銀河戦記/鳴動編 第一部 第十一章・スハルト星系遭遇会戦 V
2021.02.05

第十一章・スハルト星系遭遇会戦




 アレックスは自室へ向かい、スザンナとパトリシアは再び艦橋に戻ってくる。
「まずは第一関門の第七惑星での重力ターンにかかりましょう」
「そうですね。中佐の期待に応えましょう」
 パトリシアは、スザンナに指揮官席に座るように促し、自身は副指揮官席に座った。
 重力ターンの発案者であるスザンナが直接指揮した方が良いとの判断である。
 戦闘指揮ではないので、スザンナでも十分担えるだろう。
「指揮系統をこちらに戻します。第二艦橋に連絡してください」
「了解、指揮系統を第一艦橋に戻します」
「オニール少佐と、カインズ少佐に連絡してください」
 パトリシアが指示を出すと、通信用のモニターに両少佐が映し出された。
「これから最初の重力ターンにかかります。準備をお願いします」
 さすがに女性らしい配慮だった。
 アレックスなら、指揮官席から命令を下すだけで、いちいち配下の指揮官達に連絡を取ったり、状況説明したりはしない。自分達の方が階級が下ということもあるだろうが、それ以上に作戦指示には女性らしい配慮が見られた。
「判った。ところでパトリシア、中佐殿は本気で昼寝か?」
 艦橋にアレックスの姿が見えないのを確認してゴードンが尋ねた。
「はい。たぶん……」
「そうか……判った」
 少し苦笑の表情を浮かべながらも納得して答えるゴードン。
「カインズ少佐も宜しいですね」
「こちらは準備オーケーだ。いつでも良い」
 カインズは例のごとく無表情だ。アレックスの性分はすでにお見通しだ。
「それではよろしくお願いします」
 通信が切られた。
 アレックスが昼寝するといった発言と行動に対し、意見具申するものは一人もいなかった。そう、彼の本領が発揮されるのは、敵艦隊との戦闘がはじまってからである。それまでに十分の気力を蓄えるための休息に、意義を挟むことはできないだろう。

「これより第七惑星による重力ターンを行う。艦隊リモコンコードに乗せてコース設定を送信する。全艦受信を確認せよ」
 すぐさま最初の重力ターンにかかる。タイミングを間違えるとコースが変わってしまうから、艦隊リモコンコードを使って全艦一斉に行動するに限る。
 メインスクリーンに全艦艇が赤い光点として表示されている。それがリモコンコードを確認したことを示す青い光点に切り替わっていく。
「全艦、リモコンコードの受信確認終了しました」
「よろしい。では、重力ターンのオペレーションを開始してください」
「了解。重力ターンのオペレーションを開始します」
 リモコンコードによる艦隊行動は、すべて戦術コンピューターにインプットされたプログラムに従う。ゆえに指揮官が指示を出すことも、オペレーターがいちいち機器を操作することもない。行動が終了するまで見ているだけである。
 全艦が一斉に一矢乱れぬ行動を開始した。
 重力ターンに入るには、ほんの少し軌道修正をするだけで済むから、敵の重力加速度検知機に掛かることはない。
「重力ターンのコースに乗りました。全艦異常なし」
「よろしい。引き続き第三惑星への重力ターンの準備に掛かれ」
「了解。第三惑星、重力ターンの準備にかかります」
「コース設定を計算中」

 六時間後、アレックスが戻ってきた。
「状況はどうか?」
「全艦異常ありません。第七惑星と第三惑星の重力ターンを完了し、これより二十分後にスハルト星による重力ターンに入ります」
「そうか……。パトリシアご苦労だった。休憩に入りたまえ」
「はい。休憩に入ります」
 パトリシアが副指揮官席を立ち上がって艦橋を退室して行く。
「スザンナは、そのまま指揮を続けてくれ。後で交代する」
 と指示して、空いた副指揮官席に座る。
「わかりました」

 ここからが問題だわ……。

 スザンナはアレックスの方を見やったが、一向に指揮を変わる気配を見せていなかった。どうやらスハルト星の重力ターンという重役までも任せる一存のようだった。少しでもコース設定や操艦ミスがあれば、スハルトの強大な重力から脱出できずに艦隊が自滅してしまう。艦隊とそこに従事する大勢の乗員の生命がスザンナの指揮に掛かっていた。
 それだけ自分を信頼してくれているという事だ。
 もし重大な判断ミスを犯した時は、すぐさま命令訂正をするために副指揮官席に陣取っているとは思うが……。それでも艦隊を自分が直接操れるのには変わりがない。
 士官学校時代からずっとアレックスから切望されて艦長を務めてきた。そして艦隊指揮官としての経験の機会を与えられ、これまで無難にこなしてきた。
 そして今、戦闘体制での恒星スハルトの重力ターンを指揮している。
 スザンナは胸が熱くなった。

 ウィンディーネ艦橋。
 ゴードン・オニール少佐はスザンナの指令に従って部隊を動かしていた。
「スザンナは、ここまでは無難に指揮運営しているな。どうやら中佐は、スハルト星での重力ターンも指揮させるようだ。となると大変だな……」
 副官のシェリー・バウマン少尉が答える。
「そうですね。侵入角度を間違えて深く突入してしまえば溶けて消えてしまうし、さりとて浅すぎれば敵艦隊を追尾するコースに乗り切れない。いくら艦隊リモコンコードで進行するとはいえ、」
「スザンナのお手並み拝見だな」
「しかし中佐殿は、なぜ艦隊運用の教練を受けていない一般士官の旗艦艦長に、任せきりにしているのでしょうか? 戦術士官のウィンザー中尉もいらっしゃるのに」
 並び立っている航海長が疑問を投げかけた。
「艦隊運用ができるのは、何も戦術士官でなくても、その能力を有している人間は幾らでもいる。民間の例で言っても、義務教育すらまともに卒業していない者が会社を興して発展し、最高学歴の者が平社員で働いているというのは良くある事だ。中佐は、スザンナの中に秘めたる能力を見出しているのさ。だから、艦隊の指揮統制を任せたり、作戦会議にオブザーバーとして参加させてきた。スザンナも中佐の期待に応えるような素晴らしい働きをしている。それはこれまでの経歴が物語っているじゃないか」
「それはそうですけどね……」
「それとも何か? もしかして女性に指揮されるのが、気に食わないんじゃないだろうな。もしそうなら偏見だぞ。今すぐにでも改心した方がいい」
「いいえ、そんな考えはありません」
「なら、いいが……」
「にしても司令は昼寝するとか言ってたそうですが、本気ですかねえ」
「ああ、たぶん本気だよ。いざ戦闘になれば、一時の休み暇なく頭脳をフル回転させなきゃならん。何せ全艦隊・全乗員の生命が掛かっているのだからな。その精神力の消耗は凄まじいものだ。一秒の指示の遅れが勝敗を決する事もある。戦闘時の一時間は平時の一日に相当するくらいのエネルギーが必要だ。だから部下に任せられる今の内に休んでおくわけだ」

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2021.02.05 08:05 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十一章・スハルト星系遭遇会戦 Ⅳ
2021.02.04

第十一章・スハルト星系遭遇会戦




 十数分後、艦橋にアレックスが戻ってきた。
「現在の状況は?」
 アレックスの入室を認めて、指揮官席を譲るために立ち上がるスザンナ。敬礼しながら報告事項を伝える。
「旗艦サラマンダー並びに全部隊航行異常ありません。現在位置はスハルト星系第八番惑星軌道上を巡航速で航行中。敵艦隊は、スハルトの向こう側第六番惑星軌道上です」
「うむ。ご苦労様」
「司令。参謀達が揃いました。」
 パトリシアが報告する。
「わかった。スザンナ、君も一緒に来てくれ」
「判りました。では、艦の指揮を第二艦橋に移行します」
 第二艦橋は、第一艦橋が機能しなくなった時のための補助的な部署で、司令補佐のアンソニー・リーチフォーク大尉が指揮を執っている。毎度のことながら作戦会議にスザンナを出席させるアレックスに従い、指揮官のいなくなる第一艦橋に代わって、その機能を第二艦橋へ移行させたのだ。

 第一作戦司令室に集まった参謀達。
 パトリシアが勢力分布図を指し示しながら状況説明をしている。
「……というわけだ。ここはどうすべきだと思うか?」
 アレックスは皆に意見を聞いている。
「ここはスハルトの重力圏内です。コース変更には敵艦隊に位置を知られる危険性を伴います。どうやら敵は気づいていないようですから、このままのコースを維持していけば敵と交戦することなく離脱できるでしょう。現在の状況では戦うよりも逃げるのが得策だと思います」
 最初に口を開いたのはカインズだった。
「わたしも、カインズ少佐のおっしゃる通りかと思います。戦うとなれば敵にも位置を知られて正面決戦となるのは必至。艦数がほぼ同数なら、被害も同数になるでしょう。ニールセン中将に睨まれていて、艦艇の補充がままならぬ現状での消耗戦は避けるのが尋常かと思います。奇襲を掛けてというのでなければ……」
 と賛同を表明したのはジェシカだった。
 その他の参謀達の意見も一致していた。奇襲でなければ戦闘は避けるべきと言うものだった。
「スザンナ、艦長としての君の意見を聞こうか」
 突然、オブザーバーとして参列しているスザンナに意見を聞くアレックス。
「はい。恒星系の重力圏内でコース変更を行い、加速して敵艦隊に追い付くには、かなりの燃料を消費することになります。しかも重力加速度計に感知されますから、奇襲は不可能です。位置関係を保ちつつ、最大速度で恒星系を脱出するのが常套で得策かと」
「まあ、そうだろうな。一番無難だ」
「ですが……敵を叩く策がないでもありません」
「言ってみたまえ」
「よろしいのですか? ここには参謀の方々もおられますし、一艦長でしかない私が口を挟むのは、越権行為かと思います」
「気にしないでいい」
「それでは……」
 といいつつ、指揮パネルを操作するスザンナ。
「進行ルートを表示します」
 前方のスクリーンに恒星系のマップと艦隊相関図、そして部隊の進行ルートが示された。
「敵艦隊に追いつくために加速すれば、敵の重力加速度計に検知されてしまいます。まずは、第七惑星を利用して重力ターンとスイングバイによる加速を行い、さらに第三惑星でも同じようにスイングバイ加速を行って、恒星スハルト近接周回軌道に乗ります。近日点通過と同時に機関出力最大で加速して、背後から敵艦隊を追尾開始。この際にも恒星を背にして行動しますので、恒星の磁場や恒星風などの影響を受けて探知は難しいはずです。悠々と敵の背後を襲うことが可能でしょう」
「随分と遠回りをすることになるな」
「ですが、敵艦隊に対して常に恒星の影となるコースを取ることになりますので、察知される危惧を最少に防ぎながら接近することが可能です。スイングバイや重力ターンによる加速や軌道変更では重力加速度計では探知できません」
「急がば回れということだな」
「はい」
「ふむ……パトリシア。作戦参謀としての君の意見は?」
「ベンソン艦長のプランは十分遂行可能だと思います。問題があるとすれば、近日点付近を通過する際、恒星からの熱に各艦の耐熱シールドがどこまでもつかということです」
「ということらしいが、その辺のところはどうだ。スザンナ」
「はっ。もちろんそれは、旗艦サラマンダー以下、最も軽備な駆逐艦に至るまで、安全限界点を踏まえたうえで、十分考慮してコースを設定します」
「ふーむ……」
 と少し考えてから、
「ゴードンはどうだ?」
「いいんじゃないですかね。もしスザンナの言う通りに奇襲を掛けられるというのなら反対はしません」
 一同を見回してその表情から賛否の意志を読み取ろうとするアレックス。
「我々の勢力圏内を行動しているのは何か特殊な任務を帯びている可能性があるということだ。黙って見過ごすわけにはいかない。決定する。スザンナの作戦を決行し、敵艦隊を叩く」
 ほう!
 全員がため息をついた。
「よし。コース設定は、スザンナ。君にまかせる」
「はい!」
「パトリシアは、作戦立案のやり方を教えてやってくれないか」
「わかりました」
「敵艦隊との推定接触時間は?」
「およそ、十八時間後です」
「そうか、では第一種警戒体制のまま、乗員に交代で休息を取らせてくれ。私も六時間ほど昼寝させてもらおうか。スザンナ、それまでの指揮を任せる」
「第七惑星での最初の重力ターンは三時間後になりますが……」
「それくらいの指揮なら、君にできるはずだ。いいな」
 毅然とした態度で、指揮権をスザンナに託すアレックス。
 そこまで信頼されては、期待に応えるしかないだろう。
「わかりました。指揮を執ります」
「うん。じゃあ、頼むよ。以上だ、解散する」

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2021.02.04 07:51 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十一章・スハルト星系遭遇会戦 Ⅲ
2021.02.03

第十一章・スハルト星系遭遇会戦




 その頃第一艦橋では、スザンナ・ベンソンが、巡航速体制下における部隊の指揮を執っていた。パトリシアも副指揮官席に陣取っている。
 このところアレックスが席を外している時は、スザンナが指揮、パトリシアが副指揮という体制が続いていた。スザンナは艦の操艦だけでなく、艦隊の指揮能力もかなりの素質があり、パトリシアをも上回ることをアレックスは見抜いていた。それゆえに極力スザンナに指揮を任せるようにしていた。もっともパトリシアは艦隊の指揮よりも、作戦参謀としての能力が高い。適材適所ということで、この二人のコンビネーションはなかなかのものであった。巡航時と戦闘訓練ではこの二人に任せることが多かった。
「まもなくスハルト星系重力圏内に入ります」
「機関出力を惑星間航行出力へ」
 思えば……士官学校時代からずっとアレックスの乗る艦の操艦に携わってきた彼女こそ、女性士官の有能さを再認識させ、アレックスに女性士官大量登用の道を開いたといえるのではないか。部隊の指揮を執るアレックスの側には、必ず彼女の姿があったのだから。
 その時、突如として警報が鳴り響いた。
「哨戒機CP-402号機が、敵艦隊を発見」
「位置は?」
「スハルト星系第六番惑星軌道上にあって、恒星スハルトに対して丁度反対側を航行しています」
「警報! 司令に連絡を取って」

 艦内を警報が鳴り続けている。
 何事かと近くの端末に飛びつくアレックス。
 すぐさま艦橋に連絡される。
「艦長。ヴィジホーンに司令が出ておられます」
 ヴィジホーンに映るアレックスが尋ねる。
「どうした、スザンナ。敵来襲か」
「恒星スハルトの反対側に敵艦隊です。まだ、こちらには気付いていないようです」
「勢力分析図を、こちらのモニターに流してくれ」
「わかりました。ただちに送信します」
 ややあってから、アレックスから回答が返ってきた」
「今、受信した……」
「いかがいたしますか」
「そうだな……取り敢えず現在のコースを維持しつつ、恒星スハルトに対して常に点対称になるように、敵艦隊との相対速度を合わせろ」
「わかりました」
「今からそっちへ向かう。全艦に、第一種警戒体制を敷いておけ。パトリシアは、参謀全員を至急第一作戦司令室に招集させておいてくれ」
「はっ。第一種警戒体制を発令します」
「参謀全員を至急第一作戦司令室に招集します」
 スザンナとパトリシアがほとんど同時に答えた。
「よし。それまで、そこを頼む」
 通信がとだえるや、スザンナはアレックスに受けた命令を反復して、指令を出した。
「発令! 全艦に第一種警戒体制」
「了解。全艦に第一種警戒体制」

 女性士官居住ブロック。
 第一種警戒体制を告げる艦内アナウンスが続いている。
「というわけだ、レイチェル。査察は中止。一旦艦橋に戻るぞ」
「助かりましたね」
 と、肩をすくめるレイチェル。
「そう言うことだ」

 艦橋のパトリシアもゴードン以下の参謀達に連絡を取り始めた。
「全参謀に至急伝達。第一作戦司令室に招集」
「了解!」
 巡航体制での指揮は執ったことがあるが、臨戦体制はまだ経験のないスザンナであった。緊張して手に汗を握る状態ながら、それでもしっかりとした態度で指揮を執っていた。
「現在の我が部隊と敵艦隊の相対速度は?」
「はい。現在、速度ベクトルで、我が部隊の三パーセントのゲージダウンです」
「速度を上げる。機関出力増幅、8000デリミタ!」
 とにかくアレックスが来るまで、持ちこたえなければならない。
「ウィンディーネのオニール少佐から通信です」
「繋いでください」
「繋ぎます」
「よう、スザンナ。今、敵勢力分析図を受信したが、恒星系に、反対側からほとんど同時に進入したみたいだな。中佐殿は?」
「現在位置は、女性士官専用居住ブロック。急ぎこちらへ向かっております」
「女性士官居住ブロック?」
「定期巡回査察中だったようです」
「そうか……役得というところだな」
「ご用件は?」
「敵と交戦するかどうかを、確認したくてね。中佐は、何か言っておられたか」
「いえ。第一種警戒体制を発令するようにおっしゃられただけです」
「ふーむ……。ということは、どうやら一戦交えるつもりらしいな。今からそっちへ行く」
 通信を終えて、パネルスクリーン上に投影された、敵艦隊との相対図を眺めていたスザンナだったが、何を思ったのかコンピューターを操作しはじめた。

「これだけ接近していながら、双方のレーダーに引っ掛からなかったのは不思議ですね」
 スザンナが呟くようにいうとパトリシアが答える。
「双方の侵入角度が、たまたま恒星スハルトを点対称となす位置関係にあったからですね。間にあるスハルトが丁度邪魔をしているのでしょう」
「しかし、いずれ敵も哨戒機でこちらを発見するのは目にみえています」
「ともかく中佐殿が到着するまで、現在の位置関係を維持しましょう」
「そうですね。敵艦隊との相対速度を合わせます」

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2021.02.03 07:43 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十一章・スハルト星系遭遇会戦 Ⅱ
2021.02.02

第十一章・スハルト星系遭遇会戦




「中佐。そろそろ、巡回査察のお時間です」
 レイチェルが自分の腕に巻いている婦人腕時計の指針を確認して言った。
「うむ……わかった」
 と、ゆっくりと立ち上がるアレックス。
「今回はパス、というわけにはいかないかな」
「規則です。指揮官が軍規を無視しては、配下にたいして示しがつきません」
 きっぱりと答えて、アレックスを促すレイチェル。

 中央エレベーターから第十四ブロックに降りた所が女性士官居住区だ。
 レイチェルと並んで通路を歩いていると、行きかう女性士官が慌てて敬礼をして、
通路の端に寄って道を譲っていく。
 巡回査察があることは知らされてるので、男性のアレックスが通行していても、誰
も咎める者はいない。いや、査察でなくてもアレックスなら、皆が許してくれるだろ
う。
 パジャマ姿で平気で出歩いている女性もいると聞くが、さすがに査察があると知っ
てちゃんとした服を着ているなと、アレックスは考えていた。
「次ぎはランジェリーショップです」
「やっぱり……。そんなところも査察しなければならないのか」
「当然です。そもそもランジェリーショップの運営は、中佐殿が特別許可なされたも
のでしょう。その運営が滞りなくなされているか査察するのは義務というものです」
 ふうっ。
 と大きくため息をつくアレックス。
「早いとこ済ませたいものだ……」
 ランジェリーショップは、第十四ブロックの女性士官居住区、中央エレベーターか
ら左手に回った所にある。
「いらっしゃいませ!」
 店員が愛想良く迎える。
「いや、買い物にきたわけではないから……」
「まあ、いいじゃないですか。殿方を魅了する素敵なランジェリーが盛り沢山。それ
を見るだけでも」
 レイチェルが背中を押すようにしてアレックスを店の中へ誘いこむ。
「ば、馬鹿。何いってるんだ」
 冷や汗をかきながら店内に入るアレックス。

 店内にいた女性達の視線が集中する。男性の入店に一瞬緊張感が走るが、そこに指
揮官の姿を確認して、一斉に敬礼を施した。
 巡回査察か……。
 みな一様に納得した表情をしている。
 一人の女性士官が、アレックスのそばに歩み寄って来る。
「ここの責任者のアイシャ・ウィットマン少尉です。よろしくお願いいたます」
「や、やあ……」
「このランジェリーショップを一目見られたご感想はいかがですか?」
「そう言われてもなあ……」
「このようなランジェリーショップの運営を許可して頂き、女性士官一同、中佐殿の
ご配慮には感謝いたしております」
「そ、そうか」
「念のためでありますが……。上着の方は軍規で決められた軍服の着用が義務付けら
れておりますが、下着に関しては一切の決めごとはありません」
「つまり、軍服の下に何を着ようと自由というわけだ」
「その通りです。中佐殿は、パーティーには参加なされたことはおありでしょう?」
「まあな」
「では、そこに参加する女性達を見てお気付かれると思いますが、一人として同じド
レスを着ている者がいないということを。規則で決められていない以上、他人と同じ
物を着ることなど耐えられないのが女性なのです。そして見えないところに精一杯の
おしゃれをすることこそ、女心というものであり生きがいでもあるのです」
「まあ、確かに男性の着る下着を考えると、ランニングシャツにブリーフないしはト
ランクスという基本パターンを踏襲していて、数えるほどしかバリエーションはない
よな」
「これらのランジェリーのすべては、艦内の作衣工廟で生地を裁断し縫製したもので
す。作業には衣糧課の女性士官があたっており、艦内インターネットを通じて、全女
性士官の要望などを取り入れてデザインを起こし作成しております」
「中佐殿。ご遠慮なさらずに、どうぞ手にとって十分にご覧になってください」
「あ、ああ……」
 条件反射的に言われるままにランジェリーを手に取ってみるアレックス。
「いかがです。デザインはもちろんのこと色柄・材質どれをとっても市販として流通
しているものには見劣りしませんよ」
「そういわれてもなあ……」
 アレックスにとっての婦人下着いわゆるランジェリーといえば、同居しているパト
リシアが所有するものがすべてであり、彼女が着替えの時などに垣間見る他は、手に
とってじっくり鑑賞することなどありはしない。当然、感想を求められても答えられ
るものではなかった。
「せっかくいらしたのですから、中佐殿の恋人へのプレゼントにお一ついかがです
か」
「おいおい。買い物に来たのではなく、査察なんだぞ」
「まあまあ。固いことおっしゃらずに。そうですね……これなんかいかがです?」
 といってアイシャが手にとって見せたのは、パープルのベビードールであった。
 恋人といっても妻であるパトリシアということになる。
 パトリシアに似合うかな。いや、それ以前にこれをプレゼントされてどういう反応
をするかが問題だ。
 などとふと思ったりもするが……、
「いや、遠慮しておくよ。とにかく仕事をさせてもらうよ」
 いつまでも関わっていたら、本当に衝動買いしてしまいそうだった。
「そうですか……。残念ですね」
「ここはもういい。次に行くぞ」
 ランジェリーショップを出て行くアレックス。
「あら……中佐殿。査察……ですか?」
 入れ違いに、かの特務捜査官のコレット・サブリナ中尉が店に入るところだった。
「なんだ君か……。君もここへ買い物に来たのか?」
「ええ。仕事がない時は、よくきますよ。見るだけでも楽しいですからね」
「そうか、じゃあゆっくり見ていってくれたまえ」
「はい。中佐も頑張ってください」
 何を頑張るというのか……。おそらくアレックスの心情を察してのねぎらいの言葉
なのかも知れない。
 レイチェルと二人で並んで歩くアレックス。
「ところで……、君もあんな下着を身につけているんだろうね」
「もちろんですわ。なんだったら見せてさし上げましょうか?」
「うう……。遠慮しとく」
「そうですわよね……。婚約者のパトリシアの下着姿くらいは見慣れていらっしゃる
でしょうから。彼女も結構魅惑的な下着つけてるのよね。やっぱり恋人がいる人は下
着にも結構気を付けるから」
 というレイチェルの言葉の最後の方はぼやきにも似た呟きとなっていた。
「見たのか?」
「一応、女同士ですから。一緒に着替えることありますもの」
「女同士ね……そっか……」
「それでは、次へ参りましょう」
「まさか、女子更衣室だなんて言うんじゃないだろうな」
「ご拝見なさりたいなら」
「いや、遠慮しとく」
「はい」
 といって、くすっと笑うレイチェル。

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2021.02.02 07:41 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十一章・スハルト星系遭遇会戦 Ⅰ
2021.02.01

第十一章・スハルト星系遭遇会戦




「なあ、今回はパスということに出来ないかい?」
「だめです。巡回査察は司令官の責務です。指揮官が軍規を犯していては、部下に示しがつきません」
「しかし、場所が場所だからなあ……」
 アレックスが頭を抱えている原因は、今回の巡回査察の区域にあった。
 女性士官専用居住ブロック。男子禁制の女性士官だけの区域である。
 軍艦というものは、本来男子オンリーの職場が一般的であるから、男子禁制などという区域があるはずもないのだが、アレックス率いる部隊は女性士官配属率が平均で三割を越えていた。特に、通信・管制オペレーターが数多くひしめく旗艦サラマンダーにあっては、その六割が女性士官という華やかな環境にあった。こうなると必然的に男女を分け隔てる必要が出てくるわけで、それが女性士官専用居住ブロックという区分けの誕生を促したのである。

「男の私が、女性士官専用居住区に入るなんて……」
「艦内運用規則第十八条の第三項。巡回査察の責務について、艦の責任者は定期的に艦内の査察をすべからく実施し、規律や士気の向上を計るために、これを指導すべし。お忘れですか?」
「知っているよ」
「規則にはすべからくとあります通り、艦内くまなく査察しなければなりません」
「だから、後回しにするとかさ……」
「結局やらなければならないのは同じ事です」
「なあ、艦長のスザンナにまかせるのはどうだ? 艦長だし、艦の責任者だ」
「いいえ。他の艦なら、艦長がやるのが当然ですが、ここは旗艦『サラマンダー』です。旗艦の最高責任者は、ランドール中佐です」
「ランジェリーショップ……あるよな……」
「あります」
「産婦人科クリニックも……」
「あります」
「どんな顔してりゃいいんだよ。恥ずかしいことこの上ない」
「もう……。アレックス! いい加減あきらめて腰をあげなさいよ!」
 レイチェルが、私語を使って叱りつけるように言った。部隊内で唯一、幼馴染みという間柄だからこそ言える言葉だった。
「わ、わかったよ。行けばいんだろ、行けば……」
 さすがに私語で叱られても反論できず、渋々重い腰を上げるアレックス。
 女性士官専用の居住区というものが存在しない他の艦隊ならこんな悩みなど発生しなかったのだ。
 それは……。独立部隊が発足して、パラキニア星系・ゲーリンガム隕石群での最初の戦闘訓練を終えてパラキニア星に寄港する際の事だった。

 女子更衣室。着替えをしている女性士官達。
「いい加減。配給の下着にはうんざりするわね」
「丈夫で長持ちだけが取り柄なんだよね」
 と、ショーツを手にとって目の前にかざして見る隊員。
「ねえねえ。主計科主任のレイチェルさんに頼んでみようよ」
「主任に?」
「うん。主任なら何とかしてくれるかもしれないわ」
「なんたって、司令官の幼馴染みだそうだもんね」
 それから有志がレイチェルに直談判したらしい。
 そして……。
 アレックスの所にレイチェルはやってきた。
「今日は主計科主任として、部隊の女性士官を代表してお願いがあって参りました」
「何事かな。改まって」
「はい。女性士官専用居住ブロックの一部を解放して、ランジェリーショップの営業を許可して頂きたいのです」
「ランジェリーショップ……!?」
「部隊に所属する将兵の軍服や下着類は、一定期間毎に配給があるのは、少佐殿もご承知かと思いますが」
「知っている」
「この配給品の下着類について、女性士官達の不平不満が募っております」
「不平不満だと」
「軍から配給されるものは、いわゆるおばさんパンツと不評を買っており、日常として身に付けるに堪え難いとか」
「そうなのか?」
 そばのパトリシアに尋ねるアレックス。女性衣料に関することを聞けるのは、パトリシアをおいて他にはいないだろう。
「はい。確かにレイチェルさんのおっしゃる通りです。女性士官の間では何とかして欲しいという声があるのは確かです」
「軍艦に搭乗している限り、今日にも戦死するかもしれません。死出の旅路に出発する時に、おばさんパンツを履いていては、恥ずかしくて死んでも死にきれません。ですからせめて下着だけでも、精一杯のおしゃれをしていたいと思うのは、女心として無理からぬことではないでしょうか」
「男には判らない女性心理というわけか……で、具体的にどうするつもりなのだ」
「はい。衣糧課にある施設を使用しまして、ランジェリーのデザインから縫製まで一貫生産します。そして女性士官居住区の一部を開放してショップを開きます。店員は衣糧課から派遣します」
「その収益はどうするんだ。生地は当然軍からの支給品だし、課員を使役するとなると……」
「もちろん非営利です。福利厚生費に充当して還元します」
「なるほどね……。まあ、いいだろう。ランジェリーショップの営業を許可する。運営上の問題は、すべて君に一任する。好きなようにやってくれたまえ」
「ありがとうございます」
 というわけで、ランジェリーショップの設置を許可したのだが……。

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2021.02.01 06:54 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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