銀河戦記/拍動編 第一章 Ⅵ 王女イレーヌ
2022.12.10

第一章


Ⅵ 王女イレーヌ


 太陽系連合王国首都星地球。
 ケンタウリ総督府内にある軍事法廷。
 軍服に身を固めた文官がずらりと席に着いている。
 対面する尋問席に銃を突きつけられて立たされている反逆者達、その中にアレックスも含まれている。
「判決を言い渡す。一同を流刑星での終身懲役刑に処す」

 総督府入り口付近、護送車に乗せられるアレックスと反逆者達。

 宮殿内、イレーヌが走っている。。
 表情を強張らせて、息せき切りながらバルコニーに立つ。
 眼下に護送されてゆくアレックス達。
「アレックス!」
 イレーヌ、涙を流しながら必死でアレックスを呼び続ける。
 その声に気づいたアレックスが、バルコニーに視線を向ける。
「イレーヌ!」
 車から身を乗り出すが、兵士に押さえられる。

 宮殿バルコニー。
 遠くなってゆくアレックスの乗せられた護送車。
 イレーヌ、その場に崩れながらもアレックスの行方を見つめ続ける。
「アレックス……」
 いつの間に現れたのか、侍女がそばで立ちすくんでいた。

 宇宙軍港。
 アレックス達が、兵士に銃を突き付けられながら、宇宙艇に入ってゆく。
 ふと振り返るアレックス。
「イレーヌ……」
「何をしている早く乗れ!」
 銃で小突かれて、中に入る。
 やがて発信する宇宙艇。


 宮殿イレーヌの部屋。
 鏡の前で椅子に腰かけ、侍女に髪を梳かせている。
 その表情は重苦しく、時々ため息をついている。
「イレーヌ様、そんなに思い詰めていると、お身体に差し障りますよ」
 侍女が心配そうに気遣う。
「いいの。アレックスがいないなら、私なんかどうなってもいいの……」

 夕闇に包まれてゆく宮殿。
 イレーヌの部屋。
 ネグリジェ姿でベッドの縁に腰かけているイレーヌ。
 その表情は虚ろで精気がない。
 膝の上に短刀を置き、右手で撫でている。
 侍女が入ってくると、慌てて短刀を枕の下に隠す。
「イレーヌ様、まだお休みになりませんの?」
 侍女、窓を閉めてカーテンを引く。
「明日は、セルジオ閣下とのご結婚の日ですよ。寝不足のまま式を迎えるなんていけませんよ」
「いや!」
 耳を手で塞いで嫌がる。
「いやよ。あんな人と結婚するくらいなら、死んだ方がましよ!」
「そんなにまでアレックスの事を?」
「そうよ。小さい頃からずっと好きだったわ。地位も財産もないけど、一緒になるならアレックス以外にないと決めてたのよ。あなたなら、私の気持ちを分かってくれると思っていたのに……」
「ですが、お嬢様は王女ですよ。ちゃんとした人の所へお嫁入りするのが道理だと思いますが。セルジオ様だってお優しい方ですよ」
「やさしい? あの人のどこが優しいというの?」
「聞くところによれば、アレックスだって本当は死刑になるところを、セルジオ様の力で流刑に減刑されたとか」
「流刑だって死刑だって結局は同じことよ。一生流刑地で重労働をさせられることを思うと、いっそのこと死刑の方がどんなにマシなことか。アレックスをわざと苦しめるためにしたことよ。あの人の考えていることぐらい分かります」
「ですが……」
「もういいから放っておいてちょうだい。出てって、出てってよ」
「イレーヌ様……。分かりました。でも、その短刀は預かっておきます」
「そんなものないわ」
「いいえ、隠されるところをちゃんと見ましたから。さ、イレーヌ様」
 侍女手を差し出した。
「渡さないと言ったら?」
 イレーヌ、侍女をキッと睨みつける。
 しばし見つめあう二人。
「お嬢様……本当に死ぬつもりですね」
 イレーヌ答えない。
 侍女、黙って窓のところへ歩いてゆく。
 外の気配を窺っているようすだ。
 やがて振り向いてイレーヌに歩み寄る。
「お嬢様」
「だめ! 近づかないで、それ以上近づくと、今すぐ死ぬわ」
 枕元から短刀を取り出して、喉元に突き立てる。
 侍女、立ち止まる。
「お嬢様、本当に死ぬお覚悟なら、その命を私にお預けになりませんか?」
「どういう意味よ」
「決して悪いお話ではありませんよ。それにうまくいけば、アレックスとも会えるかも知れませんよ」
「アレックスに会えると言うの?」
「そうです。確実にとまではいきませんが、少なくともセルジオ様とご結婚しなくても良いのです。この私の言うとおりになさいませんか?」
「本当にアレックスに会えるのね? 信じていいのね?」
「この私が、今まで嘘を申したことがありますか?」
 首を横に振るイレーヌ。
「では、その短刀を私に渡してください」
 侍女、イレーヌの側にすぐそばに寄り、短刀を受け取り脇の台の上に置く。
「アレックスには、いつどこで会えるの? あの人は、今流刑星にいるのよ」
「だから、その星へお迎えに出かけるのです」
「行くって……どうやって?」
「それは、私におまかせ下さい……ほら、お迎えがきたようです」
「え? どこに?」
 窓の外が明るく輝いている。
「窓の外です。さあ、時間がありません」
 イレーヌの手を取って、窓を開けてバルコニーに出る。


 バルコニー。
 イレーヌと侍女が連れ立って出てくる。
 反重力エアカーが空中に浮遊しており、その扉が開く。
 運転席には、ロボットが着席している。
 下の方では騒ぎが起こっている。
「気づかれたようです。さ、早くお乗りください」
「乗れって……あなたは?」
「私は一緒に行けません。後に残ってしなければならない事があるのです」
「でも……」
「アレックスに会いたくないのですか? いいですね、すべてはこのロボットのロビーの言うとおりにすればいいのです。分かりましたね?」
「……」
「ロビー、出発してください」
「ワカリマシタ、出発シマス」
 扉が閉じられ、ゆっくりと浮上して上空へと発進する。
 バルコニーに残った侍女、それを黙って見送っている。


 草原の上を反重力カーが進んでいる。
 じっと黙ってロビーの後ろ姿を見つめているイレーヌ。
「イレーヌサマ」
 ロビーの声に気づかないイレーヌにもう一度問いかける。
「イレーヌサマ」
「え?」
「ソンナニ怖ガラナイデクダサイ。私ハナニモシマセンカラ」
「は、はい」
「マモナク目的地ニツキマス」

 湾の入り組んだ海岸線を走るエアカー。
 崖の上から直接海に落ちる滝が見えてくる。
 エアカーが近づくと、滝の裏側の岸壁がせり上がってきて、洞窟が現れた。
 水飛沫を上げながら、その中へ入ってゆくエアカー。
 そして再び岸壁が閉じていって元通りになった。

 暗い洞窟の中を、ライト点けて進んでいくと、土くれだった洞窟の壁面がコンクリートに変わった。
「到着シマシタ。ココガ、我々ノ秘密基地デス」
「こんな所に?」
 やがて大きな空間に到達する。
 途端にあちらこちらから照明が点灯する。
 照明に照らされて、そこに姿を現したのは……。
「これは……宇宙船?」
 エアカーが近づくと、後部着艦口が開いてゆく。
 宇宙船に入ってゆくエアカー。

「到着シマシタ。降リテクダサイ」
「は、はい」
 エアカーから降りるイレーヌ。
「こ、これは?」
 あたりを見回して驚く。
 戦闘機やら各種の武器やらが、ずらりと並んでいる。
「サ、コチラヘドウゾ」
 ロビーが先に立って、エレベーターへと誘導する。
 キョロキョロとしながらも着いてゆく。
 エレベーターを上がった先の部屋に通される。
「ココガ、アナタノオ部屋デス。オクツロギクダサイ」
 そういうと離れていった。
 中は美しく飾られ落ち着いた雰囲気のある部屋だった。
 しかもイレーヌのいた宮殿の内装とそっくりだった。
 ロビーがワゴンに飲み物を乗せて運んできた。
「サア、コレヲオ飲ミクダサイ。落チ着キマスヨ」
 それを受け取るが、躊躇するイレーヌ。
「サア、飲ノンデクダサイ。毒ハ入ッテイマセン」
 イレーヌ、緊張しながらもその飲み物を飲んだ。
「一つだけ教えて、私の侍女は今どうしているの?」
「ソレハ心配イリマセン。イズレマタ会エルデショウ。デハ、オヤスミナサイ」
 そういうと、ロビー外へ出て、扉を閉める。
 一人残されたイレーヌ、ロビーの出て行った扉を見つめている。


 イレーヌ眠っている。
 やがて眼を覚まして起き上がる。
 あたりを見回して、昨夜のことを思い出している。
 扉が開いて誰かが入ってくる。
「誰?」
 美しいドレスを着た女性が入ってくる。
「おはようございます。ぐっすり眠れましたか? イレーヌ様」
「あなたは?」
「私は、エダ。あなたはアレックス様の恋人でいらっしゃいますね。良く存じております」
「アレックス?」
「私は、アレックス様のしもべです」
「一体どういうことなのですか? 私には、さっぱり分かりません。あなたとアレックスとの関係、それにあなた達が、ここで何をしようとしているのかも……」
「くわしい事情は、いずれお話します。とにかく私どもは、アレックス様を、お救いしなければならないということです」
「でも、どうやって? 今、アレックスは遠い星にいるのよ」
「それは、すべて私どもにお任せ下さい。それから、こちらにドレスがございますから、ご自由にお召しになられて結構です」


 計器がずらりと並んだ部屋。
 ロビーが計器類を操作している。
 その後方に、エダとドレスに着替えたイレーヌが立っている。
「発進準備、完了シマシタ!」
「よろしい。補助エンジン点火!」



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