梢ちゃんの非日常 梢ちゃん誘拐される!
2021.08.14

 梓ちゃん誘拐される!

 ニューヨーク市街。
 けたたましくパトカーがサイレンを鳴らして、ある一点に収束するように向かっていた。
 そこは、とある廃ビル。
 すでに十数台のパトカーが取り囲み、サーチライトが当てられていた。
「海兵隊の到着はまだか?」
 ここの現場を取り仕切るニューヨーク市警コードウェル署長。

 そのビルの近くに、GM社製キャデラック・エルドラド・フリートウッドが停車しており、運転手の白井が立ち尽くしていた。
 そこへフェラーリ・F50・クーペ・ベルリネット(五十周年記念特別仕様車)が颯爽と登場してくる。
 車から降りてきたのは、凛々しくも美しい容姿をした竜崎麗香。
 そしてフリートウッドの運転手に質問を投げかける。
「白井。説明してください」
 汗を拭き拭き、事の成り行きを弁明する白井。

■ 事の成り行きはこうだった。

 梢と梓が用を済ませて建物から出て、歩道からフリートウッドに乗車しようとする寸前だった。
 猛スピードで走る大型バイクが歩道上に乗り上げ、二人に接近したかと思うと、梢を抱きかかえて走り抜けた。さらに五十メートル先には、ナンバープレートを隠した黒塗りの車が待機していて、梢はその車に移乗させられて走り去ってしまったのである。
 一瞬の誘拐事件に、梓そして周辺で密かに警護任務に当たっていたSPも対処する暇もなかった。
「梢の髪飾りに付いている発信機の信号を追ってください!」
 白石に指示してフリートウッドに乗車する梓。
 梓がそうであったように、梢にも居場所を知らせる発信機が付けられている。
 発信機は宇宙空間にある人工衛星によって常に監視されているが、そのデータはフリートウッド車内のナビゲーションシステム上に表示することができる。
 ナビのマップ上を、梢の位置を知らせる赤い点滅と、追いかけるフリートウッドの青い点滅が動き回っている。
 やがて赤い点滅が一か所で止まった。
 そこは廃墟となったビルだった。
 玄関脇には、梢を浚ったバイクと自動車も乗り捨てられていた。
 ナンバープレートから所有者を特定できるだろうが、どうせ盗難車であろう。
「私たちが後を追いかけているのには気づいているはずよね」
「おそらくは」
「つまりは、娘を返して欲しくば一人で入ってこい! ってところでしょうか?」
「まさか! お一人で行かれるおつもりですか? 救援を待った方が……」
「でも娘は恐怖に怯えながらも、母親の私を待っているのです。一刻一秒も待ってはいられません」
「しかし……」
「あなたは、救援がくるのを待っていてください」
 すでに真条寺渚と警察には、この事態を連絡済みである。
「わかりました。お気をつけて」
 梓が一度言いだしたことには絶対服従な白石だった。
 気を引き締めて、建物の中へと入ってゆく梓。
 手には三次元レーダーを手にしている。
 平面だけでなく上下方向にも探知できるもので、ビル内で梢が迷子になった場合などに備えて常備していた。
 何もないコンクリートのビル内を探索する梓の靴音だけが響いている。
 階段そばに立つと、信号は上方向を指している。
「どうやら最上階のようね」
 周囲に警戒を張り巡らしながら、階段を慎重に登ってゆく。
 途中誰にも会わずに最上階へと到達した。
「この部屋かしら?」
 探知機の信号は間違いなく、その部屋を指示していた。
 バッグの中に探知機をしまって、扉脇に置いた。
 深呼吸をして、静かに扉の取っ手を回した。
「ママ!」
 梓の姿を見て梢が叫ぶ。
「梢ちゃん!」
 駆け寄ろうとした時に、ドア側に隠れていた男たちに制止された。
「動くな!」
 銃を突き付けられ身動きできなかった。
「何が目的ですか?」
 梢を拘束している、首謀者らしき人物に尋ねてみる。
「そうだな。まずは百億ドル相当のビットコインを用意してもらおうかな」
「ビットコイン?」
「そうだ。現ナマは足が付きやすいし、運ぶのも大変だからな」
 取引所でのビットコイン送金には、一日10~20TBCまでと制限があるが、個人間の送金には制限はない。
 足が付くと言っていたが、ビットコインもアカウント間の入出金の流れは記録として保存されており、現金として降ろしても足が付くのは同じである。
「それだけの金額を提示するということは、私が誰かも知っているわけだな」
「ああ、総資産六十五兆ドルの真条寺家財閥の当主だろ? 百億ドルなどはした金だろうな」
「そんな大金、あなた達には使いきれないでしょ。つまり裏に黒幕の組織がいるということね」
 もし巨大な組織なら現金化できるかもしれないが、百億などはした金に過ぎない。払うのか払わないのか、その反応を見るためだけの行為なのかもしれない。その黒幕の組織が何者かは、薄々と感じていた梓だった。
「そんなことはどうでもいい! 出すのか出さないのか?」
「いいでしょう。出しましょう。で、逃走の乗り物も要求するのよね」
「話が早いな、その通りだ。と言いたいが、すでに屋上にヘリが待機しているよ」
「用意がいいのね」
「まあな。但し、ヘリに乗るのはおまえらだ」
「どういうことよ?」
「簡単な話だ。例えヘリで逃げても、追撃を交わすのは不可能だろう。最悪撃墜されてしまうからな」
「可能性は高いわね」
「そこでだ。自動操縦設定になってるヘリにおまえらを乗せて飛んでもらう。ビルの周囲を取り囲んでいる奴らは、当然俺たちが逃走したと思ってヘリを追いかけるだろう」
「このビル内にも捜索隊が入るわよ」
「大丈夫だ。実は、隠し部屋があるんだよ。絶対に気づかれない秘密のな。そこで息を潜めていて、捜索隊が撤収した後でなら歩いて脱出できるというわけさ」
「私達が乗ったヘリが撃墜される可能性は考慮しないのね」
「ああ、先のことは関知しない。運を天に任せるんだな」
「冷たいのね」
「さあ、ママの所に行くんだよ」
 梢の拘束を解く男。
「ママあ~!」
 駆け出して梓の胸に飛び込む梢。
「梢、怖かったでしょ。もう大丈夫よ」
「うん」
 小さな身体が小刻みに震えている。
「さあ、感動の再会を果たしたところで、ビットコインの送金をしてもらおうか。ここにパソコンがあるから使いたまえ」
 机の上にあるパソコンを指して命令する男。
「分かったわよ。ただ、私はビットコインを直接扱ったことがないから、屋敷のものに指示するメールを送ってもいいかな」
「いいだろう」
 男が指定するアカウントに送金するように、麗香宛にメールを送る梓。
 しばらくすると、パソコンの男のものだと思われるアカウントに入金の表示が現れた。
「入金を確認した。それでは予定通り、屋上に上がってもらうか」
「まだ出発の準備が出来ていないぞ」
 別の男が注意した。
「そうか……。なら、準備が整うまで座っていろ。妙な動きをしたら撃つからな」
「わかったわよ」
 男が指し示す窓際に腰を降ろす梓と梢。


 暴漢達と対峙しながらも、梓は一つのことを考えていた。
 誘拐事件は、渚の元にも知らされているはずだ。
 手をこまねいているはずがない。
 何らかの行動を起こしているはずだ。
「さてと、お母さんはどう出てくるかな」
 まず最初に思い浮かんだのは、宇宙空間に浮かぶ十三基のあずさシリーズの人工衛星。そのすべてが何らかの機能をもって、自分の行動を監視していことを知らされた時は驚いたものだった。光化学式超高解像度の地上監視カメラによる映像監視ができる予備機を含めた八基の資源探査気象衛星「AZUSA」と、高性能のGPS位置情報を梓の持つ携帯電話や、ファンタムⅥとフリートウッドのナビシステムに地図情報として送り届ける五基の超高速・大容量通信衛星「あずさ」である。国際的公共衛星としての役割を果たしながらも、その裏で私的に活用されてきた両機種であった。
「まったくお母さんたら、あたしに内緒でよくもまあやってくれたものだわ。公私混同も甚だしいじゃない。といってみても、娘を心配する母親としては当然なのだろうけど、財力に物を言わせるのは反則行為かもね」

 人質救出作戦で必要なのは、ビルの正確な見取り図と周辺の地理。そして人質のいる正確な場所である。
「まずはビルの正確な見取り図と周辺の地理は、通信衛星あずさのナビゲーションシステムを利用すれば何とかなるとして……。問題は、あたし達のいる正確な場所をどうやって知るかね」
 天井を仰ぐ梓。
「ほぼ六時間ごとに周回を繰り返す「AZUSA」には、遠赤外線探査レーダーが搭載されていたわね。遠赤外線なら壁を通過してあたし達の体温を感知できるはず。各機と予備機を使えば連続的に同時探査ができるのよね。両極回りコースを通る太陽フレア観測機「なぎさ」三号・四号機を姿勢制御して搭載された遠赤外線レーダーを地上に合わせれば三点探査が可能になる。三方向からの遠赤外線レーダー探査のデータをコンピューター処理すれば、ビル内の人物の正確な位置情報がつかめる」
 梓は、飛行機が太平洋の孤島に墜落して、鍾乳洞に閉じこめられた時のことを思い出していた。あの時の探索にも「AZUSA」搭載の遠赤外線レーダーが使用された。梓の考えた理論が果たして正しいのか、ましてや同様のことを渚が考えついているかも、まったくの不明である。
 しかし信じるしか道は残されていなかった。
「後は、救出作戦の突入路をどこにとるかということと、人質であるあたし達がどこにいれば最も安全かということね」
 突入には最も容易と思われるベランダに面した南側には四人の犯人が監視して立っている。北側の小さな窓には犯人が一人で、窓枠の下に座り込んでいる梓の監視役として張り付いている。その窓の向こうには五メートルと離れずに窓のまったくない隣の雑居ビルがあり、屋上にも犯人がいる関係上ここからの進入は通常不可能と思われる。そして、西側にある昇降階段には犯人が一人。東側は何もない壁である。もちろん上下の階には他に多数の犯人がたむろしていると思われる。もちろんすべての犯人が銃火機を携帯しているのは言うまでもない。
 犯人と梓達の位置関係はざっとそんなところだ。
 突入路はどこからか?
 西側の階段を登ってくるのは人的被害甚大で、時間もかかりその間に人質の命は失われる。戦闘ヘリなど使って南側の窓から進入しても、銃撃戦となって室内の人質に流れ弾が当たるのを防ぐことは出来ない。東側の壁を突き破る作戦は論外である。
 となると残るは北側の窓しか残らないが、隣の雑居ビルが邪魔になっている。この狭い間隙を進撃できる航空機は、今の梓には考えがつかない。小型で垂直上下移動のできる旋回半径が極小な高速VTOL機があれば、ここからでも突入が可能なのだが……敵の裏をかいて救出作戦の確率も高くなる。
「でももしかしたら、大統領も一目置いているお母さんの事だもの。アメリカ軍や民間航空産業界が所有する航空機、研究中の試作機まで含めて、すべての資料を検討して最良の答えを導きだしているかもしれない」
 梓は、母親である渚が突入路として選ぶのが北側の窓と結論した。その手段は判らないが、人質としてもっとも安全な場所はどこだろうと考えた時、北東の隅が一番だというのはすぐにわかった。そこなら銃撃戦になっても流れ弾に当たる確率が最も低い。

「梢ちゃん、おしっこはしたくない?」
 あえて男たちに聞こえるように促す梓。
 前回用を足してからかなりの時間が経っている。
 そろそろ尿意を感じることだと思ったのだ。
「うん。したい」
 素直に答える梢。
「動くな!」
「娘が催したのよ。どうせトイレには行かせてくれないんでしょ。部屋の隅でさせてもらうわ」
「我慢できないのか?」
「子供ができるわけないじゃない」
「ちっ! 変な真似するなよ」
 部屋の隅に移動する梓と梢。
 男の一人が付いてくる。
「ちょっと、離れなさいよ。たとえ赤ちゃんでも女の子よ。少しはデリカシーを持ちなさいよ」
 と梓が強い口調で言い放つと、渋々といった表情を見せて、ベランダ側に移動して行く。娘を連れた母親には何もできないと知っているからだ。
 これで死角に入ったはずだ。



 梓が人質になっているビルから、雑居ビルを挟んだ空き地に二機のジェット戦闘ヘリと一機の超小型VTOL機が待機していた。犯人達に気づかれないように大型トレーラーで搬送されて、この地に到着して整備され、出撃を待っている。
 超小型のVTOL機。その機体の名前は、スカイ・スナイパー。
 アメリカでの軍需産業部門を率いる篠崎重工アメリカが設計し、AFC財団が資金を出して開発中の機体だ。
 空からの狙撃者という意味のそれは、ジャングルに潜むゲリラの掃討用に開発中の小型ジェット戦闘VTOL機の試作機だった。生い茂る木々をかき分け、自由自在な旋回能力を発揮して高速移動しながらゲリラを掃討する。ベトナム戦争以来、森や山岳に潜むゲリラに業を煮やしている米軍が、喉から手が出るほど欲しがる機体だ。しかし研究開発できる企業が存在しなかったため今日にいたっている。
 財団を梓に譲る以前の渚が、アメリカ軍需産業に進出した時に、米軍から依頼を受け開発に着手した。アメリカの軍需産業に日本企業が進出するのは、少なからぬ問題が発生するために、当初篠崎重工が開発していたが、梓がAFCと篠崎重工が資本提携したアメリカ国籍企業である、篠崎重工アメリカを立ち上げたときに、そのまま移行してきたものだ。初代CEO(最高経営責任者)には篠崎重工元専務である花岡一郎が就任している。
 現在、渚が相談役に退いてもその開発は引き続き行われていた。もちろん清楚なイメージを持つ梓にはふさわしくないということで、娘に知らされることなく極秘理に進められていた。
 なお、現在空席の篠崎重工の専務には、現在進められている絵利香の婿養子選びを待って決定されることになっている。


「渚さま、スカイ・スナイパーの準備が整いました。いつでも出撃可能です」
 執務室に、現地で陣頭指揮をとる麗香からの報告が届く。
「わかりました。そのまま待機させておいてください」
 目の前のパネルスクリーンには、梓母娘が人質になっているビルの、精密な三次元投影画像が映しだされている。動いている赤い点滅は犯人達の現在位置を示しており、五階の窓際に動かないままの青い点滅が梓母娘を示している。
 この映像は数台の人工衛星からの遠赤外線レーダーのデータを、十台のスーパーコンピューターを並列結合し超高速演算して、リアルタイムな映像として現れるようにしたものである。この映像は通信衛星「あずさ」一号機を介して、現地のフリートウッドのナビゲーションシステムにも転送されて、麗香に伝えられている。
「問題は、梓さまに張り付いている一人の犯人ですね。こいつがそばにいる限り突入は不可能です」
 青い点滅のそばで点滅する赤い点を示している恵美子。
「それと梓さまのいらっしゃる場所も問題です。この位置では銃撃戦の巻き添えになります。一番安全な北東の隅でないと」
「何とか梓さまに連絡がとれればいいのですが……」
 人質となっていることで、突入の機会が難しくなっている。

 現地で指揮を執る麗香も落ち着けない。
 陸軍から戦術コンピューターの搭載された戦闘指揮車が派遣されてきていた。
 中には、ずらりと液晶ディスプレイが並び、ビルの外観映像はもちろんのこと、内部見取り図と敵の配置図などが表示されている。
 スナイパーや戦闘ヘリの位置も一目瞭然。合図一つですぐにでも動き出せる状態だった。

「気丈で精神力のある方の梓さまが出ておられると助かるのだけど……」
 何とか、梓の方で行動を起こしてくれたらと願う麗香だった。

 だが次の瞬間事態が急変したことに気づく。
 戦闘指揮車のオペレーターが知らせる。
「あ! 見てください。梓さまが北東に移動しています。しかも張り付いていた犯人もベランダの方に」
「梓は、わたし達の計画に気づいているんだわ」
「今がチャンスです」
「そうね。突入して下さい」
「はい。突入開始します」
 麗香の攻撃命令以下、二台のジェット戦闘ヘリと超小型VTOL機がエンジンを轟かせながら発進した。

 ビルの中。
 突然沸き起こる大きな音と、微かに揺れるビルに何事かと窓の外を眺める犯人達。屋上でジェット戦闘ヘリによる最初の銃撃戦が開始されたのだ。屋上に強襲着陸する目的と、五階の窓に向かうVTOL機が屋上から攻撃されないための第一波攻撃だった。
 梓はとっさに梢をしっかりと抱きかかえると身体を小さく屈めた。たとえ自分の身体に流れ弾が当たっても、決して梢には当たらないようにしている。
 犯人達の背後の北側の窓に、突然出現した一台の超小型VTOL機。その機銃の銃口から一斉掃射される弾丸。耳をつんざくような銃撃音の中、梓は梢を抱いたまま微動だにしない。一斉射撃が止み銃口を階段に向けたままホバリング状態にはいるVTOL機。次には、さらにもう一台のジェット戦闘ヘリがベランダ側に出現して、ロープが降ろされて中から四人の兵士が飛び降りてきた。倒れている犯人達を乗り越え、梓の側にやってくる。
「梓さま、大丈夫ですか?」
 ゆっくりと振り返る梓。
「こちら突入部隊。梓さまを確保しました。母子ともご無事です」
「よし、一人は梓さまをヘリに回収して脱出しろ」
「残る三人は、屋上強襲班と共に犯人の掃討にあたれ。他の階から犯人達がその階に移動している、一人残らず射殺しろ」
 兵士の一人が梓をベランダに連れていき、ヘリから垂らされているロープにしっかりと梓を結わえると言った。
「お子様を、お渡しください」
 上昇時のショックで子供を振り落とすことを心配したからだが、梓は黙り込み梢をしっかり抱きかかえたまま離そうとはしない。
「わかりました。絶対に離さないでくださいよ」
 兵士がヘリに合図をすると、ロープがするすると巻き上げられ、梓母娘は無事にヘリに回収された。
 そこには麗香が待ち受けていた。
「梓さま! ご無事で何よりでした」
「麗香さん……」
 麗香の姿を確認しても、梓の表情は虚ろだった。無理もないだろう、目の前での耳をつんざくような銃撃戦、幾人かの人間が死んでいき、その死体の上を歩いてヘリに乗ったのだから。
「梓さまを、無事助けだしました。これより屋敷に直行します」

 真条寺家屋敷のそばに併設されている私設の飛行場に、ジェット戦闘ヘリが着陸する。
 待ち受けていた人々が一斉に駆け寄って行く。
 渚、恵美子、そして専属のメイド達。
 担架に乗せられた梓と麗香に抱きかかえられた梢がゆっくりと降りてくる。
「二人は大丈夫なの?」
 声を掛ける渚だったが、
「梢さまは気を失っていますが無傷です。しかし、梓さまは……」
 麗香は項垂れて言葉を繋げることが出来なかった。
 その真意を受け取って、その肩を抱いてその気苦労を誉める渚。
「分かりました。ともかく梓を医療センターに運びましょう」

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梢ちゃんの非日常 page.22
2021.08.13

梢の非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.22

『麗香さん、スタートの合図をお願いします』
『かしこまりました。ただ美鈴さん一人で、撮影しながらの雪の上の移動は滑って危険なので、後二人カメラ担当を増やしましょう。スタート地点、プールサイド地点、その中間点に配置して固定撮影します』
『そういえばそうね。気がつかなったわ。すぐに手配してください』
 早速携帯を使って、カメラと担当者を手配する麗香。
 数分後、明美と美智子が呼ばれ、カメラの準備も整って、スタートの合図を待つだけになった。
『では、用意してください』
『ああ、待って。一応フェアプレイとして、忠告しておくわ。母娘で動かせる限界は、これくらいの大きさだからね』
 といって、手のひらで高さを示す絵利香だった。

『ママ、負けてるよ。真理亜ちゃんの方が大きいよ』
『大丈夫よ。今は負けてるけど、だいぶこつがつかめてきたから、十分逆転できるわ。最後に勝つのは梢ちゃんよ』
『そうだね。勝とうね』
『ママにまかせておきなさい』
『うん!』
 日頃学業と仕事とで忙しい梓ゆえに、一緒に身体を動かして遊ぶ機会の少ない梢にとって、母親と力を合わせて雪だるまを作り上げるというゲームは、このうえなく幸せな気分を味わえる至極の時間といえた。満面の笑みを浮かべ、梓にぴったり寄り添うように一所懸命に雪球を押している。
 梢組の雪球は次第に大きさを増して、真理亜組にほぼ並んだようだ。
『終了まで、あと十分です』
 麗香が残り時間を告げる。
『ようし、梢ちゃん。最初の地点にいっきに戻るわよ』
『わかった!』
 怒濤の勢いで雪球を転がしはじめる梢組。妊娠出産授乳を経て体力をかなり失っている梓ではあるが、スポーツマンとして鍛えた身体にはまだ十分な体力が残されているようだ。
 一気に押しまくってスタート地点に舞い戻る梢組。ほとんど同時に真理亜組も到着する。
『ふう……さすがに堪えるわ。少し頑張りすぎたみたい』
 両膝に手をつき、肩で息をしている梓。
『ママ、大丈夫?』
 梢が心配そうに顔をのぞいている。
『大丈夫よ。少し休めば、元気になるわ』
『ほんと?』
『心配ないわ』

『終了まで、あと五分です』
『ふう。休んでる暇はなさそうね』
 すっくと立ち上がり、大きく深呼吸して息を整えると、
『梢ちゃん、もうひと頑張り。今度は頭を作るわよ』
 と声をかける。
『うん。頑張る』

 梓母娘の奮闘ぶりを眺めている絵利香。
『さすがに実の母娘ね。はじめて雪だるまを一緒に作ったというのに、息がぴったり合ってるわ。といって真理亜ちゃんがひけをとるというわけじゃないけど』
『絵利香。梢ちゃん達、行っちゃったよ。負けちゃうよ』
 梢たちを指差しながら、真理亜が不安そうにしている。
『ようし、こっちも頑張ろう。行くわよ』
『うん!』
 遅れ馳せながら絵利香たちも動きだした。

『時間です』
 正午を告げる鐘が鳴り響いた。
 スタート地点には、ほぼ大きさの同じ雪だるまが並んでいる。
『お互い何とか間に合ったわね』
『あなたに担ぎだされて難儀させられたけど。いい汗かいたし、梢ちゃんも満足しているようだから、よしとしよう』
『なに言ってるんだか……』
『さて、どっちの勝ちかな。公平な立場で、麗香さんに審判してもらいましょう』
 二つの雪だるまを見比べていた麗香が判定を告げた。
『これは引き分けでよろしいのではないでしょうか』
『そうね。どっちが大きいかなどと野暮なことはやめておきしょう』
『賛成だわ。梢ちゃんも真理亜ちゃんもいいわね』
『うん。いいよ』
 とほとんど同時に答える子供達。
 子供達にとって、勝負がどうのというより、母親と一緒に遊べたことのほうが楽しかったようだ。
『さあ、記念写真を撮ってお食事にしましょう』
『はーい!』
『麗香さん、お願いします』
 といって、絵利香が自分のデジタルカメラを手渡した。
『かしこまりました』
 麗香がカメラを構え、雪だるまの前に並んで、記念写真におさまる一同。


 寝室。
 ベッドですやすやと眠る梢と真理亜。
 そのベッドの両縁に腰掛け、子供達の寝顔を見つめる梓と絵利香。
『さすがに雪だるま作りで疲れたようね。食べたらすぐ寝る状態だもん。普段なら食後三十分くらいしないと眠くならないのに』
『そうね。真理亜ちゃんなんか、朝から二つも作ったせいで、食事の最中からこっくりやってた』
『おやつの時間までには起きるかな』
『まあ、起きないでしょうけど。目覚めた時には開口一番、おなかすいたって言うんじゃないかな』
『そうだね。いつでもすぐに食べられるように、おやつは用意しておきましょう』
『さて、リビングに戻りましょうか』
『それじゃあ、早苗さん。お願いします』
『はい。かしこまりました』
 梓達が寝室を退室する中、早苗と梢づきのメイドが残った。。
 寝返りをうったりして乱れた布団を掛け直すことの他、梢が寝ぼけてうろついたり、屋敷内をまだ知らない真理亜が目覚めて、絵利香を探して泣いたりしないように見守るためである。

 リビング。
 TVを見ている梓達。
 ニュース番組が流れ、真条寺家の屋敷前でキャスターが解説している。
『昨夜からの大雪で大停電とそれに伴う断水に見舞われているニューヨークにありましても、ここブロンクス地区だけは電気と飲料水が供給され、公民館や公立学校などの公共施設には給湯と床暖房用の温水さえも豊富に供給されています。それらの公共施設や自然緑地の広場に設けられたテント村では、停電や断水により食事が出来ないブロンクス近隣住民の為に、現在無償で炊き出しが行われています。近隣住民にはもよりのステーションに送迎バスが用意され順次ピストン運行されています。もちろん暖房の効いた公共施設は、避難所として寝泊まりできるようになっています』
 そしてヘリコプターからの真条寺家の全景に切り替わった。
『ご覧ください。眼下に見えますのが、私設国際空港と救命救急医療センター及び自然緑地に囲まれた、ブロンクスのベルサイユ宮殿とも称される真条寺家の大邸宅です。空港の地下には百二十万キロワットのコージェネレーション発電機が設けられ、空港や医療センターそして邸宅に電力と温水を供給しています。また、自然緑地の地下には、ブロンクス住民が一週間生活できるだけの豊富な飲料水が貯えられています。そして現在、それらがブロンクス住民に供給されているのです』

『意外と知られていないのですが、ここ真条寺家は空港を拠点とした国際災害救助支援センターの機能をも果たしています。私設国際空港の利便性をフルに活用して、ブロンクスやアメリカ本土はもとより、世界各地へ災害発生から一時間以内に、テントや非常食・粉ミルクなどの援助物資を空輸することができます。それらの物資は空港の一角に設けられた災害用品備蓄倉庫から拠出されます。倉庫にはブロンクス住民を一週間賄うだけの量があるといわれています』

『こちらは第二中継所です。この公民館でも炊き出しが行われております。あ、今大型バスが到着しました。電気・水道を絶たれた近隣住民を乗せた送迎バスです。車体には国際観光旅行社と篠崎グループのロゴマークが見えます。当グループは、この大停電の期間中営業を停止して、観光バスや運輸トラック・除雪用に使用する土木建設機械などの全車両を災害援助に差し向ける方針を表明しています。炊き出しに使われている食料のすべても、グループの食糧部門から拠出されています。さすがに真条寺家と肩を並べるブロンクスの第二勢力ですね。こちらも災害救助活動では負けていません』

『都会の中にこれだけの大邸宅を構えながらも、近隣住民から反発が起きないのも、そういった事情があるからです。地域住民のことも考えた
『さて再びマンハッタンにカメラを戻しましょう』

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梢ちゃんの非日常 page.21
2021.08.12

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.21

『さあて、これから梢ちゃんのお家に行きましょうか』
『梢ちゃん?』
『そうよ。いいでしょ』
『うん。遊びに行くんだね』
『途中の道は、梓のところの除雪部隊が、いの一番に除雪してくれたみたいだから問題ないでしょ』
『ねえ。はやく、行こうよ』
 雪に閉ざされた中、梢に会えると喜んで、駐車場へと絵利香を引っ張って行こうとする。
『と、その前に汗をかいたから、風邪をひかないように、下着を着替えてからね』
『わかった』
 踵を返し屋敷の中へと向かう真理亜。

 真条寺家邸宅内のリビング。
 ソファーに腰掛けた梓の膝の上で絵本を読んでもらっている梢。
 そこへ絵利香に連れられた真理亜が入ってくる。
『梢ちゃん! 遊びに来たよ』
『あ! 真理亜ちゃん、いらっしゃい!』
 梓の膝をぴょんと飛び降りると、真理亜の元に駆け寄る梢。絵本を読んでもらうよりも、真理亜と遊ぶほうが楽しいに決まっている。早速二人で追い駆けっこをはじめた。
 そんな二人を横目で見ながら、
『やっぱり家の中でくすぶっていたわね。梓』
『だって、外は大雪で寒いじゃない。誰も外を出歩く人なんていないわ』
『使用人達は邸内の雪かきに精を出しているというのにね』
『あの人達はお仕事、あたしは暇潰し』
『何言ってるんだか……。とにかく、除雪部隊の派遣、お礼を言っておくわね』
『気にしないでいいわよ。空港の方は融雪装置が振りはじめからずっと働いていて、そんなに積もっていないから、余裕があったからね』
『ところで麗香さん達、ここへ来るまでに見掛けなかったけど』
『ああ、大勢の人達が雪かきに出てるから、その陣頭指揮に当たってるわ。邸内は広いから、会えなかったのね。お母さんには空港の方の指揮と、地下発電所の余剰電力を停電している近隣地区へ給電支援する手配、市から要請がきてる道路の除雪の手配などやってもってる。篠崎グループの方でも災害援助に出動したって聞いてる。たぶんあなたが命令を下したのは推測できるけど』
『まあね……。地下発電所というと、百二十万キロワットの発電能力があって、ブロンクス地域を余裕でまかなうことができるんだっけ』
『そうよ。電力会社と緊急時の給電契約を取り交わしてる』
『ふうん……。ニューヨークは最近よく停電するものね。で、皆が忙しく動いてる中、あなたは一人、ここでくすぶっているのね』
『あたしは梢ちゃんの相手よ。それにちゃんと寒中雪かき手当を用意しているわよ。あなただって、こうして遊びに来てるじゃない』
『なんだかなあ……』
 呆れた表情で梓を見つめる絵利香。これ以上会話しても無意味と察して子供達を呼び止める。
『梢ちゃん!』
 追い駆けっこをやめて立ち止まり、絵利香の方に振り向く子供達。
『お外で雪だるま作るわよ。着替えてらっしゃい』
『雪だるま? うん。作る、作る』
 外に出られると聞いてはしゃぎだす梢。
『ほれ、あなたもよ。梓』
『えー? あたしもやるの?』
『当たり前でしょうが』
『あたしが寒がりで雪が嫌いなの知ってて言ってるでしょう』
『もちろん!』
 ふう……。
 と、大きなため息をつく梓。
『多分梢ちゃんが籠の鳥になっているんじゃないかと思って、大雪の中をやってきたんだから。活発な梢ちゃんを、部屋の中に閉じこめてたら可哀想でしょ。子供は外で遊ばせてあげましょうよ。幸い雪は止んでいるし気温もそんなに寒くないわよ』
『そりゃ、そうだけどね』

『ママ、早く、早く。お外で雪だるま作ろうよ』
 一向に動く気配を見せない梓に、じれったそうに梢がその手を引っ張って哀願する。その母親に精一杯甘える表情と口調に接すれば、梓の親心を突き動かさずにはおれなかったようだ。
『わかった! 雪だるま作りましょう。着替えるわよ、梢ちゃん』
『はーい!』
 嬉しそうに答える梢の手を引いて部屋の方に向かう梓。
 梓を動かすには、本人に直接アプローチするよりも、梢を利用するというからめ手で攻めるに限る。絵利香は、梢を誘うことにより、梓の母性本能に訴える手段に出たのである。

『さてわたし達は、先にお外に行ってましょうか』
『うん!』


 玄関から外に出ると、麗香が車寄せに戻って来ていた。
『あら。絵利香さま、いらっしゃいませ』
『こんにちわ』
『お帰りですか?』
『いえ。これから雪だるま作りです。後から梢ちゃん達も出て来ます』
『そうですか。雪だるま作りに最適な場所を確保しておきましょう。だるまはどういう作り方をされますか?』
 雪だるま作りには、転がして大きくする方法と、雪をバケツなどで集めて突き固め形成する方法とがあるので、それを確認したようだ。
『雪球を転がして大きくして作ります』
『では、雪下が舗装の方がよろしいですね。地面だと土がついて黒く汚くなりますから』
 といって携帯で連絡を取りはじめた。どうやら麗香が雪かきの総監督を務めているようだ。
 やがて完全防寒装備で身を固めた梢が飛び出して来る。着替えおわって、部屋からずっと駆けっぱなしでやってきたようだ。
『わーい! 雪だ、雪だ!』
 雪に足跡をつけて、はしゃぎまわっている。
 すかさず真理亜がそばに寄って来て、早速雪のかけ合いがはじまった。
 ややあってから梓がやってくる。ビデオカメラを持った防寒姿の専属メイドの美鈴を従えている。
『ああ、もうはじめちゃってるのね』
『子供にじっとしていろというのは無理な話しよ』
『わかってるわよ。それじゃ美鈴さん、お願いしますね。子供達を重点的に撮ってあげてください』
『はい。かしこまりました』
 早速カメラを構え、雪遊びをする子供達を撮りはじめる美鈴。
『ふうん……いやがってたわりには用意周到じゃない』
『あたしはアイドリング時間が長いのよ。動きだしたらスーパーカーなんだから』
『へいへい。さて、そろそろはじめましょうか』
『そうだね。はじめますか』
『梢ちゃん、真理亜ちゃん。こっちにいらっしゃい』
 絵利香が呼ぶと、
『はーい!』
 元気な返事とともに駆け寄って来る。
『絵利香さま。車寄せから東に向かってプールサイドにかけての一帯をお使い下さい。屋敷から風下で積雪も雪だるま作りに適度な深さです。雪かきの順番を後に回しました』
『ありがとう。麗香さん』
『どういたしまして』
 絵利香が子供達の前にしゃがんで伝える。
『さあ、雪だるま作るわよ。いいかしら』
『うん。いいよ』
『雪だるま、作ろう』
『ママと梢ちゃん、絵利香と真理亜ちゃんのペアで競争しましょうか』
 梓が競争を提案すると、絵利香も賛同する。
『そうねえ。転がし方式で、どっちが先により大きく作るか、制限時間はお昼のチャイムが鳴るまで』
『いいわ。梢ちゃん、競争よ』
『うん。勝とうね、ママ』
『真理亜ちゃんも、いいわね』
『うん。頑張ろうね』

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