梓の非日常/第四章・スケ番再び(六)慎二の一日
2021.03.07

梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)


(六)慎二の一日

 とある建設現場。
 資材を満載した大型トラックが搬入口から入ろうとしている。
 一角にあるプレハブの事務所兼休憩所。
 コンビニの弁当を、同僚達と談笑しながら食べている慎二。
「おい、慎二くん。食事中済まないが、重機を動かしてくれないか。資材が届いたんで、荷おろし頼む。食後まで待ってくれと言ったんだが、次の現場も急いでいるんだそうだ」
 現場監督という腕章をつけた人物が入ってくるなり慎二に言った。
「いいっすよ」
「悪いな。終わったら、休憩時間延長していいから」
「それと誰かもう一人頼む」
「俺がいくよ」
 慎二ともっとも親しく話していた青年が答えた。
 作業用ヘルメットを被り、手拭いを腰のベルトに下げて出ていく二人。
 慎二が、大型クレーンに乗車して始動させると、轟音と共に排気口から黒煙を上げて動きだす。
 トラックの荷台上の運転手と、下の資材置場に先程の青年。三人一組の玉掛け作業で、資材を降ろしていく。
 その作業を、離れて監視している現場監督。
 そこへ、一人の人物が近づいてくる。
 気づいて振り向く監督。
「やあ、これは近藤さん。社長が来ているんですか」
「いや。社長は、別の会社社長と視察にお出かけで、その会社への送迎の戻りなんですよ。近くを通ったもので、立ち寄った次第ですよ」
「そうでしたか」
「どうですか。坊っちゃんの仕事ぶりは」
「十六歳とは思えぬほどの素晴らしい仕事ぶりですよ。真面目で手を抜くことなく、一所懸命にやってくれてます。遊び半分で重機を動かさせてみたんですけど、すぐに動かし方をマスターして、今じゃ誰にも負けない重機乗りになりましたよ。でも本当は十八歳以上で移動式クレーン運転士免許や玉掛免許とかが必要なんですけどね。正規の運転士はみんな給料の良い大手にいっちゃうので、こんな小さな建設会社には来ないんですよ。しかたなく慎二君のように無免許で動かしてもらうしかないんですよ。まあとにかくですね、同僚達とも気さくに話し合っていて受けもいい。ただ学生アルバイトなので、毎日じゃないのが残念です」
「社長令息ということは、他の従業員にはまだ内緒にしてますよね」
「ええ。彼自身がそうしてくれと言うんでね。ここでは坊っちゃんは禁句にしてます。給金も他のアルバイトと区別してません。重機作業手当はついてますけど」
「そうしてくれると有り難いです」
「それで社長とは、仲違いしたままなんですか?」
「はい。相変わらずです。一人でアパート暮らししてます」
「そうですか。長男は医者、次男は弁護士、後を継いでくれるのは慎二くんしかいないのに。二代目には申分ないんですけどね」
 重機を動かす慎二に視線を移す二人。
「それじゃあ、私は会社に戻ります。お仕事中、お邪魔致しました」
「近藤さんが来た事、慎二くんに伝えましょうか」
「いえ、黙っていてください。いやがりますからね」
「わかりました」
 挨拶をして立ち去っていく近藤。
「監督! もうここには一杯で置けませんよ。どこに置きますか?」
 大型クレーンの運転台から身体を乗り出して大声で叫ぶ慎二。
「おう! 待ってくれ」
 足早に慎二達の方に駆けていく現場監督。

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梓の非日常/第四章・スケ番再び(五)戦い済んで
2021.03.06

梓の非日常 第四章・スケ番再び(黒姫会)


(五)戦い済んで……

 全員が無事脱出した直後だった。
 ビルが大音響を上げて崩れはじめたのだ。
「危なかったあ。後数分脱出が遅れたら、生き埋めになっていたわね」
「それもこれも、こいつのせいだ」
 慎二が、肩に担いでいた蘭子を降ろしながら言った。
 かなりのショックを受けていてまだ気絶したままだ。
 他の黒姫会のメンバーは、青竜会に囲まれて車座に座らされている。
「助けだしたはいいが、やっぱりす巻きにして新河岸川にでも放りこむか?」
「待ってください。あたいには、蘭子の気持ちがよくわかるんです」
 意外にも竜子が助け船を出したのだった。
「とにかく、こういうこと、あたしは苦手だから、後のことはお竜さんにまかせるよ」
「はい。わかりました」
「でも、ビル破壊しちゃいましたけど、いいんでしょうか?」
「どうせ解体予定のビルよ。逆に感謝されてもいいくらいじゃないかしら?」
「そうそう、周囲の建物や人的被害がでなかったから大丈夫だよ。埋まったブルドーザーも掘り起こして修理すれば十分使えるさ」
「そういうものでしょうか?」
「まあ、いずれ警察がやってくるだろうから、早めに退散したほうがいいわ。というわけで……」
 と慎二の方に向き直って、
「慎二、行くよ。送ってくれるんでしょ」
「梓さん、鞄」
「ありがとう」
 鞄を受け取り、自動二輪の方へてくてくと歩きだす梓。
「へいへい」
 頭掻きながら後に付いていく慎二。
「お疲れ様です」
 スケ番達が次々と頭を下げて挨拶していく。
「おい、見たか。あいつ、沢渡だよな」
「ああ、鬼の沢渡を顎で使ってるよ。さすがリーダーだ」
 バイクに跨った慎二の後ろに、横向きの女の子座りで着席する梓。来るときの三人乗りと違って座席に余裕があるからだ。
「じゃあ、発進するぞ」
「うん。女の子が乗ってるんだから、慎重に運転してね」
「ぶりっこするなよ。おまえのどこが女の子なんだよ」
「こら!」
 軽くこつんと慎二の頭を叩く梓。
「へいへい。女の子でした」
 エンジンを始動し、自動二輪を発進させる慎二。
 梓が女の子座りしているので、そうそう荒っぽい運転ができないのは確かだ。慎重に運転しなきゃならないのは判っているが、梓のバランス感覚も抜群で少々の揺れでは振り落とされないだろうことも判断できる。
 自動二輪は街中を抜けて、一路城東初雁高校のある田園地帯方面へと向かっている。
「本当に学校へ戻っていいのか?」
「教室に忘れ物したんだ。取りに戻る」

 やがて校門前に到着する自動二輪。
 後部座席からぴょんと飛び跳ねるように降り立つ梓。
「サンキュー、助かったよ。帰っていいよ」
「自宅まで送ってやってもいいんだぞ」
「一人で帰れるから大丈夫だ」
「そうか、気を付けて帰れよ」
「うん。ありがとう」
 自動二輪を発進させる慎二。その後ろ姿を見送る梓。
「すまない慎二。好意は感謝するけど、屋敷を知られたくないから」
 慎二の自動二輪が見えなくなるのを確認して携帯電話で連絡を取る梓。
「あ、麗香さん。学校まで、迎えにきてください。うん、じゃあ」
 携帯を鞄に戻して、女子クラブ棟の方へ歩いていく梓。
「とにかく汗を流さなくちゃ、気持ち悪い」
 清潔好きな梓は、身体とくに自慢の髪が埃まみれなのが気に入らないのだ。クラブ棟にあるシャワーで汚れを落とすつもりだ。それに女子テニス部部室にあるロッカー内には替えの下着と制服も置いてある。
 きれいさっぱりした梓が、裏門にまわると、すでにファントムⅥが待機していた。
 梓の姿を見届けて、麗香が助手席から降りて来て、後部座席を開ける。
「お疲れさまです。お嬢さま」
 梓が座席につき、後部座席の扉を閉めると、麗香は反対側の扉から乗り込んだ。絵利香が同乗しない時は、梓の隣の席に座るのが日常だ。
「石井さん。出発してください。それと遮音シャッターを上げてください」
「かしこまりました」
 石井は車を発進させると同時に、パネルを操作して遮音シャッターを上げた。
「今日は、遅いお帰りですね。クラブ活動はなかったと記憶しておりますが、いかがなされました? 絵利香さまもすでにお帰りになられていまして、お屋敷の方にご連絡がありました。まだお帰りになられていないとお答えしましたが、ご心配そうなお声でした」
「そっか、絵利香ちゃん。心配してたのか……」
「また、喧嘩なされましたね」
 ずばりと言ってのける麗香。
「どうして?」
「頬のかすり傷ですよ」
「あ……やっぱり、気がついた?」
 蘭子のチェーンで切られた傷が残っていたのだ。常日頃から、梓のその日の体調や気分などに気を配っている麗香が気づかないはずがない。
「まあ、これくらいの傷なら跡を残さずきれいに直るでしょう。避けられぬ事情があったとは思いますが、お顔にだけは傷をつけないように、十分気をつけてくださいね」
「わかった……気をつける」
「絵利香さまがご心配なさってたのです。ご連絡を差し上げてはいかがですか?」
「そうだね……」
 携帯電話を出して連絡を取る梓。ファントムⅥには車載電話もあるが、絵利香と話すときは自分の携帯の方を使う梓だった。
「一体今まで連絡もよこさず何してたのよ」
 電話が繋がった途端に、絵利香の甲高い怒った声が飛び出して来る。着信表示で名乗らなくても梓だと判っているからだ。
「ご、ごめん」
 梓が謝ると、落ち着きを取り戻した声が返ってくる。
「もう……心配してたんだからね。怪我とかしてない?」
「うん。大丈夫だよ」
「よかった。それでお竜さん、助かったの?」
 教室での会話で、梓が竜子を助けに行ったことを知っているからだ。
「うん、助かったよ」
「そうか。さすが、梓ちゃんね。とにかく明日、ちゃんと話ししてよね」
「わかった。明日、ちゃんと話すよ。じゃあ、また明日」
「うん。またね」
 携帯を切る梓。
「お屋敷に到着です」
 屋敷の門が開かれ、ファントムⅥがゆっくりと入邸していく。

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梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件(七)無人島
2021.03.05

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(七)無人島

 父島一泊目の夜が明けた。
 食堂に集まって、食事の合間に鶴田が今日の予定を発表している。
「今日は、班に分けてグループ行動の自由時間とします」
 その一日は、一般の旅客がするように、島内の観光名所を、班ごとに分けられた各自が自由に巡ることとなった。
 ただし、小笠原海洋センターのように『おがさわ丸』が停泊していない期間は休業という所もあるので要注意。
 携帯の受信範囲から出ないようにし、圏外になったら戻るように決めておく。
 下条教諭は、万が一に備えて連絡係として旅館で待機することとなった。
 各自それなりに楽しんで、自由行動の日が暮れた。

 父島、二日目の朝となる。
 この旅行でのメインイベントの日である。
「今日は、お待ちかねの無人島生活体験クルーズです」
「おおお!」
「よっしゃあー! この日を待ってたぜ」
 一同も楽しみにしていたイベントである。
『都会では経験することのできない原始生活を過ごしてみよう!』
 ということである。
「島には電気・ガスもなければ水道もありません。すべて自給自足で、丸一日を過ごしていただきます」
「万が一に備えて、非常食一日分を置いておきますが、手を付けないでください。一応鍵を掛けた緊急箱に入れて、下条先生に預けておきます。その箱には緊急連絡用の無線機も入れておきます」
「ところで、携帯は持って行っていいのか?」
「だめにきまっているでしょ! 原始生活をエンジョイするのですから」
「第一、圏外になるでしょ」
「ゲームはできるけど……」
 スゲもなく拒否される。
「はい。携帯はすべて預かります」
 ガイドの前に二人の人物が進み出た。
「一応、その道のプロフェッショナルであるインストラクターが男女二人付いていただけるので、安心できます」
 ペコリと頭を下げる二人。
 インストラクターは、IR(イントラ)と略称しましょう。


 というわけで、船に乗って無人島へとやってきた。
「明日のこの時間にお迎えに参ります。それまで、無人島生活をお楽しみください」
 そういって、船は島を離れていった。
「おいおい。俺達を放っておいて、行っちゃうのかよ」
 島に残るのは、梓達生徒と下条教諭そしてインストラクターの二人だった。

「まずはこの島について説明致します」
 IRが語りだした。
「毒蛇や毒虫、マラリアを運ぶハマダラカなどはいませんのでご安心ください」
 島の状況を詳しく解説している。
 蚊が生息できるには、吸血する対象がいなければ繁殖できないので、無人島など動物のいない島には当然吸血する面倒な蚊はいない。
「しかしよお。無人島っつうけど、俺らが入った時点で、すでに無人島じゃねえんじゃね?」
「まあ、確かにそうですけどね」

「空の下、土の上で寝なさい というのは酷ですので、十人用の大型テント四基用意してあります」
「そうよね。吸血蚊はいなくても普通に虫が飛んできたりして、結構うざいから」
「いろいろと必要な物がありますが、たった一日ですべてゼロから作るのは不可能ですので、火を起こす道具や釣り用品や採集籠などは用意してあります」
「まあ、当然そうなるだろうね」
 誰かが呟いた。
「それでは、役割分担を決めましょう。飲み水を採取する掛かり、食料を調達する掛かり、火を起こす掛かり、野営できる場所を確保する掛かりです」
「飲み水? 湧水があるでですか?」
「はい。ここは狐島ですので、飲用に適した水が湧く場所はありません。なので、飲み水はこちらで用意させていただきます」
「ただし、サバイバルで水を得る方法だけはお教えいたします」
 島の滞在期間が一日しかないのに、無人島生活らしくあれもこれも 0 から作り始めれば、それだけで日が暮れてしまう。

「公平を期するために、クジで役割を決めます」
 と言って中央に穴の開いた箱を持ち出した。
「この箱の中に、役割を示した紙が入っています。各自手を差し入れてクジを引いてください」
 順番にクジを引いていく生徒達。
 梓も箱に手を入れる。
「火起こしがかりだよ」
 と発表すると、
「あ、俺もだ」
 慎二が応える。
 絵利香はというと……。
「残念、飲み水採取掛かりだわ」

 というわけで、各自分担ごとに分かれて行動を始めた。

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梓の非日常/第四章・スケ番再び(四)奥義炸裂!
2021.03.04

梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)


(四)奥義、炸裂!

 その時、天井からぽろぽろとコンクリートの破片が落ちてきた。
「なんだ?」
 天井を見上げる一同。あちらこちらにひびが入り、次第に広がっていくと同時に、落下する破片が増えていく。ほとんどの蛍光燈が外れて宙ぶらりんとなり、窓ガラスが次々と割れていく。
「壁を破壊したから、バランスが崩れてビルが傾いているのよ。元々倒壊の危険が予知されていて、解体される予定の廃ビルよ。崩れるわ、みんな逃げて! 通路で気絶している人も助け起こすのよ」
 わらわらと逃げ出すスケ番達。
「さあ、あなたも脱出するのよ。蘭子さん」
「ふん。勝負を逃げ出すの?」
「何言ってるのよ。ビルが崩れるのよ」
「ビルが壊れるまでには、まだ十分時間があるわ」
「このままじゃ、共倒れよ」
「それもいいかも知れないね。黒姫会はもう終わりだ。生きて恥じをかくよりも、青竜会のおまえと刺し違える方が名誉だけは残るってもんだ」
 チェーンを取り出して、戦闘体制に入る蘭子。
「いくよ!」
 言うが早いか、梓に向かってチェーンを繰り出す蘭子。
 間一髪でそれをかわす梓。
 目標を外れたチェーンが、床に穴を開け粉塵を舞い上げる。
「どうしてもやるつもりね」
「そうさ」
 すでにチェーンを引き戻して次の攻撃体制に入っている蘭子。
 飛び道具を使う蘭子が相手では、接近戦オンリーの空手の梓に分が悪い。
「懐に飛び込まなくちゃ」
 次の攻撃が飛んでくると同時に、それをかわして懐へ入り込む。
 が、次の瞬間、梓の身体は後方へ投げ出されていた。
 蘭子が弐の矢として用意していた寸打が炸裂したのだった。
「寸打……チェーンを握る反対の手で寸打を出したのか。これじゃあ、うかつに近づけないじゃない」
「驚いた? 私は両利きでね。右手も左手も同じ力があるんだ」
「そうか、油断したよ」
「それじゃあ、次ぎいくよ」
 蘭子の攻撃が再開される。

 部屋の隅でそんな二人の攻防戦を見つめる人影。
 慎二の他、竜子と郁が居残っているのだ。
「リーダーを残して逃げ出すわけにいかないからね」
「はい。でも梓さん、大丈夫でしょうか?」
「どうかしら……蘭子の二つ名は『チェーンのお蘭』よ。チェーンをまるで自分の腕が伸びたように自在に操り、その長さ二メートルに腕の長さを合わせて優に三メートルのリーチを誇る攻撃が可能よ。チェーンの攻撃をかわせても、三メートルの間合いを詰めて相手の懐に飛び込む間に、防御と攻撃の態勢を取られてしまう。実際にもチェーンを放った後に空いた手足で、寸打と膝蹴りを用意している。隙を見せない完璧な布陣よ」
 竜子が解説する通り、戦況は明らかに蘭子に有利だった。梓は飛んでくるチェーンをかわすだけで精一杯であった。時折懐に入り込もうとするが、寸打と膝蹴りで跳ね返されていた。
 それでも何度となくチェーンをかわすうちに、その攻撃パターンをつかんできて、軽くかわせるようになっていた。
「チェーンが飛んできたのをかわしてから懐に飛び込んでも、相手に十分な防御体制をとられてしまう。チェーンを放つ気配を見せたその途端に飛び込まなきゃ……起こりの瞬間に一挙動で勝負するしかない」
 【起こり】とは、武術用語で技の出る瞬間のことである。拳の動きだけでなく、身体の捌きや視線の動きなどから察知するのだ。例えば野球では、右投げ投手が一塁へ牽制球を投げる時、必ずプレートから足を外さなければならないが、一塁手はその動きを素早く察知して一塁へ戻って牽制死を避けるのだ。
 そして【一挙動】は、受けと攻撃を同時に発動する技。普通は、相手の攻撃を受けてから自分の攻撃を開始するのだが、それを一動作で完了させるのだ。
 天井からの落下物は増えている。
 ……速くしないと、ビルが崩れる。仕方ない、あれを使うしかないわ。よし……
 梓は、少し前屈姿勢をとり、両手を右脇腹に構えたかと思うと、静かに目を閉じたのだった。
「目を閉じた?」
「いや、気を集中させているんだ。何かやるつもりだ」
「でも目を閉じていたら攻撃をかわせないんじゃ」
「大丈夫だ。チェーンの攻撃はすでに見切っている。気配だけで十分かわせる」
 蘭子の足がかすかに動いた。その気配を感じ取った瞬間、梓が行動に移る。
 目を、かっ! と見開いて懐に飛び込んでいく。
「無駄な事を」
 蘭子のチェーンが飛んでくる。
 梓の頬をかすってチェーンはそれていった。頬から出血する梓だが、かまわず突進を続ける。
 寸打を繰り出す蘭子。だが梓は平気な顔をしている。
「な、寸打が効いていない? 馬鹿な」
 梓の踏み込む速度が、寸打の有効打力点に到達するより速く、効果を十分発揮する事ができないうちに、懐に入り込まれてしまったのだ。
「なら、膝蹴りで……」
 蘭子が次の攻撃を繰りだそうとした瞬間だった。
「透撤拳!」
 梓が右脇腹に構えていた両手を勢いよく前方に突き出したかと思うと、蘭子の身体が宙に浮かび後方へと吹き飛んでいったのだ。丁度そこはブルドーザーが開けた穴の場所で、蘭子の身体はうまい具合にビルの外へ。
「あれは? 沖縄古流拳法の一撃必殺の奥義、聖龍掌!」
 慎二が驚きの声を上げる。
 捨て身の技を決めて、ひと呼吸おいてから梓が叫ぶ。一刻もはやくここを立ち去らねばならない。
「よし、みんな脱出よ」
「はい!」
「おうよ!」
 一斉に外へと駆け出す一同。
 穴のそばに倒れていた蘭子を、慎二が肩に担いでさらに安全な場所へと移動する。

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梓の非日常/第四章・スケ番再び(三)チェーンのお蘭
2021.03.03

梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)


(三)チェーンのお蘭

 一方ビル内に突入した梓は、通路にひしめくスケ番グループ達を、苦もなくなぎ払いながら、竜子の捕らえられている最深部へと進行していた。
「この部屋ね」
 通路の一番奥まった部屋。派手にカラーリングされた扉の向こうに竜子は捕らえられているのか。
「罠かもしれない……でも、行くっきゃないのね。郁さんは、ここで待ってて」
「はい」
 梓は、ドアノブに手を掛け、ひと呼吸おいてから、扉を勢いよく開けた。すかさず前方転回でくるりと床を転がりながら部屋に突入する。三回ほど回転したところで、片膝ついた状態で停止し臨戦体制をとった。背後を振り返ると、鉄パイプを構えたスケ番が唖然としている。あのまま何の策もなく入って来ていれば、鉄パイプでめった撃ちにされていたと思うと、ひやりとする場面である。
「間一髪セーフね。汚れちゃったけど、しかたないか」
 といいつつ、制服についた汚れを、手ではたき落としながら立ち上がる。
 正面の壁際にロープで縛られ、床に転がされている竜子。
 そのそばにパイプ椅子に腰掛けているスケ番を見届けて、梓が尋ねる。
「黒沢蘭子さんって、あなたね」
「そういうおまえこそ、何者だ?」
「あたし? 城東初雁高校一年、空手部所属真条寺梓よ」
 姿勢を正しながら名乗りを挙げる梓。
「空手? そうか、わかったぞ。新入生ながらお竜を撃ち負かして、青竜会のリーダーになったというのは、おまえだな」
「ん……あのねえ。別にリーダーを引き受けた覚えはないわよ。お竜さん達が勝手に持ち上げているだけ。空手部の仲間を助けるために来たのよ」
「部下を助けるために単身敵地に乗り込んでくるとは、その度胸っぷり見上げたものだ、さすがリーダーになるだけの素質はあるようだ」
「だからあ……リーダーじゃないって、言ってるじゃない」
「それが本物かどうか、見届けてやるよ」
 といいつつ合図を送ると、周囲のスケ番達がじりじりと間合いを詰めてくる。
「もう……聞いてくれないのね」
 背後から鉄パイプを持った二人が襲ってくるが、一人目を軽くかわし、二人目に肘鉄を食らわして倒す。
 それを契機として、一斉に襲いかかってくるスケ番達。
 しかし、やみくもに腕を振り回し、蹴りを入れるだけの喧嘩しか知らないスケ番達、唐手を極めた梓にとっては赤子を捻るようなもの。
「ええと、砕破{サイファ}ってどうだったかな……相手の攻撃を受け止めて……」
 殴りかかって来た相手の腕を極め技に取って動きを封じる梓。
 どうやら相手にして全然物足りないらしく、空手部の先輩達から教わった型を、反復練習しているようだった。技の一つ一つを解説するように言葉に出しながら攻撃を加えていた。
「膝蹴りを加えて……そして前蹴り!」
 見事に技が決まって相手は吹き飛んでいく。
「やりぃ! 砕破おぼえちゃった」
 嬉しそうにぴょんぴょん飛び回る梓。
「ようし、次ぎは久留頓破(クルルンファ)、いってみよう!」
 人差し指を立て、高々と掲げる梓。
 そんな梓をまぶしそうに見つめる竜子。
「さすがは、あたいが選んだリーダーだ。これだけの人数に囲まれながらも、少しも臆することなく、勝負を楽しんでいる」

 次々と仲間を倒され、苦虫を潰したような表情の蘭子だったが、とうとう奥の手を出す。
「おい! 梓とやら、こいつが見えないのか」
 竜子の髪を引っ掴んで、ナイフを顔に突きつけている蘭子。
「こっちには切り札があるんだよ。いい加減にしろよな」
 それを見届けて動きを止める梓。
「卑怯だわ」
「ふん。ここは武道大会の試合会場じゃないんだ。喧嘩に卑怯も何もあるもんか。策もなく飛び込んで来たおまえが馬鹿なんだよ」
「策か……」
 梓は、姿を見せないある人物を思い浮かべていた。
「慎二……何してるの?」
 慎二のことだ、とっくに外の連中をなぎ倒しているはず。もうそろそろ姿を見せてもいいころなのに。
「さあて、どう料理してやろうかしらね」
 スケ番達がじりじりと迫ってくる。
「万事休す、ここまでか……」
 と思った時だった。
 地鳴りとともにビルが大きく揺れだした。
「な、なに。地震?」
 次の瞬間、蘭子の背後の壁が轟音とともに崩れ落ち、大型ブルドーザーが姿を現した。そして人影が飛び出して来て、蘭子の腕から竜子を奪い、抱きかかえてかっさらっていったのだ。
「じゃあーん。お助けマン参上!」
「慎二!」
 慎二の登場で、梓の表情に明るさが戻った。
「お竜が捕らえられて、人質にされているだろうと思ってね」
「ふ、また助けられたな」
 以前、梓が竜子達に襲われ絵利香が人質になった時に、慎二に助けられた事を言っているのである。
「しかし、よくブルドーザーを動かせたね」
「建設現場でアルバイトしててね、遊び半分で現場にあった重機を動かしていたんだ」
「鍵はどうしたの?」
「重機ってやつは鍵を共通で使用しているんだ。メーカーが同じならどれでも動かせるんだよ。最近はATM破壊強盗に使われるので、一台に一鍵のものが増えてきているけど。こいつは旧式。俺の持ってるやつを差し込んでみたら、見事動いてくれたんだ」
「なんてことを……他に方法はなかったの? 何も壁を破壊する事はないんじゃない」
「なあに、このビルはどうせ壊す予定だからよ。お手伝いしてやっただけだ」
 呆れた表情の梓。
「あはは。ついでに、青竜会の面々もやってきたぜ」
 開いた穴や、梓が入って来た扉からスケ番達が突入してきていた。
「リーダー! 助っ人に参りました。ビルは包囲し、黒姫会の奴等は全員取り押さえてあります。残っているのはこの部屋だけです」
 形勢は完全に逆転していた。部屋の中の蘭子のメンバーはすでに戦意喪失して立ちすくしているだけだ。
「お竜さん。大丈夫ですか?」
 いつのまにか郁がそばに寄って来て介抱している。
「そうか、おまえがリーダーや仲間を呼んで来てくれたんだ」
「はい。今ロープをほどきますね」
 ロープを解かれた竜子が梓の元に歩いて傅く。
「リーダー。あたいを助けにきていただいてありがとうございます」
「だからあ……空手部の仲間として来たんだってば」

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