銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章・コレット・サブリナ Ⅱ
2021.01.25
第十章 氷解
Ⅱ
司令官室。
アレックスがデスクに陣取り、その脇にパトリシアが立っている。
「中佐はこれをご存じですか?」
コレットは、透明袋に入った首飾りを差し出した。
「あ、それは、わたしの首飾りです」
パトリシアが叫んだ。
「ウィンザー中尉の?」
「え、ええ……」
といって、ちらりとアレックスの方をみて、頷くのを確認して言葉を繋いだ。
「中佐から婚約指輪の代わりに頂いたものです」
「婚約指輪代わりですか。中佐、間違いありませんか?」
「間違いない」
「そうですね。これからは中佐とウィンザー中尉の指紋が検出されております。中佐が婚約指輪代わりに送ったもので間違いないでしょう」
「どこで手に入れたのかね」
「二度目にミシェールの宿房を訪れた時に、机の引出から見つけました」
「最初の捜査ではなかったというわけか。つまり犯人は、一度捜査を受けた場所をもう一度捜査をしないだろうと判断して、そこに隠したのだろうな。いつまでも持っていれば見つかる可能性が高くなるし犯人だとばれてしまう」
「その通りだと思います」
「で、犯人の指紋は出なかったようだな」
「はい。そんなどじを踏むような犯人ではないことだけは確かですね」
「しかしいつの間に盗みだされたのだろうか。こいつは一般士官として大部屋の宿房が定められていたパトリシアが、無くさないようにと個室をあてがわれている私に預けていったものだ。金庫に保管しておいたのだがな」
「ダストシュートから侵入して盗みだしたのです」
「ダストシュート?」
「そうです。中は結構広くて、小柄な人間ならそこから上下階を行き来することが可能です」
「なるほど……」
といいながらデスクの側に開いているダストシュートを見つめた。
「つまりは君は、犯人像を掴んでいるんだな」
「はい。かなりの線までいっていると思います」
「確証はまだないわけだ」
「司法解剖が済むまでは結論を出せませんから」
「わかった。引き続き、捜査を続けてくれたまえ」
「はい。とりあえず証拠物件としてこの首飾りはお預かりしておきます。事件が解決次第お返しいたしますが、よろしいですね」
「かまわないだろう。パトリシアもいいな」
「はい。異存はありません」
「それでは、このままお預かりしておきます」
首飾りをバックに戻しながら、質問を続けるコレット。
「それにしてもお二人は婚約していることを秘密にしておいでのようですが、いかがなる理由でしょうか。私の調査では、本星においては同居生活をされて、事実上の夫婦として暮らしているようですね」
「それも事件の捜査にかかわるのかい?」
「場合によってですね」
「まあ、いい。二人の関係を公表しないのは、司令官と副官が夫婦ということになれば、士気統制上として問題が発生する可能性があるからだ。ごく自然な処置だと思うが」
「わかりました。正式な婚姻ではなく婚約関係である以上、同盟軍厚生保健局の登録上では夫婦であっても、国家的身分上では赤の他人。この点に関してはこれ以上の干渉はできませんね」
「すまないね」
ここで改めてコレットはもう一つの懸案事項を切り出す事にした。
「ここからは、中佐殿と二人切りで尋問したいので、ウィンザー中尉は席をはずしていただけませんか?」
「君と二人きりでかね?」
と言いながらパトリシアの方を見やるアレックス。
「ああ……。わたしは、構いませんわ。艦橋に戻ります」
気を利かせて、パトリシアの方から遠慮して、司令室を退室していった。
コレットとアレックスの二人きりになる。
「ところで……中佐殿は、レイチェル・ウィング大尉と幼馴染みだそうですが。間違いありませんね」
「間違いない」
「わたしの調査によりますれば、レイチェル・ウィングなる人物は女性として登録されており、事実女性として生活しておられるようですが、過去においてはそうでなかった形跡があります」
「形跡とは?」
「これはわたしが入手した資料のコピーですが……」
といってアレックスの前にそれを差し出した。それを目で読んで驚いた表情で答えるアレックス。
「これは、僕の幼年学校の時の作文じゃないか」
「はい。中佐殿の通っていた幼年学校の資料を探していて見つけだしました。それをプリントアウトしたものです」
「よく。探し出したな。内容なんか、すっかり忘れていた」
「その文の数箇所にわたってレイチェルという記述が見られます。立ち小便でおしっこの飛ばしっこしたとか、おちんちんが腫れるとかどうのとか。察するにレイチェルはおちんちんなるものを所有する性であったようですね。つまり幼児期においては、レイチェルは男性だったのではないかと判断できます」
「確かに幼児期レイチェルとは同性の友達として遊んだ記憶がある。しかし、幼少の頃の記録じゃないか、勘違いということもあるのじゃないか。本当は女の子だったけど、男の子と思い込んでいたということもありえるじゃないのか?」
「男性として登録され生活していた人が、思春期となり初潮が到来して実は正真正銘の女性であったということはよくあることです。男女の性を決定する際には新生児の外性器をもって判断することが一般的な慣例として行われています。両性具有の場合も含めて、肥大したクリトリスをペニスと誤診してしまうのは、仕方が無いことでしょう。仮に幼少時に男性だったとして、思春期以降に女性であることが判明して性別を変更された場合でも、変更以前の記録はそのまま残ります」
「まあそうだろうな」
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第十章・コレット・サブリナ 氷解 Ⅰ
2021.01.24
第十章 コレット・サブリナ 氷解
Ⅰ
事件を再現してみよう。
当時犯人は、ダストシュートを伝ってランドール中佐の居室に侵入し、情報収集を行った後、たぶん中佐の持ち物であろう首飾りを盗んで宿房に降りて来た。しかし、本来は食堂に行っているはずのミシェールが休んでいて、ダストシュートから出てくるところを見られてしまった。犯行がばれることを恐れた犯人は、ロープを使って首を絞めて殺した後、共犯者と相談の上にダストシュート使って、アスレチックジムに降ろし、下の階で共犯者がこれを受け止めて、器械に張り付けて事故を装った。
そして悲鳴を上げて事件を知らしめてすべて完了だ。
カテリーナ・バレンタイン少尉。
犯人は間違いなく彼女だ。
殺害方法と動機、移動手段はほぼ推測できた。
残る問題は、アリバイだけだ。
死亡推定時刻は十二時十五分から十三時の間。その時、カテリーナはスタジオにいたことが、同じ局員の証言から判っている。
しかし局員が嘘をついていることも考えられる……。手慣れたディレクターなら、ADを兼任することも可能だと言っていた。だとすればスタジオを抜け出して犯行に及ぶことができるはずだ。
カテリーナを庇っているとしたら、その理由は何か。
交代の局員からもらったタイムテーブルを開いてみる。
ディレクター アンソニー・スワンソン中尉。
調整室員 ジュリアンー・キニスキー中尉。
アナウンス アニー・バークレー少尉。
AD カテリーナ・バレンタイン少尉。
これが当時のスタジオスタッフである。
端末を開いて乗員名簿を開く。
何か手掛かりはないか……。
おや?
医療項目の中に意外な共通点が浮かび上がった。
避妊リング装着済み。
これが何を意味するかはすぐに判る。
「避妊リング……つまり日常として性交渉ある男性がいるということね」
男と女が一緒に暮らしていれば結ばれるのは自然の摂理であり、いくら軍艦とはいえ非番時の行動に枠をはめることも自由恋愛を禁則することもできない。無理矢理引き離そうとすれば士気にも影響する。愛する者を守るために戦うということもあるとおり、ある程度の恋愛を認めたほうが良い場合も多いのである。
共和国同盟軍が徴兵制によらない職業軍人と志願兵とから成り立っており、男女雇用平等制度によって、男女を分け隔てることが出来ない以上、それなりの制度が必要になってくるというわけである。
性交渉の結果として妊娠はつきものであるが、居住ブロックには多少なりとも重力があるとはいえ、妊娠を正常に維持継続させるには不十分過ぎる。仮に妊娠したとしても胎芽の発生過程で、重力が原因による子宮外妊娠や奇形児の発現率は非常に高く、流産は必至である。
無重力が及ぼす動物の発生への障害には多数あるが、人間すなわち脊椎動物において、脊髄や骨格の形成には重力が必要不可欠である。
ゆえに性交渉ある女性は自己防衛のために避妊手術を施す。簡単確実なのが避妊リングを子宮内に装着する方法で、後日取り出して妊娠することも可能なため、婚約者達はほとんど施術している。
避妊リングは、特殊多孔質セラミックスで出来ており、人体には一切無害である。精子を誘因する物質が含まれていて、それが徐々に溶けだすことによって、誘蛾灯のごとく精子を誘因して卵管への侵入を阻害する。その罠を潜り抜けた精子によって受精に至っても、今度はリングそのものが受精卵の着床を許さない。
当直を抜け出して男の元に身を寄せるというのは良くあることだ。
当時、カテリーナも男に会いにいくと嘘をついて抜け出していたのかも知れない。もしかしたら、同じ恋人を持つ者同士だから、その気持ちも良く判るはずだ。互いに庇(かば)いあっていて、交代で抜け出していた事も考えられる。
「うーん……。四人に口裏を合わせられれば真相は明らかにならないな……。何らかの証拠を突きつけなければだめかな……」
殺人事件と判れば口を開いてくれるのだろうが……。
その時、軽やかな音が鳴って、メールが届いた事を知らせてくれた。
早速開いてみると、検視官が到着して司法解剖が始まったというものだった。
「よしよし、いいぞ。こっちもどんどん先に進めていかなきゃな」
とにもかくにも司法解剖によって、事故か殺人かが決定されるまでは、下手には動けない。
「まずは、もう一度、中佐に面会だ」
手元にあるこの首飾りの出所を確定させなければならない。間違いなく司令の持ち物かどうかを、本人に確認してもらう。
すでにコレットのIDカードには、艦橋への直接連絡の許可コードが登録されている。すぐに連絡を取り、一時間後に司令室に来てくれということになった。鑑識課で首飾りの指紋チェックを行ってから司令室へ向かった。
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第九章・コレット・サブリナ 犯人を捜せ Ⅷ
2021.01.24
第九章・犯人を探せ
Ⅷ
「もう一度現場を一回りしてみるか」
というわけで、アスレチックジムに戻って来た。
死んでいた器械はもとより、周囲をじっくりと調べて回ったが、証拠となるものは何も出てこない。
殺害現場は、ミシェールのいた宿房である可能性が高い。
そこからここまで、どうやって遺体を運ぶか……。
それが判ればすべてが解決するはずだ。
何か見落としていることはないか?
遺体の移送ルートをじっくりと考えてみる。
まず宿房を出て右へ向かって、ランジェリーショップの前を通ってエレベーターの前に出る。左へ向かっても、もう一つのエレベーターに出られるが、ジムまでの距離が遠くなり過ぎてしまう。やはり最短距離で運ぶのが当然だろう。
エレベーターを降りて右へ向かえばアスレチックジムだ。
「丁度、このジムの真上に宿房があるんだよね……」
まてよ! もしかしたら……。
コレットの脳裏に閃いたものがあった。
「考えが正しければ、あるはずだ」
コレットは、壁伝いに歩いて、それを探しはじめた。
それは、器械置き場にあった。
「やっぱり、あったわね」
コレットが探していた物。
それは、ダストシュートだった。
宿房の方にも端末のそばにダストシュートがあった。
エレベーターとの位置関係から、丁度この真上に宿房があるはずだった。
「やはりこれを使ったのね。これなら誰にも気づかれることなく遺体を運べるし、ミシェールの膝に擦過傷ができた理由もわかるわ」
ダストシュートの蓋を開けて覗きこむコレット。
ミシェールは小柄な身体だ。ダストシュートの間口は、遺体を通せるほどの十分な広さがある。膝の傷はダストシュートを出し入れする時に負ったものだろう。
「よし、もう一度ミシェールの宿房に行って確認しよう」
コレットが再びミシェールの官房に戻ってきたとき、部屋の扉が何者かによって開けられた形跡があった。誰にも気付かれないよう封印しておくために張り付けておいた透明シールが取れて落ちていたからである。
コレットは腰からブラスターを引き抜き、セーフティーロックを外した。侵入者がまだ中にいるかもしれない。IDカードを挿入してドアを開け、身構えて部屋の中へ入っていった。
耳を澄まし気配を探った。
侵入者はすでに退去した後であった。
ブラスターをホルダーにしまい込んで、
「一体、何をしに入ったか……」
コレットは改めて室内の捜査を開始した。以前と違うところはないか、一つ一つしらみつぶしに調べていく。
「これは!」
ミシェール個人の引出を開けた時であった。
大粒のエメラルドを中心に小粒のダイヤモンドを配した首飾りが、上段の引出から発見されたのである。
情報部で研修した彼女の宝石に対する鑑識眼は、それが本物であるかイミテーションであるかを瞬時に判定していた。
調べればこの首飾りの持ち主が誰であるかは容易に判明するであろうが、これが犯人に繋がる手掛かりとなるのかどうかは、今の時点では判らない。
少なくとも犯人が捜査の進行を惑わそうとしているのは確かなようであった。
取り敢えずは証拠物件として鑑識に回すことにした。
「犯人の指紋が検出することはないだろうがな……」
侵入者を推測してみる。
「この部屋は閉鎖されていて、先住者達は移動してここにはもう入れない。わたしか中佐しか入れないはず。中佐は男子禁制のこのブロックには入ってはこれない。となると、コンピューターに不正アクセスしてここの扉を解錠したか……いや、そんなことしなくても簡単に侵入できるじゃないか」
ダストシュートである。
重力の小さな艦内において、アスレチックジムからダストシュートを伝って登ってくれば容易い。それが小柄な身体ならなおさらである。
そばの端末を起動して居住区の見取り図を開いてみる。
推測通り、この宿房とアスレチックジムとはダストシュートで繋がっている。
「やっぱりね。あれ?」
意外な事に、さらに上の階にはランドール中佐の居室があったのだ。
「そうか! これだったのね」
すべての謎が氷解した。
第九章 了
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第十章 反乱 Ⅶ
2021.01.23
第十章 反乱
Ⅶ
ウィンディーネ艦橋。
正面スクリーンには、敵たるサラマンダー艦隊及び帝国艦隊の配置が示されている。
「敵艦隊の総数は、およそ一万二千隻!」
レーダー手が報告する。
「どうやら退く気配はありませんね」
副官のシェリー・バウマン大尉が意外な表情をしている。
「これだけの艦数差をもってしても前進してくるということは、何か策を練っているはずだ」
「ランドール戦法ですかね」
「それはこちら側も本望だ。どちらが上手か見せつけてやろう」
その自信はどこから来ているのだろうか?
これまでの戦いで、先鋒として敵陣に突撃して主に戦闘の要として戦ってきた歴史がある。
一方のアレックスは、旗艦サラマンダーにいて後陣にいることが多かった。
実際の戦歴では、ゴードンのウィンディーネの方がはるかに功績を立てていたのある。
一対一の艦と艦の戦いとなれば、アレックスのサラマンダーに勝ち目はないだろう。
「敵側より入電!ランドール提督が出ておられます」
「スクリーンに出せ!」
目の前に、敵側となったアレックスが映し出された。
「こうなってしまえば、双方とも言い訳は無用だろうな」
「その通り」
「ならば手加減なしで戦おうじゃないか」
「望むところだ」
「それでは」
アレックスが敬礼するのを見て、ゴードンも敬礼を返す。
そして通信が途切れて、星の海の映像に変わった。
アレックスもゴードンも、お互いの性格はよく分かっていた。
「全艦戦闘配備!」
ゴードンが指令を下す。
ついにかつての旧友同士が戦いの火蓋を切ることになったのだ。
「全艦戦闘配備!」
副官が復唱した時だった。
突然、艦が激しく振動した。
「何だ?今のは?」
「攻撃です!」
「艦尾損傷!」
「報告しろ!」
「只今、損傷状態を確認中です!」
やがて報告が返ってくる。
あたふたとしている艦橋の正面スクリーンに、見慣れた艦影が映り込んだ。
「あ、あれは!」
副官のバネッサが指さして叫んだ。
その艦は、艦体に火の精霊「サラマンダー」を配していた。
火の精霊を描いているのは、旗艦サラマンダーの他には、隠れたもう一つの旗艦である巡航艦『ヘルハウンド』しかない。
ランドール艦隊が、別名としての『サラマンダー艦隊』を称することとなった由来である、暗号名「サラマンダー」を冠していた。
ハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式が、アレックスの乗艦となり旗艦となる前の旗艦であり、今でも旗艦としての登録は抹消されていない。
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第九章・コレット・サブリナ Ⅶ
2021.01.22
第九章・犯人を探せ
Ⅶ
コレットは、もう一度ミシェールの遺体を検分するために、遺体安置所に向かっていた。
IDカードを提示して遺体安置所に入ったコレットは、係官に命じて遺体の収められているロッカーを開けさせた。
プシュー!
という音とともに安置ロッカーから引き出されたベッドの上にミシェールは裸で横たわっていた。腐敗を防ぐために冷蔵された身体は白くなり、吊るされていたことから首筋に紫斑と脚部に血液凝固斑いわゆる死斑が見られる。すでに死後硬直は解かれているようであった。身体の各部は膝の傷を除けばいたってきれいであった。
「司法解剖はいつ?」
「明日の一五○○時に監察医務官が来られることになっていますから、その後すぐに行われると思います」
「鑑識にも伝えてありますが、監察官にこの膝の擦過傷について念入りに調べてもらってください」
「念入りに調べるのですか。つまり細胞レベルで?」
「そう。この傷が、死後硬直の以前にできたのか、それとも後にできたのか、についてです。生存中にできた可能性も含めて」
「わかりました」
「やはり殺人ですかねえ……」
係官が質問ともとれる呟きをもらした。
「まだわからない」
殺人だという確証が出てこない限りにはそう言うよりしようがない。
「もし殺人だとしたら哀しいですね。この部隊にいる人達はみんな、ランドール司令の下で働くのを生きがいにしていると思うんです。たとえ生きて帰ってこれないような作戦にだって喜んで出撃していきます。それで戦死したのなら本望だと思っています。それがこんな形で死んでしまったら浮かばれないです」
そうかも知れないと思った。
部隊にいるすべてのものが、ランドール司令に絶大な信頼を寄せていた。カラカス基地攻略という理不尽な作戦命令を受けても、ミッドウェイやキャブリック星雲不時遭遇会戦にしても、まさしく生きて帰ってこれないような作戦遂行に至っても、誰一人として逃げ出さなかった。司令にたいして文句一つ口にしなかった。
そんな志を一つにする者同士が殺人を犯す者だろうか?
容疑者の一人であるカテリーナにしても思いは同じはずだ。
おそらくは共犯者でありスパイである男の存在がそうさせたのだろう。
サラマンダーに潜入したスパイは、司令官を取り巻く主要な士官達が女性ばかりと知って驚いたことだろう。第一艦橋はすべて女性だし、統合作戦司令室、統制通信管制所も九割が女性だ。顔馴染みのない男性が潜入すればすぐに身元がばれてしまう。
スパイは考えたのだろう。ランドールのいる発令所ブロックでスパイ活動するには、発令所要員の女性を手懐けて、共犯者に仕立てれば良いと。
そしてカテリーナが選ばれた。
カテリーナは、野心を持って近づいた男に、何も知らずに恋に落ちた。やがて恋人からランドール司令の調査を依頼されて従うことになる。
ランドール司令と恋人とを両天秤に掛けて、恋人の方が重ければ当然そちらに傾く。スパイ活動中にミシェールに気づかれて殺してしまった。恋人のために罪を犯し、そして証拠隠滅に尽力する。
スパイの正体は一体何者か?
カテリーナが白状しない限り突き止める事は不可能だろう。
まずはカテリーナの周囲を洗って証拠を集めよう。
何にしても、このミシェールのためにも真相を究明しなければ、係官の言うとおり浮かばれない。
「死人は黙して語らずか……。ああ、もう元に戻してください」
「わかりました」
係官がミシェールの横たわるベッドを安置ロッカーに戻す。
「ミシェールの着ていたものを見せていただけません?」
「いいですよ、こちらです」
隣の部屋に案内される。
引出の中からビニール袋に収められた衣類が取り出された。
「レオタードとその下に着用するショーツ、そしてタイツか……」
死ぬ直前に、アスレチックジムで汗を流していたのだから、それがすべてであった。
鑑識用の白手袋をはめて、レオタードを調べる。何か付着していないかと、裏返したり透かしたりして、じっくりと観察するが、何も出ない。
「問題はタイツね……」
擦過傷を負っていただけにタイツの生地に擦った痕があるが、破断までには至っていない。
スポーツなどしていて転んだ時、衣服は破れていないのに、その下の膝や肘などが擦り剥けて血が出ているということがよくある。いわゆる圧迫擦過傷である。
皮膚は誰でも知っている通り、自由に伸び縮みしながら体運動を可能にしている。転んだ場合など、皮膚と衣服との間には静止摩擦が生じて、皮膚は衣服にへばりついたまま外力方向へ引っ張られる。この時、皮膚が伸びきったり、急激な伸長が与えられ張力限界を越えた時、表層雪崩のように皮膚の表面が、ずるりと剥けるのである。
静止摩擦が加わったことを示す、熱反応がわずかに見られた。生地が熱で縮れているようだ。しかし擦過傷があれば血液が付着しているはずなのに、ほとんど見られなかった。これはつまり死んで血流が止まった後で、傷ができたことを示す。遺体を移送中に生じた証拠となる。司法解剖で擦過傷に対する判断が下されれば真実は明らかになるだろう。
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