特務捜査官レディー(三十)潜入
2021.08.03
特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)
(三十)潜入
とある喫茶店の指定の席に腰掛けて、囮捜査に掛かる情報を持ってきたという人物を、敬と二人で待っていた。
「ねえ、今更聞くのもなんだけど……、ニュースソースは確かなの?」
「あのなあ……。そういうことはもっと前にちゃんと確認するものじゃないのか? ただでさえ、身の危険をともなうことなのに」
「だって……」
たしかに敬の言うとおりだった。
響子さんに酷い目に合わせた、覚醒剤・売春組織の情報が入手できたというので、舞いあがっていたのである。
よし!
組織を壊滅してあげるわ。
……てな感じで、猪突猛進だった。
喫茶店のドアが開いて、それらしき二人の人物が入ってきた。
敬が手を挙げて招き寄せる。
二人が、わたし達の席に合い席で座った。
早速敬が紹介をはじめた。
「紹介するよ、今回の捜査に協力してくれる金さんだ。例の勧誘員とはかつての親友だったらしい」
金というと韓国か中国系の人かしら……。
金さんは、流暢な日本語で喋りだした。
「彼とは仲が良かったんですが、暴力団の組織に入っだけでなく、売春婦の斡旋なんかはじめて……。友として、女性を辱めるそんなことなんかやめろと何度も言ったんですが……」
ちょっと中国系のなまりかしら……。
「というわけで、親友をこんな仕事から足を洗わせたいと情報をくれたんだ。その情報を元に、こっちの捜査官が奴に引き合わせる役をやる」
もう一人の男性が挨拶する。
「どうも、都庁の春田です。よろしく」
「どうも……」
もう一人は、ちょっとよれよれの背広を着た、一見コロンボ刑事のような感じの男性だった。
都庁の職員か……。
都道府県にもそれぞれ売春防止法に関わる部門があるわけだから。
まあ、いかにも刑事というような目の鋭い人物だとまずいのだろう。
というわけで、情報をくれたという人物が説明を始めた。
「彼は芸能プロダクションのアイドル勧誘員と称しておりますが、実際には売春婦の斡旋業が本業です。若い女性に声を掛けては、スタジオ撮りと称してマンションに連れ込み、覚醒剤を使って言いなりにさせて売春婦に仕立て上げるのです。
まずはその場で強姦生撮りAVビデオを撮影して、AV業界に売り渡します。まさしく本人の同意を得ない無理矢理の強姦シーンを生撮りするわけです。泣き喚き抵抗する女性達の本番生撮りですから臨場感抜群ですからね。バージンなんかだったりしたら「強姦! 処女の生贄シリーズ」とかいうタイトルのアダルトビデオは奴らの作品ですよ。バージンなんてのは売春婦には無用の長物ですからね。
犯された挙句に、言う事を聞かないとこのビデオをばらまくぞと脅されて、泣く泣く売春婦として働かされる場合もあるのです。まあ、結局はAVビデオとして売られてしまうのですがね。それで言いなりにならない場合は、覚醒剤の虜にしてからということになります」
以前にも内容を聞いたが、ほんとうにひどい話だった。
本番生撮り強姦シーンを撮られて、素人AV女優デビュー。
その後は覚醒剤の虜にされ、逃げることも適わずに売春婦とされてしまう。
そんな女性達が地下組織に捕われて、売春婦として調教され売られていく。
見逃すわけにはいかない。
誰かが組織を壊滅しなければ……。
そうよ。
このわたし……。
「それじゃあ、打ち合わせをはじめるぞ」
敬が切り出した。
その勧誘員に紹介する際の、こまごまとした打ち合わせをはじめるわたし達だった。
そして二時間後、わたしはその勧誘員に会っていた。
都庁職員の姪とということで、アイドルになりたいという設定だった。
芸能プロダクションの友達がいると金さんから聞いて紹介してもらおうとやってきたということになっている。
「金なら知っていますよ。僕の親友ですからね」
親友だった、の間違いじゃないの?
にしても、喋り方が丁寧だ。
まあ、女性を引っ掛けるのが商売だから、言葉使いには気をつけているのだろう。
都庁職員が、勧誘員に頼んでいる。
「……というわけで、姪っ子をアイドルにしてやってくれないか」
「ほう……」
じろじろとわたしの身体を嘗め回すように観察する勧誘員。
「何歳ですか?」
「24歳です」
「年食ってますね」
失礼ね!
そりゃあ確かに、アイドルとくれば二十歳未満だろうけどさ……。
それに実年齢も……。
「まあ、いいでしょう。で、いつから来てくれるのでしょう」
でしょうねえ……。
こいつの本当の目的は、若い女性を勧誘して覚醒剤の売春婦を探して組織に売り渡すこと。
そこいらの売春婦程度なら、高校生・大学生でなくても大丈夫だから。
要はセックスができればそれでいい。
顔なんか、二の次三の次くらい。
「今からでも結構です」
「そうですか……」
呟くように言うと、携帯電話を取り出した。
「ちょっと芸能プロダクションに連絡を取ります」
言いながら、席を外した。
芸能プロダクション?
よく言うよ。
売春組織でしょう?
外へ出てどこかへ連絡している勧誘員の姿が、大きな店のガラス越しに見えている。
やがて、
「お待たせしました」
と戻ってくる。
「それでは早速スタジオに行きたいと思いますがよろしいですか? 芸能プロダクションに紹介するための写真を撮りたいと思いますので」
早速きたわね。
「はい、大丈夫です」
わたしは、立ち上がった。
さあ、囮捜査の開始だ!
どんなことになるのか……。
神のみぞしる。
それから勧誘員の運転する自動車に乗って、そのスタジオへと向かった。
もちろん捜査員と別れて、わたしと勧誘員の二人だけである。
わたしを陥れようとしているのに、邪魔なこぶ付きを許すわけがない。
後部座席に腰掛けているわたしを、ルームミラーでちらちらと眺めながら車を走らせる勧誘員だった。
その頃、敬は……。
勧誘員の自動車を着かず離れず、後ろから追いかけていた。
女性の運転する自動車の助手席に陣取っている敬。
「見失わないで下さいよ」
「大丈夫ですよ。これをご覧下さい」
という女性の指差すところには、車載ナビゲーターがあった。
GPSと連動して、自車の位置をリアルタイムで地図上に表示する装置である。
「赤い点滅がこの車で、青い点滅が真樹さんです」
ナビゲーターに表示された地図に、赤い点滅と青い点滅が明滅していた。
「発信機ですよね。いつの間に取り付けたんですか?」
「取り付けたんじゃない。真樹の身体に装着してあるんだ」
後ろの座席から、黒沢医師が顔を出して答える。
黒沢も、真樹のことが心配で囮捜査のバックアップ部隊に参加してきているのであった。
「装着? 以前、真樹が髪飾りがどうのとか言ってましたけど……」
と敬が尋ねると、
「それは真樹君の体内に埋め込んだ発信機からの信号だよ」
黒沢医師が答えた。
「発信機を身体の中に埋め込んだんですか!?」
「そう驚くことはないだろう。埋め込んだとは言ってもメスを入れたんじゃんない。女性には男性にはない隠し場所があるだろ?」
「え?」
一瞬首を傾げる敬だったが、
「あ……。ああ、そういう事ですか。判りました」
と納得する。
「髪飾りだと外れることがあるし、何かにぶつかって壊れることもあるからな。彼女のために、万が一を考えて妊娠しないようにとIUDを装着してやった。それに発信機がついているのだよ。本人には内緒だがね」
妊娠しないようにか……。
その言葉を聞いて、言い知れぬ不快感を覚える敬だった。
覚醒剤密売の組織の本拠地を探り、売春婦として無理矢理捉えられている女性を解放するために、囮捜査で潜入することを、自ら志願したとはいえ……。
将来を誓い合った恋人してはやり切れないものがあった。
「にしても……。こんなスーパーカーで出張ってくるなんて。目立ちすぎはしませんかね?」
敬が運転席の女性に話しかける。
敬たちが追跡に使っている車は、そんじょそこらにあるような車ではなかった。世界有数の企業グループである篠崎重工が四百周年記念に十台限定生産で発売した、篠崎重工製「erika-markⅡ スーパーエンジェル」という七千万円はするかという代物だった。
それを所有しているのが、かつて敬が所属していた特殊傭兵部隊を傘下にしていたセキュリティーシステムズco.ltdの統括運営母体、世界最大財閥の真条寺家。その所有のスーパーカーであった。
「仕方がありませんよ。真樹さんの発信機からの電波を受信できるのは、お嬢さまのファンタムⅥと、麗華さまのこの車に搭載したこのナビゲーターしかないんですから」
と答える運転席の女性は、真条寺家のメイドの神田美智子。
麗華とは、美智子がお嬢さまと呼んだ真条寺財閥総帥である真条寺梓、その執権代理人こと竜崎麗華のことである。
警察によって殉職したとして戸籍を抹消されたはずの敬が、パスポートなしで日本に入国できたのは、この竜崎麗華のおかげである。
自動車が止まった。
「どうやら芸能プロダクションとやらに着いたようです」
ナビゲーターの点滅が、先ほどから動かなくなっていた。
どこかの駐車場にでも入ったのだろう。
「どのマンションですか」
「マンションじゃなくて、いわゆる雑居ビルですね。ナビゲーターにビルの全体像を投影してみましょう」
美智子が捜査すると、ナビゲーターにビルが映し出された。
○○金融、ビデオレンタル……、というような看板や窓ガラスの大きな広告が目立つビルで、狭い敷地一杯に建てられていた。しかし、その映像はどう見ても上空から鳥瞰したものであった。
「この映像はどこから撮影しているのですか?」
「衛星軌道上の『azusa5号A』という資源探査気象衛星からです」
「衛星からですか?」
「ええ、5号B機に世代交代して引退したものを、今回の捜査のために利用させてもらっています」
「衛星からの映像を自由に扱えるなんて、さすがに真条寺財閥ですね。いっそのことその財力で覚醒剤密売や売春組織も壊滅してくれれば、世のため人のためになるというものを」
敬が呟くように言うと、黒沢医師がそれに答える。
「光があれば闇もあるものだ。相反するものではあるが、必要でないようにみえて実は必要という事もある。例えば人間の腸に寄生する、腸内細菌は栄養をかすめとる一見悪者のように見えるが、ビフィズス菌や乳酸菌のように悪玉菌の繁殖を抑えることをやっている善玉菌もいる。また太陽から吹き寄せる太陽風エネルギーは、強烈な放射線を伴っていて人間は数秒とて生きてはいられないが、その太陽風がバリヤーとなってもっと光速で高エネルギーな外宇宙からの宇宙線を遮断している。そういう場合もあるということさ」
「はあ……。難しくて判りません」
正直に感想を述べる敬だった。
「もっと判りやすくいえばだ。闇の臓器売買組織を考えてみてくれ。裏の誘拐団組織が殺した人間から臓器を摘出し、臓器売買の世界に臓器を流している。確かに極悪非道の世界かも知れないが、その反面臓器移植で助かる人間もいるし、臓器移植の技術や臓器長期保存の技術も革新的に進歩してきている」
「あのう……。確かにそうかも知れませんが、覚醒剤や人身売買で苦しんでいる人の気持ちはどうなるのですか? それでいいんですか? 高次元なレベルじゃなくて、もっと身近なレベルで考えてくださいよ。我々は警察官です。人が苦しんでいる。それを助けるのが任務なのですから」
「あははは……。確かにそうだ。えらい!」
とぽんと敬の肩を叩いて笑い出す黒沢医師だった。
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