銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章・コレット・サブリナ 氷解 Ⅰ
2021.01.24
第十章 コレット・サブリナ 氷解
Ⅰ
事件を再現してみよう。
当時犯人は、ダストシュートを伝ってランドール中佐の居室に侵入し、情報収集を行った後、たぶん中佐の持ち物であろう首飾りを盗んで宿房に降りて来た。しかし、本来は食堂に行っているはずのミシェールが休んでいて、ダストシュートから出てくるところを見られてしまった。犯行がばれることを恐れた犯人は、ロープを使って首を絞めて殺した後、共犯者と相談の上にダストシュート使って、アスレチックジムに降ろし、下の階で共犯者がこれを受け止めて、器械に張り付けて事故を装った。
そして悲鳴を上げて事件を知らしめてすべて完了だ。
カテリーナ・バレンタイン少尉。
犯人は間違いなく彼女だ。
殺害方法と動機、移動手段はほぼ推測できた。
残る問題は、アリバイだけだ。
死亡推定時刻は十二時十五分から十三時の間。その時、カテリーナはスタジオにいたことが、同じ局員の証言から判っている。
しかし局員が嘘をついていることも考えられる……。手慣れたディレクターなら、ADを兼任することも可能だと言っていた。だとすればスタジオを抜け出して犯行に及ぶことができるはずだ。
カテリーナを庇っているとしたら、その理由は何か。
交代の局員からもらったタイムテーブルを開いてみる。
ディレクター アンソニー・スワンソン中尉。
調整室員 ジュリアンー・キニスキー中尉。
アナウンス アニー・バークレー少尉。
AD カテリーナ・バレンタイン少尉。
これが当時のスタジオスタッフである。
端末を開いて乗員名簿を開く。
何か手掛かりはないか……。
おや?
医療項目の中に意外な共通点が浮かび上がった。
避妊リング装着済み。
これが何を意味するかはすぐに判る。
「避妊リング……つまり日常として性交渉ある男性がいるということね」
男と女が一緒に暮らしていれば結ばれるのは自然の摂理であり、いくら軍艦とはいえ非番時の行動に枠をはめることも自由恋愛を禁則することもできない。無理矢理引き離そうとすれば士気にも影響する。愛する者を守るために戦うということもあるとおり、ある程度の恋愛を認めたほうが良い場合も多いのである。
共和国同盟軍が徴兵制によらない職業軍人と志願兵とから成り立っており、男女雇用平等制度によって、男女を分け隔てることが出来ない以上、それなりの制度が必要になってくるというわけである。
性交渉の結果として妊娠はつきものであるが、居住ブロックには多少なりとも重力があるとはいえ、妊娠を正常に維持継続させるには不十分過ぎる。仮に妊娠したとしても胎芽の発生過程で、重力が原因による子宮外妊娠や奇形児の発現率は非常に高く、流産は必至である。
無重力が及ぼす動物の発生への障害には多数あるが、人間すなわち脊椎動物において、脊髄や骨格の形成には重力が必要不可欠である。
ゆえに性交渉ある女性は自己防衛のために避妊手術を施す。簡単確実なのが避妊リングを子宮内に装着する方法で、後日取り出して妊娠することも可能なため、婚約者達はほとんど施術している。
避妊リングは、特殊多孔質セラミックスで出来ており、人体には一切無害である。精子を誘因する物質が含まれていて、それが徐々に溶けだすことによって、誘蛾灯のごとく精子を誘因して卵管への侵入を阻害する。その罠を潜り抜けた精子によって受精に至っても、今度はリングそのものが受精卵の着床を許さない。
当直を抜け出して男の元に身を寄せるというのは良くあることだ。
当時、カテリーナも男に会いにいくと嘘をついて抜け出していたのかも知れない。もしかしたら、同じ恋人を持つ者同士だから、その気持ちも良く判るはずだ。互いに庇(かば)いあっていて、交代で抜け出していた事も考えられる。
「うーん……。四人に口裏を合わせられれば真相は明らかにならないな……。何らかの証拠を突きつけなければだめかな……」
殺人事件と判れば口を開いてくれるのだろうが……。
その時、軽やかな音が鳴って、メールが届いた事を知らせてくれた。
早速開いてみると、検視官が到着して司法解剖が始まったというものだった。
「よしよし、いいぞ。こっちもどんどん先に進めていかなきゃな」
とにもかくにも司法解剖によって、事故か殺人かが決定されるまでは、下手には動けない。
「まずは、もう一度、中佐に面会だ」
手元にあるこの首飾りの出所を確定させなければならない。間違いなく司令の持ち物かどうかを、本人に確認してもらう。
すでにコレットのIDカードには、艦橋への直接連絡の許可コードが登録されている。すぐに連絡を取り、一時間後に司令室に来てくれということになった。鑑識課で首飾りの指紋チェックを行ってから司令室へ向かった。
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第九章・コレット・サブリナ 犯人を捜せ Ⅷ
2021.01.24
第九章・犯人を探せ
Ⅷ
「もう一度現場を一回りしてみるか」
というわけで、アスレチックジムに戻って来た。
死んでいた器械はもとより、周囲をじっくりと調べて回ったが、証拠となるものは何も出てこない。
殺害現場は、ミシェールのいた宿房である可能性が高い。
そこからここまで、どうやって遺体を運ぶか……。
それが判ればすべてが解決するはずだ。
何か見落としていることはないか?
遺体の移送ルートをじっくりと考えてみる。
まず宿房を出て右へ向かって、ランジェリーショップの前を通ってエレベーターの前に出る。左へ向かっても、もう一つのエレベーターに出られるが、ジムまでの距離が遠くなり過ぎてしまう。やはり最短距離で運ぶのが当然だろう。
エレベーターを降りて右へ向かえばアスレチックジムだ。
「丁度、このジムの真上に宿房があるんだよね……」
まてよ! もしかしたら……。
コレットの脳裏に閃いたものがあった。
「考えが正しければ、あるはずだ」
コレットは、壁伝いに歩いて、それを探しはじめた。
それは、器械置き場にあった。
「やっぱり、あったわね」
コレットが探していた物。
それは、ダストシュートだった。
宿房の方にも端末のそばにダストシュートがあった。
エレベーターとの位置関係から、丁度この真上に宿房があるはずだった。
「やはりこれを使ったのね。これなら誰にも気づかれることなく遺体を運べるし、ミシェールの膝に擦過傷ができた理由もわかるわ」
ダストシュートの蓋を開けて覗きこむコレット。
ミシェールは小柄な身体だ。ダストシュートの間口は、遺体を通せるほどの十分な広さがある。膝の傷はダストシュートを出し入れする時に負ったものだろう。
「よし、もう一度ミシェールの宿房に行って確認しよう」
コレットが再びミシェールの官房に戻ってきたとき、部屋の扉が何者かによって開けられた形跡があった。誰にも気付かれないよう封印しておくために張り付けておいた透明シールが取れて落ちていたからである。
コレットは腰からブラスターを引き抜き、セーフティーロックを外した。侵入者がまだ中にいるかもしれない。IDカードを挿入してドアを開け、身構えて部屋の中へ入っていった。
耳を澄まし気配を探った。
侵入者はすでに退去した後であった。
ブラスターをホルダーにしまい込んで、
「一体、何をしに入ったか……」
コレットは改めて室内の捜査を開始した。以前と違うところはないか、一つ一つしらみつぶしに調べていく。
「これは!」
ミシェール個人の引出を開けた時であった。
大粒のエメラルドを中心に小粒のダイヤモンドを配した首飾りが、上段の引出から発見されたのである。
情報部で研修した彼女の宝石に対する鑑識眼は、それが本物であるかイミテーションであるかを瞬時に判定していた。
調べればこの首飾りの持ち主が誰であるかは容易に判明するであろうが、これが犯人に繋がる手掛かりとなるのかどうかは、今の時点では判らない。
少なくとも犯人が捜査の進行を惑わそうとしているのは確かなようであった。
取り敢えずは証拠物件として鑑識に回すことにした。
「犯人の指紋が検出することはないだろうがな……」
侵入者を推測してみる。
「この部屋は閉鎖されていて、先住者達は移動してここにはもう入れない。わたしか中佐しか入れないはず。中佐は男子禁制のこのブロックには入ってはこれない。となると、コンピューターに不正アクセスしてここの扉を解錠したか……いや、そんなことしなくても簡単に侵入できるじゃないか」
ダストシュートである。
重力の小さな艦内において、アスレチックジムからダストシュートを伝って登ってくれば容易い。それが小柄な身体ならなおさらである。
そばの端末を起動して居住区の見取り図を開いてみる。
推測通り、この宿房とアスレチックジムとはダストシュートで繋がっている。
「やっぱりね。あれ?」
意外な事に、さらに上の階にはランドール中佐の居室があったのだ。
「そうか! これだったのね」
すべての謎が氷解した。
第九章 了
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