銀河戦記/鳴動編 第一部 第十三章 ハンニバル艦隊 Ⅶ
2021.03.02

第十三章 ハンニバル艦隊




 今回の会戦で敵側に与えた損害として、撃沈艦艇一万七千隻と捕獲二万隻そして三百万人以上にも及ぶ戦死者を出したと推定されている。それに対して味方損害は、七百二十隻の艦船が撃沈、五千人に近い戦死者であるから、数の上では圧倒的勝利といえるのだが、人命尊重を唱えるアレックスにしてみればこれまでにない多くの犠牲を出したことは、悲痛のきわみであったに違いない。とはいえ、アレックスの責任を咎めることはできないであろう。正面決戦による艦隊戦ではいたしかないことなのである。

 捕獲した二万隻の艦艇の処遇は、慣例通りアレックスの配下に移されることになった。
 スハルト星系会戦では撃沈処理した艦艇だが、今回はすなおに編入することになったのは、この会戦が罠ではなく正規の艦隊戦だからだ。罠を仕掛けるでもないのに、敵に位置を知らせる可能性のある発信機を取り付けたり、爆弾を設置することなどあり得ない。
 とはいえ、二万隻からなる艦艇を母港であるカラカス基地へ移送することは不可能であった。基地まで曳航するには遠すぎるし、何より敵艦隊に奪取されていたからだ。また敵艦に搭乗する捕虜も膨大な人数に及ぶ。ために取り敢えずは捕虜共々近くの軍事補給基地アグリジェントに預けておいて、当初の五万隻を率いて基地の奪還に向かうべき進軍を開始した。
 カラカス基地奪還に向かったアレックス達ではあったが、ハンニバルを撃ち負かし引き返してきた五万隻の接近を知った敵艦隊は、恐れをなしたのか一戦も交えることなく撤退した後だった。
 カラカスを奪還したものの、改めて強固な防御陣を引き直すには時間が掛かりすぎる。基地の設備を以前の様に戻せる前にアレックスの艦隊が押し寄せてくるのは目に見えている。それにブービートラップが仕掛けてあるかも知れない。敵司令官が基地を放棄するには十分の理由があったといえる。
「この撤退の判断の速さ、フレージャー提督でしょうか」
「かも知れない」
 カラカス基地は一人の犠牲も出さずに再びアレックスの指揮下に戻ったのである。 労せずして基地を奪回したアレックスのもとに、将軍への昇進と新生第十七艦隊司令官就任の辞令が届いたのは、それから一ヶ月後のことであった。
 トライトンが少将に昇進し、その後任としてシャイニング基地の防衛司令官に選ばれた。
 ハンニバルを撃退してカラカスを防衛し、捕獲二万隻を合わせれば七万隻という正規の艦隊に匹敵する戦力を保有するに至ったからである。
 旧第十七艦隊現有艦艇を分割して、第二軍団所属の第八・第十一・新第十七艦隊それぞれに二万隻ずつを分与する。その二万隻とアレックスの所有する五万隻を合わせて都合七万隻の新生第十七艦隊として再編成されるとしたのである。
 同盟における艦隊とは、七万隻をもって正規の一個艦隊を組織すると定められているが、激戦区の第二軍団のほとんどは相次ぐ戦乱で定数を大幅に割っていたのである。戦闘による消耗に生産が追い付かないからであった。だが、アレックスの登場を機会として、戦機は逆転をはじめていた。度重なる大勝利によって敵の兵力を大量に削ぎ落としたために、敵の攻撃がめっきり減少して、生産が消耗を上回りはじめて各艦隊への配給ができるようになったのである。またアレックスの巧妙な戦術による敵艦艇の大量搾取も大いに寄与していた。
「いやあ、君には感謝するよ。二万隻を回してもらえるようになったのは君のおかげだ」
 クリーグ基地を母港とする第十一艦隊の司令となっていたフランク・ガードナー准将は心から感謝しているようであった。これまでは艦隊と呼ぶには心許ない四万隻しか与えられなかったからだが、二万隻を増員してもまだ定員に満たないとはいえ、戦術的には敵一個艦隊が相手なら何とか防衛できるまでになったといえる。

 正規の七万隻を所有する第十七艦隊の母港としてシャイニング基地はそのままに、カラカス基地もまた燃料補給基地として管轄に入れられることになった。つまりはシャイニングとカラカスと二つの基地の防衛を課せられることになったのである。アレックスにとっては双方の基地を防衛するには兵力を分散させねばならないことを意味している。
 第十七艦隊司令といえば聞こえはいいが、アグリジェント基地に残した艦艇を合わせればすでに七万隻からなる独立遊撃艦隊を所有していたアレックスにとっては、負担が増えただけで何のメリットもないものであった。
 これは守備範囲にシャイニング基地を押し付けることで、アレックスの兵力を分散させる意図を現した、チャールズ・ニールセン中将の策略があったといわれる。アレックスを准将に昇進させる苦肉の策の末に。

 一方トランター本星では、五百万人にも及ぶ捕虜に対する戦犯裁判が行われていた。
 捕虜として残される上級将校を除いては、下級将校・兵士達は連邦本星への強制送還が行われることとなっていた。食料供給上の問題から全員を捕虜として残すわけにはいかないからだ。ただし、戦犯者達は当然として裁判にかけられることになる。主に食料略取を担った部隊の将校達であるが、その中から婦女子に実際に手を出した者達を選り分ける作業が困難を極めた。
 同盟側にとってはかつてない惨劇となった食料纂奪と婦女暴行という、これらの罪状にたいし、厳罰をもって処するべしという強い世論が大勢を占めるにいたった。
 監察官達は、速やかなる審判を謀るために、捕虜に対して密告恩赦を約束した。婦女暴行の当事者や、それを黙認した将校などを密告すれば、優先的に即時恩赦が与えられるというものである。すべてを監察官の手で処理していては、膨大な時間が掛かり過ぎてそれだけ長期に捕虜を収監しておかねばならず、食料の確保と同時に彼らを監視するために、貴重な戦力となる兵士を割かなければならない。
 宇宙港から発進する輸送船。多数の捕虜軍人を乗せて、捕虜受け渡しに指定されたタルシエン要塞へ向かう一番艦である。
「よくぞこれだけの数を捕虜にしてくれたものだな」
「捕虜とはいえ、食料の配給を絶やすわけにはいかないし、いい加減同盟軍人のほうが餓えてしまいますよ」
「まったくだ。監察官泣かせもいいところだ」
「しかし、捕虜交換で戻って来ることになる同盟将兵やその家族等は感謝しているようですがね」
「これまで出ると負けしていた同盟軍が、ランドールの登場以来勝ち戦に持ち込めるようになって、捕虜収容の数が激増して連邦側との捕虜交換を可能にするだけに至った」
「とにかくランドール戦法とも呼ばれる艦隊ドッグファイトに持ち込んで、敵艦艇のエンジン部だけを狙い撃ちして動けなくなったところを、乗員ごと捕獲してしまうんですから。流血を好まないランドールならではのことと、世間では評判ですけど」
「それだけ部下に困難な道を強いているということじゃないかな。高速で移動しながらの正確な射撃を可能にするずば抜けた反射神経が要求されるのだからな」
「しかし彼らはそれをやり遂げています」

 アレックスが准将となったことで、配下の者も自動的に昇進することになる。ゴードンが大佐となったのを筆頭に、多くの士官が昇進を果たすこととなった。
 そして副官パトリシア・ウィンザー大尉にも少佐への昇進の機会を与えられることになった。だが、艦隊指揮の実務経験の少ない副官には、査問委員会の審査という手順を踏まなければならなかった。

第十三章 了

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

ファンタジー・SF小説ランキング


小説・詩ランキング



11
2021.03.02 08:20 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
コメント一覧
コメント投稿

名前

URL

メッセージ

- CafeLog -