銀河戦記/脈動編 第六章・会敵 Ⅰ
2022.02.05

第六章・会敵






 イオリスの民は、天の川銀河から最も近いタランチュラ星雲の領域内の惑星開発を完了して勢力圏に収めることに成功していた。
 星雲内部には、1立法cmあたり100個から1万個の分子が存在すると考えられる超高濃度真空となっている。地球上の海抜0mの大気が、1立法cmあたり25x10の18累乗個の分子が存在することを考えれば、希薄すぎるといえるかもしれない。それでも何光年も離れた遠くから見れば、電離した水素イオンなどが背景にある青色巨星の光を受けて色鮮やかに輝いて見えるのだ。

 この星雲の外縁部で、超新星1987Aが発見され、発生したニュートリノをカミオカンデが観測して、日本人がノーベル物理学賞を受賞した。
 タランチュラ星雲は、直径1862光年ほどに広がっており、その中心付近にはNGC2070散開星団、さらにその内側にR136超星団(直径35光年)やホッジ301星団などを内在している。HⅡ領域の輝線星雲であり、非常に巨大な星形成領域として数多くの恒星が生まれては滅んでいる。星形成領域はオリオン大星雲の三十倍に広がっている。
*R136=ラドクリフ天文台マゼラン雲カタログ番号
 

 敵対する交戦国の存在があることを知ったイオリス国は、惑星開拓を進める一方で戦闘艦の造船と戦闘訓練を頻繁に行っていた。

 折しもアントニー・メレディス中佐とウォーレス・トゥイガー少佐、両者が率いる艦隊同士の戦闘訓練が始まっていた。
 仮想戦闘宙域は、タランチュラ星雲内R136超星団で行われる。

 メレディス中佐の乗艦する模擬戦闘艦301号以下の三十二隻、トゥイガー少佐率いる模擬戦闘艦401号以下の三十三隻が相対する。
 模擬戦闘艦には実弾は装填されていない。炸薬の代わりに、着弾と同時に四方八方に弾ける花火のような火薬が詰められた弾頭が使われている。
 ミサイルが当たっても艦体が少し凹むだけだが、当たり判定を模擬戦闘シュミレーションシステムが計算して戦績をはじき出す。
 今回の模擬戦は、艦隊戦の訓練で戦闘機は参加しない。


 メレディス中佐の艦隊は、ウォルフ・ライエ星に分類される青色超巨星であるR136a1という恒星系に展開していた。HⅡ領域と呼ばれるイオン化された水素からなる巨大な領域の中央に浮かんでいる。

*ウォルフ・ライエ星=猛烈な恒星風によって、恒星表層の水素が吹き飛ばされて、ヘリウム・窒素などが融合反応を起こしている超高温の内層が露出して、三万から十万度という超高温で輝いている。

 a1星は全天球中で最も重く最も明るい星である。315太陽質量、870万太陽光度。太陽の一年分のエネルギーをたった四秒で放出しているという化け物である。
 仮に太陽系の冥王星の軌道にあったとしたら、地球からは太陽と同じぐらいの大きさに見えるが、なんと二千四百度という高熱となり全ての生物は死滅する。
 対不安定型超新星爆発という、通常の超新星爆発よりもさらに高威力で中心にブラックホールすら残さない超大爆発を起こすとされる。


「恒星より二千八百デリミタ。全艦、配置に着きました」
*デリミタ=天文単位(AU)/一億五千万km、に相当する。

「恒星風に流されるなよ」
 操舵手に注意勧告するメレディス中佐。
「了解!」
 操舵手は、士官学校を卒業したての新人である。
 戦闘訓練には、総員の三分の一が新人であり、先輩から指導を受けながら、自分の担当部署の熟練度を上げてゆく予定だ。
 副官のセリーナ・トレイラー中尉が質問する。
「なんでわざわざこんな危険な恒星系を仮想戦闘宙域に設定しなのでしょうか?」
「敵は、時と場所を選んでくれないからな。最悪の条件下においても最善を尽くせるようにな。まあ、この辺りは一応ハビタブルゾーンに入っている」
「惑星があればですけど……ありませんね」


 トゥイガー少佐の艦隊は、隣の恒星R136a3付近に展開していた。
 こちらの星系もa1に負けず劣らずの青色超巨星であるが、表層にはまだ水素が四割ほど残っている。
「時間です」
 副官のジェレミー・ジョンソン准尉が、作戦開始の時刻を告げた。
「よし。微速前進だ」
 動き出す艦隊。



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銀河戦記/脈動編 第五章・それぞれの新天地 V
2022.01.29

第五章・それぞれの新天地 





 時計回りと反時計回りに、惑星探査及び開発を進める銀河人とミュー族に対して、植人種は中央に向かって進めていた。
 両国家に挟まれる格好になることによって、さまざまな干渉を受けることとなった。
 しかし植人種の惑星が直接占領されることはなかった。
 冬虫夏草を引き起こす胞子が大気中に充満しているため、宇宙空間からの攻撃は受けても、降下作戦までは行われなかった。
 かつて降下作戦を行った部隊が、冬虫夏草状態になってほぼ全滅した経緯を持って、手出ししないようになったのである

「銀河人の星が、生物兵器『冬虫夏草』によって滅亡したようです」
「滅亡した?」
「その件に関して、銀河人から抗議されております」
「なぜだ? 我々とどんな関係がある。我々の星に降り立たない限り、冬虫夏草になることはないだろうが」
「以前我が星を占領にきたミュー族の艦隊がありましたよね。結局彼らのほとんどが冬虫夏草に侵されてしまったらしいですが……。もしかしたら、その時に胞子を採集していったのではないでしょうか。そして生物兵器を作り上げたのかも」
「ふむ。ありうるな」
「とりあえずその旨を伝えておきましょう」
「我々は平和的な民族なのだがな。他国の居住惑星を襲ったことは一度もない。我々が生物兵器を使うはずがなかろう」
「しかし彼らにとっては、冬虫夏草=植人種という概念で固まっていますからね」
「抗議に対する抗議を返しておくか」
「理解してくれればいいですけどね」
「考えても仕方あるまい。栄養ドリンクでも飲んで寝るか……」


 植人種の星は、空気中に光合成用の窒素と二酸化炭素が十分にあり、呼吸用の少しの酸素がある事、そして海水か土壌中に三大肥料である窒素・リンやカリウムなどが豊富に存在することが条件である。
 生活するために農場も畜産場も必要はなく、ただ肥料を含んだ水を口から飲んで日光浴するだけである。本来、口で咀嚼した食べ物を胃腸で消化吸収していたのだが……。数千年の年月を経て、歯は退化してなくなっており、胃腸内はシダの根が張り巡らされて消化酵素はもはや分泌されないし、蠕動(ぜんどう)運動も行われない。栄養分はシダの根から吸収されて体内を巡る。
 言ってみれば水耕栽培を胃腸の中で行っている感じだ。

 辺りを見回せば、最初に到着した時に耕作した作物が、荒れて野生化していた。
 そして、植人種としての百年そこらの寿命が尽きて、シダ植物として大地に根を生やした同胞達の姿があった。
 最初は人の姿を維持しているが、やがて樹皮が覆いかぶさるように飲み込んでゆく。数年もすると植人種だった形跡も失せて、一本のシダ植物となってゆくのだ。
 見回せば、そんな元植人種だったシダ植物の森が広がっている。



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銀河戦記/脈動編 第五章・それぞれの新天地 Ⅳ
2022.01.22

第五章・それぞれの新天地 




 アレックス・ランドール率いる開拓移民船がマゼラン銀河の端へと漂着してから、およそ一万年の年月が過ぎ去った。
 マゼラン銀河は、天の川銀河系人(以下銀河人と略)・ミュータント族(以下ミュー族)・植人種の三勢力が、領土を巡っての勢力争いを繰り広げていた。


 銀河人の艦隊が航行している。
 旗艦ヴァッペン・フォン・ハンブルク(戦列艦)から艦隊の総指揮を執っているのはヴィルマー・ケルヒェンシュタイナー大佐である。

「前方に敵艦!」
 レーダー手のナターリエ・グレルマン少尉が報告する。
「ミュー族か?」
 艦長のランドルフ・ハーゲン上級大尉が確認する。
「そのようです。敵艦の数は十二隻」
「こちらは十四隻だ。まあ互角だな」
「敵艦進路を変えました」
「こちらに気づいたか。全艦に戦闘配備だ!」
 敵艦隊は単縦陣で接近しつつあった。

 単縦陣とは、先頭に司令官の乗る旗艦、二番手には副司令の副艦、そして最後尾に第三位の司令の乗る艦という具合である。最後尾の司令官は、旗艦がやられるなどして、全艦反転撤退する場合に指揮を執るためである。
 英・米国海軍の階級名もこれに由来している、
 admiral(海軍大将)
 vice admiral(海軍中将)vice(次の)
 rear admiral(海軍少将)rear(後ろの)
 単縦陣は、敵のいそうな場所で無線傍受されないように動く時に、前の艦に付き従うだけで良いので、会戦となる前には都合が良い。

「右方向に展開して並べろ!」
「丁字戦法ですね」
 副長のゲーアノート・ノメンゼン中尉が答える。
「その通りだ。各砲塔左へ旋回!」
 丁字戦法は、西暦1904年の日本海海戦で日本軍がロシア軍バルチック艦隊に勝利し、逆に1944年のレイテ沖スリガオ海峡海戦で日本軍が、オルデンドルフ少将率いる米国戦艦部隊にとどめを刺された戦法である。

「左舷に火力を集中させろ!」
 この時代、銀河人もミュー族も宇宙戦艦は、艦の前後に艦砲を塔載した戦列艦と呼ばれる物が主流である。
 なので、前後の砲を最大限活用するためには、艦の舷側を向けあう必要があった。
 現時点では、ビームエネルギー兵器の開発までには至っていない。

「敵艦も右旋回を始めました」
「遅いな。こちらの方が先に砲撃開始できる」
 最後尾のヴェルナー・シュトルツェ少佐率いる戦列艦フリードリヒ・ヴィルヘルムも配置に着いた。
「全艦配置に着きました」
「よし、攻撃開始!」
 敵艦隊が展開を終える前に、先制攻撃を加えることができた。
「砲塔だ。砲塔を狙え!」
「目標、敵砲塔にセット完了しました」
「撃て!」
 砲塔に対して集中攻撃が始まる。
 次々と破壊されていく敵艦砲塔。
 攻撃力の落ちた敵艦隊は撤退を始めた。
 右転回したその隊形から、すれ違いを終えて、そのまま離れるように全速力で進んで行く。
「敵艦隊、撤退していくようです」
「ふむ、あまりにも簡単に撃退できた。深追いはよそう、罠かもしれないからな」
 追撃したら、他の艦隊が待ち伏せしているかも知れないと考えたようだ。
 やがて双方は遠く離れていった。
「艦の損害をチェックしろ」
「了解しました」
 報告が上がってきて大したことはなかった。
「基地に帰るぞ。全艦、帰投準備!」
 戦闘宙域から離脱する艦隊。

 ノルトライン=ヴェストファーレン星区にある、前線基地クレーフェルトに帰還した銀河人艦隊。
 この前線基地もそうだが、占有惑星としたものの、ほとんどが惑星開発は進んでいない。
 まずは軍事施設を建造したら、守備艦隊をおいて次の星へと向かう。
 なぜならミュー族との惑星占領&星域確保競争を行っているからである。
 のんびり惑星開発を行っていたら、いつの間にか周囲をミュー族に囲まれていた、ということになりかねないからである。
 とうぜんのこととして、星域のあちらこちらでミュー族艦隊との戦闘が繰り広げられていた。
「補給艦隊はいつ到着する?」
「およそ三か月後の予定です」
「そうか……」
 補給物資や戦艦などの増援は、すべて首都星アルビオンから護衛艦に守られて 送られてくる。
 護衛艦隊はそのまま惑星防衛艦隊となり、現防衛艦隊は新たなる星探しへと出発する。もしくはその反対もありうるが。
 惑星探査の進路は、アルデランからマゼラン銀河を時計回りに進行していた。


 撤退するミュー族の艦隊旗艦ヴォストーク艦橋。
 先の戦闘による損害報告を、副長ヴィチェスラフ・クルガープキン大尉から受けている艦長イヴァン・マトヴィエンコ少佐。
「ペテルゴーフ、サビヤーカの損傷が酷いですが、何とか航行は可能です」
「そうか……」
「反転追撃してきたら全滅してたかもしれません」
「まあ、相手もそれなりに損害を受けていたのだろう」
「この宙域を警戒区域に設定しておきます」
「よし、クラスノダールに帰るぞ」
 数時間後、前線基地であるクラスノダールに戻ってきた。
 戦闘で負傷した者達が艦から降ろされて、空港そばの医療センターへと運ばれてゆく。
 マトヴィエンコ少佐は、彼らの慰問に病室を回っていった。
 病室でベッドに横たわる兵士たちに、励ましと労いの言葉を告げる。
 病院に併設されて、クローン人間を生み出す殖産施設がある。
 培養カプセルが立ち並んでおり、中にはクローンされたミュー族が浮かんでいる。


 ミュー族の探査は、惑星都市サンクト・ピーテルブールフから、マゼラン銀河を反時計回りに進んでいた。
 両国間で交渉したわけではないが、相手国との接触を極力避けようとすれば、首都星の位置から自然の流れだろう。


 時計回りと反時計回り、それぞれが順調に開拓を進めて銀河を進んでいたが、ここノルトライン=ヴェストファーレン星区で、遂に両者が出会い戦闘行為に至ったのである。

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銀河戦記/脈動編 第五章・それぞれの新天地 Ⅲ
2022.01.15

第五章・それぞれの新天地 





 どれくらいの時間が経ったのであろうか。

 私は目を覚ました。
 天井から吊るされた照明が眩しい。
「生きているのか?」
 だが、すぐに異様さに気が付いた。
 眩しさに目を覆おうとした手に異変が起きていた。
 身体の皮膚を突き破って芽が出ており、照明に向かって伸びていた。
「やはり感染していたか……」
 今までの例では芽が出た患者は、すべて死んでいた。
 心臓をやられての心筋梗塞・心不全、肺をやられての肺栓塞、脳にまで達しての脳出血・脳梗塞などで。
 しかし生きているのは何故だ?
 体内は、完全にシダ植物に支配されてしまっているようだ。
 しかし息苦しさはない、というか息をしている感じがない。
 まるでシダ植物が、自分を生かし続けていたようだった。

 自殺剤として投与した高濃度の塩化カリウムは、人間にとって高カリウム血症から心不全を引き起こすが、植物にとっても除草剤であり枯れ死させる成分でもある。
 枯れ死すると気づいたシダが、藁をも掴む手段で寄生体に遺伝子を預けて、何とかして生き残ろうと足掻いたのかもしれない。

 共生関係か?

 造礁珊瑚が体内に褐虫藻を共生させているように。
 人間を含めた真核生物の細胞の中にも、ミトコンドリアという好気性細菌が共生しており、エネルギー供給を担っている。今やミトコンドリアなしで生きてはいけない。

 生き延びたとして何ができる?
 仮に船が動いたとしても、一人ではどうしようもない。
 これから先、いつまで生きられる?
 少なくとも、胞子の恐怖からは解放されたようだが……。

 ベッドから降りて歩き回ってみた。
 植物は動けないが、動物は動けるのが利点であることを知った。
 目覚めの一杯の水を飲んでみた。
 五臓六腑に染み渡る……という感じが本来するのだろうが、大半を植物の方が吸収してしまっているようだ。
「少し眩暈がしてきたぞ……」
 自殺依頼食事は摂っていない、腹が減っても良さそうだが、空腹感はない。
 そもそも食糧庫はすでに空っぽで食べられるものはない。

 外へ出てみる。
 燦燦と降り注ぐ日光。
 眩暈も治まってくるし、活力がみなぎってくる感じがした。
「これは……もしかして植物としての能力を体得したのでは?」
 今後は、水と少しのミネラルを補給すれば、光合成で生きていけるようだ。
 ベンチに腰かけて、日光を精一杯浴びる。
 数時間ほど、そうやって時を過ごしていると、首筋に違和感を感じる。
 触ってみると、何やら瘤状のものができていた。
「もしかしたら……出芽? それとも前葉体でもできたのか?」
 生物学者であるから、シダ植物の生活環は理解している。
 瘤は少しずつ成長して、うずらの卵くらいになった時にポロリと抜け落ちた。
 それを拾い上げて、しばらく見つめていたが、
「植えてみたらどうなるかな?」
 直射日光の当たらない日陰で、湿気のある場所の土の中に植えてみた。
 時折水を与えながら、数日観察してみる。
 やがて土の中から芽が出てきた。
「おお! 出た、出たぞ」
 これから、どのように成長するかと期待して数日を過ごす。
 芽は順調に伸びていった。
 背丈くらいまで伸びた頃、上に伸びるのが止まり、先端辺りが膨らみ始めた。どんどん膨らみ、その重みで垂れ下がって地面に触れた。
 それはまるで繭(コクーン)のようだった。
 中では何かが蠢いており、どうみても生物らしきものだった。
 生物は、繭から栄養分を貰って成長しているようだった。
「これは繭というよりも、子宮と言った方が良いかも知れない」
 しばらく見守っていると、子宮が収縮して中の生物を押し出した。
 それはそれは玉のような赤ん坊……といっても良いのだろうか?
 生れ出た? 赤子の姿は、一見人間のように見えるが、全身緑色で葉緑素を含んでいるようだ。
 動物たる人間と植物たるシダ植物が合体した新生物の誕生である。
 簡潔明瞭に『植人種』という生物分類を作った。

 彼を見て最初に思ったのは、
「生殖はできるのだろうか?」
 ということだった。
 自分の身体から出芽した生物なのであるから、彼自身からも出芽して子孫を残せようではある。

 その子供の名前を『トゥイストー』と名付けた。
 トゥイストーに対して、移民船に搭載されている教育コンピューターを使って、知識を教え込んだ。
 彼は、貪欲に知識を吸収して、宇宙船の設計をできるまでの博学を覚え込んだ。

 私とトゥイストーによる出芽・増殖によって、植人数は次々と増えていった。

 500年が経ち、植人種達も一億人を超えて宇宙に乗り出し始めた。

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銀河戦記/脈動編 第五章・それぞれの新天地 Ⅱ
2022.01.08

第五章・それぞれの新天地 





 到着当初の騒動も沈静し、本来業務が順調に滑り出す。

 水源の調査確保と水道設備の建設。
 居住家屋の建設。
 良質な耕作地の選定。
 牧畜用の農場作り。

 生きていくのに必要なものが造られてゆく。

 順調に開拓が進んでいた……かのように思えた。
 ところが、三か月ほど経って体調不良を訴える者が続出したのだ。

 そのほとんどが、最初は軽い咳から始まる。
 やがて咳は酷くなっていき、喘息のような絶え間ない激しい咳、呼吸不全や呼吸困難に陥る。
 インフルエンザや肺炎のような感染症ではないかと疑われた。

 肺のレントゲンを撮ってみると、画像には網目状や蜘蛛の巣状の影が映り込んでいる者が多かった。
 医者は、
「間質性肺炎か胸膜炎かな……」
 という診断を下して、ステロイド剤や抗線維化薬(こうせんいかやく)などを処方されるも、症状は一向に良くならず悪化の一途。

 多くの者が倒れゆき、病床は一杯になって、廊下に並べられるようになった。

 遂に死亡者が出た。
 死因は心筋梗塞と思われたが、さらなる原因を調べるために、病理解剖が行われる。

 手術台に乗せられた検体にメスが入れられる。
 腹を切り開くが、そこには異常は見当たらない。
 続いて胸部の切開に入る。
 皮膚を割き、ろっ骨を電動鋸で切り開く。
 執刀者の目に飛び込んできたのは……。
「な、なんだこれは!」
 肋骨と肺の間には、壁側胸膜と臓側胸膜があり、その隙間/胸膜腔は漿液で満たされて呼吸時に摩擦を和らげる作用があるのだが……。
 漿液のある空間が、何かでびっしりと詰まっていた。
 壁側胸膜を切り開いて調べてみる。
「植物の根だ!」
 植物の根が、葉脈のように肺を覆っていた。
「レントゲン撮影で、網目状の影が映っていたのはこれか!」
 根の一部が心臓に達して、冠状動脈に入り込んでいた。
「この根が心筋梗塞を引き起こしたのか……」
 さらに根をかき分けて、臓側胸膜を切り、肺を切り開くと、
「うひゃあ! こりゃひどいな……」
 肺の内側は完全に植物の根で覆われていた。

 植物の根を取り出して鑑定してみると、シダ植物のものだと判明した。
「どうやら……このシダ植物の胞子を吸い込んでしまうと、肺の中で発芽して体内の栄養分を吸収して成長するようだ。まるで冬虫夏草だな……」

 この冬虫夏草に侵された者は、仲間の三分の一に及んでいた。
 日頃からマスクを着用している医者・生物学者などや、虚弱体質で外出しない者などが、正常でいられただけだった。

 このままでは全滅する。

 探索艇は着陸時に故障して、再び宇宙へは逃げられない。
 何とかして、この星で生き延びる手段を考えなければならない。

 対処法が考えられた。

1、まずは船内に入り込んだ胞子の完全除去。
 a、高性能のフィルターを使った換気装置の設置。
 b、出入り口には、ジェット噴流エアカーテンで外気の侵入を防ぐ。
2、船外に出る時は、胞子を吸い込まないように、完全防塵のマスク着用の義務化。
 a、帰還時には、衣服を脱ぎシャワーを浴びてから、別の新しい衣服に着替える。
 b、脱いだ衣服は、洗濯滅菌処理する。
3、胞子の発芽を抑制し、成長を阻止して枯れ死させる人畜無害の薬剤の開発。
 a、喘息治療薬のように吸引タイプのもの。
 b、注射もしくは点滴による静注タイプ。

 しかし、すでに感染が進行している者は、手遅れで対処法も効果がなかった。
 喘息発作や肺栓塞症、心筋梗塞などで次々と亡くなっていく。
 やがて皮膚から棘が出てきている患者もいた。
 調べてみると、その棘は植物の根であった。
 体内を巡っていた植物の根が、ついに皮膚を突き破って外に出てきたのだ。
 そうこうするうちに眼球の窪みから、小さな芽がでてきた者がいた。
「これはまずいな……」
 芽が成長して、胞子体が出来て胞子を撒き散らすようになったら大変だ。
 船内が再び胞子で汚染されてしまう。

 忍びないが、その身体を船の外に運んで埋葬した。
 数か月後、その身体はシダ植物となっていた。

 今になって気づいたのだが、この惑星の地上に動物がいなかったのもこれで納得することができた。
 肺呼吸する地上の動物は存在しえないのだ。
 魚が生存できるのは、海中には胞子は届かないからだ。

 このシダ植物は、動物の体内では栄養吸収して目覚ましく成長するが、湿ったジメジメした場所の土なら成長度は極端に遅くはなるが、単独で生育できて何とか植生を保つことができるようだ。
 単刀直入に表現すると、寄生もできるシダ植物ということである。


 寄生植物の存在のために、外へ出て働く者はいなくなった。
 耕作は中止され、備蓄された食糧で食いつなぐだけの生活が続く。
 食糧が底を尽きかけて、残り少ない食糧を巡っての争奪がはじまった。
 劣勢に立たされ飢えに苦しむ者が、死なばもろともとばかりに、換気扇のフィルターを取り外した。
 胞子を含んだ空気が船内に充満してゆく。
 突然の出来事に、胞子対策の余裕もなく全員が感染してしまった。

 次々と発症して倒れてゆく乗員達。

 最期の一人となった私は、この惑星にたどり着いた冒険者のために、警告の文書を残しておく。

 たった一人で生きていく気力はない。
 いつ発症して身体中を根っ子に乗っ取られるかは時間の問題。

 私は、自殺装置というものを作成した。
 ジャック・ケヴォーキアンが考案したタナトロンという装置に似ている。
 点滴装置に、チオペンタールなどの麻酔薬の入った輸液バック、高濃度塩化カリウムの入った輸液バックが吊るされている。
 スイッチを押すと、まず麻酔薬が点滴されて、一定時間後に昏睡状態となった後に、塩化カリウムが点滴される。眠っている間に心臓発作で死に至るのだ。
 装置に繋がった末梢(まっしょう)静脈留置カテーテルを、左腕に挿入して静に死が訪れるのを待つ。

 静かな時間が過ぎ去ってゆく。
 やがて眠りに落ちた私は……。


参考
 最近スイスでは、フィリップ・ニチケ:サルコと呼ばれる安楽死マシンが、法的に問題ないという見解を出した。薬物としてペントバルビタールナトリウムを使用する。
追記、その後問題ないというのは誤報であると発表された。

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