銀河戦記/鳴動編 第一部 第五章 独立遊撃艦隊 Ⅲ
2020.12.16

第五章 独立遊撃艦隊




「しかしいくら最速のエンジンと最強の火器を有していても、艦隊決戦となった時に困りますよ」
 パトリシアが危惧する通り、艦隊リモコンコードは艦隊が一連の運行をするには非常に大切なシステムである。各艦がリモコンコードを旗艦に同調させることによって、旗艦に対してそれぞれが常に一定の間隔できれいに並んで進行することができる。進路変更や退却といった命令もリモコンコードに載せて旗艦から発信すれば、全艦が一度に整然と行動できるというわけである。リモコンコードによって運行する限り、艦と艦が接触事故を起こしたり、艦が戦闘宙域の中で作戦行動を誤ったり迷子になったりすることはあり得ないのである。
「まさか……」
 パトリシアは口に出しかけた言葉を飲み込んだ。
「そのまさかさ。我が部隊では艦隊リモコンコードは一切使用しない」
「やはり、艦隊ドックファイトをなさるおつもりなんですね。二百隻の部隊で」
「僕は正攻法は苦手でね。奇襲を主戦法としたゲリラ戦が信条だからな」
「連邦の聯合艦隊をやったときのように」
「ああ」
「それ以前に、士官学校の模擬戦でも使われましたわね」
「まあ、何とかやってみるさ。パトリシア、旗艦についたら各編隊長を呼び寄せてくれないか」
「はい」

 旗艦サラマンダーに舟艇が到着する。
 到着デッキには副長以下の者が待ち受け、アレックスの乗艦を歓迎した。
「お待ち申しておりました」
「うむ……」
「艦長他全員乗艦を完了し配置に就いております」
「よろしい」
 一行は艦橋へと歩き始める。
 随行のほとんどが、最新鋭戦闘艦サラマンダーの最新設備に目を輝かせることとなる。
「さすがですね。これが廃艦寸前だったとは信じられません」
「艤装などの設備はトリスタニアの技術の最高峰を寄せ集めたものだ。がしかし、それだけにそれらを統括運営するコンピューターまでは配慮が行き渡らなかった。【仏作って魂入れず】というところだな」
「で、コンピューターを再設計しソフトを開発するよりも、まるごと作り直したほうが手間も時間も、そして製作費も掛からないだろうということですか」
「そういうことだな」
「ならばどうして、そんな木偶の坊(でくのぼう)が今こうして我が部隊に?」
「開発設計課のフリード・ケイスンを召喚したのさ」
「あの天才科学者ですか?」
「そうだ。奴に不可能の文字はない」

 アレックスが艦橋に入室すると、中にいたものが一斉に振り向いて敬礼し、自分達の新司令官を出迎えた。新生の艦隊を指揮統合する中枢である旗艦艦橋にふさわしく、全員が生き生きと活気にあふれた表情をしている。もちろん全員女性士官で士官学校の同期生達である。
「司令官殿。艦橋勤務の方々は全員女性みたいですね」
「その通りだ。いってみればハーレム状態というところかな」
「ん、もう……」
 と呟いたかと思うと、アレックスの腕を軽く抓るパトリシアだった。
 アレックスは指揮官席に陣取ると、指揮パネルを操作して、全艦放送を行った。
「独立遊撃部隊司令官、アレックス・ランドール少佐である。部隊は六時間後に訓練航海に出発する。それまでに全艦万全な体制を整えておくように。以上だ」

 旗艦サラマンダーの作戦室。
 パトリシアからの伝令によって集まった各編隊長達。
「冗談じゃない。艦隊リモコンコードを使用せずに戦闘をするなんて自殺行為です。不可能な指令です」
 開口一番反対意見を述べたのは、副司令官のガデラ・カインズ大尉であった。
 一同はアレックスからの指令を受けて驚愕の色を隠せなかった。
 ただアレックスの少尉時代からの配下のものだけは例外だった。すでに艦隊ドックファイトの訓練と実戦を経験しており、その戦法によってそれぞれ昇進を果たしたからだ。ゴードン・オニール大尉の他、中尉となった七人の編隊長がそうである。
「訓練もしないうちに不可能とは何事か。現に我々は、ランドール戦法で敵艦隊に大打撃を与え、こうして生きてここにいるじゃないか」
 参謀を務めるゴードンが答えた。
「参謀殿。十数隻での作戦と、二百隻からの大部隊での作戦とではおのずから限度というものがあります」
「そうです。あの作戦は、小編隊だったからこそ可能だったのです」
「何をいうか。やりもしないで」
「司令のとられた作戦は、ランドール戦法と命名され、来年度の士官学校では正規の戦術として講義されることになっているのだ」
「ともかく指令は変えるつもりはない。ゴードン以下のミッドウェイ宙域会戦に参加した編隊長を中心にして訓練航海に出発する」
 実際にランドール戦法を戦い抜いて、戦局を大きく同盟側に有利に導いた英雄達を前にしては、結局従わざるをえない状況にあった。
「作戦開始時間は、明日の十時。以上だ、解散する」
「はっ」
 全員起立して敬礼をしてから退室をはじめた。
「パトリシア」
 アレックスは、パトリシアを呼び止めた。
「なにか」
「君に作成してもらった戦闘訓練のマニュアルなんだが、いま少し手を加えたいことがある。夕食までに仕上げておくからそれを各編隊長に配信しておいてくれないか」
「かしこまりました」
「君の作成したマニュアルはなかなか良いできだよ、感心した」
「おそれいります。しかし、手を加えたいというのは、どこがいけなかったのでしょうか」
「うん。君の作戦では艦隊リモコンコードで行うぶんには申し分ないのだが、手動モードで行う際の将兵達の動揺や緊張にたいする配慮が足りない。ミスを犯しても十分修正ができるような余裕を持たせておかないと、取り返しのきかない事態に陥ってしまう」
「申し訳ありません。以後気を付けます」
「艦隊を動かすのはコンピューターではなく人間であることを忘れてはいけないよ」
「ありがとうございました」
「うん。それではまた後で」
「はい」
 パトリシアが敬礼して退出した後、手元の書類に目を通すアレックス。

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2020.12.16 05:58 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
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