銀河戦記/鳴動編 第一部 第十五章 収容所星攻略 Ⅲ
2021.03.12
第十五章 収容所星攻略
Ⅲ
「Pー300VXを三隻か……」
カインズは思い起こしていた。
パトリシアに査問委員会の決定が伝達され、全員が退室した司令官室に、レイチェルと共に残されていた。
「話は他でもありません。パトリシアに与えられた指令ですが、収容所の捕虜はすでに他に移送されていることが、レイチェルの情報部がすでに掴んでいます。しかも今回の作戦の情報が敵情報部に漏洩していて、迎撃部隊がタシミールへ差し向けられたようです」
「なんですって!」
驚いてレイチェルを見つめるカインズ。それに応えるように発言するレイチェルだった。
「どうやら今回もニールセンの差し金のようですね。タシミールにある収容所の捕虜救出を目的とした、今回の査問委員会による作戦行動の情報を敵側に流して、これを迎撃させて司令の懐刀であるウィンザー大尉を抹殺するつもりなのかも知れません」
「大尉は知っているのですか?」
「いや、知らせてはいない」
「どうしてまた?」
「パトリシアにはいい経験になると考えたからだよ。何も知らされなければ、第十一攻撃空母部隊は間違いなく敵部隊の奇襲を受けるだろう。それをどう察知し回避できるか、今回の作戦はパトリシアに対する試練と考えている。ニールセンがお膳立てしてくれた作戦だ。せっかくだから役に立たせてもらうよ」
「どうやら司令は、大尉が与えられた試練を克服して、無事に帰還できると確信しておられるようだ」
「いくら昇進が掛かっているとはいえ、全滅しかない作戦には派遣させるわけにはいかない。パトリシアには、危険を回避し逆襲する作戦を考えうるだけの能力を有している。作戦指令にはなかった、敵艦隊との遭遇会戦となってどう対処するか。その能力を十二分に引き出せる機会だと思う。だからこそ行かせるのだ。万が一にも敵部隊との交戦が手に余り、パトリシアが指揮権の委譲を願い出るまでは、君には一切口出ししないでもらいたのだ」
「それは構いませんが……」
「これはゴードンにも知らせていないので他言無用でお願いしたいのだが、無事に作戦を終了して帰還し、少佐への昇進を果たした際には、艦隊参謀長に就いてもらおうと思っている」
「現在空位となっている、艦隊参謀長ですか? そんなオニール大佐にも知らせていない重要なことをどうして私に?」
「パトリシアを任せるのだからね。すべてを知っておいてもらいたいと思っているからだよ」
「なるほど、艦隊参謀長という大役に就けるだけの能力があるかどうかを確認するためにも、今回の任務を与えられたというわけですか」
「まあ、そういうことになるかな」
「判りました。すべてを納得した上で指導教官の任務につきましょう」
「よろしく頼むよ」
カインズは理解した。
今回の作戦は、パトリシア大尉の昇進試験ではあるが、その指導教官に自分を指名したのは何故か? ということである。
懐刀であるパトリシアであるだけに、最も近しいゴードンの方が適任であるはずだ。
カインズ自身も大佐への昇進に漏れてしまった身分である。
自分自身の昇進試験でもあるのではないかと。
「敵の奇襲を受けることはないだろうな」
回想を終えて、パトリシアの采配振りに感心しているカインズだった。
三隻のPー300VXを連れて行くことを許可申請した時点で、任務の重大さを認識していたようだ。
キャブリック星雲会戦では、情報が敵艦隊に漏洩して待ち伏せを受けていた。ランドール司令を煙たがるニールセンが意図的に流したのだろう、との噂が艦隊士官達の間で囁かれていた。今回の任務もニールセンが絡んでいる、当然同様のことが起きる可能性は高いだろう。
おそらくパトリシアもそう考えていたのであろう。完璧な哨戒布陣を敷いて、万難を排して事にあたるという慎重な態度は、ランドール司令が艦隊参謀長に推すだけのことはあると、カインズは実感していた。
ともかくもレイチェルが掴んでいた情報と、パトリシアが推論した結果と、今回の
作戦任務が仕組まれた罠という点では一致しており、どちらが正しくて間違っている
とに関わらず、対処すべき行動指針では同じ結果をもたらすことになった。
何も知らないで無防備でいると、連邦軍の奇襲を受けて痛い目に遭わされる可能性が高いということである。
艦内に警報が鳴り響いた。
オペレーターが一斉に正面スクリーンに視線を向けた。
「敵艦隊発見! Pー300VX三番艦アポロンより通報。五時の方角12.5光秒に敵艦隊を確認しました!」
そのスクリーンに、哨戒艇から送られてきた敵艦隊の艦影が投影された。なおアポロンとは哨戒艇三番艦の哨戒作戦用の暗号名である。他の哨戒艇にも同様にギリシャ神話の神々の名前がつけられている。
「敵艦隊の艦艇数、およそ千五百隻!」
すかさず指令を出すパトリシア。
「全艦戦闘配備! 艦載機、全機発進準備!哨戒艇三番艦に敵艦隊との接触を維持、データを逐次報告させよ」
オペレーター達が、すぐさま復唱しながら命令を伝達する。
「アポロンへ伝達、敵艦隊との接触を維持しつつ、データを逐次報告せよ」
索敵レンジの違いとその特殊性能から、哨戒艇が敵艦隊に発見、攻撃される懸念はなかった。戦艦百二十隻分もの最新鋭のテクノロジーを満載した艦艇ゆえの配慮だった。
「全艦、戦闘配備完了しました」
「よろしい。艦載機、全機発進! 母艦に追従して待機」
「やはりいたか……どうやら奇襲だけは避けられたようだが。さてこれからどう戦うかだな」
パトリシアは実戦の指揮を執ったことがない。
果たして適時適切な指令を下すことができるか。
オペレーター達は、カインズを見つめていた。パトリシアに代わって指揮を執るのではないかと判断したからだ。
しかしカインズは動かなかった。
パトリシアが降参して指揮権の委譲を願い出るまでは、口を出すつもりはなかった。ランドール司令が情報漏洩の可能性を示唆しながらも送り出した相手である。敵艦隊との交戦にも十分堪えうる能力を有しているはずだ。
「敵艦隊の戦力分析図を出して」
「戦力分析図を出します」
スクリーンに敵艦隊の艦隊構成が表示された。
「戦艦550隻、巡航艦600隻、駆逐艦400隻、フォレスタル級攻撃空母50隻です。搭載艦載機の推定は、およそ4000」
一般的な一個艦隊編成であった。
対してこちらの第十一攻撃空母艦隊の勢力は、巡航艦300隻、駆逐艦150隻、セイレーン級及びセラフィム級軽空母900隻であった。
こちら側は戦艦を所有していない分火力には劣るが、空母搭載の航空機の数では、敵艦隊の4000機に対して、12000機と圧倒的な航空兵力の差があった。しかも足の速い艦艇ばかり揃っている。
当然戦いの中心は、艦隊戦を避けて艦載機による空中戦となる。
「艦載機、全機突撃開始」
一斉に敵艦隊に向かって突撃開始する12000機にも及ぶ艦載機の群れ飛ぶ姿は壮観であった。穀倉地帯などで時おり見られるバッタの大群にも似て、その群れ自体が巨大な怪物のようにも思えるほどであった。
「敵戦艦の諸元表を出してください」
スクリーン敵戦艦のデータがスクロールしながら流れる。
パトリシアが特に注目しているのは、敵味方の艦艇の速力である。連邦軍の速力は平均して35スペースノット、対してこちらの速力は約40スペースノットであった。
「速力ではこちらに分がありそうですね。敵主砲の射程外に距離を保って艦載機で攻撃するに限りますね」
↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

ファンタジー・SF小説ランキング

11