銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章・コレット・サブリナ Ⅳ
2021.01.28
第十章 コレット・サブリナ 氷解
Ⅳ
「検視の結果だ。目を通しておきたまえ」
検察事務官は検視報告書を閲覧させた。
「はい」
それを受け取って目を通すコレット。
「やはり他殺と出ましたか」
「直接の死因を示す首の絞殺斑と、マシンに吊られていた状態でのロープの位置がずれている。つまり一端絞め殺された後にマシンに吊り下げられたと判断された。それに君の発見した膝の擦り傷跡を調べた結果も、傷口とそこに残った体液から死後硬直後についた傷であることが判明した」
人が死ねば死後硬直という状態に陥る。筋肉が緊張して間接すら曲げることができないほど固くなる現象である。これは筋肉の活動による分解産物である乳酸の発生と深く関わっているともいわれている。死後硬直の度合によって死亡時刻を推定することができる。
人間傷を負えば、その傷から少なからず血液や体液が浸出する。生きていればその浸出液には血小板や免疫抗体物などが多量に含まれているが、死んだ後では極端に減ってゆき、死後硬直後ともなればほとんど含まれなくなる。また細胞の再生という面でも血流が止まってもある程度は細胞は生きているので、細胞内に貯えられた栄養で再生しようとした跡が見られるが、細胞が死滅し死後硬直が始まればまったく見られない。
「君の方の捜査は進んでいるのかね」
「はい。容疑者を逮捕する寸前まできています」
「そうか、頑張りたまえ」
「わかりました」
一旦自室に戻って、もう一度考えをまとめる事にする。
ラジオから深夜番組が流れている。今流行の軽音楽。
ベッドに仰向けになって解剖報告書に目を通しているコレット。
絞殺による殺人。膝の傷の状態から別の場所で殺害されてジムへ運びこまれたことが証明された。
ラジオからの音楽が跡絶えた。そしてパーソナリティーの声。
『以上、今夜はウィンディーネのスタジオからお送りしました』
「え?」
一瞬耳を疑った。
「そうか……。中継放送というものもあるんだった。他の艦のスタジオがキー局となって、それをそのまま放送する」
中継となればせいぜい調整室員とディレクターくらいの二人だけいれば用は足りるはずだ。その時間帯なら残りの二人が悠々抜け出せるというわけだ。
端末を開いてFM局の番組表を調べてみる。
事件当時の番組は……。
「ドリアード便りか。つまり準旗艦ドリアードからの中継というわけだ」
よし、アリバイが崩せる!
早速、逮捕状を申請する。
容疑者はカテリーナ・バレンタイン少尉。
容疑はミシェール・ライカー少尉殺害。
その判断根拠を記述し、司法解剖報告書を添付して、特務捜査科逮捕訴追課に送った。
やがて申請が受理されて、逮捕許可証の画面に切り替わった。
それをプリントアウトすれば、逮捕状になる。
「よし! 逮捕だ」
逮捕状を握り締めて、自室を飛び出して行くコレット。
「今は当直で、スタジオにいるはずだ」
駆け足で、スタジオのある発令所ブロックへと向かう。
逮捕状の威力は絶大だ。
提示するだけで警備室をフリーパスできただけでなく、どこへでも入室できるのだ。第一艦橋はもとより、たとえ放送中のスタジオにだって踏み込める。
そして今スタジオにいる。
「カテリーナ・バレンタイン少尉を逮捕に来た。どこにいますか?」
放送局員に逮捕状を提示しながら問い詰める。
局員は一瞬驚いた表情を見せたかと思うと、すぐに困惑した表情に変わった。
「それが……じ、実は。まだ姿を見せていないんですよ」
「なんですって?」
その時、呼び出しブザーが鳴った。
「ちょっと、お待ち下さい。第一艦橋から連絡です」
ヘッドレストホンを耳にあてて、機器を操作して連絡を取っている局員。
「は、はい。実は、こちらにいらっしゃってます。はい、代わります」
局員が、ヘッドレストホンを差し出しながら言った。
「司令官からです」
「中佐が?」
それを受け取って答える。
「コレット・サブリナです」
「すぐにアスレチックジムに向かってくれ。カテリーナ・バレンタイン少尉が首吊り自殺した」
「なんですって!」
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章・コレット・サブリナ 氷解 Ⅲ
2021.01.27
第十章・コレット・サブリナ 氷解
Ⅲ
「ところがレイチェルは、国籍には出生時から女性として登録されています。生まれてから今日までに至るすべての公文書が女性であることを示しています。となると中佐殿の作文にある、おちんちんなるものを所有している人物は、本当は同名の別人なのかという問題になってきます。ところが当時の幼年学校の同級生にはその名前の子供は他に存在しません」
「徹底的に調べ上げたものだな」
「どうやらレイチェル・ウィングは、性転換を施した後に国籍及び軍籍コンピューターに侵入して記録を改竄したのではないかとの、疑いが生じます」
「確かに作文にはレイチェルの事が記録として残っているようだが、私は当時の詳細なことまでは覚えていない。子供の頃の記録を持って、現在の私にその事を承認しろというのは不可能なのではないか? 子供の書いた事や言ったことは、証拠として通用しないのではないかな。実際まるで記憶がないのだからな」
「確かに。その記録が何らかの事件の証拠として提出されても、取り上げられないでしょう」
「参考までに聞いておきたいのだが、仮にそれが事実であったとしたら、どんな罪に問われるのか」
「国家や軍のシステムに侵入しただけでも最低十年の懲役、さらに公文書を改竄したとなればプラス七年の懲役となるのは明白です」
「そうか、わかった」
「捜査線上に重大機密を持つ者がいた場合、まずそれを疑ってかかるのが捜査の基本であります」
「つまりレイチェルが犯人である可能性があるということか」
「そうです。たとえば、ウィング大尉の素性をライカー少尉に気づかれたとしましょう。あなたが大尉ならどうなされますか?」
「他の人間に知られたくなければ、消してしまうに限るな」
「そうです。現時点においては、大尉は容疑者として濃厚です。そしてあなたも同様に容疑者の一人です」
「ほう……」
「何より中佐殿には、あまりにも秘密なところが多すぎる。その最たるものが出生の秘密です。一切が軍事機密として封印されてしまったマスカレード号事件、幼児が一人救出されたという記録だけが公表されただけです。その時の幼児が、中佐殿という事実。提督達の間では銀河帝国のスパイとして送り込まれたのではないかという噂でしきりです」
「それなら私の耳にも入ってきている」
「異例の出世の背後には、スパイが同盟側でさえ知り得ていない重要な情報や作戦を与えたのではないか、そうでなければこれほど完璧なまでに作戦を実行などできるはずがない、と勘繰っております。中佐殿の深緑色の瞳と赤毛は、銀河帝国を興したアルデラーン一族の末裔であることを明白に物語っております」
「仮に私がスパイだったとして、何とか准将になって艦隊司令官についたとしようか。果たしてそれが帝国にどんな利益をもたらすのかな」
「同盟軍の動静を知る事は可能でしょう。あるいは艦隊を率いて反乱を企てることも」
「反乱ねえ……」
「身近な話題で言いますと、カラカス基地で行われている奇妙な戦闘訓練。その作戦目的が極秘扱い。大型ミサイルを抱えて誘導射撃の訓練など、必要性がまったくわからない。誰もが疑ってかかるのは当然でしょう。しかも訓練計画発案者に、ウィング大尉の名前が記されています」
「そんな事まで……。よくも調べ上げたなあ。極秘事項だったのに」
「そりゃまあ、情報部にいますからね。それにこれは公然のこととして提督達の耳にはすでに流れています」
「ま、カラカス基地のことはいずれ外部に漏洩することは想像はしてはいたが……。さて、そろそろ時間だ。次の仕事が控えているのでね。忙しい身を判ってくれ……。それで、私の事をつぶさに調べ上げたのは、捜査の上での行き掛かりで許されるとして、真犯人については、カラカス基地に到着するまでに確保しなければ、みすみす逃亡されることになる。司法解剖の結果が出るのを待つまでもなく、先手先手と回って犯人を追い詰めてくれたまえ」
「わかりました。引き続き捜査を続けます。お手数かけました」
司令室を退室する。
鋭い!
さすがにわたしの真意を見抜いていた。
これほど鎌をかけて揺さぶっても、微塵も動揺していなかった。
国籍改竄・公文書偽造という行為は、実に巧妙に仕掛けられており、それを証明するものは何一つ残されていない。かなりの技術を有したコンピューター・ハッカーが存在しているようだ。中佐は、その腕前を信じていて、そこから発覚する事はないと踏んでいるから、ことほどさように落ち着いていられるわけだ。ハッカーが漏らした公文書ではない幼年学校児童の作文など証拠にはならない。
国籍改竄の疑惑はあるものの、レイチェル・ウィング大尉がミシェール事件に関与しているとは思っていない。それを持ち出したのは、英雄と称される人物なる者が、どう反応するかを見たかっただけなのだ。
まずまず期待通りの反応というところだ。
「そろそろ、司法解剖も終わった頃かな……」
遺体安置所に併設されている解剖室に向かう事にする。
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章・コレット・サブリナ Ⅱ
2021.01.25
第十章 氷解
Ⅱ
司令官室。
アレックスがデスクに陣取り、その脇にパトリシアが立っている。
「中佐はこれをご存じですか?」
コレットは、透明袋に入った首飾りを差し出した。
「あ、それは、わたしの首飾りです」
パトリシアが叫んだ。
「ウィンザー中尉の?」
「え、ええ……」
といって、ちらりとアレックスの方をみて、頷くのを確認して言葉を繋いだ。
「中佐から婚約指輪の代わりに頂いたものです」
「婚約指輪代わりですか。中佐、間違いありませんか?」
「間違いない」
「そうですね。これからは中佐とウィンザー中尉の指紋が検出されております。中佐が婚約指輪代わりに送ったもので間違いないでしょう」
「どこで手に入れたのかね」
「二度目にミシェールの宿房を訪れた時に、机の引出から見つけました」
「最初の捜査ではなかったというわけか。つまり犯人は、一度捜査を受けた場所をもう一度捜査をしないだろうと判断して、そこに隠したのだろうな。いつまでも持っていれば見つかる可能性が高くなるし犯人だとばれてしまう」
「その通りだと思います」
「で、犯人の指紋は出なかったようだな」
「はい。そんなどじを踏むような犯人ではないことだけは確かですね」
「しかしいつの間に盗みだされたのだろうか。こいつは一般士官として大部屋の宿房が定められていたパトリシアが、無くさないようにと個室をあてがわれている私に預けていったものだ。金庫に保管しておいたのだがな」
「ダストシュートから侵入して盗みだしたのです」
「ダストシュート?」
「そうです。中は結構広くて、小柄な人間ならそこから上下階を行き来することが可能です」
「なるほど……」
といいながらデスクの側に開いているダストシュートを見つめた。
「つまりは君は、犯人像を掴んでいるんだな」
「はい。かなりの線までいっていると思います」
「確証はまだないわけだ」
「司法解剖が済むまでは結論を出せませんから」
「わかった。引き続き、捜査を続けてくれたまえ」
「はい。とりあえず証拠物件としてこの首飾りはお預かりしておきます。事件が解決次第お返しいたしますが、よろしいですね」
「かまわないだろう。パトリシアもいいな」
「はい。異存はありません」
「それでは、このままお預かりしておきます」
首飾りをバックに戻しながら、質問を続けるコレット。
「それにしてもお二人は婚約していることを秘密にしておいでのようですが、いかがなる理由でしょうか。私の調査では、本星においては同居生活をされて、事実上の夫婦として暮らしているようですね」
「それも事件の捜査にかかわるのかい?」
「場合によってですね」
「まあ、いい。二人の関係を公表しないのは、司令官と副官が夫婦ということになれば、士気統制上として問題が発生する可能性があるからだ。ごく自然な処置だと思うが」
「わかりました。正式な婚姻ではなく婚約関係である以上、同盟軍厚生保健局の登録上では夫婦であっても、国家的身分上では赤の他人。この点に関してはこれ以上の干渉はできませんね」
「すまないね」
ここで改めてコレットはもう一つの懸案事項を切り出す事にした。
「ここからは、中佐殿と二人切りで尋問したいので、ウィンザー中尉は席をはずしていただけませんか?」
「君と二人きりでかね?」
と言いながらパトリシアの方を見やるアレックス。
「ああ……。わたしは、構いませんわ。艦橋に戻ります」
気を利かせて、パトリシアの方から遠慮して、司令室を退室していった。
コレットとアレックスの二人きりになる。
「ところで……中佐殿は、レイチェル・ウィング大尉と幼馴染みだそうですが。間違いありませんね」
「間違いない」
「わたしの調査によりますれば、レイチェル・ウィングなる人物は女性として登録されており、事実女性として生活しておられるようですが、過去においてはそうでなかった形跡があります」
「形跡とは?」
「これはわたしが入手した資料のコピーですが……」
といってアレックスの前にそれを差し出した。それを目で読んで驚いた表情で答えるアレックス。
「これは、僕の幼年学校の時の作文じゃないか」
「はい。中佐殿の通っていた幼年学校の資料を探していて見つけだしました。それをプリントアウトしたものです」
「よく。探し出したな。内容なんか、すっかり忘れていた」
「その文の数箇所にわたってレイチェルという記述が見られます。立ち小便でおしっこの飛ばしっこしたとか、おちんちんが腫れるとかどうのとか。察するにレイチェルはおちんちんなるものを所有する性であったようですね。つまり幼児期においては、レイチェルは男性だったのではないかと判断できます」
「確かに幼児期レイチェルとは同性の友達として遊んだ記憶がある。しかし、幼少の頃の記録じゃないか、勘違いということもあるのじゃないか。本当は女の子だったけど、男の子と思い込んでいたということもありえるじゃないのか?」
「男性として登録され生活していた人が、思春期となり初潮が到来して実は正真正銘の女性であったということはよくあることです。男女の性を決定する際には新生児の外性器をもって判断することが一般的な慣例として行われています。両性具有の場合も含めて、肥大したクリトリスをペニスと誤診してしまうのは、仕方が無いことでしょう。仮に幼少時に男性だったとして、思春期以降に女性であることが判明して性別を変更された場合でも、変更以前の記録はそのまま残ります」
「まあそうだろうな」
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11
2021.01.28 07:39
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