特務捜査官レディー(三十一)雑居ビル
2021.08.04

特務捜査官レディー・特別編
(響子そして/サイドストーリー)


(三十一)雑居ビル

 勧誘員が案内したのはどこにでもありそうな雑居ビルの一つだった。
 雑居ビルでは当然ともいうべき小汚い通路からエレベーターに乗って上へと向かう。
 車のなかにおいてもそうだが、怪しい男と二人きり、狭い場所に閉じ込められた状
態というのは息苦しいものである。勧誘は時折ちらちらとこちらの胸や足元にいやら
しい視線を投げかける。
 どの階でもいいから早く止まれ!
 女性なら誰しも思うだろう。
 やがてエレベーターは七階で止まった。
 相変わらず小汚い通路だ。どの階も同じなのだろう。
 火災とか起きたときの避難路とかは大丈夫かしらね……。

「ここだ」
 勧誘員が立ち止まったのは705というプレートの貼られた扉の前。
 ”エンジェルカンパニー”というどこにでもありそうなありきたりの企業名らしき
看板……というかシールが貼られていた。
 エンジェルカンパニー?
 あまりにも俗すぎて思わず噴出しそうになる。
 ○○カンパニーとか○○企画とかいうのはこの業界でよく使われる名前だ。
 その営業場所は、こういった雑居ビルやワンルームマンションなどである。
 決して一所で長期間も事務所や店を構えることはせずに、警察の摘発を避けるため
に転々と居場所を変えていくのである。また警察内部の事情に詳しくて、摘発情報を
売る情報屋などというものの存在もある。
「そういえば、あの刑事……今頃どうしているかしらね」
 佐伯薫として生活安全局の警察官としてAV業界の摘発を行っていた頃を思い出し
た。
 その刑事は、こういった場所や裏ビデオショップとかブルセラショップとかに出入
りしては、摘発情報を教えては幾ばくかの情報料をせびる悪徳刑事だった。ついでに
裏ビデオとかもただでくすね取る奴だった。裏事情に詳しく店を変えても執拗に居場
所を探し出してしまう。そいつに逆らってはこの業界では食っていけなくなるので、
店主達は仕方なくいいなりになっていた。
 こういった組織やその背後にある暴力団とかと密接に関わって、甘い汁を吸おうと
する悪徳刑事はいくらでもいる。
 摘発屋からの情報と背後関係とかを極秘裏に調べ上げて、その組織と刑事を逮捕に
至ったのである。懲戒免職の上、地方裁判所にて懲役5年の刑が下され、控訴したと
聞いたがその後の事は判らない。
「入りたまえ」
 勧誘員がドアを開けて中へと誘う。
 中へ入ると、ドアに鍵を掛けた。
 だろうね。
 こんな所に入ってこられると困るだろう。

「今、カメラマンを呼んでいるところだ。しばらく待っていてくれないか」
 応接セットを指差して、流し台のある方に行ったかと思うと、カップを持って戻っ
てきた。
「まあ、コーヒーでも飲みながら雑誌でも読んでいてくれ」
 と、持ってきたコーヒーカップとアイドル情報が載っている雑誌を、目の前のテー
ブルの上に置いた。
「コーヒーか……」
 おそらく睡眠薬が入っていると思われる。
 準備が整うまで眠らせておこうという魂胆である。
 これからこの男と、おっつけやってくる組織員とによって、繰り広げられるだろう
場面が想定された。
「素人本番シリーズ! 強姦生撮り! 奪われた処女!!」
 とかいったタイトルが付けられるだろうAV撮影場面である。
 誘いこんだ女性を身動きできないようにしておいて、本番の強姦シーンを撮影しよ
うというのである。
 それは女性が目を覚ましてから撮影が開始される。眠っていては迫力ある強姦シー
ンなどあり得ないからである。
 もちろん女性はまさしく強姦されるわけだから、逃げようとし必死で泣き叫ぶだろ
う。
 そんなことはお構いなしに、犯され苦痛にゆがむ様を生撮りしていくのである。
 強姦マニアにはよだれもののAVビデオの出来上がりである。
 撮影が終われば、
「言う事を聞かないと、今撮影したビデオをAV業界に売り渡すぞ」
 とか脅迫して口止めとすると共に、次なる段階である売春婦の道へといざなうのだ。
 女性が言う事を聞いて売春婦となるもならないも、結局ビデオは売られてしまうの
だ。

(五十四)睡眠薬

 それでも言う事を聞かない女性には、覚醒剤である。
 奴らの本当の目的は売春婦を斡旋することであり、AVビデオは副業として行って
いることなのだ。
 目の前に置かれた睡眠薬の入ったコーヒー。
 さて、どうするべきか……。
 飲まなければ、いつまで経っても先に進まない。
 覚醒剤の中和剤を投与しており、これは睡眠薬に対しても効果がある。
 だから薬で眠らされることはないのだが、眠っている振りをするのも、果たして上
手くいくかが問題だった。
 まあ、何とかなるでしょう。
 コーヒーカップを手に取って飲んでいく。
 コーヒーの独特の苦味によって、薬の味はかき消されている。
 コーヒーに含まれるカフェインは本来覚醒作用のあるものだが、睡眠薬の方が強力
なのでやがて眠りへと入っていく。
「あれ……。何だか眠くなってきたな……」
 いかに中和剤を飲んでいるとはいえ、完全に睡眠薬の効果を遮断することは不可能
だ。ある程度は効果が現れてしまう。
 そもそもこの囮捜査に際して、緊張と興奮によってここしばらく不眠状態が続いて
いたのである。睡眠不足と睡眠薬との相乗によって、いつしかまどろみを感じはじめ
ていた。
「まあ、いいわ。どうせ、組織員がやってくるまではしばらく時間がかかるだろうし
……」
 それに、今この状況は敬にも聞こえているはずだから……。
 というわけで、ちょっとばかし眠らせてもらうことにした。

 その頃。
 敬は、スーパーカーの中で真樹の髪飾りに仕込まれている盗聴器から届けられる音
声に聞き耳を立てると共に、車載のナビゲーションシステムに釘付けになっていた。
 真条寺家のメイドである神田美智子が持ってきたこのスーパーカーには、最新式の
ナビゲーションシステムが搭載されている。
 上空の衛星軌道にあるスパイ衛星や通信衛星に接続され、ありとあらゆる情報がリ
アルタイムで判るのである。
「今映っているのは、真樹さんのいる部屋の透視映像です。二つの生命反応が見られ
ます。この動いているのが勧誘員でしょう。そしてこちらの動かない点が真樹さんだ
と思われます」
 生きている人間はもちろんのこと物質であるものはすべて、常に熱を発生して目に
見えない遠赤外線や電波を出している。それはコンクリートの壁を透過してしまうほ
どのもので、その遠赤外線や電波を軌道上にある三つの衛星を使って三点透視図法的
に画像処理すれば、どんな場所でも3Dな映像として現わすことができるというわけ
だ。また人間は電気を通す導体でもあるから、地球地磁気の中で動き回ればフレミン
グの法則どおりに電場も生じる。それらの極微弱な電流変動さえをも見逃さずに感知
できる、完璧な究極の探知システムである。そんな最新鋭のシステムの端末がこの車
には搭載されているのである。それらはすべて、真条寺家当主である「梓」の生命を
守るために開発されたセキュリティーシステムの一部で、その一部を間借りして使わ
せてもらっているのである。もちろんそのために梓の専属メイドの神田美智子が同行
してきているのである。参照*梓の非日常より
「動かない?」
「先ほどの会話を聞いていなかったのか? 出されたコーヒーは当然睡眠薬入りだろ
う。薬が効いて眠ってしまったか、眠った振りをしているかのどちらかだ」
 黒沢医師が解説する。
「なるほど……」
「とにかく奴らの仲間が来るまでは安全だろう。何にしても部屋の様子はこうして手
に取るように判るのだ。とにかく、気長に待つしかないだろう」
 敬としても判りきっていることである。
 奴は覚醒剤を所持しているはずである。
 それだけでもとっ掴まえる材料にはなるが、仲間をも一緒にまとめてしまったほう
が、後々のためにもなる。
 だいいち令状もなしに踏み込むことなどできないじゃないか……。
 とはいえ、恋人である真樹を渦中の只中に置いていることには心中ただならぬもの
があるのだ。今すぐにでも駆け込んで真樹を救出したいという気持ちで一杯であった。
「まあ、何にせよだ。真樹ちゃんは、身に降りかかるであろうすべてを承知の上で頑
張っているのだ。恋人としてやるせない気持ちは理解できるが、彼女が成果を挙げる
までは、ここから見守ってやろうじゃないか」
 その時、美智子が突然叫んだ。
「あ! 不審な車が駐車場に入っていきます」
「どれどれ?」
 黒沢医師と敬がナビゲーターに目を移す。
 黒フィルムを全面に張って中を見えなくした車が地下駐車場に入っていくところだ
った。
「いよいよだな」

(五十四)睡眠薬

 それでも言う事を聞かない女性には、覚醒剤である。
 奴らの本当の目的は売春婦を斡旋することであり、AVビデオは副業として行って
いることなのだ。
 目の前に置かれた睡眠薬の入ったコーヒー。
 さて、どうするべきか……。
 飲まなければ、いつまで経っても先に進まない。
 覚醒剤の中和剤を投与しており、これは睡眠薬に対しても効果がある。
 だから薬で眠らされることはないのだが、眠っている振りをするのも、果たして上
手くいくかが問題だった。
 まあ、何とかなるでしょう。
 コーヒーカップを手に取って飲んでいく。
 コーヒーの独特の苦味によって、薬の味はかき消されている。
 コーヒーに含まれるカフェインは本来覚醒作用のあるものだが、睡眠薬の方が強力
なのでやがて眠りへと入っていく。
「あれ……。何だか眠くなってきたな……」
 いかに中和剤を飲んでいるとはいえ、完全に睡眠薬の効果を遮断することは不可能
だ。ある程度は効果が現れてしまう。
 そもそもこの囮捜査に際して、緊張と興奮によってここしばらく不眠状態が続いて
いたのである。睡眠不足と睡眠薬との相乗によって、いつしかまどろみを感じはじめ
ていた。
「まあ、いいわ。どうせ、組織員がやってくるまではしばらく時間がかかるだろうし
……」
 それに、今この状況は敬にも聞こえているはずだから……。
 というわけで、ちょっとばかし眠らせてもらうことにした。

 その頃。
 敬は、スーパーカーの中で真樹の髪飾りに仕込まれている盗聴器から届けられる音
声に聞き耳を立てると共に、車載のナビゲーションシステムに釘付けになっていた。
 真条寺家のメイドである神田美智子が持ってきたこのスーパーカーには、最新式の
ナビゲーションシステムが搭載されている。
 上空の衛星軌道にあるスパイ衛星や通信衛星に接続され、ありとあらゆる情報がリ
アルタイムで判るのである。
「今映っているのは、真樹さんのいる部屋の透視映像です。二つの生命反応が見られ
ます。この動いているのが勧誘員でしょう。そしてこちらの動かない点が真樹さんだ
と思われます」
 生きている人間はもちろんのこと物質であるものはすべて、常に熱を発生して目に
見えない遠赤外線や電波を出している。それはコンクリートの壁を透過してしまうほ
どのもので、その遠赤外線や電波を軌道上にある三つの衛星を使って三点透視図法的
に画像処理すれば、どんな場所でも3Dな映像として現わすことができるというわけ
だ。また人間は電気を通す導体でもあるから、地球地磁気の中で動き回ればフレミン
グの法則どおりに電場も生じる。それらの極微弱な電流変動さえをも見逃さずに感知
できる、完璧な究極の探知システムである。そんな最新鋭のシステムの端末がこの車
には搭載されているのである。それらはすべて、真条寺家当主である「梓」の生命を
守るために開発されたセキュリティーシステムの一部で、その一部を間借りして使わ
せてもらっているのである。もちろんそのために梓の専属メイドの神田美智子が同行
してきているのである。参照*梓の非日常より
「動かない?」
「先ほどの会話を聞いていなかったのか? 出されたコーヒーは当然睡眠薬入りだろ
う。薬が効いて眠ってしまったか、眠った振りをしているかのどちらかだ」
 黒沢医師が解説する。
「なるほど……」
「とにかく奴らの仲間が来るまでは安全だろう。何にしても部屋の様子はこうして手
に取るように判るのだ。とにかく、気長に待つしかないだろう」
 敬としても判りきっていることである。
 奴は覚醒剤を所持しているはずである。
 それだけでもとっ掴まえる材料にはなるが、仲間をも一緒にまとめてしまったほう
が、後々のためにもなる。
 だいいち令状もなしに踏み込むことなどできないじゃないか……。
 とはいえ、恋人である真樹を渦中の只中に置いていることには心中ただならぬもの
があるのだ。今すぐにでも駆け込んで真樹を救出したいという気持ちで一杯であった。
「まあ、何にせよだ。真樹ちゃんは、身に降りかかるであろうすべてを承知の上で頑
張っているのだ。恋人としてやるせない気持ちは理解できるが、彼女が成果を挙げる
までは、ここから見守ってやろうじゃないか」
 その時、美智子が突然叫んだ。
「あ! 不審な車が駐車場に入っていきます」
「どれどれ?」
 黒沢医師と敬がナビゲーターに目を移す。
 黒フィルムを全面に張って中を見えなくした車が地下駐車場に入っていくところだ
った。
「いよいよだな」

(五十五)強姦生撮り

 それからしばらくして、例の透視映像に三つの点滅が増えた。
 そして真樹のそばに近づいていった。
「一人はビデオカメラマンで、後の二人は……おそらく男優だろうな」
 と、ぽつりと黒沢医師が呟いた。
 強姦生撮り撮影が開始されるというわけである。
 男優一人では強姦生撮りは難しい。女性が必死で抵抗すれば事を成されることを防
ぐこともできる。
 そこで抵抗する女性を押さえつける役も必要というわけであろう。気絶させては迫
力ある強姦シーンにはならないからだ。
 あくまで泣き叫ぶ女性の姿が欲しい!
 というところだ。

 つと敬が腰を上げた。
「行くのか?」
 それには答えずに黙って車から降りて雑居ビルの方へと一人歩き出した。
「しようがないな……。まあ、恋人が犯されるのを黙ってみている訳にもいかないか
……」
 それを眺めて美智子が尋ねる。
「行かせてよろしいのでしょうか? 当初の予定ではここから売春組織のあるアジト
まで案内させるはずでしたよね。今踏み込んでしまえば、その機会を失うことになる
のではないでしょうか。彼らを捕らえたところで、そう簡単には組織を売るようなこ
とはしないでしょう」
「まあな。通常の手段で、奴らのアジトを吐かせることは無理だろう」
「では、なぜ?」
「私に考えがある。否が応でも吐きたくなるような方法をね」
 と言って、黒沢医師も車を降りて敬の後を追った。
 一人残された美智子。
「もう……。わたしは何のために来たのか……」
 実は、相手を策略に掛けてアジトを探し出し、売春組織を壊滅させる。
 そんなスリリングな期待を抱いていたのである。
 ここで踏み込んでしまえばそれでおしまいである。
「つまらないわ……」
 ぼそっと呟いて苦虫を潰したような表情の美智子であった。

 雑居ビルの一室。
 ベッドの上で眠っているその周囲でカメラ機材を並べている男達がいる。
 部屋の隅では男優とおぼしき男二人が服を脱いでいる。
 その傍らで勧誘員が説明をしている。
「今日は強姦生撮り撮影だ。女が目を覚ましたところからはじめるぞ。いつも通りに、
女が泣き叫ぼうがなんだろうが、構わずにやってしまえ!」
「女は処女ですか?」
「いや、そうでもなさそうだ」
「ちぇっ、それは残念だ」
「ふふん。で、今日はどっちが先にやるんだ?」
「今日は、俺からっすよ。前回はこいつでしたからね」
「しかし今日のは、ずいぶん綺麗な女じゃないですか。前回のはひどかったですから
ね。仕事だから仕方なくやりましたけど」
「だめっすよ。交代はしませんからね」
「とにかく一ラウンド目はいつも通り。ニラウンド目は、覚醒剤を打って淫乱女風に
なった状態で撮る」

 そんな男達の会話を、真樹は目を覚ました状態で聞いていた。
 うとうとと眠ってしまったが、男達が周りで動き回る音に目を覚ましたのである。
「ひどいことを言ってるわね……」
 覚悟していたとはいえ、いざ男達に取り囲まれ、強姦生撮りされると思うと、さす
がに緊張は極度に高ぶっていた。
 しかし、それもこれもより多くの女性たちを救うための人身御供である。
 何とかこの試練に耐えて、奴らのアジトに潜入しなければならないのである。
 身が引き締まる思いであった。

「よし! ビデオの準備OKだ。はじめてくれ!」

 その合図で、男優達が動き出した。
 真樹の横たわっているベッドに這い上がってきた。
「きた!」
 思わず身を硬くする真樹であった。

(五十六)手を上げろ!

 きしきしとベッドが鳴る。
 男優がすぐ間近に近づいてくる。
 さすがに心臓が早鐘のように鳴り始める。
 あ……ああ。
 捜査のための囮とはいえ、やはり後悔の念がまるでないとは言えない。
 ごめん、敬……。
 貞操を汚されることにたいして、敬には許してもらいたくも、もらえるものではな
いだろう。
 ごめん、敬……。
 何度も心の中で謝り続けていた。

 そしてついに男が身体の上にのしかかってきた。
「おい。頬を引っ叩いて目覚めさせろ。眠っていちゃ、いい映像が撮れねえよ」
 カメラマンが忠告する。
「判った」
 ちょっとお、わたしは敬はおろか、母親にだってぶたれたことないのよ。

 その時だった。
 部屋の扉がどんどんと叩かれたのだ。
「なんだ?」
 一斉に扉の方に振り向く男達。
 そして次の瞬間。
 扉がバーン! と勢い良く開いて……。
 敬だった。
「何だ! 貴様は?」
「おまえらに答える名前はない」
 と背広の内側から取り出したもの。
 拳銃だった。
 え?
 敬、それはやばいよ。
 ここはアメリカじゃないのよ。日本なのよ。
 取り出したのはS&W M29 44マグナムだ。
 敬の愛用の回転式拳銃である。
 その銃口が男達に向けられている。
 さすがに男達も驚き後ずさりしている。
「か弱き女性に手を掛ける極悪非道のお前達に天罰を加える」
 と、問答無用に引き金を引いた。
 一発の銃声が轟いた……。
 ……はずだったが、銃声がまるで違った。
 実弾はこんな音はしないだが……。
 振り向いてみると、裸の男優の胸が真っ赤に染まっている。
 驚いている男優、そしてそのまま倒れてしまった。
 それを見て、他の男達が怯え震えながら、
「た、助けてくれ!」
「い、命だけは」
 と土下座して懇願している。
 つかつかと男達に歩み寄っていく敬。
「この外道めが」
 と、軽蔑の表情を浮かべ、当身を食らわして気絶させてしまった。
 そして、
「おい、真樹。大丈夫か?」
 と声を掛ける。
「大丈夫も何も……。計画が台無しじゃない」
 ベッドから降りながら、敬に詰め寄る。
「もう……。これじゃあ、こいつらからアジトの情報を得ることができなくなったじ
ゃない。せっかくわたしが囮となって潜入した意味がないわよ」
「だからと言って、真樹が犯されるのを黙ってみていられると思うか? おまえだっ
て俺のそばで他の男に抱かれたいのか?」
「それは……」
 急所を突いてくる敬。
 ここで肯定したら関係がまずくなるのは間違いない。
 声がかすれてくる。
「で、でも……。アジトが判らなくなったわ」
「それなら何とかなるだろう」
 と、後ろから声が掛かった。
 振り返ると、黒沢医師がのそりと部屋に入ってくる。
「先生。それはどういうことですか?」
「説明は後だ。ともかくこいつらを私の仕事場に連れて行く」
「仕事場って……。あそこですか?」
「そう……。あそこだ」
「判りました」
「ともかく目を覚まさないように、麻酔を打っておこう」
 と、手にした鞄を開いている。まったく……用意周到なドクターだ。
 それにしても男優はどうしたんだろう?
 敬の撃ったのは実弾じゃない。
 明らかにペイント弾だった。
「この人はどうしたの? ペイント弾が当たっただけでしょう?」
 胸を真っ赤にして倒れている男優を指差して尋ねる。
 それに先生が答えてくれた。
「ああ、撃たれて真っ赤な血のようなものを目にすれば、誰だって本当に撃たれたも
のと勘違いする。ショックを起こして気絶しても無理からぬことだろう」
「そんなものでしょうか?」
「ああ、銃口を向けられただけでも怯えてしまうくらいだからな」

 やがて麻酔注射を射ち終えた男達を運び出すことなった。
 奴らが乗ってきた車を探し出して分乗して、あそこへと向かうのだ。
 先生は一体何をしようというのだろうか……?

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