銀河戦記/鳴動編 第一部 第十二章・テルモピューレ会戦 V
2021.02.18

第十二章 テルモピューレ会戦




「まもなくテルモピューレに到着します」
 オペレーターの声がアレックスの耳に届いた。
「敵艦隊の想定位置は?」
「テルモピューレの中心部を航行中だと思われます」
「よし、全艦停止して待機せよ」
「了解。全艦停止して待機します」
「時間通りに現れますかね」
 パトリシアが傍に寄ってきていた。
「現れるさ」
「レイチェルからの報告にある、敵艦隊の出撃時間の情報が正しければですが……」
「信じるしかないだろう。ここは敵勢力圏内にあるんだ。哨戒機などを飛ばして確認するわけにもいくまい」
「そうですね。問題はゴードンの方でしょう。何せ無線封鎖で情報を確認することができませんから。運を天にまかせるしかないとは……」
「しかし、バルゼー艦隊の作戦プランが手に入ったのはこちらに有利に働いている。進撃コースや予定到達時間まで、明確に記されていたのだからな。どうやら今回のカラカス攻略作戦は、バルゼーの意思ではなく軍部からの作戦を押し付けられたものが判明した」
「どうしてそう思われるのですか?」
「自分が考え実行するのなら、作戦内容をコンピューターに記録したりするものじゃない。戦闘とは状況に際して臨機応変に対処しなければならないからな。今回の作戦が記録されているということは、参謀が考えたプランに沿って動いているという証拠だよ」
「参謀の考えた作戦ですか?」
「間違いないね。おかげでゴードンも無駄足を踏むことも、逆襲されることもなく、予定通りに敵艦隊の背後を突くことができるだろう」
「しかし、そんな重要な作戦情報を手に入れられたレイチェルさんもすごいですね。いつもながら感心しているのですが、どうやったのでしょう」
「あはは、背後にすごい奴がいるんでね」
「背後? すごい奴?」
「それが誰かは言えないが、我々の強い味方だよ。それ以上のことは聞かないでくれ、君にも明かすことのできない軍事機密だ。いずれ時がきたら説明する。理解してくれ」
「わかりました」
 アレックスが艦隊の運命を左右する機密事項を持っていることには理解できないわけではないし、それが幼馴染みのレイチェルと共有していることも納得しているパトリシアだった。アレックスとレイチェルの関係に、時として嫉妬の念に駆られたりもするが、自分との関係よりもはるかに長い時間を共有し、艦隊創設当初から副官として任務をこなし、今のアレックスの地盤を確固たるものにしたのも、彼女の類稀なる才能のおかげであることも周知の事実である。レイチェルなかりせばアレックスもまたなかりせり、である。
 何にしても、アレックスとレイチェルの関係は、恋仲というものではなくて、あくまで司令官と参謀という職務の上での関係であることは明確な事実だった。それが唯一、妻としてのパトリシアの居場所を安堵させていた。
 ゆえにパトリシアとレイチェルの関係も、何ら支障をきたすこともなかった。

 食堂で談話する二人。
「なんだ、そういうことだったの……」
 会話の内容は、巡回査察のことを話題にあげていた。
「アレックスとて、所詮ただの男性ですものね。女性だらけの場所に立ち入るのは、やはり勇気がいるでしょう」
「ランジェリー・ショップでのこと、見せてあげたかったわ。純情少年みたく赤くなって、そわそわしちゃって、笑いを堪えるのが辛かった」
「ふーん、見たかったな」
「でしょ? 店員から恋人にプレゼントなんかいかがですか? とかランジェリーを手渡された時の表情といったら」
 と言ってけたけたと笑うレイチェル。
「もしかして、そうやってアレックスを弄んでらしたんじゃないですか? レイチェルさん」
「あはは、それは言えてるかも知れないわね。だって面白いから」
「もう……。ああ、それで『今、どんな下着着てる?』とか、あの時聞いてきたけど……。それが原因ね。それでアレックスは買ったの? ランジェリー……」
「買うわけないでしょ。急に態度を変えて、次に行くとか言って逃げ出した」
 そうだろうと思った。もし買っていたのなら、とっくに自分にプレゼントとして渡されていたはずである。
「で、もし買っていてパトリシアにプレゼントされたら、そのランジェリー着てあげる?」
「そ、それは……アレックスが買ったものなら……」
「悩殺下着でも?」
「たぶん……って、何言わせるんですかあ」
 急に赤くなってどぎまぎするパトリシア。
 いくらアレックスと自分が夫婦であることを知っていても、そこまで立ち入って尋ねることではないからである。
 自分の下着姿を見せられる男性は、夫であるアレックスだけである。そのアレックスが自分にとプレゼントしてくれるものなら、どんなものでも着てあげようとは思っているが……。妻にランジェリーをプレゼントするということは、それを着て見せて欲しいという意思表示でもあるだろうから。

 こんな風に、ごく普通の女性同士で交わされる話に打ち解けあって話し合える二人だった。

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2021.02.18 07:51 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十二章・テルモピューレ会戦 Ⅳ
2021.02.17

第十二章 テルモピューレ会戦




 一方、タルシエン要塞からもバルゼー率いる艦隊が、カラカス攻略のために出撃を開始していた。
 出撃の見送りをする要塞副司令官のスティール・メイスン准将。
「ランドールは油断のならぬ相手です。くれぐれも用心なさるように」
「ふん! おまえも言えるようになったものだ。いつの間にか要塞副司令官とはな。敵のことよりまず味方からかも知れぬわい。足元を掬われないように気をつけなきゃならん」
「ご冗談をおっしゃらないで下さい」
「どうだかな。銀河帝国からの流れ者でありながら、統合参謀本部長に拾われてとんとん拍子に出世。今じゃ、緑眼の貴公子などという二つ名までもらっていい気になっている。若手精鋭を集めて軍の転覆を目論んでいるとはもっぱらの噂じゃないか」
「提督が世間の噂話を信じるとは思いませんでした」
「当たらずとも遠からずじゃないのか?」

 軍事国家には大きなトラウマとも言うべきものがあった。
 軍人たるもの立身出世を願うのは人の常である。ゆえに何らかの昇進の機会が与えられなければ不満が募るようになる。それが戦闘だったり技術開発だったりするのだが、そのはけ口ともいうべき共和国同盟との戦争は膠着状態で、軍上層部は今の地位に甘んじて守勢の態度を示していた。
 しかしそれは、階級の低い若手精鋭にとって、昇進の機会の少なさを意味し、憤懣やるかたなしの心境であった。
 そんな中にあって、共和国同盟への大々的な侵攻作戦を説くスティール・メイスンの元には、多くの若手精鋭が集まるきっかけを与えていたのである。
 共和国同盟に彗星のごとくに現れたアレックス・ランドールという人物に注目し、彼が出世街道を驀進し軍の最上部に駆け上がる前に、同盟に侵攻して占領しなければ、いずれは彼が指導する大軍団によって逆侵攻されるだろう。そう説いて回って、若手精鋭達の支持を集めていたのは自然の流れといえた。集まった精鋭たちの中には、活気に逸り軍の転覆さえ考えているものいた。
 酒場などで酔って騒ぐたびに、軍のお偉方の綱紀粛正などをわめくものだから、その首謀者としてスティール・メイスンが矢面に立たされることもあったのである。

「何にしてもだ。貴様の気持ちも判るが、今は時期尚早だろう。若手の気持ちをしっかり抑えておくことだな」
 バルゼーはそう言い残し、艦内へと乗艦していった。
「今の提督の話、どう思いますか?」
 スティールの傍に副官のマイケル・ジョンソン少佐が歩み寄ってきて尋ねた。
「軍の転覆か?」
「そうです」
「実際にそう考えている連中も仲間の中にいることは確かじゃないか」
「それを知っていて、提督は動きませんね。密告とか」
「提督は、そんな人間じゃないよ」
「それはそうですけどね」
「バルゼーは数いる提督の中でも、私と同意見の考えを持つお方だ。カラカス基地の奪取作戦の命令を受けたときも、三個艦隊を持ってカラカスを一気に攻略し、その余勢を駆ってシャイニングへの転進を説いておられた」
「しかし上層部がそれを許さなかったですね。一個艦隊だけを与えてカラカス基地のみの攻略を命じてしまいました」
「軍上層部は、ランドールの恐ろしさを知らな過ぎる。数百隻の艦艇でカラカスを攻略したのを、運が良かっただけだと評価し、未だ士官学校出たての若輩としか見ていない」
「ミッドウェイやキャブリック星雲のことも過小評価されてますね。たまたま偶然といった感じですよね」
「いわば急進派の先鋒ともいうべきバルゼー提督も、頭の固い保身派で固められた軍上層部から敬遠されている。今回の作戦も、あんな若輩な相手に三個艦隊も派遣する必要などない一個艦隊で十分だと、作戦内容やコース設定まで、参謀の考えたプランを押し付けられてしまったのだ」
「バルゼー提督も、我々と同じ被害者の一人というわけですね。軍上層部に対する……」
「そういうことだ……」
 呟くように言いながら出撃していくバルゼー艦隊を見送るスティールだった。

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2021.02.17 07:39 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十二章・テルモピューレ会戦 Ⅲ
2021.02.16

第十二章 テルモピューレ会戦




 それから数時間後。
 全艦隊に作戦の概要が伝えられ、出撃が開始された。
 今回の作戦は敵の勢力圏内にまで進軍し、かなりの移動距離があるために、時間的に余裕がなかったからである。敵艦隊の出撃を待ってからではテルモピューレに間に合わない。レイチェルの情報を信じて、テルモピューレに先着して出口で待ち受けなければならない。
 別働隊のウィンディーネ艦隊はさらに長距離を隠密裏に進撃しなければならないために、今すぐにでも出撃する必要があった。

「途中で敵の哨戒機に発見されないことを祈っておいてくれ」
 本隊に先行するウィンディーネ艦隊のゴードンが、パトリシアにこぼした言葉だった。
「ご無事を祈ります」
 誰しもが成功を祈っていた。
 ニールセン中将から迫害されるように、トランター本星からの援軍もなく、少数精鋭でカラカス基地を防衛しなければならない境遇にあって、誰しもがただ作戦の成功を祈るだけしかなかった。そしてアレックスの指揮の下、テルモピューレへと向かうのであった。

 カラカスを後にして、全軍が出撃したという報は、トライトン准将の元へと届けられていた。
 第十七艦隊の居留地であるシャイニング基地の司令官オフィスで、フランク・ガードナー大佐から報告を受けているトライトン。
「そうか……敵艦隊を迎撃するために出撃したか……」
「アレックスは軌道衛星砲に頼る防衛戦を選ばなかったようです」
「その方が賢明だよ。いくら火力が大きくても動かない砲台など、所詮取るに足りないものさ。アレックスが基地を攻略したようにな」
「彼の本領は、錯乱と奇襲攻撃です。数に勝る敵を叩くにはそれしかありません。さて今回はどんな奇抜な作戦を見せてくれるでしょうかね」
「そうだな……私の力が及ばないだけに、彼にはいつも苦労をかけさせるしかない。成功を信じるしかないだろう」
 窓辺に寄り添って、空の彼方を見つめるトライトンであった。
 その横顔を見つめながら、
「アレックス、無事に戻ってこれたら、酒を酌み交わす約束を果たそうぜ」
 とトライトンのそばで、ガードナーも同じことを考えていた。
 その時、机の上の電話が鳴り響いた。
 ガードナーが送受機を取り上げ、トライトンに伝えた。
「統合本部からです」
「わかった」
 送受機を受け取って替わるトライトン。
「トライトンだ……そうか、決まったか。判った、ありがとう」
 そっと送受機を置いてガードナーの方に向き直ると、
「フランク、君の第八艦隊司令の就任が正式に決まったぞ」
 と、手を差し伸べてきた。
「そうですか……」
 トライトンの握手に応じるガードナー。
 その表情は、やっときたかという安堵の色が見えた。
 ガードナーの第八艦隊就任の話は三ヶ月前のことであった。
 第八艦隊の司令が定年で引退となり、後任としてガードナーが内定していたのであるが、第十七艦隊からの移籍ということで、決定が先延ばしになっていたのである。第八艦隊には准将への昇進点に達している大佐がいなかったので、他艦隊よりの選抜となりガードナーに白羽の矢が立ったのである。
 それを渋ったのが、例によってニールセン中将であった。しかし圧倒的な功績点を集めていたガードナーを拒絶するには無理があった。結局順当に選ばれたということである。
「まあ、ニールセンとて軍の規定には逆らえないからな。クリーグ基地に駐留する第八艦隊の司令官を、いつまでも空位のままにはできないだろう。シャイニング基地同様に敵艦隊の重要攻略地点の一つだからな」
「しかし提督の少将への昇進も先述べになっています。素直には喜べません。それが順当に進んでいれば、私はこの第十七艦隊をそのまま引き継ぐことができたのです」
「私のことはどうでもいいさ。第八艦隊は、私と同様にニールセンに疎まれて最前線送りされているところだ。同じ境遇にあるものとして、暖かく君を迎えてくれるだろう」
「だといいんですけどね」
「後は君の采配しだいさ。その点はまったく心配していないがね」
「わかりました……。それで他には何か伝達事項はなかったですか?」
「ああ、そうだったな。司令官の交代式があるので、クリーグ基地へ三日後の九時に、出頭するようにとのことだ」
「了解しました」
 
 テルモピューレに進撃しているランドール艦隊。
 サラマンダー艦橋。
 正面パネルスクリーンにゴードンが映っている。
「それではここでお別れだ。武運を祈る」
「期待に添えるように努力するよ」
 と言いながら敬礼するゴードン。

 やがて本隊から離れてゆくウィンディーネ艦隊。
 その雄姿を見つめるアレックスにパトリシアが寄り添ってくる。
「うまくいくといくといいですね」
「そうでなくては困るがな……」

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2021.02.16 16:53 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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