銀河戦記/鳴動編 第一部 第二章 士官学校 Ⅳ
2020.11.27

 第二章 士官学校


IV

 パトリシアは少し酔っていた。
 カクテルを飲みながら、隣のアレックスにもたれかかるように寄り添っている。
 あの日以来、アレックスとのデートを重ねてきて、すっかりうち解け合って酒の
出る場所にも同席する仲になっていた。
 はじめてのデートでは食事をして別れた。
 二度目には帰り際にファーストキスを奪われた。はじめての異性との接触であっ
たが少しもいやな感じはしなかった。
 三度目には強く抱きしめられて胸を愛撫された。
 デートを重ねるたびに、二人の絆が深くなっていく。いずれ行き着くところまで
行くのは明らかであった。それも運命かも知れないと思っていた。
 パトリシアは、アレックスになら自分の身体を捧げてもいいと思っていた。
「バーでお酒を飲みたいな」
 といって、自分の方からアレックスをバーに誘ったのである。お酒を飲むことで、
自分に勇気を与える意味もあった。
「少し、暑いわ」
「外に出よう。少し風に当たるといい」
 アレックスが、ふらつくパトリシアの身体を抱き寄せるようにして外へ連れ出し
てくれる。
 高台にある静かな公園にきていた。眼下には宇宙港が広がっており、時折真っ赤
な炎を撒き散らして空高く舞い上がっていく様がよく見える。軌道上にある宇宙ス
テーションに向かう連絡艇である。
 それらがよく観察できる一番の場所にアレックスは車を止めていた。車の助手席
に座るパトリシア。
 開いた窓から冷たい風が入って気持ちがいい。
 アレックスの顔が覆い被さってくる。パトリシアはそっと目を閉じる。唇を吸われ、
服の上から胸を愛撫される。パトリシアはなすがままにされていた。やがてスカー
トの中にアレックスの手が滑り込んできてショーツに手をかけた。
「ここじゃ、いや……」
 パトリシアは目を閉じたまま、アレックスの手をそっと振り払った。
 アレックスは身体を離して、車を発進させた。パトリシアはアレックスの横顔を見
つめながら、意図を察した彼がモーテルに車を乗り入れるのを確認した。

 モーテルの一室に入ると、すかさずアレックスが抱きしめて唇をふさいだ。
 長い抱擁が続いた。
 アレックスの手が背後に回る気配がしたかと思うと、ワンピースの背中のファス
ナーを降ろしはじめた。
 やがてパサリと床に落ちるワンピース。
 異性の前ではじめて下着姿を見られているのかと思うと身体が微かに硬直してい
くのがわかった。
 アレックスが唇を放して口を開いた。
「ベッドにいこう」
 パトリシアはアレックスの両手に抱きかかえられてベッドに運ばれた。
 ベッドに横たえられる下着姿のパトリシア。
 アレックスが脇に入ってきて、ブラが外されショーツが引き降ろされた。
 パトリシアは生まれたままの裸の自分に注がれる熱い視線を感じていた。
「いいんだね?」
 アレックスはやさしくささやいた。
「わたしのこと、好きですか?」
「ああ、誰よりもね」
 その言葉に答えるように、パトリシアは黙って目を伏せるのだった。

 パトリシアが宿舎に戻ったのは、八時の門限から三時間も遅れた午後十一時であ
った。 パトリシアを出迎えた寮長は言った。
「あなたが門限を遅れるなんてはじめてね」
「はい」
「正直に言って頂戴。彼と一緒だったのね?」
 寮長は毅然とした表情をしてはいたが、その声はやさしかった。
「はい……」
「わかったわ。今回は特別に許してあげる。でもこれっきりよ」
 優等生で何かにつけて、寮長の手助けをしてくれていたパトリシアだからこその
配慮であったのだろう。
「今回ははじめてだからしようがないかもしれないけど。今後も女性が門限を破ら
なければならないような立場に追いやることになっても少しも省みない男性は、き
っぱりとわかれなさいね。そんな奴は、女性の身体だけが目的なんだから」
「わかりました」

 自室に引き込んだパトリシアは、今日の出来事を思い起こしていた。
 アレックス・ランドール。
 自分の処女を捧げた男性として、一生忘れることはないだろう。
「結婚したいな……」
 パトリシアは、将来の夢を思い描いていた。愛する人と結婚して一緒に暮らし、
子供を産んで育てるという、ごく普通の女性なら誰でも願うことであった。士官学
校において席次首席という優秀な成績を持つ彼女も、一人の男性の前ではただの女
性でしかないことを。いつかきっとその希望がかなうことを祈りつつ眠りに入るパ
トリシアでった。

 翌日。
 アレックスに顔を見られると恥ずかしいという思いで、何となく士官学校に出る
のがためらわれたが、行かないわけにはいかなかった。
 その日の授業を終えて早速いつものように第一作戦資料室へ向かう。
「パトリシア!」
 突然、アレックスの叱責が飛んだ。
 昨日の思いが込み上げてきて、アレックスとの話しを上の空で聞いていたのであ
った。
「は、はい」
「念のために言っておくが、僕は公私混同はしたくない。休日とかには君と恋人で
ありたいし一緒にいたいと思うが、公務にあるときはあくまで指揮官と副官の、或
は先輩と後輩のそれ以上ではない。そこのところを間違えないでくれたまえ」
「す、すみません」
 アレックスの強い口調に、自分の甘えにも似た考えがあったのを反省した。
 パトリシアは気分を切り替えるように深呼吸をした。
 アレックスはやさしく見守るように微笑んでいた。
「どう、大丈夫かい」
「はい、すみませんでした。もう大丈夫です」
「よし……早速はじめるよ」
「はい」
「例のコンピューター技師の選定は済んだかい」
「情報処理部のレイティ・コズミックが適任かと思います。彼は、コンピューター
ウィルスのワクチンを開発するのが専門ですが、逆も得意で、誰にも発見されない
ようなウィルスを開発し忍び込ませることができると自慢しています」
「レイティか……次の会議には彼を呼んでおいてくれないか」
「わかりました」
「よし。今日はこれくらいにしようか」
「はい」
「じゃあ、帰りは送るから喫茶店にでも寄ろうか」
「え?」
「だからさ。これからの時間は公務を離れた私の時間だよ。恋人同士に戻る時間さ」
 といってパトリシアの頬に軽くキスをして、その肩を抱いてエスコートしてゆく。
「切り替わりが早いのね」
「何事も、公私はきっちりと区別しなくてはね」

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2020.11.27 11:40 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二章 士官学校 Ⅲ
2020.11.27

 第二章 士官学校




 パトリシアが学生自治会室に戻ると、窓際に腰を降ろして空を仰ぎ見ている人物
がいた。
 その瞳は、エメラルドのように澄んだ深い緑色をしており、褐色の髪がそよ風に
なびいていた。一目見て、パトリシアは彼が、アレックス・ランドールであること
にすぐに気がついた。
「やあ。君が、パトリシアかい?」
 とパトリシアの入室に気がついて振り向いた彼が尋ねた。
「そうですけど。ランドールさんですね」
「その通り……といっても、僕がランドールであることは、一目瞭然だろうけど。
ともかく僕の副官に選ばれたという人物を拝見したくてね」
 パトリシアは、スベリニアン校舎に来て三年になるが、この緑色の瞳をした人物
と面と向かって対話したのは、はじめてであった。これまでに戦術シュミレーショ
ンや、通路ですれ違い様にこの緑色の瞳の人物と出会いはしたが、遠めに眺めるこ
とはあっても対面して会話したことはなかった。彼の噂に関しては、彼の同僚でパ
トリシアの先輩であるジェシカ・フランドルから聞いて、ある程度は知らされてい
たが。
「しかし、副官が君のような美人だなんて光栄だな。アレックスと呼んでくれ」
 彼は右手を差し伸べてきた。
「あら、おせじがお上手ね。パトリシアです」
 パトリシアはその手を握りかえして微笑んだ。

 数日後、パトリシアは街に出てウィンドウショッピングを楽しんでいた。玉虫色
に輝く神秘的なブルーのシフォンシャンブレークレープ素材ワンピースドレス。プ
リーツスカートの細かなひだが風にそよいで揺れている。クリーム色の靴を履き、
黒皮にゴールドチェーンのハンドバックを小脇に抱えて、ウィンドウの中の商品を
品定めしていた。
 肩を叩いて声を掛けるものがいた。振り返ると微笑みながら背後に立っているア
レックスがいた。
「あら、アレックス」
「君一人?」
「ええ」
「恋人はいないの? せっかくの休日なんだろ?」
「いませんわ。誘ってくれる人がいなくて」
「君のような美しい人に、恋人がまだなんて、信じられないな。もしかしたら、と
っくに決まった人がいると思って、誰も声を掛けないのかもしれないね」
「そうでしょうか」
「そうだよ。きっと。よし、今日は、僕と付き合ってくれないか」
 といってパトリシアの手を引いて歩きだすアレックスであった。
 数時間後、レストランで食事をとる二人がいた。
 テーブルに対座して、談笑している。
「君っておしゃれなんだね」
「そ、そうですか」
「しかし、本当に恋人はいないの?」
「いません」
「そうか……じゃあ、恋人に立候補してもいいかな」
 といってアレックスはパトリシアをじっと見つめなおした。
「そんな……」
 パトリシアは赤くなって恥じらんだ。
 彼女は成績こそ優秀で常に首席を維持しているが、男性との交際では何も知らな
い初な女性であった。


 数日後、パトリシアは、アレックスから第一作戦資料室に呼び出された。
 正式に模擬戦の作戦会議がはじめられたのである。
 当日の参加者はパトリシアの他は、ゴードン・オニール、ジェシカ・フランドル、
スザンナ・ベンソンといった、アレックスが親友と認め、その才能を高く評価して
信頼している人物達である。
「事務局から、今回の模擬戦の作戦宙域が発表になった」
 アレックスがパトリシアに機器を操作させて、正面のスクリーンに作戦宙域を映
しだした。
「ここが、今回我々が作戦を行う、サバンドール星系、クアジャリン宙域だ」
 全員からため息のような声が発せられた。
「付近一帯の詳細な資料を、パトリシアに調べてもらった。先程配布したファイル
がそれだ。ご苦労だったね、パトリシア」
「どういたしまして」
「なんだ、やっぱりパトリシアに手助けしてもらったんだ」
「僕は、資料作りといった、細やかな作業は苦手でね」
「でしょうねえ」
「とにかく、資料を充分検討して今後の作戦立案に役立ててほしい」
「わかった」
「それでは、本題にはいるとするか」
 五人は、それぞれの役割分担からはじめて、今後の作戦遂行に必要な各種参謀役
の人選、おおまかなる作戦要綱をまとめていった。

 アレックス・ランドール=作戦指揮官
 ゴードン・オニール  =作戦副指揮官
 ジェシカ・フランドル =航空参謀
 スザンナ・ベンソン  =旗艦艦長
 パトリシア・ウィンザー=作戦参謀

 これらの役割が、第一回目の作戦会議で決定された。
 中でも、三回生であるパトリシアが作戦参謀という重要な幕僚に着任することに
なったのは、彼女の先輩であるジェシカの強い推薦があったからである。
 数時間後。
「よし、今日のところはこんなところでいいだろう」
 アレックスの発言で、作戦会議は終了した。
 席を立った五人は、資料を片手に作戦会議室を退室し、次の予定の目的地へと四
散していく。
「あ、ちょっとパトリシア」
 ジェシカと一緒に帰ろうとしていた彼女を、アレックスが呼び止めた。
「はい。何でしょうか」
「ついでといっちゃ、なんだが、パトリシア。ジャストール校のミリオンについて
詳細な資料を集めてくれないか」
「ミリオンといいますと、ミリオン・アーティスですか?」
「そうだ。知っているのか?」
「ええ、まあ。ジャストール校では、百年に一人出るか出ないといわれる神童とま
で称される逸材で、戦術シュミレーションでは常に圧倒的成績で勝利を続けている
そうですから」
「って、それくらいなら誰でも知っているわよ。アレックス。わざわざ、知ってい
るかと確認することはないわよ」
「そうかなあ……僕は、ジャストール校のことを調べなきゃならないってんで、つ
い昨日その名前を知ったばかりなんだ」
「呆れた! そんなことで、よくもまあ指揮官に選ばれたものね。先行き不安だわ」

「しかし、ミリオンを調べて実際の戦闘に役に立つのですか?」
「敵の指揮官の素性を知る事は作戦の第一歩じゃないか」
「指揮官? ジャストール校側の指揮官はまだ発表されていないじゃない。第一、
ミリオンは三回生よ。指揮官には、速すぎるのではないかしら?」
「そうとも限らないよ。例えば、うちだって副官にパトリシアが選ばれているくら
いだから。あのミリオンなら充分有り得るさ」
「まあ、あなたが、そうまで言うのなら。パトリシア、調べてあげなさい」
「はい。わかりました」
 パトリシアにとって、ジェシカは一年先輩であり、士官寮では昨年までの二年間
同室となっていた。戦術理論などの実践について、手取り足取り教えてもらった経
緯もあって、ジェシカに対しては従順であった。
「その中でも特に、性格的な特徴が知りたい」
「性格ですか」
「短気だとか、好みの色とかなんでもいい」
「わかりました。でもそんなことが役に立つのですか?」
「もちろんさ。それから……ジェシカには、このメモにあるものを手配しておいて
くれないかな」
 とアレックスが、ジェシカに手渡したメモには次のようなものが記されていた。

 迫撃砲、催涙弾、煙幕弾、麻酔銃……

「何よこれ……」
「もちろん白兵戦用の道具さ」
「白兵戦?」
 二人は驚いた。模擬戦は艦隊戦なのである。
 それなのに……。
「何も聞かずに集めてくれないかな」
「かまわないけど、時間がかかるわよ。士官学校では、手に入れにくいものばかり
だから」
「わかっている。だから、早めに依頼しておくのさ」

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2020.11.27 07:06 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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