銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 V
2021.03.29

第十七章 リンダの憂鬱




「君達は、この数字を見てどう思うか? 率直な意見を述べてみよ」
 いつになくきびしい表情で質問をするアレックス。
「軒並み完了時間が遅れているのは、今年の士官学校卒業者を加えての不慣れな環境によるのではないでしょうか」
「どうかな、シルフィーネは六秒も早くなっているじゃないか。確かに不慣れな者が多いのは確かだが、指導しだいということではないかな」
「スザンナが着任早々から、メイプルを指導してということですね」
「そうだろうな。とにかく、今回の訓練の成果に関しては、あえてどうこうしようとするつもりはない。ただ旗艦たるサラマンダーが問題だな」
 ため息をつくアレックスにパトリシアが説明を加える。
「やはり航空母艦の指揮と戦艦の指揮には大きな違いがありますから、それが影響していると思われます。原子レーザー砲や各種砲塔などの火力兵器を多数搭載した戦艦と、フライトデッキを装備し艦載機の離着陸を主任務とする航空母艦、艤装がまるで違いますからね」
「まあな、しかし空母の方が戦闘配備には時間が掛かるものだ。それを差し引いても……やはり遅いと言えるんじゃないか?」
「そう言わざるを得ないのは事実ですね」
 再び大きくため息をつくアレックスだった。
 新人というものは、ベテランには気づかない多様な障害が付きまとうものだ。それを理解しないで頭ごなしに叱責することは避けなければならない。本来あるべき向上心をくじき、才能の芽を摘んでしまうこともありうるからである。
「とにかく旗艦がこれでは、他の艦艇に対する示しがつかない。レイチェル、済まないが相談に乗ってやってくれないか。任務遂行に際して障害となってことを取り除いてやってくれ」
 主計科主任であるレイチェルに、メンタルヘルスケアを依頼するのは当然と言えた。
 情報参謀として多忙なはずなのに、主計科主任をも兼務するレイチェル。
 その多才な能力をもって、アレックスの絶大なる信頼を受け、それに十分に応えられるレイチェルだった。
「判りました。最善を尽くします」

 食堂の掲示板に、例の艦艇ごとの戦闘配備完了時間の順位が張り出されている。
 競争心を煽って少しでも時間短縮するのではないかとの参謀の意見を取り入れてのことだった。
 掲示板を見つめながら会話する将兵達。
「我が艦隊の旗艦、しかも連邦を震撼させる名艦たるサラマンダーが、最下位だなんて問題じゃない?」
「そうなんだけど……一人、遅刻してきた人がいたから」
 その場にいたリンダが呟く。
「何よ。あたしのこと言ってるの?」
 フランソワもいた。リンダの呟きが聞こえたのか、息巻いている。
「言ったわよ。先輩方が全員揃った後に、新入りが遅れて到着するなんて、気が入ってない証拠よ」
「気が入ってないですって? あたしのどこが気が入ってないのよ」
「一番遅れてくることが、気が入ってない証拠じゃない。新人なら新人らしく、いの一番に艦橋入りするものよ」

 レイチェルから食堂の一件の報告を受けて考え込むアレックスだった。
「どうも犬猿の仲というのがぴったりな雰囲気になってきています。食堂の件以外にも、いろいろと衝突しているようです」
「旗艦の新艦長と、艦隊参謀長付副官という、誇りと責任感からくるものだろう。どちらもそれ相応のプライドを持っていることが問題だ。片や新人には好き勝手にはさせないという思い、もう片方は戦術士官として戦闘時には優先権を与えられるという制度からくるもの。それぞれの思いが交錯して火花を散らしている」
「プライドというものは、すべからくいざこざをもたらします」
「ああ……。結局のところ、共和国同盟の複雑な階級制度に問題があるんだよな。戦術士官などという職能級がね」
「その通りです。いざこざが起きるのは、当然戦闘態勢時ではありません。一般士官とはいえ、リンダの方が階級は上位ですから、フランソワが楯突くのは筋違いというものです」
「複雑な女性心理というのも働いているのかも知れないしな。パトリシアやジェシカにも協力してもらいたいところだが、あまりにも近すぎるから私情に駆られることもあるかも知れない。ここは中立の立場からレイチェルに依頼するしかない。頼むよ」
「それは構いませんが、いくら中立といっても、明らかにフランソワに分が悪いですからね」
「任せるよ」
 レイチェルもアレックスの依頼を断るわけにはいかなかった。
 何せ迫り来る敵の大艦隊のことで手一杯なはずのアレックスのこと、個別の乗員の痴情の縺れ的な問題に関わっている暇はないのである。

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2021.03.29 09:18 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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