銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第三章 狼達の挽歌 IX
2019.05.06



 機動戦艦ミネルバ/第三章 狼達の挽歌


 IX 一撃必殺!!

「ミサイル高速接近中!」
「ヒペリオンで迎撃せよ」
 フランソワが発令すると、副官のリチャード・ベンソン中尉が復唱して指令を艦内
に伝える。
「ヒペリオン、一斉掃射。ミサイルを迎撃せよ!」
 次々と飛来する誘導ミサイルをヒペリオン(レールガン)が迎撃していく。
「誘導ミサイルは、ヒペリオンで十分迎撃できますね」
「現時点で、ヒペリオンに勝るCIWS(近接防御武器システム)はないでしょう。
何せ初速19.2km/s、成層圏到達速度でも13.6km/sありますから、軌道上の宇宙戦艦さ
えも攻撃できる能力を持っていますからね」
「しかし炸薬がないので、船体に穴を開けることはできても撃沈させることはできま
せんよ。誘導ミサイルないし戦闘機の迎撃破壊が精一杯です。砲弾に炸薬を詰められ
れば良いのですが」
「それは不可能よ。あまりにも超高速で打ち出すので、炸薬なんかが詰まっていると
その加速Gの衝撃だけで自爆しちゃいますから」
「でしょうね……。誘導ミサイルはヒペリオンに任せるとしても、そろそろ敵艦のプ
ラズマ砲の射程内に入ります。撃ってきますよ」
「そうね……。スチームを全方位に散布してください」
「判りました」
 答えて、端末を操作するリチャード。
「超高圧ジェットスチーム弁全基解放! 艦の全方位に高温水蒸気噴出・散布せよ」
 艦のあちらこちらから高温の水蒸気が噴出し始めた。と同時に雲が発生してミネル
バを包み隠した。

 敵艦の方でも、その様子を窺っていたが、
「何だ、あれは?」
「敵艦のまわりに雲が発生した……て、感じですかね」
「馬鹿なことを言うな。あれは水蒸気だ。艦の周りに水蒸気を張り巡らしているの
だ」
「どういうことでしょうかね?」
「今に、判る」
 その言葉と同時に、オペレーターが報告する。
「ゴッドブラスター砲の射程内に入りました」
 コッドブラスター砲は、245mm2連装高エネルギーイオンプラズマ砲のことで、ザ
ンジバル級戦艦の艦首と艦尾にある格納式旋回砲塔に設置されており、大気圏内にお
ける実質的な主砲と言える。
「よし、ゴッドブラスター発射準備! 目標、敵戦艦」
 旋回砲塔がゆっくりと回って、ゴッドブラスター砲がミネルバを照準に捕らえた。
「ゴッドブラスター砲、照準よし。発射態勢に入りました」
 砲塔からプラズマの閃光がミネルバへと一直線に走る。

「ゴッドブラスター砲のエネルギー、敵艦の到達前に消失しました」
「消失だと?」
「誘導ミサイルも、あの雲の中で自爆しているもよう。敵戦艦は無傷です」
 思わず、ミネルバを注視する司令官。
「そうか……。あの水蒸気の雲がエネルギーをすべて吸収してしまったのだな」
「どうしますか?」
「ミサイルを誘導弾から通常弾に転換、引き続き撃ち続けろ。後、使えそうなのは
75mmバルカン砲だな……。気休めにしかならないだろうが、砲撃開始だ」

銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 XIV
2019.05.05



第二章 ミスト艦隊


                XIV

 ステーションをゆっくりと離れてゆくヘルハウンド。
「これより、一旦カリスの衛星軌道に入る。二度の周回を行いつつ、重力アシストの加
速を得て、最大噴射でカリスの重力圏を脱出する」
 ヘルハウンドも外宇宙航行艦であるから、自力ではカリスの強大な重力を振り切るこ
とは困難である。カリスをスパイラル状に加速・周回しながら、少しずつ軌道を遠ざか
り、ついでに重力アシストで加速を得て、最適な位置から最大速度に上げて脱出しよう
というわけである。
「噴射! 機関出力最大、加速度一杯!」
 二度目の周回を終えて、頃合いよしと判断したアレックスは号令を下した。
 艦体を激しい震動が襲った。
「比推力、最大に達しました」
「そのまま維持せよ」
 巨大惑星カリスからゆっくりと遠ざかっていく。
 やがて艦体の震動もおさまりつつあった。
「まもなく惑星カリスの重力圏を離脱します」
「よし、機関出力を三分の二に落とせ」
「機関部はエンジンに異常がないか確認せよ。ダメコン班は艦体の損傷をチェック!」
 たてつづけに命令を出してから、
「ふうっ……」
 と大きなため息をついて、指揮艦席に深く腰を沈めるアレックスだった。
 連邦艦隊との戦闘。カリスからの脱出と息つく暇もなく働き詰めで疲労がたまってい
た。
「艦長。ちょっと昼寝をしてくる。後を頼む」
 席を立って自分の部屋へと向かうアレックス。
「判りました。ごゆっくりお休みください」
 最高司令官たるアレックスには、定められた休息時間はない。適時自分の判断で休む
ことになっている。

 ミストの補給基地が見えてきた。
 その周辺には、旗艦艦隊が展開している。
 指揮艦席に座ったまま、サンドウィッチを頬張っているアレックス。
「サラマンダーより入電」
「繋いでくれ」
 正面スクリーンにスザンナが映し出された。
「ご無事でなによりでした。全艦、補給を終えて待機中です」
「それでは、早速発進させてくれ。私はこのヘルハウンドから指揮を執る」
 スザンナが疑問を投げかける。
「ヘルハウンドからと申されましても、旗艦艦隊二千隻の指揮統制は不可能ですが…
…」
 旗艦には搭載されている戦術コンピューターには、それぞれキャパシティーがある。
各艦からは識別信号を出しており、その信号を戦術コンピューターが受信して処理して
いる。撃沈・大破や航行不能などに陥れば即座に処理される。サラマンダーの戦術コン
ピューターは十万隻もの処理能力があるが、ヘルハウンドには三百隻の処理能力しかな
かった。
「何を言っておるか。旗艦艦隊二千隻は、君が指揮するのだよ。大まかな作戦はこちら
から指示するが、後は君の判断で自由に動かしたまえ」
 スザンナの指揮能力を高く評価し、信頼に疑いを抱かないアレックスの叱咤激励の言
葉であった。一人前の司令官に育て上げるには、甘えを許さずすべてを任せきりにして、
時として渦中に放り込むといった荒療治も辞さない態度で臨む。
 こうしてアレックスに鍛えられて、数多くの有能なる司令官が誕生しているのである。
それら司令官達の働きによって、アレックス率いる艦隊は、多大なる戦果を上げてその
陣容を強化していった。
 「判りました。旗艦艦隊を発進させます」
 毅然として表情を取り戻すスザンナ。
 師弟関係にも似た厚い信頼で結ばれている二人。
「全艦微速前進。ヘルハウンドに続け」
 艦隊が中立地帯に差し掛かるのは、それから間もなくのことだった。
「国際救難チャンネルに、SOSが入電しています」
「信号はどこから発せられているか?」
「中立地帯を越えた銀河帝国領からです」
「どうやら遅かったようだな。敵さんの方がひと足早く皇女艦隊に襲い掛かったよう
だ」
 と、しばしの思慮に入るアレックス。
 艦橋オペレーター達は、その去就に注目している。
「サラマンダーに繋いでくれ」
 正面スクリーンにスザンナが映し出される。
「救難信号をキャッチした」
「はい。こちらでも確認しております」
「君ならどうするかね?」
「はい。救難信号が出されている以上、救出に向かうのが船乗りの務めです」
「戦艦が中立地帯に踏み込むのは国際条約違反だぞ」
「しかしながら、国際救助活動においては、特別条項が適用されます。それになにより
も、銀河帝国との交渉を進める良い機会になるのではないでしょうか」
「なるほど、それは良い考えだ。それでは行こうか。全艦に伝達! 救助活動のために
中立地帯を越えて銀河帝国へ向かう。全艦全速前進せよ」
 こうしてランドール艦隊発足以来、はじめての銀河帝国領への進出が、国際救助活動
の名のもとに行われたのである。
 果たして、連邦先遣隊を蹴散らして、無事に第三皇女を救い出すことができるのか?
 その先にある、銀河帝国との交渉の行方もどうなるか判らない。
 すべての乗員の胸の内にある不安と葛藤も推し量るすべもない。

 第二章 了


11
性転換倶楽部/響子そして 大団円(最終回)
2019.05.04


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
二つの物語、共同最終回


(三十三)大団円(最終回)

 舞台稽古に向かっていたあの日。
 あの舞台は演じられることなくお蔵入りになったはずだった。
 しかし、わたしの人生という舞台においてそれはすでに開幕し着々と進行していた
のだった。裕福だったわたしが、少年刑務所で娼婦となり、明人という王子さまが登
場して婚約。組織抗争という戦争で死んだと思われた王子さまは、生きて戻って来た。
 そして今、舞台は大団円を迎え、娼婦だったわたしは、憧れの王子さまとの結婚式
に臨んでいる。

 ついにその日を迎える事ができた。
 軽井沢別荘近くにある教会。
 わたしと里美、そして由香里と三人娘。花嫁の控え室で真っ白なウエディングドレ
スに身を包んでいる。里美の縁談もまとまってこの日を迎えることができた。何せ、
最初に縁談を持ってきたのは相手の方、花婿が社内一の美人な里美に一目惚れ、黒沢
英二という資産家のバックボーンもあれば、まとまらないはずがなかった。その後の
交際で里美もその見合い相手を気に入り、相思相愛となっていた。何度か見たけど、
結構いい男って感じね。
 里美と由香里には母親が付き添って化粧などを手伝ったりしている。母娘共々、本
当に幸せそうな顔をしている。
 わたしには母親がいなかった。代わりに屋敷のメイドが数人来ている。
 母親をその手に掛けたのは自分自身だった。
 哀しかった。
 この姿を母親に見てもらいたかった。
 今ここに生きた母親を連れて来てくれたなら、何千億という財産のすべてを差し出
してもいい……。しかしそれは適わぬ夢。いくら黒沢先生でも灰になってしまった母
親を生き返らせてくれることはできない。
「お姉さん、大丈夫?」
 里美が声を掛けてきた。
 長らく一緒に暮らしているから、わたしの一喜一憂を感じ取ることができる……み
たいだ。
「表情、ちょっと暗いよ」
「そう見える?」
「うん……」
 そうよ。
 わたしが哀しい表情をしていると、里美まで哀しい思いをさせることになる。
「ちょっと昔のことを思い出してたからかな……」
「あの……お母さんを殺した……?」
「ええ、でも……もう、どうしようもないのよね……」
 思わず涙が出てきた。
 それは、母親を手にかけたあの時の涙……のような気がした。
 ああ、こんな時にだめだよ。そう思えば思うほど涙が溢れてくるのだった。
「お姉さん。泣いちゃだめだよ」
「そういう、あなたこそ泣いてるじゃない」
 里美は涙もろい。人が泣いているとすぐにもらい泣きする。
「だって、お姉さんが泣いているから」

 そうだ。
 いつまでも過去の涙を流し続けているわけにはいかない。
 麻薬取締官の真樹さんにも言ったじゃない。
「もう気にしていないわ。過ぎてしまったことは仕方ありませんから。楽しい思い出
だけを胸に、前向きに生きていきたいと思っています」
 ……と。

「ごめん、ごめん。泣いている場合じゃないわよね」
「そうだよ。これから幸せになるんだからね」

 その時、真菜美ちゃんが三人の花婿達そして祖父を連れて入ってきた。
「じゃーん! 花婿さんを連れてきたわよ」
「わーお。きれいどころが三人もいる。素敵だあ」
 わたしの夫となった磯部秀治の姿もあった。
 磯部家を残したかった祖父の希望を入れて、磯部を名乗ることにしたのだ。祖父の
養子として入籍したのではなく、婚姻届で夫婦名の選択で磯部を選んだのだ。元々柳
原は他人の名前だから、何の未練もないと言ってくれた。
「なんだ、泣いていたのか?」
「うん。お母さんのこと考えてたら、つい……」
「その気持ちは俺にも判るよ。しかしいつまでも過去にばかりこだわっていちゃだめ
だよ」
「判ってるわ」

 結婚式がはじまった。
 荘厳なオルガンの演奏される中、わたしはおじいちゃんに誘導されてバージンロー
ドを、神父の待つ教壇に向かって歩いている。その後ろには、同じように里美と由香
里が続いている。誰が先頭を行くかというので一悶着があったが、結局歳の順という
ことで決着した。婚約順とか若い順とか、わたしは意見したのだが、歳の順という二
人に負けた……。言っとくけどわたしは再婚なんだからね。
 教壇の前に立つ秀治の姿が目に入った。
 おじいちゃんが抜けて、わたしは秀治の隣に立つ。他の二人も両脇の新郎にそれぞ
れ並んだ。

 
 真樹さんもその隣に、恋人と仲良く並んで座っている。黒沢先生が招いたようだ。
黒沢先生にとっては、わたし達も真樹さんも、自ら臓器移植を手掛けた患者はすべて、
大切なファミリーの一員と考えているのだ。

 曲が変わって、結婚の儀がはじまった。
 よくあるような祝詞が上げられ宣誓の儀を経て誓いのキスとなった。
「それでは三組の新郎新婦、誓いのキスを……」
 三人の花婿が一斉に花嫁と向かい合った。秀治が覆っているベールを上げて唇を近
づけてくる。静かに目を閉じそれを受け入れるわたし。
 場内にどよめきがあがった。
「神の御名において、この三組の男女を夫婦と認める。アーメン」


 結婚式は滞りなく終了し、わたし達三人は、晴れて夫婦となった。
 教会の入り口で、参列者から祝福を受けるわたし達。
 親戚一同、会社の同僚達が集まって、歓声をあげている。
「三人ともきれいだよ」
「お幸せにね」
「ブーケ、お願い」
 わたし達花嫁はそれぞれブーケを手にしている。恒例のブーケ投げだ。それを受け
取ろうと未婚の女性達が群がっていた。
 わたしの視界に、ブーケ取りの群衆から少し離れたところにいる真樹さんの姿が映
った。隣には敬さんの姿もある。真樹さんは、敬さんと結婚するつもりみたいだから、
ブーケ取りには参加しないのかな。
 その敬さんに向けてブーケを投げるわたし。強く投げ過ぎたブーケは弧を描いて、
敬さんの頭上を通り過ぎるが、軽くジャンプしてそれを受け止めてくれた。それを真
樹さんに手渡して、頬にキスをした。
「もう……いきなり、何よ」
 怒ってる。でも本気じゃない。
「何だよ、ほっぺじゃ嫌か。それなら」
 抱きしめて唇を合わせる敬さん。
 おお!
 公衆の面前で唇を奪われて、しばし茫然自失の真樹さんだったが、気を取り戻して、
 パシン!
 敬さんに平手うちを食らわした。
「もう! 知らない!」
 頬を真っ赤に染め、すたすたと会場を立ち去っていく。敬さんがあわてて後を追う。
真樹さんが、会場出口付近でふと立ち止まり、ブーケを持った手を高く掲げて叫んで
いた。
 サンキュー!
 声はここまで届かなかったが、そう言ってるみたいだった。
「敬さんと仲良くね。今度のヒロインは真樹さん。あなたなんだから」
 わたしは心の中でエールを送った。




11
性転換倶楽部/響子そして 裏と表の境界線(R15+指定)
2019.05.03


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(三十二)裏と表の境界線

 そのままでは、また組織に命を狙われてしまうと考えた医師は、あたしの顔をその
脳死患者そっくりに整形手術もしてくれていて、その患者のパスポートと身分証を使
って、アメリカを脱出して日本に帰国しなさい。そういう医師の協力を得て無事に日
本に戻ってこれたのです」
 実に長い告白だった。
「じゃあ、今のあなたは、その脳死した患者の身分を騙っているというわけですね」
「はい。ですが、その患者だったご両親にはすべてを話して許して頂きました。そし
てあたしを実の娘、斎藤真樹として認めてくださり、一緒に暮らすようになりました。
なぜならあたしの身体には、その患者の子宮や卵巣を含む臓器のすべてがあり、その
両親と血の繋がる子供を産む事ができるからです」
「そういうわけだったの……」
「あたしが麻薬取締官としてすぐに実務につけたのは、警察官としての経験があった
からです」
「敬さんはどうなさったの?」
 女性警察官からある程度のことは聞いていたが、あくまで噂に過ぎない。真樹さん
から真実を聞きたかった。
「あたしが撃たれた時、実は一緒にいたんです。『あたしを置いて逃げて。もう助か
らない』という声を無視してまで、傷ついたあたしを抱きかかえて逃げようとしてく
れていました。しかし、追っ手がすぐそこまで迫っていたので、悲痛の思いであたし
を置いて逃げました。やがて彼は、追っ手から逃げるために、特殊傭兵部隊に入隊し
て、腕を磨き時を待ったのです」
 女性警察官の話したこととは内容がちょっと違うが、傭兵になったということは正
しかったようだ。
「あたしは彼に何とか連絡を取ろうと考えましたが、傭兵部隊に入った事も知りませ
んでしたし、連絡手段がありません。そのうちにあたしと彼の死亡報告が日本の警察
にされた事を知りました。致し方なく斎藤真樹として日本に帰り、あたしを実の娘と
して扱ってくれる新しい両親の下で、何不自由のない女子大生として暮らしていまし
た。ところがある日、敬から突然『帰国するからまた一緒に仕事しよう』というエア
メールが届いたのです。
 実はあたしを助けてくれた先生が、四方八方手を尽くして敬の居所を突き止めて、
あたしが斎藤真樹として生きて日本に帰国したことを伝えてくれたのでした。もちろ
ん、敬を愛していたあたしは再び彼と一緒に仕事をするために、麻薬取締官となるべ
く勉強をはじめ、見事合格採用されることになったのです。あの生活安全局長を覚醒
剤取締法違反で逮捕して、その地位を剥奪・名誉を奪って復讐しようと考えたのです。
そのためには一介の警察官では無理です。地方組織ではない国家的機関である麻薬G
メンにしか、それを可能にできないでしょう。そしてあたし達は、ついにそれをやり
遂げて彼を逮捕に成功したのです。そして現在に至っています」
 聞けば聞くほど哀しい人生の連続じゃない。まるで、わたし自身の経験にも良く似
た悲哀が込められていた。見知らぬ世界へ飛ばされ、恋人の死に直面し、自分自身の
存在の抹殺と再生、そして恋人の生還。わたしと秀治が生きて来た人生とどれだけ重
なる部分があるだろうか。

 しかしどうも解せないことがある。
 産婦人科医と臓器移植という言葉を聞くと、どうしてもある人物の名前が浮かび上
がってくるのだ。

「……さて、そろそろお暇しましょうか。長い間ありがとうございました。また何か
ありましたら何なりとご連絡下さい。あ、これ。名刺です」
 名刺を受け取り、これまで喉のところまで出かかっていた言葉を発した。
「あの……」
「何か?」
「もし差し支えなければ、執刀医のお名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか? せ
めて日本人かどうかでも……」
 期待はしていなかった。どうやら非合法的に移植が行われたようだし、整形手術を
行って身分擬装工作の手助けをしたとなれば、執刀医の名を明かす事は医師生命に関
わる場合があるので、秘密にしてくれと口封じされたはずである。
 彼女の口からは意外な答えが返ってきた。
「それ以上のことは詮索しない事が身の為だ。それ以上を知ると再び裏の世界に引き
戻されることになる。……わたしの先生の口癖です、お判りになりますか?」
 ああ……その言葉……。間違いない。
「そうでしたか……判りました」
「そういうことです。では、失礼します」
 そうなのだ。真樹さんは、暗に黒沢先生のことを言っている。どうやら黒沢先生は
移植の本場アメリカで技術を磨いたのだろうと思った。その時に真樹さんに偶然出会
って、命を助けたのだ。そう確信した
 黒沢先生のことは、詮索してはいけない。まして、他人にそれを話してもいけない
のだ。時々裏社会のことを話してくれはするが、もちろん他言無用の暗黙の了解の上
なのだ。たとえ相手もそれを知っていると確信していてもあえて言わない。問わな
い。
 裏と表の境界線上に生きる人間の最低限のルールなのだと悟った。

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11
性転換倶楽部/響子そして 調書(R15+指定)
2019.05.02


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(三十一)調書

 朝食を終えて名残惜しむ里美を、リムジンに乗せて見送った後、丁度入れ代わりに
真樹さんがやってきた。今日は私服で来ている。
 一晩わたしの部屋の控え室に泊まった女性警察官が、敬礼して出迎えた。
「おはようございます」
「悪かったね。今日は帰って休み給え」
「はい。では、そうさせていただきます。あ、それから……」
 と何事か耳打ちしている。
「わかった、極力手短にするよ」
 それからわたしの前に歩み進んで、
「おはようございます、響子さん。ご気分はいかがですか?」
「ええ。ちょっと頭痛がしますが、大丈夫です」
「では、どちらのお部屋で調書を取りましょうか?」
「わたしの部屋がいいです」
「わかりました」
 わたしの居室に案内して調書を受ける事にした。
「朝早くから申し訳ありませんね。改めてわたしはこういう者です」
 真樹さんは、ショルダーバックからから手帳を出して開いて見せた。

 厚生労働省、司法警察員麻薬取締官、斎藤真樹。(写真添付)

 という記述があった。でも随分ときれいな手帳。任官されたばかりだから当然か。
{注・平成十五年十月一日より身分証が新しく変わっています}
「こっちが、あたしの正式な身分です。警察には出向で来ています」
 国家公務員が地方組織に出向ねえ、不思議だ。警察官は地方公務員であり、警視正
以上になって国家公務員扱いとなるのだが、彼女は国家公務員ながらも巡査部長待遇
しかないとは、やはり出向だからかな……。手帳をしまう時にバックの中に、あのダ
ブルデリンジャーが覗いて見えた。常時携帯しているようだ。火薬の匂いが着かない
ように、使用後毎回丁寧に清掃しているんでしょうね。支給品じゃないだろうから、
好みに合わせて個人で買い求めたものだろう。確か、麻薬取締官の制式拳銃は、ベレ
ッタM84FSだったと思ったけど……。
 改めて、きれいな女性だと思った。しかも二十三歳の若さで麻薬取締官だなんて、
よほどの才能がないと務まらないと思う。採用資格には薬剤師か国家公務員採用試験
II種(行政)合格。採用されてからでも、麻薬取締官研修から拳銃の取り扱い、逮捕
術の修練、WHO主催語学研修。さらには法務省の検察事務官中等科・高等科研修を
受けなければならない。だからこそ司法警察員なのだが、通常ではとても二十三歳で
それらをすべてこなすことなどできない。

 それから小一時間ほど、型通りの調書を取られた。
「響子さんについては、母親の覚醒剤容疑で死んだ密売人の背後にある、密売組織を
ずっと追っていたんです。その過程で磯部健児やあなた自身のことを、ずっと調査し
ていました。健児はいずれ再びあなたに対して、何らかの手段を取ってくるに違いな
い。遠藤明人を襲った組織は……」
 そこまで言いかけた時に思わず大声をあげてしまった。
「明人をご存じだったんですか!」
「ええ、このあたりの暴力団はすべて知っています。そして磯部ひろしという人物が
遠藤明人の情婦になったという情報もね。つまりあなたです」
「そうでしたか……」
 真樹さんは続ける。
「明人を襲った組織は、健児が関係している暴力団です。そしてあなたがそこに捕わ
れたことも判明しました」
「まさか、健児が……?」
「それは有り得ると思います。実は、響子さんが少年刑務所に収監されてしばらくし
て、磯部京一郎氏が娘の弘子の覚醒剤中毒と息子が殺害に至った経緯についての事情
を知って、響子さんの権利復活に動きだしました。つまり先程の公正証書遺言による
相続人に響子さんを指定したのです。それを知った健児が、再び動きだしました。し
かも殺してしまうよりは、当初の予定だった計画を実行に移そうとしたのです。健児
はあなたが性転換して明人の情婦になっている情報を得て、明人を殺し響子さんを捉
えて覚醒剤漬けにして、何でも言う事を聞く人形に仕立て上げようとした。それと合
わせて京一郎氏を殺害してしまえば、その財産はすべて自分のものになるとね。まあ、
あくまで推測ですが……」
「結局わたしの人生は、健児によって二度も狂わせられたということね。しかも、母
と二人であるいは明人と二人で、苦境から立ち直って幸せな生活を築いていきましょ
うとした矢先に、再びどん底に引き落とされたから、よけいにショックが大きかった
わ」
「お察し致します。その件に関しましては、わたし達捜査陣が一歩も二歩も行動が遅
れてしまったからに他なりません。もっと効率的に動いていれば、あなたの母親もあ
なた自身も救う事ができたかも知れないのです」
「もう気にしていないわ。過ぎてしまったことは仕方ありませんから。楽しい思い出
だけを胸に、前向きに生きていきたいと思っています。それに秀治は生きて戻ってく
るし、子供を産める女になって結婚できるようになった。そしておじいちゃんとも再
会できて遺産相続も元通り。すべて最終的には結果オーライになっちゃってる。何て
言うか、運命の女神は見放していなかったってとこかな」
「そうおっしゃっていただけるとありがたいです。まあ、何にしても健児とその背後
の組織については、もう二度と関わることはないでしょう。ご安心ください。しかし
財産を狙うものはいつの世いつの時代でも存在します。常に油断することなく交際相
手は良く考えることですね。いつ何時健児や麻薬密売人のような奴が近づいてくるか
もしれませんからね」
「ご忠告ありがとう」
 あ、ちょっと待てよ。
 彼女は二十三歳じゃない!
 どうして、わたしの中学生時代の事件を知っているの?
 お母さんと売人の事をどうしてそんなに詳しいの?
 それにやはり、若干二十三歳で麻薬捜査の現場に出ているなんておかしいよ。
「真樹さん、あなたの本当の年齢はいくつなんですか? わたしとそう年齢が違わな
いのに、中学時代の麻薬事件を捜査していたなんてありえません」
「あら、やっぱり気がついたのね」
「それくらい気がつきますよ」
「そうね……。あなたなら話してあげてもいいわね。あたしは、敬と幼馴染みの三十
二歳というのが、本当の年齢なんです」
「敬というと立会人に扮していた警察官ね」
「そうです。とにかく順を追って手短に説明します。かつて最初の事件であるあなた
の母親の覚醒事件としてあの売人を捜査していました。その捜査線上に磯部健児が上
がり、綿密な調査の結果、逮捕状・強制捜査ができるまでになり、上司の生活安全局
長に申請しようとしました。
 ところが、健児が暴力団に関係しており、この件は暴力団対策課の所轄だとされた
のです。あたし達が調べ上げた捜査資料などは握り潰され、捜査実権は刑事局暴力団
対策課に移されました。実はこの局長が、警察が押収した麻薬・覚醒剤を極秘理に、
健児に横流ししていた張本人だったことが後々に判明しました。健児が逮捕されれば、
横流しする相手を失い、いずれ自分に捜査の手が入ると思ったのでしょう。
 あたしと敬は、研修という名目でニューヨーク市警に飛ばされ、やっかい払いされ
たのです。しかしこれはあたし達を日本の外で抹殺する計画でもあったのです。市警
本部長も計画に加担していました。あたし達は、組織に命を狙われ逃げ回らなければ
なりませんでした。あたしはその銃弾に倒れて動けなくなり、命を失い掛けました。
 そんなあたしを助けてくれた人がいました。アメリカに医学の研修に来ていた産婦
人科医で、臓器移植をも手掛けている名医だったのです。あたしはマシンガンで射ち
抜かれてずたずたに内臓を破壊されていたのですが、たまたま医師のところに日本人
の脳死患者がいて、その内臓をすべて移植して、九死に一生を得ました。その患者は、
二十歳の記念にたまたまアメリカ一周旅行に来ていて、事件に巻き込まれて脳死にな
ったということでした。


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