銀河戦記/拍動編 第二章 Ⅰ 脱出
2022.12.17

第二章


Ⅰ 脱出


 洞窟内秘密基地。
 多種多様の兵器などの装備が壁際に立ち並び、中央にあるプールに一隻の船が浮かんでいる。
 天井から昇降機が降りてきて、船の上部昇降口にピタリと収まった。
 乗員が降りたのか、再び天井へと戻ってゆく昇降機。


 計器がずらりと並んだ部屋。
 機器が発生する稼働音が微かに響いている。
 ロボットのロビーが計器類を操作している。
 そんな部屋に、エダとドレスに着替えたイレーヌが入ってくる。
「発進準備完了シマシタ!」
 ロビーが報告する。
「よろしい。補助エンジン点火!」
「了解シマシタ」
 ロビーが操作すると、稼働音がさらに大きくなってゆく。
 連れてこられたこの部屋が何なのか、何をする場所なのか説明もされず疑心暗鬼になっているイレーヌ。
 エダ、イレーヌの肩に手を掛けて、
「いいですか、イレーヌ。これから起こることに驚かないで、気を確かに持っていてください」
 頷くイレーヌ。
「補助エンジン、正常ニ運転中デス」
「ロビー、発進して。そっと静かにやって頂戴ね」
「了解、ソット静静カニ発進シマス。ヨウスルニ、微速前進。船台ロック解除!」
 僅かに揺れる部屋。
 外壁から聞こえる地響きの音。
「何? この振動音は?」
 心配そうに尋ねるイレーヌに、
「大丈夫ですよ」
 優しく安心させるエダだった。
「微速前進! 潜航シマス」


 秘密基地内、プールに浮かんでいた船が静かに潜航を始めた。
 水中をしばらく進んだ向かう先には頑丈な壁が迫っている。
「ゲート・オープン!」
 ロビーが操作すると、外海に通ずる隔壁がゆっくりと開いていった。
「海中ニ進入シマス!」

 外の世界。
 滝のある岸壁の海中にあった隠し扉が開いて、一隻の船が出てくる。
 イレーヌの連れてこられた部屋は、船の船橋だったようだ。
「海中ヲ潜航移動中デス。異常ナシ」
 基地を悟られないためか、しばらく海中を進んでゆく。
「そろそろいいでしょう。浮上してください」
「了解。浮上シマス。現在深度200メートル。上昇角30度。補助エンジン最大ヘ。海面マデ、十二分、両舷推力正常」
 状況の把握しきれないイレーヌは、言葉を発することも忘れていた。
「深度三十メートル。海上ヲ探査シマス」
 船の甲板からドローンが海上へと投入され、付近の探査が開始される。追手が索敵に出ている可能性があるからである。
「海上ニ敵ノ姿ハ見当タリマセン。浮上シマス」
 海中から海上へと浮上にかかる船。

「海上ニ 出マス」
 海中から海上に浮上する船。
「浮上シマシタ。メインエンジン始動シマス」
「イレーヌ様、揺れますから着席してください」
 椅子を指して誘う。
「いいですか、イレーヌ様。これから起こることに、驚かないでください。何も怖がらずに、気を確かに持っていてください」
 船は海上を滑るように走り始める。
「飛行翼展開シマス」
 胴体から飛行翼が迫り出してくる。
 しばらく海上を走って速度を上げてゆく。
「上昇角10度。メインエンジン最大出力へ」
 水飛沫を上げながら、海上からふわりと浮き上がる船。


 総督府地下軍司令部。
 暗く広い大部屋に各種の機器類、明滅するランプ類、慌ただしく動き回る兵士達。
「Cブロック第七ポイントに未確認飛行体出現!」
「監視カメラからの映像をスクリーンに映してみろ!」
「了解、スクリーンに映像を流します」
 スクリーンに艦船が飛び立つ姿が映し出されていた。
 それはまさしく宇宙戦艦だった。
「どこの戦艦だ?」
「戦艦の所属は不明。こちらからの呼び出しにも応答なし」
「海底のどこかに潜んでいたものと思われます」
「それは分かっておる。一体どうやって、我々の防衛網を搔い潜って潜入したというのだ? あの巨体だ。他の惑星から来たならば見落とす訳がない」
「では、この星で建造されたとか?」
「この星には、あれほどの巨艦を建造できるほどの大工場は見当たりません」
「現実として目の前にあるのだ。どこかの地下ないし海底で密かに建造されたに違いない。だが、一体何者が、何の目的で……」
「迎撃態勢完了しました」
「よし! 攻撃開始せよ」
「しかし、あの艦にはイレーヌ王女が捕えられているかもしれません」
「かまわん! 我々の敵に間違いない者を見逃すわけにはいかない。撃ち落せ」


 宮殿王室。
 イライラしながら、右往左往するクロード王。
 恐縮している重臣達。
「ええい! まだイレーヌは見つからんのか?」
「はあ……。手を尽くして探してはいるのですが、未だに……」
「一体捜査隊は何をしているのだ?」
「あなた。セルジオ様にお願いしてみたらいかがでしょう」
 イサドラ王妃が提案する。
「そ、そうだな。お願いしてみるとしよう」
「それはそうと、エルドラはどこへ行ったか知らないかい?」
 王妃が従者に尋ねる。
「はあ……知りませんが……」
 首を横に振る従者。
「そう……どこに行ったのかしら」
 心配そうに娘の安否を気にしている。


 イレーヌの乗船する船の船橋。
 エダが、疑心暗鬼な王女の気を静めようといろいろと、気をもんでいるようだった。
「お気づきでしょうが、この船は宇宙船であり戦闘艦です」
「宇宙戦艦……ですか?」
「はい。艦名をアムレス号といいます」
「アムレス号……」
 せいぜい馬しか乗ったことがなく、戦艦などという無粋なものとは縁遠いイレーヌだった。
「後方カラ、ミサイル!」
「早速来たわね。後部発射管からデコイ発射!」
「デコイ、発射シマス」
 ミサイルとデコイが入り乱れて爆発炎上する。
「重力圏離脱します」
 大気圏を脱出して、深淵漆黒の宇宙空間へと突入するアムレス号。

「後方、七時ノ方向ニ、敵艦接近中! スクリーンニ投影シマス」
 地球から発進したと思われる艦隊が後を付けてきていた。
「セルジオの護衛艦隊ね」
「敵艦から艦載機が発進しました」
「パルスレーザー砲で撃ち落してください」
 迫る来る艦載機を次々と撃ち落してゆく。
 やがて遠くから大型の戦艦が近づいてくる。
「セルジオ艦隊だわ」
 次第に間を詰めてくるセルジオ艦隊。
「ロビー、主砲発射用意。目標、セルジオ艦隊」
 アムレス号の艦体より、格納式旋回砲台が現れ、セルジオ艦に標準を合わせるように砲口が動く。
「主砲、発射準備完了シマシタ。有効射程内デス」
「主砲発射!」
 アムレス号より発した強力なビームがセルジオ艦隊に命中して爆発炎上する。
 さらに第二派・第三派と攻撃を続けるアムレス号。
 やがてセルジオ艦隊は全滅する。
「後続艦隊ハ、アリマセン」
「よろしい。最大船速で逃げます」
「了解。最大船速へ加速シマス」
 セルジオ艦隊を振り切り、彼方へと消え去ってゆくアムレス号。


 司令部。
「味方艦隊全滅!」
 憤慨するセルジオ弁務コミッショナーがいる。
「何ということだ。たかが一隻に艦隊が全滅させられるとは!」
「火力が桁違いでした。これほどの科学技術を反乱軍が持っているとは思えません。一体どこの組織なのでしょうか?」
 副官が首を傾げている。
「これからいかが致しますか?」
「無論。あの船がどこへ行くか、その目的をはっきりさせるのだ」
「はっ! 奴が消えた方角へ探索艇を差し向けます。

 セルジオ私室。
 窓辺に立ち、夜空を仰ぐセルジオ。
 従者が入ってくる。
「コミッショナー。クロード王が謁見を申し出ております。イレーヌ王女のことかと存じますが」
「あまり会いたくないが……」

 セルジオと謁見が叶ったクロード王。
「閣下。お願いでございます。私の娘が行方不明になった事は、閣下もご存じかと思います。我々が手を尽くして探したものの、一向に手がかりすらも掴めておりません。そこで、閣下の配下の特殊部隊の出動を要請したく思い、参った次第であります」
「特殊部隊の出動だと?」
「はい。閣下の配下の特殊部隊は、我々すら気が付かなかった、反逆者を察知し捕えたほどの腕前。イレーヌを探し出すのも容易いかと……」
 テーブルの上に置いてあったグラスに、酒を注いで飲むセルジオ。
「それはできぬ」
「何故でございますか? イレーヌは閣下の嫁となる身の上。万が一な事があれば……」
「特殊部隊を出動させる暇などない。それにイレーヌは、この星にはもうおらぬわ」
「え? この星にいないですって?」
「そうだ。反逆者の一味によって、宇宙の彼方へと連れていかれてしまったよ」
 セルジオ、後ろ向きになって酒をあおる。


 アムレス号のプライベートルーム。
 イレーヌが、ベッドの縁に腰かけて瞳をうるませている。
「お父さま、お母さま……」
 扉が開いて、エダが入ってくる。
 慌てて涙を拭うイレーヌ。
「まだ、眠らないのですか?」
「エダ、これからどこへ行くの?」
「地球から12光年の所にあるルイテン星系にある惑星インゲルです」
「インゲル星?」
「アレックス様が流刑されている惑星です。これからアレックス様を救出に向かいます」
 エダを凝視するイレーヌ。
「アレックスを? 一体あなたとアレックスの関係は何なの?」
 エダ、イレーヌの隣に腰かける。
「いずれお話しますわ。身分のあるお方に仕えているということだけ……。さ、もうお休みならならいと……」

 エダが退室した部屋で天井を見つめて何事か考えている様子のイレーヌ。



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