銀河戦記/鳴動編 第一部 第十二章・テルモピューレ会戦 Ⅲ
2021.02.16
第十二章 テルモピューレ会戦
Ⅲ
それから数時間後。
全艦隊に作戦の概要が伝えられ、出撃が開始された。
今回の作戦は敵の勢力圏内にまで進軍し、かなりの移動距離があるために、時間的に余裕がなかったからである。敵艦隊の出撃を待ってからではテルモピューレに間に合わない。レイチェルの情報を信じて、テルモピューレに先着して出口で待ち受けなければならない。
別働隊のウィンディーネ艦隊はさらに長距離を隠密裏に進撃しなければならないために、今すぐにでも出撃する必要があった。
「途中で敵の哨戒機に発見されないことを祈っておいてくれ」
本隊に先行するウィンディーネ艦隊のゴードンが、パトリシアにこぼした言葉だった。
「ご無事を祈ります」
誰しもが成功を祈っていた。
ニールセン中将から迫害されるように、トランター本星からの援軍もなく、少数精鋭でカラカス基地を防衛しなければならない境遇にあって、誰しもがただ作戦の成功を祈るだけしかなかった。そしてアレックスの指揮の下、テルモピューレへと向かうのであった。
カラカスを後にして、全軍が出撃したという報は、トライトン准将の元へと届けられていた。
第十七艦隊の居留地であるシャイニング基地の司令官オフィスで、フランク・ガードナー大佐から報告を受けているトライトン。
「そうか……敵艦隊を迎撃するために出撃したか……」
「アレックスは軌道衛星砲に頼る防衛戦を選ばなかったようです」
「その方が賢明だよ。いくら火力が大きくても動かない砲台など、所詮取るに足りないものさ。アレックスが基地を攻略したようにな」
「彼の本領は、錯乱と奇襲攻撃です。数に勝る敵を叩くにはそれしかありません。さて今回はどんな奇抜な作戦を見せてくれるでしょうかね」
「そうだな……私の力が及ばないだけに、彼にはいつも苦労をかけさせるしかない。成功を信じるしかないだろう」
窓辺に寄り添って、空の彼方を見つめるトライトンであった。
その横顔を見つめながら、
「アレックス、無事に戻ってこれたら、酒を酌み交わす約束を果たそうぜ」
とトライトンのそばで、ガードナーも同じことを考えていた。
その時、机の上の電話が鳴り響いた。
ガードナーが送受機を取り上げ、トライトンに伝えた。
「統合本部からです」
「わかった」
送受機を受け取って替わるトライトン。
「トライトンだ……そうか、決まったか。判った、ありがとう」
そっと送受機を置いてガードナーの方に向き直ると、
「フランク、君の第八艦隊司令の就任が正式に決まったぞ」
と、手を差し伸べてきた。
「そうですか……」
トライトンの握手に応じるガードナー。
その表情は、やっときたかという安堵の色が見えた。
ガードナーの第八艦隊就任の話は三ヶ月前のことであった。
第八艦隊の司令が定年で引退となり、後任としてガードナーが内定していたのであるが、第十七艦隊からの移籍ということで、決定が先延ばしになっていたのである。第八艦隊には准将への昇進点に達している大佐がいなかったので、他艦隊よりの選抜となりガードナーに白羽の矢が立ったのである。
それを渋ったのが、例によってニールセン中将であった。しかし圧倒的な功績点を集めていたガードナーを拒絶するには無理があった。結局順当に選ばれたということである。
「まあ、ニールセンとて軍の規定には逆らえないからな。クリーグ基地に駐留する第八艦隊の司令官を、いつまでも空位のままにはできないだろう。シャイニング基地同様に敵艦隊の重要攻略地点の一つだからな」
「しかし提督の少将への昇進も先述べになっています。素直には喜べません。それが順当に進んでいれば、私はこの第十七艦隊をそのまま引き継ぐことができたのです」
「私のことはどうでもいいさ。第八艦隊は、私と同様にニールセンに疎まれて最前線送りされているところだ。同じ境遇にあるものとして、暖かく君を迎えてくれるだろう」
「だといいんですけどね」
「後は君の采配しだいさ。その点はまったく心配していないがね」
「わかりました……。それで他には何か伝達事項はなかったですか?」
「ああ、そうだったな。司令官の交代式があるので、クリーグ基地へ三日後の九時に、出頭するようにとのことだ」
「了解しました」
テルモピューレに進撃しているランドール艦隊。
サラマンダー艦橋。
正面パネルスクリーンにゴードンが映っている。
「それではここでお別れだ。武運を祈る」
「期待に添えるように努力するよ」
と言いながら敬礼するゴードン。
やがて本隊から離れてゆくウィンディーネ艦隊。
その雄姿を見つめるアレックスにパトリシアが寄り添ってくる。
「うまくいくといくといいですね」
「そうでなくては困るがな……」
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