銀河戦記/鳴動編 第一部 第五章 独立遊撃艦隊 Ⅳ
2020.12.17

第五章 独立遊撃艦隊




 サラマンダー艦橋の指揮官席に陣取るアレックスと、そのすぐ側に立つパトリシア。
「全艦。出航準備完了しました」
「よし、行くとするか」
「行きましょう」
 目の前の指揮パネルに手を伸ばすアレックスだが、その動きを止めしばし考え込んでいた。そして、意を決したように、背後に待機しているパトリシアを呼んだ。
「ウィンザー少尉」
「はい」
「君が、出航の指揮をとりたまえ」
「え……? は、はい。わかりました」
 一瞬躊躇するパトリシアであるが、上官の命令は絶対である。
 立ち上がったアレックスの代わりに指揮官席に腰を降ろし、深呼吸してから指揮パネルを操作した。するとスピーカーから戦術コンピューターからの音声が返って来た。
『戦術コンピューター。貴官の姓名・階級・所属・認識番号をどうぞ』
「パトリシア・ウィンザー少尉。独立遊撃艦隊副官。認識番号 A2B3-47201」
『パトリシア・ウィンザー少尉を確認。指揮官コードを入力してください』
 アレックスから伝えられた副官に与えられる指揮官コードを入力するパトリシア。
『指揮官コードを確認。パトリシア・ウィンザー少尉を指揮官として認めます。ご命令をどうぞ』
 艦艇を動かすには、オペレーターに指示して発動する場合と、自動運転で各艦の制御コンピューターにまかせる場合とがあるが、どちらにしても実際に艦を動かすのは、制御コンピューターである。そして各艦の制御コンピューターを統制運用するのが、旗艦にある戦術コンピューターなのである。指揮官コードを入力しなければ各艦の制御コンピューターは作動しないようになっている。つまり指揮官不在では艦は動かないということである。
「パトリシア・ウィンザー少尉である。少佐の命令により、部隊の指揮をとる。これより全艦に対し、本作戦に使用する艦隊リモコン・コードを発信する。確認せよ」
 発言と同時に指揮パネルを操作するパトリシア。
 艦隊リモコン・コードは、艦隊を組んで整然と航行する際に艦と艦の異常接近を回避したり、往来撃戦で敵味方入り乱れて戦う時に同士討ちを避けるためや、誘導ミサイルの敵味方識別信号としても入力されるものだ。特に、全艦一斉にワープするには、ワープタイミングを旗艦に同調させなければ、ワープアウト時に艦同士の衝突が避けられない。いくらドッグファイトを公言していても、まったく使用しないというわけにはいかないのだ。
 正面のパネルスクリーンには各艦の位置を示す赤い光点が点滅している。それが次々と青い点灯に変わって、各艦が艦隊リモコン・コードを確認したことを現していた。
「指揮官。全艦、艦隊リモコン・コードを確認。発進準備完了しました」
「よろしい……」
 パトリシアは背後の副指揮官席に着席したアレックスに視線を送り、静かに頷いたのを確認して、改めて部隊に指令を発令した。
「では、これより、訓練航海に出発します。全艦、手動モードで微速前進」
 すぐさまパトリシアの指令を全艦に伝達するオペレーター。
「全艦、手動モードにおいて微速前進せよ」
 その指令は各艦において反復伝達されていた。
「手動モード!」
「微速前進」

 一方ゴードンも、副司令官として自分に与えられた全部隊の三分の一相当の配下の艦隊に対して、準旗艦「ウィンディーネ」上から指令を伝達していた。
「サラマンダー艦隊の初陣だな……君がまとめあげた艦隊のね」
 と傍らのレイチェルに話し掛けるゴードン。
「さっきから緊張しっぱなしです」
「まあ、子供を送り出す。母親の気分というところかな」
「はい」
「よし。全艦手動モードにて微速前進」
 くしくも彼が口にしたサラマンダー艦隊という呼称は、やがて連邦を恐れさす代名詞として使われることになるとは、この時点で誰が予知できただろうか。

 もう一人の副司令官ガデラ・カインズ大尉は、準旗艦「ドリアード」上にいた。
 彼は、再編成前の旧第六部隊からの引き継ぎであった。本来自分が司令になるはずだった部隊に、新参者の十歳年下の司令官がやってきたことで、アレックスに対する心象はあまりよくなかった。全艦ワープを実行する時以外、艦隊リモコンコードを使わない作戦に一番最初に反対したのも彼である。しかし、軍規には逆らうことのできない根っからの軍人気質で、たとえ年下であれ上官であるアレックスがひとたび命令を下せば素直に従っていた。

 高速軽空母「セイレーン」に坐乗するジェシカ・フランドルは、アレックスの部隊の航空参謀兼空母攻撃部隊長として艦載機運用の全責任を任されていた。
 艦載機発進デッキの映像がモニターに映しだされる。モニターを背に戦闘員達に指示を出しているジミーの姿があった。
「班長、航空参謀がお呼びです」
 オペレーターの声に気付いて振り替えるジミー。
「ああ、これはこれは航空参謀殿。艦載機の発進準備は万端整っております」
「どうです、戦闘員の士気は」
「上々です。皆張り切っております」
「そうですか。戦闘員には新兵も多くいます。十分訓練を重ねて、安心して実戦に臨めるようにお願いします」
「まかせておいてください」
「よろしくたのみますよ」
「はっ」
 ジミーが敬礼したところで、モニターは切り替わり、パトリシアの映像に変わった。
「丁度よかった。こっちの準備は整ったわ。いつでも出られますと司令に伝えて」
「わかりました」
「ああ、パトリシア」
「はい」
「士官学校と違って実弾による戦闘訓練よ。あなたには初めての経験になるわね。頑張りなさい」
「はい。先輩」
 ジェシカは軽くウィンクを送ると通信を切った。
 一方のパトリシアは、通信が終了しても、しばし映像の消えたパネルを見つめていた。感慨深げといった表情だ。
 そんなパトリシアを見つめるアレックスも、はじめての戦闘訓練に参加する心境を察知して、やさしい表情をしていた。

「戦闘訓練座標に到着しました」
 航海長のアイリーン・アッカーソンが進言する。
「ようし。いってみるか、パトリシア交代だ」
「はい」
 モニターから目を離し、アレックスの方に向き直って明るい表情で答えた。
 通常航行ならともかく、訓練とはいえ戦闘指令となると、パトリシアにはまだ無理である。
 席を外してアレックスに譲るパトリシア。
「ごくろうだった。上出来だったよ」
 ねぎらいの言葉を交わして指揮官席に座るアレックス。
「アレックス・ランドールである。全艦に発令。これより戦闘訓練を開始する。第一級戦闘配備だ。艦載機全機発進準備せよ!」
 艦内の照明が一斉に警告灯に替わり、けたたましくベルが鳴り響いた。
 艦内を右往左往しながら戦闘配備の指令にたいして行動を開始する隊員。居住区からも待機要員の隊員が飛び出し受け持ちの戦闘装備に向かって駆け出している。

 空母セイレーンでもジェシカからの指令直下、全戦闘員がそれぞれの戦闘機に搭乗して発進準備に入っていた。
「艦載機全機発進」
 艦載機発進デッキでは、戦闘機がつぎつぎと発進を開始し、艦隊の周辺に展開をはじめる。
 旗艦サラマンダーの艦長スザンナ中尉の元には戦闘配備状況の報告が次々に伝えられてくる。
「第一砲塔、戦闘準備完了しました」
「高射機関砲。戦闘準備よし」
「艦首ミサイル発射管準備よし」
「機関部、総員の配置を完了しました。戦闘速度三十七宇宙ノットまで可能。原子レーザービーム砲の出力ゲインは八十五パーセントで、発射タイミングは零・七秒間隔。連続掃射限界は三分、再充填所要時間は七分です」
 スザンナ艦長が立ち上がって報告した。
「司令。旗艦サラマンダー、戦闘準備完了しました」
「よし! そのまま待機せよ」
「はっ」
 なおも続々と各艦より戦闘準備完了の報告が続いている。
「さすがに、スザンナだな。戦闘準備完了までたった二分四十五秒だ。規律の行き届いた良い艦だ。旗艦にふさわしい」
「こちら、ジェシカ・フランドル。艦載機の展開を完了しました。いつでも出撃可能です」
 すべての艦艇からの戦闘配備の報告を受けて、
「全艦、戦闘準備完了しました!」
 スザンナ・ベンソンが声高らかに進言する。

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2020.12.17 16:44 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第五章 独立遊撃艦隊 Ⅲ
2020.12.16

第五章 独立遊撃艦隊




「しかしいくら最速のエンジンと最強の火器を有していても、艦隊決戦となった時に困りますよ」
 パトリシアが危惧する通り、艦隊リモコンコードは艦隊が一連の運行をするには非常に大切なシステムである。各艦がリモコンコードを旗艦に同調させることによって、旗艦に対してそれぞれが常に一定の間隔できれいに並んで進行することができる。進路変更や退却といった命令もリモコンコードに載せて旗艦から発信すれば、全艦が一度に整然と行動できるというわけである。リモコンコードによって運行する限り、艦と艦が接触事故を起こしたり、艦が戦闘宙域の中で作戦行動を誤ったり迷子になったりすることはあり得ないのである。
「まさか……」
 パトリシアは口に出しかけた言葉を飲み込んだ。
「そのまさかさ。我が部隊では艦隊リモコンコードは一切使用しない」
「やはり、艦隊ドックファイトをなさるおつもりなんですね。二百隻の部隊で」
「僕は正攻法は苦手でね。奇襲を主戦法としたゲリラ戦が信条だからな」
「連邦の聯合艦隊をやったときのように」
「ああ」
「それ以前に、士官学校の模擬戦でも使われましたわね」
「まあ、何とかやってみるさ。パトリシア、旗艦についたら各編隊長を呼び寄せてくれないか」
「はい」

 旗艦サラマンダーに舟艇が到着する。
 到着デッキには副長以下の者が待ち受け、アレックスの乗艦を歓迎した。
「お待ち申しておりました」
「うむ……」
「艦長他全員乗艦を完了し配置に就いております」
「よろしい」
 一行は艦橋へと歩き始める。
 随行のほとんどが、最新鋭戦闘艦サラマンダーの最新設備に目を輝かせることとなる。
「さすがですね。これが廃艦寸前だったとは信じられません」
「艤装などの設備はトリスタニアの技術の最高峰を寄せ集めたものだ。がしかし、それだけにそれらを統括運営するコンピューターまでは配慮が行き渡らなかった。【仏作って魂入れず】というところだな」
「で、コンピューターを再設計しソフトを開発するよりも、まるごと作り直したほうが手間も時間も、そして製作費も掛からないだろうということですか」
「そういうことだな」
「ならばどうして、そんな木偶の坊(でくのぼう)が今こうして我が部隊に?」
「開発設計課のフリード・ケイスンを召喚したのさ」
「あの天才科学者ですか?」
「そうだ。奴に不可能の文字はない」

 アレックスが艦橋に入室すると、中にいたものが一斉に振り向いて敬礼し、自分達の新司令官を出迎えた。新生の艦隊を指揮統合する中枢である旗艦艦橋にふさわしく、全員が生き生きと活気にあふれた表情をしている。もちろん全員女性士官で士官学校の同期生達である。
「司令官殿。艦橋勤務の方々は全員女性みたいですね」
「その通りだ。いってみればハーレム状態というところかな」
「ん、もう……」
 と呟いたかと思うと、アレックスの腕を軽く抓るパトリシアだった。
 アレックスは指揮官席に陣取ると、指揮パネルを操作して、全艦放送を行った。
「独立遊撃部隊司令官、アレックス・ランドール少佐である。部隊は六時間後に訓練航海に出発する。それまでに全艦万全な体制を整えておくように。以上だ」

 旗艦サラマンダーの作戦室。
 パトリシアからの伝令によって集まった各編隊長達。
「冗談じゃない。艦隊リモコンコードを使用せずに戦闘をするなんて自殺行為です。不可能な指令です」
 開口一番反対意見を述べたのは、副司令官のガデラ・カインズ大尉であった。
 一同はアレックスからの指令を受けて驚愕の色を隠せなかった。
 ただアレックスの少尉時代からの配下のものだけは例外だった。すでに艦隊ドックファイトの訓練と実戦を経験しており、その戦法によってそれぞれ昇進を果たしたからだ。ゴードン・オニール大尉の他、中尉となった七人の編隊長がそうである。
「訓練もしないうちに不可能とは何事か。現に我々は、ランドール戦法で敵艦隊に大打撃を与え、こうして生きてここにいるじゃないか」
 参謀を務めるゴードンが答えた。
「参謀殿。十数隻での作戦と、二百隻からの大部隊での作戦とではおのずから限度というものがあります」
「そうです。あの作戦は、小編隊だったからこそ可能だったのです」
「何をいうか。やりもしないで」
「司令のとられた作戦は、ランドール戦法と命名され、来年度の士官学校では正規の戦術として講義されることになっているのだ」
「ともかく指令は変えるつもりはない。ゴードン以下のミッドウェイ宙域会戦に参加した編隊長を中心にして訓練航海に出発する」
 実際にランドール戦法を戦い抜いて、戦局を大きく同盟側に有利に導いた英雄達を前にしては、結局従わざるをえない状況にあった。
「作戦開始時間は、明日の十時。以上だ、解散する」
「はっ」
 全員起立して敬礼をしてから退室をはじめた。
「パトリシア」
 アレックスは、パトリシアを呼び止めた。
「なにか」
「君に作成してもらった戦闘訓練のマニュアルなんだが、いま少し手を加えたいことがある。夕食までに仕上げておくからそれを各編隊長に配信しておいてくれないか」
「かしこまりました」
「君の作成したマニュアルはなかなか良いできだよ、感心した」
「おそれいります。しかし、手を加えたいというのは、どこがいけなかったのでしょうか」
「うん。君の作戦では艦隊リモコンコードで行うぶんには申し分ないのだが、手動モードで行う際の将兵達の動揺や緊張にたいする配慮が足りない。ミスを犯しても十分修正ができるような余裕を持たせておかないと、取り返しのきかない事態に陥ってしまう」
「申し訳ありません。以後気を付けます」
「艦隊を動かすのはコンピューターではなく人間であることを忘れてはいけないよ」
「ありがとうございました」
「うん。それではまた後で」
「はい」
 パトリシアが敬礼して退出した後、手元の書類に目を通すアレックス。

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2020.12.16 05:58 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第五章 独立遊撃艦隊 Ⅱ
2020.12.15

第五章 独立遊撃艦隊




 その翌日。
 宇宙空港より、独立遊撃部隊の将兵達を乗せた舟艇が一斉に発進し、大気圏上空へ向かっていた。
 大気圏を離脱した舟艇の前に、軌道上に待機する二百隻の艦艇が現れた。巡航艦と駆逐艦を主力にして、軽ミサイル艦、高速軽空母などが従っている。
「あれが、我々の乗り込む旗艦サラマンダーだ」
 アレックスは舟艇の窓に映る艦影を指差した。
 そこには、艦船の中に伝説上の火の精霊であるサラマンダーの絵を配した艦が一隻、部隊の中心ほどの位置に浮かんでいた。ハイドライド型高速戦艦改造II式、独立遊撃艦隊旗艦「サラマンダー」である。それを取り囲むように「ウィンディーネ」「ドリアード」「シルフィー」「ノーム」と、水木風土を象徴する精霊の名を与えられた同型艦四隻が追従していた。それぞれにゴードン・オニール大尉、ガデラ・カインズ大尉、レナード・エステル中尉、カール・マルセド中尉が指揮官として乗艦することになっている。カインズ大尉を除いて、ミッドウェイ宙域会戦でアレックスの部下だった有能なる指揮官達である。
 長期の宇宙航行には重力と宇宙線の問題が避けて通れない。共和国同盟軍は女性士官が全体の三割に達するので、彼女達の健康を損なわないように居住ブロックを設置して、宇宙線を通さない特殊隔壁と重力場の確保がなされている。女性士官はこの居住ブロック内にある、第一艦橋・通信管制指令室・病院などの施設勤務が原則で、無重力の機関部や戦闘ブロックへの立ち入り禁止。すべてにおいて子供を産み育てる女性が優先となっており、男性には冷遇されている。無重力の影響でどんなに骨格からカルシウムが溶出し筋肉が削げ落ちても、おちんちんさえ立てば男としての本分はまっとうできるが、妊娠・出産という命がけの仕事がある女性はそうはいかないからである。
 重力を発生させるには、船体の一部に回転モーメントを与えればよい。回転軸と進行方向を一致させれば船体は安定はするのだが、見た目が悪いのと戦闘艦には不利益となるので、亀の甲羅状の円盤型とし、高速性能を発揮できるようにする。
(亀の甲羅とはいったが、本来は空中を滑空する翼竜がデザインのもとである)
 ただこの場合問題になるのは、円盤部分のトルクに引きずられて船体自体も回ってしまうという障害がおきる。まさかヘリコプターのようなローターを取り付けるわけにいかないので、どうするか。そこで、円盤部分の内周・外周を逆回転させることによって、トルクを正逆打ち消し合わせるデザインにした。円盤部は二層構造になっており、外層は宇宙線の遮断と隔壁の役目を果たし、超流体ヘリウムに浮かぶように内層の居住ブロックがゆっくりと回転している。
 なおこの円盤部は、本体から切り離して補助エンジンにより独力航行が可能。

 そんなサラマンダーの雄姿を目にして、パトリシアが確認した。
「あれは、ハイドライド型高速戦艦改造II式ですね」
 博識なパトリシアだけあって一目で艦種をあててみせた。
「そうだ」
「改造II式は五隻試作されましたが、エンジン制御コンピューターの設計ミスが判明して、すべて廃艦になる予定ではなかったのですか?」
「あえてその五隻をこっちに回してもらったのだよ。改造II式のエンジンは、性能的にはずば抜けている反面、その制御がかなりシビアで、コンピューターの設計をやり直すよりも、新型艦を設計したほうが資金と時間の節約になるということで、廃艦にされることになったものだが」
「よく手当てできましたね」
「まあな、レイチェルのおかげさ。補給編成部局に友達がいるらしくて、手を回してもらった」
「ふーん。レイチェルさんがね……にしても大丈夫でしょうかねえ」
「制御コンピューターの設計ミスといっても、主に艦隊リモコンコードに関する部分であって、艦を単体で動かす分には支障は起きない。何といってもエンジンの性能はずば抜けて素晴らしいんだ。戦艦クラスでは連邦・同盟の中でも最高速だといわれる。もったいないじゃないか。それより何よりも、搭載している原子レーザービーム砲だ」
 同盟の各艦に搭載される主力兵器は、光子ビーム砲・イオンプラズマ砲・プロトン砲などがあるが、粒子をビーム状にして放出することから総称して粒子ビーム砲と呼ばれている。それぞれに特徴があり、駆逐艦などの小型艦に搭載される低出力ながらも長射程の光子ビーム砲、戦艦搭載の高出力だが短射程の陽子砲、その中間に位置するイオンプラズマ砲である。
 原子レーザービーム砲は、ハイドライド型高速戦艦改造II式の五隻の同型艦のみに搭載された最新型のビーム砲である。ある種の原子を絶対零度に近い極超低温状態にさらした時、原子の固有振動の波長と位相が均一にそろって、いわゆるレーザー状態を呈してくる現象を利用している。レーザーとしての性質を持つに至った原子をビーム状に増幅収束して射出する兵器である。
 通常のレーザーがフォトン(光子)であるのにたいし、重粒子である原子を利用するためにエネルギー効果値は桁違いに大きく、その破壊力はすさまじい。なおかつレーザー特有のエネルギー減衰ロスが小さく拡散しないので、光子ビーム砲並みの長射程を誇っている。通常の光子ビームを跳ね返すビームシールドを貫いて敵艦を破壊するために開発されたものである。
 原子レーザーを可能にする、極超低温状態にある原子がとる特異現象は、地球歴二十世紀前半において、インドの物理学者ボーズの理論をもとにアインシュタインが予言したもので、両者の名をとってBEC(ボーズ・アインシュタイン凝縮)と呼ばれており、1997年1月27日、MIT(マサチューセッツ工科大学)において最初のレーザー発振実験に成功している。

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2020.12.15 10:36 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第五章 独立遊撃艦隊 Ⅰ
2020.12.14

第五章 独立遊撃艦隊




 レイチェルの献身とも思える仕事ぶりによって、第十七艦隊所属独立遊撃部隊はとうとう再編成を完了して、部隊として正式に始動することとなった。
 軌道上には二百隻からなる艦隊が集結し、続々と乗組員が搭乗してやがて出動することになるその日のために訓練が繰り返されていた。それぞれの艦内では整備が進み、艤装は着々とはかどっていた。その陣頭指揮には第十七艦隊より派遣されてきた、ガデラ・カインズ大尉が任についていた。大尉はフランク・ガードナー中佐の配下で、信頼のおける優秀な将校ということで、アレックスも安心して任せられた。
 正式に遊撃部隊の司令官となったアレックスは、部隊の参謀として同窓のゴードン・オニール大尉を迎えた。彼も二階級特進で少尉から大尉になっていた。
 艦隊司令部に一室を与えられたアレックスは、ゴードンを呼び寄せて部隊の今後について協議することにした。レイチェルも一緒である。
「ところで司令官殿。我が部隊は独立部隊として、艦隊とは独立した作戦任務を与えられるそうですね。本当ですか?」
 レイチェルが、アレックスに敬意を払いながら尋ねた。
「ああ、本当だ。何せ急造の司令官だからな、他の部隊と連携させる作戦では士気統制がとれない、他の部隊司令官達から反対があったそうだ」
「簡単に昇進した人間にたいする嫉妬でしょうか」
「まあな。偶然の幸運に恵まれて昇進した司令官との共同作戦にはついていけないだろうさ」
「そうですね。何せ、司令官として艦隊を運用した実績がまるでないのですから。敬遠されてもしかたがないでしょう。くやしいですが」
「まあ、これは艦隊の士気に大いに関わる問題だからな。独立部隊ということにしておけば、作戦に失敗しても一部隊を失うだけだ」
「まるで信用されていませんのね」
「はは、そんなところだな」

 ドアがノックされた。
 三人はドアの方に振り向いた。
「入りたまえ」
 ドアが開き、見慣れた女性士官が入室してきた。
 こつこつと軍靴を響かせ毅然とした姿勢で歩み寄ってくる。
 やがてアレックスの手前に立ち止まり、踵を合わせ鳴らして敬礼し、自己申告した。
「パトリシア・ウィンザー少尉。本日付けをもって、ランドール司令の副官として着任いたしました」
「パトリシア!」
 アレックスとゴードンはほとんど同時に叫んでいた。
 しばし茫然としていた二人にたいして、
「よろしくお願いします」
 といってパトリシアはにこりと微笑んだ。
「何だ、君が副官に選ばれたのか。偶然だな」
「偶然もなにも、俺達と違って彼女は首席卒業で特待進級の少尉。独立遊撃部隊の旗艦艦橋勤務を志望すれば、当然副官に選ばれるのは当然じゃないか」
「悪かったな、中の下で。そうか……席次順で配属希望先が優先的に決められるんだったな」
「こうやって三人でいると、士官学校の模擬戦のことを思い出しますね」
「そういえば、そうだな。おっと、紹介するのを忘れるところだった」
 アレックスは、レイチェルをパトリシアに紹介した。
「こちらは情報参謀の、レイチェル・ウィング少尉。僕の副官を務めてもらっている」
「レイチェルです。よろしく」
「そしてパトリシア・ウィンザー少尉。同じく副官だけど、こちらは軍令部から派遣された正式な副官。そして僕の婚約者でもある」
「パトリシアです。よろしくお願いします」
 二人は、握手した。

「なあ、物は相談なんだけど」
 ゴードンが切り出した。
「なんだい」
「レイチェルを俺の副官にくれないか」
「レイチェルを?」
「パトリシアは、士官学校を首席卒業するほどの才媛だし、実績も模擬戦の時で知っての通りだよな。レイチェルもまた、独立遊撃部隊の再編成の仕事を見てもわかるように、その優秀さは保証済みだよ。何も優秀な副官を二人も独り占めすることはないだろう」
「別に独り占めしているつもりはないが……」
「そこでだ、パトリシアは君の奥さんだし、君のそばにいたくて配属希望で副官としてやってきたのを、無理に引き離すのは可哀想だ。だから、レイチェルのほうをね」
「私達、まだ正式には結婚していません」
「とはいっても、事実上の夫婦であるには違いなかろう」
「そうですが……」
 とアレックスのほうを伺って、彼が首を縦にするのを確認してから、
「はい」
 とパトリシアは答えた。
「とにかく、婚約者にとっては、素敵な女性が常時そばについていては、気が散って仕事にならんだろう」
「こじつけじゃないのか? レイチェルの獲得のための」
「そうかも知れんが、俺は彼女が欲しい」
 といってレイチェルを抱き寄せるようにした。
「わかったよ。レイチェル次第ということにしよう。どうだい、レイチェル」
 アレックスはレイチェルに二者選択の回答を求めた。
「あたしなら構いませんけれども。パトリシアが副官になるなら、あたしは必要ないと思います。名残惜しい気はしますけれど……」
「決まりだ!」
 ゴードンは小躍りして喜んだ。
「そういうわけで、レイチェル。今日までご苦労だった、感謝する。これからはゴードンの副官としてその才能を発揮してくれないか」
「はい。今までありがとうございました」
「ま、同じ部隊の参謀だから、いつでも会えるからさ」
「とにかく、二人ともよろしく頼む」
 アレックスは手を差し伸べた。
「はい」
 レイチェルとパトリシアは同時に答えてその手に自分の手を重ねた。
「さて、さっそくで悪いのだが、今回の作戦について協議したい」
「いきなりですか?」
「そうなんだな、これが」

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2020.12.14 09:10 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第十章 反乱 Ⅰ
2020.12.13

第十章 反乱





 銀河帝国首都星アルデランに近づく巡洋戦艦インヴィンシブル。
 近づいてくるのは、TV放送局の船である。
 皇太子殿下の坐乗する艦が、宇宙から皇族専用宇宙港に舞い降りるシーンを撮影
し演出する気概があるのだろう。
 事前に連絡を取って、撮影許可を取っている。
『ご覧ください。皇太子殿下のお乗りになられていますインヴィンシブルでござい
ます。既報の通りに、共和国同盟を解放し凱旋なされました』
 別の放送局も続く。
『ジュリエッタ皇女様のインヴィンシブル、マーガレット皇女様のアークロイヤル、
そして皇太子殿下の旗艦サラマンダーが仲良く並んでおります』
『あ、只今。アルデラーンに着御なされたアレクサンダー殿下が乗降口にお出まし
になられました』


 そんな皇太子ご帰還の模様を放送するTVを、苦虫を?み潰したような表情で見
つめる複数の目があった。
 どこかの貴族の館の一室で交わされる内輪の会話。
「たかが臨時の宇宙艦隊司令長官じゃないか。皇太子になったわけじゃない」
「ジョージ親王は、すでに皇太子として決まっていたのに」
「正式に認められたわけではない。今のうちに何とかしなければ」
 どうやらロベスピエール公爵につく摂政派と呼ばれる者達のようだ。


 皇室議会が開かれた。
 もちろん議題は、皇太子の継承問題である。
 議会としては、アレクサンダー王子が皇太子ということは決定事項である。
*参照 第七章 反抗作戦始動 XⅢ
 だが、摂政派の貴族を承諾させるまでには至っていない。
「エリザベス様が、公爵殿を説得なされたのだが、首を縦に振られなかったそうだ」
「公爵殿さえ納得して頂ければ、他の貴族も従って頂けるのだが……」
「ともかく、国民の側に立てば圧倒的にアレクサンダー王子だ」
「そうだな、共和国同盟を解放させたことで、軍事的才能も証明された。もしジ
ョージ親王を強引に立てたとすれば、国民暴動すら起きかねない」
「我が領土を侵略しようと虎視眈々と陰謀を巡らしている、バーナード星系連邦が
ある限り、ジョージ親王では容易く侵略されかねない」
 議員の中には、ロベスピエールの息の掛かった摂政派もいるのであるが、事ここ
に至っては自派の論を押し通すことは無理筋だろう。
「これ以上、議論の余地はないと思うがいかがかな?」
「そうだね。決を採ろうじゃないか」
 こうして、アレクサンダー王子の皇太子即位の儀式の日取りが決定した。

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2020.12.13 15:34 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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