性転換倶楽部/響子そして 遺言状公開(R15+指定)
2019.04.26


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十七)遺言状公開

「さて、この娘が儂の孫であることは、書類の通りに事実のことだ。その顔を見れば、
弘子の娘であると証明してくれる。儂が言いたいのは、相続人として直系卑属はただ
一人、この響子だけということだ」」
「それがどうしたというのだ」
「儂は、今この場で生前公開遺言として、この響子に財産のすべてを相続させる」
 椅子を跳ね飛ばして、四弟の健児が興奮して立ち上がった。
「馬鹿な!」
「でも健児、遺留分があるから、すべてを相続させることできないんじゃない?」
「姉さん、知らないのかい? 直系卑属の響子に遺言で全額相続させたら、俺達の遺
留分はまったく無くなるんだよ。被相続人の兄弟姉妹には遺留分は認められていない
んだ」
「ほんとなの?」
「そうだよ」
 さっきから、何かにつけて意義を唱え続けている、四弟の健児。
 なんか変だ……。
 明らかにわたしを拒絶する態度を示している。わたしが響子として紹介された時か
らずっとだ。
「まあ、落ち着け健児。先をつづけるぞ。では、儂の生前公開遺言状を発表する。弁
護士、よろしく」
「わかりました……」
 三人並んだ中央にいた弁護士が鞄から書類入れを取り出した。
「それでは、公開遺言状を読み上げますが、これは正式には公正証書遺言となるもの
で、遺言者の口述を公証人が筆記し、証人二人が立ち会って署名押印したものです。
 なお、証書は縦書きになっておりますので、そのように理解してお聞きください。
(右は上、左は下ということです)
 読み上げます。

 平成十六年第一三五号。
 遺言公正証書。
 本職(公証人 以下同じ)は、後記遺言者の属託により、後記証人の立会いをもっ
て、左の遺言の趣旨の口授を筆記し、これを証書に作成する。
一、遺言者は、その所有に関わる左記の不動産及び有価証券を、孫娘磯部響子に相続
させる。
 (一)東京都○○○市上寺山一丁目一番二号。
    宅地、十一万二千二百三十平方メートル。
 (二)同敷地内
    家屋番号 十二番。
    鉄骨鉄筋コンクリート三階建居宅一棟。
    床面積 七万千八百七十五平方メートル。
 (三)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (四)長野県佐久郡軽井沢町軽井沢○○○番一七二一号。
    宅地 四千五十七平方メートル。
 (五)同敷地内
    家屋番号 七番。
    鉄骨鉄筋コンクリート二階建別荘一棟。
    床面積 三千二百十三平方メートル。
 (六)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (七)千葉県鴨川市上○○○番三号
    宅地 二千五百七平方メートル。
 (八)同敷地内
    家屋番号 二番
    鉄筋コンクリート二階建別荘一棟。
    床面積 二千三百七十平方メートル。
 (九)同屋敷に付帯する設備及び調度品など一切。
 (十)その他、全国に所有するすべてのビル・建築物などの所有権一切。
 (十一)株式会社○○○商事、所有の全株式
    株式会社△△△海運、所有の全株式
    ………………(中略)………………
    株式会社×××製紙、所有の全株式
二、遺言者は、長兄の故一郎の子孫、長姉の依子、次兄の故太郎の子孫、次妹の正子、
それぞれに金十億円を相続させ、四弟の健児には金五百万円を相続させる。その資金
は銀行預金及び有価証券等を売却してこれに当てること。
三、遺言者は、以上を除く残余の財産はすべて、孫娘磯部響子に相続させる。
四、この遺言の遺言執行者として、
  東京都○○区大和田町三丁目二番地六号。
  行政書士、竹中光太郎を指定する。


  東京都○○市上寺山一丁目一番一号
   無職  遺言者  磯部京一郎
    明治四十一年三月十二日生

 右の者は、本職氏名を知らず面識がないので、法定の印鑑証明書によりその人違い
でないことを証明させた。
  東京都品川区西五反田三丁目二番七号
   会社員  証人  渡部登志男
  東京都港区赤坂一丁目二番二号
   銀行員  証人  草薙 道夫

 右遺言者及び証人に読み聞かせたところ、各自筆記の正確なことを承認し、左にそ
れぞれ署名押印する。
  遺言者  磯部 京一郎 (押印)
  証 人  渡部 登志男 (押印)
  証 人  草薙  道夫 (押印)

 この証書は民法第九六九条第一号ないし第四号の方式により作成し、同条第五号に
基づき本職左に証明押印する。
 平成十六年四月一日。東京都○○市上寺山一丁目一番一号所在遺言者居宅居間にて。
  東京都港区赤坂五丁目六番七号
   東京法務局所属
    公証人  歌川 信太郎 (押印)

 以上です」

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性転換倶楽部/特務捜査官レディー メイド修行(R15+指定)
2019.04.25


特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)


(五十三)メイド修行

 遺言状公開は夕刻からである。
 それまでの間は女性警察官に対して、メイドとしての最後の躾けが行われることに
なっていた。
 本当のメイドに付いて手取り足取り実地研修である。
 当日の今日は、当屋敷の正式なメイド服を着てである。
 フリルが施されたペチコートがわずかに覗くふわりと大きく広がったスカートスタ
イル。肩口はたっぷりと余裕を持たせたパフスリーブとなっており、両腕の動きも滑
らかにできて仕事に支障のないように仕立てられている。そして大きなリボン結びの
エプロンドレス姿は、これぞまさしくメイドといった風情がある。
 メイド服としての実用性以上に、豪華なドレスと呼ぶに相応しいものがあった。も
ちろんそれは、磯部邸の屋敷で働くメイドとしての格式でもあったのである。
 このような服を着るのははじめてという女性警察官がほとんどで、メイド服の仕立
ての時はキャピ☆ルン♪状態であった。
 たかが二三日の研修と捜査だけのことだというのに、磯部氏は一人一人全員のメイ
ド服をオーダーで新調してくれたのである。
「あなた達が警察官の制服に誇りを抱いているように、メイド達にも自分達の制服に
誇りと気概を持って働いて頂きたいのです。ですからメイド達全員にオーダーメード
し、心身共々しっかりと働いてもらいたい。それはまた、今回の女性警察官にもその
心情を理解してもらうために新調させて頂きました。健児が訪れたとき、少しでも疑
惑を持たせないようにしてもらいたいからです」
 ということだそうだ。

「俺は周辺地域の確認をしてくる」
 といって、敬は屋敷の外へ出て行った。
 今回の任務において、男性捜査員は屋敷内では活動できない。
 メイド以外には男性職員はほとんどいないからである。
 そこで、屋敷に隣接する住居に立てこもって屋敷の外回りの警備に当たることにな
っていた。
 事あれば、緊急配備や道路封鎖を行う手筈になっていた。
 また特殊傭兵部隊にいた敬にとっては、ビルの屋上から狙撃されるということも念
頭にいれていた。実際にも自分自身がニューヨーク市警本部長を狙撃したようなこと
が、あり得ないとはいえないからである。なにせ磯部氏の莫大なる遺産がからんでい
るのだから、あの健児ならやりかねないだろう。
 屋敷内の事はわたしが取り仕切ることになっていた。
「磯部氏にお会いします。どちらにおいでですか?」
「書斎ですよ」
 何気なく答える女性警察官だったが、
「だめ! メイドならメイドらしく、丁寧な言葉使いをしなさい。もうすでに始まっ
ているのですよ」
 とわたしは強い口調で叱責する。
「あ……。申し訳ございません。……、ご主人様は書斎においでになられます」
 かしこまって改めて言い直す女性警察官。
「そうそう、それでいいのよ。その調子で、今日一日しっかりと頑張ってください」
「かしこまりました」
 と深々とメイド式のお辞儀をするのだった。

「少し心配になってきたわね」
 たかがメイドと思うなかれ。
 作法や躾けはもちろんのこと、言葉使いから歩き方にはじまって、身の振り方一挙
一動に全精神を注がなければならない。
 相手はご主人様であり、大切なお客様なのであるから。

 広い屋敷内を歩き回って……といってもいいくらいの時間を掛けて、やっと書斎に
たどり着いた。
 大きな扉の前に立って、ノックして名前を伝える。
「斉藤真樹です」
 本来なら部屋付きのメイドがいるのだろうが、女性警察官への研修に回っているの
である。
 磯部氏とも了承済みのことである。
「入りたまえ」
 返答があって、扉を開けて中に入っていく。
「遅くなって申し訳ありません」
「構わないよ。君の任務が始まるのは、響子を迎えにいってからだ」
 磯部響子の専属メイド。
 それが今回のわたしに与えられた任務である。
 付きっ切りで身辺警護を担当する。

「響子さんをお迎えに行かれるのは何時からですか?」
「これからです。たぶん午後三時頃には戻ってこられると思います」
「それまでにはこちらの準備を終わらせておきます」
「たのみます」

「ひろしは……いや、響子だったな……。響子は、私を許してくれるだろうか?」
 京一郎氏は、母親殺しに至った孫のひろしに対して、祖父として何もしてやれなか
ったことを後悔していた。実の娘である弘子を殺されたことと、手に掛けたのが孫の
ひろしということで、人間不信に陥ってしまっていたのである。
「磯部さんの気持ちは判ります。響子さんだって、自分のしたこととして反省をすれ、
祖父であるあなたを恨む気持ちなどないでしょう。双方共に許しあい手を取り合えば
気持ちは通じるはずです。血の繋がった肉親ですからね」
「あなたにそういってもらえると少しは気持ちも治まります。ありがとう」
「どういたしまして」
「それでは、響子を迎えに行くことにしましょう」
 ということで、磯部氏は出かけていった。


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性転換倶楽部/響子そして 親族会合(R15+指定)
2019.04.24


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十六)親族会合

 午後九時を過ぎたあたりから、車寄せにベンツやらBMWなどの高級外車が次々と
出たり入ったりしながら来客を降ろしていた。
「ぞろぞろ集まってきたみたい」
 窓から少しカーテンを開けて覗いているわたしと里美。
 里美はネグリジェに着替えていた。
 タンスの中には母親の衣類がそのまま残されていた。
 それを着せてあげたのである。
 わたしは親族会議があるから、それにふさわしい服装に着替えている。
「みんな外車だね」
「そりゃそうよ。この屋敷に入るのに軽自動車なんかで来たら笑われちゃうわ。持っ
ていない人は、どこからか借りてくるそうよ」
「見栄だね。ナンバーで判るからレンタカーじゃないわよね」
 やがて別のメイドが入ってきた。
「お嬢さま、旦那様がお呼びでございます」
 わたしと里美は、見つめ合った。
「いよいよね」
「頑張ってね。お姉さん」
 何を頑張るのかは判らないが……。
 里美を残して、部屋を出た。ふと振り返ると里美が手を振っている。
 二人のメイドの後について、長い廊下を歩いていく。
 大きな扉の前で歩みが止まった。
「少々、お待ち下さいませ」
 軽く会釈すると、その扉を少しだけ開けて入って行く。
「お嬢さまを、ご案内して参りました」
 その開いた扉から、メイドの声が聞こえてきた。
「よし、通してくれ」
 祖父の声だ。いつもと違った威厳のある口調。
「かしこまりました」
 そういう声と同時に、扉がゆっくりと全開された。
 メイドが二人、それぞれ両側の扉を開いていく。

 広い部屋の真ん中に、矩形にテーブルが並べられている。
 一番奥のテーブルには祖父が座り、両側サイドのテーブルには親族が座っている。
そして一番手前には、きっちりとしたスーツを着込んだ弁護士らしき人物が座ってい
る。

 わたしの姿を見るなり、親族のほぼ全員が声をあげた。
「弘子!」
 全員の視線がわたしに集中している。
「そんなはずはない! 弘子は死んだ。それに年齢が違う」
「そうだ、そうだ」
 そんな声には構わず祖父が手招きをしている。
「良く来たな。響子、儂のそばにきなさい」
 テーブルを回りこむようにして、彼らのそばを通り過ぎて祖父のところまで歩いて
行く。真樹さんも後ろに付いてくる。

 一体誰よ、この女。
 何者だ。こいつ。

 というような、明さまに敵意を持った目つきで睨んでいる。
 親族にとっては、女性ホルモンと性転換のおかげで、すっかり容姿が変わってしま
っているわたしが、ひろしだとわかるはずもないだろう。
 第一このわたしだって着席している全員を見知っていないのだから。おじいちゃん
の姉弟くらいは覚えがあるが、亡き長兄と次兄の子供らしき人物達は覚えていない。
 祖父の脇にしずしずと立ち並ぶ。後ろには真樹さんが控えている。
「揃ったようだな。まず、そちらにいるのは、顧問弁護士と立会人。そして見届け人
として、篠崎重工ご令嬢の絵利香さんにお越しいただいた」
 名指しされた少女、篠崎絵利香がにっこりと微笑んだ。
 磯崎家と篠崎家は、江戸時代から取引のある旧知の仲である。


「紹介しよう。この娘は、弘子の長女の響子だ」
「馬鹿な!」
 いきなり一人が立ち上がって怒鳴った。あれは祖父の四弟の健児だ。
「弘子に娘はいないはずよ!」
「そうだ、一人息子のひろしだけだぞ」
 口々に叫んでいる。
 祖父がそれをかき消すように言った。
「証拠を見せよう」
 と合図すると弁護士の一人が書類を、それぞれに配りはじめた。
「何よこれ? 戸籍謄本じゃない」
「そうだ、そこにこの娘が弘子の子である証拠が記されている」
 神妙な面持ちで戸籍謄本を確認する一同。
「何だよこれ、長男が消されて長女になってるし、名前もひろしが響子に訂正されて
るじゃないか?」
「じゃあ、その娘がひろし? 確かに弘子には瓜二つだけど」」
「冗談もやすみやすみ言え」
 それに静かに諭すように答える祖父。
「冗談ではない。どうしても信じられないなら、この娘のDNA鑑定をしてやっても
いいぞ。間違いなく、儂の娘の弘子が産んだ娘だ。書類は、もう一種類ある。目を通
してくれ」
 全員が書類をめくる乾いた音が室内に響く。
「何これ、裁判所の決定通知?」
「磯部ひろしの申請に対し、性別と名前の変更を許可する……まさか」
「医師の診断書も添付してあるわ。それによると……。患者は、真正半陰陽であり、
かつ性同一性障害者と診断する。よって男性として生活するには甚だ困難であり、平
時から女性として暮らしており、戸籍の性別と氏名の変更を認めざるを得ない……。
 署名、○○大学付属病院心療内科医、如月和人。
 署名、△△精神内科クリニック精神科医、駒内聡、
 署名、黒沢産婦人科・内科病院、性別再判定手術執刀医、黒沢英一郎」
「真正半陰陽って、男と女の両方の性を持っているってことだろ?」
「子供の時は男の子だったけど、思春期を過ぎてから実は女の子だったという話しは
良く聞くけど、ひろしがそうだったというわけね。弘子にそっくりな今の姿を見れば、
納得できない話しでもないけど……」
 あらまあ……。いつから真正半陰陽なんて話しが出てくるのよ。わたしが戸籍変更
した時の申請書類では正真正銘の男性だったわよ。そうか……戸籍変更の正当性を親
族に納得させるために、黒沢社長が仕組んで偽造したのね。戸籍変更が認められたの
は事実だから、たいした問題ではないとは思うけど……。
「つまり男から女になったというのね」
「そ、そんなことしたって、ひろしの相続欠格の事実は変わらないぞ。今更、出てき
てもどうしようもないぞ」
「そうよ。健児の言う通りよ」

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性転換倶楽部/特務捜査官レディー 遺言状公開(R15+指定)
2019.04.23


特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(五十四)遺言状公開

「ひろしは……いや、響子だったな……。響子は、私を許してくれるだろうか?」
 京一郎氏は、母親殺しに至った孫のひろしに対して、祖父として何もしてやれなか
ったことを後悔していた。実の娘である弘子を殺されたことと、手に掛けたのが孫の
ひろしということで、人間不信に陥ってしまっていたのである。
「磯部さんの気持ちは判ります。響子さんだって、自分のしたこととして反省をすれ、
祖父であるあなたを恨む気持ちなどないでしょう。双方共に許しあい手を取り合えば
気持ちは通じるはずです。血の繋がった肉親ですからね」
「あなたにそういってもらえると少しは気持ちも治まります。ありがとう」
「どういたしまして」
「それでは、響子を迎えに行くことにしましょう」
 ということで、磯部氏は出かけていった。

 屋敷内に残されたわたし。
「さて、わたしも屋敷内を見回ってみるか……」
 健児を迎えて、想定されるすべての懸案に対して、どう対処すべきか?
 逃走ルートはもちろんのことだが、健児のことだ拳銃を隠し持っている可能性は大
である。
 銃撃戦になった場合のこと、メイドに扮した女性警察官を人質にすることもありう
る。
 あらゆる面で、屋敷内での行動指針を考え直してみる。
「それにしても広いわね……」
 つまり隠れる場所がいくらでもあるということになる。
 遺言状の公開は大広間で行う予定である。
 問題はすべて大広間で決着させるのが得策である。
 事が起きて、大広間から逃げ出されては、屋敷内に不案内な捜査員や女性警察官に
は不利益となる。
 何とかして大広間の中で、健児をあばいて検挙するしかないだろう。
「うまくいくといいけど……」
 計画は綿密に立てられた。
 必ず健児はぼろを出すはずである。

 やがて磯部氏が響子さんを連れて戻ってきた。
 車寄せに降り立った磯部氏と響子さんの前にメイド達が全員勢ぞろいしてお出迎え
する。
「お帰りなさいませ!!」
 一斉に挨拶をするメイド達。
 響子さんの後ろで、もう一人の女性がびっくりしていた。
 誰だろうか?
 予定にはない客人のようだった。
 計画に支障が出なければいいがと思い悩む。
 執事が一歩前に出る。
「お嬢さま、お帰りなさいませ」
 全員女性警察官にすり替わっているのだから、メイド達のことを響子さんが知って
いるわけがないが、この執事だけは顔馴染みのはずだ。
「お嬢さまだって……」
 女性が響子さんに囁いている。
「そちらの方は?」
 執事が尋ねると響子さんが答えた。
「わたしの親友の里美よ。同じ部屋で一緒のベッドに寝るから」
 そうか、例の性転換三人組の一人なのね。
 名前だけは聞いていた。
「かしこまりました」
「わたしのお部屋は?」
「はい。弘子様がお使いになられていたお部屋でございます」
 引き続き執事が受け答えしている。
 メイドには話しかける権利はなかった。
 相手から話しかけられない限り無駄口は厳禁である。
「紹介しておこう。響子専属のメイドの斎藤真樹くんだ」
 磯部氏がわたしを紹介する。
「斎藤真樹です。よろしくお願いします。ご用がございましたら、何なりとお気軽に
お申しつけくださいませ」
 とメイドよろしくうやうやしく頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく」
「響子、公開遺言状の発表は午後十時だ。ちょっとそれまでやる事があるのでな、済
まぬが夕食は里美さんと二人で食べてくれ。それまで自由にしていてくれ」
「わかったわ」
 そういうと執事と一緒に奥の方に消えていった。
 他のメイド達もそれぞれの持ち場へと戻っていく。
 残されたのは響子と里美、そしてわたしの三人だけである。
「里美に、屋敷の案内するから、しばらく下がっていていいわ」
 響子がわたしに命じた。
「かしこまりました、ではごゆっくりどうぞ」
 下がっていろと言われて、それを鵜呑みにしてしまってはメイド失格である。
 わたしは響子さんの専属メイドである。
 主人の身の回りの世話をするのが仕事であり、万が一に備えていなければならない。
 目の前からは下がるが、少し離れた所から見守っていなければならなかった。
 響子さんが、里美さんを案内している間にも遠めに監視を続けることにする。

 やがて夕食も過ぎ、午後九時が近づいてとうとう遺言公開の時間となった。
 次々と到着する親類縁者たち。
 響子さんの専属であるわたしを除いた他のメイド達が出迎えに出ている。
 自分の部屋でくつろぐ響子さんと里美さん。
「ぞろぞろ集まってきたみたい」
 窓から少しカーテンを開けて覗いている響子さんと里美さんだった。
 遺言公開の場に出ない里美さんはネグリジェに着替えていた。
「お嬢さま、旦那様がお呼びでございます」
 そうこうするうちに、別のメイドが知らせにきた。
「いよいよね」
「頑張ってね。お姉さん」
 何を頑張るのかは判らないが……。
 里美さんを残して部屋を出て、響子さんを大広間へと案内する。
 わたしと別のメイドの後について、長い廊下を歩いていく。
 大広間の大きな扉の前で一旦立ち止まって、
「少々、お待ち下さいませ」
 軽く会釈してから、その扉を少しだけ開けて入って行く。
「お嬢さまを、ご案内して参りました」
「よし、通してくれ」
「かしこまりました」
 指示に従って、大きな扉をもう一人のメイドと共に両開きにしていく。


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性転換倶楽部/響子そして 散策(R15+指定)
2019.04.22


響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十四)散策

 わたしと里美、そしてわたし付きのメイドが残っている。
「里美に、屋敷の案内するから、しばらく下がっていていいわ」
「かしこまりました、ではごゆっくりどうぞ」
 メイドが下がって、二人だけになる。
「ふう……。息がつまったわ」
 とたんに表情を崩す里美。
 広い屋敷にあって、大勢のメイドに囲まれたりするような経験がないから当然だろ
う。
「せっかく来たんだから、屋敷内を案内するわ」
「サンキュー」
 屋敷内の調度品に多少の変更はあったが、ほとんど昔暮らしていたままだった。
「まるで美術館ね」
 壁という壁には、洋館にふさわしく大きな油彩の洋画が飾られている。
「昔、洋画家を目指していた祖父の趣味よ」
「これ全部、本物の画家が描いたものなんでしょねえ」
「まあ、それなりにプライドがあるから、贋作は飾ってないと思うよ」
 中には美術誌で見たような見ていないような作品もあるが、本物か贋作かは判らな
い。
 鑑賞会よろしく壁に沿って絵画を鑑賞しながら、中庭へとでてきた。
 ニンフが水辺で戯れている風情を表現した彫刻のある、円形噴水のそばの大理石の
ベンチに腰掛ける。
「ねえ。お母さまは、なぜこの屋敷を出たのかしら。何不自由なく暮らせるのに」
「それは親子水入らずの生活をしたかったからよ。わたしを自分の手で育てたかった
みたい。ここにいればメイド達が何でもやってくれるけど、ぎゃくに言えばメイドを
遊ばせないために、自分でやりたいこともやらせなければならないということもある。
たぶんわたしは乳母に育てられていたかもね。自由でいてちっとも自由じゃないの。
まあ、ものぐさな人は楽でいいと思うでしょうけど」
「そうか、自分の子を自分で育てられないというのも問題ね。でも愛人を作るような
父親だったら、こういう生活の方がいいんじゃない? メイドに手をつけることだっ
て可能だから。ああ、だからお母さま、あえて出ていったのかもよ。父親の性格に気
づいてたんじゃない?」
「でも結局そのことが仇になって、覚醒剤の売人を近づけさせることになったわ」
「そうね、この屋敷なら売人も簡単には入ってこれないもんね」
 そういいながら中庭からの屋敷の景観を眺める里美。
「あら、メイドさんが立ってる」
「ああ、真樹さんね」
 中庭に出てくる扉のところに真樹さんが待機して、こちらをうかがっている。
「下がれと、命令されたんじゃない?」
「だから目立たないところまで下がってるわよ。いくら言われたってそれを鵜呑みに
するものではないわ。わたしに万が一があったら、責任を問われるのは真樹さんなの
よ。雇い主であるおじいちゃんから直接言われない限りは、メイドとしての職務は引
き続いているのよ。いろいろ気を遣わなければならないから大変な仕事なんだから」
「ふーん。そうなんだ……」
 別のメイドが食事の用意ができたと伝えに来た。
 自分の部屋で食べると言って返す。
「里美、お食事にするわよ」
「お姉さんの部屋ね」
「お母さんの部屋だったところよ」
「息子だった時の部屋は?」
「ないよ。お母さんの部屋は決められていたけど、わたしの部屋は来訪する都度に用
意されたの。正当な相続人はお母さんだから。それに子供の時は、お母さんと一緒に
寝ることが多かったし」
 部屋への道すがら里美が尋ねる。
「ねえ、響子さんのおじいさんの資産って、どれくらいあるの?」
「そうねえ。千億は下らないんじゃないかな……」
「この屋敷だけでも数百億かかってるんじゃない?」
「そうね。土地の広さだけでも、確か三万坪くらいはあるかな。さっき里美が迎賓館
みたいと言ってたけど、丁度それくらい」
「三万坪……。次元が違うわ。超資産家令嬢じゃない」
「そっかなあ……。考えた事ないから」
「これだもんね。付き合いきれないわ」
「何言ってるの、あなただって縁談がうまくまとまれば、行く末は社長夫人じゃない」
「でも、倒産するかも知れないじゃない」
「社長さんが言ってたじゃない。将来まで幸せであるよう尽力するってね。その時は
きっと援助してくれるわよ。わたしだって妹を見捨てるつもりはないし」
「お姉さん、ありがとう。だから大好きよ」
「これこれ、抱きつくんじゃない」

 部屋に戻ってしばらくすると、料理が運ばれて来た。
 一流ホテルで良く見掛けるテーブルワゴンに乗せて次々と料理が運ばれてくる。
 フルーツトマトのカッペリーニ、白アスパラガスのカルボナーラ仕立て、白ポレン
タのミネストラ、ノレソレと葉わさびのスパゲッティーニ、平目のソルベ・キャビア
とじゃがいものスープ、和牛のタリアータ・香草のサラダ添え、グレープフルーツと
レモングラスのジュレ・ヨーグルトのソルベ添え、カッフェ。
 ワイン係りがそばにいて、それぞれに最適なワインを出してきてくれる。
 それらの料理に目を丸くしながらも平らげていく里美。
「ふう……。おいしかったわ。一皿残さず食べちゃった」
「ほんとに良く食べたわね。シェフも料理のしがいがあったでしょうね」
「わたしはお姉さんや由香里ほど、女性ホルモン飲んでる期間が長くなかったから、
胃腸がまだ女性並みになってないみたいなのよね」
「だからといって、油断してると太るわよ」
「はーい」
 最後のコーヒーをいただきながら、そんな会話している。
 ドア寄りに待機している真樹さんに聞かれているとは思うのだが、躾が行き届いて
いるらしく、表情を変えたりはしない。


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