当箱を取り出している。
「あ、あの……お昼ご一緒しませんか」
 意を決した一人の女子生徒が、弁当を手にしながらもじもじとしながら話し掛けてきた。
「わたし、相沢愛子です」
「ああ、あたし、真条寺梓」
「わたしは、篠崎絵利香よ」
「こいつは、幼馴染みなんだよ」
「梓ちゃん。人を指差してこいつなんて、そんな言葉を女の子は使っちゃだめよ」
「はは、絵利香ちゃんは、あたしの教育係りなんだ」
「お二人は、仲がいいんですね」
「うん。三歳からずっと一緒だったから」
 机を移動して食卓のようにする。
 二人の間に別の女子生徒が入り込み、親しげな会話がはじまったことで、他の女子生徒達を行動に移させるきっかけを与えることとなった。
「あの、わたしもお仲間にいれていただけませんか」
「お友達になりましょうよ」
 親しげに口々に話し掛けてくる女子生徒達。あっという間に二人を囲んだ語らいの輪ができあがった。
 男子生徒の中にも梓たちと話しかけたそうにしている者もいたが、そこは男と女の垣根があるらしく、女子生徒達の輪の中にまで入ってくる勇気はなかった。

 ドアの外が騒がしくなった。
「沢渡だ、沢渡が来やがった」
「なんで今頃」
 廊下を肩をいからせて大股で歩く大柄の男、沢渡慎二。
「おら、どけよ。こらあ!」
 言うが早いか、ドア付近にいて談笑していた男子生徒が、教室内に吹き飛ばれていた。話しに夢中で、沢渡と呼ばれた男に気づかなかったのだ。沢渡のことを知る人物なら、その名を聞いただけで震え上がり道を譲るものだが、彼は知らなかったようだ。
「ドアの前に突っ立ってんじゃねえ」
 背の高い慎二は、屈むようにしてドアをくぐらねばならない。
 慎二が教室内に入っていくと、それまで談笑していた生徒達は一斉に口籠り、彼が目指す机までの道を開けた。それは梓の隣の席であり、食事を終えて話し合っていた女子生徒は、あわててそばを離れた。
 視線が合った梓と慎二は、ほとんど同時に昨日の乱闘騒ぎを思い出した。梓が投げ飛ばしたあの男だったのだ。
「お、おまえは!」
 先に口を開いたのは、慎二のほうだった。
 絵利香が耳打ちする。
「あ、この人。昨日の……」
「ついてるぜ、こんなところでまた会えるとはな」
 黙って弁当箱を鞄に戻す梓。
「表にでろよ。こら」
 無表情ですっくと立ち上がる梓。
「ちょっと、梓ちゃん」
 廊下を並んで歩いていく梓と慎二。その後を絵利香が追いかける。


 二人は裏庭に出てきた。上着を脱いで木の枝に掛ける慎二。
「この辺でいいだろう」
「そうだね」
 といいながら梓は、周囲をじっくりと見渡していた。これから一戦交えるのに、地形効果を確認しておかなければならないからだ。大きな岩、生い茂った木々、膝のあたりまで水が張られた池、校舎の壁、そういった裏庭に存在するすべてのものが、戦闘に際し有利な条件となりうるかを判断していく。
「この俺が女に負けたままでは、寝覚めが悪くてよ」
「あら、そう」
「この俺を一瞬で投げ飛ばしたんだ。格闘技では相当な腕前と見た」
「まあね……それなりに稽古はしてるけど」
 ふと空を仰ぐと、大きな桜の木の見事な枝振りが、空一面を覆い尽くすようにおいかぶさり、はらはらと花びらが風に舞っている。
 ……きれいな景色ね。とてもこれから乱闘って雰囲気じゃないんだけどなあ……
「女だからって、俺は手加減はしねえぜ。と思ったが、美人がだいなしになるからな、顔への攻撃は避けてやるよ」
 情緒を理解できない慎二の頭の中は、梓と戦うことしかないみたいである。
「そりゃ、どうも」
 その時、周囲に異常を感じる梓。
 ……囲まれている! 五・六・十二人くらいはいるな……
 見渡すと、木や草むらの影や、建物の裏に、男達の気配。
「いつでもいいぜ。どっからでもかかってきな」
「ふん! この直情馬鹿が、周囲の状況も把握できないのか」
「なんだとお!」
 言われて改めて周囲を見渡す慎二。
 隠れているのを悟られたと知って、ぞろぞろと男達が現れる。
「へへ。面白そうだからしばらく見学してようと思ったんだがな」
「てめえらは、昨日の」
「昨日のお礼はたっぷりさせてもらうぜ」
「はん。昨日より数が多いじゃないか。ま、返り討ちにしてやるぜ」
「ふざけんじゃねえ」
 拳を振り出した男の言葉を合図として、乱闘がはじまる。
 多勢に無勢とはいっても、並みの力ではない慎二にとっては、朝飯前といった表情をしていた。たとえ相手の一撃を食らってもまるでびくともせず、倍返しの一撃を与えていた。
「余裕だなあ、あいつ……ああ、しかし。あたしもあれくらいの腕力があれば、いいなあ。うらやましい」
 相手を一撃で動けなくしてしまうような強力なパンチ、どんな攻撃を受けてもひるまない頑丈なボディー。そんな慎二に対して、一種憧れのような感情を抱く梓だった。どんなに頑張っても、女の梓にはかなわない夢だったのだ。
「つかまーえた」
 突然男の一人が、梓を背後から羽交い締めにした。
「おめえ、あいつの何なんだ。女か」
「はなせよ」
 梓は冷静に受け答える。
「はは、この状態でなにができる。女の力じゃ無理さ」
「そうかな……」
 梓は、足を振り上げ思いっきり男の足の爪先を、踵の先端で踏みつけた。男の顔が苦痛に歪み一瞬腕の力がゆるんだところを、両腕を突っ張り身体を沈みこませて、羽交い締めから脱出。すかさず肘鉄をみぞおちに食らわす。男はたまらず地面に臥した。
「女と思って馬鹿にするな」
「こ、こいつ」
 梓を構っていた男が倒れたことで、攻撃の矛先が梓の方にも向けられることになった。
「かまわん。女もやっちまえ」
 一斉に男どもが梓に飛び掛かってきた。
「あーあ。いわんこっちゃない」
 後をつけてきていた絵利香は安全な場所から、梓のことを心配していたのだった。
 しかしフリーになった梓の前では、赤子同然だった。柔道、合気道、そして空手と、多種多様の戦術を組み合わせた日本拳法。
 離れて戦えば回し蹴りなどの蹴り技が飛んで来るし、中距離では裏拳・縦拳・そして極め技。懐に飛び込めれば得意の一本背負いが決まり、相手はもんどりうって宙を舞う。
 喧嘩馬鹿を相手にするくらい、梓は朝飯前といったところか。
 大きな岩を足場として飛び上がり、前面の相手に跳び膝蹴りを食らわす梓。
「あっ。膝蹴りが顔面に入っちゃた。痛そう……あ、梓ちゃん。膝を切っちゃみたいだわ。大丈夫かしら」
 心配でしようがない絵利香だったが、自分ではどうしようもなかった。ただ梓が無事であるようにと祈るだけだった。

 もう一方の慎二のほうも確実に相手を倒していた。その視界の中に、梓の戦いぶりが目に飛び込んで来る。
「あいつ……女のくせに、男と互角以上に戦ってやがる。相手の攻撃を紙一重でかわし、隙ができたところを急所に一撃だ。必要最低限の動きで最大の効果を発揮させている」
 梓に目を奪われている慎二の顔面にパンチが飛んできた。
「よそ見してんじゃねえよ。こらあ」
 思わずのけぞる慎二。
「ふ、確かにな」
 すかさず殴りかかってきた相手をぶっとばした。

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