銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第三章 狼達の挽歌 IV
2019.03.30


 機動戦艦ミネルバ/第三章 狼達の挽歌


 IV 反磁界フィールド

 だが驚きはそれだけではなかった。
「こ、これは!」
 レーダー管制オペレーターが声を上げた。
「どうした!」
「レーダーから、敵艦が消えました」
「なんだと!」
「しかし、こちらの重力加速度感知器には敵艦の反応があります」
「どういうことだ?」
「わかりませんが、敵艦はなおもこちらに接近中です」
 艦橋内にざわめきが広がる。
 まるで姿なき魔物がひたひたと迫り来るといった概念に捉われつつあった。
 レーダーが機能しなければ、敵艦の位置や速度が測れないから、すべての誘導兵器
が使用不能という状況に陥ってしまっているということだ。
 このままでは、敵艦からの一方的な攻撃を受けるのみである。
「敵艦周辺一体に特異的地磁気変動が見られます」
「特異的地磁気変動だと?」
「はい。磁力線計測器によると、敵艦の周囲一体に磁場がまったく感知できません」
 その報告を受けて、しばらく考えていた副官が答えた。
「どうやら敵艦の周囲には、磁場を完全に遮蔽する反磁界フィールドが張られている
ものと思われます」
「反磁界フィールドだと?」
 艦長の疑問に、副官が詳しく説明を加える。
「超伝導によるマイスナー効果ですよ。敵艦の周囲には、磁界が完全に0の空間が作
り出されているのです。レーダー波は、磁界と電界が交互に繰り返されながら伝播す
る電磁波の一種です。その片方の磁界を完全に遮断すれば電磁波は伝わらない。つま
りレーダーは役に立たないということです。しかし重力までは遮断することはできま
せんから重力加速度計には感知されるわけです。あの戦艦は超伝導によるマイスナー
効果によって完全反磁性を引き起こして、地磁気に対しての反発力を利用した最新鋭
の超伝導反磁性浮上システムを搭載しているものと思われます。その反磁性の範囲を
艦体をすっぽり包むように拡げてバリアー効果をも発揮させているのです」
「反磁界フィールドか」
 副官の長い説明はさらに続く。
「陽電子砲の正体は荷電粒子です。荷電粒子が磁界によって曲げられてしまうのは周
知の事実です。リング状に設置されたサイクロトロンやシンクロトロンなどで荷電粒
子を加速させる原理に使われていますし、地球が地磁気によって太陽からの荷電粒子
(太陽風)から守られ、バンアレン帯を形成している事も良く知られています。さら
に、光が通過する空間において物性が変わった場合など、温度差による蜃気楼や光の
水面反射などの現象が起きます。そのことを踏まえて、ミネルバの状況を考えてみま
しょう。磁界が完全に0であるということは、逆に言えば無限に近い強磁界が存在す
るのと同じ効果が発生するのです。フレミングの法則でも知られる通りに、電界のあ
るところ必ず磁界も発生しますが、その対偶命題として磁界がなければ電界も存在し
えないと考えるのが数学の真理であり至極自然です。電界とはすなわち電荷の流れに
よって生じるところから、荷電粒子を完全遮断できるほどのバリアー効果となって現
れるのです」
 長い長い説明は終わったようだ。
「なるほど……などと関心している場合じゃない!」
「しかし、こちらから粒子砲攻撃ができないということは、向こう側も粒子砲を撃て
ないということです。それに反磁界フィールドを張るには莫大な電力が必要でしょう、
そういつまでも持つはずがありません。少しは気休めになるでしょう」
「気休めになるか! 向こうもそれを承知で接近してくるということは、それなりの
方策を持っているからに違いない。第一、反磁界フィールドのスウィッチを持ってい
るのは相手だ。粒子砲の発射準備をしておいて、フィールドを切ると同時に発射する
ことができるのだからな」
「粒子砲が使えないとなれば艦載機とミサイル攻撃しかありませんね」
「ちきしょう! 空戦式機動装甲機(モビルスーツ)が使えればな……」
「確かに、粒子砲が使えない以上、モビルスーツによる格闘戦しかありませんが、あ
いにくと我が軍が搾取した同盟軍のモビルスーツのOSの書き換え作業と動作確認に、
パイロットが使役されちゃいましたからね。機体はあるがパイロットがいなけりゃ動
かせません」
「とにかく、敵艦がいつフィールドを解除して粒子砲を撃ってくるかわからん。射線
上に入らないようにして、往来撃戦で戦う!」
「往来撃戦用意!」


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銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 IX
2019.03.30



第二章 ミスト艦隊


                 IX

 別働隊指揮艦の艦橋。
 迫り来る敵艦隊との会戦の時が迫り、オペレーター達の緊張が最高潮を迎えようとし
ていた。
 正面スクリーンが明滅して、敵艦隊の来襲を知らせる映像が投影された。
「敵艦隊捕捉! 右舷三十度、距離三十二光秒!」
 目の前を敵艦隊が悠然と進撃している。
 ミスト艦隊が取るに足りない弱小艦隊とみて、索敵もそこそこにしてミスト本星へ急
行しているというところだ。
 手っ取り早くミストを攻略し、先遣隊が帝国皇女の拉致に成功した後に、この星に連
行してくるつもりなのかも知れない。
「時間通りです」
「ようし! 全艦攻撃開始だ」
 アレックスの作戦プランに従い、別働隊の敵艦隊に対する側面攻撃が開始された。

 敵艦隊の旗艦艦橋。
「攻撃です! 側面から」
 不意の奇襲に、声を上ずらせてオペレーターが叫ぶ。
「側面だと? こざかしい!」
「艦数およそ二百隻です」
「所詮は陽動に過ぎん。放っておけ。加速して振り切ってしまえ!」
「こちらは外洋宇宙航行艦、向こうは惑星間航行艦。速力がまるで違いますからね」
「競走馬と荷役馬の違いを見せてやるさ」
 別働隊の攻撃を無視して、速度を上げて差を広げていく連邦艦隊。

 別働隊指揮艦。
 正面スクリーンに投影された敵艦隊の艦影が遠ざかっているのが判る。
「距離が離れていきます。追いつけません」
「それでいい。作戦通りだ」
 落ち着いた口調で答える司令官。
 敵艦隊が別働隊の奇襲を無視して加速して引き離すことは予測していたことであった。
 アレックスの思惑通りに、事は運んでいた。
「さて、後方からゆっくりと追いかけるとするか……」
 艦橋にいる人々に聞こえるように呟く司令。
 頷くオペレーター達。
「よし、全艦全速前進!」
 ゆっくりと追いかけると言ったのは、敵艦隊のスピードに対しての皮肉であった。
 追いつけないまでも、敵艦隊に減速の機会を与えないように、後方から睨みを利かせ
るためである。

 その頃、連邦軍の艦影を捉えたミスト旗艦のアレックスは全艦放送を行っていた。
「……いかに敵艦が数に勝るとも、無用に恐れおののくことはない。わたしの指示通り
に動き、持てる力を十二分に引き出してくれれば、勝機は必ずおとずれる。どんなに強
力な艦隊でも所詮は人が動かすもの、相手を見くびったり、奢り高ぶれば油断が生じる
ものだ。その油断に乗じて的確な攻撃を敢行すれば、例え少数の艦隊でもこれを打ち砕
くことができるだろう……」
 感動したオペレーターが、思わず拍手をすると、その波はウェーブとなった。
 放送を終えて照れてしまうアレックスであった。
 しかし、アレックスにはもう一つの放送をしなければならなかった。

 敵艦隊の指揮艦。
 機器を操作していた通信士が報告する。
「敵の旗艦から国際通信で入電しています」
 戦闘に際しては、通信士の任務は重大である。
 味方同士の指令伝達は無論のこと、敵艦同士の通信を傍受して作戦を図り知ることも
大切な任務である。
「正面スクリーンに映せ」
「映します」
 オペレーターが機器を操作し、正面スクリーンにアレックスの姿が映し出された。
 スクリーンのアレックスが語りかける。
「わたしはアル・サフリエニ方面軍最高司令官、アレックス・ランドールである」
 途端に艦橋内にざわめきが湧き上がった。
 ランドールと聞けば知らぬ者はいない。
 そのランドールが、なぜミスト艦隊に?
 オペレーター達が驚き、隣の者達と囁きあっているのだ。
 スクリーンのアレックスは言葉を続ける。
「わけあって、このミスト艦隊の指揮を委ねられた……」
 疑心暗鬼の表情になっている司令官であった。
 ランドールと名乗られても、『はいそうですか』と即時に信じられるものではない。
 副官は機器を操作して、スクリーンに映る人物の確認を取っていたが、
「間違いありません。正真正銘のランドール提督です。それに、ミストから離れつつあ
る艦隊を捕らえました。サラマンダー艦隊です」
「どういうことだ。タルシエン要塞にいるはずのやつらが、なぜここにいる?」
 何も知らないのは道理といえた。
 ランドール率いる反乱軍は、堅牢なるタルシエン要塞を頼りにして、篭城戦に出てい
るのではなかったのか……。
「おそらくランドールの目的は銀河帝国との交渉に赴いたのではないでしょうか?」
「交渉だと?」
「はい。反政府軍が長期戦を戦い抜くには強力な援護者が必要です。帝国との交渉に自
らやってきて、補給に立ち寄ったこのミストにおいて、我々との戦いを避けられないミ
スト艦隊が、提督に指揮を依頼した。そんなところではないでしょうか」
「なるほどな……。とにかく大きな獲物が舞い込んできたというわけだ」
 すでにアレックスの挨拶が終わっていて、スクリーンはミスト艦隊の映像に切り替わ
っていた。
「敵艦隊、速度を上げて近づいてきます」
「全艦に放送を」
 通信士が全艦放送の手配を済ませて、マイクを司令に向けた。
「敵艦隊の旗艦には、宿敵とも言うべき反乱軍の総大将のランドール提督が乗艦してい
るのが判明した。その旗艦を拿捕してランドールを捕虜にするのだ。それを成したもの
は、聖十字栄誉勲章は確実だぞ。いいか、ランドールは生かして捕らえるのだ、決して
あの旗艦を攻撃してはならん」
「なぜです。捕虜にするのも、撃沈して葬るのも同じではないですか」
「ばか者。ここはミスト領内で、あやつの乗艦しているのはミスト艦隊だぞ。撃沈して
しまったら、どうやってランドールだと証明できるか? 宿敵艦隊旗艦のサラマンダー
ならともかくだ」
「そうでした……」
「指令を徹底させろ」
「判りました。指令を徹底させます」


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