銀河戦記/鳴動編 第一部 第八章 犯罪捜査官 コレット・サブリナ Ⅵ
2021.01.13

第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ




 ランジェリー・ショップを出て、喫茶室やブティック等で聞き込みを行った後、さらに宿房へと向かう。
 この女性士官専用居住区は、完全な男子禁制が敷かれているために、パジャマ姿で廊下を歩いている女性士官を数多く見掛けることも多い。
「ともかくも不審を抱かれずに男性が通過することはほとんど不可能ね。となれば殺人現場が宿房であったとすると、犯人は女性か女性に扮装した者ということになるのだけど……女性士官の数は百余人ほど、面子を知らない相手はいないだろうし、となると女装した男性ならすぐにばれるはず。よほど他人になりすますことのできる変装術がなければ」
 最後に姿を見た者は、彼女を残して食堂に向かった同室の四人。そして遺体を発見したレイチェル衛生班長以下の六人。そしてカテリーナの計十一人が関わったことになる。最後に生存を確認された宿房からジムで遺体として発見されるまでの間の、空白の時間を埋めることが捜査の重点である。
「ミシェールが一人きりでいることを知っているのは最初の五人。他にしゃべっていなければだが」

 ミシェールのいた宿房にたどり着く。
 ウィング大尉が素早い対応をしてくれたようで、どうやら立ち入り規制が敷かれていて入る事はできないようだ。
 しかし入らなければ捜査ができない。
 ドアの側の端末を操作して、警備部を呼び出す。
「情報部特務捜査科第一捜査課、コレット・サブリナ中尉です。捜査の為宿房に入室することを許可願います」
『確認します。IDカードを挿入してください」
 言われた通りに端末のID挿入口にカードを差し込む。
「情報部特務捜査科第一捜査課、コレット・サブリナ中尉と確認しました。レイチェル・ウィング大尉から連絡を受けております。どうぞ、お入りください」
 ドアが自動的に開いた。
 神妙な面持ちで入室する。
 向かって右手に三段ベッドが二列に並んでおり、左手には個人のロッカーと共用で使う机が並んでいる。そして正面には多機能の端末が置かれた机が置かれている。その右脇にはゴミ廃棄用のダストシュートがある。
 部屋の中央にはガラステーブルと敷かれたマットレス。

 ソフィー・シルバン中尉。
 クリシュナ・モンデール中尉。
 ニーナ・パルミナ少尉。
 ニコレット・バルドー少尉。
 カテリーナ・バレンタイン少尉。
 これにミシェール・ライカー少尉を加えた六人が同室だった。

 ミシェール以外の者は、すでに引っ越しを済ませて荷物はない。
 もちろん事件直後の初動捜査で、室内捜査や各自の所持品検査は終えている。
 荷物が残っているミシェールの机類を調べはじめる。
 それから小一時間。ごみ箱まで徹底的に調査したが何も発見できなかった。
「まあ、予想はしていたけど、犯人や殺害方法を特定するものは何もないか……」
 アスレチックジムまで、誰にも知られずに遺体を運んだ相手が、証拠を残すはずもなかった。
「おっと、もうじき五時だな。スタジオに行かなければ」
 警備部に連絡して扉を再度封印してもらってから、スタジオのあるブロックへ移動する。

 スタジオは、女性士官居住区を一階上がった所にある。
 第一艦橋や統合作戦司令室、統制通信発令所の他、ランドール中佐や参謀達の居室もある、艦隊運用を担う上級士官用のフロアだ。
 エレベーターを降りてすぐに、警備セクションがある。これより先は発令所要員以外の通行禁止、武器の携行は許されていない。
「情報部特務捜査科第一捜査課、コレット・サブリナ中尉です。ミシェール・ライカー少尉事故死の捜査のため、FM局スタジオに用があります。それと特務捜査権における武器の携行許可を願います」
 IDカードを掲示して、デスクの上に一旦、武器を取り出して見せる。
 殺人などの捜査を行う上で、銃は必要不可欠だ。犯人を取り押さえるのに、威嚇射撃は必要だし、銃撃戦となることもある。
 警備員はIDカードと武器を確認している。
「タイニー式ブラスターガンですね。麻酔にも合わせられる……。結構です、携行を許可します」
「IDの照合終わりました。サブリナ中尉、どうぞ先に進んで結構です。ウィング大尉からの報告は受けております」
 といいながら通行証となる胸章を着けてくれた。
「良い捜査結果を期待します」
「ありがとう」
 IDカードと銃を返してもらって、先のフロアへと進んだ。
 宿房といい、ここといい、大尉の手際の良さは見事だし、実に協力的だ。
「さすがに情報将校だけあるわね」
 女性士官達の憧れの的となっている魅力を垣間見た瞬間である。

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2021.01.13 07:41 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第八章 犯罪捜査官 コレット・サブリナ V
2021.01.12

第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ




 アスレチックジムからミシェールのいた宿房までの道のりをじっくり観察しながら慎重に歩いているコレット。
 ジムを出て右へ折れたすぐのエレベーターで一つ階上の第十四ブロックに入ったところ。そこが、ミシェール達のいる宿房のある女性士官専用の居住区であった。

 サラマンダーとて軍艦である以上、乗員は軍規に従って行動しなければならない。が、毎日二十四時間も軍規にしばられていては息が詰まってしまい、士気の低下が心配され統制がとれなくなってしまうことになる。そこで居住区内においては、交代勤務明けであれば服装や化粧は自由となり、ある程度のプライベートな行動が許されていた。

 アレックスの艦隊内で特筆すべきことは、女性士官に対する配慮がよりよく成されていることであろう。艦隊内においても、化粧の自由を認められ、あまつさえ化粧室さえ設置されている。女性にとって、化粧はストレスを発散させる効果をもっているからだ。
 またそういった女性達からの意見・要望をまとめ、改善案を上申する役目には、主計科主任であるレイチェル・ウィングがあたっていた。女性士官が多く勤務する第一艦橋や通信管制室の隣室に化粧室を設置するよう提案したのも彼女であった。

 もちろん、こういった処遇は戦闘時や警戒体制時には適用されない、あくまで平時航行時においてのみのことである。
 女性士官専用居住区には、女性特有の病気を診察する産婦人科クリニックはもとより、美容院、喫茶室、オーダーメードのブティックもある。その中でも女性士官達の人気の的は、多種多様な品揃えを誇るランジェリーショップである。ごく普通のブラジャーやショーツはもちろんの事、G-ストリングスと呼ばれる生地の極端に少ないショーツをはじめ、ベビードールなどの世の男心をくすぐる魅惑的なランジェリーも豊富に揃っていた。
 こうした女性士官に対して充実した福利厚生施設を有している部隊は、アレックスの独立遊撃部隊を除いては、同盟艦隊のどこを探しても見当たらない。
 有能なる戦士である彼女達とて、戦いが終われば一人の女性に戻る。上着は軍服というものがあり、全員同じものを常時着用が義務づけられているからいいとしても、その下に着るランジェリーは、毎日履き替えて清潔なものを身に付けていなければ気がすまない。軍から配給されるショーツは、機能性重視だがデザインは貧弱で画一的、とても乙女心を満足させるものではなかった。
 アレックスの部隊、特に旗艦サラマンダーにおいては、全将兵に対しての女性士官の割合が四割を越えており、彼女達の不満を無視できないと判断した、主計科主任を兼ねるレイチェル・ウィングが、アレックスに許可を得て居住区の一角にランジェリーショップを開店したのである。主計科配下の衣糧課の職員を動員して、デザインはもちろんのこと、生地の裁断から縫製まで一切、すべて女性隊員達の手によって自由製作されている。それ専用に工作艦が一隻確保されている。

 そのランジェリー・ショップに入るコレット。買い物ではない。
「これはコレットさん。今日は買い物ですか、それとも……」
 ここを訪れるものは皆非番であるから、店員は親しみを込めてファーストネームで呼んでいる。
 彼女は、平時は主計科衣糧課の職員だが、戦闘になれば医務科衛生班の看護助手となる。
「アスレチックジムの事件の捜査中です」
「ああ、聞きましたよ。ミシェールさんが亡くなられたそうですね。可哀想なことをしました。それで、その捜査ですか」
「お聞きしたいのは、事件があった昼食を挟んだ前後二時間くらいに、この店の前をミシェール本人か、不審な人物が通るのを目撃したかどうかを知りたいのです」
「お昼時は込み合うので、店の前を通る人物までは見ていられないのですが……。ミシェールさんの姿は見ていませんし、不審な人物が通ればお客が騒ぐでしょうけど、それはありませんでしたね。
「そうですか……」
「それはそうと、とても可愛らしい、ブラ&ショーツが入荷したんですけど、見ていきませんか? きっとコレットさんも気に入ると思いますよ」
「捜査中ですから……。また、後で来ます」
 店員が薦めるくらいだから、間違いなく自分の好みに合っているのだろう。
 コレットとて、ランジェリーには人一倍気を使う女性士官だ。店員の親切な申し出を、気にせずにはおれない。
 公務中でなければ……。

 ちょっぴり自分の職務を恨んだ。

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2021.01.12 08:05 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第八章 犯罪捜査官コレット・サブリナ Ⅳ
2021.01.11

第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ




「続いての質問に入ります。ミシェールの膝に擦り傷があるのですが、その傷が何時ついたかご存じの方はいらっしゃいますか?」
「擦り傷ですか?」
「そうです。血が滲んでいたらすぐに判るほどの」
「ジムではずっと一緒でしたし、レオタードを着ていましたから、怪我していればすぐに気がついたと思いますけど……」
「他の方で、気づかれた方はいらっしゃいますか?」
 みんな首を傾げている。
 はて、怪我していたっけ?
 とばかりに。
 どうやら誰も気づかなかったか、或は生前には擦り傷はなかったかである。
「ではもう一点。部屋に一旦戻ったミシェールが、再びこのジムに引き返してきて、トレーニングしていたということは考えられますか?」
「そんなはずはないと思いますよ。ほんとに具合が悪そうでしたから」
「それにトレーニングは好きじゃありませんし、そんな元気があるくらいなら……ねえ」
 と同意を求めるように一同を見回す。
「実は、ミシェールには彼氏がいたんですよ。トレーニングするより彼氏の元にいっちゃいますよ」
「彼氏ですか……」
「そうそう。一目散ではせ参じますよ」
「ミシェールと特に仲の良かった人は、どなたか判りますか?」
「それなら、パトリシア・ウィンザー中尉です。士官学校では良く一緒に、共同研究とかもやっておられたようですから」
「ウィンザー中尉というと、司令の副官でしたよね」
「そうです。ミシェールについては、中尉が一番良く知っておられると思います。ただ今は艦橋勤務についていますからお会いできません。艦橋は一般士官は立入禁止ですから。もちろん捜査特権のある中尉殿でも例外ではありません」
「司令と中尉には、わたしの方から証言を聞ける機会を作っていただけるように言っておきましょう」
 レイチェルが言った。情報参謀として、艦橋には自由に出入りできて、司令にも進言できる身分だからである。
「ありがとうございます」
「ああ、ご存じかと思いますが、夕食時には食堂にやってきますが、艦橋勤務の者に対する取材や尋問は一切厳禁になっております。それが原因で、食事が満足に取れなかったり、交代に遅れるわけにはいきませんから。艦隊の運命を左右する重要な職務ですから、精神的負担を与えてはいけないのです。尋問は、非番になるか、その機会を与えられるまで控えてください」
 もちろん艦隊規則は重々知り尽くしているコレットであった。
「判りました……。中尉には後でお会いしましょう。ところで丁度主計科主任のウィング大尉がいらっしゃるのでお願いしたいことがあるのですが」
「どうぞ何なりとおっしゃってください。協力しますよ」
「このジムと、ミシェールの宿房を当面の間立ち入り禁止にしてください」
「いいでしょう、判りました。ミシェールと同室の者達は他の部屋に代わってもらいましょう」
「お手数掛けます。助かります」

 さて……。だいたいのことは確認できたようだ。勤務の始まる者もいるだろうし、全員をいつまでもここに足留めしているわけにはいかない。もっと突っ込んだ話しは、個別に明いた時間に尋問すればいい。
「今日はこれくらいで結構でしょう。何かあればお伺いしてお尋ねすることがありますけど、取り敢えず解散してください。どうもありがとうございました」
 ぞろぞろと部屋を出ていく証人達。
 やがて一人きりになって、考えをまとめはじめるコレット。

「さて、それぞれの証言をまとめてみると……」
 ミシェールはジムから部屋に戻るまでは生きていたが、食後のトレーニング開始時には死んで発見された。検屍では死後二時間程度ということだ。
 最後に見た者の証言では、かなりの体調不良で部屋にこもって食事も取らなかった。その時刻はスタジオで証言を取るとして……。ミシェールはアスレチックジムに行く気力もなかったようだ。それが何故ジムで発見されたかが問題だ。
 つまりこれが殺人だった場合、他の場所で殺されてジムまで運ばれた可能性が高くなる。だとすると殺害場所の特定と、遺体の搬送方法だ。
「殺害はミシェールのいた宿房というところだろうが、誰にも見られずに遺体をジムまでどうやって運ぶ……?」
 ミシェールの膝にできた擦り傷はその時にできたものに違いない。それは解剖ではっきりとするだろう。
「まずは、アスレチックジムから宿房まで歩いてみるか……。手掛かりはたぶん見つからないだろうがな……」

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2021.01.11 08:03 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第八章 犯罪捜査官 コレット・サブリナ Ⅲ
2021.01.10

第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ




 レイチェル・ウィング大尉を筆頭に、関係者が一同に会している。
 同僚の死亡という姿を目の当たりにして、その表情は暗い。
「事故捜査官の、コレット・サブリナ中尉です。今回の事件、ミシェール・ライカー少尉の死亡について、みなさんの証言を伺いたく集まっていただきました」
「やはり事故なんですか?」
「それは調査中ですので、この場では明らかにはできません」
「そうですか……」
「それではお聞き致しますが。まず、第一発見者は、どなたですか?」
 関係者を一同に集めた中で、開口一番尋ねる。
「カテリーナ・バレンタイン少尉です」
 レイチェルがカテリーナに視線を送りながら答えた。
「では、バレンタイン少尉。事件に遭遇した時、誰か他にいましたか?」
「いいえ、一人でした」
「ジムに一人でやってきて、事件に遭遇したのですね」
「はい、そうです」
「どうしてジムにきたんですか?」
「わたしは当直でした。交代の時間になってもミシェールが姿を見せないので探していたんです」
「当直の担当部門は?」
「艦内放送FM局スタジオ勤務です」
「パーソナリティー?」
「いえ、ADです」
「どういう事をしているのですか?」
「タイムキーパーが主ですが、その日に使う曲のセッティングや、必要備品を用意したりもしています」
「スタジオは何名で?」
「四名です。ディレクターと調整室員が他にいます」
「その方の氏名と所属を教えてください」
「はい」
 メモにカテリーナが言った氏名を記入するコレット。
「ところであなたがジムに、ミシェールを探しにきて、器械に挟まれた姿を発見したのですね」
「はい。てっきり、死んでいると思って、悲鳴をあげてしまったんです」
「その時、まったく遺体には触れなかったんですね」
「恐くて……」
「何か物音がしたとか、不審な点はありませんでしたか?」
「いいえ、何も。気が動転していましたのでなにも……」
「そうですか、わかりました」

 続いて現場立ち会い者達の証言をとることにする。
「そしてウィング大尉達が、カテリーナの悲鳴を聞きつけてやってきたんですね」
「そうです」
「何か不審な点に気づいた事はありますか?」
「いいえ」
「どなたか、遺体には触りましたか?」
「生死を確認するために、わたしが脈を計りました。首筋です」
 レイチェルが名乗り出た。
「他の箇所には?」
「いいえ。触りません。それで死んでいると判って、捜査科に連絡しました。現場保存のために、遺体はもちろん周辺の器械にも触れないよう、物品を動かさないように指示しました」
「おそれいります。捜査協力感謝します」

「ミシェールに最後に会った方は?」
「たぶんわたしだと思います」
 ミシェールと同室のクリシュナ・モンデール中尉が答える。
「ミシェールの死亡直前の行動を教えてください」
「ミシェールとわたし達は、食事前にこのジムで汗を流していました。その後の食事時間に疲れたと言って、食事を拒否して部屋に残ったんです。それが最後でした」
「同室のみなさんは、揃って食事に行かれたのですね」
「はい。当直のカテリーナ以外は一緒でした」
「ミシェールが着ていたレオタードはその時と一緒ですか?」
「はい。同じです」
「最後に姿を見たという正確な時刻が判りますか?」
「うーん。時計を見ていないから……。あ、そうだ! 艦内FM放送で、今流行の『サラサーテの彼方』という曲が流れはじめたから……」
「カテリーナはADでタイムキーパーをやってるそうですが、調べられますか?」
「はい。スタジオで当時のタイムスケジュールを調べれば正確な時刻が判ると思います。スタジオ要員なら誰でも判ります」
「判りました。後でスタジオに寄ってみましょう」
「放送中はスタジオには入れないので、午後五時のスタッフ交代前を見計らって訪ねると丁度良いと思います」
「ありがとう」
 メモ帖に午後五時スタジオと記入するコレット。

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2021.01.10 12:51 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第八章 犯罪捜査官 コレット・サブリナ Ⅱ
2021.01.08

第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ




 共和国同盟軍情報部特務捜査科第一捜査課艦隊勤務捜査官。
 それがコレット・サブリナ中尉に与えられた正式称号である。
 事故であれ殺人であれ、人が死ねばまずは第一捜査課(殺人課とも呼ばれている)の彼女が呼ばれて現場検証にあたることになっている。配下の捜査員とと共に現場検証にあたるコレット。
 すでにアスレチックジムは関係者以外立入禁止の処置がとられている。
 ミシェールが死んでいたマシンは、滑車からロープに繋がったウェイトを、持ち手を引っ張って持ち上げていくというものである。
 レオタード姿で死んでいる。
 一見、手が滑って持ち手が器械に引っ掛かったところに、ロープが首に掛かりウェイトの重みで首が締まって、窒息死したようにも見える。
「ウェイトの質量は片方ずつ五十キロか……。艦の重力は地上の六分の一程度しかないから、実質十キロ弱分の筋力ゲージね……。これくらいの重量で首が絞まって窒息死するだろうか」
 重力六分の一で、ウェイトが軽くなるのと同じように、人の体重も六分の一になるから、五十キロのウェイトでも人の体重を支えて、首吊り状態を十分維持できるが……。筋力十キロあれば、首に絡んだロープを外せるはずだ。
「ロープが絡んだときの勢いで、急に首を絞められて気絶したんじゃないですか。そしてそのまま……」
 しかし、明らかに不自然だ。持ち手は前へ引っ張っていくものだが、たとえ手が滑っても、反動で持ち手が首に掛かるようにカーブを描いて後方へ飛ぶとは考えにくい。落下するウェイトに引っ張られてまっすぐ戻るはずだ。
「誰か、遺体に触らなかった?」
「いいえ」
「だとしたらおかしいな」
「何がおかしいのですか?」
「この膝の傷だよ」
 タイツで隠れていて注意深く観察しないと気がつかないが、明らかな擦過傷を負っていた。
「ああ、これね。アスレチックジムですからねえ。擦り傷くらいは日常茶飯事じゃないですか?」
「そう思うか?」
「ええ、まあ……」
「いや、違うな。この傷は、たぶん死後に負ったものだ」
「え? どうしてですか?」
「それは、解剖にかければはっきりするだろう」
「教えてくれないんですか?」
「憶測で物事を判断するものじゃない」
 遅れて臨検医が到着して観察をはじめた。こうした場合の当然として、特に首筋を重点的に調べている。
「頸椎損傷の形跡はありますか?」
 気絶するほどのショックが首に掛かっていたかを判断するためである。
「外見からでは判断できませんねえ。解剖してみないことには」
「直接の死因は?」
「首筋に絡んだロープによって頸動脈が圧迫され、脳への血流停止による脳酸欠死というところです。死後およそ一時間というところですかね」
「何か不審な点は発見できませんでしたか」
「つまり、他の場所で殺された後に偽装工作として、マシンに括りつけられたような跡が見られなかったどうかということですね」
「お察しの通り」
「こういった場合ではよくあることなので、その点は念入りに調べました。結論は解剖の結果を踏まえて慎重に判断しなければなりませんので、私の管轄を外れます。私は事故現場の証拠を集めたり保存したりするのが任務ですから。ただ、個人的見解でよろしければ……」
「どうぞ、それで結構です」
「まずは首筋を見ていただきましょう」
 臨検医が指し示す首筋に注目するコレット。
「ごらんの通り、ロープの絡んだ箇所の下側に紫斑が見られると思います」
「そう言えばそうですね」
「この紫斑が直接の死因となったもので、頸動脈にかかっているのが判ります。これはつまり、首が締って死んだか気絶した後でロープが緩んでずれたか、或は誰かに首を絞められて殺された後で、改めてロープに吊るされたことを意味しています」

 医師は手近なロープを取って、コレットの首に巻くようにして軽く絞めて見せた。
「人の首を絞めて殺そうとした場合の絞殺班は、被害者と犯人の身長差、或はどのようにして首を絞めたかによって変わってきます。例えば天井の張りに渡したロープで吊るし首にするとかですね。もし背の低い犯人が背後から襲った場合、このように丁度鎖骨の上辺りにかかります。この位置はミシェールの場合と同じですね」
「つまりミシェールは自分より背の低い相手に首を絞められた可能性があるということですね」
「あくまで可能性ですがね……」
「ところで、ロープの位置と紫斑の位置がずれている点ですが、本当は事故で首が締まってぐったりとなった後で、ずれたということはありませんか」
「否定はできません。解剖してみないことには結論は出せませんから。最初に申しました通りに、これはあくまで私個人の見解なのです」
「わかりました。どうもありがとうございました。あ、そうだ。膝の擦り傷の鑑定をお願いしておきます」
「擦り傷? ああ、これですね……。判りました。調べておきます」
 自分なりの調査を一通り終えたので、被害者のそばを一旦離れて、発見者達の証言を取ることにした。
「発見者達とミシェールと同室の者は集めたのか?」
 配下の捜査員に確認する。
「はい。隣の部屋に」
「よし。早速尋問しよう」
「司令官に報告は?」
「後だ。記憶が鮮明なうちに証言をとっておくのがセオリーだよ」

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2021.01.08 07:19 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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