銀河戦記/鳴動編 第一部 第十四章 査問委員会 Ⅳ
2021.03.07

第十四章 査問委員会




 翌日の早朝。
 第十一攻撃空母部隊が母港としているカラカス基地の発着港。
 旗艦軽空母セイレーンの搭乗口でパトリシアを出迎える一同があった。
 副指揮官のリーナ・ロングフェル大尉、同ジャネット・オスカー大尉、セイレーン艦長のリンダ・スカイラーク中尉他、多数の参謀達である。なお準旗艦高速軽空母セラフィム搭乗のジャネットは宇宙に出たところで、自分のセラフィムに戻る予定である。
 パトリシアの到来に一斉に最敬礼する一同。
「お待ちしておりました。ウィンザー大尉」
 一同を代表してセイレーン搭乗の副指揮官のリーナが挨拶した。
「よろしくお願いします」
「全艦発進準備完了、いつでも出撃できます」
「ありがとう。出撃の前に艦内の施設を確認したいのですけど。特に艦載機の発着ベイを一度見ておきたいのです」
「わかりました。艦長のリンダに案内させましょう。リンダ、案内して差し上げて」
「かしこまりました」
 艦長のリンダが先導して歩き出した。その後についていくパトリシア達。
 ジャネットと副艦長は、先任指導教官のカインズ中佐を待つために居残ることになっていた。
「私どもは、先に艦橋に戻って出撃の準備を致します」
 艦橋へ上がるエレベーターの前でリンダ達参謀と分かれる。
「艦載機発着ベイはこちらの方角です」
 エレベーター前から艦首の方向に続いている通路を行った先が艦載機発着ベイだった。
「ここです」
 リンダに伴われてやってきたパトリシアを見るなり、最敬礼をほどこして歓待の意を表す甲板作業員達。
 それらの人々の間を進んでいく二人が通り過ぎた後ろの方では、囁くような声でパトリシアを眺めながら語り合っている。
「おい。今のが新しく来た司令官か?」
「違うだろ。佐官昇進試験だよ。今度の収容所捕虜救出作戦の指揮を執ることが与えられた試験なんだと」
「へえ。何にしても、士官学校出たばかりで、もう少佐殿か。ランドール提督の配下の士官さまは、ご活躍だねえ」
「あほな事言ってるんじゃないよ」
「情報参謀のウィング少佐や、我らの部隊司令官兼航空参謀フランドル少佐に比べれば、あまりパッとしないんだよな。強烈な印象のあるランドール提督だけに、その副官となると影が薄くなるって感じだな」
「それは言えてるな。しかし一応作戦参謀の一人らしいぜ」
「で、その作戦参謀さんが今回の任務の総指揮を執るわけだよ。大丈夫かな……俺達の命を握っているんだぜ」
「そうだな……」
 心配そうな表情でパトリシアの後姿を見つめていた。

 発着ベイのほぼ中央に来たところで立ち止まるリンダ。
「今立っているところは、艦載機が発着する場所です。この艦に代表されるセイレーン級の軽空母は、より多くの艦載機を搭載するために、発艦と着艦を兼用しています。ですからしっかりとした管制が必要です。発着の管制を行なっているのがあちらです」
 と入ってきた入り口の上の方にあるガラス張りの部屋を指差した。
 その部屋の中にいる一人の女性士官が手を振っているのが見える。
「彼女がここの発着管制の責任者のソニア・ビクター中尉です」
 パトリシアが改めて視線を送ると、軽く敬礼しているのが見えた。軽く敬礼をして返すパトリシア。
「さて、ご覧の通りに周囲の壁際に艦載機の格納庫があります。自動格納システムによって出し入れを行ないます。搭載機数は三十機です。主戦級の攻撃空母の搭載機数の平均百二十隻に比べると見劣りはしますが、高速性を出すためにエンジン部に艦体の容積をよけいに配分した結果そうなったようです。その分を軽空母の数を増やしてカバーしております」
「艦の速力は?」
「艦載機の搭載状態や燃料・弾薬の備蓄量で変化しますが、満載状態で四十五スペースノットです。ちなみに新型艦のセラフィム級軽空母では五十スペースノットで、ドライブスルー形式で発艦と着艦を同時に行なうシステムを用意しており、着艦ベイから発艦ベイに移動する間に、弾薬や燃料の自動補給が可能です。効率的な発着を行なうために発着ベイの容積も最小限で抑えられています。その分搭載機数も四十機と増えております。艦の設計はフリード・ケイスン大尉です」
「なるほど、フリードさんだけあって、さすがですね。無駄な設計をなさらない」
「まったくです。技術革新というと大概ケイスン大尉のお名前が挙がりますね」
「天才科学者の本領発揮というところですか」
「そうですね。それではパイロットの控え室を紹介しましょう」
 発着ベイから控え室へと移動する二人。
 そこにはジミー・カーグとハリソン・クライサーの両撃墜王が待機していた。
「あら。ジミーさん、ハリソンさんもいらしたんですか?」
「よお、パトリシアか。少佐への査問試験だってな」
 ジミーが親しげに話しかけてきた。士官学校時代の先輩後輩の間柄である。もちろんパトリシアを二人に紹介したのはジェシカ。
「はい」
「さすがにアレックスが目を掛けただけのことはあるな」
 ハリソンが言葉を繋げる。
「お二人だって少佐になられて、ご活躍なされているじゃありませんか」
「あはは。まあ、アレックスのおかげで何とか昇進しているってところかな」
「で、噂ではまたニールセンの野郎が何か企んでいるらしいな」
「そうそう、ほんとなのかい?」
 いきなり話題を変えてくる二人だった。
「それは何とも言えません。噂は噂ですから」
「火のないところに煙は立たずだろう?」
「ええ……まあ。それはそうですが」
 自分も考えてはいたことではあるが、面と向かって肯定などできるわけがなく、言葉を濁すしかなかった。
 三人が仲良く会談しているのを、邪魔しないようにしながら自動販売機で飲み物を買っているリンダ艦長。やがてカップを両手に二つ抱えて戻ってきて、その一つをパトリシアに差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう。頂きます」
 カップを受け取って一口。
「おいしい!」
「インスタントだけど意外とおいしいんですよね。これジェシカの好みなのよね」
 リンダが解説している。これまで敬語を使っていたリンダであるが、同じ士官学校出という事もあり、ジミー達を前にして親しげな態度に変わっていた。
「こうしていると士官学校の学食を思い出しますね」
「これでアレックス達がここにいれば完璧だ。何で一緒に来なかったんだ」
「それは無理ですよ。直属の上官や関係の深い士官は同行できないことになっていますから」
「残念だな……」
 しばらく無言で士官学校時代を懐かしむ雰囲気が漂っていた。

 その頃、セイレーン搭乗口に遅れてやってきた一団があった。
 カインズとパティー・クレイダー、その他の査察監察官であった。
「ようこそお出でくださいました。カインズ中佐殿」
 ジャネットとセイレーン副艦長のロザンナ・カルターノ中尉が出迎えていた。
「ウィンザー大尉は?」
「艦長が案内して艦内の視察をされてます」
「そうか……。まあいい、我々の部屋に案内してくれ」
「かしこまりました」
 先に立って案内するロザンナ副艦長。
「それにしても……ここは相変わらず女性ばかりだな」
「ええ、まあ……戦術士官(commander offiser)は全員女性ですね」
「ジェシカの志向なのか、それとも提督の指示なのか……」
「両方なんでしょうね。フランドル少佐は、より多くの女性に活躍の場を与えたいと日頃からおっしゃってましたし、提督も能力のあるものなら男女を問いませんからね」
「その結果がこれか……自由な風潮があるとはいえ、私には馴染めない環境だ。かといって女性蔑視というわけではない。個人の趣向の問題だ」
 ドリアード艦橋の女性オペレーター達を見て判るように、男女の能力には差は見られない。逆に女性特有な細やかな心配りに感心させられる事もある。それこそが提督が意識して女性を優先的に配属させている所以なのかも知れない。

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2021.03.07 11:24 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十四章 査問委員会 Ⅲ
2021.03.05

第十四章 査問委員会




 統合本部のとある一室。
 折りしも少佐への昇進に掛かる査問委員会の審議が行なわれていた。
「さて次の案件だが……。パトリシア・ウィンザー大尉」
「何だ! またもやランドールのところか。先のハンニバル艦隊撃退の功績で多くの部下が昇進しているというのに」
「さもありなん。ランドールの昇進のスピードは破格だからな。配下の者も自然に釣り上がってくる」
「指揮官が昇進したら、その副官も自動的に昇進するという制度は考えものだな」
「しかし副官が陰日なたとなって、その活躍を支えていることも事実だからな。無碍にもできまいて」
「で、どうするのだ。何か適当な作戦任務がありそうか?」
「タシミール収容所の捕虜救出があるじゃないか」
 口を開いたのはニールセン中将の片腕とも言われているナジス・アルドラ大佐であった。
「タシミール?」
「確かに捕虜収容所があるという情報は聞いているが、確認されたわけではないじゃないか。連邦のスパイが意図的に流したのではないかとも言われているぞ」
「そうだ。捕虜救出がなされるように誘導して、派遣した部隊に奇襲をかけるのではないかとのもっぱらの噂だ」
「だからと言って、放っておくわけにもいくまいて。流言であろうとなかろうと、真実かどうかを確認するためにも、誰かを派遣しなければならないだろう」
「それはそうだが……。もしこれが罠だとしたら、彼女には重荷過ぎないか?」
「そんなことはないだろう。聞くところによれば、ランドールが劇的な昇進を果たしたあのミッドウェイ宙域会戦の作戦。彼女がそのプラン作りに一役買っていたというじゃないか。カラカス基地攻略の作戦立案なども彼女が作成している。十分作戦任務に耐えられるだろう」
「その話は聞いたことがある。しかし彼女は士官学校を出て一年も経っていないじゃないか。今回は見合わせたらどうか?」
「それを言うなら、ランドールこそ士官学校出たてだったじゃないか。それは理由にはならない」
「彼女とランドールは結婚しているのだろう? 提督クラスなら郊外の豪華な一戸建ての官舎が用意されているはずだろ。彼女には、家庭に入って子供を生んで育てる生活が似合っているんじゃないか?」
「いや、二人はまだ正式な結婚していない、つまり国籍上というわけだが。軍籍上で婚姻届が受理されているだけだ」
「軍籍上の婚姻届は正式な夫婦として扱われる」
「ちょっと待て! 話がそれているぞ。二人が夫婦だとかどうかというのは、査問委員会で論ずることではない。ウィンザー大尉が、少佐に昇進させるに値する人物かどうかが問われているはずだ」
 それぞれの思惑を胸に多数決が取られることになった。
「それでは賛否を問う。パトリシア・ウィンザー大尉を、タシミール収容所へ派遣させることに賛成の者は、挙手を願いたい」
 ぱらぱらと手が挙がった。
「賛成多数。よって、査問委員会は、パトリシア・ウィンザー大尉を、少佐への査問試験として、タシミール収容所へ捕虜救出のために派遣させることを決定する」

 アレックスは、各部隊司令官と共にパトリシアを司令官室に呼び寄せると、査問委員会からの作戦指示書を広げて見せて言った。
「パトリシア・ウィンザー大尉。私が准将となり、副官であり大尉であった君には、佐官への昇進機会が与えられることになった」
 その口調は司令官として、私意を排除し静かながらも威厳を込めて語りかける。もちろんパトリシアも厳粛に受け答えする。
「ありがとうございます。提督」
「ただし、君も知っていると思うが……。副官任務についていた者で、大尉在位期間が三年に満たないものは、適正審査と面接試験の他に、実戦指導能力を試験するための作戦任務が与えられる」
「存じております」
「そこでだ……君には部隊を率いてとある作戦を遂行してもらわなければならないが……これは強制ではなく辞退することもできる。佐官昇進を断念するならば……。どうだ、大尉」
「ぜひ、やらせてください!」
 パトリシアはきっぱりと答えた。
「わかった……」
 低く呟くように答えると、目の前の任命書類を手にとって、パトリシアに告げるアレックス。
「統合本部よりの情報部が入手した情報によって、カラカスから敵陣に入った二十パーセクのところにあるタシミール星域に捕虜収容所があることが判明した。守備隊は約二百隻の部隊が駐屯しており、捕虜として数千人が捕われているらしい。そこへ部隊を率いて捕虜となった者を救助すること。それが君に与えられた任務である」
「わかりました。捕虜の救出任務を遂行します」
「作戦遂行に際して、君に与える部隊だが……」
 といって後ろに控える部隊司令官達を見渡すアレックス。
「私の配下の第十一攻撃空母部隊を貸しましょう」
 すかさずパトリシアの先輩であるジェシカ・フランドル少佐が名乗り出た。
「ジェシカ!」
「いいのか、フランドル少佐」
「パトリシアの能力はわたしが一番良く知っておりますし、わたしの航空戦術を一番良く理解しているのもパトリシアです。第十一攻撃空母部隊を指揮させるのに何ら不安を抱いておりません」
「わかった。君がそういうなら任せよう。ウィンザー大尉、第十一攻撃空母部隊を連れていきたまえ」
「かしこまりました」
「カインズ中佐。第十一攻撃空母部隊は君の配下だ。先任指導教官として同行したまえ」
「わかりました」
 カインズは大佐昇進の選考から落とされていた。大佐の昇進枠が一人しかなく、功績点において僅差でゴードンに先をゆずっていたからである。とはいえ、彼の指揮するドリアード艦隊(第二分艦隊)はゴードンのウィンディーネ艦隊と、艦艇数や戦力レベルは同程度に維持されていることで、艦隊内における地位もほぼ同格に置かれていた。
 ライバルのゴードンに先んじられたのは癪にさわるが、昇進や恩給などが明確に定められている軍制規約というものがある以上、ランドール司令とてそれを無視できるものではないのだ。

 司令室を退室する一同。
 ジェシカに歩み寄るパトリシア。
「先輩。ありがとうございます」
「礼はいいわ。それより作戦の方は大丈夫なの?」
「考えはあります」
 きっぱりと答えるパトリシアだった。
 実は内々にレイチェルから命令の内容を聞かされていて、作戦の概要を組み立てていたのである。査問委員会の決定事項が、事前に知らされることはよくあることだった。情報部のレイチェルに一番に知らせが入るのは当然だろう。
「カラカスにいた連邦の本隊が撤退した現在では、タシミールは孤立しているとはいえ、捕虜が人質としてとられている以上、一筋縄ではいかないわ。それだからこそ、これまでに救出部隊が派遣されなかった理由なんだけど……」
「はい。伺っております」
「本当はわたしが同行できればいいんだけど……。そうもいかないわね。先輩後輩の間柄では情が移るから」
 タシミールは捕虜収容所があるということだけで、資源にも乏しく戦略的にはさほど重要ではなかった。軍事拠点としては、資源豊富なカラカス基地に防衛施設・燃料補給施設などすべてが集約されていたので、それを失った現在では連邦軍にとってはどちらかといえばお荷物的存在であった。ただ捕虜収容所があって、捕虜を護送するよりも人質として扱い、偵察のために部隊を残しているという状態でさほど重要視してはいなかった。

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2021.03.05 08:37 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十四章 査問委員会 Ⅱ
2021.03.04

第十五章 収容所星攻略




「タシミール到達まで、二十四時間」
「パネルスクリーンにタシミールの周辺地図を出してください」
 すぐに地図は現れた。
「Pー300VXを出しましょう」
「索敵ポイントは?」
「惑星軌道周辺と、敵部隊が展開しそうな後方域、このあたりです」
 といって惑星周辺地図の索敵ポイントを指し示した。
「哨戒艇はもう一艇ありますが?」
「我が艦隊の後方哨戒に出します。背後から襲われてはたまりませんからね」
「そうですね」

 パトリシアの命を受けて、セイレーンから三艇の哨戒艇が出撃した。
 攻撃能力がない超高価な哨戒艇ならば護衛戦闘機が付くところであるが、ステルスという性能から護衛は付かない。戦闘機が索敵されたら意味がないからである。
 その艦影を見つめながらリーナが呟いた。
「確か一艇あたり戦艦百二十隻分もの開発予算が掛かっていると聞きましたが……」
「その通りです」
「それだけの効果はあるのでしょうか? 私なら戦艦百二十隻の方に触手が動きますけどね。索敵なら一番安くて早い駆逐艦を派遣すればいいんじゃないかと思いますけど」
「そう考えるのが妥当でしょうね。しかし、それでは敵を発見しても、同様に敵に発見される可能性が高いのです。歪曲場透過シールドは敵に発見されることなく、敵だけを発見しつつその場に留まって引き続き敵の情勢を逐一監視することができます。敵艦隊に察知されて会戦となれば、戦艦百二十隻以上の損害を被ることもありえます。そう考えると戦艦百二十隻分の開発費も無駄にはならないでしょう」
「肝心な探査波が透過シールドで透過されて検知できないということは起こらないのですか?」
「それは大丈夫です。探査波はちゃんとシールドを透過してくるわけですから、検知は可能でしょう」

 やがて哨戒艇からの報告が返ってくる。
「タシミール星周辺に敵艦隊の存在は見当たりません」
 というものだった。
「どういうことでしょう……」
 リーナがパトリシアと見合わせ首を傾げた。
「とにかく引き続き索敵を続行してください」
「了解。索敵を続行します」
 それから一時間ほど索敵が行なわれたが敵艦隊は発見できなかった。
「敵艦隊はとっくに撤退したのではないでしょうか? さっさと惑星に降下して捕虜がいないかどうかを確認なさってはいかがですか?」
「いえ。敵艦隊がいないからこそ用心しなければいけないのです」
「どういうことですか?」
「今回の作戦の根拠となった当初の情報に問題があるからです」
「情報に問題ですか?」
「その出所はどこだと思いますか?」
「統合軍の情報部と伺っておりますが……」
「なぜ統合軍の情報部なのでしょう。ここから一番近いのは我が第十七艦隊なのです。出撃前にレイチェル少佐に確認したところ、その配下の情報部では掴んでいなかったそうです。あのレイチェルさんでさえ突き止めていなかった情報を、どうして統合軍の方で掴んだのでしょう。おかしいと思いませんか?」
「そういえば……変ですね」
「ハンニバル艦隊のことを思い出してください。提督をカラカスから引き離す陽動作戦として、連邦軍はハンニバル艦隊を差し向け、ニールセン中将を動かして、提督の艦隊に迎撃を命じました。そうですよね」
「その通りです」
「今回も同様だと思います。ニールセンの元に捕虜収容所の情報を流せば、当然ランドール提督に救出作戦の命令が下されるでしょう。たまたまそれがわたしの佐官昇進の査問試験となったわけです。そもそもカラカス基地とその周辺星域が奪取された時点で、捕虜収容所として不適切になっています。言わば最前線に位置する場所にあるのですからね。通信施設のみ残して捕虜を移送するのが尋常でしょう」
「確かに疑問点があり過ぎますね」
 やっとリーナも納得したようだった。
「我々がタシミール収容所星にむかったという情報は、進撃コースも到着予定時刻も査問委員会に事前報告を義務付けられていますから、我々の行動はおそらく敵艦隊に筒抜けです。タシミールに上陸した頃合を計って急襲すれば、迎撃の余裕さえ与えずに壊滅できるはずです」
「なるほど」
「提督が貴重な哨戒艇を三隻も許可してくださったのも、その事を理解しておられるからです」
 パトリシアとリーナの会話は、同乗している監察官にも聞こえている。おそらくニールセン中将の息が掛かっているだろうが……。
 あえて名指しで謀略だと言い張るパトリシアであった。

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2021.03.04 18:25 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十四章 査問委員会 Ⅰ
2021.03.03

第十四章 査問委員会


I

 新生第十七艦隊の幕僚の内定が関係者各位に通達された。

 艦隊司令官   =アレックス・ランドール准将
 艦隊副司令官  =オーギュスト・チェスター大佐(三万隻)
 艦隊参謀長   =空位とする
 艦政本部長   =ルーミス・コール大佐
 第一分艦隊司令官=ゴードン・オニール大佐(一万五千隻)
 第二分艦隊司令官=ガデラ・カインズ首席中佐(一万五千隻)
 旗艦艦隊司令官 =ディープス・ロイド中佐(一万隻)
 首席参謀    =マーシャル・クリンプトン中佐
 第一作戦課長  =テッド・ウォーレン中佐


 以上が役付きの主要な参謀達であったが、以下ずらりと参謀が並んでいる中には、情報参謀のレイチェル・ウィング少佐と、航空参謀のジェシカ・フランドル少佐の名前もあった。艦政本部長のコール大佐及び首席参謀のクリンプトン中佐は、旧第十七艦隊から引き続き留任することになったものである。また旧第十七艦隊よりの二万隻は等分されて、ゴードン・カインズ・ロイドの配下に分配された。これらの二万隻に搭乗する将兵に関して、指揮統制上の問題が懸念されたが、共にトライトン少将の配下であったことと、アレックスの名声と期待感によって、すんなりと水に馴染んでしまったようである。
 艦隊参謀長を当分の間空位とするアレックスの決定に、参謀達からは疑問の声も上げる者と、当然の処置と賛同する者とに、意見が分かれていた。参謀長となれば大佐クラスから先任されるのが通常であるが、副司令官のチェスターを除いて、その資格のあるのはゴードンかコール大佐であるが、コールは政務担当専門の文官で参謀長には不向きだし、ゴードンとて作戦を練るよりも最前線で活躍する実戦派だ。
 大佐より下位のクラスから選出するという案も出たが、最有力候補の首席参謀のクリンプトン中佐は、名前が取り立たされた時に、
「連邦を震撼させるサラマンダー艦隊の参謀長という大役を引き受けるには、まだまだ未熟すぎますし、新参者が就く役どころでもないでしょう」
 と経験不足を理由に辞退を表明していた。
 またアレックスを情報面から支援した情報参謀のレイチェルも、アレックス自らが候補から外していた。情報参謀として、作戦プラン作成に重要な情報収集の任に専念してもらいからだと言った。
 そもそも独立遊撃艦隊として発足したランドール艦隊が、正規の艦隊として承認されるまでに至ったその功績のほとんどは、司令官のアレックス自身が捻出したか、作戦会議による合議であった。個人として作戦案を発表した例もあるが、アレックスが考え出していた作戦に肉付けするだけだったり、その作戦の概要をアレックスが指示していたりしたケースが多かった。実際問題として作戦プランのほとんどには、アレックスが多かれ少なかれ手を入れていたのである。
 艦隊の運命を左右する重要な作戦を、独自に考え出せるポストにふさわしい人物として、候補名を挙げられる物はいなかった。
 艦隊参謀長を空位とすることには賛同するしかなかったのである。

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2021.03.03 12:38 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十三章 ハンニバル艦隊 Ⅶ
2021.03.02

第十三章 ハンニバル艦隊




 今回の会戦で敵側に与えた損害として、撃沈艦艇一万七千隻と捕獲二万隻そして三百万人以上にも及ぶ戦死者を出したと推定されている。それに対して味方損害は、七百二十隻の艦船が撃沈、五千人に近い戦死者であるから、数の上では圧倒的勝利といえるのだが、人命尊重を唱えるアレックスにしてみればこれまでにない多くの犠牲を出したことは、悲痛のきわみであったに違いない。とはいえ、アレックスの責任を咎めることはできないであろう。正面決戦による艦隊戦ではいたしかないことなのである。

 捕獲した二万隻の艦艇の処遇は、慣例通りアレックスの配下に移されることになった。
 スハルト星系会戦では撃沈処理した艦艇だが、今回はすなおに編入することになったのは、この会戦が罠ではなく正規の艦隊戦だからだ。罠を仕掛けるでもないのに、敵に位置を知らせる可能性のある発信機を取り付けたり、爆弾を設置することなどあり得ない。
 とはいえ、二万隻からなる艦艇を母港であるカラカス基地へ移送することは不可能であった。基地まで曳航するには遠すぎるし、何より敵艦隊に奪取されていたからだ。また敵艦に搭乗する捕虜も膨大な人数に及ぶ。ために取り敢えずは捕虜共々近くの軍事補給基地アグリジェントに預けておいて、当初の五万隻を率いて基地の奪還に向かうべき進軍を開始した。
 カラカス基地奪還に向かったアレックス達ではあったが、ハンニバルを撃ち負かし引き返してきた五万隻の接近を知った敵艦隊は、恐れをなしたのか一戦も交えることなく撤退した後だった。
 カラカスを奪還したものの、改めて強固な防御陣を引き直すには時間が掛かりすぎる。基地の設備を以前の様に戻せる前にアレックスの艦隊が押し寄せてくるのは目に見えている。それにブービートラップが仕掛けてあるかも知れない。敵司令官が基地を放棄するには十分の理由があったといえる。
「この撤退の判断の速さ、フレージャー提督でしょうか」
「かも知れない」
 カラカス基地は一人の犠牲も出さずに再びアレックスの指揮下に戻ったのである。 労せずして基地を奪回したアレックスのもとに、将軍への昇進と新生第十七艦隊司令官就任の辞令が届いたのは、それから一ヶ月後のことであった。
 トライトンが少将に昇進し、その後任としてシャイニング基地の防衛司令官に選ばれた。
 ハンニバルを撃退してカラカスを防衛し、捕獲二万隻を合わせれば七万隻という正規の艦隊に匹敵する戦力を保有するに至ったからである。
 旧第十七艦隊現有艦艇を分割して、第二軍団所属の第八・第十一・新第十七艦隊それぞれに二万隻ずつを分与する。その二万隻とアレックスの所有する五万隻を合わせて都合七万隻の新生第十七艦隊として再編成されるとしたのである。
 同盟における艦隊とは、七万隻をもって正規の一個艦隊を組織すると定められているが、激戦区の第二軍団のほとんどは相次ぐ戦乱で定数を大幅に割っていたのである。戦闘による消耗に生産が追い付かないからであった。だが、アレックスの登場を機会として、戦機は逆転をはじめていた。度重なる大勝利によって敵の兵力を大量に削ぎ落としたために、敵の攻撃がめっきり減少して、生産が消耗を上回りはじめて各艦隊への配給ができるようになったのである。またアレックスの巧妙な戦術による敵艦艇の大量搾取も大いに寄与していた。
「いやあ、君には感謝するよ。二万隻を回してもらえるようになったのは君のおかげだ」
 クリーグ基地を母港とする第十一艦隊の司令となっていたフランク・ガードナー准将は心から感謝しているようであった。これまでは艦隊と呼ぶには心許ない四万隻しか与えられなかったからだが、二万隻を増員してもまだ定員に満たないとはいえ、戦術的には敵一個艦隊が相手なら何とか防衛できるまでになったといえる。

 正規の七万隻を所有する第十七艦隊の母港としてシャイニング基地はそのままに、カラカス基地もまた燃料補給基地として管轄に入れられることになった。つまりはシャイニングとカラカスと二つの基地の防衛を課せられることになったのである。アレックスにとっては双方の基地を防衛するには兵力を分散させねばならないことを意味している。
 第十七艦隊司令といえば聞こえはいいが、アグリジェント基地に残した艦艇を合わせればすでに七万隻からなる独立遊撃艦隊を所有していたアレックスにとっては、負担が増えただけで何のメリットもないものであった。
 これは守備範囲にシャイニング基地を押し付けることで、アレックスの兵力を分散させる意図を現した、チャールズ・ニールセン中将の策略があったといわれる。アレックスを准将に昇進させる苦肉の策の末に。

 一方トランター本星では、五百万人にも及ぶ捕虜に対する戦犯裁判が行われていた。
 捕虜として残される上級将校を除いては、下級将校・兵士達は連邦本星への強制送還が行われることとなっていた。食料供給上の問題から全員を捕虜として残すわけにはいかないからだ。ただし、戦犯者達は当然として裁判にかけられることになる。主に食料略取を担った部隊の将校達であるが、その中から婦女子に実際に手を出した者達を選り分ける作業が困難を極めた。
 同盟側にとってはかつてない惨劇となった食料纂奪と婦女暴行という、これらの罪状にたいし、厳罰をもって処するべしという強い世論が大勢を占めるにいたった。
 監察官達は、速やかなる審判を謀るために、捕虜に対して密告恩赦を約束した。婦女暴行の当事者や、それを黙認した将校などを密告すれば、優先的に即時恩赦が与えられるというものである。すべてを監察官の手で処理していては、膨大な時間が掛かり過ぎてそれだけ長期に捕虜を収監しておかねばならず、食料の確保と同時に彼らを監視するために、貴重な戦力となる兵士を割かなければならない。
 宇宙港から発進する輸送船。多数の捕虜軍人を乗せて、捕虜受け渡しに指定されたタルシエン要塞へ向かう一番艦である。
「よくぞこれだけの数を捕虜にしてくれたものだな」
「捕虜とはいえ、食料の配給を絶やすわけにはいかないし、いい加減同盟軍人のほうが餓えてしまいますよ」
「まったくだ。監察官泣かせもいいところだ」
「しかし、捕虜交換で戻って来ることになる同盟将兵やその家族等は感謝しているようですがね」
「これまで出ると負けしていた同盟軍が、ランドールの登場以来勝ち戦に持ち込めるようになって、捕虜収容の数が激増して連邦側との捕虜交換を可能にするだけに至った」
「とにかくランドール戦法とも呼ばれる艦隊ドッグファイトに持ち込んで、敵艦艇のエンジン部だけを狙い撃ちして動けなくなったところを、乗員ごと捕獲してしまうんですから。流血を好まないランドールならではのことと、世間では評判ですけど」
「それだけ部下に困難な道を強いているということじゃないかな。高速で移動しながらの正確な射撃を可能にするずば抜けた反射神経が要求されるのだからな」
「しかし彼らはそれをやり遂げています」

 アレックスが准将となったことで、配下の者も自動的に昇進することになる。ゴードンが大佐となったのを筆頭に、多くの士官が昇進を果たすこととなった。
 そして副官パトリシア・ウィンザー大尉にも少佐への昇進の機会を与えられることになった。だが、艦隊指揮の実務経験の少ない副官には、査問委員会の審査という手順を踏まなければならなかった。

第十三章 了

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2021.03.02 08:20 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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